悠がブリュンヒルデ教室でカオス気味な自己紹介が終わり、彼は三列目の中央にある自身の席に着席している。
冷たい視線が絶えない中、午後の授業に入った。
教卓に立つのはポニーテールに纏めた二十代前後の女性、ブリュンヒルデ教室の担任教師である
「それでは授業を始める。が―――今日は新顔がいるんだったな。それも学園始まって以来の男子生徒……物部深月の兄」
悠でも感じる、女性の視線。それは軍人の眼差し。悠は反射的に背筋を伸ばした。
「私は篠宮遥。このクラスの担任であり、“D”関連の授業全てを受けて持っている。階級は大佐。ミッドガルの司令官だ。以後、覚えていくように」
悠に遥が自己紹介をすると同時に授業の中身に入っていった。
◇
その一方―――同時期、学園長室では。
否、学園長室の更に奥に位置する部屋では。
「当初は軍事組織ニブルが捕らえた上位元素(ダークマター)生成能力者“D”の隔離施設だったとされています。ですが昨今では“D”の人数が増加し、国際社会でもその人権が認められた事でニブルから独立、アスガル傘下の自治教育機関となりました」
「そうだったんすね」
この学園の机と椅子に座る大和がふむふむと頷く、その視線の先にあるのは、シャルロット・B・ロード学園長の専属秘書―――マイカ・スチュアート。
現在、大和は彼女による講義を受けていた。
ミッドガルに隔離されるようになってから、学園長室ではなく、学園長であるシャルロットの私室で過ごす事になった大和。
本来、隔離されている身の大和は、講義を受けなくても良く、自由に過ごすという好待遇を受けていたが、秘書のマイカから提案が発せられた。
彼女が「このまま呆けていてもお暇でしょう。この学園にいる以上、“D”が必要とする知識を知っておいて損はないでしょう」……との事。
まあ、彼としてもこのまま呆けているのも何だし、それにミッドガルの事や“D”の事を改めて知っておきたいと感じた大和は彼女の案に納得し、受け入れた。
実は大和は、通常の教科による座学が苦手な点があった。しかし、自分が気になっているところや、興味がある点には進んで受ける。
大方、ファンタジー成分が含まれているからだろう。そういった考えを持ち、授業を受けていた。
「“D”の力を社会に役立つ方向へと伸ばし、希少な資源の増産、及び対ドラゴン戦における切り札としての教育が施される……ここまでが他の学校でも習う一般常識です」
「はい。それが……ミッドガルの活動内容ですか?」
「勿論その内容も含まれます。しかしながら、ミッドガルが担う一番肝心の役割は他にあります。公にはされていませんが、改造島とされ、ドラゴンの迎撃用の要塞とされています」
「要塞……」
大和は多少だが戦慄した。以前、大和が侵入する際、近未来的な箱っぽいものから無数のレーザーらしきものが飛んできたが、それらを受け流すあるいは相殺して突破した。
箱―――というのは
その物体にはレーザーユニットが仕組まれてるのだ。そのため、要塞として十分な役割を担っている。
尚、大和と使役するポケモンには通用しなかったが。
「さて、そのドラゴンについてですが、大河さんは現在確認されているドラゴンはご存知ですか?」
大和に質問を投げかけてくる。しかし、急に当てられたが慌てる様子もなく淡々と答えた。
「えっと、ブラック・ドラゴン―――“黒”のヴリトラ。それから、ホワイト・ドラゴン―――“白”のリヴァイアサン。更にブルー・ドラゴン―――“青”のヘカトンケイル。レッド・ドラゴン―――“赤”のバジリスク。イエロー・ドラゴン―――“黄”のフレスベルグ。グリーン・ドラゴン―――“緑”のユグドラシル。そして、パープル・ドラゴン―――“紫”のクラーケン、でしょうか」
「お見事。はい、正解です」
パッと述べてたが、並みの頭脳では中々覚えきれない。そこで大和はフーディンの能力を使い、『高い頭脳指数で一度覚えたものを忘れない』能力を発動。
故に、暗記できていた。
「補足ですが、ヴリトラは二十五年前に姿を消して行方不明のままで、クラーケンはミッドガルで討伐されました。ですので、世界で確認されているドラゴンは五体になりました」
「確かにそれもニュースになってたな」
大和がポケモンの能力と力を使って、世界各地を巡っていた時に耳にした話を思い出した。
「そして、公にはドラゴンが何故一斉に各地で目覚めたのか、何を目的としているのかは不明とされています。しかし信憑性が高い仮説で、その目的が―――つがいを作る事です」
「つがい……やっぱりな」
大和はリムに聞かされていた話を思い出す。
「はい。ドラゴンは自分と適合する雌を探しているとあります。“D”には竜紋と呼ばれるアザがあるのは知っていますか?」
「ええ知ってます。んで、確かその竜紋の色が変わって、ドラゴンに触れられたら、同じドラゴンになるんですよね」
「正確には、ドラゴンに見初められた時に、です。しかし、その通りでもあります」
今の内容もリムが教えられた事。予め重要な知識は予習の如く頭に残っていたが、この話を聞いた大和は流石にドン引きだった。
「さらに、ミッドガルでもこの例があって、クラーケン戦にて確認された事実でもあります。二年前、我々は二体のクラーケンを討伐しました」
「それってまさか……」
「……はい。此方側としても誠に遺憾ではありますが、クラーケンに見初められ、同種のドラゴンになった“D”を討ちました。それも、かつてブリュンヒルデ教室に所属していた一生徒でした」
「え―――」
大和は
イリスが同じ教室だとは聞いていなくても、深月が所属している教室は知っている。
という事は、深月もその事案に関わったのだろうか。彼はモヤモヤした気持ちが生まれた。
「以降、ミッドガルの役割は根本的に変わりました。雌に飢えた雄を返り討ちするための迎撃要塞。生徒達も自衛力を高めていますし、ドラゴンの来襲にも備えています。さらに、迎え討つだけでなく、此方から打って出る作戦も立てています。それが先程に大河さんが述べて頂いた、レッド・ドラゴン―――“赤”のバジリスク。という事です」
「ほう」
「バジリスクは非常に攻撃力の高いドラゴンです。現在は活動していませんが、いずれ来る活動再開に向けて、我々も力をつけています」
「なるほど……」
大和は頷き、納得している表情だ。いつか、この目で見てみたい、戦ってみたいものだと戦闘狂じみた事を考えていたのだった。
「講義はここまでにしましょう。今頃、ブリュンヒルデ教室の者達は対バジリスク戦を想定した演習を始めている事でしょう」
「え、分かるんすか?」
「遥がそう言っていました」
「なる」
マイカの推量に気になった大和だが、ブリュンヒルデ教室に所属していると言っていた遥が以前そう言っていたので納得した。
「ふむ、終わったか」
「あ、学園長」
すると、そこへ学園長室で仕事をしていたであろうシャルロット学園長が此方にやってきた。
「シャルロット様、お仕事を片付け終わったのですか?」
「うむ、当然だ。あの程度、私が片付けられない訳がなかろう」
「一体何と戦ってたんですかねぇ……」
シャルロットが得意げに胸を張るが、大和はまるでゲームをしてたかのように聞こえ、困惑する。
「それよりも大河大和。マイカの講義が終わったのであろう? なら気分転換に遊ぶぞ」
「えっと……マイカさん」
「構いませんよ大河さん。あなたはしっかりと勉学に励んでいました。ですので、休息を取っても大丈夫でしょう」
シャルロットが遊戯するという意見に大和はマイカに承諾か否かを聞くが、彼女は承諾した。
「うむ、そうだな。私も仕事をこなしたんだ。その後はやはり休息は必要であろう」
「……シャルロット様はよく仕事を面倒がっている上に怠けているように思えますが」
「い、いやそんな事はないぞ! 決して昔のようにお尻ペンペンが嫌だから仕事をしているわけではない!」
「墓穴掘ってる希ガス」
大和は自爆してるんじゃないかと素直にそう感じた。というか、昔のようにって事はマイカがシャルロットを世話をしていたのかと疑問にも感じた。
二人の主従関係の立場が逆転している気もして、これもうわかんねぇなと思った。
「とにかく! 今は
「はぁ……。では申し訳ありませんが大河さん、シャルロット様のお相手を頼めますか?」
「分かりました」
マイカが溜め息を吐きながら申し訳なさそうに大和に頼むと同時に大和は了解を得た。
そうして、マイカは先程の講義で使っていた参考書等を持ち、シャルロットの私室から出て行った。
「ふぅ……。出て行ったな」
「あの……それで遊ぶって一体何をするんですか?」
マイカが出て行ったのを確認し一つ息を吐くシャルロット。
大和が訊ねると彼女はニヤリと口元を歪める。
「そなた、ゲームは好きか?」
「え? ゲームっすか? そりゃ人並みに好きですけど」
「なら話が早い! 日本からいくつか取り寄せたゲームがあるのだ! それをしようではないか!」
「はぁ……」
学園長のゲームをしようという意見に思わず困惑を息を吐く大和。
ちなみにこの学園長の私室、世界各国の土産物が節操なく壁際に並び、済には巨大な金庫が鎮座している。さらにベッドもあり、その正面には大きなモニターもあった。
この大画面でTVゲームできたら最高だなぁと大和が感じている矢先、シャルロットはいつの間にか取り寄せたであろうものを掲げてみせる。
そこには、大和も知っているような何台かの家庭用のゲーム機が揃っていた。
◇
―――その後、学園長の私室では大はしゃぎしていた。
「この蟹モンスターめ! トリッキーな動きのせいで体力が少ししかない」
「粉塵で回復―――親方! 空から小便が!」
「私は親方じゃない! 学園長だ! それに下品な事を言うでな―――[力尽きました]―――あああああ!!」
ある時はモン〇ンをしていたり。
「はっはっは! 私の独走だな」
「……イキれるのも今のうちっすよ。そうれっ! コウラポイッだぁ!」
「なぬっ!?」
「フハハッ! 形勢逆転って奴っすなぁ学園長ぉ?」
「おのれ……なら、トリプルでどうだぁぁぁ!」
「ダニィ!?」
ある時はマ〇カで楽しんだり。
「ちょっと学園長すぐ死なないで下さいよ!」
「うるさい! たかだか段差で死ぬプレイヤーが悪いのだ」
「それでもオレよりよく死んでる気が―――「あ、入力ミスで爆弾置いてしまった」―――えっ」
「「ぎゃああああぁぁ!!」」
ある時は、自分の身長より低い高さから落ちたり、コウモリの糞に当たったりするだけですぐ即死するゲームをやり込んでいた。
その他にもやり込み要素が深いゲームをプレイしていた。シャルロットには物珍しい、大和には馴染みが深いゲームで二人は楽しんでいた。
◇
「一通りやったが……そなた、中々やるではないか」
「まぁそれ程でもないっすよぉ」
ある程度、ゲームをやり尽くした二人は休憩とする事にした。その際、シャルロットが話しかけてきた。
……最も、大和は生前にゲームを一日中やり込んだ事がある廃人気質があるため、ゲームの腕前が高かった。
初見プレイであるシャルロットでは、未だドヤ顔をしている彼に及ばないだろう。
「なぁ時に友よ」
「なんすか……って、友?」
不意に話しかけてきたシャルロットに大和は首を傾げる。
「私は清らかな乙女が好きだ。男を愛でる趣味はないが。同時にこうして遊ぶ事も好きだ。故に私は同じ嗜好を持つ友を欲していたのだ」
「へぇ」
「それにそなたはノリも良い。だからそなたを友と呼んだ。不満か?」
「いや不満じゃないっす」
大和は首を横に振る。
「そうか。なら良かった。二人の時は私の事をシャルと呼び捨てでも良い。敬語もなしだ」
「―――おk。分かったよ、シャル」
こうして、ゲームを楽しんだ中ではあるが、二人は友達として認め合うのだった。
―――ちなみに。
「話が逸れてしまった。時に我が友よ、そなた―――女は好きか?」
「へ? 女?」
「うむ。先程清らかな乙女が好きだと言ったであろう? 特にミッドガルに集うのは女ばかり。ここまで言えば分かるな?」
「いや全然」
「何だ、鈍いのぉ。そなたは初心なのか? まぁ良い。つまりだ、この場所は私のであり、乙女のあんな姿やこんな姿を見れるという訳だ!」
「それは分かんないわ!」
「さらにこの私がいれば職権を上手く活用できるぞ! 乙女に好きな事をさせるのもやぶさかではない!」
「ダメだこいつ早く何とかしないと」
「さあ、大いに性的嗜好について語り合おうではないか!」
「あああ! それはらめえええええ!!」
この後、暴走したシャルロットをマイカが強制的に連行され、大和は「まぁ多少はね?」と知らんぷりをするのだった。
そうそう、今後の方針なんですが、ちょくちょくと大和がミッドガルに入るまでの間……つまり過去三年間の中に何らかの出来事が起こったことを少しですが書こうかと思っています。