私の脳内選択肢が、織斑一夏への制裁を全力で邪魔している   作:シモネタスキー

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ミッション開始!

 呪いを解くための第一歩として、私に与えられたミッション――それは、この学園に在籍する4人の生徒から、好きだと言ってもらうという内容のものだった。

 明らかに私にとって不得手な分野ではあるが、最初から諦めるという選択はとれない。

 ミッションに挑むことを決意した私は、まず対象となる人間に関する情報を集めることにした。

 軍隊にいた頃と同じだ。戦いは情報を制する者が圧倒的優位に立つ。戦場が変わろうとも、この鉄則は揺らぐまい。

 

「……ふむ」

 

 寮の食堂での会話などを盗み聞きした結果、ある有用な情報を手に入れることに成功した。

 篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音。この3人は、どうやら織斑一夏に恋慕の情を抱いてるらしい。

 3人ともうまい具合に事を運べておらず、互いが互いを牽制し合っている状態。私が少し手を貸してやれば、奴らに感謝され好意を持たれる可能性はいくらかあると見える。

 私自身は恋愛などといったくだらんものに興味はないのだが、ターゲットにつけ入る隙が存在するのは喜ばしいことだ。

 

「とりあえず、当たり障りのないところから始めてみるか」

 

 行動開始は翌日、火曜日の朝。タイムリミットは木曜日の午後6時。

 時間制限はなかなか厳しいが、焦りは禁物だ。戦場では冷静な判断を失った者から脱落していくのだから。

 まずは、さりげなく恋愛のサポートを行う姿勢を見せるところからだ。

 

 

 

 

 

 

「わたくし、あなたのことを誤解していたようですわ。好きになれそうです」

 

 そして、私の予想をはるかに超えるスピードで一人目が陥落した。

 

「好きになれそう……それは、はっきり言うと好きだということだな?」

「はい? ええ、まあ……好きです」

「ならいい」

 

 今朝のホームルーム前、私は織斑とオルコットに声をかけた。転入したての身でわからないことがあるから教えてほしい、といった感じで適当な質問を数個続け、その後場を離れて奴らを2人きりにしてやったのである。去り際にオルコットにだけ聞こえるよう『喜べ。織斑と1対1だ』とつぶやき、恩を売ることも忘れなかった。

 ……しかし、これだけのことで好きになってもらえるとは思っていなかった。この女、少々簡単になびきすぎではないか? それとも、学園における友人関係というのはこの程度の軽いものだということなのか。

 

「なんにせよ、私にとっては好都合か」

「? 何かおっしゃいましたか?」

「なんでもない」

「あ、ちょっとラウラさん?」

 

 携帯を開くと、『ミッション一人目クリア!』という通知が表示されていた。ならばもうオルコットに用はない。引き止める声を無視して、私は教室を出る。

 

「あと3人か」

 

 現在時刻は午後0時55分。初日の昼までに一人片付いたのは大きい。

 残りもこの調子でさっさと終わらせることができればいいのだが……昼休憩だし、リフレッシュがてら腹ごしらえを行うとしよう。

 

「む? あれは……」

 

 次の作戦を考えながら食堂に足を踏み入れると、前方に見覚えのある人影を発見した。

 ターゲットのひとり、シャルル・デュノア。私と同じく転入生であり、当然ながら織斑に惚れてはいない。奴は男だからな。

 ゆえに、奴に関してはいまだアプローチの仕方を決められずにいる。ここは少しでも会話を重ねて、敵を知るところから始めるべきか。

 

「デュノア」

「ああ、ボーデヴィッヒさん。君も学食に来たんだ」

「私と一緒に昼食をとれ。いいな」

「……えっ? い、いいけど……」

 

 一瞬面食らった顔を見せたが、デュノアは私の誘いを受け入れた。よし、まずは第一段階成功だ。

 2人で券売機に並び、日替わり定食の食券を買って待機列へ。職員から券と引き換えで定食の乗ったトレーを受け取り、空いている席へ向かいになって座る。

 

「………」

「………」

 

 この間、一切の会話がなかった。これでは情報を引き出すも何もあったものではない。

 向こうから話しかけてくる気配がないので、やむを得ずこちらが話題を提供することにする。この手のコミュニケーションにはまったく自信がないが、今はやるしかない。

 

「……お前、何をされれば喜ぶ?」

「えっと……いきなりどうしたのかな」

「他意はない」

「そうなんだ。……と言われても、なかなか思いつかないかな。ごめんね」

 

 私から視線を逸らして苦笑いをするデュノア。

 明らかに不審がられているが、まあ当然か。昨日からの奇行の数々を考えれば、警戒されてしかるべき。私が奴の立場でもそうするだろう。

 たまたまオルコットがうまくいっただけで、やはりこのミッションとやらの難易度は高いのだ。

 舌打ちしそうになるのをなんとかこらえて、次の言葉を探そうとしていたその時。

 

【選べ】

 

 今日はおとなしいと思っていたが、やはり来たか。絶対選択肢。

 今回はどんな無茶を言ってくるのか。確認する前から頭が痛くなってくる。

 

「……なに?」

 

 しかし、いざ選択肢の内容を見た瞬間。

私は、今までとは違う意味での驚きを感じた。

 

【選べ ①シャルル・デュノアの秘密(実は女の子)を突き付けて脅す ②好きだと言わなければ全裸でお前を抱えて校内1周してやると脅す】

 

「ボーデヴィッヒさん? どうかしたの」

「……お前、女なのか」

 

 反射的に口を突いて出た問いに、デュノアの表情が一瞬だけ強張った。

 

「あはは。確かに男らしくない見た目だけど、ちゃんと性別上は男だよ」

 

 すぐに取り繕うが、私の目はごまかされない。今の焦りようは尋常なものではなかった。

 軍隊での訓練の一環として、私は以前から尋問をする、あるいはされる際のマニュアルについてある程度学んでいる。だからこそ、こういうケースにおける相手の感情の揺れは敏感に察知できる。

 

「ククッ」

 

 口元が歪むのを我慢できない。

 これはいい情報を手に入れた。ふざけた選択肢ばかりかと思っていたが、たまには役に立つではないか。

 

「知っているか? 私は教官、織斑千冬先生と以前からの付き合いがある。私から頼めば、担任教師によるお前の身体のチェックが行われる可能性は高いだろうな」

「……何が言いたいのかな」

「場所を変えるぞ。貴様も他人に話を聞かれたくはないはずだ」

 

 唇を噛むデュノアを威圧するように笑い、私は残りわずかとなっていた昼食を平らげる。

 奴がうなずくのを確認してから、席を立ち食堂をあとにした。

 

 

「ここならかまわないか」

 

 周囲に人気のない空き教室を見つけ、中に入る。当然、デュノアもあとに続いてきた。

 

「シャルル・デュノア。私はお前が性別を偽っているという証拠をつかんでいる。言い逃れができるとは思うな」

「………」

 

 私の言葉に無言を貫くデュノア。絶対選択肢を証拠と呼べるかどうかは不明だが、わざわざそれをこいつに伝える義理はない。

 転がりこんできた絶好のチャンスだ。ものにしない手はないだろう。

 

「だが、これをすぐに公表しようという気はない。お前がある条件を呑めば、秘密にしておいてやる」

「条件……何が望み?」

 

 鋭い目つきでこちらを睨んでくる。威勢だけは買ってやってもいいが、私の優位は変わらない。さあ、あと一押しだ。

 

「私のことを好きだと言え」

「……え?」

 

 私の要求に面食らったのか、間抜けな声が返ってきた。まあ確かに、奴が想定していたような内容の条件ではなかったであろうことは容易に想像できる。

 

「早くしろ。録音する気もないから警戒するな」

「あ、はい……ボーデヴィッヒさんのこと、好きです」

「……よし」

 

 ほどなくして、ポケットの中の携帯が震えだす。

 取り出して確認すると、2人目をクリアしたという通知が届いていた。

 いい調子だ。少し気が楽になった。

 

「ではな」

「え……えっ? もう終わりなの? これだけ?」

「ああ。心配せずとも秘密は守ってやる。私にとって公表するメリットもさしてないからな」

 

 そのまま教室を出ようとすると、背後からデュノアが声をかけてきた。

 振り返ると、いまだに呆然とした顔で私を見つめている。

 

「本当にいいの? 男装していた理由とか、聞かなくて」

「ふん、何かと思えばそんなことか。お前が男であろうが女であろうが、私にとってはどうでもいいことだ」

「どうでも、いい?」

「お前はお前だからな」

 

 この男、いや女がミッション対象者である限り、性別など問題ではない。事実、ミッションの一部達成には成功している。

 

「気にせず甘い学園生活を送ればいい。理由を語る時間などもったいない」

 

 そんなことを聞いている暇があるなら、残りのミッションの対処に取りかかる方がずっと有意義だ。

 シャルル・デュノア。せいぜいこのぬるま湯な学園に溺れているがいい。

 

「私は戻るぞ」

 

 今度こそ教室を出る。引き止める声はなかった。

 

 

 

 

 

 

 男装しているという秘密をラウラに暴かれた瞬間、シャルロット・デュノアは心臓が止まる思いだった。

これからいったい何を言われ、自分はどういう状況に置かれるのか――悩むうちに、どうでもいいという気さえ起きていた。もともといろんなことに諦めかけているような状態だったのだ。今さら何を気にしようというのか。

 

 ところが、ふたを開ければあっけない結末が待っていた。なんとラウラは、とても重要だとは思えないセリフを彼女に言わせるだけで満足してしまったのだ。

 正直、まったく意図がつかめない。だからシャルロットは彼女の背中に問いかけた。何も聞かなくていいのか、と。

 

「僕は僕、か……」

 

 性別の違いなど、まったくもってどうでもいい――心からそう思っているような顔で、彼女はシャルロットの問いに答えた。そして、話が終わるやいなや廊下へ出ていったのだった。

 

「ああもはっきり言われちゃうと、本当にそんな気がしてくるよ」

 

 もしかすると、先ほどのおかしな要求にはこれといった意味はなかったのかもしれない。

 ラウラはただ事実を確かめたかっただけで、それがわかればあとはどうでもよかった。そう考えると、好きだと言えと強要してきたのはただの冗談だったのではないだろうか。

 

「……考え過ぎかな」

 

 真実はラウラ本人にしかわからない。だから、これ以上思考をめぐらせるのは無駄だとシャルロットは判断する。

 ただ。もしかすると彼女はいい人なのかもしれないと、そんなことを思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 午後の授業が終わり、放課後。

 次の策をどうするか考えながら荷物を片付けていると、織斑一夏が女生徒数人と仲良さそうに会話している光景が目に入った。

 ……軟弱な。世間話に興じる暇があるなら、訓練に打ちこめばいいだろう。

 

「おい」

 

 腹が立ってきたので、寮に戻る前に一言釘をさすことにした。本来なら転入初日に行っているはずだったのに、絶対選択肢が原因で結局今まで何も言えていないのだ。

 

「あ、ボーデヴィッヒさん」

「ふん」

 

 織斑に声をかけても、選択肢は姿を見せない。

 よし、今がチャンスだ。言えるだけのことを言って――

 

「そういえば、ボーデヴィッヒさんの制服ってスカートじゃないんだな」

「む」

 

 口を開きかけたタイミングで、織斑が私の下半身に目をやりながらそう言った。

 奴の言うように、私はスカートではなくズボン型の制服を使用している。

 

「みんなスカートだから、ちょっと新鮮だ」

「そんなことはどうでもいい。それより貴様」

 

【選べ ①生脚が見たいの? ちょっとだけよ~んと言いながらズボン半脱ぎ ②す、素肌を見られるの、恥ずかしくて……でも、お前になら見せても……と意味深に語る】

 

 おい……!

 なんなのだ。わざとタイミングを図って選択肢を出しているのか。いつもいつも肝心な時に邪魔ばかり!

 

「うぐっ!」

 

 文句をつけているうちに、例の頭痛が襲ってきてしまう。くそ、なんでもいいから早くどちらか選ばなければ。

 

「す、素肌を見られるの、恥ずかしくて……でも、お前になら見せても……」

「え? い、いや、別に無理して見たいわけじゃなくてさ」

 

 意味深というのがよくわからなかったが、とりあえずセリフを言い切ると頭痛が消えた。

 私の発言に顔を赤らめてあたふたと両手を振る織斑と、なにやらぼそぼそつぶやいている取り巻きの女達。

 ……疲れた。今日は一言だけで終わりにしておいてやろう。

 

「私は認めない。軽々しく女をはべらしているだけの貴様のような男は、絶対に認めない」

 

 そうはっきりと言い残して、私はそのまま教室を出ていった。

 

「認めないって……今のどういう意味なのかしら」

「女をどうこうって言っていたことと、さっきの素肌を晒してもいいという言葉から考えると……もしかしてボーデヴィッヒさん、織斑くんのこと」

 

 なにやら背後で外野が騒がしかったが、疲労感でいっぱいの私はさして気にも留めなかったのだった。

 




一日にして4人中2人クリア。さすがはラウラちゃんだ!


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