縄がほどけた事により、ようやく身体が自由になる。
縛られていた手首には縄の痕が出来ていて、よほど強く縛っていたということが分かる。
「なんで翠星石がいるのよ!ちぃ、メイメイ!あんたも行きなさい!」
「お前も逝くんだよ」
そっと近寄って、耳元で怪しげに囁く。
ビクゥ!っと爆音の時とは比べ物にならないくらい驚いた黒薔薇人形はこちらに向き直ろうとしたが、
ガバッと後ろから彼女の身体を抱く。
これが連ドラの一シーンなら絵になったかもしれないが、今はバイオレンスな変態向けビデオのクッソどうでもいいシーンだ。
どうやら彼女は驚きすぎて固まってしまっている。
攻めるのは強いが責められるのには慣れてないのか。ならちょうどいい。
思い切り抱きしめるとギリギリという音を発てる。
雪華綺晶とは一緒に生活していて触ったこともあったが、こうして触れ合うことはなかったため、その柔らかさに少し驚く。
スッキリとしていて甘く、それでいてべたつかない臭い。
まるでバンホーテンのココアみたいな高級感が鼻をくすぐる。
剥き出しになった首筋をぺろりとなめてみる。
汗の臭いもない、フローラルで上品な味だ。
「ひゃ……」
さっきまでのムカつく猫なで声とは違い、可愛いいたいけな少女の悲鳴。
なんだか心の底から何かが湧いてきそうな感覚があった。
ゾクゾクっと心を何かが駆け巡り、いびつな笑顔が溢れる。
なんだかこの可愛い生き物のような何かを、無性に壊したくなってきた。
いや、屈服させたいのだろうか?
「ふぅ~」
耳に息を吹きかける。
「んッ!ちょっあんたさっきから……」
「誰が喋っていいって言った」
急に不快になった俺は先ほどから目の前にある黒い翼を強く握った。
同時に聞いたこともないような声を出した。
「いぎッ!あ、やぁ!!!」
紛れもない悲鳴。
なぜか、それがたまらなく愛おしい。
「良い声で鳴くじゃねぇか」
笑いが口から溢れだす。
我ながら歪んでいると思う。
そもそも俺にこんな趣味は無かった。
普通の中学生として、普通の人生を送ってきたはずだった。
……そういえば。
昔、かなり小さい頃、兄貴のゲームを勝手にやった時。
ゲーム内に住んでいた住人を皆殺しにしたことがあった。
いや、まぁそういうゲームだったから何とも言えないが、あの時に感じたものに似ている。
でも、あの時はそれ以上に喪失感がデカかった。
壊してしまったら終わりだと、もう壊すことが出来ないと、大きな喪失感が自分を襲った。
……歪んでいるのだろうか?
そんなはずない。
これが普通なんだ。
学校で習った気がする。
人は生まれながら悪に在ると。
それが普通なんだ。
「お前の身体が軋む度」
優しく愛を囁くように彼女の耳元で呟く。
「俺はお前が愛おしくて堪らない」
言葉にならない冷ややかな感情が水銀燈を駆け巡る。
これはまずい。
このままでは殺される。
「会ったばかりでボコされたのになぜ俺がお前を愛おしく思うのか」
この男は幼いながらに狂っていると、直感が告げる。
「俺にとって痛みは愛情なんだ……お前は俺に痛みを与えた。なら、俺もそれに応えよう」
「そ、そんなことしなくていいからッ!(良心)」
勇気を振り絞って腕を振り払い、後ろを振り向き手にした竹刀で礼に襲い掛かる。
その剣筋は鋭く、確実に首元へと伸びている。
が、
ボキィ、っと、水銀燈の腹部に鋭い痛みが走る。
一瞬なにが起きたか分からなかった。
体重の軽い人形の身体は後ろの壁に叩きつけられる。
そこでようやく理解した。
礼が、動物のように床に這い、足をこちらに向けていた。
つまり、しゃがんで蹴られた。
それだけだった。
たったシンプルな行動で、戦いになれた人形相手に反撃を入れる。
そんな事がただの中学生に出来るのだろうか?
「痛いか?それは俺の愛情表現だ」
そんなトチ狂った事を中学生が言う。
水銀燈は満足に息も出来ない状況で、初めて生命の危機を感じた。