ファフニール? いいえポケモンです。   作:legends

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お待たせしました。


大瀑布

 三年前―――ニブルに拘束された悠は、少佐であるロキの部下となり、"教育"を受けた。

 

 最初の頃は基礎的な身体能力を向上させる訓練と、戦場で意思疎通を図るための語学教育が主で、実際に銃を握って戦う事はなかった。

 

 だが、代わりに毎日課されたノルマ―――それが、あの男の戦いを()()事。

 

 訓練室で、時には実際の戦場で、悠は彼の戦う姿を見せられ続けた。

 

 目を離す事は許されず、ただひたすらに何時間も彼の戦闘を凝視する。意味は分からなかったが、従う他なかった。

 

 彼の戦い方はとても洗練されており、見惚れているうちに時が過ぎる。

 

 全身を銀色の装甲服で覆った彼は、立ち塞がる者をいとも容易く制圧する。

 

 大人数で囲まれようと、何度か銃声が響いた後には彼だけが立ち、銃声の雨が飛び交う中を彼は走り続け、傷一つ負わずに敵兵を殲滅させる程の戦闘力だった。

 

 まるで人の動作や銃弾の軌跡を、完全に把握しているかのような戦い方を見せていた。

 

 彼の戦いぶりに魅せられているそんなある時、悠はロキに問いかけていた。

 

 ロキは悠を叱る事なく、奇妙な言い回しでそう答えた。

 

「彼は私直属の護衛役だ。そうだな……もしも君が真の"悪竜(ファフニール)"に育つなら、彼はフレイズマルという事になるのだろう」

 

 悠はフレイズマルという名が、神話に登場するファフニールの父親だという事を知ったのが随分後になってからだ。

 

 そして同時に、彼の存在が今なら何となく分かる気がした。彼が恐らく―――ロキが作り上げた先代の"悪竜"だという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。今日は三日間に(わた)るアルバート王の葬儀初日。賑やかに死者を送り出す習慣のあるこの国では、大きな祭りの始まりであった。

 

 皆が朝食が摂った後、予定通り観光に向かった。

 

 リムジンでの移動は流石に目立ちすぎるため、ヘレンに手配してもらった大型のバンで王宮を出る。

 

 運転手は遥で、道案内のためにフィリルは助手席に座った。

 

 バン後部の広いスペースには、キーリを含めた九人が対面で腰を下ろしている。深月達は昨日のようなドレス姿ではなく、制服の上に防寒着を羽織った格好だ。

 

 なお、大和は防寒着を羽織っておらず、制服姿のままだ。彼は炎タイプがよく持つ特性である"炎の身体"を微弱ながら発動しているため、防寒着は不要だった。

 

 ちなみに、全開で特性を使用すると大和が座っている箇所が発火する恐れがあるため、微弱で特性を使用している。

 

 最も、車内の暖房ですぐに特性が不要になると思われるが。

 

 その車内の空気はお世辞にも和やかとは言えない。原因はやはりキーリだろう。

 

 襲撃者と、キーリ自身を警戒しなければならないため、皆の表情は固い。その中でも特に緊張しているのがティアで、彼女は悠とリーザの間に座り、悠達の手をぎゅっと握り締めていた。

 

 大和は昨日、様々な話で盛り上がってある意味仲良くなったので、そこまで厳重に注意している訳ではなかった、

 

「―――この国一番の観光スポットはエルリア城だけど、そこは後の式典で行く事になるし、他のところから案内するね」

 

 助手席のフィリルが後ろを振り返って言う。

 

 車は湖に掛かる橋を渡り、町の方へと向かっていた。

 

「まずはどこに連れて行ってくれるんだ?」

 

 張りつめた空気を少しでも緩和させようと、悠は明るい声で問いかける。

 

「……エルリアの大瀑布(だいばくふ)。結構凄い」

 

 ぐっと親指を立てて答えるフィリル。自信ありげな様子だ。

 

 橋を渡りきった車は、湖を沿う大通りを走って行く。町は昨日よりも活気に満ちており、歩道はたくさんの人達で溢れていた。

 

「―――随分と賑わっているわね。あなた達も怖い顔してないで、もっと楽しみましょう」 

 

 窓から景色を眺めていたキーリが、車内に視線を戻して話しかけてくる。

 

「それはなかなか、難しい注文ですわ。あなた、自分がした事を忘れたんですの?」

 

 だが、リーザが刺々(とげとげ)しい声で答えた。

 

「そういえば……ティアを連れて行こうとした時に、あなたとは戦ったわね。殺すつもりはなかったけれど、怪我をさせてしまった事は謝るわ」

 

 キーリはリーザの方を向いて、申し訳ないように謝る。

 

「あんな怪我、大した事はありません。謝罪するくらいなら、今度こそわたくし達を裏切らないと誓ってください。わたくしが一番恐れているのは、仲間の誰かが傷つけられる事です」

 

「いいわよ、約束してあげる。今の私に、あなた達に危害を加える理由はないもの。でも……こう言ったところで、あなたは安心できる?」

 

 皮肉を交えた言葉でキーリは答える。

 

「もっと真剣に応じてくれるのであれば、少しは安心できるかもしれませんが……今は無理ですわね」

 

「そう、残念。私はこれでも真剣なつもりなんだけど、伝わらないものね」

 

「まああれだけの事をしでかしたからな。それにその言葉は本気に感じないし」

 

 大和もやれやれと片手を掲げ、言う。

 

「大和、あなたも私の言ってる事が信用ならないかしら?」

 

「全くじゃないけど、信用されるにはちゃんとした誠実さと時間が必要になってくるから、お前にはそれを求めてる」

 

 大和は割と深い意味で言う。

 

「言ってる事が深いわね。けれど、努力はしてみるわ」

 

「そーいうとこやぞキーリ」

 

 やる気あんのかーと言わんばかりに大和が釘を刺した後、キーリは肩を竦めて身を固くしているティアに視線を向ける。

 

「ねえ、ティアも信じてくれるかしら? 私はこれまで、あなたの事だけは一度も傷つかなかったでしょう?」

 

「そうだけど……ティアの大事な人には、いっぱい酷い事をしたの」

 

 その返事を聞いたキーリは、大和達全員を見回し、呆れ混じりの笑みを零す。

 

「―――あなたたちは皆、自分の事より他人の心配をしているのね」

 

「他人ではなく、家族ですわ。家族ですから、心配するんです」

 

 リーザがキーリの言葉を訂正した。

 

「仲間意識が強いのね。羨ましいわ。私も頼めば、その輪に加えてくれるのかしら」

 

「……あなたが本当に、心からそれを望んでいるのなら、考えてあげますわ」

 

 キーリを睨みつけながらも、リーザは条件付きで肯定の返事をする。

 

「お人()しだこと。折角だからその言葉に甘えたいところだけど、私には無理でしょうね。私はあまりに、あなた達とは違うもの。大事に育てていたティアですら、私から離れていった」

 

 溜息を()いたキーリの視線は、再びティアに向いた。

 

「実を言うと、結構ショックだったのよ? ずっと私の事を信じて、従ってくれていたあなたが、たった数日で心変わりするなんて思ってなかったわ」

 

「あ……」

 

 ティアは何かに気付いた様子で目を見開く。

 

「ティア……キーリの事、傷つけたの?」

 

「ふふ―――そうね、それなりに寂しかったわね。今思えば……あなたに角を与えたのは、少しでも私に近い存在が欲しいと思ったからかもしれない」

 

 自嘲気味に笑って、キーリは肩を竦める。何となく、今のキーリの言葉は本音を語っている気がした。 

 

「あ、あの……」

 

 するとそれまで黙っていたイリスが、声を上げる。

 

「あなたは確か―――イリスさんだったわね。何かしら?」

 

「さっきの言い方だと……キーリちゃんも、昔のティアちゃんみたいに自分のことをドラゴンだって思ってるの?」

 

「き、キーリちゃん?」

 

 イリスからの呼称に戸惑いを浮かべるキーリだったが、すぐに感情を押し隠して、言葉を続ける。

 

 その際、大和が「プッ、クック……き、キーリちゃん……」と呼ばれ方に対して腹を抱えながら笑いを堪えていた。

 

「ミッドガルの保護を求めている以上、さすがに自分をドラゴンだとは言わないわ。けど、あなた達と違うのも事実。私が何者なのかは、悠と大和に聞いてくれない?」

 

 キーリはそう言って視線を悠と大和に示す。

 

「モノノベとタイガに? 何で?」

 

 きょとんとした顔で、イリスは首を傾げる。

 

「ミッドガルを去る時、彼らにお願いしたのよ。"私が何者か、決めてくれない?"―――って」

 

「そういや、ンな事言ってたな」

 

 大和がパチンと指を鳴らして言う。

 

 お前は何者だと訊ねた悠に、キーリはそんな返事をしたような気がすると思っていたが、大和の言葉に合点が言った。あの時はただはぐらかされただけに思えたが、自分と大和を見るキーリの視線は真剣だった。

 

「その様子だと、まだ答えは貰えないみたいね。まあいいわ―――私はいつまでも、待ってるから」

 

 キーリは残念そうに呟き、肩を竦める。

 

「……どういう事?」

 

 煙に巻かれたような表情で、イリスは悠とキーリを交互に見つめた。

 

「あくまで彼女は、本当の事を話すつもりがないのでしょう」

 

 リーザが苛立たしげに言う。

 

 確かに有耶無耶(うやむや)な返答で誤魔化そうとしているようにも思えるが、悠は彼女が、自分を表す言葉を本当に知らないのではないかと―――そんな風にも感じていた。

 

「大和、あなたはどう思う?」

 

 キーリは、以前の続きとして大和に再び問いかけた。

 

「知らぬ存ぜぬー」

 

「あら、つれないわね」

 

 余計な事に首を突っ込みたくない大和は明後日の方を向きながら言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴォォォォォォォォォォォォ―――……。

 

 凄まじい轟音(ごうおん)が辺りに満ちている。それは湖の水が数十メートル下の川に流れ落ちる音。

 

「これが、エルリアの大瀑布か……」

 

「すげー滝やなぁ」

 

 悠と大和の呟きは轟音に()き消されて、誰にも届かない。

 

 ここは大瀑布を一望できる展望台で、イリスとティアは興奮して柵の(そば)ではしゃいでいる。アリエラとレンは個人端末に内蔵されたカメラで、記念撮影をしている(大和も撮っていたが、その際動画撮影だった)。

 

 しばらく宮殿に缶詰だったというキーリは気持ち良さそうに深呼吸をしており、深月とリーザはそんな彼女を油断なく監視している。遥は少し離れた場所で、どこかに電話をしている。

 

「―――ダムの放流は見た事あるけど、その比じゃないな」

 

「そりゃダムってば、川や谷、窪地を包囲するものだからな。これは自然に作られたものだし規模がちげーわな」

 

 大きい声で悠と大和が幅数百メートルに及ぶ巨大な滝の迫力に圧倒されていると、フィリルが近づいてきた。

 

 彼女はもこもこした帽子を目深に被り、マフラーで口元を隠している。変装のつもりなのだろうか、恐らく正体がばれないように気を使ったと思われる。

 

「……二人共、どう?」

 

 普通に話したのでは声が届きつらいため、フィリルは少し背伸びをして二人の傍で話しかけてくる。

 

「凄いな。こんなに水が流れ落ちて、湖が枯れないか心配になる」

 

「ああ。中々お目にかかれないすげー風景だ」

 

 二人は凄いとしか言えないぐらいそんな感想を抱いていた。

 

「湖には山の雪解けが水に流れ込んでるから、枯れたりはしないよ。それにこの近くに王族の別荘があってね……私、そこで本を読むのが好きだったの」

 

「待って、それって滝が近くにあってうるさいはずなのに、本読めるの?」

 

「慣れると余計な雑音が入ってこなくて、凄く集中できるの。雨の日と、似たような感じ」

 

「確かにな。これだけ(やかま)しいと他の音は掻き消されるもんな」

 

 悠が相槌を打ちながら言った―――その時だった。

 

「っ……!?」

 

 鋭い―――殺気混じりの視線に振り返るが、そこには誰もいない。

 

 悠は早速仕掛けてくるつもりだと予想する。

 

 キーリが言っていたように、もうスレイプニルがエルリア公国内にいるのならば、敵は彼らだと。

 

 優秀な兵士である彼らが、あれほど露骨な殺気を漏らすとは思えないので、キーリを殺しかけた大男であるという可能性は除外する。彼が予想通りの人物ならば、そんな甘い事はしないからだ。

 

 辺りを見渡すと、大和もキーリも表情を引き締めて悠と同じ方向を睨んでいた。

 

 実際のところ、スレイプニルと渡り合えるのは悠とキーリ、そして大勢の兵士相手に無双した大和だけ。他の皆は対人戦の経験がほとんどない。町ごと薙ぎ払うといった戦い方ならばスレイプニルを倒す事も可能だろうが、当然ながらそんな戦法は問題外。

 

 いっその事、三人でケリを付けてしまおうかと考えた。

 

 今の殺気を感じ取る"戦いの勘"を持っていない他の皆には悪いが、頭数には入れられない。

 

 キーリは一人でもスレイプニルと戦えるのだから、そこに悠と大和が加われば十分だった。

 

 だがその最中、クラスメイトの中にただ一人、殺気が放たれた方角を見ている少女に気付く。

 

「アリエラ……?」

 

 けれど彼女はすぐに視線を逸らし、レンとの記念撮影に戻ってしまった。

 

 もしかすると何かを感じたのかもしれないが、それが危険なものだと分からなかったのだろう。ならば彼女も巻き込めない。

 

 悠はそう判断し、大和に軽く説明した後、二人でキーリに話を持ちかけたのだった。




次回は戦闘シーンが入ると思われます。

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