孤独のグルメ 微クロスオーバー   作:minmin

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なんだか好評なようで嬉しいです。こんなに短くて短編連作なのに日刊ランキングに載っててびっくりしました。笑
今回の複数クロスは世界観とか登場人物で若干の矛盾が発生するのですが……そのあたりは超時空ということでご容赦下さい。
ではどうぞ~


第七話 東京都立川市のどら焼きとハヤシライス

 立川。

 最近はこんな町が少なくなった気がする。こう言うと現地の人に失礼かもしれないが、一昔前の生活感ある町というか。

 極端に都会なわけでもなく、極端に田舎なわけでもなく。丁度良い具合の日本人的生活。国民総中流意識なんて言葉ができたのはいつだったか。

 今日ここに来たのは、新規の客である和菓子屋さんの注文を受けてだ。一応食事ができるスペースはあるが、以前立ち寄った穂むらとは違いほぼ店頭販売型のお店。ショーケースの上に飾る小物や、賞状とかを収めるための額縁なんかを予算内で見繕ってくれという依頼。和菓子屋なのに和風の品で揃えないのかとも思ったが、名産の東京うどを使ったパイをはじめ、最近は洋菓子も増えてきているらしい。それならばショーケース1つを丸ごと洋菓子でかためて洋風に飾ってしまおうということらしい。まあ、お茶受けに出てきたのは和菓子だったんだが。

 

 ――お土産まで貰っちゃったよ。

 

 左手に下げた袋には、先程店で頂いたものとはまた別の和菓子が入っている。綺麗に包装されてはいるが、どうせ食べるのは俺一人だ。一仕事した後の息抜きにどこかで食うとするか。

 

 ――このネーミングなら、やっぱりあそこだろう。

 

 

 

 

 錦第二公園。

 正式名称は地元の人意外にはほとんど知られていないんじゃないだろうか。どう考えても通称の『オニ公園』の方が有名だ。

 その通称の由来は、真ん中にとてつもないインパクトでドデーンと陣取る大口を開けたオニの滑り台なんだが……初めて見た子ども、泣いちゃうんじゃないのか?これ。

 その滑り台の頂上に座って袋をがさごそと漁る。中から取り出したのは、どら焼きだ。

 

 

 オニどら焼き

 通称オニどら!滑り台のオニと同じデザインのオニの焼印が真ん中にドデン!

 

 

 いつもならどら焼きは半分に割ってから食べるんだが……今日は、こうだ。

 

 大口でがぶっと齧り付く。唇が沈み込んでいきそうなほどふっくらした生地。歯で感じる粒がしっかりとした餡子に……この食感は、栗か。食べ応えを損なわない程度に、でも決して餡子を追い越さない程度に脇役の存在感を放つ栗。主役は別だけど、君が居なくちゃ始まらない。まるで米沢さんのようだ。

 そんなことを考えていると、ふとパッケージに書いてある文章に目が留まった。目立つようになのか赤文字で書かれているそれによると……。

 昭和40年代、立川の表鬼門にあたる場所だったこの公園。そこで町の鬼門を守るため、鬼をモチーフにした滑り台も設置した。要約するとこういう事情だそうだ。

 町の鬼門のオニ公園。鬼の滑り台の上で、鬼のように大口を開けてオニどら焼きを食らう、俺。今なら厄でもなんでも食える気がする。

 

 

 いかん。何でも食えるだなんて思うと。

 

 

 腹が、減った。

 

 

「店を探そう」

 

 勢い良く鬼から滑り降りる。丁度公園に入って来た子どもが不思議そうな顔で俺を見ていたが、そんなことは気にしていられなかった。

 

 

 

 

 ――さて、何を食うか。

 

 せっかくこういう所に来ているんだから、今日は何かありふれたものが食いたい。特別珍しいわけでもないけれど、食べれば何故かほっこりするような。

 イメージとしてはファミリーレストランのメニューにあるようなものなんだが。40過ぎの男が一人で入るにはちときつい。かといってそこらのファーストフードは論外だし……。

 そこで横目に気になるものがちらりと目に入った。行き過ぎた3歩分、逆再生。そこにあったのは、まさに昔ながらのアーケード商店街だ。となると……軽食が食べられる喫茶店も、きっとある。というか、左側奥に回転灯が乗った小さな看板が見えている。

 

 ――あそこだ。

 

 自然と早くなった歩みに合わせて、どら焼きが入った袋からがさがさと音がした。

 

 

 

 

 

 年季の入ったマスター。コーヒーの香りが染み付いていそうな濃い色の椅子とテーブル。やっぱり昭和の喫茶店とはこうでなくちゃいけない。ファミリーレストランと違って大声で騒ぐ客がいないのも良い。話し声が全くしないわけではないが、耳に入ってきてもわずらわしくない談笑程度だ。

 

 ――さて、問題は何を食うかなんだが。

 

 色々あって目移りする。喫茶店の定番ナポリタン。カレーライスにオムライス。商店街のオアシスに無事辿り着いたという安心感もあってか、どれもこれも魅力的に思えてしまう。いかん。迷いで空腹が加速しそうだ。

 その時、仕切りを挟んだ反対側のテーブルの二人組みの声が聞こえてきた。

 

「いやー今日の日替わりがハヤシライスでよかったねブッダ!」

 

「本当にねイエス!お肉入ってないから私も食べられるし!

 商店街の福引でここの割引券引くなんて最高だよ!」

 

 今日の日替わり?ハヤシライス?

 いかん。まるで天の意思に洗脳されたかのように頭の中がハヤシライス一食(誤字にあらず)に染まっていく。こうなれば、もうハヤシライスを頼むしかないじゃないか。

 

「すいません。今日の日替わりのハヤシライスお願いします」

 

 それにしても、ブッダとイエスってすごい名前だよな。

 

 

 

 

 

 本日の日替わりセット

 

 ハヤシライス

 玉葱とマッシュルームだけのヘルシーハヤシライス。トマトたっぷりコクたっぷり!

 

 サラダ

 レタスにきゅうりにミニトマト。コーンがぱらぱら。絵に描いたような定番サラダ

 

 コーヒー

 ホットかアイスかお好みで。食後にお持ちいたします

 

 

 

「いただきます」

 

 昔懐かし銀の先割れスプーン。こんなところまで俺好みとは。子どもの頃に目に当て3分しか戦えないヒーローになったこの道具で、俺はいまからハヤシライスに挑む。ハヤシライス独特の赤味がかったルーにスプーンを潜らせて、しっかりライスと絡ませて一口目。

 

「おふっ」

 

 美味い。思わず声が出てしまった。

 くたくたになるまで炒め煮られた玉葱、そしてご飯。しっかりと感じるバターのコク。肉がなくても充分ですよ、これ。

 意外に侮れないのがこのマッシュルームだ。独特のもにゅっとした食感が、ともすれば単調になりがちなハヤシライスにアクセントを与えてくれる。とはいえハヤシライス自体が味が濃い食べ物だというのも確かだ。

 

 ――そこでこのサラダの登場ですよ。

 

 スプーンの先が割れた部分をきゅうりにぐさっと。口の中で溢れ出る生野菜の水分が一服の清涼感を演出する。続いてミニトマト。で、またハヤシライスを一口。サラダでリセットした口で味わうハヤシライスは、先程とはまた違う美味さがある。

 ハヤシライス。サラダ。ハヤシライス、ハヤシライス、サラダ、ハヤシライス、サラダ。手を休めることなく食べ続けると、茶色かった皿はあっという間に真っ白になった。

 

 

 

 

 食後にホットコーヒーで一服。で、煙草。

 世の中の喫煙者は酒と一緒にやる煙草が最高だと言う人もいるが、俺にはこれが似合っている。喫茶店で穏やかに過ごす食後の一服、最高。

 

「もーそんなに笑わせないでよイエスー!」

 

「いやいや!ブッダも同じようなことしてたでしょ!?」

 

 陽気な反対側のテーブルの会話も良いBGMだ、なんて思っていたら。

 

「……楽しそうで何よりですね、お二人とも」

 

 声に温度があったのなら間違いなく絶対零度だ、というくらいの低い声がした。

 何事かと思って振り返るとそこにいたは――全身黒っぽいラフな服装の、すこぶる目つきの悪い不機嫌そうな青年だった。なんというか、負のオーラが全身から出まくっている。

 

「あ、あの。ええと、その……久しぶりだね、鬼灯君」

 

「ひ、久しぶりー」

 

 テーブルの二人があははと笑いながら挨拶しているが、渇いた笑いにしか聞こえない。二人とも冷や汗を流していて頬が引きつっている。

 

「ええ、ええ。

 お二人が休暇に降りられて以来ですから……ほんっっっっっとうに久しぶりですね。休暇を満喫しておられるようで何よりです」

 

「アア、ソウダネ、ウン……」

 

「ああ、私ですか?私はいつも通り仕事をこなしていますよ。最近人手が足りないのか何なのか、地獄の官吏である私のところに何故か天国の案件がやたらと回ってくるようになりましたけど一体どういうことなんでしょうね?ああすいません休暇のお二人には全く関係のないお話でしたねつまらない話をして申し訳ありません心からお詫びいたしま――」

 

 

 うん。店を出よう。

 

 

「すいませーん!お会計お願いします」

 

 

 

 後日、用意した品を和菓子屋に届けに行った帰りにまた喫茶店に寄ってみたのだが……再び見かけた例の二人組みが、なんだかとてもやつれていたのはまた別の話だ。

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
鬼灯の冷徹の初回で天国の案件が回ってきたことに文句を言う鬼灯君を見て思いついたネタです。きっと二人がいない天界では誰かが仕事の穴埋めしてるはず。
感想お待ちしております。

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