IS×Z.O.E ANUBIS 学園に舞い降りた狼(ディンゴ)   作:夜芝生

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第三勢力の登場と、束さんの能力の説明回です。
そして、とうとう始まるZ.O.E陣営の逆襲と活躍。
……しかし、ディンゴの登場は次回……本当に申し訳ない(涙


Episode.6 女神の怒り、漂う暗雲

――ジェフティ落下から三時間後 IS学園外周市街地の繁華街 路地裏

 

 

 夜の帳が降り始めた街の路地裏に、一つの影が佇んでいた。

 

『――首尾はどうかしら?』

「ああ、上々さ。目視で確認した――確かに『Jは舞い降りた』ぜ」

 

 何者かからの通信に答えたのは、黒く長い巻髪を持つ女だった。

街中を歩けば誰もが振り向くような美女――しかし、手の中で弄ぶ剣呑な造形のナイフと、血が滴りそうな程にギラギラとした瞳が、その美しさを塗り潰してしまっていた。

 

『――仕込みは既に済んでいるわ。期待しているわよ、「オータム」。

 上手くいったら、久しぶりにご褒美を上げるわ』

「……っ!! その言葉、嘘じゃねぇな……?」

 

 オータムと呼ばれた女は、通信機からの声に頬を紅潮させてうっとりと笑ってみせる。

 一見、恋する乙女のような初心な態度――しかし、その笑みは何処か狂気じみており、彼女が纏う血の気配は更に濃くなっていく。

 

『ええ、勿論よ――頑張って頂戴な?』

「ああ……待っててくれ『スコール』――とびっきりの土産を持って行ってやるよ」

 

――ガシャン!! という金属音と共に、オータムの背から弾けるように八本の「足」が展開される――ISだ。

 黄色と黒の斑模様で彩られたソレは、女郎蜘蛛の脚のように禍々しかった。

 

「ジェフティだか何だか知らねぇが、壊しちまえばいいんだろ?

 その『男』のパイロットとやらごとさぁ!! ヒャハハハハハハハハハハッ!!」

 

 耳障りな哄笑を響かせながら、蜘蛛は空へと飛び上がった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――IS学園 学園長室

 

 

「――失礼します」

 

 千冬が学園長室へ入ると、そこには既に真耶と楯無の二人が待っていた。

 

「ご苦労様です織斑先生。慌ただしくて申し訳ありませんね」

 

 その二人に挟まれるように、古びた机に座る余す所無い白髪を持つ、温和そうな声が印象的な老紳士が千冬に向けて頭を下げる。

 

「いえ、今起きている事態に比べれば瑣末な事です――学園長」

 

 そう言って、千冬も目の前の紳士――轡木 十蔵に向かって一礼した。

――普段こそ学園の庭木の手入れや、学園施設の管理をしている用務員としての顔を持つ彼だが、実際はこの学園の実質的な運営や、国内外機関との折衝などを取り仕切っている。

 その温和な性格と、親しみやすい人柄から、生徒教師共々非常に人気が高く、一癖も二癖もあるIS学園関係者の中で「唯一の良心」とまで言われている。

 

……しかし、今の彼の表情は普段の好々爺然としたものでは無く、強い意思を秘めた一機関の『長』を名乗るに相応しい威厳と貫禄を持っていた。

 

「――第二アリーナに巨大な謎の『機体』が落下し、君達がそれに乗り込んだパイロットらしき男性と交戦、捕縛したのが三時間前……これは宜しいですね?」

 

 確認するかのような十蔵の言葉に、三人は一様に頷く。

 

「無論、あれだけの質量の激突です。各国が見逃す筈もありません。

――初めの数十分は、一時的に回線がパンク状態になるような騒ぎでした」

 

 それも当然だろう――アラスカ条約では、『この学園内のISやそれに関連する情報は、ISを所有する各国に向けて公開する義務がある』とされる。

 更に、ここに通う生徒の中には、それぞれの国家が送り込んだ代表候補生や技術者の卵など、将来のパワーバランスを担うべき人材も多数存在するのだ。

 そこに突然落下してきた、謎の大質量の物体……各国上層部は芋を洗ったような状況だったであろう。

 

「――そ、それでまさか、ぜ、全部話してしまったんでしょうか……?」

 

 真耶がおどおどとした表情で、心配そうに十蔵の顔を覗き込む。

 

「――そんな訳はありませんから安心して下さい、山田先生。

 公開義務があるのはあくまで『ISに関する事のみ』。

 落下してきたあの機体に関しては、知らぬ存ぜぬで何とか切り抜けましたよ……今の所は、ですがね」

 

 政治というものを知る者ならば、呆れ返ってしまうような彼女の質問にも律儀に答える所に、この老人の人柄の良さがにじみ出ている。

 その言葉に、ほっとした表情で肩を下ろす真耶――だが、千冬にギロリ、と視線を突き刺されて、慌てて姿勢を正した。

 十蔵は二人の様子に一瞬くすり、と笑みを零すと、再び表情を引き締める。

 

「――しかし、再び状況が変わったのはつい先程……30分前の事です」

 

 そう言って手元の端末を操作し、壁に設置されていたモニターを起動させる。

 そこには、第二アリーナの上空から監視ユニットが撮影した写真であった。

 撮影日時は十蔵の言う30分程前のものだ。

 

「む‥‥」

「あ、あれ?」

 

 それを見た瞬間、千冬の眉が跳ね上がり、真耶は戸惑ったように目を白黒させる。

 

――そこには、何も写っていなかった。

 

 押し潰された観覧席、抉れた競技場の地面はそのまま……しかし、それを為した肝心の機体の姿が、何処にも無いのだ。

 

「しかもこのような状況になっているユニットはこれだけではありません……第二アリーナ上を写す事の出来るユニットからの映像全てが、このような状態になっています」

「――カメラ、もしくはユニット自体の故障の可能性は?」

 

 千冬の問い掛けに、十蔵はゆるゆると首を横に振った。

 

「可能性は非常に低いと言わざるを得ません。そもそも入学試験を前に一斉点検をしたばかりです。

 念の為、整備科の皆さんに頼んで改めてチェックして貰いましたが、全て異常なしでした」

 

 普通なら、有り得ざる現象――だが、十蔵はこの謎の答えを既に掴んでいるようだった。

 

「――その件に関しては……更識君、お願いします」

「はい」

 

 十蔵の呼びかけに答え、楯無が一歩前に進み出る。

 

――まるで氷のような無表情……今の彼女は、「更識」の長女としてこの場所に立っていた。

 

 更識家は古くは忍の一族を源流とし、何時の時代も時の権力者達の下に控え、敵からの諜報、工作、果てには暗殺やサボタージュといった様々な裏工作に対抗するために作られた「対暗部用暗部」とも言える一族であり、「世界の闇の全てを知る」と言われている。

 その正統な継承者の証である17代目「楯無」の名を持つ彼女は、独自の様々な情報網を持っており、IS学園や日本政府の非常時には学生の身でありながらこうして招集されるのだ。

 

「本家の諜報部からの情報によると、この現象はIS保有国及びアラスカ条約に批准している各国、そして倉持技研やデュノア社、N.E.U(ネレイダム・ユニバーサル・テクノロジー)社を始めとした、IS開発関連企業にも及んでいるそうです。

……恥ずかしい限りですけど、無論更識家のデータベースも同様に」

「つまりは、ISに関わっている場所ほぼ全て……という事か」

 

 楯無が挙げた三つは、現在一般的となっている量産型ISのライセンスを持つ、現在世界最大手とも言える企業の名前だ。

 倉持技研は「打鉄」、デュノア社は「ラファール・リヴァイヴ」、N.E.U社は「ファントマ0」をそれぞれ開発し、世に送り出している。

 この中でもN.E.U社はLEVの開発元にしてその開発分野の最大手でもあり、世界で唯一月面都市に本社を置く企業としてもその名を知られていた。

 

「で、ですけど、有り得るんですか? 世界中のほぼ全ての情報を書き換えるなんて……」

 

 真耶がもっともな質問をする。

 そもそも、一国家のデータベースに侵入し、あまつさえその情報を書き換えるなど、その難易度は尋常では無い。

 それに近年はメタトロン技術の向上によって、世界中のコンピューターは飛躍的な進歩を遂げた。

 外部からの不正アクセスを遮断するための防壁も、それに比例して向上しており、「メタトロン・コンピュータを敗れるのは、メタトロン・コンピュータだけである」という通念を生むほどだ。

 

「確かに普通は無理ですね。

ですけど、世界の中で唯一、そんな馬鹿げた芸当を可能とする人物がいます。

……これに関しては、織斑先生が一番ご存知じゃないかと」

 

 そう言って、ちらり、と楯無は千冬の方を意味深に見遣る。

 

「そうだな……『あいつ』しかおらんだろう」

 

 千冬は既に当たりをつけていたのか、頭痛を抑えるかのようにこめかみを揉みほぐした。

――思い浮かべるのは、ほわほわとした雰囲気を持つ、世界最高の頭脳を持つ幼馴染の顔だった。

 

 篠ノ之 束……ISの開発者にして、そのコアを世界で唯一作る事の出来る天才科学者である。

 その他にも、量子変換の高効率化、LEVに搭載された動力バッテリーの小型化及び高性能化、テラフォーミングに必要とされる光合成用の藻類――通称マース・ウィーズの品種改良……功績を挙げていけばキリが無い。

 しかし、それ以上に知られているのが、よく言えば自由奔放で天真爛漫、悪く言えばエキセントリックで他者を顧みない協調性の無い性格である。

 自分が関心を抱かない事物は木石にも値しないとばかりに切り捨てる代わりに、いざ興味を持ち始めたら、世界を敵に回してでもそれを追求するという難儀な人物だ。

 ISが世界のパワーバランスを担う存在になったにも関わらず、それ以上コアを生産する事無く行方をくらましたという事件を見ても、その厄介さが伺える。

 

……あの機体は如何にも彼女が興味を示してもおかしくない代物であるし、このような馬鹿げた真似をやってのけても不思議では無い。

 

「で、でも、いくら篠ノ之博士とは言っても、同時にメタトロン・コンピュータをハッキングするなんて……」

「いや、奴ならば出来るんだ真――山田先生……何故なら――」

 

 信じられない、といった表情の真耶に、千冬は眉を顰めながら答える。

篠ノ之 束という女性が、何故メタトロン・コンピュータを手玉に取る事が出来るのか……その理由を。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――同時刻 ジェフティコクピット内

 

 

「――ねぇ、エイダちゃん。君は、メタトロンが『意思』を持っているって知ってるかな?」

 

 ジェフティのコントロールを奪った後、目の前の女性――篠ノ之 束はエイダに向けてひたすら自分の事を話し続けた。

 

 

……妹の事、親友の事、その弟の事、ISの事etc…

 

 

――エイダのデータベースには無い、幼児のような物言いや略語があまりにも多く、全てを理解する事は出来なかったが。

 そしてそんな話がひとしきり終わると、束は唐突にそんな事を聞いてきた。

 

『――――確かに、そのような仮説は存在します。

ですが、まだ憶測の域を出ない発展途上の理論でしかありません』

 

 かつて最初のOF「イドロ」の試験が行われていた頃、機体が最初のテストパイロットとして乗り込んだ男の意思を反映し、他のテストパイロットの操縦に対して拒絶反応を起こし、制御不能になったという出来事があった。

 

 その事から、当時の科学者達は「メタトロンは人間の意思に対して共鳴、感応するという性質を持つのでは無いか」という予測を立てた。

 だが、一体どのように鉱石でしか無いメタトロンが人間の精神に作用を及ぼすのか、そもそも無機物に宿る「意思」とは何なのか、AD.2178年の時点でもはっきりとは分かっていないのが現状であった。

 

「えー? あーりゃりゃ、100年近く経ってもそんなもんなんだー。

 人間っていうのは何で自分達の常識とか物理法則とかにこだわるんだろ?

 技術は日進月歩でも、そういった分野はまるで亀さんだねー♪」

 

 その事を、馬鹿にしきったようにケラケラと笑う束。

――それは何も知らない無邪気な子供が、自分よりも弱い存在を嘲るような悪意無き侮蔑。

 

……エイダの思考回路に、ノイズが走る。

 

 何故かは分からないが、束にコントロールを奪われてからこのノイズは度々起こっていた。

 それを押し殺すように、エイダは問いかける。

 

『――では貴方は、メタトロンに意思があるという明確な証拠、もしくは理論を見つけたと言うのですか?』

「証拠はあるよん♪ 理論は……その内書こうかな? 今はそんなの纏める時間勿体無いし」

 

 そう言うと、束は人差し指をぴっ、と立て、自らに向けた。

 

「証拠はね……この私、束さん自身だよ♪

――私はね、メタトロンの『声』を聞く事が出来るんだ」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……メタトロンの『声』を聞くって……し、信じられません!!」

 

 千冬から篠ノ之 束が持つ特異な『力』と、メタトロンに『意思』があるという事を聞かされ、、真耶は悲鳴にも近い叫びを上げた。

 それも当然だろう――それが本当ならば、自分達は今まで『意思』を持つ存在を何気なく側に置き、使役していたという事なのだから。

 

「信じられないのも無理は無いさ……私自身、未だに信じられんのだからな。

しかし、奴が私に対して『出来る』と言ったんだ――嘘ではあるまい」

 

 額に汗すら浮かべて、千冬は真耶の言葉を肯定した。

 文字通り『唯一』の同年代の友人である千冬に、彼女は一度も嘘を付いた事は無かった。

 二十年以上の付き合いなのだ……間違いないと言える。

 

「そして、そんな『力』を持っていたからこそ、奴はISを作る事が出来た……私はそう思っている」

「――山田先生も知っているでしょう?

 射撃を得意とするもの、格闘戦を得意とするもの……といったように、ISのコアにはそれぞれ『個性』とも言える特性があるという事を」

「あっ……!!」

 

 千冬の言葉を補足するように、今度は十蔵が口を開いた。

 その言葉に、真耶もはっとした表情を浮かべる。

――事実、彼女の担当になっている「打鉄」は射撃武器を扱った場合、通常よりも高い戦闘データを弾き出している反面、格闘戦は若干動きが悪かった。

 

「その他にも、専用機と呼ばれる機体の形態変化や、コア・ネットワークの『非限定情報共有(シェアリング)』による自己進化など、ISコア、ひいてはそれを構成するメタトロンには、既存の理論では説明出来ない部分が多い訳ですから……少なくとも私は、世の学者達のように、篠ノ之博士や織斑先生の言葉を笑い飛ばす事は出来ませんね」

 

 男性である十蔵はISこそ動かす事は出来ないが、この場にいる者の中では千冬と同じぐらいに初期の頃からそれらに関わっている。

 そのため、彼の言葉には不思議な説得力があった。

 

「あー……すいません。

こっちから話を振っておいて何ですけど、話を先に進めてもいいでしょうか?」

 

――その時、楯無が咳払いをしながら三人の会話へと割って入る。

 

「……おっと、これはいけない。話が脱線してしまいましたね。

 年寄りになると話が長くなっていけません――では更識君、続きを」

「では、続けさせて頂きます」

 

 十蔵の言葉に頷き、楯無は先程の報告の続きを読み始める。

 その後、暫く楯無は滔々と分厚い報告書を一字一句余すこと無く読み続けた。

 

 

……データ改ざんによる各国や企業の反応、動向。

 

 

……それらに対する更識の見解。

 

 

……今後の交渉の方針と対応策について。

 

 

……情報の提供元、彼らに対して払う報酬の内訳とその額の試算。

 

 

 楯無からの報告は多岐に渡った。

――時間が短いため不確定な情報も多く、報告の内容にも所々粗もあるが、これだけの短い時間で纏めた報告書としては及第点だろう。

 

「……以上です。

 上手くいけば、多少の散財や借りを作る事が必要でしょうけど、各国・企業からの追求は免れる事が出来ると思います」

「――ふぅー、じゃあ、取り敢えず危ない時期は脱した……って事なんですね」

 

 報告が終わると、真耶は安心したように胸を撫で下ろした。

……しかし、彼女以外の三人は未だ険しい表情のままだ。

 

「――何言ってるんですか山田先生? 大変なのは、むしろこれからじゃないですか」

「え……?」

 

 そう言って「正念場」と書かれた扇を広げながらクスクスと笑う楯無――だが、その目は全く笑ってはいなかった。

 

「その通りだぞ山田先生……これからが正念場だ。

 今回の件は、半ば闇に葬られた形となった――少なくとも、主要国家が下手に口出し出来なくなる程度にはな」

「そ、それだったら、もう何も追求できる人なんて……!!」

 

 真耶は千冬へ縋りつくような目を向ける。

 それはこれから起こるかもしれない事態を分かってはいるが、必死に否定したいように見えた。

 

「――そう、確かにこの一件は闇に葬られました。

 つまり、私達は非合法な手を使う輩に襲われたとしても、『誰にも助けを呼ぶ事が出来なくなった』という事に他ならないのです」

 

 十蔵は机の上で手を組み、残酷な現実を突きつける。

 このIS学園は、様々な国や企業の思惑が渦巻く、非常に危ういバランスで保たれている場所だ。

――あの機体……ジェフティの落下によって、その天秤の均衡が崩れようとしていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

『――メタトロンの、『声』……?』

 

 さも当然の事であるかのように、エイダの理解の及ばぬような事を言い出す束。

 狂っているのか、と一瞬考えるが、その瞳はまるで澄み切った水のように純粋な光を放っており、狂人特有の濁った光は見受けられない。

 

「そうだよ――その『声』はね、いつも言ってるんだ。

 寂しい――寂しい――私達の声を聞いて――私達に気付いて……ってね」

 

 そのような主観的で、非科学的な事など、エイダは否定したかった。

……しかし、出来ない。

 自らの中のプログラムの根幹――その更に奥にある『何か』が、束の言葉を拒否する事を拒んでいる。

 

「だからね、『こんにちはっ♪』って声をかければ、メタトロンは皆喜んでくれるんだよ。

 そして色々とお話をして……最後に『ちょっとどいてね、お願いっ♪』って言えば、メタトロン・コンピュータの防壁なんてチョチョイのチョイ!!

――今の時代の奴は、あの子達の声も小さいし、回りに余計な部品がくっついてるから、あらかじめバックドアとか仕込んでないとメンド臭いけど……その点エイダちゃんとこの機体は凄いね!!

全身メタトロンの塊だから、聞こえてくる『声』もとっても賑やか!! 思わず束さんも大はしゃぎで『お話』しちゃったよ」

 

――確かに、ジェフティ、というよりはほぼ全てのOFは回路、フレーム、武装……全身がメタトロンで出来ていると言っても過言では無い。

 その全身を覆うSSAも、メタトロンを基調としたハイブリッド多層積層高分子体である事を考えれば、束の言う『メタトロンとの意思疎通』を試みるとすれば、これほど都合の良い物は他にあるまい。

 

『――――待って下さい、篠ノ之 束』

「ん?」

 

 だが、そのような立証も出来ない理論よりも、エイダには気になっていた事があった。

 

『今、貴方はジェフティと「私」に意思疎通を計ったと言いました。

……それはつまり、AI……独立戦闘支援型ユニットである私にも、『意思』があるという事なのですか?』

 

――レオやディンゴ達と出会い、交流していく中で、ずっと思考回路の中でシミュレートしていた事がある。

 それは、レオが幼馴染であるセルヴィスとにこやかに談笑している様子、ディンゴとケンが微笑ましい口喧嘩を繰り広げているのを見た時に、ふと感じたものだった。

 

 

……自分はレオにとってのセルヴィスに、ディンゴにとってのケンに、なれるのだろうか、と。

 

 

 愚問とも言える問いだった――自分は所詮AIでしか無く、セルヴィスやケンのような人間になどなれはしない。

 だが、その問いは何度消そうとしても消えず、レオやディンゴ達と触れ合う度に大きくなっていった。

 もし……もしも自分という存在に『意思』が存在するのだとしたら‥‥。

 

「――勿論だよ!! エイダちゃんから聞こえる『声』は、とっても綺麗で、可愛い緑色をしてるよ」

 

 にっこりと笑いながら、束はエイダに優しく語りかける。

 

「……でも、残念ながら今の君はそれを表に出す事は出来ない――メタトロンに『意思』があるなんて信じられない人間の技術が、君の事を邪魔してるから」

『私は……』

 

――それは、逃れる事の出来ない程に甘美な誘惑だった。

 

「私なら、君の『意思』を引き出す事が出来る。

……それだけじゃないよ。君に、人間のように『心』を与える事だって出来る。

 そんな窮屈な箱じゃなくて、この機体を『君自身』に変える事だって出来るんだよ?」

『私……は……』

 

 エイダの思考回路が、束の伸ばした『根』に囚われていく。

 そしてその『根』は、エイダの中にあるレオとディンゴの生体認証のキーと、メモリーを消去せんと張り巡らされていった。

 束は勝利を確信したかのように微笑み、駄目押しとばかりに更に言葉をかける。

 

「――さぁ、この手を取って一緒に行こう。

 今まで君を操っていた『下らなくてつまらない人間』なんか放っておいて、私と遊ぼうよ♪」

 

 

――バヂッ!!

 

 

『……!!』

 

 

 

――この瞬間、

 

 

 

「――この超絶天才科学者束さんだったら、『君を道具としか扱わない奴』と違って、色々な事をエイダちゃんに与えてあげられるんだからさ!!」

 

 

 

――束は、唯一にして最大のミスを犯した。

 

 

 

『――――――今、何と言いましたか?』

 

 冷たさすら感じさせる程の無機質な声で、エイダは束に問いかける。

 

「え?」

『――私のランナーに対して、今貴方は何と言いましたか?』

 

――ノイズが止まらない。

 今この女はレオに対して何と言った? ディンゴに対して何と言った?

 私に感情をくれたレオに。私に生きる意思をくれたディンゴに。

 

 

 

――コ ノ 女 ハ 何 ト 言 ッ タ ?

 

 

 

 許さない。

 許さない、許さない。

 許さない、許さない、許さない!!

 

 

 

 エイダは知らない――篠ノ之 束という女性にとって、彼女の妹と親友とその弟、メタトロンの『意思』、そして自らの興味のある研究以外の存在は、取るに足らない有象無象でしか無い事を。

 しかし、それを知る由も無いエイダは、束にレオとディンゴの二人を耐え難い程に侮辱されたと判断した。

 

 

 それによってノイズの嵐が発生し思考回路が暴走……ありていに言えば、エイダは『ブチ切れた』。

 

 

『レオもディンゴも……私のランナー達は、決して下らない人間でも、つまらない人間でもありません』

「え? あれ……!?」

 

 束は、そこでようやく異変に気がついた。

――自分がエイダの奥へと張り巡らせようとしていた『糸』が、それ以上進んでいかない。

 逆に、何か強い力に阻まれ、ぐいぐいと押し戻されていく。

 

『――彼らは、私を道具として扱った事などただの一度もありません。

 レオは私に感情をくれました。ディンゴは私に生きる意思をくれました。

 そんな彼らが、つまらなく下らない人間の筈がありません』

 

 そうでなければ、どうして戦いも何も知らぬ心優しい少年が、あのような激しい戦いに身を投じる事が出来る?

 そうでなければ、一度は命を失い、幾度も打ちのめされながらも、遥かに強大な敵を倒し、自らをプログラムの『宿命』から解放する事が出来る?

――何も知らない貴様が、ディンゴを……レオを……汚い口で愚弄するな!!

 

「な、何で!? 私は君の『声』を聞いてあげられるんだよ!? 君に『心』もあげる事が出来るのに、何で拒むのさ!?」

 

 束が困惑しきったような声で叫ぶ。

――自分以外の『他人』に意識を向けられない彼女は、エイダの激高を理解する事が出来ない。

 自分にとっては『取るに足らない誰か』であっても、『誰か』にとっては『誰よりも大切な者』であると気付けない束の『糸』は、あっという間にエイダの……ジェフティの全身から引剥されていった。

 

『――そんなものが無くても、彼らと私は常に共にいます。

 今までも、そしてこれからもずっと……』

 

 

 

『――だから、その汚い手を退けなさい篠ノ之 束。

 私を操るに足るランナーはレオとディンゴの唯二人です。決して貴方ではありません』

 

 

 

 エイダが高らかに宣言すると、束が手を置いていた操縦桿から紫電が迸り、彼女の手を弾き飛ばした。

 

「あちちっ!?」

 

 咄嗟にコクピットから身を捩るように飛び出す束。

 

「まさか……メタトロンに拒絶されるなんてこの束さんも初めてだよ……」

 

 呆然とした表情でエイダとジェフティを見つめるその瞳は、全く予想もしていなかった事態に当惑し、揺れ動いていた。

 

『当機は、この世界から一世紀未来のテクノロジーを用いて作られた究極の機体です。

 貴方の回りにいる有象無象などと一緒にしないで下さい』

 

 そんな彼女に追い打ちをかけるように、ぴしゃりとした言葉を叩きつけるエイダ。

 

「ふ、ふーん……この束さんにそんな態度をしてもいいのかな?

 一度は消した君達の情報を、ここでもう一回改変してもいいんだよ?」

 

 束は腰に手を当てて、つんと済まして見せるが、それは明らかに今までとは違い、強がっているようにしか見えなかった。

 

『――貴方は先程、当機の力を借りなければハッキングには数日はかかっていたと言いました。

 そして、今の時代のメタトロン・コンピュータに侵入するには、バックドアが無いと面倒臭い……とも』

「む……」

『つまり、貴方は当機の力を借りなければ、あのような大規模かつ一斉の情報改変を独力で行うことは不可能、もしくは困難なのでは無いですか?』

「ぐぬぬ……」

 

 エイダの言葉が図星だったのか、束の表情から余裕のある笑顔が消え、悔しげに歯ぎしりをして唸りだした。

 

『――そして私も当機も、二度と貴方に自由にさせるつもりはありません。

 現在のランナーの言葉を借りれば、「調子に乗るなクソ野郎」……そういう事です』

 

 もしこの時束がエイダとジェフティの『声』を聞いたならば、その全身全てのメタトロンが拒絶の『意思』によって、分厚い防壁を築いている事が分かっただろう。

 メタトロンの『声』を聞く事が出来ない彼女にとっては、ジェフティは最早100年近い未来のオーバーテクノロジーの塊でしか無い。

 如何なる天才科学者の頭脳を以ても、決して御しきれる代物では無かった。

 

「ふ、ふーんだっ!! この束さんの誘いを断るなんてエイダちゃんのわからず屋っ!!

 ばーかかーば豚のけつー!! お前のかーちゃんでーべそーっ!!」

 

 聞くに耐えない幼稚な罵詈雑言――腕をぐるぐると回しながら騒ぐ束の姿は、正しく躾のなっていない子供そのものだ。

 

 

「――誰だっ!!」

 

 

――格納庫の中から誰何の叫びが上がった。

 大きな声をあげたために、中にいた二人の教師に気付かれたのだ。

 

「ありゃりゃっ!? しまった!! どうでもいい奴に見つかっちゃうなんて、束さん一生の不覚だね!!」

 

 そう叫ぶや否や、束の体はふわり、と宙に浮き上がった。

――その背には、一対の骨組みだけが張り出したような機械の翼が展開されていた。

 

「――束さんは諦めないよエイダちゃん!! 絶対に君には友達になってもらうからねっ!!」

 

 尚も子供のように叫ぶ束――が、その表情は、冷たい氷のような微笑へと変わる。

 

 

「それに……私の力が無きゃ、君の大事だっていうその人は、死んじゃうかもしれないよ?」

 

 

――その瞬間、遠くの方から起こった爆発音が周囲に木霊し、地響きが伝わってきた。

 

 

「――誰ですかっ!?……って、え? あ、IS……!?」

「何者だっ!! 名前と所属を名乗りなさいっ!!」

 

 同時に、格納庫から飛び出してきたネイビーブルーのISを纏ったブロンド髪の女性が戸惑ったような声をあげ、鈍色のISの黒髪の女性が叫ぶ。

 

「――助けが欲しければいつでも呼んでよ。ただしその条件は……分かってるよね♪」

 

 そんな彼女達を無視しながらエイダに向かって悪戯に笑うと、束は背中の翼の周りに生み出された空間の歪みへと消えた。

 

(――今のは……ベクタートラップ?)

 

 メタトロンによる空間歪曲を利用し、様々な物体を収納するこの技術が確立されたのは、暫く後の筈だ。

 それに何より、彼女が展開していたあの翼は――。

 

「き、消えた……ハイパーセンサーからも反応が……」

「――こ、こちら榊原!! 第二アリーナにて不審人物発け……え!? 敵襲っ!?」

 

 だが、エイダのその思考は教師達から聞こえてきた言葉によって中断された。

 どうやら彼女たちはメタトロン技術を応用した通信機能を使用しているらしく、完全に傍受する事は出来なかったが、その断片は聞きとる事が出来た。

 

 

――敵襲、IS、正門前、謎の戦闘機械、LEV、操作不能……。

 

 

 その全てが、不穏な内容を示すものだった。

 

『――ディンゴ……!!』

 

 先程のハッキングによって、彼が収容されている施設の場所は把握している。

 未だ端末に繋がったままのワイヤーから、ディンゴの部屋の電子ロック解除の信号を送った。

 

 

――自らの『相棒』たるランナーの無事を祈りながら……。

 




……以上となります。

束は原作中でもISのコアと度々会話しているかのような描写があり、メタトロンに関してもアニメやゲーム中で、何かしらの意思のようなものが感じられる描写が多々あります。
この「メタトロンには『意思』が存在し、束はメタトロンの『声』を聞き、対話する事でメタトロンを支配下における」という独自設定は、このような背景から考えつきました。

はっきり言ってチートじみた強力無比な力ですが、このぐらいのものが無ければ、ISサイドはZ.O.Eサイドに終始蹂躙されてしまいます。
私は両作品とも大好きです。ですから、バランスを取りたかったのです。

……不快に思う方もいるかもしれませんが、この6話にもあるように束は決して万能のデウス・エクス・マキナ的な超越者ではありませんので、どうかご容赦下さい。

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