ローゼンメイデン プロジェクト・アリス   作:Ciels

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sequence54 増える疑問

 

 

 お盆。八月も中旬になり、蒸し暑さと蝉兄貴迫真の鳴き声が日常を埋め尽くしてから一月くらいは経つが、一向に慣れる気配は無い。冒頭にも書いたが、そんな時期になれば日本人にとってある一つの行事が連想されるに違いない。それがお盆である。

 俺と礼にとっては、今回のお盆には特別な意味が含まれていた。親が死んでから初めてのお盆。それが持つ重要さは、きっと誰もが知っているかと思う。

 とっくに四十九日を過ぎ、加えてローゼンメイデンという非日常が重なったせいですっかりその悲しみは薄れていたが、いざ墓参りに来てみれば意外にも自分は大切な人たちを失ったというダメージを受けているんだと痛感させられた。柄にも無く親の墓の前で唖然として動けない。礼も何か思うところがあるらしく、俺の後ろでただ立ち尽くしていた。

 そんな二人を、雪華綺晶と水銀燈は遠くから見守る他無かった。彼らの家族の事は、当事者以外立ち入る余地が無い。あれだけ雪華綺晶にデレデレの俺でさえ、彼女にはここで待つように命令したのだ。

 

「マスター……」

 

 不安そうに呟く雪華綺晶。対して水銀燈はいつものように凛とした表情で、涼しいくらいに吹く風に身を任せる。この長女は分かっているのだ。礼はあそこで立ち止まってしまう人間では無いのだと。いくら大切な人が死のうとも、目的のために足は止めない、野望に満ちた人間なのだと。

 そう言った点では、俺という人間は弱かった。身内が絡むとどうしても足が止まってしまう。見知らぬ敵ならばあんなにも簡単に殺すし、そこらで死のうが何とも思わないのに。育ててくれた親が死ぬ。心に出来た空白を代替できないで立ち止まっている自分がいるのは明確だった。

 

「兄ちゃん、行こう」

 

 礼に諭され、俺は頷く。少しだけ呆然として、墓に刻まれた名の意味を受け入れられないままその場を後にする。

 心配そうに慌てる雪華綺晶の手を引き、自家用車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 夏休みという学生に与えられた至福の時間は身分によって異なる。大学生なら2ヶ月もあるし、中学生なら1ヶ月ちょっとだ。楽しい(ほとんど訓練か隆博とサバゲーに行ってただけ)時間はあっという間に過ぎるもので、礼なんて今日から学校だ。

 雪華綺晶と一緒に朝食を作り、家族四人でそれを平らげると弟を見送る。

 

「忘れもんないか?」

 

「ないよ、多分」

 

 まぁ仮に忘れ物あっても俺が届ければいいだけだし。最近の中学校は携帯持ってても怒られないらしいから良いよね。俺らんときは没収だったぞ。

 いってきます、と礼が言えば俺と雪華綺晶、そして未だに寝起きから覚めない水銀燈が手を振って見送った。大きな欠伸をしながら水銀燈がリビングに置きっ放しの鞄に入って二度寝と洒落込んだので、俺と雪華綺晶もぐったりソファにとろける。

 

「ねぇマスター?」

 

「う〜ん?」

 

 水銀燈ほどでは無いが猫撫で声で俺に絡みつきながら囁く雪華綺晶。俺知ってるよ、こういう時のこの子は大体エロい事しか考えてない。

 

「今日は何も予定は無いのですよね?」

 

「うん、隆博のやつもバイトだって言ってた」

 

「あらまぁ……ならマスター?今日はいっぱい甘えても許されますね?」

 

 この子が甘えてくる事は確定したらしい。まぁ最近は構ってあげられなかったから良いだろう。俺も久しぶりにきらきー成分を補充したいし。

 俺は雪華綺晶に抱きつき返すと顔を彼女の胸元に埋めてぐりぐりと動かす。うーん良い匂い。

 

「ふふ、甘えん坊なマスター。いいわ、今日はママにうんと甘えなさい?」

 

「ママー!(ボヘミアンラプソディー)」

 

 全然関係ないけどクイーンの曲好き。映画、見よう!(ステロイドマーケティング)オススメはSomebody to loveだゾ。

 この後散々甘えてあまりにもうるさかったので水銀燈が起きて怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 新学期になっても特に変わった事など無い。クラスはそのままだし、あるとすれば席替えくらいか。俺は運が良いのか悪いのか、空席と隣になってしまった。まぁこれなら誰かに気を遣うこともないから良かったのかもしれないが。

 サッカー部は基本朝練をしないため、帰宅部の奴らと登校時間が被る。そのため今日も通学路の途中から桜田と一緒に登校していた。

 

「銃の腕はどうだ?」

 

「ぼちぼちかな。腱鞘炎になりそうで怖いからあんまり激しくはやらないよ。雛苺の腕も治さなきゃいけないし」

 

 そういえばそんなこともあったなぁと考える。すまんな桜田、その雛苺の腕は俺らがやったんだ。でも今言うと色々拗らそうだから秘密にしておく。

 桜田としてはローゼンメイデンのマスターとして俺の事を気にかけているらしく、隙あらば自分のドールに対してどう接しているのかを聞いてきたりもする。

 

「河原は水銀燈とうまくいってるのか?」

 

「ぼちぼちだな。変わったことはないさ」

 

「でも、その、やるんだろ?夜とか、さ?」

 

 マスターであると同時に、中学生でもある。だからこうして、性に対しても興味津々なお年頃だから踏み込んだことも聞いてくるのだ。

 

「まぁな。週三くらいでそういうことは」

 

「お前からするのか?」

 

「半々だけど……随分聞いてくるな。ちょっと引くぞ」

 

 こいつはここまでこういう事に熱心だったろうか?少なくとも雛苺との一件以来スケベになってきているのは間違いないだろう。

 桜田は頬を赤くし、回答に困ったように口を籠らせた。

 

「いや、さ。雛苺が定期的に、さ。夜になるとベッドに忍び込んできて……」

 

「聞いてないんだが……まぁ、別にいいんじゃないか?そんなもの人それぞれだろう。そもそも、人形相手にそういう事してる時点で俺たちはもうマイノリティだ」

 

 あの兄貴とその友達含めて、だが。

 

 

 

 

 学校へ着くとクラスメイト達と適度に会話して二学期の開始を心に感じさせる。さすがに夏休みが終わればアリスゲーム関連の働きが疎かになるのは否めない。なのに兄はよくもまぁあんなに雪華綺晶と一緒にいられるな。暇なんだろうか。単位は大丈夫なのか?

 俺の心配はさておき、いつものようにホームルームが始まる。担任は桜田の天敵である梅岡だが、最近の桜田にとってあの教師は取るに足らないアホくらいの認識しかないらしい。

 

「それじゃあみんな!さっそく席替えするぞ〜!」

 

 恒例の席替えが始まり、クラスの皆がくじを引く。そして席の割り振りが決まる……なんと俺の席は最後列の窓際で、挙句隣は空席と来た。うーむ、素晴らしい。これなら授業中に携帯越しに水銀燈と小声で会話もできるかもしれん。

 そんな風に唐突なぼっちをポジティブに考えていた時だった。

 

「今日は転校生もいるゾ〜!」

 

 〜だゾ、とか聞くと兄貴が見てるあの下らない動画を思い出す。どうやら転校生がいるようだ。席は……クソ、俺の隣だ。梅岡が教室の外にいる転校生とやらに入ってくるように支持する。地味なやつだとやりやすいんだが。

 コツコツと、最近の中学生にしては珍しいローファーを鳴らしながら入ってくる転校生。大して興味はなかったから適当に外でも眺める。

 

「じゃあまず、名前を教えてくれるかな?」

 

 梅岡が促すと、転校生はか細いが透き通る声で言った。

 

「柿崎めぐです。よろしく」

 

 ゾクゾクっと、背中に冷たい何かが走った気がした。ゆっくりと窓から転校生の方へと視線を変える。そこには満面の笑みをピンポイントで俺に向けるめぐがいたのだ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのはまさに今の俺だろう。

 

「柿崎ぃ!の席は〜、あぁ、河原の隣だ。仲良くするように」

 

 なぜか梅岡がウィンクしてくる。美少女の隣を引かせてやったことを感謝しろということなのだろうか。殺すぞ。

 周りの男子が浮かれる中、俺は気が気ではなかった。こいつが何を企んでいるかなんておおよそ見当はついているのだ。俺の存在だ。

 新鮮な制服に身を包み、俺の隣の席へと着くめぐ。いやお前高校生じゃなかったか?

 

「柿崎は病気の関係で本来は卒業しているが、本人の希望で中学二年からやり直すそうだ。みんな、お姉さんだからって頼り過ぎちゃダメだぞ?」

 

「やだ先生、お姉さんだなんて……私は皆さんと仲良くできればいいなって思ってるだけです」

 

 余計な事を、とめぐが考えているのが手に取るように分かる。その割には病院での看護師への対応が嘘のように丸いな。何を考えている?

 と、めぐがこちらに振り向く。俺も無表情で対面すると、彼女は言った。

 

「これからよろしくね、礼くん」

 

 綺麗な笑みを向けてくる。

 

「……ああ。こっちも色々聞きたいことがあるしな」

 

 こうして、俺の疑心に塗れた二学期がスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みが異常に長いのは大学生だけである。そのため中学に引き続き高校の始業式もタイミングが重なるのは良くあることだ。ということは、市でもトップレベルのお嬢様学校として知られる私立有栖川学園も、また二学期スタートというわけで。

 

「はぁ……」

 

 深いため息を吐きながら琉希ちゃんは門を潜る。いつものようなちょっとハンティングっぽい格好ではなく、気品溢れるブレザー式の制服に身を包む彼女は正にお嬢様だ。ゆらゆらと歩くたびに揺れるポニーテールはサラブレッドの馬の尻尾のように優雅で、やや混じっている異国の血がその気品にバフをかけているようにも見える。なお、カバンの中にはもちろん拳銃。こういうところは琉希ちゃんらしい。

 お嬢様と言っても、口調は漫画やアニメで見るようなコテコテのものではない。あら^〜たまりませんわ。なんて事も言わないのだ。

 

「元気がなさそうですね?」

 

 不意にクラスメイトが話しかけてくる。

 

「ええ、まぁ……」

 

「新学期が始まる時はどうしても気分が憂鬱になりますよね、分かります」

 

 決して学校が嫌という訳ではない。単純にアリスゲームの雲行きが心配なだけなのだ。特にあの妹はさっさとアリスゲームを進めたいらしく、事あるごとに小言を言ってくるからたまったものではない。

 始業式が終わり、クラスでホームルームが始まる。いきなり授業を始めないのはどこも同じらしい。ともあれ有栖川学園は席替えなんて庶民らしい行事も無く、担任のありがたいお話が続いていく。それを琉希ちゃんは窓際から一列内側の席で流す。

 だが、今日は色々と変化がある一日らしい。唐突に転校生が来るというサプライズが行われたのだ。

 

「リリィさん、入りなさい」

 

 入って、どうぞ(幻聴)どこかの大学生のせいでそんな幻聴が聞こえる。琉希ちゃんは頭を振り払い、雑念をかき消す。

 コツコツと音を立てて入室してきたのは、リリィという名前に恥じないくらいの金髪と、赤い瞳、そして白い肌を兼ね備えた異国の少女だった。身長は160センチほどで、同学年の欧米人と比較すれば小さい方だろうか。入るや否や、クラスのお嬢様が騒つく。まるでお人形さんみたいだぁ、という直喩まで聞こえてくるくらいだ。無理もない。絵画から飛び出してきたような美貌に、先生まで釘付けだ。

 

「あ、じゃあ自己紹介を」

 

 先生が我に返って促すと、少女は言った。

 

「リリィ・オヴェリィ・スティフノロビウム、17歳じゃ。皆の者、よろしゅう」

 

 癖が強い。あの見た目であの口調とは、絵画では無くアニメの世界の住人だ。色々とクラスメイトがショックを受ける中、先生が席を指差す。それは、琉希ちゃんの隣の窓際の席。うわぁ面倒な人が来たな、なんて思いながらも新しい日常的な刺激に少しばかりの期待もしつつ、琉希ちゃんは歓迎する。

 リリィが席に着くと、ちらりと琉希を目で追った。その赤い硝子細工のような瞳に映る自分を見て、琉希ちゃんはため息が出そうなほど感嘆する。ここまでお嬢様が似合う人間が日本にいるのかと。背筋を伸ばし、一つ一つの動作に磨きがかかっていて無駄が無い。時折ブレザーを着ている左手首を気にしているが、何か持病でもあるのだろうか。リストバンドもしているようだ。

 ホームルームが終わり、休み時間。リリィは案の定質問責めに遭っていた。無理もないだろう、これほどまでに美しく特徴のある転校生だ、良かれ悪かれ放っておく者はいない。

 嫉妬を抱き欠点を探す者、単純に百合の花が咲き乱れる者、それぞれが質問を投げ掛ける。

 

「じゃあまず身長年齢体重を教えてくださるかしら?」

 

「身長が162センチ、体重が47キロ……年齢は言う必要なかろう。なんじゃ一体」

 

「どう?女の人に質問された感想は」

 

「どう?どうってなんじゃ?意図を理解しかねるぞ」

 

「彼氏とかって」

 

「今はいないのじゃ。普通聞くかそんな質問……」

 

 とんでもない質問責めに遭う彼女。災難だな、と思いながら琉希ちゃんはその様子を眺める。

 しばらくして質問責めから解放された彼女は、少し疲れた様子で教科書をすべて机に突っ込む。置き勉する気満々のようだ。

 

「置き勉とは感心しませんね」

 

 完璧に見える少女の意外な面に微笑みながら琉希ちゃんは言った。

 

「教科書の内容は全て覚えておる。授業時にありさえすれば問題なかろうて。確か、林元……琉希、じゃったな」

 

「ええ、リリィさん。白百合の名に恥じない容姿ですね」

 

 そう褒めると、リリィは少しばかり顔を歪めた。

 

「別に白百合が由来ではない」

 

 そう言うと、彼女はそっぽ向いたように頬杖をついて窓の外を眺めてしまう。何か気に触ったことでもあったのだろうか。

 

 




ミステリアス(大嘘)転校生

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