「え、自分がですか!?」
連邦軍の旧アメリカフロリダ基地に呼び出された一人の若者が、基地のお偉方に告げられた言葉に驚きの声を上げる。
「大抜擢だぞ、バラ・ドリム准尉。」
「で、でも自分は、陸上を専門しておりますし、とてもあそこには…」
不安そうな目を上官に向けるバラ。
この時代そう珍しくもなくなった女性兵である彼女は、ここフロリダ基地所属のテストパイロットだ。
二十歳であるがその容姿はどこか幼さが残っており、しかも美少女と言ってもよい顔を持っている。
そんな彼女は、何事にも真面目で上司に好かれているのだが、それが原因で他の女性兵の嫉みの的となってしまっている。
「とにかく、これは軍の決定事項だ。強制ではないが、後のためにも受けておいたほうがいいと私は思うぞ?」
「それは分かりますが…」
俯いて少し考え込む彼女。
この基地にいて窮屈に感じながらも生活には何一つ困っていない今の暮らしから脱し、ひとつ大きな冒険をする勇気を持てずにいた。
「…………分かりました。」
「よくぞ言った。お前の新たな配属先は、ここでの常識が通用しない場所にある。くれぐれも、身体には気をつけるのだぞ。」
「了解です。」
足をピタッとそろえて敬礼をし、部屋を後にするバラ。
彼女はその足で自宅へ帰り、身支度を始める。
バラは自宅で一通りの身支度を済ませた。
あとは新たな職場へ向かう覚悟を決めるだけ。
「まさか私があそこに行くなんてな…」
ベッドに倒れこんで資料を眺めるバラ。
その資料にある写真には、真っ黒い背景に際立つ白い筒状の構造物が写されている。
そして、その上に書かれている文字をゆっくり声に出して読み上げる。
「連邦宇宙ステーション"フロンティア"……」
地球連邦軍が国際宇宙ステーションに次いで建造した"居住型宇宙ステーション"だ。
将来的に人類の居住区として利用することを前提に研究と開発が進んでいる。
しかしこれは表向きの理由。
フロンティアの真の建造動機は、"新型機の安全なテストフィールド"として利用するためだ。
それ以上の詳細は軍内のほんの一部の人間しか知り得ないのだが、噂では「あのステーション自体が巨大な爆弾で、イスダルンに向ける大量破壊兵器なのだ」と囁かれている。
まぁ彼女がそんな噂をろくに相手にするわけもなく、単なる
「あっ、もうこんな時間! 指定の時間に間に合わないじゃん!」
フロリダ基地のスペースポートから物資と共に打ち上げられることになった彼女は、定刻までにしなければならない準備が山ほどあった。
コンビニで買ってきたメロンパンを片手に急いで家を出る。
愛用の中型バイクのキーを回すと、心地よいエンジンの音が鳴り、程よい振動が彼女の身体に伝わる。
メロンパンを咥えハンドルを握ると、急いで発車させた。
痩せているわけでも太っているわけでもない体格だが、バイクのライダーとしては世界大会レベルの腕前という謎の特技を持っていて、戦争の傷跡の残るデコボコ道も難なく走り抜けていく。
「確かこっちの抜け道を通れば…ビンゴ!」
ビルの間を縫うようにして疾走すると、急に開けた視界には軍のスペースポートが見えた
彼女のテクニックと近道を使ったことによって、なんとか間に合いそうだ。
「遅ぉぉおいッ!!!」
どこぞの鬼だと思うほどの顔で怒鳴りつけてきたのは、彼女が元の職場でお世話になった整備士、通称"鬼いさん"だ。
「すすすすみません! って、何でここにいるんですか!?」
「見送りに決まっているだろうがぁああ‼︎!」
建物が吹き飛ぶほどの衝撃波が出ているのではないかという勢いのある声に目を瞑るバラ。
そんな彼女の頭には大きい職人の手が乗せられた。
「気をつけるんだぞ。」
「………はい。」
経験したことのない鬼いさんの優しさに驚きつつ、ゆっくり返事をするバラ。
普段は厳しい人だったが、こういう優しい所もあるんだと思った。
しかし、彼の言葉の真意は、別にあった。
「それでは、バラ・ドリム准尉、行って参ります!」
ビシっと敬礼をして指定された場所へ向かうバラ。
その背中にかけられた心配の色を帯びた声に振り返ることなく、彼女は歩いていく。
否、聞こえていなかったのかもしれない。
「…あれは相当な暴れ馬だ……………死ぬなよ。」
スペーストレイン。
それは、ロケットやシャトルに代わる新たな宇宙への移動手段だ。
地上と目的地をレーザーで繋ぎその上を車両が走るという仕組みで、従来のロケットやシャトルと比べて、より確実かつ安全に目的地まで到達できるという優れものだ。
高コストではあるが、将来的にはこれが主流になるだろうと言われている。
「これがスペーストレイン…内装は旅客機みたいなんだ。」
10人分ほどの席しかないが、座るのに十分なスペースがある。
さながら、航空機のビジネスクラスだ。
スペーストレインに運転士はおらず、全自動で運転されるため、車両内にはバラしか乗らない。
が、今は物資積み込み作業の最中で、少し騒がしくなっている。
「えっとバラ・ドリム准尉ですね。持ち込み物のリストを……って、何ですかこの"H-2000中型自動二輪車"って!?」
「ヘカテーですよ?」
「ヘカテーですよ? じゃねぇっすよ! こんなん持ち込んでどうするんですか!?」
「いいじゃないですか、ちゃんとルールの範囲内に収まってますし。」
「そ、そうですが…」
バラの私物の中に、ここまで乗ってきた彼女の愛車が入っていた。
新たな勤務先(しかも宇宙)にバイクを持ち込むとは誰も想定していなかったため、これを規制するルールがなかった。
よって、彼女の主張に反論できる者はいなかったのである。
「あーもう、何て言われても知りませんよ。そろそろ発車の時間なんで、準備してください。」
「ありがとうございます。」
「では、健闘を。」
とうとう車両内にはバラ1人を残して誰もいなくなった。
十数分の沈黙が、彼女の抱える不安と期待をかき混ぜる。
『間も無く発車します。安全確認、クリア。システム、オールグリーン。進路、クリア。オールクリア、スペーストレイン"フロンティア"行き、発車します。』
アナウンスにビクっと身体を跳ねらせたバラは、赤面しながらシートベルトをがっしりと握る。
その手と肩は小刻みに震えている。
ゆっくりとスペーストレインが動き出した。
慣性がバラの全身にそれを伝える。
次第にスピードが上がっていき、重力の方向も足から背中側へと移っていく。
「…ッ!」
ちょうど垂直になった辺りで、彼女は頭を抱えてうずくまってしまった。
急激な気圧の変化に呼応して彼女の血圧が変動し、脳を圧迫することによって引き起こされる頭痛だ。
頭痛持ちのバラではあるが、人生で味わったことのない強烈な頭痛に、何も考えられなくなる。
ただ、"嫌な予感"というワードが、頭の中でぐるぐる回っていた。
「私……どう…な…る………ッ!!!?」
悶絶する彼女を尻目に加速していくスペーストレイン。
それはどこまでも走っていくと言わんばかりの勢いで、大気圏を貫いた。
それと時を同じくして、彼女は意識を手放した。
どうも星々です!
この作品は、「空白の12年間って何があったんだ?」という自問から始まったものです
なので、自己満足な面が強いです
尚、これの公開に先駆け、本編の方で12年間に何かあった感を匂わせる描写や発言を投下してます