ローゼンメイデン プロジェクト・アリス   作:Ciels

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sequence55 Broken Hearts

 

 

「アイスティーしかなかったけど、いいかな?」

 

 久しぶりに来た人間のお客さんにアイスティーを振る舞う。ちなみに近所のスーパーでペットボトルで売っていたやつだから振る舞うもクソもない。

 お客さんであるめぐちゃんはにっこりと笑ってお礼を言うと、隣で黙り込んでいる礼の腕に自身の腕を絡ませて甘えまくっている……俺と弟に青春時代の落差がありすぎるんですがそれは……

 礼を挟んでめぐちゃんの反対側に座る水銀燈も負けじと体全体を腕に絡ませている……なんやねんこいつら。青春ラブコメか?それとも最近流行りのハーレム系か?

 

「あんたたち本当に仲良いわね(棒読み)」

 

 とりあえず仲が良さそうなので適当に言ってみる。すると礼が機嫌を損ねたようにこちらを睨んだ。

 

「仲良くねぇよ殺すぞ」

 

「最近の弟キツイや」

 

 ここ半年で礼の言葉遣いがどんどん悪くなる。おまけに変な性癖を拗らせたみたいだし……お兄ちゃん心配だぞ。

 するとめぐちゃんは眉をハの字にしながら礼の口を指で塞いだ。

 

「もう、ダメでしょ礼くん。お義兄さんに強く当たっちゃ」

 

 お兄さんの字が違う気がするんですけどそれは大丈夫なんですかね?礼は今にもブチ切れそうな表情で必死にこらえている。こりゃ退散した方が良さそうだ。

 

「じゃあ俺、雪華綺晶とイチャついて篭るから(棒読み)」

 

 もちろん部屋に。今雪華綺晶は俺の部屋で世界の北野の映画を鑑賞中なので、一緒に見ることにしよう。それがいい。

 めぐちゃんはごゆっくり〜と言うと手を振って俺を見送った。いいな〜なんで中学生の格好してるのか知らねぇけど俺もJKとイチャつきたいけどな〜。

 

「……ねぇ水銀燈、あなたもどこかへ消えていいのよ?例えば地獄とかに」

 

 俺がいなくなった瞬間に水銀燈へリアルレスバトルを挑むめぐちゃん。水銀燈は、はぁッ!?と怒り驚くとすかさず言葉を返す。

 

「勝手に上りこんでるストーカー風情が何言ってんのよ!あんたこそさっさと病院帰りなさいよ!」

 

 ストーカーと言われている事にイマイチピンとこないのか、めぐちゃんは首を傾げる。

 

「ストーカー?違うわおばかさん。お嫁さんは家に帰るものでしょう?それに許可はいらないわ。だって我が家だもの。ふふふ、おかしなこと言うのね、笑っちゃった」

 

「頭おかしいのはあんたでしょ!?あんたもあんたよ、なんでこんな奴家にあげたのよ!?」

 

 常時キレながら礼に質問する。だがそんな二人を構うことなく、礼は自分に出されたアイスティーに手をかけた。そして飲む。ふぅっと一息付いてから、口を開いた。

 

「めぐ、もう病気はいいのか?」

 

 まさかの相手を気遣う発言に水銀燈は困惑した。それを咎めようとすれば礼は彼女を手で制止した。めぐちゃんは嬉しそうに微笑むと、答えた。

 

「もうバッチリ。手術も上手くいって、なんであんなに苦しんでたんだろうって思うくらいに。だから、ね?私もうジャンクじゃないの。どこも壊れてない。まっさらな女の子。それも人間の」

 

 ちらりと水銀燈を覗きながら言った。人間、という言葉が水銀燈を圧迫する。それは、いかに美しいローゼンメイデンであっても避けられぬ問題。人間か否か。

 

「ならいい。こっちも病人相手にやりあうつもりはなかったしな」

 

 言葉とは裏腹に、礼の言葉は徹底していた。意味は簡単だ、水銀燈以外を傍には置かないという明確な拒絶。それと同時に、今のめぐがどれほど彼にとって脅威であるかを物語っていたのだ。

 殺りあうつもりはない。確実な表現ならばこうだろう。

 めぐちゃんの表情が悲しみで固まる。固まって、しばらくそのままで何も喋らないし動かない。

 

「何人殺った?重い病気を治すくらいだ、一人や二人じゃ治らんだろう。生命力が強い兄貴を狙ったのは手っ取り早く回復するためか?なら失敗だったな、あいつは簡単には殺せない」

 

 すべてを見透かされて、めぐちゃんは驚く。礼は気がついていたのだ。彼女がしてきたことすべてを。そんな彼女を礼は笑った。

 

「まっさらな女の子で人間だって?冗談だろ。今のお前は自分の為なら他人を簡単に殺せる畜生だ。自分のやってきたことを見て見ぬ振りして粋がるんじゃない。だからお前はジャンクなんだ」

 

 降り注ぐ矢のように礼の言葉がめぐちゃんを襲う。本当の自分をあっさりと見破られカタカタ震えるめぐちゃんに、流石の水銀燈も同情した。だがそれでも礼は止まらない。

 

「自分を受け入れられない奴が俺のそばに近寄るな。汚らわしい」

 

 元々壊れていためぐちゃんの心を、更に壊す。割れていた鏡を粉々にするように、めぐちゃんの存在を全否定したのだ。彼女はいや、いやよ、と恐怖に怯えて震える。

 

「だめよそんなの。せっかく、せっかく生きてもいいって思ったのに。あなたが、あなたなら私を、うけ、受け入れてくれるって、信じてたのに、なんでよ、なんでよ礼くんッ!お人形さんでしょう?人間じゃないのよ?前にも言ったよね?なんでなのかな、私じゃダメなの?ねぇ答えてよッ!」

 

 こりゃダメだな、なんて礼は呑気に考える。こっちの話をまるで理解できていない。自分の事しか考えていないのだ。そんな女、いくら美人だろうが見向きもできない。所詮は一方通行の愛だ。

 

「礼くんのためならなんだってするよ?心も身体も好きなようにしていいんだよ?ほら、見て?この胸、好きにしていいんだよ?好きでしょ?だって礼くんおっぱい好きそうな顔してるもん」

 

「いやしてねぇよ」

 

 とんでもない偏見に思わずツっこむ礼。そう言うことを言ってるんじゃないと言っても今のめぐちゃんには通じないだろう。

 礼はため息を漏らすとめぐちゃんを視線だけで睨んだ。その冷酷な視線にめぐちゃんは黙る。

 

「帰れ。さもなければ今ここで殺す」

 

 ぴしゃりと断絶する。めぐちゃんはしばらく放心状態で動かなかったが、数分してようやく立ち上がった。そしてふらふらした足取りで玄関へと向かうと、そのまま日野沈んだ外へと消えていく。これでいいのだと、礼は納得する。

 だが水銀燈は少しだけ複雑だった。いくら憎い恋敵と言えども、あそこまで好いている人にあれだけ言われているのが不憫でならないのだ。そこが礼が感じる水銀燈の可愛い面でもあり、弱い部分でもあった。愛する人形の優しさに触れた礼は水銀燈をそっと抱き寄せる。

 

「お前が気にすることじゃない。あいつの事はなんとかするさ」

 

 そう言って彼女の頭を撫でる。

 

「うん……」

 

 違うのだ。それもあるが、それだけじゃない。

 

 ーー私が心配なのは貴方の心なのよ、礼ーー

 

 天邪鬼で意外と優しい長女は彼への心配を留めておく。これを言ってしまえば、彼への裏切りにもなる。信用していないと言っているようなものだ。だから黙っておく事にした。今はただ、彼に撫でられる人形であればいい。心の内に抱えた痛みを和らげる、鎮痛剤であればいいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近妙に水銀燈が礼に対してしおらしい。ヒステリックに怒らないし、どこか物憂げで礼がいない時は窓の外ばかり眺めている。家事もやってるし、元々料理は得意らしいから飯なんかも交代で作るようになって雪華綺晶も喜んでる。礼は何も言わないが、こうなったのはめぐちゃんがこの前やって来てからなので、何かあったのは間違いないだろう。そういやあれから来ないなめぐちゃん。

 話はさておき、今は雪華綺晶とのデート中。例の薔薇を槐から借りて大きくなった雪華綺晶と、だ。ちなみに例の薔薇はあの一件で誰かしら借りるようになって自分の手元に残らないと言う不満から、数個新しく作ったらしい。やるじゃない。

 

「見て見てマ……郁葉くん!このケーキとってもかわいい!」

 

 慣れない呼び方で雪華綺晶は俺の注目を引く。お洒落なカフェで頼んだ普通のケーキ。でも長年nのフィールドに閉じ込められていた雪華綺晶としては新鮮らしく、先程から色々な物に夢中なのだ。まぁ普段家でしかイチャコラしてないせいで初デートだから仕方ない。ていうかかわいい。

 

「雪華綺晶のが可愛いと思います(確固たる意志)」

 

 本心を伝える。だってマジで可愛いんだもん。

 雪華綺晶はそんな俺の決意に満ちた意見が気に入らないらしい。まぁまるで答えになってない言葉返ってきたら多分俺ならキレるわ。隆博なら発狂してそう。

 

「もぅ!今はケーキの話でしょう?」

 

「ごめんごめん。今度一緒にケーキ作ろうねぇ〜……(ねっとり)」

 

 クリームまみれになった雪華綺晶見てみたい。でも服に着くのは汚れが落ちなくなるかもしれないのでNG。俺は現実的なのだ。

 しばらく雪華綺晶とケーキを楽しむ。お互いにあーんさせ合ったり、ほっぺに着いたクリームを手で掬って舐めたりという、リア充みたいなことをする。あぁ、なんでリア充がこんな事するか分かったわ。めっちゃ幸せやんこれ。

 

「でね、その時に蒼星石が〜」

 

「とりあえず隆博は死んだ方がいいんじゃない?(適当)」

 

 他愛も無い会話で時間が過ぎる。男友達と駄弁るのも楽しいが、好きな人とこうやって何気無く話してるのも本当に素晴らしい。ローゼンありがとう、俺絶対他のドールズ倒してアリスにしてみせるわ。

 

 夕暮れ時、俺と雪華綺晶はカフェの近場の公園のベンチに座り二人で風景を楽しんでいた。風景といっても、今来ているのは上野だからビルも多い。地元から1時間くらいということもあってここを選んだのだが、周りはビルだらけでも意外と楽しいものだ。

 しかしまぁ、雪華綺晶はどこへ行っても人目をひく。髪型はいつものツーサイドアップではなく、リボンをほどきそのままのゆるふわロング。服装は厚手のストッキングにブーツ、そしてミニスカ。上はふわっとした白の長袖なので、意外と風が通って涼しいらしい。よく似合ってる。

 時間的に子連れは帰る頃合いで、今からこの公園はカップルで賑わうらしい。それを狙っての事でもあった。俺と雪華綺晶は沈み行く夕陽をバックに、帰りたくないと駄々をこねる子供を温かい目で見る。

 

「子供は可愛らしいですね」

 

 ふと、雪華綺晶が言った。表情は安らかで、地合いが満ちている。とても作り物とは思えない。俺は彼女の手をそっと取り、一緒に子供達を眺める。

 

「俺にもあんな時代があったよ」

 

「郁葉くんにも?」

 

 頷いて、

 

「ちっちゃい頃は日曜日に親父とおもちゃ屋に行くのが好きでさ。よく親父とプラモデル眺めたり、ゲームのパッケージを見たりしてたよ。ほんと、子供みたいな父親だった」

 

 懐かしい。腹減ったから帰ろうという親父の言葉に反発して最終的には怒られていた。頭も引っ叩かれたり。あの時はこの野郎なんて思ってたが、今思い返してみれば素晴らしい思い出だ。礼が生まれて、まだヨチヨチ歩いてる時だったなぁ。

 

「……ご両親が恋しいのですね」

 

「あぁ。親父はガキっぽかったしお母さんは優しいのに真面目系キチだったけど、やっぱり、たまに思い出す。……ごめん、なんか感傷的になったわ」

 

 思わず謝る。こんなつもりでここへ連れてきた訳じゃないのに。

 雪華綺晶は首を横に振って、少し悲しげに笑いながら言う。

 

「私は、目覚めた時から一人でしたから……そういうの、羨ましいです。思い出も、いっぱいあって。私はお姉さま達を眺めてるだけでした」

 

 そんな、自嘲的な彼女の肩を抱く。そして頬と頬をくっつける。

 

「これから増やせばいいさ。少なくとも俺は幸せだよ。雪華綺晶は?」

 

 彼女は頬を赤らめて、でも優しく微笑んで言う。

 

「幸せ。もう悔いが無いくらい、幸せよマスター」

 

 見つめ合う。そして優しく唇が触れた。夕暮れ時の公園にて、俺と雪華綺晶は一足先に砂糖と梅干しのように甘酸っぱくてコーヒーのようにほろ苦い青春のページを刻んでいた。

 しばらくはそうしていたと思う。しばらくそうやってお互いの愛を確かめて、気がつけば夜になっていた。辺りを見回してみればびっくりするくらいのカップルが同じような事をしてる……こりゃ風情も何も無いな。

 

「……お腹空いたでしょ?」

 

「ちょっぴり。マスターは?」

 

「空いた。どっか、食べ行こうか」

 

 雪華綺晶の手を取って立ち上がる。ニッコリ微笑む彼女と夜の街を歩く……礼には今日は帰らないって言っといたから、泊まる場所はあのお城みたいなホテルでいいよね?

 

 

 

 

 

 

 たまたまだった。本当に偶然、あの公園で撮影の仕事があったから居ただけなのだ。その撮影の仕事も現地解散ですぐに終わったし、それからはアパートでくんくん探偵鑑賞会に勤しむ真紅にケーキでも買ってやろうかと思っていたところだった。

 スタッフと別れてちょっと公園で一休みしようと思ったら、見知った人がいた。初恋で、片思いで終わってしまった彼ーー河原 郁葉だった。となりには凄い美人が居て、この世界の誰とも釣り合わないほどの美貌を持って周りの男どもを魅了している。が……二人のイチャつき具合に誰も入ってこれないようだ。

 僕は彼らと対面に位置するベンチに座り、彼らを眺める。そんなに距離はないのにああも僕の視線に気がつかないというのは、何というか、そこまで熱中しているのだな、と嫉妬してしまう。

 夕暮れ時までそうしていただろうか。二人が唐突にキスし出したのを見て、僕はいてもたってもいられない気持ちになってしまった。もういい、もう見ていられない。身勝手な感情だというのは重々承知しているが、それでも見ていたくない。僕はその場から立ち去る。涙を溜めながら、必死にこぼすまいと耐えて。

 公園から出て、帰ろうと駅に向かっていた時だった。正面から大学生くらいの男達が向かってきた。

 

「ちょ、ちょちょちょぉっといいかな〜?今暇?」

 

 それがナンパであることはすぐに分かった。僕は答えもせずに通り過ぎようとする。こいつらは物の本質を見ていない。相手にするだけ無駄だと思ったのだ。

 

「ねぇ待ってよ〜そんなに邪険にしないでよ」

 

 すぐに男達は僕を囲んだ。僕は足を止める。

 

「そんなに泣きそうな顔でどうしたのぉ?男に振られちゃった?」

 

 大きなお世話だ。

 

「それなら俺たちと遊ぼうよ〜」

 

「前の男のことなんて忘れてさ〜。どうせしょうもない男だったんで」

 

 喋っていた男が宙に舞う。くるくると回転して地面に激突する様は芸術的でもあった。いきなりの事象に言葉を失う男達。対して僕は非常に強い怒りに震えていた。

 

「しょうもないのは貴様らだろ」

 

 身体の一部が猫化している。頭からは耳が生え、手は猫のように毛むくじゃらで爪が生え。きっと顔も、それなりの変化を遂げているだろう。

 当たり前のように男達は逃げた。追撃しようとも思わない。僕はそのまま怒りを鎮めると、帰路に着く。路地裏で良かった、少なくとも変化は誰にも見られていないようだ。

 

「好きでこうなってるわけじゃ、ないんだよ」

 

 誰に言うわけでもなく僕は呟く。それも街の騒音に掻き消された。気が付けば陽は沈み、夜がやって来る。きっと、思い人はこれからも楽しい時間が待っているのだろう。僕はどうだ?モデルの仕事は成功しているとはいえ、本当に満足しているのだろうか?きっとしていない。僕は、結局はあの時から死んでいるも同然なのだ。


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