私の脳内選択肢が、織斑一夏への制裁を全力で邪魔している   作:シモネタスキー

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ノロイノロノロ

『どもどもー、こちらラウラ・ボーデヴィッヒちゃんの番号で間違いないかなー?』

「……何者だ、貴様」

『何者って、通知にちゃんと載ってたでしょ。神だって』

 

 通話ボタンを押すと、なんともふざけた調子で話す男の声が聞こえてきた。

 とてもじゃないが、『神』などという称号が似合うとは思えない。

 だが、今気にするべき点はそこではないだろう。

 

「それで? その神とやらが、私になんの用だ」

『用があるのは君の方じゃないの? 今すっげー気になってることあるでしょ』

「っ! 貴様、何を知っている」

『そうがっつかなくても教えてあげるってー』

 

 正直うさんくさいことこの上ないが、今は藁でも積極的につかむしかない状況だ。

 とりあえず、男の話に耳を傾けることにする。

 

『君は今、呪いにかかっているんだ』

「呪い、だと?」

『そそ。ランダムなタイミングで脳内に選択肢が出てきて、どちらか選ばなければ激しい頭痛に襲われる呪い』

「頭痛にかまわず、選ばないことを続ければどうなる」

『しまいには体と心が壊れちゃうだろうねえ』

 

 つまり、頭痛がやむことは永遠にないということか。

 どれだけ理不尽な内容でも、何かひとつ選択することを強要させられる呪い。

 ……さしづめ、『絶対選択肢』といったところか。

 

「なぜ私は呪いにかかった。どうすれば解くことができる」

 

 重要なのはここだ。一刻も早く呪いを解除しなければ、間違いなく生きていくうえでの障害になる。

 今日だって、邪魔を入れられたせいで織斑一夏とのファーストコンタクトを誤ってしまったのだから。

 

『ええっとね……この呪いを解くためには、いくつかあるミッション? みたいなやつをクリアしていけばいいらしいよ』

「ミッション?」

『あー、うん。で、そのミッションの内容は……なんか、そのうち送られてくるらしいよ。メールかなんかで』

「……待て。さっきからなぜ語尾が推測なのだ」

『いやそれがね、前任者から仕事押しつけられたばっかりで、呪いのシステムについてよく知らないんだよね。ハハ、マジウケる』

「なっ……」

『だから解除方法の詳しいところとか、なんで君に呪いがかけられたのかとか、そーいうところは一切わかりません。ああでも、ミッションを一度でも失敗すると二度と呪いは解けないってのは聞いてるよ』

 

 ……開いた口が塞がらないとは、このことだろうか。

 希望の光を見せられて、すぐさま取り上げられた気分だった。

 

「その前任者とやらに事情を尋ねればよいのではないのか」

『あー無理無理。今諸々の理由で引きこもっちゃっててさ、誰が行っても出てきてくれないわけよ。本当はサポートのために神の(しもべ)とかも送らなきゃいけないのに、それも手続きが難航してて』

「貴様、それでも神か」

『神っていっても唯一神的な存在じゃないし? たくさんいる神の中のひとりってだけだし?』

「……大体、神ならそんな馬鹿のような話し方をするものか」

 

 イライラしてきたので、最初から気に障っていた自称神の口調に文句をつけてやった。

 

『あれ、ひょっとして神の存在を疑ってる?』

「神が実在するかどうかは知らんが、貴様がそうだとは信じがたいな。私を陥れようとしている愉快犯だと言われた方がまだ納得がいく」

『へえー、そういうこと言っちゃう? ならこっちとしても証明せざるをえないなあ。そんじゃ、こんなんどうでしょう』

 

 相変わらず軽い調子で、奴がそう言うと。

 

「……む?」

 

 尻と頭に、何やらむずむずとした感覚が。

 これは……何かが、生えてきている?

 

「………」

 

 頭を触ってみる。毛並みの良い突起物がふたつ、自己主張をしていた。

 すぐさま部屋にある姿見の前まで移動した私は、呆然とそれを眺める。

 頭部に生えた黒い耳。尻から生えた細長い尾。

 意識するとピコピコ動くあたり、間違いなく神経が通っている。

 

「にゃ、にゃんだこれは!?」

『猫娘でーす。平行世界にはそんな人種もいるらしいよ?』

「ふざけるにゃっ! さっさと元に戻せ!」

 

 ああくそ、呂律がうまくまわらん!

 

『えー? でも結構便利だよ? 鳴き声上げるとそこらじゅうの猫を呼び寄せられるんだってさ。あとネコジャラシだけで何時間も夢中になれるから暇つぶしに困ることなし』

「そんな能力必要にゃい!」

『しょうがないなー』

 

 残念そうな声が聞こえたと思うと、私の体はすぐに元通りになった。ペタペタと全身を触り、ほっと安堵の息をつく。

 

『これで信じてもらえたと思うから、あとは頑張ってねー』

「まあ、超常的な力があることは信じるが……ちょっと待て、まだ話は」

 

 ブツッ。

 私の引き止めを無視して、神とやらは通話を切ってしまった。

 履歴からかけ直してみるも、まったくつながる気配がない。どうやらこちらから連絡することはできないようだ。

 

「舐められているな……」

 

 あれが本当に神なのだとしたら、当然の話ではあるが。

 とりあえず今は、与えられた情報を整理してみるしかないか。

 そう考えていると、今度は携帯電話がメールの着信を知らせてきた。

 

「これは」

 

 メールの差出人、不明。題名は……『ミッション』。

 先ほど奴が言っていた、呪いを解くための鍵となるもの。

 中身を確認すると、そこにはこう書かれていた。

 

『篠ノ之箒。セシリア・オルコット。凰鈴音。シャルル・デュノア。3日後の午後6時までに、この4人にラウラ・ボーデヴィッヒのことが好きだと言わせろ』

 

 好きだと、言わせる? この4人から……この、4人。

 

「……誰だ?」

 

 2人は、今日の内に聞いた名前であると記憶している。だが、特に深い交流があったわけでもない。

 残りの2人――篠ノ之と凰については、顔すら知らない状態だ。

 こいつらを、3日で懐柔しろと言うのか。この私に?

 ……厳しいな。

 

「実力行使……は、最終手段だな」

 

 対象を力で脅して、しくじった場合を考える。

 脅迫が明るみに出れば、担任教師である教官の不興を買うのは間違いないだろうし、対象が私に心を開くこともなくなるだろう。

 そうなればミッションは失敗。私は一生、絶対選択肢と付き合っていかなければならなくなる。

 確実に成功する算段が立たない限りは、この方法は控えるべきだ。

 ……では、どう動くのが正解か。

 

「あ……」

「む?」

 

 部屋の扉が開いて、ひとりの女が入って来た。私を見て一瞬硬直していたが、何かを思い出したかのような顔をすると、おずおずと口を開いた。

 

「あなたが……今日からルームメイトになる、転入生?」

「そうだが、お前は」

「私は……1年4組の、更識簪。この部屋の住人」

 

 なるほど。相部屋になると聞いていたが、この女が私の相方か。

 青い髪は長すぎない程度に伸びており、眼鏡の奥の瞳は気弱そうな光を宿している。

 一見すると、強い人間ではなさそうだ。

 

「あなたの名前は……えっと」

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。先に言っておくが、部屋が同じだからと言って仲良しごっこに興じるつもりはない」

「……それは、好都合。私も、必要以上に話すつもりはないから」

 

 ふむ……無用な会話を要求してくるタイプでないことは、まあありがたいか。

 だが、今は少しこいつに聞かなければならないことがある。

 

「ひとつ教えろ」

 

 メールの文面にあった4つの名について、知っていることを尋ねてみる。

 

「篠ノ之箒は……篠ノ之束博士の妹。残りの3人は、代表候補生……」

 

 篠ノ之束といえば、ISを開発した稀代の天才と呼ばれる科学者か。

 

「凰鈴音以外は、1組だから……あなたの方が、詳しくなるはず」

「その凰はどこのクラスだ」

「2組。でも、どんな人かは知らない……もういい?」

 

 少々面倒くさそうに答える更識。会話を好まないと言っただけあって、こういった行為も苦手なようだ。

 

「ああ、話は終わりだ」

「そう……」

 

 ある程度役に立つ情報を手に入れることができた。これで明日から、何かしらの行動を起こすことが可能だろう。

 ……礼くらいは、言うべきか。

 

「助かっ――」

 

【選べ ①ありがとうんちっち!と言った瞬間に極限まで便意が高められる(出すことで消滅) ②ありがとおっぱいぱい!と言った瞬間に更識簪のおっぱいを絶頂に達するまで揉み続ける】

 

 このタイミングで来たか、絶対選択肢。

 さっさとどちらか選ばなければ、またあの耐えがたい頭痛に苛まれることになる。

 

「くっ……」

 

 ②は、いくら同性といえど普通に通報される危険性がある。絶頂に達するまでとあるが、いつまで揉めばいいのかはっきりしない。

 と、なると。

 

「………?」

 

 急に黙り込んだ私を不審に思ったのか、こちらの表情を覗き込む更識。

 はっきり言って、屈辱だ。だが軍人は時として、恥を背負わなければならないこともあるのだ。

 私は覚悟を決め、更識の顔に向けてやけくそ気味に言葉をぶつけた。

 

「あ、ありがとうんちっち! ……うぐぶっ」

 

 その瞬間、生涯で経験したことがないほどの便意に襲われる。

 こ、これは……想定以上にきつい!

 しかも個室にトイレがない以上、この状態で部屋を出て移動する必要があるのだ。

 

「はあ、はあ」

 

 戸惑う更識を残して、廊下へ。

 学生寮のトイレは、各フロアの両端に存在する。また都合の悪いことに、私の部屋は1階のほぼ中央に位置している。

 

「んぐぅ……!」

 

 意図せず情けない声が漏れてしまうが、止めようがない。とにかく今は、早くこの地獄から解放されるために歩かなければ……。

 

「ねえあれ、噂の転校生じゃない?」

「なんかものすごい表情でうなってるんだけど……」

「相当変わり者っぽいっていう話は、本当みたいね」

「というかあの顔、女の子としてどうなのかな……」

 

 周囲の人間が私を見て何か話しているが、かまうものか。

 今の私には、トイレ以外を気にする余裕などないと言っていい。誇ることではないが。

 

「っ!?」

 

 馬鹿な……ここに来て、さらに便意が増しただと!?

 

「わ、私は……負けるわけには」

 

 こんなところで、こんなくだらない呪いに。

 それは、私のプライドが許さん。屈辱は受けようとも、最後の一線、守り通さねばならない矜持がある。

 もう少し、もう少しで、ゴールにたどり着くのだ。

 

「く、くくくっ」

 

 そしてついに、漏らすことなくトイレに足を踏み入れることに成功した。

 個室に駆け込み便座に座った瞬間など、笑いが止まらなかった。

 

「ふふ、ははは」

 

 見たか。私はこんな呪いになど決して屈したりしないのだ!

 必ず、必ず解呪してみせる!

 

「ハーッハッハ!! ……ふう」

 

 それにしても、ここまでトイレが恋しいと感じる機会が来るとはな。

 たどり着いた今となっては、この真っ白な便器が愛らしいと思えるくらい……はっ。

 

「いかん、これでは本当に変態ではないかっ」

 

 どうやら、極限の戦いにより精神が疲労しているらしい。

 とにかく、私は絶対に毒されたりはしない。

 呪いに宣戦布告するかのように、心の中で叫んでおいた。

 




友達いないラウラちゃん。はたしてミッションの行方やいかに。

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