IS×Z.O.E ANUBIS 学園に舞い降りた狼(ディンゴ)   作:夜芝生

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書きたい事を詰めすぎて、場面転換や時系列が少しゴチャゴチャになり過ぎたかもな第9話。
ディンゴのLEV無双、そしてISとのリベンジマッチの開始となります。

また、このSS中での榊原先生とエドワース先生の出自とかに関しては、完全な自分の独自設定です。
一応本編中に名前が出たキャラ以外のオリキャラ等は、なるべく出さない方針で行こうと思っていますので、このような形に落ち着きました。

……このような設定が苦手な方は申し訳御座いませんorz


Episode.9 ジョン・カーターは舞い降りた

「あーあ、『借り物』の力で随分と調子に乗っちゃって……見苦しいったらありゃしないね」

 

 混乱の渦に飲み込まれつつあるIS学園の上空で、束はPICを用いて空中で『座り』ながら、眼下の惨状を見下ろしていた。

 ただし、その姿は常人には見えない――彼女は、背中の翼が産み出した空間歪曲の隙間に身を隠しているのだ。

 

「――ま、そっちは後でどうとでも叩き潰せるとして……あ、また一人死んだ。

痛そうだねー、可哀そう可哀そう」

 

 字面だけを見れば同情的な言葉であるが、口調はまるで感情の篭らない冷淡なものであり、一つ、また一つと失われていく命を、心の底から「どうでもいいもの」として切り捨てているのがありありと分かった。

 

「さぁ、どんどん死ぬよエイダちゃん。キミがこの束さんに協力してくれない限りね。

……その中に、キミの愛しのランナー君が混ざるのは何時かな? 一分後かな? 一時間後かな?」

 

 クスクスと笑うその顔には、一切の悪意は無い。

 

 

――もし誰かがその笑顔を見たならば、妖精のようだと見蕩れただろう。

 

 

――もしその笑い声を聞いたのならば、珠を転がしたかのような美しさに聞き惚れただろう。

 

 

 己がどれだけ卑劣で、悪辣な事を口にしているか、全く自覚していない。

 今眼下で繰り広げられている狂乱は、全て彼女が『友達』を作るための儀式なのだ。

 

「そうなりたくなかったら、『友達』になろうよ♪

 そうすれば、沢山、沢山ご褒美をあげるからさ」

 

「友達」とは、自らの言う事に従い、協力してくれるモノ……その見返りとして、沢山ご褒美を上げれば、とても喜んでくれるモノ。

……それが、篠ノ之 束の頭の中にある真実だった。

 

「楽しみだなぁ♪ 『友達』になったら一緒に何をしようかな?

 いやぁ、ちーちゃんの言うように、『友達』を作るっていうのがこんなに楽しいとは思わなかったね!!」

 

 空想で作り上げた『友達』を求め、惨劇を楽しげに見つめる姿は狂人そのもの……しかし、その瞳は無邪気で純粋な光を放っている。

 もし、その姿を他人が見たならば、誰もがこう思うだろう――哀れだと。

 

「まだかなー♪ まだかなー♪ んふふふふふ……」

 

 自らを超越者として疑わない道化は、ただ『その時』を楽しげに待つ。

 

――しかし、その笑顔が再び起こった予想外の事態に引き攣るのは、その僅か10分後の事だった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 第二アリーナ前の広場は、凄まじい数の残骸で埋め尽くされていた。

 

「ああもうっ!! 一体何体いるのよ!?」

 

 「打鉄」を纏った菜月がうんざりしたように怒鳴りながら、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を掛けながら、両手に持った小太刀を振りぬいた。

 進路上にいたスパイダー達が、数体纏めて切り裂かれ、吹き飛ばされる。

 だが、動きが止まった所に、スパイダー達が狙いを定める。

 

――しかし、チャージが終わらない内に唸りを上げて飛来した弾丸によって、次々と撃ち抜かれていった。

 

「――愚痴ってる暇は無いですよナツキさん!! 狙い撃ちにされますから動いてっ!!」

 

 エドワースの「ラファール・リヴァイヴ」が放った、ライフルによる狙撃だ。

 彼女は左手に盾を構え、後方から一体ずつ確実に、スパイダー達を撃ちぬいていく。

 

――実力こそ千冬に及ばないものの、教師陣の中ではトップクラスの白兵戦能力を持つ菜月と、かつて第二回モンド・グロッソにおいて、狙撃で部門優勝者(ヴァルキリー)となったカナダ元代表・エドワースのコンビの戦闘能力は高く、今の所第二アリーナの中へは一切侵入を許していなかった。

 

「こんなのが来るって分かってたら、ショットガンやらグレネードやらを用意したのにっ!!」

 

 だが、菜月の「打鉄」に量子変換(インストール)されている武装はほぼ近接戦用。

 一方のエドワースの「ラファール・リヴァイヴ」は、スナイパーライフルやライフルといった中距離~遠距離戦に特化した対単体戦用の武器が殆どであり、このような大量に群がってくる敵に対する戦闘には適していない。

 そのため、二人は手の届く範囲や射程範囲内の敵を一体一体潰さなければならず、既にかなりのシールドエネルギーを消耗してしまっていた。

 

「無いものねだりをしてても仕方ないですよ!!

……右に大群です!! 潰して下さいナツキさん!!」

「言われなくても分かってるわよっ!!」

 

 口喧嘩をしながらも、菜月は指示通りに動き、スパイダー達を小太刀でなます斬りにし、柄で潰し、蹴り砕き、踏み砕き、吹き飛ばす。

 その間に、エドワースは手隙になった左側の群れ目掛けて牽制を行い、決して近づけさせない。

 

『――警告!! 敵所属不明機群、射撃体勢に移行。熱源数:20』

「……っ!!」

 

 ハイパーセンサーからの警告に従い、咄嗟に盾に身を隠す――20発もの熱線を、セラミック合金製の装甲が尽く防いだ。

 そして、即座に反撃――トリガーが引かれるごとに、スパイダー達が一体、また一体と破壊されていく。

 

……しかし、どれだけ破壊されても、スパイダー達は決して歩みを止めない。

 

 彼らは菜月とエドワースの二人を狙っているのでは無く、ただひたすら第二アリーナを……いや、その中にある『あの機体』を一直線に目指していた。

 彼女たちが攻撃されるのは、ただ二人が『その機体』を目指す上で邪魔だからに過ぎない。

 

(一体、あの機体に何があるっていうのよ……)

 

 全身にSSAを纏い、巨大なISコアのようなパーツを持つ巨大なロボット――尋常ならざる物だとは思ってはいたが、エドワースは考えてしまう。

 

 あの機体は、今後の自分達……いや、世界にとって、大きな転換点となるのでは無いか?

 

 ISという一つの巨大な転換点を体験した身として、彼女はそう思わざるを得なかった。

 それにこの戦闘機械(スパイダー)達が襲ってくる前に、機体へ接触を試みていた謎のISも気にな――。

 

「エドッ!! ぼさっとしない!!」

 

 菜月の警告に、はっとした表情で我に変えるエドワース。

――見れば、何時の間にか接近していたスパイダーの一団が、シールドバリア目掛けてレーザーを放っていた。

 

「くっ!!」

 

 すぐに頭を切り替え、トリガーを引く。

 猛烈な勢いで放たれた弾丸は、あっという間にスパイダー達を残骸へと変えた。

 

――ハイパーセンサーでバリアの残量を確認。

 

 大したダメージでは無いが、確実に強度は落ちてきている。

 もし、これ以上の大群の突破を許せば、恐らくは数分とは持たないだろう。

 『あの機体』の事は一旦頭から追い出し、スパイダー達の対処に集中する。

 

……そのため彼女は、アリーナの中から一瞬、強いメタトロン光が漏れたのに気付かなかった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 校舎にほど近い体育館前――ここでも多くの警備員達がスパイダーの襲撃を受けていた。

 

「クソッ!! クソッ!! こっちに来るんじゃねぇっ!!」

「LEVは!? LEVはまだなのかっ!?」

『――あと五分だ!! あと五分待ってくれっ!!』

「さっきも同じ事言ってただろうが!! もう騙されねぇぞ!!」

「畜生っ!! 死にたくないっ!!」

 

 統率すら取れず、誰もが騒ぎ立てるしか出来ない混乱状態の中、群がる数十機のスパイダー達へと必死に銃撃を続ける。

 彼らもまた、何機かのLEVを有する部隊であったが、未だに起動シークエンスを行う事も出来ずに、無用の長物と化していた。

 その間にも、スパイダー達は襲いかかり、とうとうバリケード目掛けて爪を振りおろし始める。

 

「畜生っ!! 離れやが……がぁっ!?」

 

 身を乗り出して、スパイダーを引き剥がそうと発砲した警備員の肩を、レーザーが撃ち抜いた。

 もんどり打って倒れる彼を、他の隊員達が引きずっていき、治療を施す。

……だが、それによって空いた穴を埋めるほど彼らに余裕は無かった。

 ただでさえ狭かったスパイダー達による包囲網が、ジワリ、ジワリと狭まっていく。

 その状況に焦った部隊の隊長は、必死にLEVのコンソールを叩きながら、司令室に向かって叫んだ。

 

「クソッ!! 司令室っ!! こっちはもう限界だ!! ISは!? 応援はまだなのか!?」

『――こちら司令室、織斑だ。

……済まない遅くなった。今からそちらに援軍のLEV一機を廻す。それまで耐えてくれ』

 

 聞こえてきた千冬の冷静な声に、隊長の焦りは瞬時に収まり、表情は歓喜に打ち震える。

 

「なんだって!? だが、制御システムが死んでるのにどうやって……?」

『――バリケード前の奴等!! 死にたく無かったら退いてろっ!!』

 

 だが、すぐに浮かんだ疑問の答えが帰ってくる前に、千冬とは別の通信から聞きなれない男の怒声が響き渡った。

――同時に、聞こえてくる装輪型LEVらしき駆動音。

 曲がり角の向こうから、六脚の下半身を勢い良く回転させながら疾走するLEVが姿を現した。

 

「おお!! 来てくれ……た……か……?」

 

 喜びの叫びは、六脚LEVが機体をガクガクと揺らしながらバリケード目掛けて一直線に突っ込んで来るのを認識した瞬間、引き攣るような呻き声に変わる。

 それは明らかに、バリケードを……そしてそこに陣取る警備員達を薙ぎ払う軌道に乗っていた。

 

「総員!! バリケードから退避ィっ!!」

『う、うわああああああっ!?』

 

 隊長の言葉、そして間近に迫るLEVの圧迫感に悲鳴を上げながら、警備員達は全速力でバリケードから飛び退く。

 

――と、同時に六脚LEVの巨体が、取り付いていたスパイダー達ごとバリケードをけたたましく薙ぎ払った。

 

 吹き飛ばされたバリケードの材料が地面に叩きつけられる音が止んだ後、隊長が頭を上げて隊員たちの安否を確認する。

 どうやら悪運の良い事に、撥ね飛ばされたり、バリケードの瓦礫に巻き込まれたりはしていないようだ。

 そして、先程までは雲霞の如く群がっていたスパイダー達も、殆どが轢き潰され、吹き飛ばされていた。

 

「と、取り敢えず……助かった……のか……?」

 

 今まで掻いていた汗に倍する程の冷たい汗を拭いながら、立ち上がろうとした警備員達だったが、再びそこに男の怒声が響き渡る。

 

『そのまま起きるな!! じっとしてろ!!』

 

 すると、数十m先で停止した六脚LEVが、こちらの方に向かってガクガクと腕を揺らしながら、装備されたチェーンガンの砲口を向けるのが見えた。

 

……間違いない。あれは、セミオート操作では無く、マニュアル操作だ。

 

 今度こそ、全身から掻いたことの無いような冷や汗が吹き出す。

 

「おい!! バカ!! 止めろおおおおおおおっ!!」

 

 だが、隊長の叫びも虚しく、六脚LEVの腕からチェーンガンが放たれた。

 激しく痙攣するように振動する腕から放たれる銃弾が、スパイダー達を蹂躙し……流れ弾が、金切り音を上げて警備員達の体のすぐ上を通り過ぎ、体育館の建物や道路、壁をえぐっていく。

 そして土煙が消え去った後……動くものは、警備員達と六脚LEVだけだった。

 

「俺達……生きてる……のか……?」

「あ、ああ……何、とか……」

 

 警備員達は自分達が無事なのが信じられないのか、呆然とした表情で言葉を交わし合い、一人、また一人と立ち上がる。

 そして、一斉に六脚LEV目掛けて向き直った。

――チェーンガンから硝煙の糸を吐かせながら、ガクガクと腕を下ろす。

 

『……ふう、何とかなったか』

 

 心底安堵した、とばかりの溜息と共に、通信から漏れ聞こえる声。

 

「……こ」

『あん?』

『殺す気かああああああああっ!!』

 

――そこでようやく、警備員達は一斉に怒号を発した。

 その声に、六脚LEVのパイロットはやかましそうな声を漏らす。

 

『仕方ねぇだろ。制御システムが死んでたせいで、こっちはフルマニュアルなんだ。

……それに全員無傷なんだろ?』

「確かに無傷だけどなっ!! すぐ側に着弾したせいでまだ耳がキンキン言ってんだよっ!!」

『あー、だからそれは手元がだな……』

 

 見れば、確かにそう怒鳴った隊員のすぐ横……腕一本分ほどの所には、まるでクレーターのような銃痕が残っていた。

 男の声が、気まずそうに濁る。

 

「それにな……見ろっ!! 後ろの体育館をっ!!」

 

 今度は隊長が、後ろにあった建物を指さす。

――そこは、流れ弾とその衝撃波によって、窓ガラスという窓ガラスが割れ、壁には夥しい数の穴が開き、剥がれた金属の壁材が垂れ下がる様子は、まるで戦場の廃墟のようだ。

 

「助けてくれたのはありがたいがな!! 警備隊が学園施設を自分から破壊してどうする!!」

『だー!! うるせえっ!! んなの気にして死んだらどうにもならねぇだろうが!!』

 

 次々と叩きつけられる文句に、男は憤慨したかのように怒鳴り返した。

言っている事には一理あるが……完全に逆切れである。

 

『大体俺は警備隊なんかじゃねぇ。アンタらの流儀になんざ従う義理は無いね』

「何だと!? じゃあお前は一体――!!」

 

 売り言葉に買い言葉、更にヒートアップしそうな口論の続きは、割り込むように響き渡った冷たい声にかき消された。

 

『――阿呆な口喧嘩はそこまでにしろイーグリット。

まだ救援が必要な場所は残っているんだぞ? 自分の立場を弁えろ馬鹿者』

『チッ、分かったよ。

――それじゃあなオッサン。

ここら辺の敵は掃討したから、負傷した奴等を治療しながらゆっくり休んでな』

「おい待――!?」

 

 制止の言葉も聞かず、男は千冬の通信に答えると、先程のように不安定な動きで勢い良く六脚LEVを旋回させると、次なる目的地向かっていった。

――時折、学園の備品をなぎ倒しながら。

 

「……LEV隊全機、セミオート機能の手動入力を即時中止!!

 マニュアルでの起動シークエンスに取り掛かれ!!」

 

 それを見届けた隊長は暫しの沈黙の後、その場にいるLEVに向かって指示を送る。

 突然の指示に警備員達から戸惑いの声が上がった。

 

『し、しかし隊長!! マニュアル操作は危険だから学園内では――!!』

「そんな事は分かっとる!! だがな!!

『奴』に任せてたら、ISが応援に来る前に学園がボロボロになる!!」

 

 隊員たちの言葉に、隊長は忸怩たる思いを覗かせるように叫んだ。

 常日頃、生徒達から屈辱を受ける事の多い彼らだが、何だかんだ言ってもこのIS学園は慣れ親しんだ職場であり、それなりに愛着もある。

 そんな場所が、侵入者だけでなく、何の愛着も持たない赤の他人に蹂躙されるなど以ての外だった。

 

『それに、未熟すぎてマトモに操れない奴だっています!!』

「それなら、あの子グモ共を踏みつぶすだけでも、歩兵の盾になるだけだっていい!!

 とにかくLEVを出撃させるんだ!!」

 

 隊長がそう命令を下しても、無線の向こうから、そして周りから、戸惑うような息遣いと、ざわめきは中々消えなかった。

 しかし、次に告げられた言葉に、皆が皆息を呑む。

 

「――『女』の代表のお膝元で何年も我慢し続けた俺達が!!

赤の他人に『男』の代表の立場を奪われたってのに、黙って見てるつもりか!!」

 

――彼の、言う通りだった

 ISという究極とも言える兵器が生まれ、程なくしてIS学園が設立されて以来、彼ら警備隊はこの場所にいた。

 ありとあらゆる兵器に勝る代物を、優に30機も抱える場所を、彼らは遥かに力の劣る歩兵用火器で、LEVで、守らなければならないという矛盾を抱えながら。

 何も知らない少女達に笑われ、世界から哀れみの目で見られ、それでも彼らが今この時まで心を折る事無く、職務を続けて来られたのは何故か?

 

――それは、矜持があったからだ。

 

 ISほどの力は無いにせよ、この日本では殆どの一般人が触る事無く終える銃火器、そしてこの時代の『もう一つの最先端』たるLEVという『力』を振るう者としての、責任と、誇り。

 

……ちっぽけなプライドと笑いたくば笑えばいい。

 

 それでもそのちっぽけなプライドは、彼ら警備隊の面々にとって、決して折れぬ心の軸として在り続けたのだ。

 その軸を、たかだか危険だから、上手く扱えないからという理由で、他人に譲ってたまるものか!!

 

『――了解!! 起動シークエンスをマニュアル操作で開始します!!』

『畜生!! 指が痛くなるまで打ち込んだのに全部パーだ!! 後で奢れよ隊長!!』

 

 隊長の言葉に、思い思いに叫びながら、LEVのパイロット達がマニュアル操作を開始する。

 そして歩兵火器しか持たない警備員達も、一斉に動き始めた。

 彼らもまた、ちっぽけなプライドを『軸』とする、IS学園における『男』達だからだ。

 

「――隊長!! 『アレ』を使う許可を下さい!!

『アレ』ならあの子グモ共には十分すぎるし、ISのシールドにも多少は利く筈です!!」

「もうこれ以上、やられっぱなしでいられねぇ!! 許可を頼む隊長!!」

「よーし許可する!! ただし、使うなら徹底的にだ!!

残弾は残すなよ!? 使っちまえばこっちのモンだ!!」

『了解!!』

 

 彼らが持っているのは、何も自動小銃や暴徒鎮圧用に殺傷力を抑えた手榴弾だけでは無い。

 中には、日本国内では自衛隊で無ければ持てないような武器も、非公式には存在する。

 

……何故なら、ここはIS学園。

 

 その敷地内は『あらゆる国家機関に所属しない』ため、その敷地内で業務や学業を行う関係者には外部からの一切の干渉が許されない、ある種の治外法権が適用される場所。

 彼ら警備隊も、立派な『関係者』なのであった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 警備隊の通信は、勿論司令室の千冬にも届いていた。

 

「……あの……アレ、いいんですか?」

「構わんさ。彼らは彼らの権限で動いているからな……いくら彼らが我々の下部組織であるとは言っても、それに無闇に干渉する訳にはいかん」

 

 何やらやにわに物騒な内容の会話を交わし始めた警備隊員達に、オペレーターがあたふたとした様子で問いかけるが、千冬はふっ、と唇を綻ばせながら事も無げに言い放った。

 そして、「それにな……」と中央部のモニターを見上げる。

 

「――見ろ。警備隊の動きを」

「……!? 敵戦闘機械(スパイダー)に対する優先予測指数が上昇を……!?」

 

 優先予測指数とは、戦場における兵士の肉体・精神面のコンディション、兵器の質、状況等を分析し、総合的彼我戦力差をシミュレートした指数の事を指す。

 ほぼ最低値だったそれが見る見るうちに上昇していき、同時に、スパイダーの破壊率も上がっていく。

 

「……色々と問題はあるが、今まで最悪に近かった戦況が、ここまで改善されているんだ。

 今水を差して、それにケチをつける事もあるまい」

 

「それに、非常事態という事で色々と言い訳も聞くしな」、と更に千冬は付け加えた。

 そしてほぼ同時に、地下通路にてセキュリティ解除に当たっていた整備科から通信が入った。

 

『――こちら整備科の布仏!! IS格納庫のセキュリティ解除に成功!!

ルートを確保しました!!』

 

 虚の声は、通信越しにもはっきりと分かる程に弾んでいる。

 それは、司令室のオペレーター達も同じだった。

 

――それは、正しく世界最強の援軍の到着が約束された瞬間だからだ。

 

 千冬も表情にこそ出さないが、胸元で力強く拳を握りしめた。

 

「――よくやった!! 地下通路から代表候補生一名と教師二名を送る!!

 すぐに準備に取り掛かれ!!」

『了解!! 20分……いえ、10分で終わらせて見せます!!

――皆!! 整備科の底力、見せるわよ!!』

『おうっ!!』

 

 虚の呼びかけに答え、通信機の向こうから整備科の生徒達の雄叫びが響き渡った。

 

(――良し、いい傾向だ)

 

心の中で満足気に頷く千冬……だが、そこでふと気付いた。

 何時の間にかあれだけ動揺していた自分の心が、いつものように平静を取り戻しているという事を。

 

(これも奴の影響か……? フン、まさかな……)

 

 心の中でそう否定するが、ディンゴが現れてから、明らかに戦況は動き始めていた。

 

 

――狼は新たに群れを成す時、最も強い一匹狼の下へと自然に集うと言われている。

 

 

 一応千冬の指示には従ってはいるものの、彼はただ、己の目的を果たすために動いているに過ぎない。

 しかし、そんな彼に従うように警備隊は力を盛り返し、整備科はそれに引っ張られるようにセキュリティ解除を成功させた。

 ある意味これも、一種のカリスマというものなのかもしれない。

 

「……大したものだ」

『――? 何か言ったか?』

「何でもないさ……ひと通り、救援には成功したようだな。

 よし、そろそろ中央エリアを経由して第二アリーナへ――」

 

 思わず漏れでてしまった呟きを誤魔化すように、次なる指示をディンゴへと伝えようとした瞬間、再び司令室に今までとは別の警報が鳴り響いた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――時は僅かに遡り、校舎前。

 

「ギャハハハハハハハッ!!」

 

――狂笑と共に猛烈な勢いで接近したオータムの「アラクネ」が、真耶の持つガトリングの砲身を真っ二つに切り裂く。

 

「……くっ!?」

 

 用を成さなくなった砲身を投げ捨て、真耶はすかさず連装グレネードランチャーをコール。

 体勢はそのまま、しかしスラスターだけを前方に向け、後退と同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)を掛ける。

 

「ちっ!?」

 

 猛烈な噴射炎の光が網膜を焼き、思わず動きを止めて目を細めるオータム。

 その隙を逃さず、真耶はガトリングとグレネードによる波状攻撃を叩き込んだ。

――凄まじい熱量の爆発と曳光弾によるシャワーが、夜空を彩る。

 

「クソがぁっ!!」

 

 「アラクネ」の爪一本と、腕の装甲を犠牲にしながらもオータムは爆炎を切り裂いて飛び出す。

……が、そこに真耶はいなかった。

 

「何ィっ!?」

 

 咄嗟に急制動をかけて索敵を行う。

 ハイパーセンサーが示す位置は、オータムの遥か頭上――見上げれば、そこにはグレネードランチャーを構える真耶の姿があった。

 

「そこですっ!!」

 

――独特の放物線を描きながら、グレネードが残弾の限り放たれる。

 だが、オータムは即座にそれに反応してみせた。

 

「舐めるんじゃねぇっ!!」

 

 「アラクネ」の残る7本の足全ての砲身を展開し、立て続けに乱射する。

 砲弾と砲弾が相殺しあい、夜空に一際巨大な爆炎の花火が上がった。

 と、同時に、アラクネのハイパーセンサーにノイズが走り、索敵不能のコンディションに陥る。

 

「クソがっ!! チャフ混じりかよウザってぇ!!」

 

 オータムが撃ち落とした砲弾の中の何発かに、ハイパーセンサー用の強力なチャフ入りの物が混じっていたのだ。

 再び、足を止めざるを得ない状況に陥るオータム。

 そこへ、視界の端に飛び込んでくる物体。

 

「そこだぁっ!!」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一気に接近し、爪で真っ二つに切り裂く。

……だが、それは真耶の体では無く、巨大な連装グレネードランチャーの砲身であった。

 オータムが驚愕するよりも早く……その背後から、アサルトライフルを両手に構えた真耶が飛び出す。

 

――そして、背中に突き刺さる無数の弾丸。

 

「があああああああっ!?」

 

 シールドエネルギーが大きく削られると同時に、PICや皮膜装甲(スキンバリアー)でも対応出来ない程の衝撃を次々と背中に受け、吹き飛ばされるオータム。

 バリアを貫通され、「アラクネ」の爪がまた一本失われた。

 

「まだ……!!」

 

 先程の攻撃でかなりのシールドエネルギーは削れただろうが、まだ「アラクネ」は平然と動いている。

 更に彼女を追い詰めるべく、真耶は油断なくアサルトライフルを構えながら接近した。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

(クソがクソがクソが!! やりにくいったらありゃしねぇ!!)

 

 オータムは体勢を整えながら、沸騰しそうになる思考と理性を抑えるのに必死だった。

 

 「アラクネ」は独立可動する爪に遠距離戦用の砲身を装備しているとは言っても、その真価は八本爪を巧みに使った接近戦にある。

 それを真耶(あの女)は良く分かっているのか、決して近づこうとはせず、徹底的に遠距離戦に持ち込んでくる。

 無論、生半可な離脱戦法ならば、オータムは物ともせずに強引に押し潰す自信があるし、事実それだけの実力は持っていた。

……だが、あの女は尽くそれをすり抜けて、徹底的に攻めこんでくる。

 

(チッ!! メンタルが弱いって話だったが……当てが外れたかぁ?)

 

 事前情報では、あの山田 真耶とかいう女は、高い実力こそ持っているものの、メンタル面の弱さから本来の力を発揮できないタイプの操縦者という事は分かっていた。

 

 

……しかし、実際の奴はどうだ?

 

 

 どれだけ殺気を込めても、爪を振るっても、ブチ切れたような目でこちらを真っ直ぐ見据えながら、冷静にこちらの攻撃を捌いて――。

 そこまで思考した所で、ピン、と頭の中でひらめきが生じた。

 

「―――あー……成程ねぇ……」

 

 そこで、オータムはようやく麻耶の『致命的な弱点』に気付く。

 苛立ちに歪んでいた顔が、再び嗜虐に満ちた満面の笑顔に変わった。

 

……と、同時にハイパーセンサーが真耶の接近を感知する。

 

「さぁ、来なよ甘ちゃん先生よぉ……蜘蛛の巣へとご招待だぜぇ……?」

 

 舌をチロチロと弄びながら、ハイパーセンサーへと『ある武装』のコールを命じる。

 オータムの喜色を示すかのように、背中の爪がカチャカチャと音を立てて蠢いた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――吹き飛ばされた「アラクネ」は、体勢を整えると、何故か先程までとは違い、こちらを待ち構えるかのように空中に制止していた。

 

(……一体何を?)

 

 真耶は怪訝に思いながらも、両手のアサルトライフルの弾丸を牽制としてばら撒く。

 

「ちっ!?」

 

 だが、「アラクネ」はそれらを避ける事も、爪で弾く事も無く、生き残った腕の装甲で受け止める。

 当たるとは思っていなかった真耶は、その光景に少し驚くが、深追いする事無く、再び距離を取りつつ弾丸を放つ。

 

「クソクソクソォッ!!」

 

 それすらも、「アラクネ」は必死に身を捩りながら、装甲で受け止めようとしかしない。

 

――恐らくは、シールドエネルギーの使い過ぎによる防御力及び機動力の減衰だ。

 

 相手は弱っている……絶好のチャンスだ。

 そう判断した真耶は、アサルトライフルを収め、今度は大型ハンドガンを両手にコールした。

 

「クソっ!! クソっ!! 近付くんじゃねえええええええっ!!」

 

 散発的に砲弾を放ってくる「アラクネ」だったが、その勢いも狙いも、先程までとは比べ物にならないくらいに遅く、狙いも甘い。

 それらを安々と掻い潜ると、真耶は瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一気に「アラクネ」の眼前まで接近した。

 

「……っ!?」

 

――「アラクネ」を纏った(オータム)の顔が醜く歪む。

 真耶がその眉間にハンドガンの銃口を突きつけようとすると、オータムはそれを払いのけようと腕を振るった。

 真耶はその腕を、ハンドガンを持ったまま巻き込むように抱え込むと、一本背負いの要領で女を投げつけながら、地面目掛けて瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動させた。

 

――風切り音と共に、「アラクネ」をクッションにする形で、二人は地面へと着弾した。

 

「ゲホォッ!?」

 

 音速を超える勢いで叩きつけられたオータムは、蛙の潰れたような声を上げて呻く。

 その彼女に、真耶は今度こそ眉間へとハンドガンを突きつけた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 荒い息を吐きながら、麻耶はオータムを睨みつける。

――この(ひと)が……この(ひと)が学園を……!! 皆を……!!

 燃えるような怒りが、憎悪が、真耶の頭の中をグチャグチャとかき乱す。

 

 

 

……その時、オータムが初めて罵る以外に言葉を口にした。

 

 

 

「――へぇ、中々いい顔するじゃねぇか……なぁ? 甘ちゃん先生よぉ?」

「何を……!!」

 

 この期に及んでまだ憎まれ口を叩くオータムに、真耶の怒りが再び噴出しそうになる。

……だが、彼女が吐いた言葉に、麻耶の思考は真っ白になった。

 

「テメェ――私と同じ、『人殺し』の目をしてるぜぇ?

私をぶっ殺してぇ……ぶっ殺してぇって、叫んでやがる。」

「……え?」

「嬉しいぜぇ……こぉんな所で、まさか『お仲間』に会えるなんてよぉ?

 さぁ殺れよ……殺って、私みてぇなクソの同類になっちまえよぉ!!」

 

 その瞬間、真耶の心は一瞬だけ冷静さを『取り戻してしまった』。

 麻耶の顔が見る見る内に青ざめ、ハンドガンを握る手がまるで(おこり)のように震え始める。

 

「あ……あ……」

 

 

――自分は何をしようとしていた?

 

 

――怒りに任せて、憎しみに任せて、目の前の(ひと)に何をしようとしていた?

 

 

 自らがしようとしていた凶行を自覚してしまった真耶は、思わず女を拘束していた腕を緩め、銃口を眉間から外してしまった。

 

 メンタルが弱いと言われていた真耶が、ここまでオータム相手に攻め切れた理由――それは、彼女が怒りで冷静さを失っていたからだった。

 それならば、どんな些細な形でもいい……彼女の頭を一旦冷やして、メンタルの弱さを再び表に出してしまえばいい。

 

――憎らしくなる程に、このオータムという女は人の精神を逆撫で、利用する術に長けていた。

 

「……ギャハハハハハハハハハッ!! 思った通りだぜぇっ!!」

 

 次の瞬間、女は狂ったように笑い出したかと思うと、背中の爪を浮かび上がらせ、それで思い切り真耶を殴りつけた。

 先程の弱々しい機動など欠片も感じさせない鋭い動き――真耶はまんまと、蜘蛛(アラクネ)の巣に掛かってしまったのだ。

 

「あうっ!?」

 

 凄まじい衝撃に弾き飛ばされ、麻耶の体は何度も地面に叩きつけられる。

 彼女が体勢を整う暇も与えず、今度は「アラクネ」の爪から放たれた砲弾が「打鉄」のシールドエネルギーを、装甲を削り取っていった。

 

「きゃああああああっ!?」

「ブチ切れなきゃ徹底的に攻めきれねぇ甘ちゃん騙くらかすなんざ、男の首ヒネるより簡単なんだよバァァァァァァァカッ!!」

 

 だが、女と「アラクネ」の追撃は終わらない――今度は爪の砲身から杏色に赤熱するメタトロン製のワイヤーが射出される。

 それは真耶の「打鉄」の足の装甲を焼きながら絡みつき、そのまま凄まじい勢いで彼女を振り回した。

 

 

――そして、地面に、建物の壁に、真耶の体を何度も、何度も叩きつける。

 

 

 今までのお返しとばかりの凄まじい猛攻……だが、真耶もやられるだけでは無かった。

 

「く……ぅ……!!」

 

 幾度も振り回され、叩きつけられても尚、真耶はハンドガンを手放さず、ワイヤー目掛けて銃弾を叩き込んだ。

 

 

 鈍い音を立てて、ワイヤーが空中で引き千切られる。

 

 

……だが、三半規管を揺らされ続けていた真耶はそれ以上体勢を整える事が出来ず、地面へと受け身すら取れずに叩きつけられた。

 

「く、ぅ……」

 

 どうにか、フラフラになりながらも立ち上がる真耶。

 身にまとう『打鉄』の両肩の装甲は、既に原型を留めない程に破壊されてしまっている。

 8割程残っていたシールドエネルギーは、先程までの攻撃で一気に3割近くまで減少してしまっていた。

 

「ギャハハハハハハッ!! 中々頑張るじゃねぇかオイ?」

 

 そんな彼女の前に、オータムと「アラクネ」は挑発するかのように降り立つ。

 

「しぶとい奴をいたぶるのも中々好みだがなぁ……あまり時間も掛けられねぇ。

終わりにさせて貰うぜぇ?」

 

 そう言うと、オータムは掌の上に四本足を持つ掌大のマシンをコールする。

 そのマシンは、オータムの手から飛び跳ねると、素早い動きで真耶に向かって跳びかかった。

 

「……っ!!」

 

 咄嗟に抜き打ちでハンドガンを放ち、マシンを粉々に破壊する。

 だが、オータムの笑みは止まなかった。

 

「残ァ念――誰が『一個だけ』何て言ったぁ?」

「えっ……!?」

 

 その言葉にはっ、とした時には全てが遅かった。

 真耶の足元――そこに、アラクネの指先から伸びたワイヤーに繋がった、先程と全く同じ形のマシンの姿。

 それは勢い良く飛び上がり、真耶の胸元にあるISコアへと取り付き……その瞬間、電流に似たエネルギーが彼女の全身を蹂躙した。

 

「きゃあああああああああああああっ!?」

 

 まるで、全身の皮膚を強引に引き剥がされたのかと思える程の激痛に、身を捩る真耶。

 

『――け……告!! メタト……回……の神け……続……ょう制解じ……』

 

 ハイパーセンサーの警告も、ノイズだらけで意味を成さず、真耶は訳の分からないまま凄まじい激痛に耐えるしか無かった。

 

「ソイツはウチらが作った兵器の試作品でなぁ……ISコアの神経接続を強制的に切断出来るのさぁ!!

 まるで神経をナイフで直接突っつかれたような刺激だろぉ!? ギャハハハハハハハハッ!!」

「う、あ……あああああああっ!?」

 

 オータムの不愉快な哄笑が真耶の耳を打つが、それに言い返す事も出来ない。

 程なくして電流を流すのをやめたマシンは、飛び跳ねるようにオータムの掌の上に戻ると、データ領域へと帰っていく。

 

「チッ……まだコアをこっちまで持ってくるのは無理か……だが――」

 

 マシンの出来が不満だったのか舌打ちを一つしてから、再びサディスティックな笑みを浮かべるオータム。

 

「――もう、その「打鉄(ガラクタ)」は使えねぇだろぉ?」

「そ……そん……な……」

 

 荒い息を吐きながら地面に蹲る真耶――その身に纏っていた筈の「打鉄」は、彼女の足元で待機状態のブレスレットとなって転がっていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――鳴り響いた警告は、IS及びコアに異常が発生した場合に生じるものであった。

 

「どうした!?」

「や、山田先生の「打鉄」が具現化維持限界(リミットダウン)!!

 ISが強制解除されました!!」

「何っ!?」

 

 馬鹿な、と吐き捨てそうになるのをどうにか堪える。

 

 具現化維持限界(リミットダウン)とは、ISの機体を稼働させるために必要な最低限のシールドエネルギー量が失われ、絶対防御を除いた全ての武装、及び機能が使用不能になった状態を指す。

 つい先程まで警備隊の援護とセキュリティ解除に集中していたとは言え、機体の状況はつぶさにチェックしていた。

 その時は、十分過ぎる程のシールドエネルギーが残っていた筈だ。

 

 それに、あの「打鉄」を今纏っているのは『山田 真耶』なのだ。

 メンタル面の弱さこそあるが、現役時代は歳下で唯一千冬に迫る成績を示し、引退しても尚、恐らくこの学園でも五指に入る実力者。

 いくら相手が第二世代の専用機とは言え……そんな彼女が数分と経たず具現化維持限界(リミットダウン)に陥るとは、如何なるミスやトラブルを想定してもあり得なかった。

 

 疑問は尽きないが、今対処すべきは目の前の現実だ。

 

「状況をモニターに表示しろ!!」

「ダメですっ!!

 撮影範囲内のカメラは全て、ISによる流れ弾と衝撃波で破壊されていて、映像が表示出来ません!!」

 

――この状況不明の状態で、更に目隠し。

 眼の前のコンソールを叩き壊したい衝動を抑え、千冬は第二アリーナ前で戦う二人に急ぎ通信を送る。

 

「――先輩!! エド!! そちらの状況は!?」

『……悪いけどキツイわ。まだ、奴等が大量に残ってる』

『アリーナのシールドバリアも殆ど限界です!! ナツキさんと私のどちらかが欠けたら……!!』

 

 その報告に、千冬はギリ……と歯噛みする。

 ならば、と今度は謎のISと戦闘中の楯無に通信を送った。

 

『……め……さい……生。こっち……っちで、精一ぱ……』

 

 コア・ネットワークによる通信にも関わらず、激しいノイズ……恐らくは、通信に必要なエネルギーまでも戦闘に使用しているため。

 学園生徒最強を誇る『生徒会長』たる彼女が、そこまでしなければならない相手……応援に行く事など、到底許しては貰えないだろう。

 楯無の実力は本物であり、やられる事は無いだろうが……。

 

 更に、整備科によるISの調整や、それに乗る教師達、代表候補生が格納庫に到達するまでの時間を可能な限り短縮したとしても、後数分はかかる。

 

……その間に、真耶は物言わぬ肉片と化すだろう――それこそ、文字通りに。

 

 絶望に近い空気が、司令室を覆っていく。

 だがその時、そんな空気を打ち払うかのような強い声が響き渡った。

 

『――俺が行く!! 最短ルートを表示しろ!!』

「なっ……!?」

 

 見れば、ディンゴの六脚LEVを示す光点が、中央エリアから南側の校舎前に向かって進み始めていた。

 彼はフルマニュアルの六脚LEVで、アラクネに立ち向かうつもりなのだ……真耶を助ける為に。

 

「阿呆を抜かすな!!

マニュアル操作のLEVなんぞがISに立ち向かったとしても、10秒と経たずに無駄死するだけだ!!」

 

 焦るように千冬がディンゴに向かって怒鳴る。

 今の彼の存在は。警備隊にとっての起爆剤であり、同時にこの戦況で唯一遊撃として動ける戦力だ。

 この状況で彼をも失う事になれば、今度こそ戦線が崩壊する恐れがあった。

……最悪、共倒れだけは避けなければならない。

 だから、敢えて冷徹に努めようと、千冬は非情な言葉を口にする。

 

「――真耶……山田先生一人の為に、大局を見失う訳にはいかん。

 最悪、彼女を失っても――」

『……そんなに震えながら言われても、説得力がねぇな』

「……!!」

 

 ディンゴの言葉に、ドクン、と心臓が跳ねる。

 見下ろせば、確かに千冬の腕と膝は、小刻みに震えていた。

 通信越しに何故分かった……? と問いかけようとすると、ディンゴはくくっ、と笑う。

 

『だろうと思ったぜ。無理は体に毒だぜ織斑センセイ?』

「…………っ!?」

 

 自分がカマを掛けられた事を悟った千冬の顔が、かぁっ!! と赤く染まる。

 彼女がその事について怒鳴る前に、ディンゴが口を開いた。

 先程とは打って変わった真剣そのものの表情で、彼女を諭すように静かに語りかける。

 

『――お前こそ、大局を見失うなよ。

化物兵器とお前の後輩、誰とも知らねぇ侵入者とLEV一機……この先どっちを優先すべきは分かるだろ?』

「…………」

 

 確かに、彼の言う通りだった。

――もしこの場の戦況だけを理由に真耶を見捨てたとして、その場所に残るISを「アラクネ」が見逃す筈も無い。

 奪われるか壊されるか……どちらにせよ、無事には済まない。

 その場合、貴重なISをみすみす侵入者に手で失った事で、IS学園は国際的な非難を免れないだろう。

 

 

 そして何より……千冬は、一人のかけがえの無い後輩――友人を失う事となる。

 

 

「――可能な限り最短のルートを表示する!! 山田先生の救援に向かえ!!

……死ぬなよ、イーグリット」

 

 ならば、最早何も言うまい――千冬は決断した。

 その言葉に、ディンゴは苦笑しながら答える。

 

『心配するな、そう簡単に殺られるつもりはねぇ。

――最低でも3分……いや、5分は持たせてみせる。

その間にアンタらは、援軍の手筈を整えりゃいい』

「――心配など最初からしておらん。

 ただ、貴様が生き残っていないと、あの機体の事やら貴様の素性やらを聞き出せなくなるからな」

『ふん、じゃあそういう事にしておくか……あばよ』

 

 憎まれ口を叩き合ったのを最後に、ディンゴからの通信が切れる。

 

「――私もIS格納庫へ向かう!! 戦況は逐一伝えろ!!」

『了解っ!!』

 

 それを確認すると、千冬は踵を返して司令室を後にした。

――ディンゴの決意を無駄にしない為にも。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……ったく、俺もお人好しなもんだぜ」

 

 送られてきたルートを確認しながら、ディンゴは己の性分につくづく呆れ果てていた。

 

 

……正直、勝てる見込みは全く無い。

 

 

 相手は、素手でLEVを制圧するような化物だ。

 ただでさえ、フルマニュアルというハンデ付きでは勝つどころか何秒持つか、というレベルの賭けでしか無い。

 

(だが……見捨てられねぇよな)

 

 そう思いながら、大分腫れの引いた口元に手を当てる。

――数時間前、あのドジでおっちょこちょいな女性が拭ってくれた傷口の血は、もう既に止まっていた。

 少し怯えの含んだ、素直で、優しい丸眼鏡の向こうの眼差しと、あたふたとした表情。

 

 

……生粋のエンダーである自分に、手を差し伸べ、素直な感情を向けた地球人。

 

 

 縁もゆかりも無く、時代すら違う世界の中で、最初に敵意を向ける事無く接してくれた女性。

 それを見捨てる事が出来るほど、ディンゴは人間が出来ていなかった。

 そして何より――、

 

「――あんなイイ女、死なせるには勿体ねぇしなっ!!」

 

 一声叫ぶと、ディンゴは背部スラスターのスロットルを最大にすると同時に、六脚の全てで大地を蹴り、高々と宙へ飛んだ。

 そして、三本のマニュピレーターを建物の壁にめり込ませると、それを手がかりに再びスラスターを全開に噴かして飛び上がる。

 

――1G状況下での、マニュピレーターを使った三角飛び。

 

 常軌を逸した離れ業を人知れず成し遂げながら、ディンゴは最短ルートを、可能な限りショートカットしながら進んでいった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「さぁて……今までさんざ手こずらせてくれたよなぁ……甘ちゃん先生ぇ?」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべながら、一歩、また一歩とオータムが真耶へと迫る。

 その背では、六本の爪がキチキチと歓喜するかのように打ち鳴らされていた。

 

「ひっ……」

 

 ガチガチと歯を鳴らしながら、真耶が尻餅を突きながら後退る。

――そこには、最早戦意の一欠片も存在しなかった。

 黎明期から、ISに関わってきた彼女は最早分かってしまっていた……ISが無ければ、決してISには勝てないという事を。

 

「来ないで……来ないで下さいっ……!!」

「ギャハハハハハハッ!! いいねぇその表情!!

いたぶり甲斐があるってもんだぜ!!」

 

 怯えきった真耶の表情に溜飲を下げたのか、心底愉快そうに狂笑を上げるオータム。

 足元に転がっていた待機状態の「打鉄」を足で払いのけ、また一歩麻耶へと迫る。

 

「さぁーて……まずは何処から切り刻んでやろうかぁ? 目か? 耳か? 鼻か?

――それとも、その胸に付いてるご立派な贅肉から切り落としてやろうかねぇ!?」

「ひっ……や……く……えぐっ……」

 

 最早、真耶は悲鳴すら上げる事も出来なかった。

 目から涙を、鼻から鼻水を流しながら、ただ嗚咽をあげるのみだ。

 

 

――誰か……助けて……助けて。

 

 

 目をぎゅっ、と瞑りながら、ひたすら心の中で助けを求める。

 

 

――先輩……お父さん……お母さん……。

 

 

 そして最後に頭に浮かんだのは、子供の頃夢中になった小説の主人公だった。

 

 

 

 

――助けて……ジョン・カーター!!

 

 

 

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』

 

 

 真耶の呼び声に応えるかのように、雄々しい男の雄叫びが響き渡った。

 その声は、校舎の屋上から飛び上がるように現れた機影――六脚LEVからのものだ。

 

 空高く飛び上がった六脚LEVは、背部のスラスターを使って加速すると、そのまま一直線にオータムと「アラクネ」目掛けて飛びかかる。

 

「何ぃっ!?」

 

――オータムはIS以外の敵は眼中に無く、ISに立ち向かう愚か者などいる訳が無いと完全にタカをくくっていた。

 その為、完全に反応が遅れる。

 

『喰らええええええええええええっ!!』

 

 そしてスラスターの加速と自由落下のGを乗せた六脚LEVの腕が、砲弾の如き勢いでオータムに叩きつけられた。

 彼女は悲鳴を上げる暇も無く、数十mの遥か先まで土煙を上げながら吹き飛んでいく。

 

……そして、六脚LEVは勢い良く下半身の装輪を駒のように回転させて衝撃を逃すと、真耶から数m離れた場所で停止した。

 

『――待たせたな。後は任せろ』

 

 スピーカーから響き渡った声に、真耶は聞き覚えがあった。

 それは、つい数時間前彼女が拘束し、そして牢屋で会話を交わしたあの侵入者――。

 

「……ディンゴ……さん……?」

『真耶とか言ったか? 詳しい事情は後だ。急いでここから離れろ』

 

 あまりにも唐突で、劇的な人物の登場に思わず呆然とする彼女に、ディンゴは手短に告げる。

 その言葉にはっとして目を向けると、土煙の中からオータムが立ち上がるのが見えた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「ク……ソ……があああああああっ!! LEV如きがっ!! 男風情がっ!!

 このオータム様に何をしやがったあああああああっ!?」

 

 勢い良く立ち上がった女――オータムとやらの様子を見るに、先程LEVに吹き飛ばされた際のダメージは殆ど見受けられない。

 

(ある程度予想はしてたが……ここまでとはな)

 

 こちらとしては今ので倒れてくれれば良かったのだが……敵の性能の高さに、思わずディンゴの口から溜息が漏れる。

 ただ、遥か格下の相手に触れられた事が屈辱だったのか、青筋を浮かべ、表情は憎悪と憤怒に塗れている。

どうやら、完全に理性が吹き飛んでいるようだ。

 

――だとしたら好都合だ。

 

 きっと奴は、この先この機体と自分を破壊し尽くすまで、こちらに釘付けになる。

 囮がやりやすくなるというものだ。

 

「でぃ、ディンゴさん……!! ダメですっ!! LEVなんかじゃ……!!」

 

 外部マイクが、真耶の悲痛な叫びを拾う。

 だが、ディンゴはそんな彼女を怒鳴りつける。

 

『いいから行けっ!! 巻き込まれてぇのかっ!!』

「……っ!!」

 

 その怒声に意を決したのか、真耶は足元に転がっていたネックレス――どうやら、これがISの待機状態らしい――を拾い上げると、校舎目掛けて走りだした。

 

「LEV如きが……LEV如きが……切り刻んでやる……切り潰してやる……」

『ハッ!! その「如き」とやらに無様に吹っ飛ばされたのは、何処のどいつだクソアマ。

……来いよ、少し遊んでやらぁ』

 

 呪うように呟くオータムへと、更に怒りに拍車をかけるような挑発を投げつけ、LEVのマニュピレーターを器用に操り、チョイチョイと招いてみせる。

――今度こそ、何かが盛大に『切れる』音がしたような気がした。

 

「ご……の゛……男風情がああああああっ!!」

『男、男ってうるせぇんだよ!! クソアマッ!!』

 

 オータムの絶叫に負けじと叫びながら、ディンゴは六脚LEVを突進させた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「山田先生っ!! こっちですっ!!」

 

 校舎の前へ行くと、避難していた警備員達が駆け寄ってくる。

 彼らの顔には、真耶が必死に戦っている間、何も出来なかった事への不甲斐なさが満ち溢れていた。

 しかし、それは仕方の無い事だ……ISの流れ弾に、衝撃波に巻き込まれれば、生身の人間は無事では済まないのだから。

 

「すいません……先生が頑張ってるのに、俺達は……」

 

 しかし、警備員達は一斉に頭を下げた。

――理屈は分かっていても、割り切る事は出来ないのだ。

 そして、それは真耶も同じだった。

 

(このままじゃ……あの人が……ディンゴさんが死んじゃう……!!)

 

 警備員達が用意したブランケットに包まりながら、真耶は待機状態の「打鉄」を無意識に握り締める。

 しかし、具現化維持限界(リミットダウン)を起こした機体は、一切反応を示す事は無かった。

 

(お願い……誰か……誰かあの人を……助けて……!!)

 

 それでも、真耶は縋りつくように祈り続ける。

 しかし、それは決して届かぬ無意味な祈り……かに思われた。

 

 

 

――この時代、誰も知る事の無い言葉がある。

 

 

 

 メタトロンとは、現代に蘇った魔法である、と。

 

 

 

 人の『意思』の呼び声に、メタトロンは応えてくれる、と。

 

 

 

 不意に、具現化維持限界(リミットダウン)を起こしていた筈のコアが、淡い緑色のメタトロン光を放ち始めた。

 

「え……?」

 

 そしてそれは次第に大きくなっていき……一際大きくなった瞬間、収縮するように収まった。

 

「……い……今のは……?」

 

 周りにいた警備員達が、戸惑ったように声を上げる。

 そんな彼らの動揺を他所に、コアから女性の人工音声が響き渡った。

 

 

『――こちらは第二アリーナに墜落した機体・ジェフティに搭載された、独立型戦闘支援ユニット、エイダです。

 このメタトロンユニットの登録者は、応答して下さい』

 

 

――かくして、真耶の『意思』は『奇跡』という魔法を紡ぎ出した。

 




ヒロイン(の一人)のピンチに、ディンゴ颯爽と降臨!!
……なんですが、はっきり言って相当にキツイ戦いです。

ここ最近出番の無かった本妻(違)にようやく出番。
エイダファンの皆様、本当にお待たせ致しました。
次回から、本格的にディンゴ&エイダによるコンビが復活します。

……と、盛り上がって来た所なのですが、にじファン連載分のストックは終了となります(汗
次回は番外編となる予定です。
本編の投稿はもう少々かかると思いますので、どうかお待ち下さい。

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