IS×Z.O.E ANUBIS 学園に舞い降りた狼(ディンゴ)   作:夜芝生

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大変お待たせしてしまい、申し訳御座いません。


交渉の描写がこれほどまでに難しいとは……文章量も、いつもの二倍になってしまいました(汗


Episode.13 新たなる寄る辺

――東の水平線の向こうが白み始め、ようやく長い夜が開け始める。

 

 そんな中でも、眼下ではLEVや打鉄を始めとしたISを纏った教師達がせわしなく今回の襲撃による破壊の爪跡を修復し、『隠蔽する』作業は続いていた。

 弾痕を埋め、隠し、破壊の残滓の一つ一つ埋めて、血痕や肉片などの死の残り滓を徹底的に消していく。

 まるで手術で病巣を取り除き、臭い物に蓋をするように、ありとあらゆる場所で、真実が隠されていった。

 

 今の日本……いや、今の世界や人類にとって最も重要な拠点が受けた、大規模襲撃――その言葉1つだけで、今回起きた事件がどれだけ重大なものかは分かるであろう。

 ただでさえジェフティの演算能力によって行われた情報改竄を考えれば、朝を待たずにそのような判断が下されたのはある意味当然の事と言える。

 

 しかしその光景を、襲撃の開幕から終幕までを見続けた篠ノ之 束は一切気にも留める事は無かった。

 

「――知らない」

 

 今の束の頭にあるのは、つい数時間前まで繰り広げられていた、今世界を取り巻く情勢の『全ての元凶』とも言える彼女自身にすら、予想もしていなかった驚愕の光景。

 エイダの操縦者だという『アレ』が引き起こした、あの巨大ロボット(ジェフティ)とISの完全同調と……女性しか扱えない筈のISを、男性が動かしたという事実であった。

 

「――私は知らない、あんなの……知らない」

 

 壊れたプレーヤーのように繰り返すその顔には、一切の表情も、感情も浮かんではいない。

 それが一層、彼女が纏う狂気を色濃く際立たせていた。

 

「あんな機能、知らない、あんな奴が動かせるなんて、知らない、知らない、知らない、知らない――」

 

――何故、何故、何故?

 束の心の中に溢れていた疑問に、次第に激情の色が混ざり始める。

 

 

――何故オマエがソレを動かしている? 何故オマエが喝采を受けている? 何故? 何故?

 

 

――それは、「彼」だけの特権だった筈なのに。

 

 

――私が「彼」に送る、最高の入学祝いにして、「彼」が世界中から喝采を受けながら望むセカイへと行く為の翼であった筈なのに。

 

 

「…………ころしてやる」

 

 

 篠ノ之 束が「認識」出来る数少ない人間、その唯一の男性である少年の事を思うと、それ以上にあの男――ディンゴに対する殺意が芽生えてくる。

 どうしてやろうか? 切って潰して引き裂いて……ああ解剖してホルマリン漬けにしてやるのもいいかもしれない。

 

 

 

 それにそうすればエイダちゃんだって私のものになるしきっとみんなも仲間が出来たって喜んでそれで――!!

 

 

 

(――――だめ!!)

 

 

 

 その瞬間、束の頭の中に強く「声」が響いたかと思うと、頭のデバイスから電気ショックのように激しいメタトロン光のパルスが走った。

 

「あ……」

 

 その衝撃に、ようやく束は我に帰る事が出来た。

 そして、尚も明滅するメタトロン光に、カタカタと体を震わせながら会話をし始める。

 

「その、これは……ち、違うんだよ? お、思わず口が滑っちゃったっていうか言葉の綾っていうかその――」

 

 大慌てで捲し立てるように言い訳をするが、光はそれすらも嗜めるかのように流れ続ける。

――その光から感じ取ったものにようやく観念したのか、束はがっくりと肩を落とした。

 

「…………ごめんなさい、もう二度と言わないよ」

 

 そのしょげ返る様は、まるで幼い子供が大好きな親兄弟から叱られた時のようにいじらしく、弱々しかった。

 暫くすると、今度はそんな彼女を慰めるかの如く、柔らかく優しげなメタトロン光がデバイスから溢れだし、束の全身を包み込んだ。

 

「え? う、うん!! そうだよね!!

ちゃんと反省もしたし、いつまでもしょげ返ってるなんて、この天才束さんらしくないよね!!

いつも通りポジティブ思考でゴーだよ!!」

 

 先程までの気落ちが嘘だったかのような仕草と、陽気な声で光に応えると、束は両手の人差し指をこめかみに当てながら、何やら思索にふけるかのようなポーズを取った。

 動作そのものはふざけているが、その頭の中は、下手な演算器にも勝るような計算が成されている。

 

「ポク、ポク、ポク……ちーん!! い~~~い事考えた!!

さっすが束さん!! やっぱり私は出来る子偉い子可愛い子!!」

 

 そう自画自賛しながら、束は上空へ向けてスラスターを吹かしながら急上昇していく。

 目指すのは東の空――彼女しか知らない、彼女と『友達』の待つ寄る辺だ。

 

「むふふふふ……待っててねちーちゃん♪

それとエイダちゃん、束さんはまだ諦めた訳じゃないからね♪」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――覚えているのは、まだ10歳にも満たないガキの頃。

 

 

 幼くして両親を失い、スラムのゴミ溜めの中で生きてきた自分にとって、喧嘩や飢餓、更には人の死までもが隣人だった。

 いつも、数少ない食料を奪い合い、暴れ回るのが日常であった。

 その日も確か、数人で徒党を組む奴等と縄張り争いをして、返り討ちにしたのを覚えている。。

 

……だが、そいつらは報復とばかりに、10歳にも満たない自分に対して、14、5歳程の者達を応援に呼び、奴等に対してやった数倍もの数殴られ、蹴られ、引きずり回された。

 無論抵抗はした――しかし、多勢に無勢な上に、圧倒的に体格や力で負けている。

 敵うはずも無く、そいつらが満足するまで甚振られ、路地裏にボロ雑巾のように投げ捨てられた。

 

 手足には力が入らず、這いずる事も出来ず、幼いながらも、ああこのまま俺は死ぬのかと諦めかけていた自分の頭上に、不意に影が差した。

 

「――随分と派手にやられたな、小僧」

 

 そこには質の良さそうな衣服を纏った、蛇のように鋭い目が特徴的な男が口の端を吊り上げて跪きながらこちらを覗き込んでいた。

 歳の程は、自分よりも一回りほど上と言った所か。

 周囲には、SPらしき黒服に身を纏った屈強な男達が数人控えている。

 

「…………うるせぇ」

「その様子だと、死ぬ事は無さそうだな――中々にタフな奴だ」

 

 居丈高なその態度に、痛みすら忘れてそう言い返すと、男は苦笑しながら手を差し出した。

 その行動の意図が分からず、暫くその手と男の顔を交互に見つめる。

 

 

「――小僧、貴様は『力』が欲しくは無いか?」

 

 

――だが、続く男の言葉に、思わず指先がピクリ、と動いた。

 

 

「私ならば、貴様に力を与えてやれる――このようなゴミ溜めなど歯牙にも掛けない、居丈高にふんぞり返る地球の奴等にも一泡吹かせられるような、圧倒的な力をな」

 

 理屈も、理由も、何もいらなかった――気付けば、自分は彼の手を力強く握りしめていた。

 男は満足そうに頷くと、その痩身からは信じられないような力で己を引き立たせ、路地の向こうに止められた車へと引っ張っていく。

 

「……なんで、オレをたすけた?」

 

 その途上、男に疑問を投げかける――見るからに住む世界の違うような雰囲気を醸し出す彼が、何故このようなゴミ溜めの中で打ち捨てられていた自分を助け、あまつさえ『力』を与えるとまで宣うのか、自分には理解出来なかった。

 

「何、事の様子を偶然見かけたというのもあるが……理由としては、そうだな――」

 

 暫し逡巡すると、男は答えたが――その答えに、思わず笑ってしまう。

 

「――お前のような目をした奴は好きだ……それだけだ」

「……なんだよ、それ」

 

 ともすれば誤解を受けかねないような物言いだった――しかし、そのストレートさに、逆に惹かれた事を覚えている。

 

「――ディンゴ、ディンゴ・イーグリットだ……アンタの名前は?」

「ん? ああそうか……そう言えば自己紹介がまだだったな」

 

 

 

「私の名は――――」

 

 

 

……そこで、目が覚めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ディンゴが目を覚ますと、そこは質素な内装を持つ、広々とした部屋だった。

 体を覆うのは、合成では無く天然物の羽毛布団――ディンゴが知るものよりも遥かに薄いにも関わらず、全身を包み込むかのように暖かく、文字通り羽根のように軽い。

 それを跳ね除け、軽く伸びをする――全身のあちこちがかなり痛むが、妙に懐かしい夢を見たせいか、気分は然程悪くは無かった。

 枕元に備えられていたデジタル式の時計を見ると、午前11時を回っていた。

 

「……大分寝ちまったな」

 

 あの戦いの後、ダリルとフォルテと名乗る、この学園の生徒らしき少女達に連行されたディンゴだったが、姿を表した千冬は一言、

 

「ご苦労だった……更に色々聞きたい事が出来たが、今日の所は疲れただろう。

勝手だとは思うが、治療が終わったら朝まで少し休んでいてくれ」

 

 そう告げると、現場の後処理の為に再び踵を返して戻っていった。

 あまりにも当初とは違った対応――罠である事も疑ったが、それ以上に疲労を少しでも回復させたいという意思がそれを上回った。

 アラクネとの戦闘による怪我の治療が終わると、結局その言葉に甘える形で充てがわれた部屋で倒れこむように眠り、現在に至る訳だ。

 

……軍人として、敵地のような場所でここまで無抵抗に寝こけてしまうというのも少々情けない話だが、実際少しでも休まなければ倒れてもおかしくなかったのも事実だ。

 

 軽くストレッチをしてから身を起こす……が、そこでディンゴは起きてから自分がどうすればいいのか聞いていなかった事を思い出した。

 部屋に入る前に、ジェフティと同調させたISは没収されているし、どうするかと思案に耽っていると、まるで測ったかのようなタイミングでドアがノックされる。

 そちらに向けて返事をすると、一拍遅れて静かにドアが開き、眼鏡を掛けた制服姿の少女がカートを引きながら入ってきた。

 

「――お早う御座いますディンゴ・イーグリット様。ゆっくりお休みになられましたか?」

 

 こちらに深々と一礼しながら挨拶すると、にっこりと人の好さそうな笑顔を浮かべた少女は、続けて上品な仕草でカートの上に置かれたサンドイッチやサラダ、コーヒーなどを備え付けられたテーブルへと乗せていく。

 

「質素では御座いますが、朝食を用意させて頂きました。宜しければ、お召し上がり下さい」

 

 そして準備を終えると、再び深々と頭を下げる――へりくだってはいるものの、嫌味や慇懃さを全く感じさせない、礼儀正しさというものを体現させたかのような所作だった。

 まるで誰かに仕えるという行為を、まるで息をするかのように受け入れ、身に付けている……という表現が分かりやすい。

 ディンゴがそんな風に彼女を見つめていると、彼女はそれに訝しげに首を傾げ、すぐに合点が行ったように頭を下げた。

 

「ああ、申し遅れました。私は布仏 虚。

このIS学園の生徒会、その書記にして、生徒会長である更識 楯無に仕えるメイドで御座います」

「楯無……? アイツか」

 

 生徒なのにメイド?――と、疑問に思うようなワードもあったが、自分を最初に叩きのめした三人の内の一人の名前が出ては、それらはあくまで些事と言えた。

 

「はい――状況が状況であったとはいえ、お嬢様が大変失礼を致しました。

……お怪我の具合は如何ですか?」

「いや、アンタの言う通り状況が状況だったんだ。文句は言わねぇし、言うつもりも無ぇ。

まぁ、正直傷は痛むが、どちらかと言えば、あの蜘蛛女に痛めつけられた方だしな……気にしな――」

 

 成程、あの『楯無』の何処か天真爛漫で、若干傲慢さも混じったような態度は、人の上に立つ立場であったからか――と、ディンゴは一人納得しかけた所ではた、と何かに気付いたように口ごもった。

 しかし、その理由を虚はあらかじめ予想していたのか、目を細めてクスクスと笑う。

 

「学園の生徒、とは言っても、日本の『裏』の総本山たる組織の元締め、その宗主たる者に仕える身です。

今回の件については、少なくとも当事者の一人ですので、心配は無用ですわ」

「……そうかい。なら――」

 

……詳しい事情は分からないが、どうやらとんでもない奴を相手にしていたようだ。

 

 しかし、ひとまずは安心――と息を吐こうとしたその時、それに触発されたのか、不意にディンゴの腹が音を立てて鳴った。

 見ればテーブルの上のサンドイッチのパンは焼きたてなのか、柔らかく甘い芳香を放ち、コーヒーのほろ苦い匂いはそれだけで眠気を覚ましてくれる。

 サラダは瑞々しい濡れた輝きを放っており、見ただけで新鮮である事が分かった。

 毒や自白剤入りの可能性もあるが、仮に害意があったのならば自分が寝ている間にいくらでも機会はあった筈だし、今更このタイミングでそのような手段を使ってくる事は考えにくい。

 

 それ以上に、ディンゴの体感時間では約丸1日何も食べていない――彼の空腹は限界を迎えていた。

 

「――まぁ、何はともあれ腹ごしらえしてから……ってな」

「はい、おかわりもありますので、いくらでもお申し付け下さい」

 

 気恥ずかしそうに頭を掻きながら、ディンゴはサンドイッチを掴み取り、ソファへと体を沈み込ませる。

 そんな彼を優しげな瞳で見つめながら、虚は給仕を始めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「…………」

「…………」

 

 広い部屋の中を、沈黙が支配する。

 聞こえるのは、ただ食事を咀嚼する音と、給仕をする虚が微かに鳴らす食器の音、そして2人の吐息だけ。

 

 これからの事も考え、虚達に余計な情報を与えないように、必要最低限の事以外は喋らず食事を済ませようとしたディンゴであったが、用意された食事を頬張った瞬間、そのような考えはおろか、喋る事すら忘れるような衝撃を受けた。

 

 

――美味い。

 

 

――美味すぎる!!

 

 

 匂いからして上等な代物だと感じたが、これはそんな生易しいものでは無かった。

 火星ではついぞお目にかかった事の無い、天然物――しかも最高級クラスの小麦粉を使って職人の手によって焼かれたパンは、淡雪のように柔らかく、しかし噛むとモチモチとした食感を口腔にもたらす。

 その間に挟まれているのはこれまた天然物の新鮮なレタストマト、合成品など一切使われていない豚肉を使った肉厚のハム――そのどれもが、ディンゴにとって衝撃だった。

 

 

――そして特にこのコーヒーはどうだ!!

 

 

 火星のコーヒーと言えば、長期の航海によって風味も何も無くなった粗悪品に、明らかに合成と分かるようなわざとらしい苦味と香料をぶち撒けたような代物だ。

 しかも、火星の地上を輸送すると必ずと言っても良い程吹き付ける砂塵がコンテナの中に入ってしまうため、淹れた後に底を見たら、溶けかけの砂糖のように砂が入っていた――などという事も珍しくは無い。

 火星居住者(エンダー)にとって、コーヒーとはあくまで眠気を取る為の薬であり、味わうなど以ての他――2,3口飲んだら捨ててしまう者もいるぐらいだ。

 火星という過酷な環境の中では、『美味いコーヒー』という存在ですら、最高レベルの嗜好品になり得るのである。

 

 とは言え、ディンゴも一応火星の中では特権階級に当たるバフラムの軍人……一応、それなりに飲めるレベルのコーヒーを常飲する程度には嗜んではいた。

 だが、このコーヒーの前では、いつも彼が飲んでいたモノが泥水以下に成り下がる。

 生まれて初めて口にする地球の『本物』の食事を前に、ディンゴの理性は吹き飛び、まるで童心に帰ったかのように目の前の食事にがっつき始める。

 

――気付けば、ディンゴがおかわりを要求したサンドイッチとコーヒーは、いずれも10を軽く超え、そろそろ20の大台に乗ろうとしていた。

 

 最初の方こそ微笑ましげな表情で見つめていた虚だったが、途中からその笑顔が若干引き攣り始めたのは気のせいでは無いだろう。

 

「……おか――」

「いい加減にしろ馬鹿者。いつまで待たせるつもりだ」

 

 そしてとうとうサンドイッチのおかわりが20の大台に乗ろうとした時、鈍い打撃音と共にディンゴの後頭部に凄まじい激痛が走った。

 

「――うごぁっ!?」

 

 頭蓋を揺らすような衝撃に暫く呻いてから後ろを見ると、そこには食事に夢中になっている間に入ってきたのか、こめかみに青筋を走らせた千冬が立っていた。

 彼女の手には、四隅が金属で補強された、まるで辞書のように分厚いファイルが収められている……先程ディンゴの後頭部に痛打を食らわせたのは、おそらくコレだろう。

 

「――何しやがる!! 殺す気かテメェ!!」

「黙れこの恥知らずな底無し胃袋め。

いきなり現れたかと思ったら散々面倒を起こした上に、厄介事を数倍にも増やしてくれた貴様が呑気に食事……しかも十人分近い量をお代わりとはいいご身分だな?」

「あー、それはだな……」

「黙れ、喋るな、言い訳は受け付けん」

「…………」

 

 思わず抗議するディンゴだったが、すかさず矢継ぎ早に叩き付けられる言葉に閉口するしか無かった。

 千冬の言葉が核心を突いていたという事もあるが、それ以上に彼女の威圧感は凄まじいものがある。

 加えて、いくら油断していたとは言え何時の間にか背後に接近し、あのファイルを叩きつけるまでディンゴに全く察知させなかった手腕……早くも彼は千冬に対して苦手意識を抱きつつあった。

 

「もう少しゆっくりさせてからと思ったが気が変わった……付いて来い。

昨日も言った通り聞きたい事が山ほどあるからな」

「……おう」

「……布仏、お前も来い。この馬鹿者が平らげた皿を片づけ次第な」

「は、はいっ!!」

 

 そんな訳で、ディンゴは続く千冬の言葉に渋々と従うように立ち上がる。

 虚が食器を片付ける音を背後に、2人は部屋を後にした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 途中で寝間着から用意されたジャージに着替えさせられると、ディンゴは千冬に連行されるかのように校舎の奥まった場所にある一室へと案内される。

 

「――失礼します」

 

 分厚い自動式のドアを開けながら、千冬が部屋の中へと入っていく。

 そこは正面に大きなモニターを持ち、あちこちにオペレーター用の端末が設置された部屋だった。

 中央にはかなりの大きさを持つ、投影式のマップモニターを持つ机が置かれている。

 その最も上座に当たる席には、人懐っこそうな笑みを浮かべる、初老の紳士が控えていた。

 

「あ、せんぱ――いえ、織斑先生に……ディンゴさんも、お疲れ様です」

 

 末席には真耶が座り、こちらに向けてにこやかな笑みを浮かべる。

 体のあちこちに包帯や絆創膏を貼りつけた姿が痛々しく、端々の動作には疲れも見えるが、どうやら支障を来すような怪我などは無かったようで、ディンゴは心の中でほっと溜息を吐いた。

 だが、ディンゴが口を開く前に、千冬が真耶に向けて辛辣な調子で嗜める。

 

「――こいつにそんな労いはいらんぞ山田先生。そもそもその疲れの原因こそがこいつなのだからな。

盗みに入った泥棒に、お(つと)めご苦労様ですと言っているようなものだぞ、それは」

「好き勝手言ってくれるなテメェ……」

「事実だろう? 文句があるのならば聞いてやる……屁理屈でも釈明でも何でもな」

「ぐ……!!」

「無いか? 無いならば黙っていろ。こちらが質問をするまではな」

 

 あまりにも辛辣な言葉に思わず反論の言葉が出そうになるが、それすらも封殺されてしまい、ディンゴは彼女の言う通り黙る事しか出来なかった。

 

「あ、あはは……」

 

 そんな2人を見て、真耶は苦笑を返す事しか出来ない。

 ディンゴを封殺すると、千冬は上座の紳士へと深々と頭を下げる。

 何者にも屈しないような鋼鉄のような彼女がこのような態度を取るという事は、この老人の立場はかなり高いのだろうと推測出来た。

 

「――申し訳ありません、挨拶も無しに騒いでしまいまして」

「いえいえ、気になさらず。切羽詰まった状況からは一先ず脱する事が出来ましたからね。

多少の気分転換も良いでしょう」

 

 千冬の謝罪を柔らかな笑みで受け止めると、彼は優雅な仕草で立ち上がり、ディンゴに向き直った。

 

「――初めまして、ディンゴ・イーグリット君。

慌ただしくなってしまって申し訳ありませんが、まずはかけて下さい」

「……アンタは?」

「ああ、申し訳ありません。まだ名乗っていませんでしたね……私は轡木 十蔵――このIS学園を取り仕切っている者です」

 

 その言葉に、ディンゴの眉が僅かに驚きで跳ね上がる。

 待遇が変わった事は自覚していたが、虜囚のような扱いから、いきなり相手側のトップと会えるような立場になるとは俄には信じられなかったからだ。

 それ以上に、目の前の老紳士からは温和な雰囲気しか伝わって来ず、あのような馬鹿げた超兵器を扱う組織の長とはまるで思えない。

 

 

 

「――単刀直入に言いましょう……貴方は、何者ですか?」

 

 

 

――しかし、続く言葉は込められた静かな気迫も相俟って、まるで蜂の一指しの如く鋭い。

 穏やかな顔をして放たれるその不意打ちを受ければ、油断していたなら確実に動揺し、瞬く間に会話の主導権を握られてしまうだろう。

 こちらを見つめる眼差しは、その一挙手一投足に対して射抜くように向けられており、心理的な隙は全く感じられない。

 

 

 ディンゴは一瞬にして、この老紳士こそが学園のトップである事を嫌でも認識させられた。

 傍らの千冬もそれに合わせるかのように、身に纏う圧力をさらに増し、真耶も緊張したようにこちらに向けて厳しい視線を向けながら唇を引き結ぶ。

 

 改めてここが敵地である事を改めて感じ、ディンゴは弛緩させた頭と心を引き締める。

 

「……随分とストレートだな。のんびりとした顔に似合わず狸じゃねぇか、爺さん」

 

 にやり、と笑いながら、ふてぶてしい態度で椅子に腰掛ける――ただし、完全には座らず、あくまで浅く、すぐにでも行動を起こせるように。

 その態度に千冬の眉がピクリ、と跳ね、それを見た真耶があたふたと彼女とディンゴへと交互に目を泳がせる。

 しかし当の十蔵はまるで気にする様子も無く、朗らかに笑って見せた。

 

「ははは、申し訳ない。

このような歳にもなると、多少はこのような事も出来ていなければやっていけませんので。

気に障られたのならば、どうかご容赦を」

「いや、むしろ大歓迎だ――俺の周りには、どうにもストレートにしか話せない奴と、いやらしい性根を隠そうともしないで腹芸かます奴が多くてな……アンタみたいなのは、ある意味一番ありがたい」

 

 そう軽口で返しながらも、ディンゴの頭の中はフル回転を続けていた。

 先程、十蔵は自らの事を『何者だ』と問うた――一見何気ない当然の質問のように思えるが、実のところはそうでは無い。

 通常ならば、侵入者に対して何かを聞こうとすれば、何処の所属か? 何が目的か? を問う。

 しかし、この老紳士が問うたのはそれらとはまた別次元の、ディンゴ・イーグリットという存在が「一体どのようなものなのか」だ。

 

――それは、十蔵が、IS学園が、ディンゴを組織や国などの枠を超えた、この世界における「異分子」と捉えている事に他ならなかった。

 

「――何処かの国か機関が開発した秘密兵器の機動実験中に事故を起こして墜落した、テストパイロット……とかじゃ、駄目かい?」

「いいえ、それは絶対に有り得ません」

 

 質問の意図を汲みつつも、ディンゴは敢えてとぼけた様子で答えてみせるが、十蔵はすぐさま切り返すようにそれを否定してみせた。

 それは一切の仮定や想像の入る余地すら無い、断定的なもの……ディンゴは跳ね上がりそうになる眉を抑えながら、再び問いを投げかける。

 

「ほぉ、随分と決め付けるじゃねぇか――その根拠は?」

「はい――あれだけ巨大かつ華奢な造形の構造物を自立させるほどの技術がまだ無い、というのもありますが……最も大きな理由は、あの機体にSSAが使われている事ですね」

 

 その問いに、十蔵は人差し指をピン、と立てながら答えた。

 

「あの装甲はようやく量産体勢が整ったとは言え、その生産量は微々たるもの……あれだけの質量を揃え、尚且つ実用化したとしたら、それこそ国家予算級の費用が必要となります。

そんなものが事故を起こし、尚且つ世界的にも重要な施設に墜落したとしたら――」

「――何処かしらの国が何かしらのアクションを起こさない訳が無い……って訳か」

「はい、そして、この騒ぎの間、具体的な行動を起こす事が出来た組織や国家は皆無でした――我々も含めてね」

 

 これにはディンゴもある程度は予測を立てていた。

――篠ノ之 束と名乗る女性がジェフティを一時的に掌握し、世界中の機関を洗いざらいハッキングして見せた経緯を、エイダから大まかではあるが聞いている。

 しかし、如何に行動を起こす根拠が消えたとは言え、「試作兵器が行方不明になった事との因果関係の調査」などといった理由がつけられれば、それなりの筋は通ったまま「調査」という名目である程度の人員を送るなどは出来る筈である。

 

 

 しかしながら、IS学園が襲撃に遭っている間も、それが収束に向かった後も、未だに何かしらの干渉が行われていない事から、あの機体(ジェフティ)が何処かに所属している機体、という仮定は消えるという訳だ。

 そして、更に質問は核心に近付いて行く。

 

「そして更に言えば……貴方自身に関しては疑問は尽きません。

何故、貴方はISの存在を知らなかったのですか?」

「――ガキの時分から火星の辺境で馬車馬みたいに扱き使われてたんでね。

地球のニュースなんざ、殆ど聞いた事が無かったんだ」

 

 肩を竦めて誤魔化すが、返す刀は即座に振るわれる。

 

「居住区外や、火星大気圏外での作業に従事する者特有の、強力な太陽からの紫外線、放射線等が原因で焼けた肌に、色素が失われた銀髪……確かに、多くの火星帰りの人間……特に過酷な環境で労働や任務に従事していた者にありがちな特徴です。

……しかし、『だからこそ余計に』、貴方がISを知らなかった事はあり得ないのですよ」

 

 十蔵は語る――各国の思惑によって、本来ならば最も力を振るう事が出来る筈のISが、火星に一機たりとも派遣されていないという事実を。

 それが原因で、火星では現在進行形で様々な事故やトラブルが起こり、多くの人々が死に、傷ついているという現状を。

 

「――ISは、本来脆弱な生身の人間を、本来ならば到達する事の出来ない宇宙へと自由に飛び立たせる事の出来る存在。

 そして同時に、今この瞬間にも死と隣り合わせの世界で命を掛けている火星の人々が最も待ち望んでいるもの。

 その情報は、常に行き交っている――つい最近帰って来た、テラフォーミングプロジェクト黎明期から火星にいた警備員も、ISの存在を知っていました。

……LEVを見事なまでに三次元的に乗りこなす程に熟練した操縦者である貴方が、ISに関して無関心である事は有り得ない筈です」

 

 

「……ああ、確かにそうだ。あんなモノがありゃあ、少しは火星もマシになってただろうぜ」

 

 

 真摯な、それでいて無念そうな十蔵の言葉に、ディンゴは最早演技する事すら無く忌々しげに吐き出した。

 事実、ディンゴが暮らしていた火星の環境は、プロジェクトが始まって100年位上経っても、未だに死と隣り合わせと言っても良い程に過酷だった。。

 居住区を一歩出れば、そこは未だに人が吸えば中毒を起こして死に至る程に薄い酸素と、あまりにも濃すぎる二酸化炭素が混ぜ合わされた大気に包まれ、文字通り焼きつくすような日光と、猛烈な砂塵が巻き起こる荒野。

 そんな環境の中でも、貧しい火星の人々は少しでも自らを豊かにするために、地球の人々を豊かにするための礎として、宇宙連合軍や地球から払い下げられたオンボロのLEVで、宇宙服で、作業機械で、日々労働作業に従事しなければ生きていけないのだ。

 

 

 毎日のように誰かが死んだ。

 危険な現場では、誰一人として欠けなかった日は、作業員達は祝いの宴会を開いた。

 事実、ディンゴが事故やトラブルで友人・知人を失ったのは一度や二度では無い。

 

 

 そして、2130年に宣言される第一次テラフォーミング完了が未だ成されていないこの時代……本格的な移民は行われていないために人員は不足し、周囲の環境も更に過酷な筈だ。

 もしそんな状況を打破し得る存在があれば、きっと彼らは全力を挙げて調べ上げ、手に入れようとするだろう。

 

 

――例えそれが蜃気楼に写る、砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)であったとしても。

 

 

 否定する気になればいくらでも出来ただろう……しかし、なまじ火星の環境の一旦を知ってしまっているディンゴは、その仮説に異議を唱えられなかった。

 そんなディンゴを更に追い詰めるように、今度は千冬が口を開く。

 

「――そしてもう1つ……お前は何故、ISを作動させる事が出来た?」

「そいつはどういう意味だ? 確かにメタトロンを制御するにはある程度才能と熟練が必要なのは分かるが……?」

「原因は分かってはいないが、ISは女性にしか動かす事が出来んのさ。

男性では起動すら不可能だ……少なくとも、今日この日までは一人としてそんな男性は存在しなかった」

「成程な……」

 

……もうディンゴには、力無く溜息混じりの呻きを漏らす事しか出来なかった。

 ISを起動させた瞬間の、あの警備員達の歓喜の声援と、麻耶やオータムの驚愕の理由を今更ながらに理解しながら、糞ったれ、と彼は心の中で内心毒づく。

 

 

 何の事は無い――あのトンデモパワードスーツを動かしてしまった時点で、ディンゴは殆ど詰んでしまっていたのだ。

 誤魔化す事など、もう出来はしない。

 

「……つまり、言い逃れは全く出来ない状況って訳だ」

「平たく言ってしまえばその通りだ――こちらとしては、貴様が素直に吐いてくれれば色々と楽なのだがな」

 

 観念したように肩を竦めるディンゴに対して、今度は千冬が口を開く。

 彼女の鋭い視線と辛辣な言葉は相変わらずだが、その声色には出会った時のような問答無用の雰囲気は無かった。

 

――つまりは、ディンゴの態度や言動によっては交渉の余地があるという事だ。 

 

「――どうしたもんかね」

 

 思わず独白しながら一瞬、迷う――素直に自分やエイダ……ジェフティの出自を語ってしまって良いものかと。

 ジェフティが行動不能な上に、何故かこちらの出自を知る謎の組織が存在している以上、この世界で生き延び、元の時代に戻る為にはには誰かしらの協力が不可欠だ。

 しかし、その内容はディンゴ自身も未だに完全には信じられない、SF作家やオカルト論者も鼻で笑うかもしれないような荒唐無稽なもの。

 信じてもらうどころか、下手をしたら狂人として分厚い塀を持った病院に入れられかねない。

 

 

 そしてそれ以上に、今回の騒動を引き起こした原因である自分が、一方的な被害者である彼らに頼ってしまってもいいのか、という呵責にも似た複雑な感情がディンゴを押し留めていた。

 

 

 それは、目の前に立つ千冬も、正面からこちらを見据える十蔵もきっと同じなのだろう。

 

 

 今回の襲撃の切っ掛けになったのもディンゴならば、状況を打破し、最大の難敵である敵を打ち倒したのもディンゴなのだ。

 為す術無く殺され、傷つけられた警備員達、訳も分からないままに巻き込まれた生徒達の事を思えば今すぐにでも八つ裂きにしても飽き足らないが、同時に「世界で始めてISを起動させた男性」という事が判明してしまった以上、その希少的価値からそれも叶わない。

 

 どちらかが踏み込めば、あるいは引き下がれば良いのだろうが、率いる者としての責任が、庇護する者としての激情が、戦う者としてのプライドが、それを邪魔してしまっている。

 多くの戦いや人生の経験から、人としての「理性」を優先させてしまう彼らは、だからこそ動く事が出来ず、ディンゴ、そして千冬と十蔵の間に長い沈黙が支配する。

 

 

「あ、あのっ……!!」

 

 

 だが、そこで沈黙を打ち払うかのように声を上げた者がいた――真耶だ。

 

「私はディンゴさんやエイダさんの事情とか、ぜ、全然分かりません!!

で、ですけど、ディンゴさんは私を……警備員の人達を、守って、助けてくれました!!」

 

 緊張のあまり声が上擦り、訳の分からない身振り手振りを添えながら、三人の間に割り込むように身を乗り出す。

 

「――あんなに他人に対して命がけになれる人が、悪い人とは思えません!!

学園長もっ……先輩も!! それを分かってる筈です!!

で、ですからっ……私達を信用して貰えませんか!? 貴方がどんな人であっても、きっと悪いようにはしないと思いますからっ!!」

 

 前半は千冬と十蔵に対して、後半はディンゴに対して投げかけられた言葉は、理屈も何もあったものでは無い、ただひたすら感情的な主張でしか無かった。

 しかし、理性に縛られ、自らの立場を考えて動く事が出来なかった三人が、どうしても言えなかった事でもある。

 そして、そのあまりにも必死な様子に、ディンゴ達はほぼ同時に失笑を漏らした。

 

「つくづく、お前みたいな奴はどうも苦手だぜ全く……」

「――真耶……いや、山田先生。君にはまだまだ教師として……責任を持つ者としての指導が必要なようだな」

「まぁいいではありませんか織斑先生。たまには山田先生のように、青臭くなるのも悪くは無いでは無いですか」

「え? え?……え?」

 

 突然笑い出した三人に、真耶は目を白黒させる――それが微笑ましくて、三人の笑みは余計に深くなった。

 

「気にすんな――お前が底抜けのお人好しだって、改めて認識しただけだ」

「そして、どうしようも無く未熟者だと言う事もな」

「え、えぇっ!? ひ、酷いっ!!」

 

 続くディンゴと千冬の苦笑交じりの言葉に、真耶が半泣きになりながら叫ぶ。

――何時の間にか、部屋の中を支配していた重苦しい空気は四散してしまっていた。

 ディンゴは気不味そうに頭を掻き毟りながら、傍らの千冬と麻耶を、そして正面の十蔵を改めて見つめる。

 

「……最初の断っとくが、これから話す内容は、はっきり言って荒唐無稽なんて代物じゃねぇぞ?

それでも聞いてくれるか?」

 

 念を押すようなディンゴの問いに、千冬も真耶も十蔵も、笑顔でそれに答えてみせた。

 

「――何、こちとら夢物語のようなシロモノを日常的に扱っているし、生憎と突拍子も無い言動をする奴を一人知っているんでな……今更もう一人増えた所で構うものか」

「荒唐無稽、大いに結構ではありませんか――この歳になると、身の回りが現実的な話ばかりで少々辟易としていましてね」

「さ、さっきの言葉を嘘にするつもりはありませんっ!!」

 

 三者三様に、ディンゴの問いかけに対して肯定の意思を示す三人。

 その様子を見て、ようやくディンゴも覚悟を決めた。

 

「分かった――くれぐれも後悔するなよ?

……っと、その前に聞きたいんだが、ジェフティ――俺の乗ってた機体、アレは今どうなってる?」

「――? ああ、ISを装着した学園の教師二名が護衛に就いていたおかげで無事だ。

ただし、持ち運びが出来るような状態では無かったから、今はアリーナのステージごと、地下の整備エリアに格納している状態だ。

上には予備のステージを展開しているから、表からは見えなくなっているから心配は無用だ」

「そいつを聞いて安心したぜ――エイダ!! 聞こえてるんだろ?」

 

 ディンゴが何処ともしれない方向に叫ぶと、今まで何も映しだしていなかった巨大モニターに、何かのコンディションを示しながら明滅するコンソール状の記号が現れる。

 中央部分には『ADA』の文字――それはいつもジェフティのモニターに投影されているエイダの状況を示す表示だった。

 

『――はい、ディンゴ。今までの会話の様子は、全て記録してあります』

「そりゃいい……これからの内容も、全部あまさず記録を頼むぜ」

『了解しました、改めて記録を開始します』

 

 あっけにとられる千冬達を尻目に、ディンゴはエイダに指示を下す。

 

「これは一体……?」

「悪いが詳しい説明は後だ……まぁ簡単に言えば、あの機体に搭載されたAIの力を借りて、ちょいとこの学園とやらのシステムを乗っ取らせて貰ったってだけだ」

「乗っ取るって……ええええええっ!? い、いつの間に!? というかどうやってですかあっ!?」

「いきなりさらっと滅茶苦茶な事を言ってくれるな貴様……!!」

 

 この時代においては恐らく最高レベルであろう障壁をあっさりと突破された事に動揺する千冬と真耶を、落ち着けるように手を突き出すディンゴ。

 

「『この時代』には寄る辺の無いこっちとしても必死なんでね……悪いが、保険ぐらいは掛けさせてくれ。

無論、アンタらには決して危害は加えねぇと約束する」

「…………その、根拠は?」

「悪いが、無い。信じてくれ、としか言い様が無いな」

 

 十蔵の鋭い視線には、同じく真っ直ぐな視線で返す。

……恥ずかしい話だが、どうやら自分も真耶の感情論に絆されてしまったようだ。

 心の中で苦笑しつつも、ディンゴは決して正面の老紳士からは決して視線を外す事は無かった。

 

「――分かりました。どちらにせよ、この状態では我々は手も足も出せませんからね。

ここは、信用させて貰いますよ……ディンゴ君」

「ああ――じゃあ始める「ちょーっと待ったーっ!!」……あぁ?」

 

 そして、ディンゴは話し始め――ようとした瞬間、自動式の筈なのに、バーンっ!! といった擬音が聞こえてきそうな勢いで、何者かが部屋の中へと飛び込んできた。

 話の腰を折られた事で、不機嫌そうに眉根を吊り上げながらディンゴが振り向くと、そこには真耶と同じく体のあちこちに包帯を巻き、右手を三角巾で吊り下げた少女が仁王立ちをしていた。

 後ろには、呆れたような、申し訳ないような、微妙な表情をした虚が控えている。

 

「この私を差し置いて、内緒話をするなんて随分イケずじゃありません?」

 

――それはもう一人の敵と戦い、意識を失っていた筈の楯無であった。

 

「さ、更識さんっ!? 体は大丈夫何ですか!?」

「はい……とははっきりと言い難い状況ですけど、今後の日本――いえ、世界の情勢を左右しかねないような素敵な話、私が聞き逃す訳には行きませんからね」

 

 心配そうに声を上げる真耶に対して、左手一本で器用に「心配無用」と書かれた扇子を広げながらウィンクをする楯無――だが、その瞳はあくまで真剣な光を帯びてディンゴと、その後ろのモニターに映し出されるエイダのコンディションに向けられる。

 

「――それに、『個人的』にも私としては彼に興味がありますし……ね、オ・ジ・サ・マ♪」

 

 しかしそれも一瞬の事――すぐさまおちゃらけたような態度で、まるで擦り寄るような仕草でディンゴを扇情的に見つめてきた。

 

「……誰がオジサマだ誰が」

「あら? それじゃあ『お兄さま』が宜しかったかしら? それとも、『おにいちゃん♪』って呼ばれるのがお好み?」

 

 顔を顰めながらツッコミに、すぐさま別方向からからかいの言葉を投げかけてくる彼女に、ディンゴは千冬とはまた違った方向で苦手意識を抱かざるを得なかった。

 益々げんなりとするディンゴを更にからかうように覗きこむ楯無だったが、その前に千冬が彼女の目の前に立ち塞がった。

 

「そこまでにしておけ楯無――これ以上面倒事を増やすな馬鹿者」

「はぁい♪」

 

 それに対して楯無は、クスクスと笑いながら適当な椅子に腰掛ける……その間にも、ディンゴに向けて手をひらひらと振る事も忘れない。

 

「……ったく、一々締りが無ぇ展開だな」

『はい、少々緊張感に駆けると言わざるを得ません』

「全くだ――まぁいい、始めるぞ」

 

 エイダの言葉に項垂れながら頷くと、ディンゴは改めて話を始めた。

 

 

――自分達が未来の人間である事や、どのような理由でこの場所に墜落したのかを。

 

 

――未来における自分達の立場や世界情勢、OFを始めとした様々な技術。

 

 

――そして、火星と地球との確執と、狂気の兵器アーマーンとそれを巡る二機の最強……ジェフティとアヌビスが繰り広げた壮絶なる戦いの記憶を。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

……時折エイダの捕捉を交えながら、ディンゴが全てを話終えた時、時計の長針は既に2周しようとしていた。

 

「……ま、こんな所だ」

『――お疲れ様でした』

 

 そう言って長い溜息を吐くディンゴに、エイダが労いの言葉を投げる。

 その表情は、今まで言おうにも言えなかった自らの事情をようやく吐き出せた安堵感があった――開き直ったと言っても良いが。

 対する千冬達の表情は様々だ。

 

「ふむ……成程な。

貴様が未来から来た事を考えれば、今までの言動の不自然さや、即座にISの戦闘機動やPICの制御を行えたという事も頷ける。

……しかし、只者では無いと分かってはいたが、まさか世界を……いや、宇宙を救った英雄とはな」

 

「――オービタルフレーム、ウーレンベックカタパルトに、衛星1つを犠牲に作り上げた巨大なメタトロン兵器と、それをコントロールするために作られた二柱の神の名を冠した人類の命運を左右する機体……ううむ、メタトロンは無限の可能性を秘めているとは良く言われていますが、流石にこれは想像の遥か上を行っていますね。

技術の進歩とは、本当に凄まじいものです」

 

「……100年後の未来? 火星と地球の間で戦争?

更には巨大なトンデモロボットのガチバトルに、デススター紛いのトンデモ兵器で太陽系消滅?

何よ……何よそれ……そんなの……そんなの……」

「お嬢様……」

「…………っっっっすっっっっごく面白そうじゃない!!

うわーうわーうわー!! ねぇ虚!! 私今の今まで更識で生きてきて一番幸せと思った事無いわ!!」

「…………お嬢様」

「何よぅ虚ー、貴女はワクワクしないっていうの?

ISすらも霞むような、正にファンタジーの世界なのよ!?」

「た、確かに、ワクワクするのは否定はしません……けれど」

 

「――100年後の未来から……す、凄い……!! 本当にジョン・カーターみたいです!!」

 

 納得する者、感心する者、はしゃぎ回る者、喜ぶ者……この場にいる全員が、ディンゴの予想に反してすんなりと事態を飲み込んでしまっていた。

 

「……随分と冷静――どころか、何か楽しんでないかお前ら?」

「はははは、何を言うのですかディンゴ君……十分に、動揺していますとも」

 

 ともすれば呑気とも思える彼らの言動に、心底呆れたように零すディンゴの言葉を、十蔵は緩やかに否定する。

 彼の言葉に頷くように、今度は千冬が口を開いた。

 

「もう既に我々はメタトロンの発見とISの発明という正に天災の如き技術革新を経験している。

トンデモ技術や現象が1つや2つ増えた所で今更驚く事は出来ん。

それに先程も言ったが……もう既に、こんな突飛な発現をする奴を一人知っているものでな」

 

 慣れとは恐ろしいものだがな、と苦笑しながら、諦めたように首を振る千冬。

 しかし、その表情はすぐに引き締められる。

 

「だが……となると色々と問題が出て来るな。

イーグリット――貴様はどんな理由であれ、望まない事態によってここにいる。

という事は、貴様は元の時代に帰る方法を探すつもりなのだろう?」

「ああ、勿論だ。一昔前の俺ならいざ知らず、今の俺には帰る場所も、帰りを待つ奴等もいる。

何時までもここにいるつもりは無ぇ」

 

 千冬の念を押すような言葉に、ディンゴは即座に頷いた。

 信じていた上官に裏切られ、仲間を失い、失意の内に逃げ出したあの頃とは違い、今のディンゴにはレオやケン、そして多くの部下や教え子達がいる。

 

 

――本当ならば、方法が分かり、ジェフティが五体満足ならば今すぐにでも帰りたい。

 

 

 しかし、この時代におけるディンゴは、文字通り存在しない筈の人間なのだ。

 千冬達に事情を話す前に自ら言った事だが、帰る方法を探すにせよ、ジェフティを修理するにせよ、根なし草では話にならない。

 

「――そこで、1つ頼みがある。

俺を、この学園に置いちゃくれねぇか?」

「何?」

 

 ピクリ、と千冬の眉が剣呑に跳ね上がる。

 無論、口にしたディンゴも自らの発言が厚顔無恥に過ぎる事は承知している。

 しかし、背に腹も変えられないのもまた事実なのだ。

 

「――ふぅん……それは、貴方をここに置く事で、この学園が、そしてこの国(にほん)が被るデメリットを分かっての発言なのかしら、オジサマ?」

 

 口調はからかうように、しかし瞳は冷徹に、今度は楯無が口を開いた――ひっそりと静かに、ディンゴの退路を塞ぐように歩み寄りながら。

 そこにはIS学園と、自らの家が仕えるこの国に不利益を被らせるのならば容赦はしない、という決意と使命感が込められていた。

 しかし、ディンゴは敢えてそれに反応する事無くどっしりと構え、真っ直ぐ彼女の目を見つめながら答える。

 

「――ああ、無論ただ匿ってくれなんて事は言わねぇ。

俺をここに置く見返りとして……エイダの――ジェフティの演算能力を貸してやる」

『――――!?』

 

 その答えを聞いた瞬間、皆が皆驚愕の表情を浮かべた。

 ディンゴの提案――それは一瞬にして、世界最高峰と言われるIS学園のメタトロン・コンピューターの防壁を安々と突破し、瞬く間に掌握せしめた処理能力と性能を持つスーパーコンピューターを手に入れたのと同義なのだから。

 

「無論、性能は折り紙付きだぜ? だろう? エイダ」

『――はい、今までの会話の間にも、バックドアとウィルスの駆除及び、数百件の不正アクセスを検知し、全て排除、逆探知に成功しました。

ランナー及び、当学園のセキュリティ管理者の許可があれば、即座にカウンターハックが可能です』

 

 彼の発言を裏付けるように、エイダが先程までのセキュリティシステムのログをモニターに表示する。

 彼女の発言通り、全ての不正なファイルやアクセスが完璧に遮断されているのが示されていた。

 

『加えて、この学園内に仕掛けられている不正な盗聴器やカメラの位置、無許可の電波の発信源も特定済みです。

……ただし、解除に関しては貴方方の協力が必要になりますが』

「…………整備科の先生や生徒達、世界中の情報に関わる人達が聞いたら卒倒しそうね」

「…………あたまが、いたいです」

 

 ジェフティとエイダのあまりの性能に、楯無の口元は引き攣ったような笑みが浮かんでいる。

 虚に至っては、頭を抱えて蹲るという、メイドらしからぬ恰好になってしまっていた。

 最も守らなければならないにも関わらず、守り切る事は限りなく難しいとされる情報をここまで完璧に守られると、自分達の努力は何だったのかと、忸怩たる思いであるのは間違いない。

 

 ただでさえ電子技術の世界では、数ヶ月という短いスパンで性能が向上していく。

 彼女達は100年という数字が、どれほどまでに重いかを嫌になるほど実感している事だろう。

 

 

――しかし、そんな動揺を他所に、ディンゴは更に交渉を進めていく。

 

 

「驚いている所悪いが、もう少し修復出来ればここら一帯を全てカバー出来るリングレーダーも展開可能になるだろう。

……演算能力も、機体の修復が進む度に高性能になっていく筈だ」

「成程――そこで、もう一つの提案が出て来る訳ですね」

「話が早くて助かるぜジイさん――ジェフティの修復の為に、電力を回してくれ。

可能な限り大出力な奴がいい」

 

 現状のメリットを説明してから、更に条件を満たさせる事で更なるメリットを提案する。

 前線に出るばかりで、政治や交渉というものを中々理解出来なかったディンゴだったが、カリストの採掘工時代にがめつい業者の連中と交渉した経験や、ケンによるスパルタ教育は、確実に実を結んでいた。

 この様子を見たら、きっと新生バフラムの高官達やケンは、涙を流して喜んだ事だろう。

 

 

――何せ『あの』ディンゴが、マトモな交渉を繰り広げているのだから。

 

 

「――ふむ……織斑先生?」

「はい、現在修理中の施設やあまり使われていない施設、及び当学園の余剰電力を回せば、全電力の数%を使用する事が可能です。

……イーグリット、念の為聞くが、あの機体はSSAだけで無く、基本フレームを含めた殆どにメタトロンを使用している――そうだな?」

「ああ、その上純度も一級品だ。ただ電力を流し込んだだけでも、基本的な機能程度なら回復出来る筈だ」

 

 十蔵の言葉に答えた千冬の質問に、ディンゴは頷く。

 それを聞いて目の前に呼び出した立体ディスプレイを暫く操作してから、頷きながら顔を上げた。

 

「ならば後はISの自己修復の延長と考えれば問題は無いですね……明らかに不正な使用の為、電力量の申請等を偽造する必要がありますが」

「――と、なると更に『出費』が増える事になりますね……更識くん?」

「うーん……あの機体の情報統制に使う資金と、オジサマの偽造IDや戸籍等を用意する事の兼ね合いも考えると、かなり厳しいですね。

純粋な『借り』にしてしまったら、それをネタにオジサマの情報を引き出す材料にされる可能性もあるかもしれません」

 

 このままディンゴを受け入れたとしたら、IS学園は絶対に破られる事の無い強固な防壁を手に入れる事になるが、それは逆に外部の人間からは無用な興味と好奇心を抱かれてしまう。

 秘密というものは、守られていれば守られている程、隠されていれば隠されている程、それを覗き見ようと躍起になる者達を招き入れてしまうのだ。

 

 

――ならばどうするか?

 

 

――方法は2つある……一つはわざと防壁の一部を薄くし、わざと秘密を『こちらの痛手にならない程度に』ばらす事。

 

 

――そしてもう一つは、その秘密を覗き見ないという確約を得る為に、『何かを代償として支払う』事だ。

 

 

 前者はこちらのさじ加減でどうとでもなるが、問題は後者だ。

 今回相手取るのはただの個人や集団では無く、文字通り世界中の国家や組織から一定の納得を得なければならないからだ。

 だが、今のディンゴにはそれがある――この時代であるからこそ、最大限の利益を生むであろう資材(たから)を。

 

「――それに関しちゃ考えがある……エイダ!! ベクタートラップの修復状況はどうだ?」

『現在修復率18%――まだ自由に出し入れする事は不可能ですが、中身を解放するだけならば十分に可能です』

「よし、好都合だ――千冬、悪いがジェフティの所まで案内してくれ。

見せたいモノがある」

「何? これ以上何かあるのか? 面倒な御免だぞ?」

「安心しろ――アンタらの出費を少しは節約出来るモノの用意があるって事だ」

 

 唐突な提案に、千冬がうんざりとしたように眉根を寄せるが、ディンゴはそんな彼女を宥めるように肩を竦めた。

 

「その言葉、信じるぞ――山田先生、車を出してくれ」

「……ふわー……」

 

 千冬はふん、と鼻を鳴らしてそれに答えると、傍らの真耶に向かって声を掛ける……が、当の彼女は呆然とした表情で固まっていた。

 

……恐らくはどんどん大きくなっていく話と事態に付いて行けず、混乱して自失状態にあるのだろう。

 

「……山田先生」

「……ほへー……」

「――真耶!!」

「ふひゃっ!? は、はいっ!!」

 

 彼女の度重なる呼びかけに、真耶はようやく自我を撮り戻り、移動用の車両を取りにパタパタと駆けて行ったのだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――そして場所は代わって第二アリーナの地下、ステージ整備エリア。

 

 整備エリアとは言っても、ちょっとした競技場ほどもある広さのアリーナステージを丸々収容しているため、小さめのドーム程度の広さを持っている。

 その中央には、あちこちが砕けた痛々しい姿をしたジェフティが鎮座していた。

 既に破片は作業員によって一つ残らず集められたためか、墜落した当初よりはマシ……といった程度には片付いている。

 そんなステージの様子を、ディンゴと千冬、十蔵、そして虚は作業室の強化ガラスの越しに覗いていた。

 真耶と楯無の二人は、ISを纏い、ジェフティから僅かに離れた場所に待機している。

 

「――準備はいいか、エイダ?」

『はい、ランナーの許可があれば、30秒で全積載物を解放可能です』

「OK、いつでも始めてくれ」

『了解――全ベクタートラップを解除。全積載物、開放します。

念の為、もう少し距離を取って下さい、山田 真耶、更識 楯無』

「は、はいっ!!」

「りょうかーい♪」

 

 2人の了承が得られると、ジェフティの機体のあちこち――いや、背中や脇、腰の辺りの『何もない筈の空間』が重々しい唸りを上げながら、歪み、ねじれ、揺らいでいく。

 と、同時に猛烈な圧力を伴った風が整備エリアの中を吹き荒れ、辺りはあっという間にステージの土埃に覆われた。

 ハイパーセンサーを起動させた真耶と楯無の2人の目には、ジェフティの周囲に発生した空間の歪みから、有り得ない量の空気が噴きだすと同時に、これまた有り得ない質量の物体が次々と溢れだして来るのが分かった。

 

「うわぁ……す、凄い……」

「メタトロンの空間歪曲を使った圧縮空間のポケットって訳?

軍の一部で研究されてるとは聞いた事あるけど……何処までとんでも無いのよ、あの機体」

 

 そんな真耶と楯無の呟きを他所に、ガラガラとまるで採石場のような轟音が響き渡り、それも次第に小さくなっていき……止まる。

 それと同時に、巻き起こる暴風も収まっていき、土埃もそれに合わせて次第に晴れていく。

 

 

――そして、それらが収まった後には、ジェフティの機体を埋め尽くすかのような量の、大小様々な大きさの、独特な光沢を放つ金属塊が周囲に散らばっていた。

 その量は、軽く十数トンはあるだろう。

 

「これは、まさか……」

「あの光沢――間違いありません、メタトロンです」

「何て量だ――下手をしたら、一国の年間精製量に匹敵するぞ?」

 

「うわぁ~~……これ、いくらするんだろう……」

「あははは、値段なんてつけられ無いですよ山田先生――こんなの市場に回したら、確実にメタトロンの価格が暴落して、世界規模の恐慌が起きますし」

 

 ディンゴを除く全員が、あまりの光景に目を丸くしていた。

 ウーレンベックカタパルトによって、惑星間航行が一般的になったAD.2100年台に比べ、この時代の長距離航海は、軌道エレベーターがあるとは言っても、かなりの労力と危険を伴うものだった。

 そのため、持ち運び出来るメタトロン鉱石の量は微々たる物……それを精錬するとなると、更にその量は減少してしまう。

 

 

――恐らく、この時代においては精製されたメタトロン鋼の価値は、ディンゴの頃と比べて何十倍もの価値を持つ事だろう。

 

 

「――楯無、どうだ?」

「うーん、多少放射線による汚染度が高いし、不純物も混じってるんで少し時間はかかりますけど、他国に分配するには問題無いと思います」

「それは重畳――更識くん、では調整をお願いします。

山田先生も、そのまま作業員の皆さんと一緒に搬出作業を」

「了解です!!」

 

 十蔵の言葉に合わせて、整備場の一角の扉が開け放たれ、防護服を来た作業員達が麻耶の統制の下、メタトロンを機材を使って運びだしていく。

 

 

 あくまで『ついで』であった資源確保が、こうまで役に立つとは夢にも思ってはいなかったが、彼女達の反応を見るに、どうやらこの『宝の山』は眼鏡に叶ったようだ。

 

「――俺が出せる代償はここまでだ。判定はどうだい?」

 

 作業の様子を見届けながら、おどけたようにディンゴが問いかけると、千冬はつまらなさそうにふん、と鼻を鳴らした。

 

「ここまでのものを提供されて、突っぱねられる程子供では無いさ――宜しいですね、学園長?」

「ええ――無論です。それに、これだけのものがあれば、もう一つ無理が出来そうですね」

 

 満足気に頷いた十蔵は、改めてディンゴの顔を真正面から見つめると、真剣な面持ちで問いかける。

 

 

 

――その内容は、ディンゴも驚愕するものであった。

 

 

 

「――ディンゴ君、この学園に所属するつもりはありませんか?」

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

「ただ貴方という『異分子』を匿うよりは、いっその事この学園の一員として迎え入れてしまおうかと思いましてね。

幸運にも、貴方は恐らく世界初の男性IS操縦者……所属する資格も理由も、十分に持ち合わせていますからね」

 

 あまりにも突拍子もない提案に、ディンゴは思わず目が点になる思いだった。

 

「おいおい冗談だろ? まさか三十路にもなって、ガキ共とワイワイスクールライフをやれってか?」

「はははは、勿論生徒としてではありませんよ」

 

 自分が学生服を来て少女たちの中に紛れる姿を想像して顔を顰めるディンゴに、十蔵は宥めるように手を振った。

 

「IS学園で生徒達が学ぶのは、何もISの事だけではありません。

学園、という名の通り、彼女達のような未来ある少女達を教育する場でもあるのですよ」

「――成程な」

 

 つまりは、十蔵はディンゴに、非常勤講師や臨時職員のような立場に就く事を求めているという訳だ。

 

 ともすれば粗暴とも思える言動や態度、風貌とは裏腹に、ディンゴは幼い頃からLEVを扱い、危険だらけだった最初期のOFを乗りこなしていた。

 『乗りこなす』と一言に言っても、それらを自らの手足のように動かすには、機体の構造や原理を隅から隅まで理解していなければ不可能だ。

 つまりは、ディンゴの頭の中にはこの時代の技術者や研究者も顔負けの知識が詰め込まれているのである。

 

 更には長年の軍隊生活により、身体能力や格闘能力は非常に高く、覚悟も気迫も十二分、部隊を率いていた経験から、集団を統率する力も、部下を掌握する力も申し分ない。

 

 

――十蔵としては何気ない思いつきだったのかもしれないが、実の所この選択は非常に適材適所と言えるものだった。

 

「……ただし貴方の事情を、生徒は勿論ですが、警備員や教師の皆さんに話す訳には行きません。

出来る限りの協力はしますが、細かな調整や情報の管理は貴方に一任する事になりますが……」

「分かってるさ――」

 

 特に、数多くの死傷者が出てしまった警備員達への対応に関しては、誰にも譲る気は無かった。

 彼らの犠牲の原因は、自分が招いてしまった事なのだから。

 

 

……しかし彼らには悪いが、今はそれよりも十蔵の提案を吟味する事が先だ。

 

 

 思わず沈みそうになる思考に鞭を入れて、ディンゴは更に耳を傾ける。

 

「無論、教師の役割とは別に、貴方にはIS操縦者としての訓練も行なって貰います。

今回襲ってきた者達や、これからの各国の動向などを考えれば、貴方は確実に荒事に巻き込まれていくでしょう……その時、身を守るという点においては、ISは強い力になってくれる筈です」

「こちらとしては願っても無いが……いいのか? とんでも無く貴重なんだろ、ISって奴は」

 

 ディンゴとしては身を守る術を身につけられるのは渡りに船だったが、ISがどれだけ貴重なものなのかは朧気ながらに理解していた。

 それを、いくらそれなりの代償を支払ったからと言って、自分のような異邦人にその内の一つを任せてしまって良いのだろうか?

 

「無論、ただ渡すだけではありませんよ。

先程も言ったように、貴方は世界初の男性IS操縦者――言ってしまえば、非常に重要なサンプル、モデルケースなのですよ。

更には、エイダさんと同調したという『打鉄』の事も気になりますしね」

「つまり平たく言っちまえば、モルモットになれって訳か」

「ええ、歯に衣着せずに言えば」

 

 身も蓋も無いストレートな物言いだが、それは紛れも無い事実――言い方はともかく、十蔵の言葉にはある種の誠実さが込められていた。

 

 

 彼は言っているのだ――君に対する庇護の力を限りなく強くしよう。ただし、それ相応の代償が必要だと。

 

 

 暫し、作業室に沈黙が支配する――十蔵も、千冬も、虚も、ただ黙ってディンゴが思案する姿を見つめている。

 しかし、ディンゴの心は殆ど決まっていた……あれだけの事態を引き起こしてしまった自分に、ここまでお膳立てしてくれた相手だ。

 

 

 

――どうして、それに応えない理由があろうか?

 

 

 

「呑むぜ、その提案……色々とこれからも面倒を起こすかもしれねぇがな」

「ええ、宜しくお願いします」

 

 

 

 互いに手を差し出し、硬く握手を交わす十蔵とディンゴ――ここに、契約は成った。

 

 

 

 続けて、ディンゴは千冬に向かって手を伸ばす。

 

「ま、そんな訳だ――色々と迷惑をかけるが、宜しく頼むぜ……千冬」

「ふん、貴様に名前で呼ばれる筋合いは無い――あまり気安くするなよ、イーグリット?」

 

 憎まれ口を叩きながらも、千冬もその手を硬く握り返してきた。

 

『えへへ……これから宜しくお願いしますね、ディンゴさん』

『ふふふ、退屈しないで済みそうで嬉しいわ――覚悟してね、オ・ジ・サ・マ♪』

 

 そしてスピーカーからは、はにかんだような真耶の声と、楯無の小悪魔的な笑い声が聞こえてくる。

 

「お嬢様共々、色々とご迷惑をおかけするとは思いますが、宜しくお願いいたします」

 

 そして虚も、主に倣うようにスカートをつまんで恭しく一礼した。

 

 

「――ったく、何処にいても騒がしい限りだぜ……全く」

『その割には、何処か嬉しそうですが?』

「やかましい――ま、否定はしねぇけどな」

 

 エイダの言葉に悪態を吐くディンゴの顔は、しかし何処か綻んでいるように見えた。

 

 

 

――こうして、ディンゴは新たな寄る辺を手に入れる事となる。

 

 

 

 それが長くなるのか、短くなるのかは……少なくとも、この場にいる誰にも分からなかった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

――その日の午後、世界中にIS学園で起こった爆発と火災の様子が報道された。

 

 

 

 

 衛星軌道上に違法廃棄されていた大型宇宙船が、大気圏で燃え尽きないまま、破片を撒き散らしながら落下。

 墜落の衝撃と、撒き散らされた破片、そして大量の液体燃料が入った燃料タンクの引火による爆発によって、警備員を初めとした数百人が死傷した……というものだった。

 

 

 

 世界的重要施設を襲った近年稀に見るこの大災害を、各マスコミはこぞって取り上げ、様々な仮説や憶測が飛び交っては消えていった。

 遺族は泣き叫び、生徒達の親は騒ぎたて、各地で賠償金を請求する訴えが幾度も起こった。

 それに巻き込まれる形で、各国の大臣や責任者の首がすげ変わったりと、暫くの間世間を賑わせたこのニュースは、数週間の内に次第に報道されなくなっていき、忘れ去られていった。

 

 

 

 宇宙開発の黎明期とも言えるこの時代、何かしらの事故や死者は日常茶飯事であり、多少数は多くとも、ただそれだけの話だったのである。

 

 

 

 

――人々の認識と共に、人の命も軽くなり始めた時代……AD.2076年とは、そんな時代の只中であった。

 

 

 

 しかしそれでも――人々が放つ光は、確かに瞬いていた。

 例えどんなに人の命が安くなろうとも、少年少女達は自らの未来を信じ、進もうとしていた。

 そして、ここにも一人、そんな未来を信じてIS学園に足を踏み入れようとする少女が一人。

 

 

 

 

「――ここが、IS学園……」

 

 

 

 少し古ぼけたリボンでポニーテールで纏めた黒髪を揺らしながら、ゲートから中央校舎の尖塔を見上げるその表情には、強い意思と決意が感じられた。

 

 

 

(ここから、私の新しい人生が始まるんだ――)

 

 

 

 深い深呼吸をしてから、肩口に担いだ竹刀袋を持ち直すと、神前に対するかのように深々と礼をしてから、勢い良く身を起こす。

 

 

 

――彼女の名は篠ノ之 箒。

 

 

 

 この物語の主軸を担う少年少女達の一人は、この日希望に胸を膨らませながら、その一歩を踏みしめた。

 

 

 

――この先待ち受ける、思いがけない再会と出会い、そして別れの運命が待ち受けるIS学園における日々。

 

 

 

 

……その一歩を。

 

 

 

 




と、言う訳で今後のディンゴの立場が決定。
非常勤講師的な立場となりました。

……一時期は楯無や虚との関わりから、生徒会でIS本編の裏側で戦う事も考えたのですが、それだと一夏達やヒロインズとの絡みがやり辛くなってしまうので、泣く泣く没にしました。

また、ディンゴが何だか食いしん坊キャラみたいになっていますが、これに関しては完全に自分のオリジナル設定です。
Dolores.i本編の火星の描写を考えるに、前線バリバリの軍人だったディンゴだったらかなり食事事情は劣悪なんだろうなー、と妄想した結果ああなってしまいました(汗
多分Z.O.E世界じゃ完全な天然物の食材なんて、多分エンダーにとっては究極の贅沢なんじゃないでしょうか?
ノウマンも火星のコーヒーは不味いって言ってましたしね。

そして最後の最後でようやく登場、我らがヒロイン・モッ……もとい、箒さん。
Episode.13にしてようやくヒロインズの登場です……長い!! 長いよ!!(汗
本当にお待たせしました……orz

次回は、IS本編開始の前日譚として一夏や箒が登場する番外編を挟む予定です。
Z.O.Eとのクロスする関係上、改変されている設定が色々ありますので、その説明及びちょっとしたディンゴとの交流も描いて行こうかと思っています。

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