午後のチャイムが鳴っても深月は戻ってこなかった。五、六時間目の授業には遥の代理としてシャルロット・B・ロード学園長が現れた。
生徒に交じっていても違和感のない幼い容姿のシャルロットは、やけに楽しそうな様子で
「―――ドラゴンに見染められた者は竜紋が変色し、そのドラゴンと接触する事で、同種のドラゴンに変貌する。これはそなたらも既に知っている事だろう。だが最新の研究報告では、"D"のドラゴン化には"D"自身が生成する上位元素が用いられている可能性が指摘された」
今は歴史の授業中なはずなのだが、少し大きめの白衣を羽織った彼女は、"D"に関する最新のデータを得々と語り続けていた。黒板の上部に投影された箇所を指し示すのに、ぴょんぴょん飛び跳ねている度、金色の髪が軽やかに波打つ。
以前、悠が健康診断を受けた時に医師の資格を持っていると聞いた。また、大和も度々シャルロットから教授を受けていた。これを踏まえると彼女の本業は研究者なのかもしれない。
「つまり"D"は自らの
大和は淡々と話すシャルロットの話を興味深く聴いていた。一方、悠は学園の最高責任者が会議を受けなくても良いのかと疑問に思っていた。
彼は一度本人に訊ねたのだが、それはミッドガルの司令官であるハルカの仕事だ。私はただの学園長だからな」と言われ、一蹴された。
つまり、今でも会議は行われているが、それは学園長の仕事ではなく、遥の仕事のようだ。立場的には学園長であるシャルロットが上でも、ミッドガルを指揮するのは遥の役目である。
「足りないものは補うしかない。恐らく、"D"は竜化の際にドラゴンの脳と強くリンクし、莫大な処理能力を得ているのだろう。竜紋の変色時にドラゴンの意思を感じ取れたという証言も、この仮説を裏付けている」
シャルロットはそう言って、イリスとティアに視線を向ける。彼女達はそれぞれドラゴンに見初められ、その意思を感じ取っている。
「あの……」
そこでリーザが手を挙げた。
「うむ、どうした? 何か質問か?」
声を弾ませ、リーザに問いかける学園長。
「はい、その仮説にはとても説得力があると思うのですが……そうなるとキーリ・スルト・ムスペルヘイムは、どうして生体変換を使用できるのでしょう?」
リーザの疑問は最もだ。彼女が生体変換であっという間に傷を治す場面を、悠や大和達は目にしている。
先程キーリの姿を見た事で、リーザはその事を思い出したのだろう。
「そうだな―――可能性は二つある」
シャルロットは指を二本立てて言う。
「二つ、ですか?」
「ああ、一つは
「人間ではない……? それは彼女が"D"ですらない可能性があるという事ですか?」
驚きの声を上げるリーザだが、シャルロットは平然とした顔で頷く。
「何の補助もなく、そなたら"D"には不可能な事ができるとしたら―――それは
淡々とした口調でシャルロットは告げる。
皆は言葉を失ったようで、静まり返った。悠達はあくまでキーリを"D"だと考えていたからだ。
だが大和は、「ほう……」と不敵な笑みを浮かべていた。
静まり返った教室に、授業の終わりを告げるチャイムが響く。
「おお、もう刻限か。やはり美しい乙女達の視線を一身に浴びて授業するのは、とても楽しいものだ。時があっという間に過ぎてしまう」
残念そうに呟くシャルロット。やたら上機嫌だったのはそれが理由らしく、いつもの学園長だと大和談。
「―――名残惜しいが、今日の授業はこれで終わりだ。号令を」
「は、はい———起立」
深月がいないため、リーザが号令をかける。
「礼」
「ではな」
靴音を響かせてシャルロットは教室を出ようとするが、扉を開ける直前に動きを止め、悠達の方を向く。
「物部悠、大河大和、少し用がある。こちらへ来い」
「へ? まあ、いいですけど」
「はい、分かりました……」
シャルロットに呼ばれて悠と大和は廊下へ出る。
「物部悠、竜紋を見せてみろ」
そう問われた悠はシャルロットの目的を察し、右手の甲を見せる。
「―――特に異常はないですよ」
「ふむ……そのようだな。では、何か能力に変化は? 新しい物質変換を行えるようになってはいないのか?」
リヴァイアサン討伐後に生まれた小さな傷は、今や竜紋の一部になっていた。反重力物質を生成できるようになったのは傷が生まれた後だ。
恐らくだが、ドラゴンの能力を受け継いだかどうかだろう。バジリスク討伐から一週間は経っているのでブリュンヒルデ教室の生徒達の誰かに受け継がれているかもしれない。
その事を確かめに、シャルロットは悠と大和を呼び出したのだろう。
「今のところ……特には」
「そうか……バジリスクの能力を模倣できるようになっていれば面白かったのだがな。だが、まだバジリスクを倒してから間もない。変化が現れるのはこれからやもしれん。何かあれば報告するように」
「はい」
悠が頷くと、シャルロットは大和に視線を向ける。
「して……大河大和、そなたの方は何か変化はあったか?」
「オレは"D"じゃないし、そもそも上位元素も作れないですよ」
「それもそうだったな」
シャルロットはまるで、「あーそうだったそうだった」的なノリで言う。
「おい。まあいいや、それよりさっきの話だけどバジリスクを倒した後、深月達のうち誰かが使えるようになってるかもしれないと思った」
大和はバジリスクの権能を受け継いでいる生徒が他にもいるのではと示唆する。
「その可能性は私も重々思っていた。まあ、いずれ分かる事だろう。二人共、十分に注意してくれ」
「分かりました」
「おk」
悠と大和はシャルロットに返事をした。予期せぬ力の獲得は、暴走や事故を招く可能性がある。些細な異常も見逃さないと心で誓った。
「よし、では最後に―――少し腰を落とせ」
「え? こう……ですか?」
唐突なシャルロットの物言い。目的は分からないが、大和と悠はしゃがんで姿勢を低くする。
するとシャルロットは悠達の頭にポンと手を置いた。
「物部悠、大河大和、よくやった。一人も犠牲を出さずにバジリスクを討てたのは、そなたらの働きあっての事だ」
小さな手で撫でられた。悠は何だか恥ずかしくなってきていた。
「が、学園長いきなり何を―――」
「これはこれで悪くない」
「大和!?」
大和は撫でられても気恥ずかしさ等はなく、寧ろ心地良い気分でいたが、悠からツッコみの声が上がった。
「ん? そなたらを褒めているのだが……物部悠、これでは不満か?」
「いえ、不満ではないですが……」
「ならばありがたく受け取っておけ。私が男を労うなど、滅多にない事なのだからな」
「確かに」
「……事実なのだが、こうもはっきり言われると多少癪に障るな。まあ良い。ではな」
シャルロットは大和と悠の頭をわしゃわしゃと掻き回した後、笑いながら去って行った。
「一体何だったんだ?」
「さあ? 女好きでサボリ魔のシャルロット学園長の事だから碌でもない事じゃね? てかあの女何考えてるか分からん」
「……流石に言い過ぎじゃないか?」
そう言いながら教室に戻ると、帰りの支度をしていた皆が目を丸くする。
「物部くんと大河くん、髪ぼさぼさ。ふふっ……変なの」
今日一日ずっと暗い顔をしていたフィリルがくすりと笑う。
大和はそれを見て、こう思った。
(フィリルの笑顔が見れた……シャルに圧倒的感謝―――はしないけど、礼はしとこう)
心の内で、大和は合掌した。
何とか年内に間に合いました()
それでは皆様、良いお年を~。