今回は以前から書こうと決めていた名古屋回です。一応複数クロスかな?
ではどうぞ~
名古屋。
知名度は凄い。たまに名古屋県愛知市なんて間違える若者をテレビで見ることがあるくらいだ。だがその一方で訪れる機会はあまりなかった。東京に住んでいる俺でさえそうなのだから、四国、九州、沖縄あたりに住んでいると一度も訪れたことがないという人も多いんじゃないだろうか。
あまり知られていないが、実は横浜市、大阪市に次ぐ全国第3位の人口を有し、中部地方の中枢である政令指定都市である。若い頃、空条貞夫というミュージシャンのライヴを見に行ったことがあるが、それが全国ツアーの名古屋公演だった。大物ミュージシャンの全国ツアーが通る場所が、その地方の主要都市。勝手な考えだが、それほど間違ってもいないと思う。
今日はここで2件の仕事がある。正直この歳になると日帰りで2件はきついが、滅多に来ない土地の仕事はできるだけ一度に片付けてしまいたかった。
今日の客は2件とも教育関係者だ。……まあ、先程終わった仕事の相手はどう見ても教育者には見えなかったが。
10歳のシスターはまだいい。金髪碧眼だったし、孤児院出身だそうだから、そういう系列の場所で育てられたならまだ有り得る。でもさすがに高校の教員にはなれないだろう。労働基準法やらその他諸々はどうしたと言いたくなった。
確か『隣人部』という部活動の顧問をしていると言っていた。どんな部なのかはさっぱりわからないが、きっとまともじゃない。そんな気がする。
「おっとっと」
あまりに非現実的だった光景を思い出していたら、いつの間にか曲がるはずの道を通り過ぎようとしていた。いかんいかん。
ちょっと戻って右に曲がり、緩やかな坂を上る。ここをまっすぐ行くと、目的地の大学だ。さ、仕事仕事。
「わざわざ遠い所まで来て頂いてすみません」
目の前に座る男性が丁寧に頭を下げる。電話で話した時から思っていたのだが、生真面目な人だ。最近まで就職できずにオーバードクターとして過ごしていたというから、その苦労が性格にも表れているのかもしれない。
「いえいえ。これもお客様のためですから」
一応はそう言ってみるが、高杉さんは固い表情のままだ。いかん、ここは何か場を和ませるような台詞でも言わないと。
何か話しのネタはないかとこっそりと辺りを見回す。大学の助教授として与えられた高杉さんの研究室は驚くほど殺風景だ。実用本位というか、飾りっ気がないというか。そうやってあちこちに視線を飛ばしていると、高杉さんの机の上に広げられた、可愛らしいお弁当が目に入った。
「どうも昼食時にお邪魔してしまったようで。
しかし美味しそうなお弁当ですね」
そう言うと、高杉さんは照れたように頭を掻いた。この人の顔がこんな風に崩れるの、初めて見たかも。
「ありがとうございます。
……同居している従姉妹がつくってくれたんですよ」
「そうでしたか。
良い子ですね、従姉妹さんは」
学校や親の仕事の関係で預かっているのだろうか。親戚とはいえ、おそらくは毎日お弁当をつくっているとは。中々できることじゃない。
「ええ。
……本当に、愛らしい子です」
そう言って微笑む高杉さん。その従姉妹さんのことを、心の底から愛しているのだろう。そう思わせる笑顔だった。
生真面目人間高杉さんをここまで笑顔にするお弁当。中に入っているのは、俵型のおにぎり、玉子焼き、ウインナー、にんじん、レタス、きんぴらといたって普通だ。けれどもその1つ1つに、確かな手作りの温かみがある。美味しい食事には人を笑顔にする力があるというが、それを体言したかのようなお弁当だ。
しかし、見ていると、なんだか。
腹が、減った。
「では、これで失礼します」
立ち上がって一礼する。高杉さんが呆気に取られていたが気にしない。さあ、俺も飯だ飯だ。
――さて、何を食うか。
せっかく名古屋に来たんだから、何か名古屋らしいものを食ってみたい。
名古屋といえば八丁味噌か。味噌カツに、味噌煮込みうどん。でも、あれって確か味が濃いんだよなあ。カツはこの前たっぷりと食ったばかりだし、濃い味噌は好き嫌いが別れるからちょっと冒険するのが怖い。
後は何があるのか。手羽先やひつまぶしが有名だが、手羽先は手が汚れるのが好きじゃないし、うなぎはほろほろ鶏の時に食べた。これもパスだ。
空腹で狙いが定まらない。俺の腹は、一体名古屋のどこに行きたいんだろうか。滅多に来ない土地だということも、腹が迷子になる原因になっている。
――あせるんじゃない。俺は腹が減っているだけなんだ。
迷った時は原点に戻る。それか、素直に人の助言を聞く。旅先での飯はどうするのか。
すると、以前仕事で知り合いになった、やたらと殺人事件に巻き込まれるという物騒なフリールポライターの言葉が脳裏をよぎった。
『僕は旅先で迷ったらカレーかラーメンを食べるようにしているんです。この2つだけは全国どこへ行っても外れが少ないですからね』
カレーかラーメン。名古屋には有名なラーメンチェーン店があったはずだが、そこに行くのはなんだか負けた気がする。何に負けるのかはわからないが。
となるとカレーだ。名古屋は喫茶店文化が発達しているらしいし、きっと美味いカレーが食えるはずだ。カレー腹に決定。
腹が決まれば後は店に辿り着くはずだ。歩けば喫茶店に当たるという名古屋。目に付いた店にぱぱっと入ってしまおう。
うーん。どうしよう。
何の問題もなく店には入れた。しかし……カレーと、もう1つのメニューの間で腹が揺れている。
インディアンスパゲッティ。
説明文を見ると、カレー味のスパゲッティらしい。名古屋の喫茶店ならどこにでもあるメニューだという。
気になる。めちゃくちゃ気になる。でも、ついさっきまで完璧にカレーライス腹だったし。カレーといったら白い飯だろうが。
でも食べてみたい。名古屋のインディアン、めちゃくちゃ食べたい。どうするか。
――迷った時は、両方だろう。
「すいませーん!」
「はーい」
黒いエプロン姿のウェイトレスさんが小走りでやってくる。
「インディアンスパゲッティと……ライスの小を1つ。あとエビフライもお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください!」
調子にのって思わずエビフライまで頼んでしまった。まあ、いっか。エビフリャーも、名古屋飯で問題ないはずだ。
「お待たせしました!
インディアンスパゲッティとライス、エビフライです!」
――おいでなすったぞ。
五郎セレクトin名古屋喫茶店飯
インディアンスパゲッティ
麺の上からカレーをどーん!ルーをよく絡めてから召し上がれ。
ライス(小)
カレーがあると欲しくなる。日本人ならやっぱりご飯!
エビフライ
大きなエビフライが2尾丸々。タルタルソースがついてる。
「いただきます」
――まずは、一気にいっちゃいますか。
スパゲッティって、なんだか箸で食いたくなる。パスタじゃできないこの家庭な感じが良い。麺をなんどか持ち上げて、カレーにしっかり絡めてから……ずずっと一口、二口。
美味い。
カレーとスパゲッティって、こんなに合うんだ。なんだか、いつまでも啜っていたくなる。でも。
――やっぱりカレーにはご飯だよな。
ルーがたっぷり絡まった麺をライスの上でちょんちょんと弾ませる。一気に啜った後、すかさずライスをかっ込んだ。
美味い。ナポリタンをおかずにご飯を食うことはあるが、カレー味のスパゲッティをおかずにするとは思ってもみなかった。
エビフライは、どうだろう。
箸で真ん中を挟んで、お尻から添えられたタルタルソースに突っ込む。底をぬぐうようにたっぷりとつけて……下からばくり。
――エビの旨味と、自家製タルタルソース、最強。
以前お世話になった南方先生がエビフライをタルタルソースを食べるための棒だなんて言っていたが、そんなことはない。海の味がしっかりする。エビフリャー、強し。
あらら。ご飯、もう無くなっちゃったよ。
「すいません!ライスのおかわりお願いします」
カレースパゲッティをおかずにライスを食べる。エビフライとタルタルソースをおかずにライスを食べる。カレールーにライスを浸して食べる。エビフライとウスターソースでライスを食べる。
――なんだかんだ言っても、結局俺たちは島国の農耕民族っていうことか。
おかわりも含めて皿がすっかり空になるまで、そう時間はかからなかった。
「ありがとうございましたー」
――名古屋飯。堪能させて頂きました。
名古屋、きっとまた来るだろう。その時は、味噌煮込みうどんだな。
その後、高杉さんから丁寧なお礼の手紙と共に従姉妹さんと二人並んで写っている写真が送られてきたのだが……それはまた別の話だ。
如何でしたでしょうか?
今回は『僕は友達が少ない』が回想のみ。『高杉さんちのお弁当』高杉助教授です。
ちなみに実際にはエビフリャーと言う人は少ないらしいです。笑
感想お待ちしております。