着陸した飛行機の外へ出た途端、冷たい風が吹き付けて来た。
「うわっ……さ、寒いね……」
「んぅ……」
アリエラとレンが身を縮め、
「もう少し厚着をしておくべきでしたわ……」
ティアを背負って機内から出てきたリーザは、眉を寄せて呟いた。
リーザの背中でティアはすやすやと眠っており、熟睡している。どうやっても起きなかったらしい。
タラップを降りながら周囲を眺めると、フィリルが言っていた通り、遠く
常夏の島からやってきた悠達にとっては、中々厳しい環境だった。
「わー、涼しい!」
だがイリスは白い息を吐きながらも、気持ち良さそうに深呼吸していた。イリスは寒さの厳しい国で生まれ育ったのかもしれないと、悠は思う。
「大和は寒くないのか?」
そんな中、悠の隣を歩く大和に、彼は問う。
「フッ、この程度の寒さ、オレには慣れっこさ」
当の本人は、イリスと同様に涼しい表情だった。
「そうなのか。寒いところで育ったのか?」
「そういえば言ってなかったね。オレは北国出身だよ」
ここにきて大和のカミングアウト。それを聞いたその場の全員が軽く驚く。
「そうだったんだね大河クン。初めて知ったよ」
アリエラが腕をさすりながら言う。
「まあ言う機会がなかったからね。もっと称えるが良いー」
「なんで称える必要があるんですか……」
彼の殿様発言に深月がツッコんだ。
タラップ降りたところには、やたら車体の長い黒塗りの高級車―――恐らくリムジンと思われる乗り物が止まっている。どうやら滑走路まで直接迎えが来ており、車の傍には厚手のコートを着た女性の姿があった。
「あっ!」
彼女を見た途端、フィリルはタラップを駆け下りていく。
「フィ、フィリル様―――危ないですよ!」
「ヘレン!」
制止の声も聞かず、勢いよく彼女に抱き付くフィリル。
悠達がタラップを降りると、フィリルはこちらに向き直り、彼女を紹介する。
「―――彼女は私の侍女のヘレン。小さい頃は、乳母も務めてくれた人」
「ヘレン・ブラウンと申します。皆様、その服装ではお寒いでしょう。早くお車へ。王宮に着いた後、暖かいお召し物をご用意させていただきます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
深月が前に出て、一礼する。
彼らはヘレンに促され、車に乗り込んだ。暖房が効いており、とても暖かった。車内はとても広々としていて対面の座席がある。全員が余裕を持って座席に着くと、車は滑るように発進した。運転するのはヘレンらしい。
「―――それでは簡単に今後のスケジュールを確認する。ああ、その前に時計を合わせておけ。現在、この国は十八時二十三分だ」
遥は自分の電波時計を示して言う。
《リム、セットできる?》
《はいマスター。飛行機が着陸してから時刻を合わせたので、既に完了しています》
《ナイスゥリム》
大和が時計をセットする振りをしながら腕時計型になっていたリムと念話を取る。その際、地に降り立った時には既に国の時間に合わせていたという。
遥は、彼らが個人端末や腕時計の時間を合わせたのを確認し、話を続ける。
「この後、我々は国賓として王宮に招かれる。王宮では各々に部屋が用意されるという話だ。その部屋で準備を整え、二十時からの
誰かがごくりと唾を呑んだ。
キーリの目的が分からない以上、何が起こるかも分からない。もしもキーリが誰かに危害を加わえるようものなら、悠や大和が黙っていない。更に悠にとっては、彼女を止めるには殺すつもりで挑むしかない。
そのはずなのに、窓際に座っている大和は話を聞きながら呑気そうに外観を眺めていた。それは、無警戒とも言っていい程。
「明日以降のスケジュールは、彼女と話した上で調整する。何か質問は?」
遥はそう言って彼らを見回す。
「あの……」
寝息を立てるティアに膝枕をしていたリーザが、
「何だ?」
「わたくし達は、穂乃花さん―――いえ、キーリとどう接したらいいのでしょうか」
「仲良くしろとまでは言わんが、彼女の目的を探る意味でも、可能な限りコミュニケーションは図ってくれ。もちろん平和的に、かつ穏便にな。ただ、警戒は決して怠らないで欲しい。いざという時は自分の安全を第一に考え、行動するように」
「……分かりましたわ」
不安そうな表情を浮かべながらも、リーザは頷く。
会話が途切れ、悠も窓の外に視線を向ける。滑走路から出た車は、空港前のターミナルを抜け、大きなホテルなどが立ち並ぶ大通りを走っている。
空港の傍だからかもしれないが、意外に近代的な街並みになっている。山に囲まれた
だがしばらくすると、情緒のあるレンガ造りの建物が目立ち始める。この辺りは古くからある建物が多いようだ。
通りの脇には露店が並び、大勢の人々が行き交っていた。信号待ちの時に眺めていると、電飾や色布で建物や通りを飾り付けている人達の姿もあった。
「実に賑やかだなぁ」
町の様子を見ながら、大和は呟く。国王が亡くなったというのに、暗いムードが感じられなかった。
「うん、だって明日からはお祭りだから」
そんな大和を見て、向かいの席に座るフィリルが笑ったような口調で言う。
「え? 明日から始まるのは国王の葬儀だろ?」
今度は悠が問う。
「この国では、葬儀とお祭りは同じものなの。死者は賑やかに天国へ送り出してあげるっていうのが、私達の習慣」
太陽が西の連峰に隠れ、電飾が輝きだした町。その眩い光を見つめつつ、フィリルは言う。
「だからさっき、見てのお楽しみって言ったんだな」
と、再び大和。
「明日からはきっと、もっと、楽しめると思う。あの人が妙なことさえしなければ、だけど」
僅かに表情を曇らせ、呟くフィリル。あの人というのは、十中八九キーリの事だろう。恐らく、一番不安なのはフィリルなはず。何しろ両親が、知らずに危険なテロリストを
「大丈夫だ―――俺と大和がいる限り、キーリに好き勝手にはさせない」
本当は断言する悠も不安ではあったが、これはやれるかどうかの話ではなく、やるしかない事だと。キーリが何を企んでいようが、フィリル達が傷ついたり、悲しんだりさせないと誓う。
「ふふっ。二人共、頼りにしてる」
フィリルは楽しげに笑う。
―――その時だった。通りに溢れる人々の中から、こちらへ向けられる強い視線を感じたのは。
「……? どうかしたんですか、兄さん?」
深月に訊ねられるまで、窓の外に集中していた悠。深月の呼びかけで、彼は我に返った。
「―――いや、ちょっと景色に見惚れていただけだ」
そうは言うものの、景色が流れ、視線の主を確かめる事は不可能。
「悠、悠」
その最中、大和は小声で悠に訊ねていた。
(どうした大和?)
悠も皆に聞こえないように彼に言葉を返す。
(悠、ニブルの連中が来てる。オレにも分かった)
(!?)
驚きの顔を見せる悠。大和にも感じ取れたらしく、先程までの呑気そうに景色を眺めていた表情と打って変わり、目が鋭くなっていた。
恐らく、波導でニブルの徒党を感知したのだろう。
(奴らもキーリに何か仕掛けるつもりかもしれない。十分注意しておこう)
(あ、ああ、分かった)
悠は少々戸惑いながらも、彼の言葉に頷いた。
◇
古い街並みを抜けた車は、大きな橋を渡り始める。夕日の残照を微かに反射するのは、広い湖。車の行く手を見ると、ライトアップされた
「……凄いな、あの城が王宮なのか?」
悠はフィリルに問いかけるが、彼女は首を横に振った。
「ううん、あれはエルリア城。世界遺産にも指定されてる観光スポットだよ」
「あれがか……へえぇ」
世界遺産を
「今は、特別な式典の時ぐらいにしか使わないけどね」
「そうなのか。じゃあ王宮はどこにあるんだ?」
「お城の傍だよ。もうすぐ、着くから」
それを聞いた悠は、黙って外を見つめる。
フィリルの言った通り、すぐに王宮らしき建物が見えてきた。
大きくどっしりとした造りの宮殿が、城に隣接している。敵に備えているであろう外壁や物見の塔がない分、城に比べて迫力は劣るが、こちらも十分に歴史を感じさせる立派な建物。
複数の警備員が詰めている厳重な外門を潜り、広い庭園を抜ける。車は王宮の正面ではなく横手の通用口前に停車した。
「―――お姫様の
車から降りたアリエラが、ひっそりとした裏口を見て呟く。
「先方には、我々が訪れる事をあまり
遥はアリエラの疑問に答え、全員が降車するのを待った。
リーザがティアを背負って最後に車から出ると、ヘレンが彼らを宮殿の中へと先導する。
「それでは皆様、まずはお部屋にご案内致します」
裏口から宮殿に入ると、暖かい空気が彼らを包む。
近代的な改装が為されているようで、暖房がしっかりと効いている。本来は使用人が使う廊下なのか、見栄えのいい調度品の類は飾られていない。
だが階段を上り、三階に上がると、急に雰囲気が変わった。天井の電灯は複雑な意匠の施されたものとなり、床にはふかふかの
ヘレンはいくつもの扉が等間隔に並んだ場所へ大和達を案内し、服のポケットから手帳を取り出す。
「篠宮遥さまは、こちらのお部屋をお使い下さい」
手帳の中を見ながらすぐ傍にある部屋を示し、扉を開けるヘレン。どうやら部屋割りは既に決まっているらしい。
「お部屋にはお召し物をご用意させて頂いております。お好きな物をご着用下さい。サイズは事前に教えて頂いたものを取り揃えましたが、お気に召すものがない場合、代わりのものをご用意致します」
基本的に部屋は出席番号順のようだ。
大和の番号は九番なので、一番最後。
ただリーザとティアは同室で、フィリルの名前は飛ばされた。
「では、フィリル様はこちらに」
フィリルはヘレンと一緒に廊下の向こうへ歩いて行った。
大和は、フィリルの部屋は並んでいる扉に隣接していないから、きっと凄い部屋なんだろうなーと思いつつ、指定された部屋に入る事に。
「おお……」
扉同士の間隔が大きく開いていたのである程度予想はしていたが―――想像以上に広く
「これ、部屋の電気かな―――ポチッとな」
そう言いながら入口付近にあるスイッチを押すと、天井には当然の如く吊り下がっているシャンデリアが光を灯し、部屋の中が明るくなる。
その奥にあるベッドもやたらと大きい。壁際に鎮座しているクローゼットを開いてみると、生地も仕立てもいい男性用の衣服が大量に用意されていた。
窓からテラスに出られるらしく、そっと窓を開けてみる。冷たい風が流れ込んできたが、それは
標高が高いせいなのか、普段よりも星が近くに見える気がした。
地上へ視線を向けると、見事に手入れされた庭園が広がっていた。車で入ってきた時に見た正面の庭ではなく、宮殿の外からは見えない中庭のようだった。中央には噴水があり、ささやかな水音が聞こえてくる。
尚、部屋割りは決まっているため、ティアがリーザと同室なので、大和の右隣の部屋はイリスが使っており、さらに右隣が悠だったはず。
大和が北国出身とはいえ、夜の肌寒いテラスにずっといるのは流石に堪えるので、後でじっくり見ようと思い、部屋の中に戻る。
時間は十九時を少し過ぎた辺り。晩餐会までの時間はまだ余裕があるので、部屋のクローゼットの中の服を物色する。
「ん……?」
中には、スーツなど無難な服が揃ってあったが、その中でも特に大和が目を引くものがあった。
「ほうほう……これは……」
彼が"それ"を両手で持つと、目を光らせた。
一番無難そうなスーツも悪くはないのだが、これはこれで惹かれるものがあった。
大和は着替えて、"それ"を実際に着てみる。
「悪くない……てかめっちゃいいかも」
気分が高揚し始める大和。
「これで、悠達驚かせられたりして」
そうニヤリと言いながら身支度を整えていった。
大和、正確に北海道出身と判明。
大分情報が出揃ってきたので、四巻終わり辺りに登場人物設定でも書こうかなと思ってたり。
P.S. APEX、代行とサブ垢ばかりでつまらなくなってきた……。