IS×Z.O.E ANUBIS 学園に舞い降りた狼(ディンゴ)   作:夜芝生

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ANUBISを知る方ならば誰もが知っているあの台詞を書けてただただ満足、な回。
いよいよ、戦闘もクライマックスです。


Episode.11 始まりの咆哮

 

――本来ならば草木も眠る夜の闇を、ガントレットの金色の射線が鮮やかに照らしだす。

 しかし、その美しさとは裏腹に、それらがもたらす結果は剣呑そのものだ。

 

「ごっ!? がっ!? ぐ、あああああああああっ!!」

 

 ガントレットが着弾する度に、オータムは強風に舞う木の葉のように翻弄され、建物に、地面に、街路樹に叩きつけられては撥ね飛ばされる。

 如何にハイパーセンサーが持つ空間把握能力と、PICによる慣性制御が優秀とは言え、それを扱うのが生身の人間である以上、それらを捌き切るのも無理がある。

 今やオータムは着弾のダメージよりも、度重なる衝撃と急激な速度の変化によって三半規管を揺らされた事による心身の混乱の方が深刻となっていた。

 胃が裏返ったかと思えるほどに激しい嘔吐感と、まるでメリーゴーランドのようにぐるぐると回る視界が、彼女の反撃と再起の機会を奪っていく。

 

「く、そ……が――ああっ!?」

 

 それに耐えながらバーニアを噴かして空中で停止する――が、そこに再び別方向から飛来する超音速の弾丸による猛攻。

 地上でも音速を超える機動が可能なISであっても、静止してしまっていてはガントレットの恰好の餌食であった。

 

「おおおおおあああああああっ!?」

 

 悲鳴の尾を引きながら、再び吹き飛ばされたオータムとアラクネが、壁を砕きながら盛大にその身をめり込ませる。

 それによって絶対防御が発動し、歩兵携行兵器を相手にしているとは思えない程の速さで、シールドバリアが減少していくのが分かった。

 

 ガントレットの真価は、ISのハイパーセンサーですら掻い潜る弾速と、その着弾の際の衝撃により攻撃対象を吹き飛ばし、『対象を砲弾とほぼ同速で障害物に叩きつける』事にある。

 それによって、攻撃対象となった者は自らが第二の砲弾となって壁に叩きつけられてダメージを負い、壁が無かったとしても、操縦者は急激なGと加速により三半規管にダメージを与えられてしまい、その後の行動に多大な支障を来してしまうのだ。

 

 そしてこれはISだけでなく多くの機動兵器にも有効であり、その後LEV用武装として発展を遂げていった。

 AD.2100年台――つまりディンゴ達の時代――においては、レオの愛機であるアドバンスドLEV「ビックバイパー」からジェフティにトランスプランテーションされ、通常では倒せない敵を倒す切り札として幾度も使われた事を考えれば、ガントレットという兵器の開発が、どれだけ有用なものだった事が分かろうと言うものだ。

 

……まぁ、今の時代の者達にとっては知る由も無い事であるが。

 

「撃てっ!!」

「――ッ!? チイイイイイイッ!!」

 

 再び飛来するガントレットの砲弾――それを、オータムは爪で切り払い、砲弾で相殺するが、四方八方から絶妙なタイミングで飛来するその全てを支えきれずに、結局は腕や脚の装甲でそれらを防御せざるを得なくなる。

 その度にオータムとアラクネは、ハンマーを叩きこまれた杭のように、壁へと打ち付けられていった。

 

(クソっ……!! 一発一発の威力はISをに比べりゃ大した事無ェのに、衝撃と慣性が殺し切れねぇっ!!)

 

 その度に、生身の部分に絶対防御が発動『してしまい』、再び目に見えてシールドエネルギーが減少していく。

 それはISが持つ弱点の一つに起因していた。

 

 

 究極のマルチフォーム・スーツたるISの弱点……それは従来の強化装甲服(パワードスーツ)のような全身装甲(フルスキン)では無く、四肢を除いた上半身や頭部などの多くが殆ど生身である事。

 これには大気圏外にて少しでも操縦者の感覚を生身に近づける事で、より高度な精密作業や作業の効率化を可能とし、危機察知能力や状況判断能力を向上させるという目的がある訳だが、猛烈な勢いで飛んでくる宇宙漂流物(デブリ)や太陽から降り注ぐ紫外線や各種放射線を初めとした有害な光線に対しては極めて脆弱になってしまう。

 

――これを補うのがハイパーセンサーであり、絶対防御や皮膜装甲(スキンバリア―)といった防御機構である。

 

 特にメタトロンの空間歪曲技術を応用し、生命維持装置も兼ねた後者の二つは非情に強力であり、理論上は例えISが機能を停止したとしても、その操縦者はISを纏っている限り、ありとあらゆる外界からの攻撃をシャットアウトし、保護される。

 これによってLEVや戦車、戦闘機といった既存の兵器による攻撃はその尽くが遮られてしまい、ISの桁外れの火力、機動力も相俟って、あっという間に世界のパワーバランスは塗り替えられていった。

 

……だが、一見無敵とも言える絶対防御であるが、弱点もある。

 『例えどのような状況下にあっても、操縦者を守り続ける』……その機能こそが、時に足枷となってしまうのだ。

 その徹底的とも言える防御機構が故に、多少なりとも操縦者が怪我を負う可能性のある衝撃やダメージを感知すると、その度にシールドエネルギーを消費してしまう。

 

 

 如何にISと云えども、これだけの数のガントレットの一斉発射を受ければ、破壊こそされないだろうが、良くてシールドエネルギーを失い、悪ければ具現化維持限界(リミットダウン)を起こすだろう。

 だが、オータムも並のIS操縦者では無い。

 

「――いい加減に……!!」

 

 ガントレットの弾幕が途切れた僅かな隙に、壁から這い出してどうにか体勢を整えたオータムは、猛烈な吐き気と三半規管の揺れを憎悪と憤怒で強引に塗りつぶす。

 そして、六本の爪に設けられた砲門を量子変換(インストール)してあった散弾バズーカのものへと変える。

 

「――しやがれえええええええっ!!」

 

 ハイパーセンサーの導きに従い、それらをガントレットが発射された地点へと一斉に解き放つ。

 放たれた砲弾はその途上で数百もの鋼の(つぶて)となり、その場所に戦列を敷いていた警備員達を巻き込むように降り注ぐ。

 

――その狙いは、心身が混乱状態に陥っているとは到底思えない程に正確だった。

 

「ヘッ!! ざまぁみやが――!?」

 

 粉々の肉片に変わる男達の姿を想像し、嗜虐の笑みを浮かべるオータム。

……が、それはすぐに凍り付く事となった。

 何故なら土煙が晴れた後には、土埃に覆われてはいるものの、殆ど無傷の彼らがいたから。

 更に、ハイパーセンサーが感知する生命反応は、放たれた砲弾の尽くが不発に終わった事を教えてくれる。

 

「……なっ!?」

「怯むなっ!! 撃てえっ!!」

 

 警備員達は再び砲弾を装填したガントレットを構え、一斉に射撃を開始する。

 しかし、先程のような不意打ちならばいざ知らず、如何に凄まじい弾速とは言え、それISにとってはあくまで『避けにくい』といった程度のもの。

 飛び退るように回避すると、お返しとばかりに砲門を構える。

 

――その瞬間、逆側の方角から絶妙なタイミングで放たれるガントレットの弾幕。

 

 ハイパーセンサーはその反応をすぐさま感知するが、回避は僅かに間に合わない。

 

「ぐ、がっ!!」

 

 腕を交叉させて装甲でガードすると同時に、バーニアを噴かして空中で踏み止まる。

 そこへ、今までとは別の方向からの砲撃が降り注ぎ、再びオータムは大きく跳ね飛ばされた。

 

(何でだ……!? 何でここまでタイミング良く……っ!!)

 

 そこでようやく、オータムは違和感に気付く――何故奴等は、ISを纏う自分に対して、これ程までにガントレットの砲撃を直撃させる事が出来るのか?

 如何に砲身に装備された自動照準器がどんなに優秀であっても、各人のトリガーのタイミングまではそうはいかない。

 IS学園の司令部に例えどのように優秀なオペレーターやナビゲーションシステムが存在していたとしても、これだけ距離の離れた集団に対して、刹那の間隙すら無く発射の指令を送る事など不可能な筈だ。

 

「訳が……分からねぇ……」

 

 オータムの顔が、怒りとは別のもので引き攣る。

――その瞬間、あの女(まや)の放った砲弾が、彼女の頭へと直撃する。

 またしても絶対防御が発動し、再びシールドエネルギーが大きく減少した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 麻耶を始めとした警備員達が、アラクネに対して有効打を与える事が出来た理由――それは、彼らが装備している通信素子の向こうからの『声』にあった。

 

 

『――第三班、第四班、トリガー……今』

 

 

『続けて第五班、第一斑は五秒後にトリガー』

 

 

『残存班はそれぞれ射線A、D、F上に移動』

 

 

『LEV隊、ガントレットの予備を第12番格納庫より運搬を開始して下さい』

 

 

「了解!!」

 

 

 その『声』の主であるエイダのナビゲーションに従い、警備員達が一斉に動き出す。

 しかもその声はそれぞれの班に全く同時に、一瞬の間すら無く矢継ぎ早に伝えれられていく。

 麻耶の持つ『打鉄』を中心に張り巡らされた擬似的なリングレーダーから伝えられるアラクネの情報を下に、中央校舎を中心として別れた各チームに対し、それぞれ個別の作戦を組み立てると同時に、状況が変化する度に微修正を行う。

 

――シミュレーション上ならばともかく、実際の戦場でそのような芸当をやり遂げるその姿は、最強の機体(ジェフティ)の独立型戦闘ユニットの面目躍如と言った所か。

 

『第五班、展開が遅れています。急いで下さい』

「ち、ちょっと待ってくれ!! 負傷者の治療中だ!! もう2,3分はかかる!!」

『了解、プランを修正。第三班、フォローに入ってください』

 

 無論、実際に動く警備員達は人間のため、例えエイダのナビゲーションが針の穴を通すかの如く正確でも、次第に遅れや停滞が生まれ始めていた。

 それに従い、アラクネがこちらの攻撃を避け、反撃を加えてくる回数も目に見えて増え、次第に警備員達にも負傷者が現れる。

 今は有利だったとしても、このままでは再びアラクネによる暴虐が巻き起こるのは目に見えている。

 それでも、十分に時間と距離は稼げた――今度は麻耶に次の指示を伝える。

 

『麻耶、機会は今しかありません。ディンゴの下へ急行して下さい』

「はいっ!!」

 

 その言葉に頷くと、麻耶はすぐさまバリケードを乗り越え、ディンゴの下へと駆け寄ろうと試みる。

 しかし、そのすぐ横を砲弾がいくつも突き刺さった。

 

「させるかよぉっ!!」

「……っ!!」

 

 麻耶がディンゴの下へと走り寄ろうとしたのを見るや、アラクネがガントレットの弾幕に晒されながらも砲弾を放ってきたのだ。

 かなりの距離が離れているため、狙いは殆ど盲撃ち――それでも、ISの大出力がもたらす破壊力は、麻耶の体を止めるには十分過ぎた。

 

「う、ううっ……」

 

 ともすれば体が吹き飛ばされそうな激しい衝撃波に、両手で顔を覆う。

 だが、重々しい金属音と共に立ちふさがった巨体が、麻耶と砲弾の間に立ち塞がった。

 

『……ぐっ!! さ、流石はIS!! きっついなこりゃ!!』

『畜生っ!! 直撃だけはしてくれるなよ……そうじゃなきゃ俺達の山田先生を守れねえんだからよっ!!』

 

 それは、セラミック合金製の盾を両手に構えたLEVの姿であった。

 マニュアル操作のぎこちない動きで、アラクネの砲弾に幾度も晒されながらも、スクラムのように互いを支えながら、ゆっくりと確実に麻耶を庇いながらも前に進んでいく。

 砲弾が直撃する度に盾が、装甲が抉れ、火花と紫電が辺りに飛び散った。

 

「み、皆さん……!!」

『何ぼうっとしてんですか山田先生!! 今の内に早くっ!!』

「あ、ありがとうございますっ!!」

 

 彼らを案ずるように見上げる麻耶を、LEVのパイロット達が怒鳴りつける。

 立ち止まっていては彼らの覚悟を無にする事になる――麻耶は一声礼を述べると、最早振り向く事無くディンゴの下へと走りだした。

 

『さーて、付き合って貰うぜ蜘蛛女!!』

『ただし、あんまり撃つんじゃねぇぞ!? こっちの身がもたねぇからな!!』

 

 そうやっておどけながら、LEV隊の男達は機体が崩れ落ちるまで、歩兵の盾たらんと前へ進み出た。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「取り敢えず助かったのはいいが……溜まったもんじゃねぇなこりゃ」

 

 その頃ディンゴは、流れ弾に巻き込まれないように、六脚LEVの残骸へと身を隠していた。

 ISの攻撃は勿論の事、飛び交う弾丸もスパイダーのレーザーのように当たりどころが良ければ生き残れるような代物では無い。

 

「ガントレットか……ブチ切れたレオでもこんなにぶっ放さ無かったぜ、畜生!!」

 

 そもそもディンゴは、この威力を身を以て知っている。

 無論サイズや出力を考えればディンゴの時代と比べて雲泥の差だが、例えかすっただけでも良くてミンチは確実だ。

 残骸へと避難する事が出来たのは幸いであったが、ディンゴは一歩も動くことが出来ずにいた。

 

――しかし、こうやって隠れているばかりでもどうにもならないのもまた事実。

 

 あの蜘蛛女(オータム)は、今警備員達のガントレットの砲撃により、ここからかなり離れた場所へと吹き飛ばされている。

 無論、ISを相手にするにしては十分過ぎる距離とは言い難いが、戦況を見るに、このままモタモタしていたら再びアレが自分を殺しに来るとも限らない。

 意を決して残骸から飛び出そうと身を乗り出した瞬間、逆にこちらへと近付いてきた影がそれを押し留めた。

 

「でぃ、ディンゴさんっ!! だ、大丈夫ですかっ!!」

 

 それは先程自分が避難させた麻耶だった――こちらに向かって全力疾走してきたのか、ぜぇぜぇと息を切らしている。

 あまりにも予想外な闖入者に、ディンゴは状況を忘れて目を丸くした。

 

「馬鹿野郎っ!! 避難してろって言っただろうが!!」

「――ひゃっ!? ご、ごごごごごめんなさいっ!!」

 

 ディンゴの怒声に、麻耶はびくり、と体を震わせ、両手で頭を庇うようにして身を縮こませる。

 体は十分過ぎる程に成熟しているのに、まるで幼い少女のような振る舞い……免疫の無い男性ならば、それだけでイチコロになってしまいかねないようなギャップである。

……生憎と、幼い頃から軍隊というある意味『爛れた』環境で生きてきたディンゴには効果が無かったが。

 

「あ、あの、そのっ!! じ、実は貴方にコレを――」

「話は後だ!!

そんな所でボサッとしてないで隠れろっ!! 流れ弾に当たってミンチになりてぇのか!?」

「わ、きゃっ!?」

 

 何か言いかける麻耶の肩を掴むと、まるで押し倒すかのように残骸へとその身を引き寄せる。

 そのすぐ頭の上を、アラクネが放った散弾が通りすぎていく。

 

「ふぅ……危ねぇ危ねぇ……大丈夫か?」

「――――えっと、あの、その……」

 

 額の汗を拭い、傍らの麻耶を見下ろすと、彼女は顔を真赤にしながら目を白黒させ、全身をブルブルと震わせていた。

 何処か撃たれたのかと思い、全身を見回すがどうやら目立った外傷は無さそうだ。

 しかし、彼女の体に視線を向ける度に、顔の紅潮は更に酷くなっていく。

 

「あ、あの……あ、あんまり見ないで……ください」

「あん?…………あー、悪ぃな」

 

 蚊の鳴くような声に首を傾げるが、すぐに状況を察して身を離すディンゴ。

 非常事態だったとは言え押し倒すような形になった上に――麻耶の今の姿は、一見するとハイレグの水着のようにぴったりとしたISスーツ。

 状況が状況でなければ、引っ叩かれるのは勿論の事、警察を呼ばれてもおかしくは無い。

 

――二人の間に、ここが戦場である事を忘れそうになるような、微妙な雰囲気が漂う。

 

 麻耶は顔を真赤にして俯き、ディンゴは気不味そうに頭をバリバリと掻きながら視線を逸らす。

 そんな空気を打ち払い、冷たい無機質な声が響き渡った。

 

『…………お二人が仲が良いのは結構な事ですが、今は緊急事態です。後にして下さい』

「ひゃっ!?」

「んな訳があるか!!……って、お前エイダか?」

 

 咄嗟に反論してから、ディンゴはようやくそれが随分と付き合いの長くなった相棒のものだと気付く。

 見れば、麻耶の手の中にあるブレスレット型のデバイスがメタトロン特有の燐光を放ちながら音声を発していた。

 

『はい、現在はこのISを通じて通信を行なっています。

 ご無事で何よりです、ディンゴ』

「何の因果か、休みなくトラブルに巻き込まれちゃいるがな……色々、感謝するぜ」

『お気遣いなく。それが私の任務ですので』

 

 ふ、と口を綻ばせてディンゴは微笑む――心無しか、エイダの声も何処か温かみに満ちている。

 だがそれも一瞬の事、すぐに表情を引き締め、現在の状況の整理を始めた。

 

「――状況はどうなってる?」

『ディンゴからの信号を受信したと同時に、学園へのハッキングを開始……少々トラブルもありましたが、この学園の全システムを掌握する事に成功しました』

「……全システム!? やりすぎなぐらいにやってくれたな……戦況は?」

『現在、警備隊と連動してIS「アラクネ」と戦闘中。

膠着状態ではありますが、優先予測指数は減少中。数分と経たず、突破される危険性があります』

「チッ……ガントレットでも抑えきれないなんざ、つくづくミニサイズなOFだな。

ジェフティは無事か? まさか絶賛破壊中なんて言わねぇよな?」

 

 自分の予想よりもエイダが行動してくれていた事に、内心感謝半分、驚愕半分になりながら、続けて戦闘中には不可能だった周囲の状況を確認する。

 

『はい、しかし危険な状況にあるのは変わりありません。

当機が擱坐している第二アリーナを中心に、残存する無人戦闘機群が集結。

警戒に当たっていた当学園の教師2名が戦闘中ですが、物量に押される形で苦戦中です』

 

 やはり、LEVのレーダーで確認した時も何となく察する事は出来たが、やはり状況はこちら側の不利に傾いているようだ。

 何かしらのアプローチをしなければ、このまま瓦解してもおかしくは無いだろう。

 

「――援軍はどうなってる?」

『現在、不正アクセスによって発動されたレベル5のセキュリティによって、IS格納庫や操縦者の宿舎等が閉鎖されている状況です。

 一部は既に当学園の生徒達によって解放済みであり、ISの整備も進んでいますが、ルートの問題で未だに搭乗者の到着に時間がかかっているのが現状です』

「解除出来るか?」

『はい、ランナーである貴方の許可があれば、所要時間6.5秒で全セキュリティを解除した上で、レベル3まで引き下げる事が可能です』

「――すぐにやってくれ。そうすりゃ少しはこの後が楽になるだろ」

『了解。解除プロセスを開始――――クリア』

 

 もしこの光景を千冬や布仏を始めとした整備科の生徒達、司令室のオペレーター達が見たならば、きっとこう言うだろう。

 

 

……自分達の苦労は何だったのか、と。

 

 

 だが、当のディンゴとエイダにとっては彼女たちの感慨など関係無く、ただ『やれるからやる』だけだ。

 

「とんでもねぇ早業だな……流石としか言いようがねぇ」

『機体は半壊していますが、当機の演算能力はこの時代のメタトロン・コンピュータの性能とは一線を画しています。

 この程度の事ならば当然です。賞賛は必要ありません』

「……はいはい。ったく、感謝のしがいの無い奴だぜ全く」

 

 いやに人間臭い言葉を吐いたと思ったら、そのすぐ後にはAIらしいぶっきらぼうな口調に戻るエイダに、ディンゴは苦笑するしか無かった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 そんな二人の会話を聞いていた麻耶は、じっとその様子を見つめ、ふ、と微笑んだ。

 

「……? 何だ?」

「あ、いえ……何だか、羨ましいなぁー……って」

「羨ましい? 何でだ?」

 

 彼女の唐突な言葉に、ディンゴが訝しげに首を傾げながら問い返す。

 

「私、こう見えても黎明期からこの子達(I S)に関わってるんです。

だから、かもしれないんですけど……いつも神経接続をする度に、メタトロンの鼓動みたいなものを感じるんです」

「…………」

 

 学園のデータベースを覗き見たエイダとは違い、ディンゴはこの時代の知識を全く持ち合わせていないため、麻耶の言葉は半分も理解する事は出来ない。

 だが、いちいちそれを指摘する事も憚られるし……何より、彼女の真剣そのものな表情を見て、変な茶々を入れる気にもならなかった。

 

「この子達がどんな風に飛びたいかとか、どんな風に戦いたいとか、何となく分かるんですけど……それを語りかけてくれる事なんてありませんでした。

 だから、お二人みたいにそうやって言葉を交わして、心を通わせる事が出来るのが、何だかいいなぁ……って」

「心、ねぇ……んな大層なもんじゃ無いんだがな……」

 

 何処か夢見る少女のような表情で語る麻耶に、ディンゴは少し気恥ずかしそうに言葉を濁す。

 そして、更なる詮索は無用とばかりに踵を返すと、麻耶を手招きした。

 

「まぁ、無駄口はここまでにして……取り敢えずここから移動するぞ。

状況を考えりゃ、こんな所で呑気に喋ってる暇はねぇ」

「はいっ!!」

 

 ディンゴの言葉に頷き、後に続こうとする麻耶――だがその瞬間、ISから警告音が響き渡った。

 

『警告――敵IS「アラクネ」が警備隊防衛線を突破……捕捉されました』

 

 その言葉に顔を青くする麻耶と、表情を厳しくするディンゴ。

――同時に、轟音と共に彼らへと覆い被さるように影が差した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「よおおおおおうやく捕まえたぜぇ……このクソ野郎共おおおおおお……!!」

 

 まるでふつふつと煮え滾るマグマを連想させるような、狂気と怒りを限界まで圧縮させたような声。

――そこには、こちらに向かって引き攣るような笑みを浮かべる(オータム)と、全身をアラクネの爪で貫かれ、高々と持ち上げられたLEVの姿があった。

 

『ぐ……済まねぇ山田先生……!! 早く、逃げてくれ……!!』

 

 ISを通して苦しげなLEVパイロット達の通信が聞こえてくる。

――アラクネに持ち上げられている機体のパイロットは既に脱出しているようだが、残っていたLEV達もその全てが煙を上げる残骸と化していた。

 何をしようとしているかは一目瞭然だ……オータムは、LEVの巨体で以てディンゴと麻耶の二人を纏めて押し潰そうとしているのだ。

 

「くっ……!! 撃てぇっ!!」

 

 その状況を打開せんと警備隊長の号令の下、再びガントレットがあちこちから放たれる。

 

「ヒャハハハハハハッ!! もうその手は通じねぇぞ雑魚共があっ!!」

 

 オータムはそれに対して狂笑すると、数トンはあろうかと言うLEVの巨体を振り回し、飛来する砲弾の尽くを防御する。

 躱し切れないガントレットがあちこちに突き刺さるが、残骸という(おもり)によって抑えつけられ吹き飛ばされる事は無い。

 如何にISに対しては有効打を与えうるガントレットだが、あくまでそのカテゴリーは対IS歩兵携行火器であり、LEVのような大質量の物体に対しては決定打とは成り得ない。

 事実、砲弾が突き刺さる度に無数の装甲とパーツの破片が飛び散るが、アラクネを吹き飛ばすには至らない。

 数十、数百発を叩きこめば別なのだろうが、それまで呑気にオータムが待つ事などあり得ない上に、下手をすれば流れ弾が麻耶やディンゴに当たる可能性もある。

 

「もうこの際どんなやり方だろうが関係無ぇ……テメェらをぶっ殺せりゃなあああああ……!!」

 

 ディンゴはその瞳を見て直感した――完全に、ブチ切れている。

 

 もう少しで対象を殺せるという理由と、たかが『男』とLEVに対してそこまでやらなければならない事を許せないプライドによって辛うじて踏み止まっていた一線が、一時的とは言え見下していた格下相手に手玉に取られたという耐え難い屈辱によって踏み越えられたのだ。

 その言葉の通り、奴はどんなに傷を負おうとも、手段を選ばずにこちらを殺そうとするだろう。

 

……こうなってしまったら、こういう手合いは非情に厄介だ。

 

 ディンゴは思わず忌々しげに舌打ちをした。

 このままでは、麻耶共々下敷きにされてお陀仏だ――ディンゴは覚悟を決めると、麻耶に向けて目配せをして囁く。

 

(……いいか麻耶。俺が合図したら、全力でバリケード目掛けて一気に走れ)

(は、はいっ……!!)

 

 そして、可能な限り気付かれないように、じわり、じわりと後退りする。

 だが、アラクネのハイパーセンサーはそれすらも感知してしまう。

 

「あぁあああん……!? 一体何処に行こうってんだぁああああ……!?」

 

 ミキミキと耳障りな音を立てて、LEVの残骸が更に高々と持ち上げられていく。

 それが全速力でこちら目掛けて投げられるまでは、瞬きの一瞬で済むだろう。

……そのためにも、1mmでも遠く、刹那の一瞬でも長く逃げなければならない。

 

 

 ディンゴの額から顎へと、一滴の汗がゆっくりと伝う。

 

 

――それが雫となり、アスファルトの上で跳ねた瞬間……

 

「――今だっ!!」

「――死にやがれえええええええええええええええっ!!」

 

 全くの同時に、ディンゴと麻耶が地を蹴り、オータムが全力でLEVの残骸を振り上げた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 何も考えず、ただ手足を無我夢中で動かし、あらん限りの速さで走る。

 あと数メートルでバリケードへと辿り着く……そこで麻耶はようやく気付いた。

 アスファルトを駆ける足音が、自分のものしか無いという事に。

 

「――ディンゴさんっ!!」

 

 麻耶は首だけを振り向かせてあらん限りの声で叫ぶ。

 そこには、自分とは全く違う方向へと駆けるディンゴの姿があった。

 

「――止まるな!! 行けっ!!」

 

 彼は自らを囮にしたのだ――怒り狂ったオータムの矛先が、自分自身に向けられる事を見越して。

 

 

――何で?

 

 

――何で、会ったばかりの私に、そこまでしてくれるの?

 

 

 麻耶には分からなかった。

 何故彼が、先程まで見ず知らずだった筈の自分を、身を呈してまで守ろうとするのか。

 ただの親切心や、義侠心でも無い……そんな生易しい理由で、あんな顔を出来る筈が無い。

 

 

……あんな、一度無くしたと思ったものを、また手に入れる事が出来たような、心から嬉しそうな純真な子供のような顔を。

 

 

 麻耶がそんな思いを抱いている間にも、ディンゴは全速力で走り続ける。

 

――速い。

 

 最初に対峙した時のような、ゼロから一瞬にしてトップスピードを叩き出す、肉食獣の如き疾走。

 だが、それもアラクネのハイパーセンサーの前では無意味だった。

 

「遅ぇええええええええんだよバアアアアアアアアアアカっ!!」

 

 オータムはそんなディンゴを嘲笑いながら、LEVの残骸を全力で投げつけた。

 10トンはあろうかという鉄の塊が、砲弾もかくやといった猛烈な勢いで唸りを上げる。

 それは一直線に、ディンゴの駆ける先へと迫り……覆い被さるかのように叩きつけられた。

 

 

――大質量の岩同士がこすれ合う耳障りな轟音と共に、凄まじい衝撃が響き渡る。

 

 

「いやあああああああああああああっ!!」

 

 麻耶が、絶望の悲鳴を上げる。

 

 

――だが、巻き起こった土煙の中から転がりながら飛び出す影……ディンゴだ。

 

 

 運良く残骸が巻き起こした衝撃波に吹き飛ばされて、直撃を免れたのだろう。

 だが、その体は勢い良く吹き飛ばされた事で何度も地面に叩きつけられ、すぐには動けない。

 

「ヒャハッ!! ヒャハハハハハッ!! さぁぁぁぁあああ……追い詰めたぜクソ野郎おおおおお……!!」

 

 その間に、アラクネは再び傍らに落ちていたLEVの残骸に爪を突き刺して持ち上げ、再びそれでディンゴを地面に染みへと変えんと振り上げる。

 

「クソッ!! 総員奴を救え!! 撃てっ!!」

「ダメです隊長っ!! バリケードと残骸が邪魔して殆ど奴には届きませんっ!!」

 

 周囲の警備員達も懸命にオータム目掛けてガントレットの砲撃を試みるが、運悪く飛び散ったLEVの残骸や積み上げたバリケードが死角となり、有効打を与えられない。

 その間に持ち上げられるLEVの残骸のスピードは、麻耶にはいやにゆっくりに見えた。

 

 

――何も、出来ないの?

 

 

――私じゃ、あの人を助けられないの?

 

 

 最早、彼女の中には絶望も、恐怖も、焦りも無い――ただ、どうしようも無い無力感だけが体中を支配していく。

 自らを力尽くで取り押さえた自分を、彼は二度も助けてくれたというのに、自分は彼の危機に対して、ただ立ち尽くす事しか出来ない。

 

 

――やっぱり……ダメなんだ……。

 

 

――私なんか、ISが無かったら……ただの……ただの……!!

 

 

 

 

 

(――――そんなことないよ)

 

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 暗く沈んでいきそうな心の中に、小さいけれど、確かな声が響く。

 それは、ギュッと固く握りしめた右手の中から聞こえたような気がした。

 

 

……固く握りしめたその中にあったのは、力強く光り輝くブレスレット。

 

 

 

 

(――まやは、むりょくなんかじゃないよ)

 

 

 

 

 自分の顔を淡く照らす、メタトロン特有の緑色をした優しい光。

 そこで、ようやく麻耶は思い出した――先程エイダが言ったあの言葉を。

 

『――これを一刻も早く、ディンゴの下へ届けて下さい』

 

 今の時代、誰もが笑い飛ばすであろうあの言葉――しかしそれが頭に過ぎった瞬間、彼女は駆け出していた。

 藁に縋りつくのでは無く、自ら決断し、それに向かってただ只管に駆け出す。

 

 

 

――何も出来ない訳じゃない。

 

 

 

 こんな自分にも何かが出来るのだと、この手の中にある光へと答えてあげるために。

 

 

 

「――ディンゴさんっ!! 受け取って下さいっ!!」

 

 

 

 あらん限りの叫びを上げて、麻耶はディンゴ目掛けてISを放り投げた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 咳き込むと、口から黒みのかかった血の塊が吐き出される。

……どうやら、内臓の一部を痛めたらしい。

 手足は鉛のように重く、動かそうとするだけで億劫だ。

 

「ゲホッ……ゴホッ……ここいらが、限界か……」

 

 吹き飛ばされ、何度も地面に叩きつけられた末にぶつかったバリケードに背を預けながら、ディンゴは自嘲しながら呟いた。

 

「この程度で根を上げるなんざ、我ながら情けねぇもんだぜ」

 

 何が火星の英雄だ――OFが無ければ、目の前でやかましくヒステリーを撒き散らす女の纏うトンデモパワードスーツに対抗する事も出来ない。

 だが、ディンゴの顔には勝ち誇るような笑みがあった。

 

 

――何故なら、『あの時』と同じような状況で、生き残らせる事が出来たから。

 

 

 辺りを見回せば、充満する煙と炎、そしてその中に転がる無数のLEVと『人』の残骸。

 その数には圧倒的な差はあれど、その光景は嫌でもディンゴに旧バフラムでの最後の任務を思い出させる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

……あれは、木星圏にあるコロニー・アンティリアの研究施設へと送るメタトロンの護送任務を終え、衛星カリストのキャンプに帰る途中の事だった。

 情報統制は完璧だった。地球連合軍には一切感知されず、後はいつもの仲間と帰って一杯やる事を楽しみにするだけの……筈だった。

 

 

――しかし、そこに待っていたのは、地平線を埋め尽くす程の地球連合軍率いるLEVの大部隊。

 

 

 何で? どうして? 悲鳴に近い言葉を叫び、動揺する仲間達を抑え付け、当時中隊長であったディンゴは彼らを率いて戦闘を開始した。

 当時、自分の率いる03中隊は、バフラムの中でも『最強』と謳われる程の精強を誇る部隊であり、その名は地球連合軍にも響きわたっていた。

 

 そのためなのか、敵は完全武装した当時最新型のLEVばかり――対して、こちらは火星向けに軍から払い下げられた旧型、武装も貧弱なものしか無かった。

 圧倒的な力と物量で、こちらの無力を嘲笑いながら進軍する地球連合軍。

 

――気心の知れた、幼い頃から共に戦ってきた者達が、一人、また一人と倒れていく。

 

『隊長……もう、もう俺は……俺たちは――』

『諦めるんじゃねぇっ!! 大丈夫だ!! もう少しで援軍が来る!! だから立て!! 撃て!!』

 

 喉が張り裂けんばかりに叫んだ。恥も外聞も無く、味方の基地へと繋げた通信へと、助けてくれと縋り付いた。

 

 

 

 だが……待っていたのは、当時の司令官であった男の蛇のような笑みと、あまりにも無情な一言だった。

 

 

 

 

『――――諦めろ』

 

 

 

 

 その言葉に絶望し、全てを悟った――自分達は売られたのだ。

 この男に、火星に、バフラムに、最強部隊を壊滅させたという大戦果に地球連合軍を酔いしれさせ、奴等を油断させるため。

 

 

――ただ、それだけのために。

 

 

『     ッ!!』

 

 司令官を呪い殺さんばかりに罵倒しながら、それでもディンゴは戦った。

 

 

 

――戦って、

 

 

 

――戦って、

 

 

 

――戦い続けて、

 

 

 

 気付けば、地球連合軍は撤退し、自分はLEVの残骸の中で倒れていた。

 地球連合軍は撤退したのか、もう何の音も聞こえない。

 

『――みんな……お前ら……無事か……?』

 

 通信を入れるが、帰ってくるのは耳障りなノイズだけ。

 

 

 ハッチをこじ開けて、辺りを見回す――そこには、残骸、残骸、残骸。

 

 

 動くものは一つも無く、ただ、無数の地球連合軍のLEVの残骸と、その群れの中で同じように倒れ付す仲間達の機体だけがあった。

 

『おい……ジョン……ロイ……フランソワ……マイクッ!!』

 

 仲間達の名前を叫ぶが、誰一人として答えない。

 走った……カリストの大地を覆う氷に、何度も足を取られながら、ひたすら走った。

 

『ムハマド!! イシカワ!! チャベス!! 誰か……誰かいねぇのかっ!?』

 

 もう、結果は火を見るよりも明らかだったが、それでもディンゴは諦めきれなかった。

 

『ディン……ゴ……』

『……ッ!! その声……リチャードか!?』

 

 そして、ようやく聞き慣れた呻きが聞こえてきた――歳若い自分をいつも支えてくれていた、ベテランの下士官だった男だ。

 

 

 だが……駆け寄ってから気付いてしまった。彼が既に手遅れである事に。

 

 

 彼の体はひしゃげたハッチによって潰され、コクピットの中は血と内臓をぶち撒けたプールと化していた。

 

『おい……しっかりしろ!! 死ぬなリチャード……おやっさん!! 娘がいるんだろ!?

いつも酒飲む度にウザってぇ程自慢してたじゃねぇか!!』

『あ、あぁ……そうだ……こ、今度、マリネリスのジュニアハイスクールに入学して……か、可愛いんだぜ……こんど、みんなに、しょうかい……』

『おい!! おやっさん!! 気をしっかり持て!! 戻ってこい!!』

 

 段々と、支離滅裂になっていく恩人の言葉と意識を、必死に繋ぎ止めようと叫ぶ。

 手遅れとは分かっていても、それでも、ただ只管に。

 

『何でだ……何で……いつも俺達(エンダー)はこうなんだ!!」

 

 いつしかディンゴは、どうしようもない無力感に対する怒りと憎しみを吐き出していた。

 それは今まで抑え付けられていたどうしようもない衝動に突き動かされて加速し、彼の頭の中をどす黒く染め上げていく。

 

『もっと……もっと俺達に……俺に……力があれば……誰にも負けねぇような、圧倒的な力が……っ!!』

『待て……隊長……ディンゴ……それ以上は……それ以上は駄目だ……』

 

 その時、死にかけていた筈の男が、はっきりとした声をあげた。

 虚ろだったその瞳は、今は確かな光をたたえてディンゴを見つめている。

 

『力ってのは、そういう物じゃない……力をただありのままに使ったら……奴等と、同じじゃないか……』

『おやっさん……』

 

 その光を――最期に言い残した言葉を、ディンゴはその数年後に思い出す事になる。

 

 

 

『……力は正しい事に使え――少なくとも、自分がそう信じられる事にな』

 

 

 

 それだけを言うと、彼は目を閉じ――二度とそれを開ける事は無かった。

 とうとう、吹雪舞い散る氷原に動く者は、ディンゴ以外誰一人としていなくなった。

 

 

――涙を止めど無く流しながら、ディンゴは泣き叫んだ。

 

 

 群れを失った狼のように、何処までも悲痛な咆哮が、カリストの大地に響き渡った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 その後、失意の内に落ち延びて潜伏し、それからジェフティを巡る火星の騒乱に巻き込まれ……ディンゴは、何度も取り零して来た戦友達の命を幾度も救い、『あの時』の仇も討つ事が出来た。

 かつて彼の心に大きく巣食っていたトラウマは、今では完全に払拭されている。

 

 

――しかし今回は、圧倒的な力を持つジェフティでは無く、あの時と同じような旧式で鈍重なLEVで同じように共に戦場に立つ者達を救えたのだ。

 

 

 何だかそれが、本当の意味で『あの時』の仇を討てたような気がして、少し嬉しかった。

 満足気な笑みを浮かべてから見上げれば、再び残骸を持ち上げるアラクネの姿。

 避けようにも、体はどうにも動いてくれない。

 

(――済まねぇなレオ、ケン……どうやら先に行く事になりそうだ)

 

 ならばせめて、目を逸らすこと無く前を見続けてやろうと、視線を向けた先に見えたのは、こちらに向かって走ってくる麻耶の姿。

 

「ディンゴさんっ!! 受け取って下さいっ!!」

 

 彼女は大きく振りかぶると、こちら目掛けて緑色に輝く何かを思い切り放り投げる。

 咄嗟に掴み取ると、それは力強いメタトロン光を発するブレスレットのようなものだった。

 

「これは――?」

『――ディンゴ』

 

 それが何なのかを理解する前に、そこから聞き慣れたエイダの声が響き渡る。

 

 

 

『――何を、諦めているのですか?』

 

 

 

 いつも通りの、無愛想で、無機質な人口音声……だが、彼女は明らかに『怒って』いた。

 

「……何?」

『あの時……アーマーンの爆発に巻き込まれる寸前に、私に言った言葉を忘れたのですか?』

「…………っ!!」

 

 その言葉に、ディンゴは気付かされた――自分が、生き残る事を諦めていた事に。

 目の前で零れていく命のいくつかを、『あの時』のような状況から救えた……ただ、それだけの事で。

 残される人々の悲しみも嘆きも無視して、完全な自己満足に浸りながら、『何もする事無く』。

 

 

 

『忘れてしまっているのならば、今度は逆に私が言いましょう――何もしないまま、死なないで下さい』

 

 

 

「――は、はは……はははははははははっ!!」

 

 その言葉に、ディンゴは知らず知らずの内に吹き出し、腹の底から笑っていた。

 エイダに声をかけられるまで、自分が偉そうに言った言葉すら忘れてしまっていた自分自身があまりにも滑稽で、どうしようも無い程に愚かだったから。

 

(済まねぇな皆、リチャード、ロイドの爺さん……一瞬でも、満足なんかしちまってよ)

 

 こんな自分が、どの面を下げて彼らに会えると言うのか――考えるだけでも馬鹿らしい。

 だから、ディンゴは笑った――そんな腐った自分を叩き出すかのように。

 

「テメェ……何が可笑しい……何が可笑しいってんだよおおおおおっ!?」

 

 いきなり狂ったように笑うディンゴの表情が不愉快だったのか、オータムが苛立たしげに怒鳴り散らす。

 しかし、ディンゴはそんな彼女になど目もくれず、笑いの発作から立ち直ると、エイダに向かって呟いた。

 

「――ありがとよエイダ……おかげで、目が醒めたぜ」

『それでこそ、私のランナーです。何時までも呆けてしまっていても困ります』

「ハッ……言ってくれるぜ」

 

 バリケードに手を当てながら、立ち上がる――何時の間にか、手足には再び力が宿っていた。

 そして再び獰猛な光を帯びた瞳で、真っ直ぐにオータムを睨み付ける。

 

「は、ハハッ!! 何だそりゃ……何の真似だ!?」

 

 再び立ち上がった彼の姿を見て、そして、彼の手の中にあるものを見て、オータムは嘲笑うように叫んだ。

……その笑みは何処か引き攣り、声は掠れていたが。

 

「どんなに粋がろうが、喚こうがテメェなんかには……男にはソイツは……ISは扱え――」

「あぁ? それがどうしたクソアマ」

 

 そんな声すら遮って、ディンゴは笑った。

 

「なっ……!?」

「コイツがどんなものなのかなんざ知った事か。

ただ言えるのは、コイツがどんなものであろうと『力』ってんなら――」

 

 そこで言葉を切り、ブレスレットを握り締めた手を、高々と頭上に掲げる。

 

 

 

「俺はただソイツを『使う』だけだ――少なくとも、自分自身が正しいと思う事にな」

 

 

 

 その瞳は何処までも真っ直ぐで――真っ直ぐで――。

 

「あ、あああああああああっ!! 消えろ消えろ消えろ消えろおおおおおおおおっ!!」

 

 オータムが髪を振り乱しながら叫び――一際大きく残骸を振りかぶった。 

 しかし、ディンゴはただ静かに、エイダに向かって語りかける。

 

 

 

「エイダ――どうすりゃいい?」

 

 

 

 ディンゴは、何も聞かなかった。

 その手の中で光るブレスレットが、力強い鼓動を返してくる――それだけで十分だ。

 

 

 

『考える必要はありません……ただ、呼んで下さい。叫んで下さい』

 

 

 

 エイダもまた、余計な事は何も言わなかった。

 ISを通じて伝わる彼の鼓動が、熱く、激しく伝わってくる――それだけで十分だ。

 

 

 

 

 

『――貴方と私が、初めて出会った時のように』

 

 

 

 

 

「ああ……信じてるぜ、相棒」

 

 

 

 

 

――それは、ディンゴとエイダが交わした最初の言葉。

 

 

 

 

 

『――おはようございます、戦闘行動を開始します』

 

 

 

 

 

――それは、未来と過去、二つの物語の始まりを告げる言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「動けえええええええええええええええええええええええええっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、IS学園全体から緑色のメタトロン光が中央校舎へと次々と集っていく。

 耳障りな音と共に、高まっていく光と力――それでも溢れだして止まらない。

 

 

 

 

 そして、それが最高潮に達したかと思うと、猛烈な光の爆発が巻き起こった。

 

 

 

 

 

『――ジェフティとIS「打鉄」との完全同調完了……パーティ、コネクテッド』

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 足元がすり鉢状に抉れたその場所に残るのは、アラクネによって叩きつけられた残骸のみ。

 

 

 

「あ、あ……あ……」

 

 

 

 

 

「う、そ……」

 

 

 

 

 

「馬鹿な……こんな事が……」

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!! し、知らないっ!! こんなの知らないっ!!

有り得る訳無いよっ!! わ、私はそんな風に作った覚えなんか――!!」

 

 

 

 

 周囲の人々や、人知れずそれを監視していた者達の呻きにも似た言葉を他所に、男に叩きつけられた筈の残骸が、ゆっくりと、ゆっくりと持ち上がる。

 その度に、びきり、びきりとひび割れて行く鉄の塊と、その間から漏れだすメタトロンの光。

 それはまるで、卵から雛が孵るかのように、これから生まれる者を祝福するかのように、強く、強く。

 

 

 

 

 

 

――――バギンッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 そして、それが真っ二つに割れた時、そこには全身をメタトロン光に覆われたディンゴの姿。

 

――否、彼が光に覆われているのでは無い。

 

 彼が纏う、鈍色で武骨な鎧武者を思わせる装甲――IS「打鉄」が、眩いばかりの光を帯びているのだ。

 

 

 

 

 それは紛れも無く、この世界で初めて……男性がISを起動させた瞬間だった。

 

 

 

 

「は、はは、ははははは……有り得ねぇ……こんなの……こんな――――」

 

 最早完全に引き攣ったオータムの呟きは、最後まで言い切れずに尾を引いて飛んだ。

 一瞬にして間合いを詰め、振りぬかれたディンゴが纏う打鉄の拳によって。

 

 

 

「散々好き勝手にやってくれたな……立てよクソアマ――この程度で済むと思うんじゃねぇぞ」

 

 

 

 地面に這い蹲る蜘蛛を睥睨するかのように、狼は牙を剥き出すかのように獰猛に笑った。

 




やっと……やっと書けたあああああああああああ!!


という訳でディンゴが今後操る機体は、「打鉄」となりました。
色々と候補はあったのですが、やはり自分としては

「スペックの劣る機体を、経験と技術の差で埋める」

というスタンスが大好きですので。


まぁ、無論エイダのサポートがあるって時点で色々チートではあるのですが……(汗
そこら辺のバランスも、上手く取れていけたらな、と思っています。

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