今回も微妙に複数クロス。時系列はあまり気にしない方向でお願いします。笑
ではどうぞ~
九十九島。
読み方は『くじゅうくしま』なのだが、昔はずっと『つくもじま』だと思っていた。実際に訪れたことがないのに覚えていたのは、学生の頃地理か何かでみた資料のリアス式海岸という言葉が妙に印象に残っていたせいかもしれない。最近はリアス式とは言わなくなった、なんて噂も聞いたが、どうなんだろう。
歳を取ると、もう少し勉強しておけばよかったなと思うことが多くなった。世間でも言われているが、役に立っているとは思えない教科や内容も多々ある。しかしその一方で役に立っているものも確かにあるのだ。俺みたいな輸入雑貨商だと、世界史、日本史、地理あたりがそうだろうか。
「チケットを拝見します…………中学生!?」
受付のお姉さんの大声に驚いて周りの人が何事かと振り返る。
「はい。これが学生証です」
そこにいたのは、眼鏡を掛けたかなりの美男子だった。どこか湯川さんと雰囲気が似ている。正直、とても中学生には見えなかった。
「た、確かに……大変失礼致しました!申し訳ございません!」
「いえ。……慣れていますから」
……頑張れ、若者よ。
九十九島を巡る遊覧船。放送で流れる解説を聞き流しながら手すりにもたれて海を眺める。適度に吹く潮風が心地良い。クライアントとの待ち合わせまでの時間つぶしにと、なんとはなしに勢いで乗り込んでみたがこれは当たりだった。
船の上、潮風に吹かれ、ハンバーガー。
まるで80年代、90年代の若者に戻った気分だ。
佐世保バーガー
乗り場近くの屋台で買った御当地バーガー!
作り置きをしない、注文を受けてからの手作り品!
右腕を手すりの上に置いたまま左手でばくっと一口。食事の作法も何もあったもんじゃないが、ファーストフードにはこれくらいが似合っている。
とはいえこの佐世保バーガーというやつは、ファーストフードの一言で済ませるわけにはいかないほど味がしっかりしていた。もう何年も行っていないが、大手チェーンのハンバーガーとは根本的に方向性が違う。あちらは『ハンバーガー』という既製品を食べているという気がするが、これはパンに肉とチーズ、野菜を挟んで食べているんだという実感がもろにする。肉食ってるよ、俺。
包み紙をくしゃっと丸めてゴミ箱の中へ。そろそろ船も岸に着くし、仕事モードに切り替えますか。
「――貴方に神の御加護があらんことを」
シスターの声を背中に受けて教会を出る。長崎は教会が多い場所として知られているが、隠れキリシタンが多くいたという歴史からのか、和と洋がうまい具合に折衷された建造物が多数ある。仏像をマリア像やキリスト像に見立てて拝んでいたという話もあるそうだ。
当然それらの建造物にある調度品は貴重なもので、替えが効かないこともある。新たな品を使うにしてもその独特な雰囲気を損なわないような品が必要だ。今風なら『和モダン』とでも言うのだろうか。そういう品を揃えるのに俺にお声が掛かったという訳だ。
坂を下りきったところで教会の方へと振り返る。屋根の頂上に取り付けられた十字架が青空をバックによく映えていた。
教会。十字架。
そういったものを見ると、今は亡き言峰神父を思い出す。聖職者なのに八極拳の達人だという変わった人で、若い頃に古武術の道場を開いていた祖父と立ち合ったことがあったそうだ。残念ながら俺は子どもの時に一度会っただけで、その後教会を任された冬木という土地で亡くなってしまったらしい。
居住まいを正して十字を切る。普段まともに神なんか信じちゃいない俺だが、この時ばかりは真剣に祈りを捧げた。
さて、故人の冥福を祈り終えると時間は丁度良く昼を過ぎたところで。
腹が、減った。
「店を探そう」
――長崎に来たのなら、やっぱりあれを食べるべきだろう。
下り坂に合わせて、俺の足運びはどんどん速くなっていった。
――およそ一時間後。
「……さっぱり決まらん」
もう2、30分は迷っている気がする。二つのメニューの写真を視線が往復した回数は数え切れない。かのシェークスピアもきっとこんな気分だったに違いない。
――ちゃんぽんか、皿うどんか。それが問題だ。
大体ふらりと入った町の食堂のメニューに両方揃っているのがいけない。しかも御丁寧に写真付きだ。完全にメニューの袋小路に迷い込んでしまった。
ぶっとく食べ応えのあるちゃんぽんか。食感を楽しむ皿うどんか。今世紀最大の難問だぞ、これは。
そんな時、隣のテーブルから聞き覚えのある声がした。
「この野菜たっぷりちゃんぽんをひとつお願いします」
驚いて隣を見ると、そこにいたのは同じ船に乗っていた中学生だった。中学生には見えないと受付の人に驚かれていた彼だ。
俺の昼飯に被せてくるとは。しかも迷っていたちゃんぽんをピンポイントで狙撃。これは、俺に対する挑戦か?ならば、負けるわけにはいかない。
「すいません!
この餡たっぷり皿うどんを大盛りでお願いします」
餡たっぷり皿うどん
ぱりぱりの麺の上からあんがどーんとたっぷり!
ざく切りキャベツに木耳とえび。うずらにいかと豪華共演!
いいじゃないかいいじゃないか。俺の想像していた長崎皿うどんまさにそのものだ。
「いただきます」
上から箸を刺し入れて、餡と麺を同時に豪快に持ち上げる。少し粘り気が強い餡のおかげで、パリパリの麺ととろっとした餡がうまい具合にまとまってくれていた。
こんもりとしたその塊を……まるごと口の中へ。
美味い。
最初に感じる大きめに切られたキャベツの甘味。僅かに中華の香りがする餡の味をしっかりと受け止めている。
噛むほどに大きく自己主張する麺のパリパリとした食感。こんなに細いのに確かに感じる麺本来の味。人は見かけによらないし、麺も見かけによらない。良い勉強させてもらいました。
お好み焼きを切る感覚でざくっざくっ残りをブロックに分ける。その途中で当たったのは、うずらのたまごだ。これも一口。小さくても、しっかりたまご。侮れない。
――誰だか知らないけど、考えた人、ありがとう。
木耳、小えび、いか……皿うどんは、森だ。様々な恵みを俺に惜しみなく与えてくれる。そして――時と共に、姿を変える。半分を食べたところで、そろそろ勝負も後半戦だ。
前半はパリパリと激しく自己主張していた麺が、餡をしっとりと受け止めるように変化する。とんがっていた青年期を過ぎて手に入れた、弾力のある大人の味。これもまた、皿うどんの醍醐味だ。
――ここいらで仕上げ、いくか。
いつだったか滝山に聞いた情報。本場の皿うどんは、餡の上からソースをかける。
テーブルの端に『皿うどん』とテープが貼られたソースの容器があるのは確認済みだ。これをお好み焼きにかけるマヨネーズの如く全体に回しかける。
箸を持ち直し、しっとりとした麺にソースをしっかりすわせて口に運べば――。
――今、俺の皿うどん感は180度変わった。
少ししつこくなるかとも思ったがそんなことはまったくない。仄かに感じるソースの酸味が餡の旨味と絶妙にマッチしている。これ、ラストスパートに最強。
食べ終わるまで、その後箸は一度も止まらなかった。
「ありがとうございましたー」
隣に座っていた少年とほぼ同時に店を出た。
その時――。
バイクに乗った男に、歩道を歩いていた女性のバッグがひったくられた。
非常事態だと頭は理解している。だが、身体の反応が一呼吸遅れた。
慌てて駆け出すが、バイクは既に加速して逃げきられるのは明らかだ。
その時。
俺の頭の横を、何かが物凄い速さで飛んでいった。それは黄色い残像を残してヘルメットに包まれた男の頭へと向かい――クリーンヒットして、バイクは転倒した。
呆然とする俺の足元にてんてんと転がってきたのは……テニスボール?
振り返ると、いつの間にか少年が手にテニスのラケットを持って立っていた。どうやらサーブの要領でひったくりの頭を狙ったらしい。言葉にすると単純だが、一体どれほどの技術があればそんなことができるのか。
「警察に通報をお願いできますでしょうか」
「あ、ああ。はい」
冷静沈着という言葉が服を着て歩いているかのような感じだ。バッグを取り返してもらった女性の目がハートになっている気がする。
「では、自分はこれで」
「あ、あの!何かお礼を!」
女性が慌てて引き止める。
「すみませんが、飛行機の時間がせまっていますので」
「じゃ、じゃあせめてお名前を!」
「手塚です。手塚国光」
それだけ言って去っていく。最後までクールな少年だった。
後日、俺はその手塚少年が何故かドイツ代表としてテニスのワールドカップとやらに出場しているのをテレビで見るのだが……それはまた別の話だ。
如何でしたでしょうか?
手塚部長が九州に治療に行って、帰る日に飛行機までの時間観光してた感じです。笑
感想お待ちしております。