アギトが蹴る!   作:AGITΩ(仮)

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第52話 脱出

エスデスが自らの帝具を発動させたため、大聖堂内の空気はひんやりとした冷気に包まれた。それに合わせて、エスデスの凍りつくような殺気が更に冷気を際立たせた。

クロメの後方では、訓練などやったこともないボリックが体を震わせている。

 

今はスーさんを主力として、ボスと姐さんがエスデスの足止めをしている。その間にインクルシオで透明化したタツミが隙を突いてボリックを討つことを考えている筈だ。

その間に俺ができることは、タツミにボリックへとたどり着き易いルートを自然に誘導することと、クロメの気を引くこと。どちらもかなりの難易度だかやるしかない。

 

恐らくタツミは、この大きな椅子から数十メートル離れた石柱の陰に隠れている。そこからだと少し不利そうだ。

 

「クロメちゃん、多分だけどまだ伏兵がいるかもしれないから気をつけてね。例えば、あのシャンデリアの上とかに潜んでるかもね」

 

幼い頃から暗殺稼業で生きてきたクロメにこんな事言うのはアレかもしれないけど、今は会話をすることで少しでも気を引けたらこっちのもんだ。

 

「大丈夫、分かって……ッ⁉︎」

 

クロメが俺の方を向いた途端、俺の視界から彼女は消え失せ、クロメが居た場所にはインクルシオを纏ったタツミが立っていた。

一体何が起こったかというと、タツミが俺との会話によりほんの僅かに生じたクロメの隙を突いて攻撃したのだ。攻撃といっても、打撃を加える暇なんかなく、ただ単純に突き飛ばしただけ。しかし、それだけでもクロメとの距離はかなり開けられた。

それにしても驚いた。よもやここまでタツミのレベルが上がっていたとは…。

 

「クロメッ‼︎」

 

タツミに気づいたエスデスは、俺とボリックには当たらないように鋭く尖ったつららのような氷を飛ばしてきた。タツミはそれを俺に体当たりをすることで逃れる。

 

「タツ…うわッ⁉︎」

 

その体当たりが予想に反して結構な威力で、防御の構えで衝撃を和らげるが勢いは止まらず、俺は非常用の扉を突き破って大聖堂から追い出された。

受け身を取り、起き上がる勢いを利用してすぐさま走り出す。大方、タツミは俺をあの場から退場させることにより、俺が変身する時間を稼ぐつもりなのだろう。ボリックを討つことより優先して俺を変身させたいということは、この先の戦闘で俺という戦力を使えるようにしておきたいということ。つまり、『イェーガーズのコウタロウ』を退場させて『ナイトレイドのアギト』を喚ぶのだ。

 

「変身っ‼︎」

 

時間が惜しいため走りながらの変身。アギトへと変身したことで走力が強化され、より一層スピードを上げて行く。

飛び出た扉からではなく、ぐるりと回ってボス達が乗り込んできた正面の扉に回り込む。

 

『遅くなりました!』

 

うずくまっていたボスに駆け寄り、治療する。俺が退場した後、エスデスはスーさんそっちのけでタツミに標的を変えたらしい。今はタツミ、スーさん、姐さんの三人とエスデス、クロメで両者入り混じって激しい戦闘を繰り広げている。俺が突き破って出てきた扉のすぐそばには、分厚い氷のブロックに四方を囲まれたボリックが尻餅をついて眺めていた。失禁したのだろう、ボリックの袴は水分を吸って変色していた。

 

「待っていたぞ、コウタロウ」

 

『すいません。…ボスはここに居てください、俺は今のうちにボリックを殺ります』

 

エスデスが俺に気づく前に、氷のバリケードごとボリックを倒す。ここから奴との距離は奴二十メートル程。距離をすぐに詰めれて尚且つ分厚い氷を壊せるほどの威力を求めるならばライダーキックしかない。

クロスホーンを展開し、ゆっくりと両腕を動かし腰を深く落としていく。息を吐き出し、床に浮かび上がった紋章の力が脚へと流れ込むのを感じ終えると一気に跳び上がる。

 

『ハアアアアアッ‼︎‼︎』

 

「チッ、させん‼︎」

 

右脚を突き出し氷に当たった瞬間、横から飛び出た岩のような大きさの氷塊が俺を突き飛ばした。

 

『ぐわあああああ!!!』

 

背中が石柱に当たることで、氷塊との板挟みとなり内臓がすり潰れるかのような鈍い痛みが走る。呼吸が苦しくなり、荒い息遣いになる。

 

『な、なんだ一体⁉︎……』

 

氷塊を払いのけ、いまだに痛みが残る腹部を押さえながら立ち上がる。

 

「まさかまだ伏兵が居たとはな…なかなか驚かされたぞ」

 

声の主は、姐さんとタツミとスーさんの攻撃をあしらうようにいなしているエスデスだった。

二人はともかく、タツミは既に相当のダメージを負っているようで鎧も彼方此方がひび割れている。

ボリックを囲んでいた氷のバリケードは粉々に砕け散っているも、本人は擦り傷くらいで致命傷にさえ至っていなかった。

 

『……くっ!』

 

チャンスを潰したか、バリケードを壊しただけマシか…。どちらにせよ、エスデスとクロメが俺の存在を認識したことは失敗だ。

痛みを必死に堪え、走る。タツミ達が戦っている中央より、今俺が居る場所の方がボリックに近い。だから、そのまま俺が仕留める。

 

『ハァッ!』

 

「しつこいっ!」

 

後方からの氷の礫が降りかかるが、構わず走り続ける。

 

「禍魂顕現!!」

 

その後ろからは、ボスの声。スーさんの一回目の奥の手。これでエスデスが手出しすることはほぼ不可能だ。

 

『うおおおおおおおおおお!!』

 

「ひぃっ!?」

 

床を蹴り上げ、残りの間合いを一気に詰める。腰を抜かしている顔面蒼白のボリックの頭を潰すべく両腕を振り下ろす瞬間、この世のものとは思えない吹雪のような声が聞こえた。

 

「摩訶鉢特摩」

 

 

 

 

身体の底から寒かった。いや、寒いのではなく、痛くて、痛いという感覚すらあるのかと思うほど、凍えた。たった一瞬の出来事のはずだが、永遠のようにも思えた。

しかし、完全に凍って眠ってしまう寸前に、オルタリングから熱い光が溢れ出したのが見えた。

 

ゆっくりと、身体を覆っていた氷が溶ける。

俺はボリックを殺す寸前で、時を止めたエスデスに氷漬けにされていたらしい。しかし、凍死する寸前でオルタリングが力を振り絞り渾身の光とその熱で氷を溶かしたのだ。

 

『ぐぅぅっ!』

 

本来なら即凍死するはずの分厚い氷を溶かしたのだから、オルタリングのパワーは急低下し、中央の金色の光は風前の灯火だ。

気を抜けば変身が解除されるほどの弱体化に、落ちないようにと自らを奮い立たせる。

 

「ふははははは!さすがはエスデス将軍ですな!あの距離から刺客を撃退するとは!賊ごときが私を殺そうなどと百年早いのだ!」

 

階段の上で、今度は側にクロメをつけたボリックが喚く。

 

「クロメ!そいつは任せたぞ。私はもう少し愉しむ」

 

「はい!」

 

先程の摩訶鉢特摩では、戦闘中だった三人に軽い攻撃を入れるだけと、俺からボリックを救う余裕しかなかったのだろう。しかし、エスデスは今でも三人を同時に相手取っている。その表情には笑顔すら垣間見える。

 

なんとか立ち上がることに成功し、おぼつかない足取りながらもクロメが守るボリックへと歩いて行く。

 

「ヒィッ!!来たぁ!」

 

「落ち着いて!既に相当のダメージを負ってるから!!」

 

確かに今の状態ではクロメとは戦えない。かと言ってクロメだって本調子ではないはず。ならばここは、どっちが先に倒れるか賭けと行くか…。

 

クロメとの間合いを一足一刀の間合いまでじっくりと、焦らすように詰める。

いつもの構えをとり、相手の姿全体を、遠くを眺めるように“ぼんやり”と見つめる。この状態こそ相手のフェイントにかかりにくく、なおかつ恐怖心が和らぐのだ。肝心なのは、気を抜きすぎないこと。油断すると攻撃を受けることになりかねないからだ。

 

『……ハッ!!』

 

踏み込みをつけ、クロメの剣を俺の左籠手に誘いながら右でフック。避けるか斬るかの二者択一で、クロメはボリックを守らなければならないから必然的に避ける。そこに正拳突きを重ねて追い打ち。

 

さすがのクロメも防戦一方なため乱れが目立ってきた。しかし、かくいう俺も呼吸の乱れが激しい。このままでは決め手がない。

どうするか考えていると、突如天井のステンドグラスが崩れ落ちる。

 

「なっ!?このタイミングで新手!?」

 

アカメ、マイン、シェーレが各々の帝具を担いで着地する。割れたステンドグラスの破片が彼女達を更に華麗に演出する。

 

「させるかっ!」

 

「それはこちらの台詞だ!」

 

エスデスがアカメ達に向けて飛そうとした氷塊をスーさんが妨害する。

 

「くっ!お姉ちゃんっ!!」

 

「クロメっ!!」

 

ナイトレイド4人に囲まれては護衛を諦めたのだろうか、クロメはアカメを刺し違えてでも倒す勢いだった。その隙を狙い、シェーレがボリックの首を切断する。ボリックの断末魔は姉妹が刃を重ねる音でかき消された。

 

「ーーーっ任務失敗か…」

 

エスデスが目深に帽子を被り直す。

今回の任務は俺たちの勝ちだ。しかし、うかうかしていられない。

 

「スサノオ、禍魂顕現!そして、全員撤退だ」

 

ターゲットを殺されたうえ、エスデスが俺たちをただで帰してくれるなんて甘い話はない。

体力に限界が来たのか、クロメはすでに膝を折っている。強化されたスーさんとマインが牽制しながら時間を稼いでいるが、あまり期待はできない。ここからのエスデスは、いっさい手加減をしないからだ。

 

エスデスとの距離が開いた隙を狙って、スーさんは近くにいたメンバーを寄せ集めて抱き抱える。そして俺以外のメンバーを、アカメ達が突入して来た窓へと一気に投げ飛ばした。

 

『…スーさん』

 

「あぁ、さすがにあれだけしか持ちきれなかった。すまない。さあ、次はコウタロウだ」

 

スーさんが俺へと手を伸ばす。

 

『いや、スーさんも逃げなきゃ』

 

「なっ!?コウタロウ!!どういうことだ!!!」

 

その手を掴み、皆が飛んで行った窓へと同じように思いきり投げとばす。

 

『殿は俺がやりますから…ほら、俺はトルネイダーがありますし』

 

原作ではここでスーさんが殿を務め、見事仕事を終えてエスデスに破壊される。

俺はそれを止めたかった。スーさんが死ぬと分かっていながら、原作通りになることは許せなかった。いくら帝具人間であろうと、ナイトレイドの家族なんだ。

俺はスーさんより弱いけど、俺が負けて死ぬと決まったわけじゃない。まあ、勝てるとも思ってないけど。

 

今の俺は、多分今まで最高にカッコいいはずだ。姐さんやチェルシーが見たら惚れ直すに違いない。でも、その前に怒られるかもな。

 

「ほう、逃がすと思っているのか?」

 

エスデスが氷のオーラを纏いながら歩いてくる。死ぬ気はない。ただ、皆が十分に逃げる時間を稼ぐだけ。無理はしない。

いや、もうすでに無理をしている状態か。

 

そろそろ体力も回復できたし、ここからは全力だ。

 

 

 

 

『逃がすのが俺の仕事ですから』

 

 

 

 

 

 

 

 




超お待たせしてすみませんでした!!!

やっと帰って来ました!休んでた間も感想を頂いたりして、本当に助けになりました。いろいろあったんですが、これからは少しずつペースを戻して行きたいと思います!

これからもよろしくお願いします!

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