アギトが蹴る!   作:AGITΩ(仮)

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皆さまお久しぶりです。
6年ぶりの更新になります…。本当に申し訳ないんですけど、ぶん投げてましたね…。6年未更新でしたが、それでも続きを待っててくれる人達に救われました!本当にありがとうございます!



第56話 異変 其の壱

ヒカリくんがここに来てから、もう2ヵ月が過ぎようとしていた。

相変わらず喪った記憶は戻らず、うちの店で一緒に暮らしている。最初こそ仕事に慣れずあたふたして不安になる事も多々あった。しかし、案外彼は要領が良く、今になるともうだいたいの仕事をこなしてくれる立派な店員になっている。居候という体裁ではあるが、仕事においてはとても信頼を寄せている。そんな彼は、近隣のお客様の元へついさっき配達へと出かけたばかりだ。

 

「えっと、17時にウマトラ劇場に42か…」

 

今日の夕方は、顔馴染みである劇団の座長からの注文で40数個という、久しぶりに多い弁当の配達で埋まっている。そのため、今のうちに仕込みを始め作り出さないと間に合わない。

 

「こんちは!マスター、いつものできてます?」

 

開き戸を開け、暖簾をくぐる男性客。彼はこの店の常連のお客様だ。ウチのご近所で肉屋を営んでおり、近所のよしみもあってかかなりの頻度で注文してくれるお得意様だ。

 

「いらっしゃいませ。はい、日替わり弁当4つね」

 

もうすでに出来上がっている弁当を袋詰めし、カウンターの上に崩れないよう気を遣いながら置く。

 

「ういす、こちらお代です」

 

お礼とお金を受け取りお釣りを渡す。慣れた作業だが、お釣りを手渡すことはお客様とのコミュニケーションの一つであり、こういった仕事をするうえで大切なことだ。

 

「そういえばマスター、そろそろエスデス将軍が遠征から帰ってくるらしいぜ」

 

「あぁ、あの子か。帰ってきても最近は忙しかっただろうから、まだしばらくは来れないだろうね」

 

カウンターに腕を掛けながら、ふと思い出す。この帝都で最強とも謳われるエスデス将軍は、実はこの店に何度か来たことがある。彼女が帝都に来た時からの馴染みでもあり、頻度は多くなくともパトロールで近くに来た際には寄ってくれたりする。そのためか、近隣の人たちからは少しだけ恐れられてもいるが、エスデス将軍効果でこの辺りの治安はかなりいいためありがたい。

しかし、最近はナイトレイドや革命軍、異民族との闘いも多いらしく、ここ半年は顔を見てない。

 

「まあ、最近の帝都はさらに物騒になってるらしいからな、マスターも気をつけてな」

 

それじゃ、と肉屋の彼は店を後にする。彼を見送り、夕方に入った注文票を改めて確認して、私は仕込みの準備に取り掛かるためにキッチンへと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

ヒカリside

 

 

夕刻。

注文された数十の弁当をリヤカーに積み込み、僕はオスカーさんと共にウマトラ劇場に来ていた。帝都の中心部から遠いうちの店にわざわざ注文したのは、オスカーさんの人脈らしい。正直、リヤカーを引くのは僕だったから、そんな人脈はありがた迷惑だと思ったことは内緒にしとこう。

 

「こんにちは、座長。ご注文の特製弁当です」

 

「おお!オスカーさん、お待ちしておりました!すいませんね、今ちょうどリハーサルを行っておりましてね。本番まではあと1時間ほどですから、もしよかったら観劇していかれては?」

 

それならば、とオスカーさんとこの劇団の座長さんは談笑を始めた。

 

「それじゃ僕は、お弁当を配って来ますね」

 

「ああ、よろしく頼むよ。私はこのフロアを担当するとしよう」

 

わかりました、と了承し、控え室や裏方のスタッフさん達に弁当を届けに行く。

両手は弁当を担ぐために塞がり、一回では運びきれないため、もう一往復はしなくてはいけないのだろう。しかし、この仕事が終わった後は、劇を観せてくれるらしいので何とか頑張れる。記憶を失ってからは、楽しい事はあれど、何かを思い出したりなんてことはなかった。けど、今の自分が劇を楽しみに思っているのだから、きっと記憶を失う前は、こういった劇が好きだったのかもしれない。

さあ、あと少しだ。パッパッと終わらせよう。

 

 

 

 

 

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オスカーside

 

 

 

 

 

「おいーっす、邪魔するぜ」

 

キャストの人達に弁当を配っていると、どこからか嫌に勘に障る声が聞こえてきた。エントランスを抜けて、このフロアのドアが開くと、数人の男女が現れた。

 

「秘密警察ワイルドハントだ。知ってるか?」

 

秘密警察ワイルドハント。

その名前で浮かんで来たのは、医者である弟や、帝国中心部に住んでいる知り合いからの警告だった。

ナイトレイドや革命軍との戦いで、人数の少なくなったイェーガーズの代わりに新しく組織され、あのオネスト大臣と繋がりが強い。それを口実に、何とも好き勝手に暴れ回っている、と。

 

「帝国を批判する内容の劇をやっていると聞いてな。取り調べに来たぜ」

 

「そ、そのような事実は一切ございません!」

 

座長の言う通りだ。弁当を配りながらキャストのセリフが聞こえてきたが、どうやら内容はファンタジー色の強いものだった。

 

「そいつぁ調査してみねぇと分かんねえなぁ?」

 

おそらくワイルドハントのリーダーである褐色の男が、この劇場と女性キャストの方を見て薄汚い笑みを浮かべている。

事を荒げたくない座長は、懐から分厚く膨らんだ袋をそっと男に渡した。みかじめ料だ。

しかし、男は袋を受け取る事なく放り投げた。その瞬間、男の背後からひとりの女性が飛び出し、座長に飛びかかった。

 

「座長!」

 

私は一瞬何が起こったか理解できず、抱えていた弁当を放り出し座長の元へと駆け寄った。

倒れた彼を腕に抱きかかえると、既に酷く痩せ細っており、青白く変色した亡者となっていた。

 

「貴様よくも…」

 

座長の近くに居た劇団員の若い男達は、座長を襲ったワイルドハントのメンバー達に殴り掛かろうとするも、褐色の男がオネスト大臣の名前を出すと、劇団員達は皆悔しそうに拳を下げた。

 

私は、一連の光景を眺めて直立したままの他のキャストに、こっそりと語りかける。

 

「…君達、早く逃げた方がいい。そしてイェーガーズを呼んで来るんだ。誰でもいい。『オスカーが呼んでいる』と伝えてくれ。でも正面からじゃなく、裏口か目立たないところから逃げるんだ。さぁ、逃げながらでいいから、皆に伝えておきなさい」

 

オネスト大臣直属の部隊がこうもあっさりと市民を殺すとなると、こちら側にはただできる限り無抵抗を示し、蹂躙されるのを待つことしかできない。

このワイルドハントという集団に対抗するには、エスデス将軍率いるイェーガーズかナイトレイドしかない。幸いにも、イェーガーズには知り合いがいる。

そしておそらく正面にはもう一人か二人、見張りの仕事に就いた奴がいる。そのことを危惧して裏口に回るよう伝えた。

 

「ほら、急いで」

 

こくこくと強くうなづき、そのキャスト達は駆け出した。中には座長が死んだことをようやく理解し、悲鳴を上げる人や、劇用の走りづらい靴で逃げ遅れた人もいた。

 

「さあて、それじゃあ取り調べといくか!」

 

舌舐めずりをした褐色の男を筆頭に、こちらの方に向かって来る。

 

「…参ったな」

 

つい口から溢れてしまったその言葉に、褐色の男が反応する。

 

「あぁ?何だぁおっさん。何突っ立ってんだよ……って、どっかで会ったことあるか?」

 

いや別に、と目を合わせないように顔を下げる。私とこの褐色の男に面識があるかはともかく、昔からの知り合いの座長を殺したこいつらに、少なくとも怒りと憎しみは抱いていた。

 

「おほっ、流石劇団。可愛い娘多いじゃねぇか!たまらねぇ…」

 

逃げ遅れた人達へ、ワイルドハントのおかっぱ頭の男が近づく。そして醜悪な笑みを浮かべながら、悲鳴を上げる女性キャスト達の服を斬り裂いていく。

 

「取り調べとはそこまでする必要がありますか?」

 

我慢の限界だ。

いくら相手が大臣との繋がりがあったとしても、目の前で酷い事をさせるわけにはいかない。昔に比べたら劣るだろうが、少しは腕は立つ。

女性達を庇い、背中の方へと押しやる。

 

「おい、せっかくいいところだってのによぉ、邪魔すんなやおっさん!妨害罪な!」

 

そうおかっぱの男が叫んだと同時に、私の顎目掛けて大振りの右拳が飛んで来た。

速かったし、威力もそれなりにあっただろう。

 

 

 

「…へぇ、ヤる気かてめえ」

 

その拳を私が掴んで止めたことに一瞬目を大きくし、そして殺気を込めて睨めつけた。

 

「んじゃ、妾(わらわ)達は先にやってくわ」

 

睨み合っている私達を置いて、座長を殺した張本人の女と他のメンバーは散り散りになって歩き出す。皆、獲物を狩りに行く獣の目をしていた。

 

「ちょっと待ちなさーーーッ!」

 

「どこ向いてんだよおっさん!!!!」

 

他のメンバー達を制止しようとするが、おかっぱの男はそれを妨害しようと執拗に殴り掛かってくる。

 

「まさかおっさん、昔ちょっと武道習ってたみたいな?んなぁ理由で俺を怒らせたのなら…覚悟しとけよ!」

 

こちらの顔にまで唾が飛んで来そうな勢いで捲したてると、おかっぱ頭の男は左腰に携えた曲刀を振り抜いた。

それを身体を翻して躱す。

 

(まずいな、ヒカルくんも皆と逃げているといいが…)

 

正直、この男の相手をすることよりも、私は別のフロアに行ったヒカルくんの事を心配していた。

 

 

 

 

 

 

________________________

ヒカルSade

 

さっきまで居たフロアからたくさんの悲鳴や足音が聞こえてきた。どう考えても尋常じゃないほどの騒ぎに、少し胸がバクバクしている。

 

「な、何かあったのかな?」

 

恐る恐る覗くと、明らかに一般市民とは雰囲気が違う数人の男女と、その人達から必死な形相で逃げ惑う劇団の人達。そして倒れた座長を抱えるオスカーさんという理解できない光景だった。

 

「どうなってるんだ!?」

 

このわけがわからない状況で、頭の中が混乱しながらとりあえず目の前を走り過ぎて行った劇団の人達に付いて行く。

何でこんな事態になっているのかさえ分からないが、僕も逃げなきゃいけない。逃げ惑う人達を見て不安になったからだろう。その上、道があまり分からないこの劇場の中で、出口を知っている人達を見失わないよう僕は必死に走った。途中でオスカーさんのことが気になったが、既に僕はパニックになっており、よく分からない恐怖、今すぐここから逃げなきゃ行けないという感情にその思考は流されてしまった。

 

「おやめください!あんまりです!」

 

突然、叫ぶ女性の声が自分でも驚くくらいに耳に入ってきた。それが頭の中を駆け巡り、無意識に足を止めてしまう。

 

「腐った汚物が俺に意見すんな!」

 

骨まで震えるような野太い声が聞こえてきた方向を向くと、太った大柄のピエロと妙齢の女性が言い争っていた。あのピエロは、先程オスカーさんと睨み合っていた人達の一人だった気がする。どこからどう見てもあのピエロは、人を愉快な気持ちにさせる雰囲気じゃなかった。

そのピエロの側には、子役の少年がうずくまり、怯えた表情でそれを見ていた。

 

「近づくな!くせぇんだよ!!」

 

ピエロの男は怒りを叫び、女性の頭にその槌のような拳を振り下ろした。

何度も、何度も、何度も。もうとっくにその女性は事切れているというのに、ピエロは拳を振り下ろし続けた。肉を叩く生々しい音に、すぅっと血の気が引いていくのが分かる。

理解できなかった。なぜあのピエロは女性を殺したのか、どうして殺す必要があったのか。

僕は、目の前で起こっていることを現実として受け止めることに時間を要していた。

 

「ふぅっ…ふぅっ…もう、ここじゃあ邪魔が入って仕方ないね」

 

ようやく手を止めたピエロは、息を切らしながらゆっくりと、笑いながら少年の方に向き直る。その顔には、先程の女性の返り血が半端な布切れだけでは拭えない程に付着していた。

 

「さあ、おじさんと二人きりの国へ行こうか」

 

ピエロの笑みに、遂に少年は溜めていた涙を流し、そして絶望したのを感じた。

 

 

「あっ…」

 

僕には、これからか何が起こるのか本能的に理解できた。きっと少年は、あのピエロに暴力の限りを尽くされて殺されてしまう、と。

 

「…に、逃げないと」

 

今のうちだ。あのピエロが少年に夢中になっている間に逃げるんだ!でなきゃ死ぬ!あの少年は運がなかったんだ!

そう自分に言い聞かせて、膝を叩く。目の前で起こった事で体が思うように動かず、足が震えて走ることもままならなかった。

 

「くっそぉ…」

 

自分が酷い事をしていることくらいは知っている。でも、こんな僕が助けに行ったって、死体がひとつ増えるだけであり、あんな人を簡単に殺せるような大男に勝てるわけがないんだ。オチは見えてるのに、わざわざそれに飛び込むほど僕は馬鹿じゃない。でも、僕の心は罪悪感で溢れ返ろうとしていた。

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

足が震えて動かない事に苛立ちながらも、この場から離れる事だけを考えて、僕は四つん這いで無様に進み出した。

 

 

 

 

 

『もうやめてください!』

 

 

さっきの女性の声が頭に響いた。もしかしたら、あの人は少年の母親だったのかもしれない。

男の僕でさえ逃げ出したくなるような屈強な男から、勇気を出して子を守ろうとした。そう思ったら、ふとあの女性の方を向いてしまった。

あのピエロに撲殺されて酷い姿になったにもかかわらず、最期まで女性の腕は少年を求めようとしていた。死してなお、母親は息子を守りたかったのかもしれない。たまたま少年の方を向いて死んだだけかもしれない。でも、その光景を見た僕は、息を呑みほぼ無意識に走り出した。

 

「はやく逃げて!」

 

少年に覆い被ろうとしていたピエロを全力のタックルで突き飛ばし、少年に叫ぶ。

だが突如として現れた僕に少年は困惑していた。

 

「逃げて!お願いだからはやく逃げてよ!!!」

 

震えた声で怒鳴り散らす僕に少年は震えながらうなづき、一目散に駆け出した。

僕はそれを見送ると、大きく乱れた息を整えながらピエロへと目を移した。

 

 

『人と人との繋がりは大切なものだ。君との繋がりを断ち切られて、悲しい思いをしてる人がいるかもしれない』

 

 

少し前、オスカーさんに言われた言葉を思い出した。記憶を喪くして半ば自暴自棄になっていた僕に言ってくれた言葉だ。その時は、何を知った口で言ってんだ!と悪態をついてしまったが、少し意味が分かった気がする。あの少年は、このピエロに繋がりを理不尽に断ち切られてしまって、哀しくて、怖い思いをしてしまったんだ。けど、僕の場合は少し違う。記憶を喪くしたことにより、僕との繋がりが切られたことで哀しんでいる人がいる『かも』しれないだけだ。僕は哀しんでくれるような人のことを覚えていない。

つまりはーーーーーいや、ただ単にあの少年が殺されるより、記憶が無く繋がり自体を忘れてしまった僕の方が、『死んだ方がマシ』に思っただけなのかもしれなかった。

 

「痛ってえなおい…あっ、天使が居ない!?」

 

ピエロは腰のあたりをさすりながら、慌てて起き上がった。そして少年の方を向き直すと、さっきまで居た場所にはその姿がなく、ピエロはこめかみに血管を浮き上がらせて叫ぶ。

 

「おぉい!!!テメェが邪魔したから逃げちゃったじゃねえか!!!……マジでムカついたわ」

 

女性を殺した時より、さらに殺気と怒気が増えて、僕を睨みつけた。

 

「…ご、ごめんなさい!」

 

許されるなんて思ってもいないが、それ以外に言葉が出てこなかった。そしてその声と足は震えていて、顔と体が変に熱くなるのを感じ、目には涙が浮かんできているのが分かった。少年を庇うことはできても、“本当の死ぬ覚悟”はできていなかったらしい。

 

「謝って済むワケねぇだろ!!!」

 

骨まで響くような雄叫びを上げたピエロは、拳を振り上げて僕の頭蓋目掛けて勢いよく振り下ろした。その瞬間、あの女性のような姿になることを想像してしまった僕は、恐怖で体が震えてバランスを崩し尻餅をついてしまった。

 

「何避けてんだカス!イラつかせんな!!」

 

奇跡だろうが、尻餅をついたことでたまたま攻撃を避けることに成功した。しかし、それはさっきの一発で死んでおけばよかったと思うほど、またピエロの怒りを助長させてしまった。

手をつき急いで立ち上がると、ピエロは二発目の拳を放って来た。

 

「ううっ!」

 

とっさに両腕でガードしたため何とか即死は免れたが、重い一撃で腕は鈍い感触で溢れた。

続いて3発目、4発目ともう乱打になりそうと『勘』で思ったため、体格差を活かして背後に滑るように回り込む。そして、身体の全体重をかけて思い切り押し飛ばした。

 

自分でもよく分からなかった。本当ならもうとっくに殺されている筈なのに、何故か身体が“覚えている”かのように動く。まるでこんな戦いを何度も経験しているように。

いける!と思ったが、それでもピエロは数メートル押し飛ばされただけで、ほぼ無傷だった。

 

「殺す!テメェは絶対に殺すッ!!!」

 

発狂したかのように額の血管は破裂寸前とまで膨れ上がり、ヨダレは首回りの服の色を変えていた。そのピエロの迫力に、たまらず数歩足が下がる。

 

(無理だ!やっぱり僕なんかじゃ無理だ!)

 

数分前の恐怖が再来し、体中は冷や汗に塗れていた。

僕はとっさに逃げ出した。足は鉛のように重く、本当に前に進んでいるのか分からないくらいに遅く感じる。しかし、ピエロが追ってくる足音は聞こえず、逃げ切れたのかと思い後ろを振り返った。

 

「嵐の玉」

 

それと同時に、僕の体は宙を舞った。

 

 

凄まじい風と轟音と一緒に、周囲の大道具や小道具、機材なども関係なく竜巻に遭ったように激しく吹き飛び、そしてぶつかり合った。突如出現した嵐のようなものが終わると、受け身を取る暇もなく壁に勢いよく叩きつけられた。

 

「あっ…ぐっ!い、痛いっ…」

 

本当なら泣き叫ぶほどの痛さだったが、まず自分に何が起こったのか理解できなかったため小言で済んだのかもしれない。

 

「まだだ!テメェはじっくり苦しみながら死ぬんだよォ!!!」

 

「がっ!?」

 

いつのまにかピエロは僕の目の前に来ており、四つん這いで痛みに苦しむ僕の脇腹を蹴り飛ばした。その勢いと痛みで、胃液と血液が混ざった液体が口から漏れる。僕は意識が途切れそうなことに抗いながら、周囲の瓦礫を巻き込み吹き飛んだ。

 

「さて…次はどの玉にしようかな」

 

ピエロは複数の球をジャグリングしながら、ゆっくりと近づいて来る。

もう身体はとっくにボロボロだった。涙なんか出ないし、走馬灯を見るほどの思い出もない。枯れそうな嗚咽を漏らしながら、ピエロが来るまで死を覚悟することしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

ふと、不思議なくらいに身体が温かいのを感じた。アドレナリンが出ていたからと思ったが、突然僕の腰のあたりから眩しいながらも温かい光が輝き出した。

その光は徐々に大きくなっていく。それと同時に、まるで何かを待っているような音が聴こえ始める。こんな状況のなかで、僕は不思議と安心感を覚えていた。さらに、さっきまで全身を駆け巡っていた痛みが、少し和らいだような感覚になる。

 

とは思っていても、状況は相変わらず危機が迫っている中で、困惑しながらもゆっくりと立ち上がる。そして僕が立つ床に、金色に輝く大きな何かの紋章のようなものが現れ、それはまるで凝縮されるかのように両足に吸い込まれていく。

 

「おい!何だその光は!?」

 

眩しいのかピエロが光を腕で遮りながら叫ぶ。それに気を留めることができないほど、自分の身に何が起こっているか分からなかった。

そして、いつのまにか腰の光は、ベルトのようなものへと輝きながら変化していた。

 

「…な、何だこれ」

 

そのベルトを中心に腕、胴、脚と体を包む光が歪みながら変化していく。じわじわと変化していく身体は、黒地に金色の鎧のようなものを纏っていた。そして、頭部も同じようにゆっくりと変化する。恐る恐る顔を手で触れてみると、仮面のようなもので覆われている感触がした。腰のベルトの中央からは、いまだ繰り返し閃光が放たれている。

そして、身体全体に不思議と力が溢れてくるのを体感した。

 

『え、えぇ…?』

 

まるっきり分からないこの事象に、ピエロも、おそらくそれ以上に僕自身も困惑していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




6年ぶりに投稿するということで、1話から読み返していきましたが、まあ酷い。しかし、当時の楽しい思い出もあり、戒めとしても続き書かなきゃなぁ…。
頻度はわかりませんが、また近いうちに投稿できたらと思います!

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