今回も少しクロスしてますが前回とは別の作品です。
ではどうぞ~
時計台。
特に大きいわけでも、綺麗なわけでもない。なのに、札幌に来るとつい足を向けてしまう。
日本三大がっかりスポットのひとつ、なんて言われたりもするようだが、俺は嫌いじゃない。周りをビルに囲まれているせいか、場違いに漂うそこはかとないレトロ感。雑貨商としての何かが俺を此処に引き寄せているのかもしれない。
修学旅行で初めて見た時はまさしく『がっかり』したものだが。今になって趣を感じるとは、これも歳を取ったということなのか。
いかん。昔を思い出すと……。
腹が、減った。
「店を探そう」
ひとつうなずいて歩き出す。五歩も歩いたら、時計台はもうすっかり頭の中から消えていた。
――さて、何を食うか。
さすが札幌、いかにもな飲み屋が多い。やはりと言うべきか、新鮮な海の幸を売りにしている店が多いようだった。勿論、店の種類はそれだけじゃない。都市部らしく様々な料理の店を軒を連ねている。
小樽なら寿司一択なんだが。なんだか今日は海鮮腹じゃない。この前回転寿司でたらふく食べたせいか。それに明日は朝早くに出発の予定だし、そんなに重くないやつがいい。
俺の胃袋を落ち着かせる札幌飯は、一体何なのか。迷った時は、原点に立ち返ってみる。猛烈に腹が減ってきた原因。修学旅行の思い出。あの時、何を食ったのか。
――濃い目のスープに大きなバターとコーンが乗せられた、みそラーメン。
そうだった。あの時はみそラーメンを食べたんだった。鼻水を垂らしながら、熱々のラーメンを啜っていた。
いいじゃないかいいじゃないか。ラーメンならそんなに重くないだろうし、足りないなら替え玉とかライスとかを頼めばいい。
――確かラーメン屋が集まってる横丁があったはずだ。
目標が定まると、自然と足取りも軽くなる。食前に丁度いい運動になりそうだった。
ラーメン横丁。
昔から横丁という言葉には弱い。仕事先で見かけると種類を問わずつい入ってしまう。今ではもう消えてゆくばかりの雑多な昭和感。それにどっぷりと浸れる気がする。
――確か札幌にはラーメン横丁が2つあったんだよな。
学生時代に行ったのはどちらの店だったのか。正直思い出せない。
まあ、どの店にもみそラーメンくらいはあるだろう。空腹はとうに限界を超えている。多少の誤差は許容範囲だ。
どこを見てもラーメン屋。普通ならこの狭い路地で店選びという難題を前に迷子になってしまいそうだが、こういう時は直感だ。最初に目にティンときた店に入ると決めていた。赤い暖簾に煤で汚れた黒字。間違いない。
暖簾を潜って店の中へ。入ってみるとやはり狭い。テーブルは一つだけ、カウンターが数席。好き嫌いが別れるかもしれないが、俺は結構好みだった。ところどころに見られる年季の入った油染みも味わいがある。
「いらっしゃい」
鬚面の店主が声を掛けてくる。どこの山賊かと見紛う風貌だが、声は穏やかで温かみがあった。
示された手に従うままにカウンターへ。きっちり端の席を確保する。一人飯の端席は基本だ。肘を突いても誰にも迷惑をかけないこの開放感。ま、店内には俺の他には反対側の端にカップルがいるだけなんだが。
「ご注文は?」
今日は迷わない。お目当てのものはひとつだ。
「みそラーメンを。コーンとバターのせで」
「はいよ。みそラーメン一丁ね」
注文してしまうと、なんだか気が楽になる。となると気になるのは他の客だ。反対側のカップルが食べていたのも確かみそラーメンのようだった。
ちらりとそのカップルを見やる。スーツをきっちり着こなしたいかにもな企業戦士。そのとなりの気の強そうな娘は店内だというのにコートを着込んでいた。最初は日本人かと思ったが違うようで、二人はどうも英語で会話しているらしい。そこでふと気がついた。
――あのサラリーマン、どこかで見たことがあるような気がする。
確か結構な大手企業のイベントの依頼だったか。新人に経験を積ませるためか、まだ歳若い青年が課長だかの隣にいたはずだ。その時も流暢な英語を話していた。
『ラーメン食べて身体も温まっただろ?
いい加減コート脱いだらどうなんだレヴィ』
そうそう。こんな風に、適度に砕けた生きた英語を話せる青年だった。
『うっせーよロック。
なんでこんなに寒いんだよ。いくら冬だからってありえないだろ』
『北海道だからな。仕方ないさ』
そのままレヴィちと呼ばれた娘はぶすっとしてラーメンを啜り込む作業に戻る。それを彼――ロックは柔らかく笑いながら見つめていた。
ロック。おそらくというか間違いなく愛称だろう。音の感じからいって名前の一部をもじったとかそんなところだ。
ロック。ロック、ロック、ロック……ろくろう、か。
椅子を回転させて彼へと向き直る。俺にしては珍しく声を掛けてみる気になった。多分、記憶の中の彼が気持ちの良い好青年だったからだろう。
「あの、もしかして岡島緑郎さんじゃありませんか?」
俺の声に反応して二人ががばっと振り返る。一人は冷や汗を流しながら。もう一人はこれ以上ないほどにやにやした顔で。
「え、ええ……あの、失礼ですが以前どこかでお会いしましたか?」
さすが一流企業旭日重工のビジネスマンだ。一瞬で完璧な営業スマイルを浮かべて見せた。
「以前そちらのイベント会場にかざる東南アジアの雑貨を手配させて頂いた、輸入雑貨商の井之頭五郎と申します」
懐から名刺を取り出して手渡す。こういう時は、一匹狼を気取っていても日本企業の習慣に染められているんだなと実感してしまう。
「ああ!あの時はお世話になりました。
改めまして、岡島緑郎と申します」
そう言って彼もまた名刺を手渡してくれた。その行為を娘がさっぱり理解できないという顔で眺めている。
あれからどれほど出世したのかと肩書きを見ると――ラグーン商会?
そんな俺の戸惑いを見て取ったのか、彼が苦笑いしながら説明してくれた。
「最近外国の企業に転職しましてね。今はそちらに住んでるんです」
外資系企業にヘッドハンティングでもされたのか。こういう若者がどんどん日本を離れているかと思うと、なんだか寂しい。
「そうなんですか……。
ですが、以前お会いした時よりなんというか、良い顔になっていますよ。きっと良い職場なんでしょうね」
そう言うと、何故か彼は頬を引きつらせていた。
「え、ええ。まあ……そうですね。
笑顔の絶えない、刺激に満ちた良い職場ですよ」
まあ、本人がそう言っているのだ。俺が心配することではないか。
と、そこで注文したものがきた。
「はいよ。みそラーメンね」
会釈だけかわして自分の席へ。彼は早速恋人にからかわれているようだった。
が、今はそんなことはどうでもいい。とにかくラーメンだ。胃袋が悲鳴を上げてまっている。
北海道みそラーメン
みその旨味がどーん!バターのコクがグッ!コーンも大盛り!
太ちぢれ麺がスープに絡んでこりゃたまらん!
旨そうだ。もう湯気だけで旨い。
「いただきます」
割り箸を割って両手を合わせる。俺は箸で麺を食べる時は割り箸と決めている。
まずはスープから……。
左手に持ったレンゲがスープの海へと沈んでいく。そこへ入り込むスープの流れに沿って溶け出したバターが合わさっていく。たっぷりと注ぎ込んでから一口。
旨い。
みそラーメン。最初に創ったのは北海道の人だったと聞くが、これだけでも大変な発明だ。さらにその上にバターを加えるという偉業。味噌汁に麺を入れただけなんて揶揄されていたものが、これで完璧な料理になる。この旨味とコク。俺的ノーベルラーメン賞受賞、決定。
スープをもう一口。口の中で流れ込んできたコーンが踊りだす。これだけで白い飯が食えそうだ。
麺をスープの大海の中から引き上げる。ちぢれた表面を伝って降りていくスープの流れが美しい。大きく音を立てて一気に啜る。この時だけは、下品でもいい。
続けて二口、三口。旨さにつられて勢い良く食べたせいか、あっという間に麺が残り僅かになってしまった。
――このままでは残ったスープが勿体無いな……。
そんなことを考えていると、岡島さんが店主に何かを頼んでいた。
「すいません。バターライス2つお願いします」
「はいよ。バターライス2つね」
バターライス?そんなもの、メニューには書いてなかったぞ?
慌ててメニューをめくって見返してみても、やっぱり書いてない。ということは、裏メニューというやつなのか。
注文してすぐに出てきたそれを彼は少しかき混ぜて……スープをかけた。
「すいません、同じのください」
バターライスinみそラーメンスープ
日本人ならやっぱりご飯!お酒の後の〆の〆にも!
つい反射的に頼んでしまったがこれは旨い。ご飯の熱で溶け出したバターの旨味が少量のみそスープで米粒ひとつひとつに回ってくれる。
これも一粒残さず一気に流し込んでしまった。
後日、旭日重工の人から依頼があった際、岡島君は海外で死んだはずだと聞かされたのは、また別の話だ。
如何でしたでしょうか?
ちなみに作者が一番好きなのは博多ラーメンです。笑
大学が福岡の大学だったのでちかたないね。
作者は他にも恋姫をメインで書いてますのでよかったら見てやってください。
感想お待ちしております。