孤独のグルメ 微クロスオーバー   作:minmin

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随分とお久しぶりになってしまいました。
TRPGとジムチャレンジと古戦場と人理修復が忙しくてですね……(
今回はツイッターで知ったことのおめでとう回。まあタイトルでわかるんですけどね!


第三十二話 古都アイテーリアのペリメニ

 ……兎に角腹が減っていた。

 杜王町に住む有名漫画家、岸辺露伴先生から頼まれた椅子の仕事はどうにか目処がついたが、東京を早朝に出発して東北まで、一仕事こなして東京にとんぼ返りは中年には中々体力的に厳しいものがある。人よりは鍛えているつもりなんだが、俺も年をとったということか。

 岸辺先生の家はおしゃれだった。漫画家らしく、静かで落ち着くような雰囲気を感じられるというか、決して新しくはない一軒家でありながら、どことなく活動感というか新鮮さ、何かが息づいている印象もある。若くして大ヒット漫画『ピンクダークの少年』を連載する天才漫画家らしい家。家というのは持ち主に似てくるというのは本当なのかもしれない。或いは、当人が知らず知らず似ている家を選ぶのか。

 

『原稿は座って描くからね。良い漫画家は良い椅子にこだわる』

 

『なるほど、ごもっともです』

 

 確かにそうだろう。座り心地の悪い椅子では、漫画なんて繊細なもの描けたもんじゃない。だが、年代物のアンティークの椅子を使いたがる漫画家は少ない、というか殆どいない気もするが。

 

『ただ、僕の場合は座り心地が良けりゃいいってもんでもない。できるだけ年を経た、色々な人の手に渡り世界各地を渡り歩いた椅子が良い。その方が読み応えがある』

 

『はぁ……。難しいですが、やってみましょう』

 

 結局、紆余曲折はあったが、1980年代に大西洋のカナリア諸島沖で引き上げられた宝箱を椅子にリメイクしたものの、持ち主が次々に事故で死んでいくという噂で誰も買い手がつかなくなった椅子を購入することで落ち着いた。呪われたと噂のものをわざわざ買うとは……岸辺先生は変わり者だ、という評判は本当だったようだ。しかし、読み応えがあるってどういう意味だったんだろう。

 

 そんな益体もないことを新幹線の中でうつらうつら考えているうちに、いつの間にか座席で寝てしまっていた。移動中に車内販売でもないか、どこかで弁当でも買って食べてみようか、なんて考えていたんだが……おかげで、東京に帰ってきて目覚めた直後から腹がペコちゃんだ。腕時計を見ると、現在時刻は午後4時過ぎ。俺の経験から言って、この時間は丁度中休みタイムの店が多いんだよな……。うーん、どうしよう。

 回転寿司って腹じゃない。かといって、この時間におじさん一人でも間抜けじゃないと克服したところで、ファミレスはこの前行ったし……。ラーメンやうどん、そばは……ちょっと物足りない。勿論チャーハンや丼はあるんだろうけど、今は何かをおかずに白飯をガッツリ食いたい気分だ。ほかほかの、なんの小細工もない、おかずとご飯の真剣勝負……いかんいかん、想像してるだけで……。

 

「腹が、減った」

 

 

 

 

「店を探そう」

 

 男一人、いつまでも駅に突っ立っていても仕方ない。取り敢えず足を動かさないと。店と食べ物は、迎えに行かないと自分から来てはくれないんだ。美味いかどうかは運次第。

 

 

 足の向くまま気の向くまま、なんとなく暫く歩いてみると、どことなく昭和な雰囲気になってきた。今はもう令和なわけだが、そのうち今みたいに『平成』がレトロな、という意味で使われる未来が来るんだろうか。……中々にぞっとしない。まあ、俺がその頃まだ生きているかどうかはわからんが。

 どうやらここは商店街のようだが、どう見ても栄えている風はない。まさにシャッター通りと呼ぶにふさわしいほどシャッターの降りた店だらけだ。いつだったか、豚肉炒めと豚汁で豚がダブってしまった店の辺りを思い出すが、こちらの方が閑散としている。というか人気が全く無い。ついでに店も全く無い。これは失敗したか……?と思ったその時。どこからか、嗅いだことのあるような、そうでないような匂いが一瞬した。確かにした。しかし、匂いの発生源が一向に見つからない。くそう、どうなっているんだ。

 

 ――焦るんじゃない、俺は、腹が減っているだけなんだ。

 

 目を閉じる。精神と、嗅覚を研ぎ澄ませ。匂いの元を、店を探すんだ。……いかん。目を閉じると、余計に空腹が……瞼の裏が白くなってきた……。

 

 ――その時、どこからか不思議な声が聞こえた。

 

『まったく……このご時世に、腹をすかして倒れそうになる奴がおるとはの。まあ、食欲だけで邪気はなさそうじゃから許してやるとするか。今回だけじゃぞ』

 

 高い、若い女性のような声。しかし、なんだか言葉遣いは古めかしい。まるで頭の中に直接響いてくるような声だった。なんだろうと思って目を開けると――。

 

 店が、ある。

 

 目の前にある。美味しそうな匂いもしっかりする。どうして、今の今まで気づかなかったんだろうか。こぢんまりとした、如何にも居酒屋、という風な佇まい。看板を見上げると、一枚板に『居酒屋のぶ』と書いてある。のぶ……大将の名前か何かだろうか。というか、居酒屋ならまだ準備中、仕込み中だろうか。しかし、もう空腹が限界だ。駄目なら駄目、ええい、入っちまえ。ガラっと引き戸を開けて、すみませーんと声を掛ける。中を恐る恐る覗くと、4人の様々な目がこちらに向いた。

 お揃いの作務衣を着た3人は一様に驚いた顔をしている。まだ若そうだが大将だろう人と、女将さん?奥さん?であろう女性はごく普通だったが、なんともう1人の青年は茶髪の欧州風の顔立ちだった。只、営業時間前に客が来た、ということに驚いている顔ではなさそうなのが共通していて、ちょっと気になる。

 最後の1人、どうみても小学生くらいであろう、ピンクのエプロンを付けた可愛らしい女の子もまた赤みがかった髪をしていて、日本人ではなさそうだった。作務衣の彼の妹だろうか。……というか、やっぱり準備中だなこれ。しかし、先程からじゅうじゅう何かを焼く音と、鼻から入り込んで俺の胃袋を直接殴りつけてくる美味しそうな匂いが暴力的に強くなっている。間違いない、ここだ。

 

「ええと、腹が空いてるところに、良い匂いがしてきまして……やっぱり、準備中、ですかね?」

 

 とりあえず聞いてみる。その声で我に返ったのか、大将が再起動した。

 

「ええ、そうですが……お帰りいただくのもなんですし、どうぞ。と言っても、今すぐ出せるものはこれくらいしかないんですが……」

 

 そう言って、大将が慣れた手付きで焼いていたものを皿に盛る。それを見て、横の青年が、え、と声を上げた。

 

「こっちの彼がつくったものですが……店に出せるものだと先程判断したところです。味は保証しますよ。貴方が、初めてお出しするお客様です」

 

 どうぞ、と言いながら差し出した皿の上に載っていたのは、少し形は違うが、香ばしく焼かれた餃子だった。

 

「餃子ですか!いいですねえ!」

 

 思わず声を上げる。それを聞いて横の彼が「ギョーザ……ペリメニ……」と呟いていた。ペリメニ?

 

「彼の故郷では、ペリメニって言うらしいんです。何処の国でも、やっぱり似たような料理はあるんですよねー」

 

 女性がおしぼりを持ってきつつ解説する。なるほど、そういうものか。

 

「おしぼりどうぞ。お飲み物は何になさいますか?とりあえず、生で?」

 

「ああいえ、酒はまったく飲めないので……烏龍茶で。あと、先程の餃子……ペリメニと、ご飯、ありますか?白いの」

 

「はい、ございますよ。すぐにお持ちしますね!いいですよねー!餃子と熱々の白いご飯!」

 

 今にも涎を垂らしそうな、幸せそうな顔をしている。居酒屋の店員がそれでいいのだろうか。思わずタレを用意していた大将が「しのぶちゃん、顔」と注意していた。もしかしていつものことなのか。

 

「失礼します!オトーシのエダマメです!」

 

 そこで横から声が掛けられる。イントネーションがちょっと違うが、それもまた愛嬌になっている。先程の女の子――エーファちゃんというらしい――が小鉢の茹でた枝豆を持ってきてくれていた。

 

「お酒頼んでないのに……いいんですか?」

 

「ええ、もちろん。うちにはお酒を飲まない方もたまにいらっしゃいますが、いつもお出ししてますので」

 

 優しく笑う大将。人をほっとさせるような、柔らかい笑みだ。うーん、絵になる良い男である。量は少ないが、口寂しさを消すには充分。これぞまさにお通しの中のお通し。ザ、枝豆。

 

 枝豆の塩ゆで

 一度食べたら止まらない悪魔の豆。茹でただけなのに何故こんなに旨いのか。

 

「ありがとうございます。ええと、のぶ、というのは、大将のお名前で?」

 

「ええ。矢澤信之といいます。……まあ、殆どタイショーと呼ばれていますが。はい、おまたせしました。こちらをどうぞ」

 

 苦笑いする大将――矢澤さん。タイショー、というイントネーションということは、外国からの客もたくさん来るんだろうか。まあ、そんなことより!

 

 

 ハンスのペリメニと白いご飯

 居酒屋のぶの新しい名物。ニンニクがガツンと効いてる食べこたえ。トリアエズナマもいいけど、ほかほかご飯とのタッグも最強!

 

「いただきます」

 

 それだけ言って、早速餃子――いや、ペリメニを箸で掴む。そのまま、大将特製のタレにつけて……ご飯の上で、ちょん、ちょん。人によっては下品と言うかもしれないが、白飯食うときの醍醐味だと思うんだけどなあ、これ。まあ、そんなことより――ばくり。

 

「ほう」

 

 思わず、ほう、なんて言っちゃったよ。いつもならこのまま白飯をかっ込むんだが、それをするのが勿体ない味だ。

 

「なんというか……ジューシーですね。それに、甘い。これは……」

 

「キャベツの甘味です。本当に美味しいのは、一般的に想像するよりももっとどっさりキャベツを入れるんですよ」

 

 大将が穏やかに解説してくれる。

 

「なるほど……いや、知り合いから『餃子とは本当は野菜料理なんだ』とは聞いたことがありましたが……納得の味です。あ、これはペリメニですけど」

 

 独歩さん元気かなあ。最近イカスミに凝ってるとか言ってたっけ。グルメなんだよな、あの人、ああ見えて。

 傷だらけに眼帯のいかつい顔を思い浮かべながら白飯を頬張る。そうそう、これですよ、これこれ。流石主な食。主食の名に恥じない、食べ応えと旨味。これこそが日本人ですよ。それに、さっきペリメニをバウンドさせた時にちょっとついたタレがまた良い。このタレだけで、ご飯が無限に食える気がする。腹は減ってるんだが、急いで食うのがもったいない。ペリメニも、白飯も、口の中でしっかりゆっくり噛み締めてから飲み込む。おかずとご飯だけなのに、口の中が旨味の飽和状態だ。

 半分くらい食べたところで、タレにラー油をちょっと足す。一滴だけと侮るなかれ。これがまた旨いんだ。辛味のプールになったタレの真ん中に、ペリメニをちょんとつけて……がぶり。くぅ~、これですよ、これ。今度こそご飯をかっ込む。辛味と旨味でご飯が欲しくなり、ご飯を食べるとまたおかずが欲しくなる……俺は今、ご飯とおかずの基本にして奥義に到達した。あっという間に両方とも皿の上から消えていく。名残惜しいが仕方ない。だって美味いんだもの。

 

「ご馳走様でした」

 

 ハンスさん、美味しい料理、ありがとう。

 

 丁寧にお礼を言って店を出る。何故だか、全員で心配そうに見送ってくれた。俺、そんなに空腹で死にそうな顔してたんだろうか。不思議なのは、ちょっと歩いて振り返ると、また居酒屋のぶの場所を見失ってしまったことだ。その後、帰りに寄った稲荷神社で不思議な女性と出会うことになるのだが――それはまた、別の話だ。

 




如何でしたでしょうか?
今回は実写ドラマ化おめでとう、ということで『異世界居酒屋のぶ』とのクロスです!
登場人物は信之さん、しのぶちゃん、ハンス、エーファちゃん。ゴローちゃんは酒が呑めないのでリオンティーヌさんは出勤前です。笑
それでは改めて実写ドラマ化おめでとうございます!

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