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いつかのような真っ暗闇。
俺に行動の自由は無く、ただひたすらこの深淵を漂うことを義務付けられる。
感覚もない。
あの時の病院との違いは、医者の声が聞こえない事と、体に激痛が走っていないという事ぐらいか。
いや、もう一つ明確な違いがある。
それは、やたらとこの空間が心地よいという事だ。
まるで一人、夜のプールの中に漂っているような浮遊感だ。
水の中とは違い、息苦しくなく、それでいて冷たいという事もない。
まるで、そう。
胎児になったかのような、そんな不思議な気分。
俺たちには二度と味わえない、親の温もりと言うやつだろうか。
結局、あの後どうなったんだろうか。
人形とえっちぃキスをして、随分と一方的な契約とやらをして・・・・・・
そういえば、あの人形はどこへ行ったのか?
そもそも、結局あの人形はなんだったのだろうか?
ローゼンメイデンとか、えらくドイツっぽいことを言っていた。それに、第七ドールとも・・・・・・
とうとう俺も幻覚を見てしまうほど、女の子に飢えていたのだろうか?
それならそれで、警察には捕まらないままいちゃラブ出来るからいいんだけども。
まぁ、今はそんな事どうでもいい。
この優しい空間を享受しようじゃないか。
少しくらい、休んでも罰はあたらへんか・・・・・・
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どれくらい経ったのだろうか。不意に、先ほどのまでの心地よさが消えて、重力を感じた。それと同時に、コンクリートのようなひんやりとした無機物の冷たさが肌に伝わる。
どうやら俺は地面に寝転がっているようだ。
寝起きのようなだるさを感じるが、指に力が入るという事は、体が覚醒したということなのだろう。
「ンン・・・・・・?」
思い目蓋をゆっくりと開けて、今俺の置かれている状況を把握しようとする。
が、
「おはようございます」
「 マ゜ッ!?ア゛ッ!!!」
目の前に映ったのは、あの雪華綺晶とかいう人形のドアップ面だった。
いきなり綺麗で、それでいてどことなく狂気を感じさせる雪華綺晶の笑顔に驚いた俺は人間には出し辛い発音で叫んでしまう。
あまりにも声がでかすぎたのか、雪華綺晶も驚いたように目を見開いた。
なんだ、かわいいじゃんアゼルバイジャン(調教完了)
いかんいかん、かわいいものを見るとすぐに心を奪われてしまう。
俺の、いや人類の弱点だ。
「おぉ~びっくりさせんなよなオイ!」
俺は起き上がって、先ほどまで対になって寝転がっていた雪華綺晶から距離を取る。
いくら可愛いからって、少しくらい経過しないと碌なことにならない気がする。
雪華綺晶はうふ、っと笑みを浮かべながら、ゆっくりと立ち上がる。
その隙に俺は周囲の状況を確認した。
しかし、その現実離れした空間に俺は言葉を失う。
「どうなってんだ・・・・・・?」
正確には写ってしまっているのだが。
それはともかく、俺の目に飛び込んできたのはどうにも理解しがたいものだった。
まず、空が真っ白。
雲とかそういうものじゃない。穢れのない白。
なんだか目が痛くなるような感じだ。
次に、白と薄紫のバカデカい水晶が、森のように沢山生えている。
それはそれは綺麗なもので、空の白色を反射して、自らを更に強調しているのが分かる。
地面はなんというか、水晶のような見た目だが、特別滑るわけでもない。
大理石の質感に近いだろうか。
俺自身の変化についてだが、服装は特に問題なし。
いや、問題ある。寝巻ではなくなっている。
いつもサバゲーで来ているAOR1という砂漠用の迷彩ズボンに、上もサバゲー用のAOR1カラーのフード付きシェルジャケットだ。
しかもプレートキャリアと呼ばれる、抗弾プレートを入れたタクティカルベストをその上から着ていて、それも俺の私物である。
ちなみにタクティカルベストとは、弾薬ポーチやホルスター、その他装備品を取り付けることが出来る戦闘用ベストだ。
ご丁寧に、ポーチ類まで俺のもので、取り付け場所までドンピシャだ。
左太ももにはコスタ・ルーダス社とHSGI社がコラボしたレッグリグ(メッシュ付の布のパネル)が腰のピストルホルスター用のベルトに繋がっていて、HSGI社の弾薬ポーチがセットされている。
ピストル用のホルスターも、ベルトにしっかりと装着してあった。
これも全部俺がコツコツ集めたものである。実物なので、割と値段がするのだ。
これならいつでもサバゲーが出来るな、うん!
「いや納得しちゃダメだろ。なんでこんなフル装備なんだよ俺。職質されたら問答無用でアウトだろ。しかも肝心の銃と弾がないやん」
そう、問題は電動ガンなどの武器がないということだ。
これじゃただのコスプレだ。
「マスターが望んだから、選ばれたまでですわ」
ふと、わざわざ分析中の俺を待っていてくれた雪華綺晶が微笑みながら言った。
「どういうことだよ。つーかよぉ、ここどこだよオイ」
「ここはnのフィールド。ようこそマスター、私達だけの世界へ。遅ればせながら歓迎いたしますわ」
「え、なにそれは(困惑)お前精神状態おかしいよ・・・・・・」
言ってることがまるで分からない。
こりゃもうダメかもわからん・・・・・・
美少女(人形)に監禁されたまま人生を終えるなんて、そんなの絶対に嫌・・・・・・でもなかった。割と羨ましがられると思うな。
いやいかんでしょ。
この子の目ヤバいもん、絶対俺を食い殺そうとするに違いない。
第一、人形が動く事自体、オカルトじゃないか。
ロリが合法になるくらいありえないだろ。
「あら、そんなことおっしゃらないで、マスター。契りを交わした仲ではありませんか。ほら、左の薬指を御覧なさいな」
雪華綺晶が俺の左手を指さす。
そういやさっき、左手の薬指が熱かったな、いったい・・・・・・
「指輪?なんだこれ、俺リア充共みたいに必要のないアクセサリーはつけない主義なんだが・・・・・・って、取れねー!!!!!!」
いつのまにか俺の左手の薬指に嵌められたアンティークで、高価そうな指輪。
しかも抜けない。
「無理に抜こうとすれば指の肉が削ぎ落ちますわ」
「怖すぎィ!お前これどうすんだよオイ!!!!!!ふざけんじゃねえよ!俺がこんな指輪なんてしてたら笑われちまう!」
そう言うと、雪華綺晶は悲しそうな顔で言った。
「どうしてそんなことを言うの?マスターは契約してくださったじゃない。それなのに、私を拒絶するの?」
「いや契約も何も割と悪徳商法並の迫り方だったと思うんですけど(名推理)」
俺は間違ったことは言っていない。
騙す方が100%悪いんだ、騙される方は仕方ないね。
しかし雪華綺晶は納得いっていないようで、手で顔を抑えてムンクの叫びみたいな恰好をする。
「嫌よ、そんなの。せっかく巡り逢えたのに・・・・・・せっかく、私を理解してくれる人と出会えたのに・・・・・・」
「雪華綺晶君!君は病気なんだ!病室へ戻ろう!」
ネットスラングを大量に用いて、しなくてもいい煽りを入れまくる。
俺の悪い癖で、これで怒らせたネット住民は数知れない。
雪華綺晶も例外なく引っかかったようで、俯きながら何かをぶつぶつ呟いている。
さすがに怒らせすぎたか。
こういう子は怒らせたらまずいってそれ一番言われてるから(アニメの定番)
謝ろうとして、一歩近づく。
刹那。
「逃がさないんだから」
ぼそりと、雪華綺晶が呟いたのを聞き逃さなかった。
ゾワリと背筋に悪寒が走る。何かヤバい、そう思って逃げようとしたが、
ガッシリ。
「なんだこのツタ!?(驚愕)」
どこからか生えてきたツタが俺の右手と足をガッシリホールドしていたのだ。
必死にもがくが、ロープ並に強靭でほどけもしなければちぎれもしない。
なのにスラングを用いるあたり、俺はよほど楽観的なのか。
と、そこに雪華綺晶の追撃がやってくる。
彼女は浮遊して、契約の時のように顔を近づけてきた。唯一違うのは、俺の顔を支える力が異常に強いという事ぐらいだが、それがまずい。
「さぁ、マスター。もう一度眠りましょう?今度は深く、そして目覚めることのない眠りを・・・・・・」
「そんな事言われて頷くのはよっぽどのドМだけだろ!いい加減にしろ!いやほんとやめて!嬉しいけどやめてー!」
本音が漏れた。
どうやら雪華綺晶も嬉しかったようで、笑顔が増した。
わ゙い゙い゙な゙ぁ゙き゛ら゛き゛ぐん゙(キモオタ)
いかん、そうこうしているうちに雪華綺晶の魅力的な唇が近づいてくる。
ぶっちゃけまたちゅーしたいけど、したらもう色々終わりな気がする。
「ちなみにこの後俺はどうなるんだ!?」
時間稼ぎの為に質問する。
すると雪華綺晶は顔を近づけるのをやめて、俺の顔を左に向けた。
「ああなります」
雪華綺晶がいう「ああ」というものが俺の目に映る。
映ったのはさきほどの強大な水晶だが、よく見ると一つ一つの中に人が眠っている・・・・・・やはりヤバい(再確認)
こいつ俺を餌か何かにするつもりだ。
「フザケンナヤメロバカ!」
「貴方を芸術品に仕立て上げてあげましょう」
雪華綺晶が某漫画家の調教師の台詞を噛まずに言うと、再度接近する。
このままじゃ本当に芸術品に仕立て上げられる。
もうだめか、あきらめかけたその時だった。
「随分と賑やかな事になってるじゃねーか、ですぅ!」
取って付けたようなですます調の声が聞こえた。
こんなんじゃ全然進まないよ~