ファフニール? いいえポケモンです。   作:legends

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襲撃未遂

 大瀑布(だいばくふ)を見学した後、大和達は祭りで賑わう町中へ向かった。

 

 細い街路は歩行者天国となっており、所狭しと露店が並んでいる。どこかからパンパンと、花火や爆竹らしき音も響いていた。

 

 遥は「今回の任務における手当の一部だ」と言ってエルリア公国の紙幣を皆に渡し、彼らはそのお金で買い物を楽しんでいた。

 

「懐かしい……」

 

 大和はその様々な屋台・売店を散策していた。その中、あるものに目を惹かれていた。

 

「この『龍が剣に巻き付いてる』やつ、大体観光地ならどこにでもあるのかなと思ってたけど、やっぱあるんだな」

 

 そう、彼は観光地になら割りかしどこにでもあるといっても過言ではない、『龍が剣に巻き付いたキーホルダー』を眺めていた。それは、エルリア公国に限った訳ではなかった。

 

 転生前の幼き日の思い出として、大和は「修学旅行とか研修旅行でこういうの、よく買ってたな」としみじみ思っていた。

 

 しかもよく見ると、まるで"黒"のヴリトラをモチーフにしたかのようなキーホルダーも売っていた。大和自身がヴリトラを見た事ないので何とも言えないが。

 

 竜災の原因であるドラゴンをモチーフにした剣のキーホルダーを普通に売っているのは不謹慎だと思われるが、きっとこれは『ドラゴンの認知度を上げる』ためや、『魔()け』として売っているのだろう。

 

「兄さん、これカッコよくないですか?」

 

 近くで深月の声が聞こえた。見ると、深月が怪しげな露天商から高値で買った華美な短剣を悠に見せていた。彼女もきっと修学旅行で木刀を買うようなノリなのだろうか。

 

「……そんなの、一体何に使うんだ?」

 

「別に、眺めるだけですよ? 古代のロマンを感じるじゃないですか」

 

「古代のロマンねえ……」

 

 悠の目から見ると大して古いものにも思えなかったが、彼は深月の夢を壊すのは止めておこうと思った。

 

「ほー……これは確かに古代、いや、近代的なものを感じるな」

 

 大和も深月の持ってる短剣を拝見しようと、二人の傍に寄った。

 

「大和さんはこの気持ち、伝わりますか?」

 

「ああ。こういうの見ると色々と想像が働くな。かつては剛力無双の武人が使っていたとか……そう思ったりするとロマンを感じる」

 

「そうなんですよ! それに比べて兄さんは、ロマンを解する心がないようで……」

 

 置いてけぼりにされている悠は盛り上がっている二人について行けなかった。

 

 深月は他の人にも見せびらかそうと、リーザ達の方に向かっていった。

 

 他の皆も色々とお土産を物色しているようだが、悠は食べ物ぐらいに留めておこうと考えている。いつ襲撃があるか分からない以上、余計な荷物を増やしたくなかった。

 

 大和は、常に悠とキーリの近くにいる事にした。こうする事で、襲撃があってもすぐに駆け付ける事ができるようにと、いつでも万端な準備を怠らなかった。

 

 キーリはちょうど悠達の真ん中辺りを歩き、傍には遥が付いていた。

 

 今のところ、周囲に怪しい動きはない。挙動不審なのは、イリスぐらいなものだった。

 

 大和は悠とのいつもの痴話喧嘩(笑)だと思い、悠から少し距離を置く事にした。

 

 それから悠は、イリスとティアに絡まれ、大和は悠から離れて良かったと悟った。余計な事に巻き込まれたくなかったから。

 

「……ポケモン達のお土産でも買うか」

 

 その後大和は、ポケモン達に似合うようなリボン、髪留め、ブローチなどを購入する。付けても特にステータスに変化はしないが、見栄えは大分良くなるので無問題(モーマンタイ)

 

 あらかた購入した後、今度は食べ物に手を付ける事にした。

 

 手元に残ったのは、露店の食べ物で使いきれそうな小銭だけ。

 

 彼は何となく目に付いた魚の串揚げを買う事にした。

 

「んっ、これうめーな。脂の宝石箱やー(hkmr感)」

 

 口の中に広がるじゅわっと旨みが詰まった脂。彼はその余韻に浸っていた。

 

 中々美味ではないか──―と思っていると、同じものを買っていたフィリルが、大和の傍に寄ってきた。

 

「それ……多分、さっきの大瀑布から流れる川で()れた魚。ちょうど遡上(そじょう)の時期で、脂が乗っていて美味しいの」

 

 ほくほくとした表情で魚を頬張るフィリル。

 

「道理で美味い訳だね。てか、フィリルもこういう露店の物を食べられる機会ってあるの?」

 

「……こっそりと、ね。あれは確か、お婆様(ばあさま)の葬儀が行われた時だったよ」

 

 フィリルは懐かしむように遠い目をする。

 

「その時も、こんな風に賑やかだったんでしょ? 全然、葬儀って感じがしないな」

 

 笑顔と歓声の溢れる町を眺めて、大和は呟いた。

 

「……それでもこれは、死者を送る儀式。日本語で表現すると、魂を送る祭り──―魂送祭(こんそうさい)って感じかな」

 

「ふむ、魂送祭……そう聞くと、何かしっくり来るわ」

 

 魂を祭りで送り出すというのは、大和や悠の国でもある習慣。それを葬儀の段階からやっていると考えれば、違和感は薄れる。

 

 そう話していると、周囲の人の流れが変わった事に気が付く。行く手で何かあったのか、皆が足を止め、人波が動かなくなる。

 

 背伸びをして前方を確認すると、先の十字路を仮装パレードの一団が通過していた。

 

「む……」

 

 大和が何かに気付いたのかと言わんばかりに目を細める。

 

「……大河くん、どうかしたの?」

 

 疑問に思ったらしいフィリルが心配そうに彼に訊ねる。

 

「いや、何でも──―」

 

 彼がそう言いかけた時だった。

 

 

 ボンッ! 

 

 

 傍の路地から小さな爆発音と共に白い煙が上がる。

 

 何事かと驚いた通行人達がこちらに押し寄せてきて、先を行くキーリと遥が呑み込まれた。

 

「フィリル、深月達と合流して、しばらくここを動かないどいて」

 

「え? 大河くん……どこ行くの」

 

「ちょっと野暮用ができてね。頼んだぜ──―虚空ッ!」

 

 問いに答えている暇はなかった大和は、一瞬でフィリルの視界から消え、青い軌跡を残しながら目にも留まらぬ速度で混乱する人波の中に突っ込む。

 

 先程の大瀑布で、悠はキーリと大和にスレイプニルが攻めてきた場合の方針を簡潔に伝えた。

 

 それは──―とにかく人の少ないところへ移動するという事。

 

 これは恐らく、まずは敵がキーリを大和達と分断させるための作戦。

 

 しかし人の波がある以上、それすらも鬱陶しいと感じていた大和は、亜空間に転移した。こうする事で、(おびただ)しい人数の人がいても関係なく突き進む事ができる。

 

 亜空間の中から大和は、煙の上がったところの反対側の方向に移動。さらにその先で、"二つの影"が相対しているのが窺えた。

 

「ナズェミテルンディス!!」

 

 光と共に現実世界に帰ってきた大和は、そのままキーリに切りかかろうとしていたニブルらしき兵士にオンドゥル語を言いながら肉薄する。

 

【大和のマッハパンチ!】

 

「ぐわっ!?」

 

 いつの間にか懐まで来ていた男に反応できず、音速の拳を浴びせた。

 

 鈍い音がした途端、兵士はその場に縮こまり、身悶える。二人はその隙に距離を取った。

 

「ふふ……流石ね大和。こうも早く助けに来てくれるとはね」

 

「エルリア公国にいる間は守るって約束したからな。これぐらいお安い御用」

 

 二人が言いながら細い路地に移動し、間もなくして悠も到着する。

 

「──―悠、遅いわよ? 私を守ってくれないと困るじゃない」

 

 髪を()いて整えながら、キーリは悠を睨む。

 

「そうだよ悠。オレが一足早く来たから事なきを得たけどさあ」

 

 大和もやれやれといった風に彼女の言葉に便乗する。

 

「悪い、少し遅れた。だけどその言い方だと、もしかして攻撃されそうになったのか?」

 

「ええ。さっきの人波に紛れていたみたいね」

 

 大勢の人で溢れる通りに視線を向けるキーリ。

 

「それで? これからどうすんだ?」

 

 大和は面倒くさい事は早めに片付けたいという意図で、悠に今後の方針を訊ねる。

 

「敢えて敵が襲いやすい場所へ移動する。そうしたら後は、攻撃してくる相手を全員倒すだけだ」

 

「オーケー、シンプルで素敵ね」

 

 不敵に笑って頷くキーリ。

 

 悠達は路地の奥に向かって駆け出す。

 

 細い路地といえど、一通りは皆無ではない。大通りへと向かう人々の間を全速力(大和はノー全力)で走り抜け、人気のない場所を探す。

 

 そうして人の流れに逆行し続けていると、裏路地の中にぽっかりと空いた四角い更地を見つける。最近建物が取り壊されたばかりの土地らしい。

 

 辺りに人影がない事を確認した悠は、キーリと大和に言う。

 

「あの場所で迎え撃つぞ」

 

 対人兵装―――AT・ネルガル。

 

 悠は走りながら上位元素(ダークマター)を生成、射出式のスタンガンへと物質変換を行う。

 

「任された」

 

 大和も、時計型になっていたリムが左腕を黒い籠手へと変化させ、戦闘状態に移行する。

 

「了解。遠距離の攻撃は"禍炎界(ムスペルヘイム)"で対処できるから、あなた達には接近してきた敵の相手をお願いするわ」

 

 彼らは空き地の中央で足を止め、敵が迫る路地の薄闇に視線を向けた。

 

「―――さあ、来なさい」

 

 キーリが口の端を歪めて呟くと、周囲の気温が一気に上がる。

 

 広範囲に展開した微小な上位元素を熱エネルギーに変換し、攻防に利用するのがキーリの"禍炎界"。

 

 恐らくアウトレンジからの攻撃を防ぐため、周囲に熱の防壁を張り巡らせたのだろう。

 

「……そこに誰かいるわな」

 

 大和が言った通り、路地の陰に(うごめ)く気配。敵は仕掛ける事を決めたのか、針のように鋭い殺気が全身に突き刺さる。

 

(……一人、か?)

 

 ようやく把握した気配の数に、悠は意表を突かれる。

 

 薄暗い路地の奥でマズルフラッシュが瞬いた。

 

 ―――ジュアッ!

 

 だが放たれた銃弾は、彼らに到達する事なく赤熱の光を放って蒸発する。

 

 空気に大きな温度差が生じた事で、周囲の景色が陽炎(かげろう)に揺らめいた。

 

 けれど敵は構わずに銃をフルオートで連射しながら接近してくる。金属が溶けた独特の臭いが鼻を()く。

 

 そして銃撃の合間に投げ込まれる円筒形の物体。それは空中で爆発し、白い煙を撒き散らす。

 

 どうやら敵は、"禍炎界"の弱点も把握しているようだった。

 

 上位元素というのは、物質との干渉に弱い。微弱な上位元素の粒は、煙に包まれるだけで摩耗して消えてしまう。悠も以前、同じ方法で"禍炎界"を突破しようとした。

 

「まあ、それぐらいはしてくると思っていたわ」

 

 だが、キーリは余裕の表情で笑う。黒い雪のような上位元素の粒が、辺りに浮かび上がる。

 

 容易く煙に掻き消されないよう、上位元素を肥大化させたのだろう。けれど一度に生成できる上位元素はどんな"D"にも限りはある。

 

 一つ一つの上位元素を大きくした分、"禍炎界"の範囲は先程より狭まっていた。

 

 その隙を突き、小柄な影が空き地に踏み込んでくる。影は地を這うように駆けながらマシンガンをこちらに投げつけた。

 

 上位元素の黒雪が舞う領域に入った瞬間、マシンガンは一瞬で赤熱し、内側から膨れ上がるようにして弾け飛んだ。

 

 火薬の臭いが混じった煙の中、敵は新たに大口径の拳銃を構える。

 

 距離は約十メートル。そこに至って、悠はようやく敵の顔を視認した。

 

 爆煙に(なび)くプラチナブロンド、全てを射抜くかのような金色の瞳。

 

 知っている。彼はジャン・オルテンシア―――スレイプニルの()()()だ。

 

「っ!」

 

 悠は彼の狙いを悟り、左手を翳す。

 

 こちらに向けられる銃口に意識を集中。その弾道を予測する。

 

 ジャンは本来、このような前衛で戦う事はなく、遥か彼方から目標を撃ち抜くのが彼の役割だ。けれど今この状況において、彼程キーリの"禍炎界"を攻略するのに適した人物はいない。

 

 彼は走りながら連続して引き金を引いた。

 

 放たれた弾丸は、張り巡らせている熱の防壁に阻まれる事なく、()()()()()

 

 理由は簡単。彼は空間に満ちる上位元素の隙間を通したのだ。キーリは上位元素の物質変換で熱の防壁を作り出している。ならば最初に全ての上位元素の位置を把握していれば、防御不能な位置も見極める事が可能。

 

 常識で考えれば机上の空論でしかないが、彼はそれができる"目"を持っていた。上位元素が視認できる大きさになった以上、彼は針の穴を通すような神業を当然のようにやってのける。

 

 対物装甲―――ダマスカス09P!

 

 その事を知っていた悠は、既に彼の銃弾を阻む防壁を物質変換で作り出していた。

 

 ギギィィィン―――……!

 

 弾道上に現れた分厚い装甲版が、甲高い金属音と共に銃弾を弾き飛ばす。

 

「えっ……」

 

「おお流石は悠。やんなかったらオレがやってたとこだけど」

 

 キーリが"禍炎界"をすり抜けた銃弾に、驚きの声を漏らす。大して大和は、悠の判断力に感心していた。

 

「こいつは俺が何とかする。大和はキーリの守りと援護を、キーリは他からの攻撃を警戒してくれ!」

 

 悠はそう言いながら、ネルガルをジャンに撃ち放つ。

 

「よっしゃ、ではキーリを守りまする」

 

 大和は手を横に()ぐと、周囲にバリアーを展開する。銃の攻撃程度では割れないバリアーの高い防御力に加え、死角からの攻撃にも備えられる。さらに流れ弾にも対処でき、もし突破されてもキーリの"禍炎界"に阻まれる可能性も高い。

 

 万全の体勢に備えた後、大和はジャンと戦っている悠を見る。

 

 悠はジャンからの銃撃を物質変換によって生成した装甲版でピンポイントに防いでいる。狙いが正確な分、弾道を読むのは容易いようだ。

 

 悠がジャンの間近に迫った瞬間、黒い煙が二人の姿を隠す。

 

 悠は口元を手で押さえ、後方へ跳躍する。

 

 大和の煙の中でも確認できる波導を使用して見ると、ジャンはこちらから死角になっている、煙の向こう側で体勢を立て直しているようだった。

 

(ん? 誰かが近づいてくる……?)

 

 そんな中、大和はジャンの背後から迫る第三者の人物に気付く。それは、同じミッドガルの制服を着ている―――。

 

「なっ―――ぐあっ!?」

 

 ジャンも背後の影に気付いたものの、時既に遅し。煙の向こう側から悲鳴が聞こえ、続いてどたばたという物音が響いてきた。

 

 煙が風に流され、次第に向こうの景色が露わになる。

 

「へ……?」

 

 悠は目の前にある光景に唖然とした。

 

 ジャンが、空き地の端で押し倒されている。そして彼を拘束しているのは、悠と大和のクラスメイト―――アリエラ・ルー。

 

「状況はよく分からないけど、敵みたいだからとりあえず捕まえたよ」

 

 アリエラはジャンの関節を綺麗に()めながら、いつも通りの明るい笑顔を浮かべていた。




大和「あれ、オレいらなくね……?」

※今後の戦いでは必ず活躍します。

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