孤独のグルメ 微クロスオーバー   作:minmin

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思ったより早く投稿できました。前回の復帰話はリハビリのつもりで書いたのでできがいまいちだったように思います。その反動か、今回はクロス成分もボリュームもちょっとUP。このまま筆がのってくれればいいのですが。。
今回は複数クロスです。
ではどうぞ~


第二十八話 東京都観布市のカレーライス

 

 

 

「人が死ぬときにはね――そこには何らかの『悪』が必然であると、私はそう思うんだよ」

 

 

 奇妙な状況だった。特になんでもない平日の昼間、とあるボロボロのビルの中だった。いや、はっきり廃ビルと言ってしまってもいいかもしれない。

 ぐるりと首を回して部屋の中を見渡す。机が2つ。お世辞にも綺麗とはいえないソファー2つに挟まれて、テーブルが1つ。相変わらずいつ来ても殺風景な事務所だ。どこか浮世離れしているようにも感じる。人の住処の様子はその主人の気質に似てくる、という話を聞いたことがあるが、案外それは正しいのかもしれない。何しろ、ここの主は控えめに評して変人という女性なのだ。

 

 

「なるほど、『悪』ですか」

 

 

 その殺風景な事務所の中で、2人の男がテーブルを挟んで向かい合って座っていた。それはいい。ここは一応オフィスでもある。奇妙なのは――そのうち1人の風貌と、話している内容だった。

 

 

「その通り。先ほど私がした話を覚えているかな?」

 

 

 奇妙な風貌の男が声を上げる。日本人離れして背の高い男だった。しかしその痩せた身体からはあまり大柄と印象は受けない。手足が異常に長いことも相まって、まるで中学校の美術室に飾ってある針金細工みたいなシルエットだ。背広にネクタイ、オールバックに銀縁眼鏡というごく当たり前のファッションなんだが――その当たり前すぎるファッションが、驚くくらいに似合っていない。なんとも奇妙な男だ。

 

 

「先ほどの、『例えばここに1人の殺人鬼がいたとしよう』ってやつですね」

 

 

 テーブルの反対側で問に応えたのは、針金細工とは真逆の青年だ。一言で言えば、平凡。

 黒髪、黒目、黒縁眼鏡。人によってはハンサムにも見えるだろう温和な顔立ち。黒いシャツに黒いジャケット。黒いスラックス。特徴と言えば、全身黒ずくめであることと――左目を前髪で隠していることくらいだろうか。というか、俺の知っている彼は、人が死ぬだの殺人鬼だのとは程遠い処にいる青年だったんだが。

 

 

「色々と考えさせられるお話でしたよ。確かに双識さんの仰る通りです。人は普通に暮らしていれば、殺されるなんてことはありえない。現実はそうじゃないかもしれませんが、理想はそうあるべきです。

 それに――殺人鬼であることと、人殺しであることは等しいわけじゃない。たとえ本人が人を殺したいという想いを抱えていても。明確な殺人衝動があったとしても。その衝動を押さえ込めることだって、あるはずです」

 

 

 青年――黒桐幹也君の言を聞いて、双識と呼ばれた針金細工はその長い腕を組んだ。

 

 

「ふむ。前者はともかく、後者についてはまだ議論の余地はあるとは思うが――私が言いたいのはね、幹也君。『人の死』とはとことんをとことんまで突き詰めて『悪』につきまとわれた概念であり、そこには善意や良識の入り込む隙間は1ミリだって存在しない、ということなのさ。人の死にあるのは、『悪』だけだ」

 

 

「悪、だけ……」

 

 

「そう、悪だけ。他には何もない」

 

 

 それを聞いて、幹也君は曖昧に笑う。何か思うところでもあるんだろうか。

 

 

「いいかい、幹也君。そもそも世界は『悪』というものに満ちている。特に何もしなかったところで、人は信号に引っかかるくらいの確率で『悪いもの』に出会ってしまうものなんだよ」

 

 

 おいおい、なんだか妙な話になってきたぞ。

 

 

「その点、君は素晴らしい。この上ないくらいに『普通』だ。普通すぎて異端なのかもしれないが――少なくとも異常じゃない。極端ではあるがぎりぎり常識の枠内だ」

 

 

「そんな風に言われたのは初めてですよ」

 

 

 今度は苦笑いする幹也君。それに対して、針金細工はいやいやと両手を振った。

 

 

「勘違いさせてしまったのならすまないが、別に馬鹿にしているわけじゃない。むしろ手放しで賞賛してもいいくらいだよ。

 いいかい幹也君。『普通』じゃないが故に生じる現象は概ね負の方向を向いているものなのさ。『普通』じゃないものはその性質が善であれ悪であれ他人を傷つけてしまう。だからこそ、『普通』で『当たり前』であることはとても幸福なことなんだよ。

 君のその『普通』は、きっと君だけでなく君の周りの誰かを幸せにしているはずさ」

 

 

 針金細工のその言葉を聞いて、幹也くんは初めて暖かく笑った。

 

 

「そうなのかな……。そうだと、嬉しいですね」

 

 

 そんな幹也君を見て、針金細工もまた満足そうに微笑んでいる。

 

 

「もちろんそうだとも。君は間違いなく『合格』だよ。

 ……うちの弟も君みたいに育ってくれたらよかったんだけど」

 

 今度は2人して苦笑いになる。

 

 

「例の……人識君ですか?

 『零崎にしては面白い奴だった』って橙子さんが言ってましたよ。僕も会ってみたかったですね」

 

 

「私も『傷んだ赤色』殿に会えなくて残念だよ。『彼女』を知ってなお赤を名乗ろうとする女傑を一度見てみたかったものだ。

 とはいえ、当初の目的である弟の行方は聞けたから良しとしよう。……お客さんも待っていることだしね」

 

 

 針金細工のその台詞で、幹也君が俺に気づいた。右目をぱちくりさせている。

 

 

「……井之頭さん?」

 

 

 というか、俺に気づいていたならもっと早く言ってくれてもいいだろうに。まあ、とりあえずは。

 

 

「……ご結婚、おめでとうございます」

 

 

 これは言わなくちゃならないだろう。

 

 

 

 

 足早に階段を下りきり、ビルの外への扉を開ける。その後も早足で細い道を進み、大通りに出たところでようやくほうっと息を吐いた。本人がいないとわかっていても、やっぱりあの場所は緊張する。仕事や義理でもなけりゃ、あまり行きたい場所じゃない。

 今日観布音市に来たのは、商品の発注と結婚のお祝いのためだ。先ほど訪ねた廃ビルに事務所を構える『伽藍の堂』の主、蒼崎橙子女史は極めて少数の熱狂的なファンを持つ人形作家だ。本来は建築デザイン事務所であるらしいのだが、そちらの仕事には俺は関わったことがない。

 彼女の作風は独特だ。まるで生きていた人間をそのまま人形にしたかのような、それでいて決して人間にはなれないような、そんな人形を創る。その他に類を見ない妖しさは、いっそ魔的ですらある――と、誰かが言っていた。彼女の作品は日本よりもむしろ海外で、特にイギリスで高く評価されているらしく、それを輸出にするために俺がこうして発注しにきている。来る度になんだか憂鬱になるが、これも仕事だ。それに……。

 

 

 ――幹也君、よかったなあ。

 

 

 伽藍の堂の従業員、黒桐幹也君。なんであんなところで働いているのかわからない好青年だ。この度めでたく結婚することになったらしい。なんでも相手は高校生からの想い人だそうだ。その学生時代に事故に逢い、一時期昏睡状態になっている間もずっとお見舞いに行っていたという。今時珍しいくらいに一途で優しい青年だ。

 おめでとうと言われた時の、彼のあの裏表のない照れくさそうな笑顔。まだまだじじいではないつもりだが、最近の若者が皆彼みたいならいいのに、なんて年寄り臭いことを考えてしまった。いかんいかん。

 交差点を左に曲がって駅に向かう。横断歩道を渡りながら腕時計をちらりと見てみると、11時20分を指していた。目的の電車までにはまだ若干の余裕がある。今朝は柄にもなく早起きしてしまったせいか、なんだか中途半端な時間になってしまった。しかし、もうすぐ11時半か……。そう考えると、なんだか、急に。

 

 

 ――腹が、減った。

 

 。

 

 。

 

 。

 

 

「店を探そう」

 

 

 駅に向かっていた足を、回れー、右。特に行き先は決まっていない。たまには、気の向くまま、足の向くままに歩いてみようじゃないか。

 

 

 

 

 ――さて、何を食うか。

 

 

 とは言ったものの、実は何も決めてはいない。とりあえず、このままブラブラ歩きながら決めるとしよう。

 改めて考えてみると、こうやって東京の街を散歩するっていうのはあんまりしたことがなかったかもしれない。特に最近は、仕事が忙しくてそんな心の余裕もなかった気がする。なんだか無性に楽しくなってきたぞ。

 のんびりと歩きながら店を探す。駅から少し離れたマンション街を抜けると、ぽつぽつと飲食店が並び始めた。きっとそういう需要を見込んでこの辺りに出店したんだろう。チェーン店から一軒家に混じって営業している個人の店まで色々ある。

 あれは……ラーメン屋か。悪くはないんだが、今はなんだか麺って気分じゃないんだよなあ。ついでにいうとスープって感じでもない。となると、うどんも違う。

 焼き肉……は、ちょっとがっつりし過ぎてるかなあ。ステーキとかハンバーグもだ。天ぷらもあぶらっこいし……あとは、何がある?

 

 

 ――あせるんじゃない。俺は、腹が減っているだけなんだ。

 

 

 考えるな、感じろ。五感を研ぎ澄ませ、今俺の腹が何腹なのかを突き止めるんだ。

 視覚……店は色々ある。が、決め手に欠ける。

 触覚……は、かばんだけだ。聴覚も、聞こえるのはなんてことのない生活音だけ。

 味覚……それこそ食わないと意味ないだろう。

 最後、嗅覚は…………!!

 

 

 きたきた、きたぞ。俺のお鼻にティンときたぞ!どこだ。どこなんだ。俺の脳髄を刺激してやまないこの蠱惑的な香りは。日本人なら皆大好きなあの料理を出している店は!

 匂いの元へ向かって大股でずかずかと歩く。端から見たらみっともなくても、そんなことしったこっちゃない。この香りに勝てる腹ペコちゃんなんていやしないのだ。

 大通り沿いに進むこと数分。すぐに目的地は見つかった。

 

 

 ――カレー専門店。カリー・ド・マルシェ。

 

 

 カレーなら、間違いない。大きくうなずいて、店の扉を開ける。素材を活かした味のある木製の扉だ。開けるとつけられた鈴かカランカランとなる。雰囲気もいいですよ、このお店。

 

 

「いらっしゃいませ。開いてるお席へどうぞー」

 

 

 ウェイトレスさんに案内されてテーブル席に座る。ちょっと時間が早いせいなのか、俺の他にはカップル客が1組だけ。というかすごい美人だな、あの金髪の外人さん。

 

 

「こちらがメニューです。ご注文お決まりになりましたらお呼びください」

 

 

 メニューとお冷を渡される。冷たい水を一口飲むと、ようやっと緊張がほぐれた気がした。

 首をぐるりと回しながら店内を見渡す。店は内装も、このテーブルや椅子も出来る限り木製にこだわっているようだ。ところどころに同じく木製の細工物。まるでちょっとした避暑地のペンションだ。なるほど、デートにはいいのかもしれない。

 

 

 ――さて。メニューの方は、と。

 

 

 そういえば、こういうところでカレーを食べたことってなかったかもなあ。日本全国どこにいっても食べることができて、しかも大抵はずれがないメニューだ。改まって専門店に行こうとは全然思ってなかった。

 パラパラとメニューをめくる。専門店らしく最初にあるのはナンのセットメニューのようだが、生憎と今日の俺は米粒気分なのだ。とことんシンプルにカレーとライスだけで攻めてみたい。で、中ほどのお目当てのページにたどり着いたんだが……。

 基本のビーフ。ポークに、チキン。シーフードに……夏野菜のカレー。こっちは、ラムにマトン……おいおい、カレーうどんまであるのか。その後に、グリーンカレー、スープカレーに、焼きカレー。カレーっていっても、こんなに種類があったんだっけか。

 さて、どれにするか。せっかく専門店に入ったんだから、ちょっと普段は食べられないものを食べてみたい。けれど、シンプルにカレーライスっていう初志貫徹ならビーフカレーだし。うーん、困った。

 まあ、スープや焼きなんかの変わり種は今回はよしとこう。なんとなくだけどシーフードも。グリーンカレーはちょっと惹かれるなあ。でかい鶏肉が美味そうだ。でも、確か辛いんだよなあ、これって。

 となると、チキンか?いや、そこでチキンに逃げるくらいならビーフだろう。他には何かあるか?他には……あったよ。これ、実はチキン入ってる。

 

 

「すいませーん!」

 

 

 右手を上げてウェイトレスさんを呼ぶ。今日は、これで決まりだ。

 

 

「はーい!お決まりですか?」

 

 

「はい。えっと……この、夏野菜のカレーをライスでお願いします」

 

 

「はい、かしこまりました。ライスは普通のとサフランライスと選べますけどどちらにしますか?」

 

 

 サフランライス。そういうのもあるのか。

 

 

「あー…………普通のでお願いします」

 

 

「かしこまりました!少々お待ち下さい!」

 

 

 ここでサフランに攻め込めない、俺。だから結婚できないんだろうか。

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました!夏野菜のカレーとライスです」

 

 

 夏野菜のカレー&ライス

 ちょっと大きめのグレイビーボートにはカレーがたっぷり!

 トマト、オクラ、かぼちゃ、ナス、パプリカ、チキンがごろっといっぱい入ってる。

 

 

 おいでなすったぞ。米粒を美味くする、魔法のランプに入った魔法の料理が。

 今日はカレーとライスだけだから、迷わなくていい。ランプを傾けて、カレーをまずは少しだけ注いで……。

 

 

「いただきます」

 

 

 夏野菜カレーというからには、野菜からだろう。ライスを少し。ルーをちょっと多めに、ナスを載せて……一口。

 

 

 ――美味い!

 

 

 いわゆる『家のカレー』とは全然違う。汁気は少なくて、カレーの味がついた野菜を食べてる感じに近い。なんだけど、カレーの味がしっかりする。美味いぞ、これ。

 あっという間にカレーがなくなってしまった。今度はちょっと多めに継ぎ足す。野菜も、チキンもしっかりと。そしてかっ込む。美味い、美味いぞ。

 この具材のごろっとした感じが良い。チキンも食べごたえがあるし、野菜も食感が楽しい。パプリカのしゃきっとした感じ。かぼちゃのちょっと野菜くさいような味。オクラのネバネバもいい仕事をしている。カレーがあるのにしっかり野菜は自己主張してるし、カレーだけ食べてもしっかり野菜の味がする。これが野菜の旨味が溶け込んでいるというやつなのか。グルメ漫画でしか聞いたことがないような台詞をまさか自分が言うことになるとは。カレーもライスも、瞬く間に半分になってしまった。と、ここでスプーンが止まる。

 

 

 ――うーん。頼みたいけど。このカレーには余計な気もする。どうしようか。

    ……ええい、頼んでしまえ!

 

 

「すいませーん!追加でトッピングの目玉焼きお願いします!かた焼で!」

 

 

 目玉焼き(五郎ver)

 トッピングの目玉焼きは半熟、かた焼、片面両面が選べる。五郎verは片面かた焼。

 

 

 ――さあ、最終兵器の投入だ。

 

 

 残っているカレーをライスの上に全部かける。その上に目玉焼きを載せて。スプーンで豪快に端の白身から切り分けていく。それをライス、カレーと一緒にすくって……食べる。

 

 

 ――カレーにたまごって、やっぱり最強。

 

 

 いくら歳をとっても忘れられない、この味。昔はそんなに好きじゃなかった白身も、こうやってカレーと鶏肉と一緒に食べればこんなにも美味い。俺の心は今、カレーによって純粋だったあの頃に引き戻されている。カレーの神様よ、ありがとう。

 白身を食う。カレーを食う。米を食う。野菜を食う。鶏肉を食う。黄身とカレーと米を一緒に食う。余計なものは何もいらない。今、この世界には俺とカレーだけしかいない。そんな楽しい時間は、皿の上が空になって、やっぱりあっという間に終わってしまった。

 

 

 食後に水をちびちびやりながらまったりする。いつもだったら煙草で一服するんだが、今日はなんだか口の中のカレーの香りを消したくない。

 しかし、本当に良い店だ。どこか喫茶店に似ているからだろうか、なんだか時間がゆったりと流れている気がする。俺より早く食べ終えていた奥のテーブルのカップルも、ずっと楽しそうに話している。

 

 

「美味しかったねー志貴。でも、カレー屋かあ。本当にあの女に教えてもらったんじゃないの?」

 

 

 ちょっと拗ねたようにいう彼女の言葉を、どこか幹也君に似た黒髪眼鏡の少年は苦笑いしながら否定する。

 

 

「疑り深いなあアルクェイドは。前に友だちと来たことがあるんだよ。シエル先輩には後から聞いてみたんだけど……名前が嫌だから入りたくない、だってさ」

 

 

「あー……そういえば、そんなやつもいたっけ。

 それはともかく、あの女と2人きりとかじゃなくてよかった!」

 

 

「俺がデートしたいのはアルクェイドだけだよ」

 

 

 ……なんだか、口の中の香りが甘くなってきた。

 

 

 

 

 その後、件の先輩と眼鏡少年の妹。そしてその妹付きのメイド姉妹が店に来襲し大騒ぎになるのだが……それはまた別の話だ。

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
今回は『人間シリーズ』より『零先双識』。『空の境界』より『黒桐幹也』。『月姫』より『遠野志貴』と『アルクェイド・ブリュンスタッド』です。
特に冒頭の会話はクロスを書き始めてからずっとやりたかったシーンです。
リハビリとしては最近『とらいあんぐるハート』だの『アイドルマスター』だののクロスオーバーをひっそりと書いてたりします。よかったらそちらも読んでやってください。
感想お待ちしております。

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