ローゼンメイデン プロジェクト・アリス   作:Ciels

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仕事忙しかったので初投稿です


sequence86 敵の敵は

 

 

 

 別荘から車で一時間ほどしないとスーパーがないというのは不便極まりないが、それも仕方ないだろう。何せ山を挟んで反対側なのだから。田舎町特有の営業しているかも分からない店や、やたら充実しているコンビニの種類が立ち並ぶ中、みっちゃんと金糸雀は現在スーパーで食材と洗濯用の洗剤を買い足し中。

 

「あぁんカナぁ〜可愛すぎて鼻血止まらなあい〜!」

 

 田舎に不釣り合いなテンションで、みっちゃんは金糸雀にべったりとくっつきながら鼻血を垂らし頬を擦り付ける。血を服につけないあたり慣れているのだろう。すげぇ技術だ。

 

「ちょ、ちょっとみっちゃん!人の目があるから!ていうか摩擦!アツゥイ!」

 

 擦り付けられている腕から煙が上がりそうになる。金糸雀は現在変装と称して薔薇を用いて大人化している。幼い顔こそ変わらないが、みっちゃんと変わらないくらいにまで身長が伸び、スタイルも相応のものへと変化していた。これには町中のすれ違う親父達は目を奪われるのも必然で。

 

「でもお胸はあんまり成長してないのね」

 

「大きなお世話かしらッ!」

 

 ぺったんこな胸だけ除けば完璧の次女は今日も苦労が絶えない。……それでも真紅よりはある辺り、現実は残酷だ。なお、作るのが楽であるという理由から今日は鍋。まだ冬も抜け出せていない頃合いだから、アツゥイ鍋は身にしみるに違いない。

 特に何事も無く買い物を済ませると、みっちゃんと金糸雀は店を出る。そして車へと乗り込もうとするとき、異変は起きた。突然誰かがみっちゃんの背後から肩を掴んできたのだ。

 

「ひっ!」

 

 軽い悲鳴をあげて後ろを振り返ろうとした時、声がかけられる。

 

「待って、僕だよ」

 

 小さな声でそう言う謎の人物の声に、聞き覚えがないわけではなかった。恐る恐る振り返ると、そこには想像した通りの人物……桜田ジュンが、それなりの厚着をして、帽子を深々と被って立ち尽くしていた。

 

「みっちゃんどうしたの……って!貴方は真紅の!」

 

 助手席側にいる、あまり面識がない金糸雀も気がついた。敵襲かとも考えバイオリンを取り出そうとした瞬間、金糸雀の手は華奢だが力強い手によって押さえつけられる。

 

「落ち着きなさい金糸雀。ここでは目立ってしまう」

 

 騎士王の娘みたいな良い声で制止される。正体はやはりと言うべきか、大人化した真紅だった。ワインレッドのコートにレイバンのサングラス、そしていつもはツーサイドアップの金髪は、見た目相応に下ろしている。

 

「し、真紅!」

 

 驚く金糸雀だが、即座に彼女たちが敵意を持たないことに気がついた。もし彼女達が河原郁葉の勢力であれば、帰路に着く途中の田舎道にて襲撃されるか、そのまま泳がされて隠れ家を発見されてそのまま襲撃されるかの二択だろう。

 ジュンくんは周囲を見回し、片腕を上げて頭上で回す。これが軍隊における集合の意味がある事はみっちゃんにはわからないだろう。

 

「一体どうして……」

 

 みっちゃんが問いかけると、ジュンくんは真剣な面持ちで言葉を返す。

 

「質問は後で返します。とにかく、敵じゃないって事は信じてください。だから……そのポケットの銃から手を離して」

 

 その中学生の言葉には、妙に説得力があった。言われた通り、みっちゃんはポケットに突っ込んでいた手を離す。彼の言う通り、ポケットの中には小型の拳銃が収められていたからだ。

 

「おい河原、もう出て……」

 

「いるぞ」

 

 突然、ジュンくんの背後に現れたのは悪の化身の弟である礼。その異質な存在に本能が警鐘を鳴らし、みっちゃんは今度こそ悲鳴をあげそうになったが、ジュンくんと礼の二人の会話を聞いて心拍数を下げた。

 

「いるならいるって言え。こっちまで驚いたぞ」

 

「本当に驚いてるならもう撃ってるだろ。まぁいい、行くぞ。あまり時間がない」

 

「雛苺と水銀燈は?」

 

「偵察に出てる。どうやら雪華綺晶と兄貴は別行動してるらしいが、位置までは分からないそうだ。帰ったらお仕置きだな」

 

 どうやら二人は協力関係にあるようだった。だがイマイチ事情が読み込めないみっちゃんはそれに口を挟まず、成り行きを見守っていたのだが……

 

「おい、あんた。金糸雀のマスター」

 

「え、私?」

 

「他に誰がいるんだ。ほら車を出せ。運転できるのはあんただけなんだから」

 

 はい?と思わず素っ頓狂な声を出す。当たり前のようについて来ようとする三人は、逆に首を傾げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 田舎道を車が進む。運転はもちろんみっちゃん、助手席には河原礼、後部座席には金糸雀とジュンくん、そして真紅がそれぞれ搭乗する形だ。法定速度を少しオーバーしながら隠れ家に向けて車を走らせ、みっちゃんの質問に答える礼。後部座席ではドールズと少年が何やら話に花を咲かせていた。

 

「つまり、今の君達は河原郁葉とは敵対してるって事?」

 

 礼は頷いた。道中彼が話してくれたのは、なぜ彼らが共謀しているのか、そして今現在の河原郁葉との関係性。

 まず河原郁葉との関係性だが……敵でも味方でもないらしい。直接的に今回の動乱に干渉していない彼らだが、理由は不明にせよどうやら琉希を奪われると都合が悪いらしい。二人が共謀している理由もそこにあるのだとか。

 

「その……なんで、お嬢様の身体が奪われると都合が悪いの?」

 

 恐る恐る尋ねると、礼は無表情のまま口を開いた。

 

「奴が有機の身体を手に入れれば次に狙ってくるのはローザミスティカだ。それこそ奴は他の世界のローザミスティカを保有しているが……同一世界で組み合わさるのは同じ世界の魂のみ。だから絶対俺たちの大切なものを狙ってくる」

 

 つまりは、河原郁葉という共通の敵を抱いた仲間ということ。

 

「有機の身体を持つローゼンメイデンはもはや人形ではない。恐らくだが、その力はどんなドールが束になっても勝てないほど強いだろう。それも防がなきゃならん。それまでは一時休戦だ」

 

 なるほど、とみっちゃんは納得する。しかしもし、河原郁葉が倒れた場合は……

 

「理論上兄貴は殺しきれないだろう。だから狙うのはドールだ。雪華綺晶が死ねばあいつがこの世界にいる理由は無くなる。あいつは雪華綺晶の事になると周りが見えないからな」

 

 嘲笑するように笑う礼。

 

「お前もだろ、河原」

 

 ふと、後ろからジュンくんが不敵に笑いながら言った。それが図星と言わんばかりに、バックミラーで彼を睨む。

 

「ドールがドールなら、マスターもマスターね。お互い素直に物が言えていないのだわ」

 

「それはブーメランだぞ真紅」

 

「……今のは忘れてちょうだい」

 

 似た者同士だと言うことか。みっちゃんはそんな少年たちの若さに笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間して、ようやくみっちゃんが隠れ家に戻ってきた。俺と蒼星石はぐったりした様子でソファーに腰掛けていて、部屋の反対側では散乱する生活用品の中に一人、琉希ちゃんが体育座りでこの世の終わりみたいな様子でうなだれている。

 

「ただいま〜……」

 

 起こった事は想像するに難くない。きっとまた錯乱したんだろう。それをあやすというか宥めるのに努めた二人の精神は、もはや限界だった。

 

「腹減ったみっちゃん」

 

「今作るから待ってて。カナ、お風呂沸かして!」

 

 はいかしら〜と返事をする金糸雀を、蒼星石が止める。

 

「もうやったよ〜」

 

 半ば放心状態の彼女が言うと、金糸雀はやることが無くなって立ち尽くした。仕方がないので散乱したものを片付ける。

 

「あらあら、私を見捨てて買い物に出た金糸雀じゃあありませんか」

 

 歪に笑う琉希ちゃんと目があった。そして出た言葉が、これ。しかし彼女はめげない。底抜けの元気とおでこが自慢の彼女は、琉希の言葉を流して片付ける。

 

「へぇ、無視ですか。そりゃそうでしょう、私がこんなにならなければあなた達もこんな目に遭わなかったのに。恨んでもいいんです。私なんて翠星石と一緒に死ねば良かったんですから」

 

 プツンと、何かが頭の中で弾けた。涙を浮かべながらも健気に片付ける金糸雀に同情したからだろうか。それとも死ねば良かったなんて言い出したからだろうか。俺は疲れも吹っ飛ばして立ち上がり、琉希ちゃんの頭を思い切りゲンコツした。

 ゴンっと鈍い音が響く。

 

「いだっ」

 

「いい加減にしなさいッ!(右京さん)」

 

 プルプルとキチゲを貯めながら叫ぶ。部屋の視線は一気に俺へと集まった。

 

「自分を慕ってくれる人を傷つけ、あまつさえ死ねば良かったなどと……人を侮辱するにも程があるッ!(相♂棒)」

 

 えっ、えっ、と琉希ちゃんは突然の事に理解が及んでいなかった。ゲンコツされた頭を押さえながら、刑事が憑依した俺を見つめている。

 

「世の中には愚かな人がいたものですねぇ……そして哀れだ。いっそ滑稽とでも言いましょうか」

 

 上品な佇まいでそう言うと、ようやく自分が言われている事に気がついたのだろう。涙目を歪め、こちらを睨んできた。

 

「あなたのことですよ……!」

 

 ドラマ終盤並みに言い伏せる。ちなみに俺はあのドラマは全然見ていない。

 

「翠星石さんが生かしてくれたにも関わらず、こうして毎日を無駄に過ごして世捨て人にでもなったつもりですか。それで本当に彼女が報われるとでも?……大馬鹿者だッ……!」

 

「じゃあ」

 

 と、ここで琉希ちゃんの反撃。

 

「どうすればいいんですかッ!やれる事は全部やりましたッ!戦って、傷つきもしたッ!でも結局全部ッ!全部亡くしてッ!今度は私を狙ってきてるッ!私の体を!これ以上私に何を求めるのよッ!」

 

「やかましいわアァァロォオオオオッ!(突然のaiueo700)ならもっと足搔けやッ!こちとら友達と縁切ってまでやってんじゃボケッ!」

 

 思わず素が出てしまった。だが琉希ちゃんはこれ以上返す言葉が無いのか、走り去って二階へと逃げていく。よっしゃレスバ勝ったぜ!(J並みの発想)

 

「ちょっと!なんて事言うのよ隆博くん!」

 

「いいや必要だったね!俺と蒼星石相手ならともかく、みっちゃんたちにあーでもないこーでもない言うなんて馬鹿げてた!」

 

 俺は自身の正当性を主張する。ふと、きょとんとこちらを見上げている金糸雀と目があった。この子まで責めてくるかな、なんて思って言葉を待つ。

 

「隆博、ちょっとカッコよかったかしら」

 

「えっ」

 

 予想外の言葉に俺は思わず変な声をだしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人、夜の山のてっぺんに聳え立つ木の頂上に彼女は立ち尽くす。夜の闇と彼女の白さは良いコントラストとなっていて、他人はともかくとして俺は目を奪われるだろう。大人になって伸びた手足。そのスタイルになっても、彼女の素のドレスはそれに追従する形で美しさを醸し出している。

 眼前には木々が聳え、その中にコテージの光が映る。ガラス細工の美しい片目は、その僅かな光すらも反射するほど輝いていて。

 

「だからこそ、不要な虫も惹きつけると言うものですわ」

 

 振り返り、雪華綺晶が立つ木と同じ背丈の木々の頂上を見る。そこには二体のドールが、それぞれの思惑を抱いて立ち尽くしていた。しかし二人の目的は共通で。それは、雪華綺晶を倒すという事だった。

 闇から生まれましたと言わんばかりの水銀燈が、黒いドレスを翻しながら言う。

 

「だぁれが虫ですってぇ、末妹」

 

 片手に持つ剣で遊びながら、特有の猫撫で声で反論する。

 

「むしろ、虫は貴女ね。雪華綺晶?」

 

 豊満なロリボディで、普段とは似つかわしく無い妖艶さを醸し出す雛苺が言う。暗闇に光る翠の瞳は不気味だ。

 

「河原郁葉に寄生して、挙句の果てに有機の身体を手に入れようと他の娘を殺す……ああ、私が言えた義理では無いけれど。中々病んでるわね、貴女」

 

 挑発するように笑う雛苺。雪華綺晶は微笑を崩さず、ただ答えた。

 

「それが一体どのような問題になりましょう、お姉様方。私は愛され、彼は愛し、そして高みを目指すのです。お姉様方のように現状で満足してしまう、アリスのなりそこないのままではいたくないだけなのですわ」

 

 水銀燈は剣の切っ先を末妹に向けた。

 

「それ。ほんっと腹たつ。マスターの前では良い子ぶっちゃって、本性はこんなに醜いのに……アストラルの身体しか持たない貴女は、本来ジャンクにもなれないような存在なのに」

 

 まぁ、と雪華綺晶は見え透いた演技をする。両手で顔を隠し、さも泣いていると言った演技。

 

「ひどい事仰らないで。だからこそ、こうして足掻いているんですの。……そうですわ、こうしてここでお会いしたんですもの。一つ、末妹である私のお願いを聞いてくださって?」

 

 雪華綺晶に供給されている力が増す。それを感じ取った二人も臨戦態勢となりつつ、雛苺は問いかけた。

 

「聞くだけ聞いてあげるのよ」

 

 ニヤリと、手で隠れた口元が歪に歪んだ。

 

 

 

「私の糧となって、死んでくださいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指輪が熱くなる。どうやら雪華綺晶が交戦状態に陥ったようだ。予想はしていたが、やはり来たか礼。お兄ちゃんは悲しいぞ。弟を殺さなくちゃならないなんて。

 俺は匍匐しながらライフルの弾倉を一度取り外し、中身を確認する。指で弾薬を押し、バネの反発を確かめて再度ライフルに取り付け、チャージングハンドルを引いた。また少し引いて、薬室に装填されている弾を指で触るとハンドルを離す。

 

「隆博といい、礼といい。いつでもお前たちは俺の邪魔をする」

 

 サーマルスコープを覗き込む。そしてカーテンが閉められた窓ガラスごと、室内の誰かを撃ち抜こうとした。

 その時。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に横に転がった。刹那、くぐもった発砲音と銃弾が、先ほどまで寝そべっていた場所を貫いた。俺は起き上がって一気に茂みの中に隠れる。礼が来たか。

 発砲音からして近距離である事は想像できた。そして拳銃弾であることも……いや違うな。PDWだ。初速が速い。

 

「礼、兄ちゃんの邪魔するなよッ!」

 

 笑いながら、発砲音の方向へライフル弾を撃ち込む。ガサガサと音がした。追ってきてるな。

 俺は逃げながら、しかし隠れ家から離れないように見えない礼と戦う。暗視眼鏡を取り付けていても、この暗闇だ。多少はマシになったくらい。

 

「容赦ねぇな」

 

 正確に撃ち込まれる弾丸を掻い潜りながら、俺は遮蔽の取れる場所へと移動する。そして反撃のために使った弾倉を取り換える。そうしているうちにも、礼が近づいてくるのがよく分かった。

 

「茂みだらけだってのによく動けるなあいつ」

 

 弟のポテンシャルの高さを賞賛しつつ、反撃の機を窺う。しかし、

 

 パシュンッ!パンっ!

 

 俺の目の前をライフル弾が駆け抜けた。礼のものじゃない。俺は焦って身を屈めながらスモークをライフル弾が飛んできた方へ投げる。

 弾丸のソニックブームがはっきりと聞こえるくらいの近距離であることに加え、今撃ってきたのは中距離だ。きっと礼をサポートしているんだろう。

 

「ジュンくぅん、おめぇか犯人はボケェ!」

 

 某集団ストーカーに襲われる系配信者の語録を出しつつ、俺は逃げる。まずいな、それは予想していなかった。

 


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