艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ   作:Piyodori

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那智サイドの話やっとかけました。


ラボール港

 那智は倉庫の裏で足柄を何度も叱りつけ桟橋に戻ると、もうそこにはヤムヤム島泊地のメンバーの姿はなかった。お互い明日をも知れぬ身で、別れの挨拶くらいしっかりやっておきたかったが、足柄のおかげであまり余計なことも考えず状況が流れていくことに、那智は少しほっともしていた。

 那智は新しい艦隊に合流するため、自分の内火艇のあるポンツーンまで歩いていくと、そこに新しく自分の司令官となったマツエダ提督と重巡艦娘の高雄、それに駆逐艦娘三人が那智を待っていた。

 

「そろそろ出港だが、まだ紹介が済んでいなかったね。今日から新しく仲間になった重巡の那智君だ」

駆逐艦娘達は軽く会釈する。三人のなかでは一番大人びた印象の、ベレー帽をかぶった艦娘が最初に自己紹介した。

「あ、あの、春雨といいます。よろしくお願いします」

どうも引っ込み思案のようで、その駆逐艦娘はか細い声でそう言うと深々と頭を下げる。

 一方、隣の一回り小柄な艦娘は、なんとも堂々とした様子で呟いた。

「菊月だ。これからよろしく頼む」

なんとも尊大な物言いをする菊月の頭を隣の黒髪の艦娘が無理矢理押し下げた。ゴキっと首から不穏な音が鳴る。

「ダメですよ菊月。ご挨拶はちゃんとしないと。えっと、睦月型の三日月です。那智さんは前の世界でも、こちらでも歴戦の艦ですよね。これからは、是非いろいろ教えてくださいね」

そう言って三日月は丁寧にお辞儀する。

「いきなりやめくれ、結構痛いんだぞ……」

首を変な方向にひねったらしく、菊月は涙目になって抗議する。さっきの威厳はどこにもない……。今にも泣きそうな菊月を、春雨は心配そうなだめる。

 そんな駆逐艦娘達を笑顔で見ていたマツエダ提督は那智言った。

「うちにはあと、巡洋艦娘二人と駆逐艦娘が一人、それにこれから君と交代する戦艦娘が一人いるが、泊地に戻ったら紹介しよう」

「じゃあ、那智さん行程をご説明しますね」

マツエダ提督のわきに控えていた高雄が那智に海図を見せて行程を説明した。

「途中ニューガリア島のラボール港で給油、その後メジロ島まで北上します。航路の制海権はこちらにありますが、敵の潜水艦が浸透している可能性もあるので注意していきましょうね」

「那智君、メジロまでは高雄を先頭に単縦陣で進む。今回は後ろをついてきてくれればいい」

マツエダは笑顔で那智に言った。那智は承知して海図を受け取り、自分の内火艇で艦へと戻った。

 内火艇を甲板へ吊り上げて羅針艦橋へ上がると、すでに睦月型駆逐艦二隻がゆっくりと環礁の出口へ向けて動き出していた。汽笛が鳴り、クレーンの陰から重巡高雄の巨大な艦橋が現れた。那智は艦の状況を確認してから、艦に抜錨を命じると、鎖巻上げ機が大きな音をたてながら錨を引き上げた。

 那智は今一度、桟橋を振り返る。見送る者はない。後ろ髪を引かれる思いをせずにすんだので、那智は心なしかホッとして、艦のスクリューをゆっくりと回し始めた。そうして重巡那智は高雄に続いてローリー泊地から外洋へと出港した。外洋に出るまでもう島の方を振り返ろうとはしなかった。

 

 

 

 

「提督、少し休憩にしませんか?」

 重巡高雄の羅針艦橋に詰めていたマツエダ提督に艦娘の高雄は氷の浮かんだレモネードを差し出した。

「ああ、ありがとう。高雄ちゃん」

マツエダ提督はコップを受け取り、第一煙突の左舷から、後ろに続く重巡那智の姿を見つめた。

「船体のシルエットは高雄型に似ているね」

「ええ、妙高型の拡張発展型が私たち高雄型です。言うなれば、わたしたちのお姉さんともいうべき存在ですね」

「そうか……」

マツエダ提督はレモネードを飲み干し、白波を立てて進む後方の重巡洋艦を眺めていた。

「あ、あの、提督、なぜ那智さんをうちの艦隊に?」

「え?」

遠慮がちにたずねた高雄に、提督は虚をつかれて戸惑った表情を浮かべる。

「いや、なんていうか、その、なんかいいなって思ったんだ。ローリー島で君が愛宕君と食事に行った夜、たまたま出会ったんだが、軍功をあげたのに、なんだかとても悲しそうに見えた、うちへ来たらもっとよくしてあげられるのにと思ったんだ」

「そ、そうなんですか……。そ、その、はやくうちの艦隊に慣れてもらえるといいですね」

「そうだね」

ややぎごちなく言う高雄に気づく様子もなく、マツエダ提督は後方の重巡那智を見つめていた。ローリー島で芽生えた高雄の中の小さな不安が少しだけ大きくなった。

 

 

 一方、後方七百メートルに位置する重巡那智の羅針艦橋では、艦の主が一人、前方の海上を見つめていた。艦橋の窓ガラスをたたく風の音とかすかに響く機関の振動音のほかは何もなにも聞こえない。艦橋は静かだった。艦には艦娘の那智以外誰もいない。半年ぶりの一人での船出だった。この世界に生まれてから、一人の航海、一人の出撃など、これまで何度も経験してきたのだが、どうにも気分が落ち着かず、那智は外の空気を吸うため旗甲板へ出ることにした。折り畳まれたリゾートチェアが、倒れないよう手すりと壁の間にはさまるように立てかけられていた。那智は一人でこれを使う習慣はない。

 ドアを開けると、海風にあおられたサイドテールの黒髪がふわりとはためいた。薄曇りの雲の隙間から帯状に日がさしている。左舷に目をやると、並走している駆逐艦の後甲板にカモメが群がっている。目をこらすと、水兵帽を被った艦娘がパンくずをちぎっては甲板にまいていた。

「ハルサメ。ああ、あの白露型の一隻か」

艦舷に白ペンキで書かれた艦名を見て、那智は港で会った内気そうな艦娘を思い出した、甲板に据えられた望遠鏡をのぞいてピントを合わせると、艦娘の春雨は後甲板に並んだ爆雷の上に腰掛け、楽しそうにコッペパンを小さくちぎっては空へと投げていた。風にふかれたパンくずは甲板に散らばる前に、ことごとくカモメが空中でさらっていく。そんな器用なカモメを見るのが春雨は楽しいらしく、風呂敷の上のパンがすべてなくなるまでカモメに餌を投げ続けていたが、春雨は不意にこっちの視線に気づき、赤くなって深々と頭を下げた。

――別に気にすることはないのだがな

那智はくすりと笑って、トビウメ提督がいつもするように望遠鏡を覗いたまま軽く手を振ってみた。春雨も那智へ控えめに軽く手を振り返した。

 艦橋へ戻った那智は、航路を確認するため海図台に向かった。高雄から受け取った海図を確認しようとしたところ、那智のブーツのつま先が何かを蹴飛ばし、鈍い金属音が鳴る。那智が足下を見ると、それはいつもトビウメ提督がよく使っていた、錫でできた洗面器だった。

「あいつ、これを忘れていったか……。駆逐艦はこの艦より揺れるんだぞ……」

那智は洗面器を抱えると、そう一人呟いた。

 

 

 

 重巡高雄を先頭とするマツエダ艦隊は、之字運動を繰り返しながら航行し、2日かけてようやく中継点のラボール港へと到着した。南北に伸びる巨大なニューガリア島の東に位置する南洋戦域の要衝の一つだった。

 ラボールは噴火口の右半分が海面下に沈下したような地形の良港で、湾内には多くの艦艇が錨泊しており、緑と赤の航行灯が無数に揺らめいている。戦線の後方とあって余裕があるのか、灯火管制も解除されていて、艦船や市街地はほんのりとオレンジに、一方ゲート型の大型クレーンや倉庫が並ぶ工廠地区は水銀灯の白い光に照らされている。那智は自分の内火艇で陸へ上がった。すぐに高雄や駆逐艦たちの内火艇も桟橋へとやってくる。

「お疲れだったね、負け戦の後なので潜水艦を警戒して遠回りしたから疲れたでしょう?」

高雄を伴って桟橋に上がってきたマツエダ提督が言った。駆逐艦達も続いて集まってくる。

「菊月、こんな所で寝てはいけませんよ」

「わたしはもうダメだ……。もう落ちる。わたしに構わず先に行くんだ……。もう楽にしてくれぇ……」

「菊月ちゃんもう少しだからがんばりましょ」

まぶたが落ちかかってふらつく菊月を、三日月と春雨が引っ張ってくる。

「宿舎の手配は済んでいる。すぐに係員が迎えにきてくれるよ。この泊地の宿舎は空調も効いているし、ローリーより快適だよ」

そう言うマツエダ提督に、那智はためらい勝ちに言った。

「少し夜風に当たってからで構わないか? 場所を教えてくれればすぐに行く」

マツエダ提督は高雄と顔を見合わせてからうなずいた。

「了解した。宿舎はA-3棟、メジロ泊地と伝えれば事務官が案内してくれる。明日正午にここを発つから、それまでに油槽船から燃料を補給しておくように。それからなるべく十分に休息をとること。いいかな?」

「承知した」

すぐに基地のトラックが埠頭へやってきた。一行が荷台によじ登ると、一行は那智におやすみなさいと声をかけた。那智は両の踵を打ち合わせて敬礼を返した。

 トラックが去ると那智は埠頭で一人になった。今夜も飲みたくなっているのだが、明日出航の予定もあるので控えることにした。

 昨日までいたローリー泊地と比べ、ここラボール泊地はいくぶん涼しい。那智は夜風に吹かれつつまだ照明が灯る低層ビルが並ぶ一角へと歩きだした。航海中は外の情報がほとんど入らないので、那智は司令部のある建物へとやってきた。

 

 突然、対岸に係留されているタグボートから立て続けにブザーが鳴り、二隻がもやいを解いて湾内へと漕ぎ出しはじめた。空襲警報ではないようだ。タグボートの向かう先には、ゆっくりと環礁の内側へ入ってくる大きな艦影が見えてきた。

――あれはたしか……

その艦は環礁内に入ってからやっと航行灯をつけ、こちらへ向かってくる。艦尾から数本のワイヤーが伸び、何かを曳いているようだ。港のタグボートがすぐに横付けし接岸作業に入る。どうやら沖に錨泊せず、直接埠頭につけるようだ。那智の足は自然と、その埠頭の方へ向かっていた。

 

 

 

 タグボートによって無事に艦が接岸し、搭乗橋がおろされると、担架を抱えた数人の作業員が階段を駆け上がる。

「こっちだ。急いでくれ!」

「あとは我々にお任せください」

黒い色眼鏡に無精ひげ、垢とオイルで真っ黒な顔をした、潜水艦隊司令のカメヤマ提督が甲板から叫ぶと、作業員達は心得たとばかりにそう応じ、船室へと入っていった。カメヤマ提督の傍らには、この艦、潜水母艦大鯨の主である艦娘大鯨が心配そうに見守っていた。すぐに担架を担いだ作業員達が船室から甲板へと出てきた。担架には、頭に血染めの包帯を巻いた艦娘の伊一六八ことイムヤが寝かされていた。大鯨とカメヤマ提督はイムヤ達に続いて埠頭へと降り立った。

「よくがんばった。おまえは最高のスナイパーだ」

カメヤマ提督がそう力強く声をかけると、イムヤはかすかに笑って応え。

「わたしを信じてくれて、ありがとうね……」

そう言ってイムヤは右手で勝利のVサインをつくってみせた。カメヤマ提督もVサインを送り返すと、イムヤは満足そうに笑って迎えにきたトラックへと乗せられた。

「ご安心ください。すぐに処置します。ご自身におケガはありませんか」

「おれはなんともない。あいつのこと頼んだぞ」

「ご安心を。お見舞いに来られる場合は明朝以降でお願いします。艦の方はタグで造船部の工廠へ曳航します。浸水の程度によっては艦の修理の方がずっと時間がかかるかもしれません」

司令部から出迎えた係官が説明すると、提督は何度もうなずいた。

「それはしゃーない」

「司令部に出頭いただければ、宿と食事の手配をいたします。それでは……」

「ああ、お疲れ……」

カメヤマ提督は係官や作業員へそう声をかけた。

「無事にここまで来られて良かったですね」

 大鯨が少しほっとした様子で言った。

「まったくだ……」

カメヤマ提督はため息をついて肩を落とした。

「また、あいつらに無理をさせたな……。小型空母四隻、それにどれだけの意味があったのか……」

「提督、そんなことありません。イムヤちゃんもゴーヤちゃんも、提督のために役立つことが何よりの誇りなんですよ。わたし達はそれだけで十分なんです」

大鯨はカメヤマ提督の肩にそっと手を置いて言った。提督はうなずくと、ポケットから香水の小びんを取り出すと体中に数回吹きかけた。カメヤマ提督自身、香水の匂いは決して好きではないのだが、潜水艦の中でしばらく灼熱の風呂なし生活をしてきたことを考えれば仕方ない。

「すぐにお風呂のしたくしますね」

「ああ」

「海の中からこんにちはー!」

 突然海から岸壁へはい上がってきたのはスクール水着姿の少女、艦娘の伊五八ことゴーヤだった。潜水艦伊五八は沖に錨泊し、カッターも内火艇も使わずにここまで泳いできたのだ。

 ゴーヤ駄々子のようにカメヤマ提督の腕に抱きついた。

「ねー、忘れてないよね。イムヤも提督も、無事に帰ってこられたのはゴーヤのおかげでち」

ゴーヤは頬を膨らめて言うので、大鯨とカメヤマ提督は慌ててゴーヤをなだめる。

「まさか、忘れてなんかないぞ。本当にゴーヤのおりこうな魚雷がなかったら、おれもイムヤも今頃、海の底でペシャンコだ」

「そうよ、ゴーヤちゃん。イムヤちゃんと提督を救ってくれてありがとう」

カメヤマ提督と大鯨がそうゴーヤを労うと、ゴーヤはにひひと照れ笑いする。

「ご褒美はやっぱり間宮がいいか? この島に何かいいものがあればいいが……ん? おたくさんは確か……」

カメヤマ提督は岸壁の電灯の下で、こちらを見ていた人物の影に気がついた。

「あら……。確かタロタロ島で……」

大鯨とカメヤマ提督の二人はすぐに、タロタロ島のホテルで会った艦娘の那智を思い出したようだ。そこに立っていた那智は姿勢を正して敬礼を送った。

「大鯨、先にゴーヤを風呂に入れてやれ。すぐ行くから」

カメヤマ提督はそう言って色眼鏡をはずした。

 那智とカメヤマ提督は岸壁に腰をおろした。

「しばらく風呂なしの潜水艦暮らしのうえ、軍令部の奴ら、南洋での修理は水上艦艇優先で、潜水艦は中部大平洋まで回航しろとほざくから、この臭いは勘弁してくれ」

そう言ってカメヤマ提督は再度自分の体に香水を振りかけた。那智はけらけら笑って、気にしないでくれと言った。

「そういや無線越しに断片的にしか聞いてないが、重巡那智の活躍は知ってるぞ。お手柄だったな。えっと、トビウオ提督氏もここへ来てんのかい?」

那智は首を振った。

「トビウメだ」

と那智は笑いながら訂正し、首を振った。

「彼は無事だが、今はまだローリー泊地にいる。実は戦術上の理由から、私は暇を出された。これからはメジロ島の巡航警備艦隊で哨戒任務にあたる」

カメヤマ提督は驚いて顔をゆがめる。

「おいおい、一番手柄の艦娘にちょっとあんまりじゃないか……」

「撤退戦の最中、わたし達はタ級戦艦二隻を取り逃がした。連合艦隊司令部はそれを重く見てな。遊撃打撃艦隊旗艦を戦艦と配置転換するよう命じた。実際、敵戦艦を確実に撃沈するには戦艦の火力が欠かせない。わたしはあいつに大恥をかかせてしまったんだ」

那智は無理に笑ってそう言った。カメヤマ提督は事情を察してそれ以上たずねようとはしなかった。

「貴官はずっとあの潜水艦と一緒だったのか?」

「ああ、おれたちはブーメラン島の南およそ二百浬で敵の機動部隊を張っていた。ちょうど連合艦隊壊滅の知らせを受けて、南方で静止ししてた敵空母の四隻がどう動くか気になったんで、タロタロ島へ通じるラインで哨戒していたら四隻のワ級空母含む機動部隊を進出を確認した。連合艦隊へとどめを刺そうとしていると判断したおれたちは、それを攻撃したってわけだ……。戦果は軽空母一隻撃沈確実、三隻は大破から中破ってところだな」

那智は目を丸くしてカメヤマ提督の言葉を聞いていた。

「貴官はまさに命の恩人だったのか……。礼を言わなければいけないな」

那智は頭を下げるが、カメヤマ提督は自嘲気味に笑いだした。

「いやいや、おれもイムヤも連中に魚雷を撃ち込むまではそう思ってた。ところがどっこい、反撃に出た連中が空に放ったのは最新の対潜哨戒機。どうも敵は潜水艦狩りを専門やる護衛空母だったみたいでな。いざやっつけてやると息巻いたはいいが、待ちかまえてたのは敵の方だった。笑い話だろ?」

那智は慌てて首をふる。

「そんなことはない。例え対潜機であろうが、敗走中の艦隊が空から襲われたら多くの犠牲が出ていたはずだ。あの潜水艦娘にも感謝するぞ」

 二人は突堤に腰掛けて、無言で湿気の多い夜風に身をまかせていると、目の前を大型客船が色とりどりの装飾ランプをつけてまま目の前をゆっくりと外洋の方へ向かって進み出した。なにやらパーティーでもやっているのか、ジャズバンドの音楽と人々の歓談するざわめきがかすかに聞こえてくる。

「どうやら軍令部のお偉いさんでも来てるみたいだな……。きっと接待の船上夜会で、そこいらをショートクルーズってところだろう」

アホらしいとばかりにカメヤマ提督は吐き捨てた。那智は無言でその客船が外洋まで出ていくのを見つめていた。

「てーとくー! ゴーヤお風呂出たよ! 早く入ってご飯にしようよー!」

潜水母艦大鯨の上甲板から体にバスタオルを巻いた艦娘の伊五八が大声で呼びかける。

「おっと、そろそろ行かないと。じゃあな、那智さん。元気出せよ。新しいとこ、いい艦隊だといいな」

「そうだな。貴官もゆっくり休んでくれ。また会おう」

二人は笑顔で敬礼を交わした。

 

 埠頭を後にした那智はそのまま、泊地の司令部へと歩きだした。新聞でも読めば少しはほかの地域の情報が手にはいると思ったのだ。

 この泊地の司令部もコンクリ建ての立派な建物だった。夜勤の職員が起きているのか、窓の多くに明かりが灯っている。

 那智が玄関から館内に入ると冷えた心地よい空気に包まれた。冷房が効いているのだ。玄関や廊下の照明は消されていて人の気配はない。那智が歩いていくと、薄暗い休憩所らしき一角に大きなテレビがおかれていた。

――テレビジョンか……

テレビの存在は知っていたが、外南洋の果てにあるヤムヤム島にはテレビ電波が届かない。

 本当は新聞が欲しかったのだが那智は仕方なしにテレビの電源を押してみた。

ザーっと音がすると、突然ガリガリとした雑音混じりのラッパの音楽がスピーカーから流れてきた。ブラウン管がゆっくりとぼんやりした像を映し始め、やがてそれは徐々に鮮明なモノクロ映像になっていった。

『風雲急を告げる南洋戦線。連合艦隊の転進から二週間、連合艦隊司令部はこのほど、最前線のシューズ・ベラ島へ向け、東京急行を敢行しました。ブーメラン島海戦以後、定期連絡船も欠航し孤立状態にあったシューズ・ベラ島へ向け初の渡航とあって、甲板には食料や生活物資を満載した水雷戦隊の勇姿いまここに!』

画面は海上を進む二隻の駆逐艦を俯瞰で映し、妙に力んだナレーションが添えられる。

『晴れて南海の孤島に到着した水雷戦隊を島民総出で歓迎。救援物資を携え東京急行任務を成し遂げたのはトビウメ アツオ艦隊司令と駆逐艦不知火、荒潮らの遊撃艦隊。迎えるのは絶海の孤島に咲く一輪のユリ、空母艦娘翔鶴の歓迎を受けます』

荒い白黒画面の向こうで、トビウメ提督は首に花輪をかけられ、翔鶴に手を握られて締まりのない照れ笑いを浮かべている。隣には不機嫌そうに頬を膨らませる不知火もいる。那智はしばし画面に釘付けになった。

『待ちに待った救援物資に皆にっこり、整然と公平に分配されます』

制止する憲兵を押し退けて、我先にと食料に群がる人々を映しながらナレーションが続く。

『しかし、ここは南海の最前線。喜びもつかの間、すぐに敵機襲来を告げる空襲警報発令。迎え打つは我が日輪の翼、翔鶴の命を受け、はるか上空に舞い上がり、敵深海軍の双発爆撃機へ襲いかかる』

離陸する零式戦闘機と黒い煙を吐きながら逃げていく大型爆撃機が映し出された。

『これが敵機撃退の決定的瞬間です。見たか、我が無敵の防空陣!』

大げさナレーションとはちぐはぐに、最後は初風と長良、荒潮が椰子の木陰でカレーライスを食べている姿が映る。

『私たちは仲間を決して見捨てない。連合艦隊は近く、南方戦線で大規模な反転攻勢に出ると発表しました。外南洋の島々の解放も目前と言ってよいでしょう』

那智はブラウン管に映る仲間を見つめながら笑みを浮かべた。

「よくやった。よかったな……」

那智はそう画面越しに仲間と提督を労い、自分がそこにいられなかったことをとても残念に思った。

 

 いいニュースを聞き、心なしか気分のよくなった那智は結局ウィスキーの誘惑に勝てなくなり、外の酒屋で小瓶を調達し、宿舎へと戻った時には、そのほとんどを飲み干してしまっていた。

「お帰りなさい、遅いから心配してたんだ」

 ほろ酔い状態で戻った那智を迎えたのは、明かりの灯るラウンジで読書をしていたマツエダ提督だった。那智は一気に酔いが醒める思いがした。

「も、申し訳ない。貴官、まさかわたしを待っていてこんな時間まで……」

「いやいや、そうじゃない。ついさっきまで高雄と一緒にこれからのことを話してたんだ。だから気にしないで」

本当は那智を待って起きていたのだが、マツエダ提督はそう誤魔化した。那智は恐縮した様子で頭を下げる。

「ほかの者はもう寝たのか?」

「ああ、高雄はちょっと前まで起きていたんだけど、眠そうだったから、先に寝かせたよ」

「そうか……」

マツエダ提督は那智の顔を見ながらそれとなくたずねる。

「何かいいことでもあったかい?」

「え……」

「さっきより、嬉しそうに見える」

「いや、それは、実はな、先の作戦前に会った知り合いと偶然再会して、お互い無事を喜び合ったところだ」

那智はそう言ったが、もう一つの良いことを口に出すのはなぜか気詰まりだった。

「それは良かった」

そう言ってマツエダ提督はサイドテーブルに置いたビールグラスを傾ける。黄金色のビールには氷が浮かんでいる。

「貴官、珍しい飲み方をするんだな……」

「ああ、これ? 以前インドナシ方面に行ったとき、みんなビールをこうやって飲んでいてね。暑いところではいける飲み方だ。那智君もよければ一杯どう?」

実際、興味がないわけではないが、すでに飲んでしまっているので那智は首を振った。

「次に機会にな」

「そう、じゃあ次を楽しみにしとくよ。さて私も寝ないと……。那智君も明日に備えてくれ」

マツエダ提督は本を閉じてそう言うので、那智は少し笑みを浮かべて敬礼した。この二日間でマツエダ提督が初めて目にする那智の笑顔だった。




イムヤとカメヤマ提督のサイドストーリーを書こうと思ったら、わからないことがわんさか出てきて、結局これだけ時間が経ってしまいました。
 潜水艦娘達とカメヤマ提督が何をしていたのかは、もし興味を持たれた方はチラシの裏の「艦隊これくしょん The Bridge 閑話・短編集」のイパネマ環礁沖雷撃戦をご覧ください。全編戦闘シーンばっかですが……。

 自分の筆力ではなかなかうまく書けませんでしたが、戦時中のニュースフィルム日本ニュースは今見るとなかなか面白いです。(Youtubeでも見られます)それにあの独特なアナウンサーのイントネーションも印象的です。全体主義国家の報道というのは、今も昔も変わらないのかもしれません。

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