艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ   作:Piyodori

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Supplying War

 シューズ・ベラ島への救援物資を満載した駆逐艦不知火と荒潮は日の出と同時に抜錨、静かに港を出た。しばらくすると、またもゼロ戦と九七艦攻が上空援護につく。

 艦橋の屋根で援護の艦載機を見上げていた不知火が言った。

 

「あの艦攻は対潜用の磁気探知機を積んでいない通常の攻撃機です。哨戒能力はあくまで目視相当でしょう。こちらも警戒を怠らないようにするべきかと。那智さんならきっとそう進言するのではないでしょうか」

 

不知火が言うので、提督もうなずいた。

 

「そうだね、ぬいぬいの言うとおりだね」

 

 上空援護の甲斐もあり、数時間後に二隻は何事もなくシューズ・ベラ島の近海へとやってきた。

 

「初風、きっと怒ってるだろうな……」

 

駆逐艦不知火の前甲板からうっすらと見えてきたシューズ・ベラ島を眺めていたトビウメ提督がつぶやいた。

 

「連合艦隊の転進後、最初に戻るのが不知火達です。一番に迎えに来たのだから、そんなに怒ったりしないでしょう」

「そうだといいんだけど……。思っていた以上に戻るのが遅くなっちゃったね……」

 

 二隻だけのトビウメ艦隊が港の外防を越えて湾内に入ると、埠頭にはすでに黒山の人だかりができていた。

 

「な、なんだろう、あれ?」

 

予想外の出迎えにたじろぐトビウメ提督とは対照的に、砲塔の上に飛び乗った不知火ははにかんだように笑う。

 

「みんな見捨てられたと思っていたので、うれしいのでしょう」

「一応、ちゃんとした服にしとく」

 

半袖の防暑服を着込んでいたトビウメは慌てて着替えるために艦内へと戻った。

 タグボートの指示で二隻の駆逐艦が埠頭から数十メートル離れた場所に錨をおろすと、すぐにバージを曳いたデリック船が隣にやってきた。

 

「ようこそ! よくきてくれました! 荷揚げはこちらで行いますから、迎えの内火艇で港へどうぞ。ただし、すぐに動けるよう機関の火は絶対に落とさないでください。あと、錨はすぐに切断できるようお願いします。空襲に備えてすぐ動ける準備だけはしておいてください」

 

 タグボートに乗った作業員からそう言われ、トビウメ提督と不知火は顔を見合わせた。

 

「やっぱり最前線、だね……」

「そうですね。タロタロ島のようにはいきません。荒潮にも注意しておきます」

「うん」

 

トビウメ提督は湾内に放置された真っ黒焦げの駆逐艦の残骸を振り返った。空襲で破壊された艦だとすぐにわかった。トビウメ提督は湾の反対側の岸壁に並んで係留されている軽巡と駆逐艦へと目をやる。ここを去るときと同じで上部構造がメチャクチャに破壊され、少し錆が浮いているが、舷側にははっきりと「ゼカツハ」の文字が白くペイントされていた。その向こうの軽巡は長良にちがいない。提督の口元に安堵の笑みが浮かぶ。

 内火艇から埠頭へ上がった提督と艦娘二人に歓迎の人々が襲いかかった。

 

「戻ってきてくれてありがとう!」

「よく来てくれたな!」

「信じてたよ!」

 

心ならずも一度は見捨てたも同然の仕打ちをした相手からの予想外の歓待ぶりに、トビウメ提督と不知火はかなり戸惑いながらその歓声に応えた。

 

「あらあら、大層な歓迎ぶりね~」

 

何事にも余裕の笑みを浮かべて優雅に応対する荒潮が一緒だったことが二人には救いだった。

 三人は蘭の花でつくったのフラワーリースを首にかけられ、港湾局の職員や艦娘達の出迎えをうけた。

 

――まるで表敬訪問したお偉いさんになったみたいだ……

 

対人恐怖症のトビウメ提督はひきつった笑みを浮かべながら手を振る。

 

「遠路はるばるお疲れ様。航空母艦の翔鶴です。驚かせてしまい、ごめんなさい。 でも、みんなうれしくって仕方がないんですよ」

 

銀髪に真っ白なナース服がまぶしい艦娘の翔鶴が出迎えると、トビウメ提督はさらにどぎまぎとして挨拶した。

 

「いやぁ、その、あの、この度は上空援護ありがとうございました。その、と、とても助かりました」

 

――すこし鼻の下が長くなりすぎです、司令

 

不知火はツーンと顔を背けた。

 

「最前線なので、何もおもてなしできませんが、くつろいでいってくださいね」

「いやそんな、僕たちは救援に来たんですから……」

 

トビウメ提督は恐縮して言った。

 

「提督、待ってたよ! 迎えに来てくれるって、信じてたよ!」

 

人波をかきわけて走ってきた艦娘は長良だった。さらに日焼けしたうえに、なぜかいつも以上に元気そうだった……。

 

「長良さん、お元気そうでなによりです。遅くなってすみません」

「そうね~、でも無事に会えてよかったわ~」

 

艦娘三人は再会を祝って手をつなぐ。

 

「つらい思いさせてごめんね。もう大丈夫だよ」

 

すると長良はけろりとした顔で首をふった。

 

「全然、そんなことないよ! この島、結構走り甲斐あるし、農作業もけっこういいトレーニングになるし、楽しいよ!」

「そ、そう、な、ならよかった」

――初風はどこだろう?

 

トビウメ提督はあまりに平常運転すぎる長良に少し呆れつつ、人混みのなかから初風の姿を探すがなかなか見つからない。

 

「今週中に僕たちが護衛しながらタロタロ島までの連絡船を再開させます。来週には工作艦明石も進出してくる予定です」

 

 トビウメ提督が基地の関係者や島民達に伝えると、皆歓声をあげた。こんな些細なことでもこれだけ喜ぶということは、連合艦隊の撤退を知らされた際の人々の落胆をどれほどだったのか、那智の言葉を思い返してトビウメ提督は少し辛くなった。

 

「おーい、最初の積み荷が揚がったぞー!」

 

 埠頭からそんな声がかかると、それまでトビウメ提督達をもみくちゃにしていた人々が一斉に埠頭へとかけだした。

 

「慌てるな、慌てるな! まずは一人一個ずつ。全員にまわるようにー!」

 

慌てて憲兵がその整理に追われることになった。

 残された三人は呆気にとられて顔を見合わせる。

 

「なんだかんだいって、食い気よね~」

「これが世の理ですね」

「ま、まぁこれでいいんじゃないかな……。あはは……」

 

提督は少しほっとしたように苦笑いを浮かべる。

 

「まったく恥ずかしいわ。ごめんなさい、島のみんなは長期戦を覚悟して質素倹約していたから」

 

翔鶴が三人にそうわびるので、提督は首を振る。

 

「いや、気にしないでください、ほんと。あやまるのはこっちです。ところで、うちの初風はどこにいますか?」

「え、初風ちゃん? 変ね、さっきまでその辺に……」

「司令……」

 

翔鶴が周りを見ると、不知火が左手にある倉庫の方を見て声をかけた。

 見れば木箱に腰掛けていた初風が立ち上がってゆっくりとこちらに歩いてくる。ここを去るときに巻いていた包帯も今はなく、元気そうな様子に提督は安心した。

 

「初風ちゃん、皆さんのこと、本当に首を長くして待っていたんですよ。どうか労ってあげてくださいね」

 

翔鶴はそう言うと病院へと戻っていく。

 一方、初風はすました顔でやってくると、いつもと変わらぬ尊大な態度で腰に手を当てた。

 

「来たのね……。随分待ったわ」

「ご、ごめん。すっかり遅れちゃったね……ははは……」

「無事な様子で何よりです」

 

初風は三人を一瞥してから、つかつかと荒潮に近づくと、不意に抱きついた。

 

「もう会えないと思ったわ……。ほんと、あたしが……どんだけ、どんだけ待ったと……。うわぁーん」

 

最後は鳴き声で何を言っているのかわからくなった。

 

「あらあら、困ったわね~。みんな見てるわ~」

 

抱きつかれた荒潮も初風の背中をさすりながら精一杯の照れ笑いを浮かべて言う。

 

「もっと早く来るはずだったのに、遅くなって悪かったね。もう大丈夫だよ、あいたー!」

 

荒潮に抱きついて泣く初風をトビウメ提督がなだめると、突然、初風が提督の向う脛すねを思い切り蹴った。

 

「遅すぎんのよ! 見捨てられたと思ったじゃない! ぶつわよ、叩くわよ! もう一人は嫌よ! じれーがーん、じれーがーん、ワァ~」

 

初風はトビウメ提督の腹に抱きつき、さらに激しく泣き出した。

 

「ごめんごめん、もう大丈夫だから」

 

トビウメ提督もやさしく声をかけながら初風の背中を叩く。すると横で見ていた不知火がトビウメ提督の制服の袖を軽くチョンチョンと引っ張った。トビウメ提督が顔を向けると、不知火は無言で自分の頭をコツコツと指さした。

 

――あ、そうか

 

提督は無言でうなずき、泣きじゃくる初風の頭を何度も撫でる。

 

「ありがとう、無事でいてくれて……」

 

初風はさらに声を上げて泣き、提督に自分の顔を押し付けた。提督と不知火は顔を見合わせて不器用に笑う。荒潮と長良もやさしい笑みを浮かべて泣きじゃくる初風を見守っていた。

 

「司令、ちょっとすみません……」

 

 突然、不知火はそう言うと、ゆっくりとサゴヤシの木陰へと歩いていく。

 

――おや、あの子はたしか……

 

木陰には、長い黒髪に顔が半分隠れた、色白の艦娘が立ってこちらを伺っている。

 不知火はつかつかと歩いてゆくと、その駆逐艦娘、早霜が声をかけた。

 

「やっぱり来たのね。信じていたわ」

「当然です」

 

不知火は表情を変えずに応える。

 

「初風さん、本当によかったわね……」

「ええ。早霜も無事でなによりでした」

「あら……。わたしなんかの心配をしてくれたというの?」

 

早霜がかすかに口元をほころばせ、試すように尋ねると、不知火は鼻で笑った。

 

「いいえ。不知火は、早霜という艦がどれだけしぶといかを知っています。これしきのことで心配などしないわ。ただ……また会えてとても嬉しいです」

「私もよ、不知火さん」

 

二人の艦娘はぎごちなくお互いの手を握った。

 

 

 新調して間もなく足柄にカラーをつぶされ、この島では初風の涙とゆだれ、鼻水でぐしょぐしょになったトビウメ提督の第二種軍装はまたもクリーニング送りとなり、すぐに防暑衣に着替えた提督は不知火にパイン缶とミカン缶を甲板に出しておくよう頼んだ。

 熱帯の太陽に焼かれ、冷凍庫でコチコチになっていたフルーツ缶はわずか二十分で食べごろの状態まで溶け、二人はそれを抱えて内火艇で陸へと戻ってきた。

 倉庫の軒下に腰掛けたトビウメ艦隊の仲間はフルーツカクテルでささやかに再会を祝うことにした。

 トビウメ提督が缶切りで手際よく缶をあけると、それぞれが持ち寄った飯ごうの中ぶたに、ミカンと輪切りになったドーナツ型のパインの果肉をよそい、その上に程良く冷えた缶詰のシロップを注ぐ。

 

「提督、フルーツの缶詰なんてどこで手に入れたんですか? ああ、甘ーい!」

 

目を輝かせて長良がたずねる。

 

「そうよねー、わたしだって司令官とぬいぬいがそんなものを隠していたなんて、まったく気づかなかったわ~」

「ローリー島の露天で見つけたんだ。本当は羊羹を持ってきたかったんだけど、手に入らなくて……。今ナタデココの缶詰も開けたから。長良ちゃんと初風には大盛りサービスだよ」

 

 艦娘たちが食べ始めたので、自分も少しだけ食べようとトビウメ提督がスプーンを持つと、再び不知火が提督のシャツを軽く引っ張った。顔を上げると不知火が遠くを指さす。その先には資材小屋の陰からこっちを見ている早霜の姿があった。

 

――またあの子か……

 

相変わらず薄気味悪い印象は拭えないものの、放っておくわけにもいかず、トビウメ提督はこちらに手招きした。すると、その艦娘はコクリとうなずくと倉庫の軒下へとやってきた。

 

「え、えっと確か早霜ちゃんだったっけ。君も無事で良かった。フルーツの缶詰だけど良かったらどう?」

 

すると早霜はフフフと根暗そうに笑う。

 

「わたしにも気を使ってくれるなんて、不知火さんの司令官はやさしいのね、フフフ、フフフ」

――そんな大げさな……

 

提督は少し面食らいながらも、自分用によそっておいたフルーツを早霜に差し出した。量が少ないと思ったのか、すぐに不知火が自分用によそった飯盒の中ぶたのフルーツを少しとりわける。

 

「早霜じゃない。さぁ、こっちに来て座りなさいよ」

 

初風も気安い様子で早霜に木箱の上に座るよう促した。

 

「程良く冷えてて美味しいのね……」

 

早霜も控えめながら、フルーツを美味しそうに口に運んでいる。

 

「司令、すみません」

 

フルーツを全部早霜にあげてしまった提督を気遣って不知火が謝るが、提督は笑って首を振った。

 

「僕は大丈夫。そのかわり一番冷えてるのもらうよ」

 

そう言ってトビウメ提督は、足下に置かれた氷で満たされたオスタップ(金だらい)からラムネ瓶を一本手に取った。栓のビー玉を押し込むと提督は美味そうにラッパ飲みして見せる。

 久々に駆逐艦全員が揃い、ちょっとおっかない早霜も含めて楽しそうな様子なので、トビウメ提督はカメラを向けてシャッタボタンを押す。カシャリというシャッター音に気づき、ファインダーの真ん中でとりとめもない会話に興じていた初風が赤くなって口をとんがらせる。

 

「ちょっと、いきなり撮らないでよ。心の準備ができてないでしょ!」

「でも、初風さん、今日はとても元気ね……フフ、フフフ」

「そうだねー、なんか今日はいい笑顔してるよね」

 

早霜と長良が口々に言うので、初風は首をぶんぶん振って否定する。

 

「そんなことないわ! 変なこと言わないでよ!」

 

一同が笑う。不知火すら幾分リラックスしたように、滅多に見せない笑顔になっていた。

 

「そういえば、那智さんと加古さんはもう修理できたの? 那智さんも、艦を置いて本人だけは来ると思ったのに」

 

事情を知らない長良が無邪気にたずねた。トビウメ提督には、その一言が和気藹々とした空気を一刀両断するように感じられた。

 

「いや、その、那智さんは、あの、ちょっと都合で艦隊を離れることになって……。それで、今はその……」

 

困惑してまったく要領を得ないトビウメ提督の言葉に、事情を知らない初風は矢継ぎ早に質問を浴びせる。

 

「ええ~、都合って何よ? 離れるって、意味わかんないだけど」

「あの、初風ちゃん……。ちょっと」

 

さすが別の艦隊から出向してきている軽巡だけあって長良は何かを察したらしく、提督にあれこれ聞く初風をなだめた。早霜は黙ってじっとトビウメ提督と初風を見つめている。荒潮も笑顔のまま言葉が見つからないらしく黙っていると、不知火が毅然と言った。

 

「あくまで戦術上の要請から、司令が判断されました。第二次反攻作戦の準備令が発令されたことは知っていますね。この遊撃打撃艦隊の秘書艦はこの不知火が勤めます。いいですか?」

「なによ、秘書艦はじめてのくせ板に付きすぎじゃない……」

 

そう初風が不満そうつぶやいたので、荒潮も笑いながらうなずいた。

 

「そうねー、ぬいぬいに先を越されたのは、ちょっともやっとするわね~」

 

またいつものゆるやかな空気に戻り始めたのでトビウメ提督は少しほっとした。

 

――ありがとう、ぬいぬい

 

トビウメ提督が心中で不知火に感謝するのと、拡声器が空襲警報のうなり声を上げ始めたのは同時だった。和やかな再会の宴は唐突に幕となり、皆一斉に真剣な顔で空を見上げた。

 

「不知火、荒潮、急ぎ艦に戻って対空戦闘準備。同時に錨鎖を投棄し、速力最大で回避行動はじめ。えっと初風達は……動けないね。とにかく防空壕とか安全な所へ」

 

――罐の火を落とすなっていうのはこういうことか

 

トビウメ提督はそう痛感しながら、不知火と荒潮の後を追って埠頭へと走り出す。

 すでに迎撃のゼロ戦のエンジン音が空に響く。三人は内火艇に飛び乗ると、もやい綱を放りだして艦へと進む。普段は意識しないが、こういう時、内火艇という乗り物はとてもじれったく感じられる。

 

――ああ、これが高速モーターボートだったらなぁ

 

そういう間に島内にある対空防衛陣地の高射砲が数発打ち上げた。青い空に真っ黒な花が咲く。

 もう少しで艦に着くというところで、島の反対側の方角から真っ黒な双発機が右エンジンから黒煙を吐きながらゆっくりと北の方へ高度を下げて飛んでいった。その背後から日の丸をつけた灰色のゼロ戦らしき機影が三機、双発機に追いすがっていく。それらが島の稜線の向こうに姿を消してから、陸の方から警報解除ー!と叫ぶ声が聞こえてきた。

 

「今は無事に済んだようですね」

 

内火艇の舵輪をにぎったまま不知火が少し緊張を解いて言った。

 

「うん、よかった」

 

トビウメ提督はそれに応じてつぶやいた。

 

――確かに最前線か……。那智さん、初風と長良ちゃんを迎えに来るの、なんとか間に合ったよ。

 

トビウメ提督は眼前の現実をかみしめながら、敵機が空に残していった煙の筋を見上げていた。




次回は那智さんの話です。

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