ローゼンメイデン プロジェクト・アリス   作:Ciels

70 / 96
sequence67 亡霊

 

 

 あのクソザコフード淫夢厨を助け出すことには成功した。俺たちは脱出先の河原家において、休憩を兼ねたミーティングを急遽開いていた。それは主途蘭のマスターであるというあの柿崎めぐを巡っての今後の対応だ。

 

 疲れた身体がソファに埋もれる感触に酔いしれながら、俺は雪華綺晶がお盆に載せて運んできたアイスティーを飲む。こいつアイスティーとか出しましたよ、やっぱ好きなんすねぇ〜(お約束)睡眠薬は入っていないようだ。そういうのは賢太とやってりゃいい。

 

「そんで?これからどうすんだよ」

 

「めぐちゃんのことか?」

 

 冷えたアイスティーを飲みながら頷く。すると郁葉はタバコに火を点けようとして、雪華綺晶に止められた。しょんぼりしたクソダサ喫煙者を鼻で笑うと、郁葉は渋々タバコをボックスにしまって話を続けた。

 

「今頃礼がどうにかしてるだろう。あの子の目的は礼だからな」

 

 ふーん、と言いながら俺は電子タバコを見せつけるように吸い、煙を吐き出す。どうやらこれなら雪華綺晶は文句を言わないようだ。ザマァ見ろ。

 

「愛に歪んだ少女の狂行ねぇ。罪な男だな礼くんは」

 

 郁葉は笑った。俺は特に何も思わない素ぶりで煙を天井に登らせる。

 内心、俺はこいつに対する不信感でいっぱいだった。この野郎が自分を囮にして彼女を炙り出そうとしていたのは何となく分かるし(そもそもこいつが靴を履いている時点でおかしい)、そもそも主途蘭の影響で人間をやめたらしいめぐちゃんを、いくら水銀燈がいるとはいえ一人で差し向けたのだ。下手すれば死んでるぞ。良くて拉致監禁、薄暗い地下室で二人は幸せなキスをして終了しているかもしれない。

 

 それに、だ。蒼星石が言っていた。雪華綺晶から何かを感じると。自分と似通った何かを感じると、そう言うのだ。その真相も分からない。

 友達とはいえ、アリスゲームの原則上こいつとは敵同士だ。何かを隠しているに違いない。

 

「ま、めぐちゃんの事は心配いらないだろう。礼がうまくやるさ」

 

「随分押すじゃないか。自分の弟が殺しあってるかもしれないのによ」

 

 非難するような口調で言う。雪華綺晶が無言でこちらを威圧してめっちゃ怖いが、郁葉が手で制した事により野獣の視線攻撃は避けられた。

 

「俺の弟だしな。心配はしてねぇよ」

 

 軽く笑いながら言う。こいつが意外とドライなのは知ってるが、ここまでだったか?長いこと友人やってる身としては何か違和感があるのだ。

 賢太はお行儀良く正座で座りながらアイスティーを飲み、郁葉に尋ねた。

 

「郁葉、お腹すいた?」

 

「あー腹減ったなぁ」

 

「じゃけん夜食いに行きましょうね〜。残り物でいい?」

 

 おっそうだな、と郁葉が頷くと賢太が立ち上がり雪華綺晶を連れてキッチンへと向かう。どうやら賢太の目的は話を逸らす事だったようだが。あいつも郁葉の真意をどこまで知ってるんだか。

 

 と、そんな時意気消沈して一言も喋らなかった槐が、今にも死にそうな顔で言った。

 

「主途蘭は……彼女が最期に言っていた言葉を知りたい」

 

「……帰れると思うな。ここで貴様らを抹殺しなければ、我らに未来はない。これが彼女の最期の言葉だよ」

 

 槐は沈黙した。最期の最後まで、戦いに生きてしまった娘が不憫でならないのだろう。俺は勝手にコンセントを借りて電子タバコを充電すると言った。

 

「そりゃまた随分な言われようだな。お前悪の親玉かなんかかよ」

 

「あいつからしてみたら雪華綺晶とそのマスターの俺は超えたい壁だったらしいぞ」

 

 なるほどな、と頷く。だが納得はしていない。そもそも、あの主途蘭が雪華綺晶を倒せるとはハナっから思っていなかった。苦し紛れにも程があるだろう。郁葉を人質にして散々俺たちを引っ掻き回し、何とか雪華綺晶を一人にしても、勝算なんてない事くらいあのドールも理解していたはずだ。俺には主途蘭がそこまで馬鹿だとは思えない。

 

 玄関から音が聞こえた。勢いよく扉が開かれ、ドタドタと慌ただしい足音が部屋に近づいてくる。同時に、水銀燈の争うような声も聞こえてきた。どうやら礼くんは帰ってきたようだ。

 

 バタンと部屋の扉が開き、冷静さを欠いた礼くんが入ってくる。そばには水銀燈がいて、彼を必死に止めていた。

 

「礼!ちょっと落ち着いてよ!」

 

 だが彼は無視し、椅子に座る兄の姿を見るや否や詰め寄って胸倉を掴んだ。

 時間が止まる。今までも空気は良くなかったが、今は最悪だった。鬼の形相で睨みつける礼くんとは裏腹に郁葉の顔はいつも通りで余裕がある。そんな兄弟喧嘩を俺達は傍観する。

 

 

「お前、最初からこうなるって分かってたな」

 

 

 興奮気味の礼くんが言う。

 

 

「めぐちゃんはどうした?」

 

「知ってんだろ、お前は」

 

 礼くんが責め立てるように言うと、郁葉は呆れたように言った。

 

「お前が蒔いた種だろ。俺にキレるのは筋が通らねえぞ」

 

 そう郁葉が言うと礼くんは黙った。ただ悔しそうに睨みつけるだけだ。

 だが彼に味方するものが一人だけいる。水銀燈だ。

 

「いいえ、違うわね。お前がそう仕向けたのよ。発端は別として……お前がこうなるようにね」

 

 郁葉はしばらく沈黙し、じっと礼くんの瞳を見つめる。そして唐突に鼻で笑って口を開いた。

 

「ケジメつけるくらいの選択はさせてやったんだから感謝しろや殺すぞ」

 

 刹那、立ち上がって礼くんの喉元に拳銃を突きつけた。同時にいつのまにか礼くんも拳銃を郁葉の胸に突きつけている。

 俺は見逃さなかった。郁葉の拳銃が、どういうわけか年季の入ったM1911だった事に。あいつは普段グロックを持っていたはずだ……雪華綺晶から受け取ったにしても、あの拳銃を選ぶ理由が分からない。サバゲーなんかじゃ使っていることもあったが、あの銃は弾数が少ない。実用性を求めるあいつにとっては使いづらいはずだ。

 

 俺はいつでもこの兄弟喧嘩を止められるように腰の拳銃に手をかける。蒼星石も同様に、鋏を手に構えていた。

 

 数秒じっと睨み合い、とうとう礼くんが手を離す。それも投げつけるようにだ。あんだけ仲が良かった(表面上はそこまで仲良くはない)兄弟とは思えなかった。俺は手をホルスターから離すと事の成り行きを見届ける事にする。

 

「そうかよクソ兄貴。お前はそう言うんだな、そうかいそうかい、クソ野郎。分かったよ、それで了承してやる」

 

 礼くんは拳銃を服の下のホルスターにしまい、郁葉と距離をとった。よく見れば彼の左手にはカランビットが握られていた。それをくるりと回すと思い切り床に叩きつける。

 

「桜田には同じことはするな。絶対にな」

 

「同じような事にならなけりゃやらねぇよ。あと飯はどうすんだ」

 

「食う。死ぬほど腹が減ってんだ。メニューはなんだ」

 

 すると、キッチンから何事も無いように雪華綺晶が答えた。

 

「今日はパスタですわ。あ賢太さん、サラダの盛り付けをお願いします」

 

 郁葉が郁葉なら雪華綺晶も雪華綺晶だ。賢太がビクついてるのにケロっとしてるぞ。

 わかった、と礼くんが言うと彼は水銀燈を抱き抱えて部屋を後にしようとする。しかし彼は立ち止まり、振り返って郁葉に尋ねた。

 

「9mmの弾が底ついた。あとでくれ……300発だ。飯まで水銀燈で遊ぶ」

 

「ほどほどにな」

 

 今度こそ、遊ばれると困惑する水銀燈を抱えて消える礼くん。一体どうやって遊ぶんですかね……

 郁葉は椅子に座ると手にしていた1911の弾倉を取り出してテーブルに放った。中身は空。そして今度は拳銃のスライドを開放して膝の上に乗せる。薬室もやはり空で、最初から撃つ気は無かったようだ。

 

「反抗期の弟相手にすると疲れる」

 

 ため息混じりにそう言う郁葉。こいつら兄弟はほんと仲が良いのか悪いのかわからない。俺も疲れたように天を仰ぎ、そのまま蒼星石の尻を撫でた。ちょ、と慌てる割には抵抗しないこの子マジ最高かわいい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飯を食い終えて隆博達は帰った。完全にブルーになっていた槐はともかく、最後まで隆博は俺を警戒していたようだ。どうにも雑な成り行きに納得いっていないようだった。

 それも無理はないだろう。計画は正直あまり上手くいったとは思えない。本来ならばもっとスムーズに事が進む予定だったが、主途蘭が色々と粘ったから。

 

 その代わり、礼の方はうまくいった。あいつはようやく自身の本当に大切なモノを守る使命を自覚し、自分を愛してくれたもう一つの大切な存在を捨てる決断をしたのだ。心に傷は負っただろうが仕方ない、これは必要な選択だった。でなければこの先生き残れないだろう。

 

「ふぅ〜……」

 

 夜中、一人ベランダでタバコを吸う。雪華綺晶は風呂、礼と水銀燈は部屋でどったんばったん。今、俺には特にやる事はない。だからこうしてタバコを吸えるってもんだ。最近雪華綺晶厳しいからな。

 

 熱を持ったタバコの先端が徐々にフィルターへと迫ってくるのが音で分かるくらいの静寂が俺を包む。そんなに静かだと、やはり考え事をしたくなるわけで。

 ついさっき殺した少女の事を思い返していた。いや、殺し損なった。違うな、見逃したと言った方がいいだろう。

 俺には分かる。琉希ちゃんは生きている。きっと化けて出た主途蘭あたりが手を貸しているに違いない。やはり槐の人形とローゼンメイデンとでは魂の性質が違うようだ。

 

 

「見逃したのは良心の呵責か?」

 

 

 不意に、すぐ横で声がした。眠たげな目でそちらを見れば俺がいる。血に塗れた、鬼と化した俺が、いつも通りの表情でこちらを見ていた。

 俺は煙を吐き出すと答える。

 

「いや。覚悟も無しに死ぬんじゃ後味が悪い」

 

 彼女には明確な意思を感じなかった。アリスゲームに対する決意は何やら熱いものがあったが、どうにも彼女はこのゲームをスポーツかなにかと勘違いしている節がある。

 これはただの殺し合いだ。全年齢対象のバトル漫画とは違う。マスターが指示を出し、人形同士が戦うだけではない。全員がぶつかり、殺しあうのがアリスゲームだ。その中に、彼女のようにはっきりとした殺しの感覚が無い人間が紛れているのが気に入らないのだ。

 

「礼は強くなるだろう。覚悟を決めて、めぐちゃんを殺したからな」

 

「ああ。あいつはよく決断をしたと思うよ」

 

「お前とは大違いだな」

 

  亡霊が言った言葉に手を止めた。まだ吸えるタバコを灰皿に押し付けると、そちらを見ずに尋ねる。

 

「どういう意味だ」

 

 亡霊は呆れたように答える。

 

「そのままの意味だ。礼が決断をして殺したように、我修院が決心して完食したように、お前にはまだ決意が足りていないように見える」

 

「我修院は結局完食できなかったろ」

 

 亡霊のくせに本編の内容を語るな。

 

「つまりこう言いたいんだな。俺は礼のように決心して誰かを殺したわけでもないって。琉希ちゃんを生かしたのは決心しきれなかったって」

 

 亡霊は頷く。

 

「河原郁葉は所詮、先の時代の敗北者じゃけぇ」

 

「……ハァ、ハァ、敗北者……?これでいいか?なんで真面目な話ししてんのにふざけようとすんだ」

 

 亡霊は笑う。

 

「そんなに大真面目になるなよ。初めてじゃないんだからよ」

 

 亡霊の真意は分かっていた。俺は笑うことすらせず、窓を開けて室内に入り追い払うように窓を閉めた。

 

「敗北者はお前らだろ」

 

 そう言って俺はカーテンを閉める。そして疲れたようにベッドへと身体を放り投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、やはり彼女は生きているようです」

 

 

 誰もいない部屋で、うさぎが電話をする。またしても彼は真面目に話し、盗聴を警戒しているのかしきりに周囲を確認している。

 

「奴の方針は変わらないようです。結局の所舞台には最後に登場する予定でしょう」

 

 予想していたというニュアンスの言葉がスピーカーから響く。それから姿の見えない声が二、三質問をするとうさぎは答えた。

 

「は、そちらの件については問題ありません。やたらと電話をしてきますが、適当にあしらっています。その他の件についても何とかなるでしょう。見積もりでは、上手くいくかと」

 

 その答えに満足できないのか、不満が聞こえてくる。ただしその不満はうさぎに向けたものではなく。

 

「それは仕方がないでしょう。本来であればローゼンメイデン以外のドールはこの舞台に現れる予定はありませんでしたから。ええ、それでは」

 

 電話を切る。うさぎはそのままスマートフォンを操作してまた電話を繋いだ。繋いだ先は、よく電話する彼。

 

「オッスオッス!翠星石死んじゃったよ〜。え?主途蘭の魂を代用して復活した?ついでに翠星石のマスターも?これもう分んねぇな。お前どう?」

 

 質問しているのはこっちだ、と怒る声が響く。うさぎは面倒くさがりながらも、

 

「あのさぁ……イワナ、書かなかった?こっちの事情も考えてよ。こっちだって最新の野獣先輩新説を考えるのに1日114514時間割いてるんだから暇じゃないんだよ。バカかお前なぁ?」

 

 真面目さとはかけ離れた回答に電話の声は落胆する。そのうち分かったもういい、とだけ言われると電話が切れた。

 うさぎは嫌がらせとばかりに電話の声へとメールを送る。文章は無関係なセクシー男優がブログに投稿した怪文書。きっとこれでしばらくは電話をかけてこようとは思わないだろう。

 

「新説はそうですねぇ……やっぱり僕は、王道を逝く、野獣先輩ローゼン説ですかね」

 

 そう言って、すぐそばにあったパソコンをいじって動画を投稿する。しかしそのあまりにもコアな内容に淫夢厨は見向きもしなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。