ローゼンメイデン プロジェクト・アリス   作:Ciels

68 / 96
バトル淫夢


sequence65 仇

 

 

 

 突然にして対峙していためぐが苦しみ出す。礼は一度距離を取り構えを解くと、弾倉を拳銃から取り出して弾数を確認した。弾倉内は空、薬室に残り一発。ギリギリだったがどうにかなった。

 賭けだった。めぐが最早人間では無いことは理解していた。集めた生命エネルギーが傷を治すなんて予想できていたし、礼はそれをどうにかできる立場でもなかった。

 雪華綺晶が早いとこ供給を断つことを待っていたのだ。そしてどうやらそれは成功したようで、現に今めぐは苦しんでいる。

 

「ああぁああああああ!!!!!!抜ける!力が!私が私じゃ、なくなるぅあああああ!!!!!!」

 

 少女の絶叫が響く。礼は跪いて胸を押さえる彼女に歩み寄った。背後には降りてきた水銀燈がいる。もう潮時だ。

 

「違う。お前に戻ったんだ」

 

 言って、礼は少女の胸に弾丸を放つ。乾いた甲高い音はあれだけ猛威を奮っていた少女を容易く倒してみせた。

 仰向けに崩れるめぐのそばに礼は寄り、自分を愛した哀れな少女の行く末を見下ろした。

 

 自分は穢れている。めぐだけじゃなかった。河原の血は、どれもどす黒く汚れていて、どうしようもないのだ。ただの人間が踏み入れられる領域では無いことは確かで、めぐはそれに気がつかなかった。

 礼は気付く。彼女だけが穢れてしまったのではない。彼女はただ、穢れた存在である自分と同等になるために堕ちた……それだけでしかないのだ。

 

 儚い笑みを浮かべ、自分の言葉を待つ少女に言う。

 

「最初から、俺たちは分かり合えなかった」

 

 めぐは吐血しながら笑う。

 

「そう、だね」

 

 でもね、と。

 

 

「それでも、私は……礼くんのそばにいたかったの」

 

 

 少年の心に、その一言は鋭いナイフのように突き刺さった。きっと今だから、彼女の意思が理解できるのだ。

 

 

「礼くん……水銀燈、好き?」

 

 

「……ああ」

 

 

「そっか。よかった。でもね」

 

 

 一生忘れられない言葉を、呪いを植え付ける。それは善意でも無い、悪意でも無い、ただの警告。水銀燈に聞こえないように、静かに語る。

 

 

「貴方はあの子と釣り合わない。あの子は貴方みたいに、耐えられないの」

 

 

 分かっている。礼は頷いた。そしてそっと、銃をホルスターに収めてしゃがみこみ、死の間際にある少女の顔を撫でた。

 痩せ細った指先が礼の手を取る。

 

 

「最期に……こうして触れられて、嬉しいわ」

 

 

 だから、と。少女は懇願する。

 

 

「キス、して」

 

 

 礼は優しく微笑み首を横に振った。

 

 

「できない」

 

 

 力無く彼女の手が礼から離れる。そしてより一層強く咳き込むと、口の周りを血だらけにした。

 

 彼女はもう限界だった。病魔に蝕まれていた身体へ許容以上のエネルギーを注ぎ込み、そして一度に多くを使いすぎたのだ。知らず知らずのうちに内側は壊れ、死ぬのは時間の問題だったんだろう。

 

 礼は彼女の土で汚れた髪を撫でる。

 

 

「いつでも、私は見守ってる」

 

 

 さぁ、と。少女は愛した少年に残酷な決意を要求する。

 

 

「殺して。私のすべてを奪って……お願い」

 

 

 分かったと、礼は了承した。スライドがホールドオープンした拳銃を取り出して見つめる。もう弾丸は残っていない。あるのは、左手の刃物だけ。

 拳銃をしまうと、めぐと目を合わせる。彼女は礼が次に起こすであろう行動を許可していた。礼はごめん、とだけ呟くと、ナイフを彼女の首筋に充てがう。

 

 少女は残す。最期に、愛する人に忘れられないように。

 

 

「大好き、礼くん」

 

 

 真っ赤な血が、勢い良く舞った。最も残酷な殺し方で、少年は愛してくれた少女を葬った。とても幸せそうな表情の少女の顔を目に焼き付ける。

 多感な時期の少年の心は決して強くは無い。自分の行いによって命を散らして逝く少女を刻むには、彼の心は繊細過ぎた。

 

 礼は彼女の開きっぱなしの瞳を閉ざすと、力無く空を見上げた。

 あの時、あの病室で彼女に声をかけなければ、めぐはきっと自らの人間性を貶める事は無かった。愛などと言う歪みきった感情を自分に抱かなければ、自分もこうすることはなかったはずなのに。

 

 

「もう、行きましょう。ゾンビの死体は吸われ過ぎて灰になったわ。この子は……」

 

 

 次の言葉が出てこない。置いていけとは言えない。少年の心を案じる水銀燈を、礼は項垂れるように抱きしめた。そして驚く黒薔薇の人形に、泣きそうな声で囁く。

 

 

「お前は絶対に死なせない」

 

 

 嬉しさ、憐れみ、悲しみ。色々な感情が水銀燈の心に混ざる。彼女はそれらをすべて受け入れ、まだ堕ちるには早すぎる少年を抱き返してその頭を撫でてみせた。そして優しく、母の様に笑う。

 

 

「お馬鹿さんね、こっちの台詞よ」

 

 

 礼が水銀燈を守ると誓ったように、彼女もまた決意する。絶対に礼を死なせない。あの天使のような悪魔である兄とその人形たちから守ると、誓ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青年はため息を吐きながら首を横に振った。連れた白薔薇の人形から手を離すと、一瞬彼女は不満気な顔をしたが後でいくらでも愛でてやれるから心配いらないらしい。

 青年ははっきりと聞こえるように声を張る。

 

「あの子に攫われてね。こうして雪華綺晶や隆博たちに助け出されたが、襲われれば殺すしかないんだ。前に言っただろ、敵になれば誰でも殺すって。それが今回は主途蘭、リリィちゃんだった。それだけだ」

 

「貴方は」

 

 震えた声で少女は呟いた。そして、激昂したように大声で怒鳴る。

 

「私の、私の友達を殺したんですねッ!!!!!!」

 

 心からの叫びだった。ああいう類の言葉は人の心に響いて影響するものだ。だから厄介だが……それはどうでもいいと。青年は考える。

 彼は浮かべていた愛想笑いを消すと、言葉を並べた。すらすらと、まるで目の前に本があるように。

 

 

「人の歴史は失敗の歴史だ」

 

 

 困惑する彼女を無視してさらに並べる。

 

 

「失敗し、学び、そしてまた失敗し、いつかは成功とすると信じてまた失敗する」

 

「何を……」

 

「そして人は繰り返す。発展しながら、便利になりながら、また失敗をするんだ。なんだっていい、個人的なことでもいい。世界的な話でもいい。

 日本は平和だが、その裏でどこかの誰かは殺しあってる。戦争っていう昔ながらの大義名分を背負って、よくもまぁ飽きもせずにやってるよなって思っちゃうくらいに。

 アリスゲームもその点じゃ同じかもしれない。錬金術を極めて人の域を脱したローゼンでさえ、とうとうその輪廻からは逃れられなかった。ああ逃れられないッ!」

 

 琉希は心の底から混乱する。問いには答えず、更には狂ったように言葉を並べたかと思えば叫び出す。普段からおかしい人間だったが、ここまでではなかったはずだと。そんな感情が手を取るように彼には伝わってきた。

 だから彼女はまた問う。核心に近い問いかけを、彼に投げかけるのだ。

 

 

「貴方は……誰なの?」

 

 

 その問いに、彼はまた問いかけた。

 

 

「私はだぁれ?だぁれ、だぁれ」

 

 

 酷く異質な声。高く、まるで隣にいる人形が口を開いているような女声。でも違う、あの青年が確実にその喉から発している。

 壊れたように首を傾げながら彼はそう言うと、また元に戻って知識を披露するオタクのように早口に言った。

 

 

「The definition of insanity is doing the same thing over and over and expecting different results......狂気の定義だ。これはアインシュタインが述べた言葉だと思われがちだが、実際は違う。よくあるだろ、実はこの言葉はあの人は言っていませんでしたって」

 

 流暢な英語で、その一文を言い切ってみせた。彼は英語学科だから確かに英語を少しは話せる。だがその発音は、かなりネイティブに近く、ただの大学生としては異質なものだ。

 たじろぐ少女を他所に続ける。

 

「人は生まれながらにして狂気に囚われている。生まれ、年老いて死んで、また生まれる。でも主途蘭は?彼女は人間じゃない、人形だ。その魂はどこへ行く?ローザミスティカすらないあの哀れな魂は?俺はね、そうさ。魂の在りかは別として、彼女を狂気から解放してあげたのさ」

 

 狂っていた。その言動すべてがまともな人間のそれではない。だから少女は理解できないなりに怒りをぶつけて変換する。

 

「そんな理由のために殺したと、そう言いたいんですね、河原郁葉」

 

「どう捉えるかは人間次第だ。考え、悩み、ありもしない解答を導く。この世は広い、数式では表せない。そうだろ?それでこそ人間らしいじゃないか!主途蘭は人間であることを選ばなかった!ただ力のために、その身を貶めた!ならどうだっていい!この世界に未練なんてあるはずがない!」

 

 支離滅裂な文を並べる青年。これ以上は無駄だ、彼はもうあのおかしな青年ではないのだ。なら、いくら人形であろうと仇は取らなければならないだろう。それが、人だ。人の感情。

 琉希は昂ぶった感情を物理的にぶつけることを決意した。そして、相棒の庭師の名を叫ぶ。

 

 

「翠星石ッ!!!!!!」

 

「呼ばれたですぅッ!」

 

 

 直後、青年達の真上から翠の庭師が現れ襲撃をかけた。彼女が如雨露を振るうと亜空間から太い木の蔓が伸び、彼らを襲う。

 だが白薔薇の人形が上を見上げて手をかざすと、地面から水晶が現れ蔓を打ち消す。それを見越していた翠星石は砕けた水晶を煙幕がわりに突っ込み、雪華綺晶へ如雨露を振りかざす。

 

「死ねですぅ!」

 

 だがその攻撃は雪華綺晶が撃ち放った蜘蛛の糸によって妨げられる。

 青年が呟いた。

 

「すぐ戻るよ」

 

「ええ。お待ちしてますわ」

 

 まるでちょっとコンビニへ出かけるような言い草で言うと、拳銃とナイフ片手に正面から突っ込んでくる少女へと駆け出す。

 少女は鬼の形相で青年めがけて拳銃を発砲する。耳をつんざくような発砲音と共に音速を超える弾が青年へ迫るが、青年はそれをすべて見切って避けてみせた。

 

「うらぁッ!」

 

 ポニーテールを揺らしながら少女は空中で前転し、渾身の踵落としを決めにかかる。銃弾をかわしふらついているように見えた青年に避ける術は無かったはずだ。

 

 が。

まるで瞬間移動のようにそれをサイドステップで避けると、しゃがみ込み、着地した少女の足を回転蹴りで払う。

 

「くッ!」

 

 少女はその驚異的なフィジカルで、後ろへ倒れこみながらもバック宙で体勢を整える。今度はしっかりと着地すると、立ち上がった青年へ銃を向けた。

 

「ッ!?」

 

少女は咄嗟に構えを解いて横へ倒れ込むように弾丸を避ける。青年は胸に添うように拳銃を構え、自身の身体に密着させながら発砲してきたのだ。Center Axis Relock System、青年がサバゲーなどの近接戦闘でよく使う技術だった。

 素早く少女は地面を転がると、手当たり次第に青年へと弾丸を放つ。だが青年もうまく銃線をかわしてそのすべてを避けてみせる。

 

 

「この野郎ッ!やっぱりお前はいけ好かねー妹ですぅ!」

 

 細い水晶を剣がわりに、翠星石と鍔迫り合いする雪華綺晶。激昂する姉とは対照的に妹はいつもの微笑を浮かべている。

 

「あらあら。でも翠のお姉様、私もマスターを無碍に扱う貴方が大嫌いですの。だから」

 

 雪華綺晶が水晶を押し込み翠星石を引き離すと、蜘蛛の糸を彼女目掛けて放った。

 

「安心して死んでくださいな」

 

 迫る糸を如雨露から出る水で打ち消す。だがその間に雪華綺晶は彼女の背後へと回っていた。驚く翠星石の背中へと長く美しい脚を使って蹴りを放つ。翠星石は声をあげながら吹き飛ばされた。

 

「こんの、バカ末妹ィ!」

 

 激昂した翠星石は庭師の如雨露で蔓を召喚すると叫ぶ。

 

「スィドリーム!」

 

 チカチカと翠に光る人口精霊が翠星石の周囲を飛ぶと、彼女と共に突撃した。

 

 

 

 

 少女は逆手で引っ掛けるようにカランビットナイフを振るう。フィリピンなどの東南アジアで使用される鎌のようなナイフ、カランビット。この刃物の真価は、その刃先で相手をコントロールし切り裂く事にある。

 対して青年は刃に触れないように腕を取ると、ぐるんと回して受け流す。もちろんそれでいいようにやられる少女ではない。彼女は背後を取られつつも、脇腹を通すように拳銃を構え、発砲した。

 当たるとは思っていない。現に青年はその不意打ちを予想して避けている。だがこれはただの時間稼ぎ。少女がまた青年と正対する時間は容易に稼げた。

 

「ははッ」

 

 笑う青年を追撃する。少女は拳銃とナイフを同時に構えながら、銃を構えさせないくらいに近く、彼の懐へと潜り込んだ。

 そのまま左手のカランビットで青年の腕を引っ掛けつつ、拳銃を握る右手で彼の胸元を押し込みながら脚を引っ掛けた。

 

「おっと!」

 

 青年はいいように後ろへ倒れ込むと、後転しながら立ち上がる。その青年に少女は追い討ちに前蹴りを仕掛けた。

 

「やっぱりな」

 

 青年は蹴りの足の下を潜る。すると、その脚を取って思い切り持ち上げながら少女の軸足を払った。

 

「うわッ!」

 

 後ろへ倒れる少女はそのまま青年へ向けて発砲する。だが当たり前のように避ける青年は彼女の手を蹴り飛ばすと、顔面へ向けて思い切り踏み込んだ。

 間一髪、それを頭をズラして避ける。少女は仰向けで寝転がりながらブレイクダンスのように回転し、青年を蹴る。そしてそのまま遠心力で立ち上がった。

 

 青年は楽しそうに笑いながら、

 

「その動き良いぞ!」

 

 返す言葉は持ち合わせていない少女はすぐに弾倉を交換すると銃を突き出すようにして殴る。同時に発砲した。

 

「おっべえッ!」

 

 驚いて避ける青年をそのままカランビットで斬りつける。だが青年はまたしても彼女の腕をブロックして刃を近づけさせなかった。

 それを少女は見切っていた。すぐにブロックした腕を、自身の腕とカランビットで挟み込むと、彼の腕を斬り付けながら自信へと引き寄せる。痛がる素振りを見せる青年を無視し、思い切り頭突きを顔面へとぶち込んだ。

 

「う、がぁ!」

 

 だが、痛がったのは少女の方だった。青年は全身の力を抜き柔らかくし、彼女の頭突きを頭突きで迎え打ったのだ。もちろん青年も痛いが、身体を強張らせていた彼女ほどではない。

 青年は怯む少女の身体を視点に横移動し、そのまま背後を取ると首に腕をかける。そして抱え込むようにして思い切り後ろへ投げた。

 

 どたんと音を立ててうつ伏せで倒れる少女。頭をぶつけて脳震盪を起こしながらも立ち上がり、合わない照準を無視して発砲する。

 

 青年はいつのまにか彼女の右横に回り込み、拳銃を上から掴んだ。そして弾倉を落としスライドを後退させて弾を抜く。少女は拳銃を取られまいと握りながらも、左手のナイフで横一線に青年の腹を裂こうとしたが。

 

「お前ナイフ甘めぇんだよ」

 

 語録を交えながら青年は少女のナイフを靴の裏で防御して弾く。そして一気に拳銃を腕ごと引き寄せると、もう片方の手で少女の左手も掴んだ。

 青年とダンスして抱かれているような体勢になる少女。その額からは血が出ている。対して、先ほど切り裂いたはずの青年の腕は完全に傷が塞がっていた。

 

「まだやるかい?」

 

 その一言が折れかけていた心に火をつけた。少女は思い切り飛びつき、両脚を青年の腰に絡めると、腕を強引に引き剥がして彼の胸ぐらを掴んだ。そして後ろへ引っ張る。

 

「おらぁッ!」

 

 渾身の叫びと共に少女と青年は倒れこみ、最初に背中を地につけた少女は後転するように転がる。そして少女にコントロールされた青年は同じように背中を地面に叩きつけられた。

 

「ダイナマイッ!」

 

 どこまでもふざけて仰向けに倒れる青年の上を、また後転するとその重みで青年がぐえっと声をあげる。そのまま彼女はマウントを取った。

 青年の腹の上に乗った少女は勢いでナイフを振り下ろそうとする。

 

 

「じゃあ、死のうか」

 

 

 少女の脇腹に激痛が走った。同時にうるさい発砲音が響く。青年が、卑怯にも彼女の脇腹にこっそりと拳銃を撃ち込んでいたのだ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。