―――可愛らしい死からの追跡をかわすため、ひたすら水晶の迷宮を走り続ける。
「待てですぅ!」
そんな俺の背後から、翠星石の高い声が響く。
直後に轟くは耳をつんざくような破裂音。
原因は、翠星石の放った「種の砲弾」。
蔓だけではちょこまかと走る俺に対処できないと判断したのだろう、バレーボール大の大きな植物の種が、翠星石の持つ如雨露から発射される。
口径的には発射できるはずがないが、そもそも人形が動き回っている時点でいろいろおかしいので突っ込まないし、突っ込んでる余裕があれば逃げたほうが何かといいと思う。
この種の厄介な点は、破裂した後、破片が周囲に飛び散るという事だ。
幸い、精度はそこまで良くないのと発射感覚が遅いので動いていれば当たらない。
それに破片も、胴体部分ならプレートキャリアが防いでくれるし、そもそも当たっても少し痛いだけで済む。
直撃以外は大したことは無いのだ。
「あ~やっぱり怖ぇ!(レ)」
俺は俺で、平静を保つために口だけでもネタに走る。
それが翠星石には余裕に見えたのか、より一層怒りを増して種をぶつけてくる。
「ふざけやがってぇ!です!」
今、少しばかり翠星石の声が筋肉モリモリマッチョマンの変態のようにごっつく聞こえたのは気のせいだろうか。
そのうち人質がいるのに捕らわれている館やらなにやら破壊してしまいそうで恐ろしい。
・・・・・・いや水晶を破壊しまくっているのを考えるに、その片鱗は見せている。
きっと将来はテロリストやら宇宙人を倒す戦士になるに違いない。
おっと至近弾。
もうちょいで直撃しそうだった。
「もう十分だ、もう十分堪能したよッ!」
某レストランで泥まみれ(意味深)になった食通のようなセリフを吐きながら逃げる。
もうそろそろ体力の限界だ。タバコなんざ吸わなきゃよかった、肺活量があからさまに減っている。
しかし空中を飛ぶ翠星石には体力なんて関係がないようだ。
「これがシメではございません、ですぅ!」
なんでこのネタを知ってるんだこの子は(驚愕)
こんな汚い語録なんて使わなくていいから(良心)
と、まぁなんだかんだでノリが良い翠星石だが殺しに来ている事実は変わらない。
もうそろそろ限界か、そう考えた時。
『そのまま100m直進してください』
雪華綺晶の声が頭に響く。
返事をする余裕がない俺は無視する他無く、言われた通り100メートルを全力で駆け抜ける。
しまった、力み過ぎてお腹痛くなってきた。
割とケツの締まりが悪い俺からすれば、この状況は種を撃たれるより深刻だ。
みるみるうちに顔が青ざめていく。
これはあと一時間しないうちにこれは漏れる。それまでに決着を付けたいところだ。
「これでも食らえ!ですぅ!」
と、そんな国家レベルの危機に瀕している俺めがけて、翠星石が特大サイズの種を射出。
俺の第六感がそれを感知して咄嗟に前へ飛び込む。
刹那、俺の真後ろの床が粉砕した。
水晶の破片や種の硬い破片がプレートキャリアと腕に刺さる。
「ウグっ!!」
一瞬ひるんで動きが止まるが、足にはダメージが無かったために走り続ける。
もうそろそろ100メートルのはずだ。
雪華綺晶はまだか。疲労的にもダメージ的にも肛門的にも限界だ。
「バカめ!かかったですぅ!」
不敵に翠星石が笑った。
何かと思った次の瞬間、種が着弾した場所から、あの巨大蔓が飛び出してきたのだ。
地面を割る轟音と共に、俺めがけて蔓が突進してくる。
「マジか!うごぉあ!!!!!!」
スピードに乗り切れてなかった蔓は思っていたほど大きなダメージは俺には与えなかったが、それでも体重60kg以上の俺の身体を数メートルふっ飛ばす。
同時に、肛門がキュッと締め付けられた。
「ヌッ!」
その体感したことのない感覚に変な声を漏らすが、汚いものは逆に奥へと押しやられた。
ひとまず安心だ。
しかし、お腹事情が穏やかになっただけで他の状況は最悪。
あの時の事故よりはマシだが、蔓に叩きつけられ、更に地面にも身体が打ち付けられたために脳震盪を起こしていた。
ぐらつく視界に、ボロボロの身体。
俺はゲームのように時間経過で回復するような化け物じゃない。
「ようやく当たったですぅ。さぁ、早く終わりにするです。あの末妹を出すです」
追いついた翠星石が俺に諭す。
どうやら俺をダシにして雪華綺晶をおびき出すようだ。残念、俺だって雪華綺晶の居場所なんてわからないんだよなぁ・・・・・・
咳込み、口から一緒に出てくる血を確認すると、限界であることを悟った。
「きら、きしょう、ゴホッ、やられた、悪い」
指輪に向けて、雪華綺晶に謝る。
しかし、返ってきた返事は
「いいえ。完璧です、マスター」
次の瞬間、四方八方の水晶からロープのようなツタが伸びて翠星石を拘束した。
足、手、首と、綺麗で勝気な少女が拘束される。
まるでそういう趣のエロゲーでありそうなシチュエーションだ。
普段の俺ならあぁ^~、と歓喜していただろうが、今の崖っぷち状態ではそれすらも考えられない。簡単に言えば、体力が赤の状態だ。
と、そんな状態で横たわる俺の傍に、いつの間にか雪華綺晶が佇んでいる。
その無垢な目は、翠星石を捉えていて、無表情だ。
「ぐ、末妹、放すですぅ・・・・・・!」
「いいえお姉様。貴女にはここで尽き果てて貰います」
冷酷な宣告と共に、ツタの締め付ける力が増す。
ミシミシと、痛々しい音が4、5メートル離れた場所からでも聞こえてくる。
「ぐ、が、あ、がぁ・・・・・・!」
悲痛な少女の掠れた声。
そんな中、俺は特に助けようと行動を起こすことはしなかった。
最初に攻撃してきたのは翠星石だ。
因果応報、仕方がない。
そう、思っていた。
「か、おり・・・・・・ごめ、ん・・・・・・」
その声を聴いた瞬間、俺の中の綺麗な部分が反応した。
痛む身体に鞭打って立ち上がり、手放さなかった斧を投擲する。
ぶちっという音がして、翠星石の首を絞めていたツタが破れた。
その行動に一番驚いたのは翠星石ではなく、雪華綺晶。
なにやってんだこいつ・・・・・・という怪奇な目をこちらに向ける。
俺はふらふらになりながらも立ち続け、荒い呼吸で隣りの雪華綺晶に向けて言う。
「まぁ、待て。少し聞きたい事があるんだ」
そう言って、俺は未だ咳込む翠星石の目の前へと歩き・・・・・・
戦闘グダグダでもしゃもしゃでせん!