「そう―――また偉大なる神の
ドラゴン信奉者団体“ムスペルの子ら”の息が掛かったホテルの一室で、キーリはニブルに潜入している
だが電話を切った途端、その神々しい雰囲気は一気に消し飛んだ。
リビングのソファに深々と体を預け、キーリは心底嬉しそうに表情を
「やるじゃない―――流石は悠と大和ね」
喜びを抑えきれない様子で、足をパタパタと動かすキーリ。
「それにしても、大河大和……やっぱり分からないわ。いくら情報を調べてもドラゴンと戦った情報しかないわね」
キーリはコンピュータ端末を操作しながらも苦渋の表情を浮かべる。
「あと分かった事といえば、“ドラゴンではない使い魔”らしき生物を従わせていた事ぐらい、か……ますます謎ね」
彼女はこの一ヶ月間、大河大和の情報を詳しく調べていたが、結果として何も分からずにいた。
「そういえば、お母様は彼と似たような力を使う人間を見た事があるって言ってたわね。けどかなり昔の事だからほとんど覚えていないみたいだし……」
そして―――
「確か、その不思議な力には“ポケモン”と表記されていたけれど、それも謎よね。ドラゴンの権能と何か関係があるのかしら……こればかりは彼に直接聞くしかないわね」
そう言ってコンピュータ端末を目の前にあるテーブルに置く。
「
他人の不幸を喜ぶような口調で呟くキーリだったが、突然顔を
「痛っ……!?」
キーリは自分の右手の甲に視線を向けた。そこには彼女の竜紋がある。普段は
「お母様?」
訝しげにキーリは眉を寄せた時、黒く変色した竜紋から
「一体何を―――くっ!?」
右手を襲う激痛に体を仰け反らせ、苦鳴を上げるキーリ。彼女は上位元素を振り払おうとするが、後から後から湧き出てくるのできりがない。
「この、感じ……生体、変換……?」
キーリは右腕を押さえ、奥歯を噛み締めて痛みに耐える。
そして数分後、竜紋からの上位元素流出は唐突に途絶えた。
力尽きた様子で、キーリは床に倒れる。
「―――はぁ、はぁ、はぁ……ああ、そういう事……」
荒い息を吐きながら、口の端を歪めるキーリ。
「……私を使い捨てるつもりなのね、お母様」
皮肉げに呟いたキーリは、ゆっくりと身を起こし、右手の竜紋を見つめる。
「もう選択肢がほとんどないとは言え……さすがに娘を改造するのは酷くないかしら」
キーリの竜紋は、淡く黄色い光を放っていた。
「まあでも、別に恨まないわ。作り変えられたお陰で、ようやく私は―――自由になれたみたいだから」
変色した竜紋に手を当て、キーリは笑う。
「けど、このままだとすぐにゲームオーバーね。どうしようかしら……」
口元に手を当てて思案するキーリだったが、テーブルに置かれていた新聞の一面を見て、目を細める。
「エルリア公国の現王アルバート・クレストが逝去―――確かここ、“D”の人権擁護に一番熱心な国よね。王族の中に“D”が現れたとかで……」
キーリはぶつぶつと呟いた後、妖しく瞳を輝かせた。
「ふふ―――ちょうどいいわ。この国を利用させてもらいましょう。そうと決まれば早く出発しないと」
てきぱきと旅支度を始めながら、キーリは愉快そうに呟く。
「もうすぐ再会できそうね。楽しみだわ―――悠、大和」
◇
ミッドガルへ向け帰還する輸送船。空には月と星が輝き、暗い夜の海を煌びやかに彩っている。
現在、船内では祝勝パーティーが開かれている。ミッドガルの職員も参加しており、会場である食堂は人でいっぱいになっている。
実際、乾杯をしてからはとても楽しい催しではあるのだが―――。
「大河くぅ~ん、一緒に食べよぉ?」
「私もぉー」
「ちょ……酒臭いっすよ先生方。食べるのはいいですけど、吐かないでくださいよ」
……と、大和(と悠)以外は皆女性のためか、酔っ払ったお姉さん方にやたら絡まれてしまっていた。
「らいじょうぶよ~ヒック。はからいってぇ〜」
「呂律回ってねぇ」
ウンザリする大和。自分より大人なはずなのに、逆に介抱されているのはこれ如何にと思わざるを得なかった。
「くっそ……ここに悠がいたらアイツに全部
大和は中々エゲツない事を口走る。その肝心の悠もさっきまで職員の人達に絡まれていたのに、一人だけ先に避難したのを見て恨んでいた。
「何か言ったぁ~?」
「いいえ何も」
「ねえー大河くんも飲も?」
「自分一応学生ですしお寿司」
この
◇
「はぁ~やっと解放された……いや、抜け出したって言うのが正しいか」
職員の人達に仕方なく付き合い、隙を見て彼女達の側から抜け出してきた大和。彼は今、輸送船の甲板に出ており、手すりにもたれながら景色を見ながら風に当たっていた。
空と海が交わる場所をぼんやりと眺めながら、器に満たされたブドウジュースを片手に少しずつ飲んでいく。
「うーんこうやっているのも中々乙なもんだなぁ」
空には月と星が輝き、暗い夜の海を
「……あ、大河くん」
ぼーっと月と星空を眺めていた大和に、聞き覚えのある声が耳に届く。
「ん、その声はフィリルか」
振り返ると、リンゴジュースが入ったグラスを片手に自分と同じく制服姿のフィリルがいた。
「……隣、いい?」
「おk」
フィリルの言葉に大和が了承すると、彼女も甲板の手すりにもたれる態勢になった。
「酔った職員の人達に絡まれてた……疲れた」
「君もか。そりゃご愁傷様」
直後、ぐったりとした様子を見せるフィリル。
「……大河くんもそうだったの?」
「まあね。軽く相手して逃げてきた」
「ずるい」
「いやいや、ずるいも何もあんな状況じゃ逃げる他ないわ」
お互い他愛もない会話で盛り上がる二人。
「ところで、悠知らない?」
大和は悠の居所をフィリルに聞く。まだ先程の事を根に持っているらしい。
「……物部くん? あっちで見たよ」
フィリルは船に向かって右の方向を指刺す。
「だけど、今お取り込み中のみたいだから、彼に用なら後にした方がいい」
「お取り込み中?」
「そう。ティアと」
「なーるほど。そしたら、後にした方がいいか」
大和は納得した様子を見せ、残ったブドウジュースを飲み干す。
「……物部くんに何か用事?」
「まあね。借りができたから」
「……借り?」
フィリルは何の事やらとばかりにきょとんとする。
「こっちの話」
彼の言葉にフィリルはふーんと言った後、グラスを口に付けて飲んでいた。
「……ねえ、大河くんはさ」
「ん?」
フィリルの突然の問いにつられて、大和は彼女の方を見る。
「私が生まれた国って、どこか知ってる?」
「え? 急やね……。ん~……」
考え込む顔を見せる大和。
「……その顔だと、知らないみたいだね」
頭をスパコン並みの速度でフル稼働しかけた瞬間、フィリルにそう答えられた。
「―――スマーン! ごめんな、すぐ答えられなくて」
そこまで言って、大和はある事に気付く。
「でも、フィリルの名字―――クレストって名前が引っかかるな」
「……お、いいところに目が付いてる」
彼女も彼の着眼点を褒めていく。
「クレスト……確か授業で王様の名前があったような。名を……ある……アル……アルバース? だっけ」
「惜しい……でも、そこまで答えてくれれば十分。名をアルバート・クレスト国王。エルリア公国の―――そして、私のお祖父様」
そこまで聞いて大和は「あーエルリア公国か、そうだったな」と納得しパチンと指を鳴らした。同時に、国王がフィリルの孫だという事に軽く驚く。
ふと、そこで大和は疑問に思うところがあった。
「……ん? 待てよ、国王様がフィリルのじっちゃんならフィリルも相当な立場にいるような気が」
「そういう事に、なるのかな」
「じゃないの? フィリルの父母も偉い立場になってるのでは?」
「……そうだね。お父様は王子という立場だし、お母様はお父様の妃。私の立場なら……お姫様って事になるのかな」
ほえ~、と大和はあまりの身分の違いに、接し方を変えようかなとも思えるようになった。
「だよねぇ―――これからはフィリル様と呼んだ方がいいですか?」
「……なんだかむず痒い。どうして敬語?」
「お姫様ならそう呼んだ方がいいのかなって」
「接し方を急に変えられても困る。今まで通りでいいよ」
「さいですか」
大和は言い方を改めようとしたが、フィリルに制された。
「……でも、お祖父様の体調が良くなくて……心配」
「そうなん?」
「うん。お祖父様はね、私のために、すごく頑張ってくれたの。私が“D”だって分かった時、孫娘を収容所のような場所に入れられるかって、アスガルの職員を追い返したぐらい」
「―――すっげ」
大和は素直に感心した。確かアスガルというのはミッドガルやニブルを統括する、対ドラゴン専門の国際機関。その要請を
「ただね、やっぱりルールを完全には無視できないから……その後はミッドガルを私に
「そうだったんだ。て事は、今のミッドガルがあるのはフィリルのお祖父さんが力を尽くしていてくれたお陰、か」
資源輸出で非常に潤っていたエルリア公国は、竜災と経済不況で苦しんでいたヨーロッパ諸国へも多額の援助を行っていたという。恐らくそのような繋がりがあったからこそ、広い影響力を発揮したのだろう。
「良いお祖父様を持ったね」
「うん、私の誇れるお祖父様」
胸を張るフィリル。その際、彼女の大きな胸が揺れたのだが、大和はそれを見ない事にした。
しかしこの先、彼女にとって運命の転機が訪れようとしていた事は、知るよしもなかったのだった……。
―次回予告―
“赤”のバジリスクを討伐し、ミッドガルに帰港した大和達。
しかし数日という束の間の休息の後、彼らに突然のニュースが届いた。
「お祖父様が……死んじゃった。私、何も返せなかった」
国王の死去。竜伐のプリンセスは嘆き悲しむが、そこにさらなる場面が。
『私はミッドガルの保護を求めています。だからどうか―――私を助けてください』
「え、キーリ……? なんでエルリア公国に?」
キーリ・スルト・ムスペルヘイム。行方をくらましていたテロ組織のリーダーである彼女が、急にエルリア公国に姿を現す。キーリの目的は何なのか。その真意は不明のまま。
ミッドガルに被害をもたらしたとはいえ、キーリの護衛とミッドガルへの移送を名目にエルリア公国に出立する事が決定したブリュンヒルデ教室の面々。
そこで出会うはフィリルの両親、そして、スレイプニルで隊長だった悠の元団員―――。
ここにきてキーリの始末を企て、ニブルが一枚噛んでいる事が判明した。何だかキナ臭くなってきたと同時に、“奴”が現れた。
「フレイズマル……っ!」
全身を装甲服で包んだ男。キーリが殺されかけたという、得体の知れない男。
悠が応戦する中、空から更なる脅威が彼らを襲う。
「イエロードラゴン、“黄”のフルスベルグだと……!?」
突如として出現した“黄”の竜。あれが、真の敵とキーリが言う中、彼らは彼女を守るために戦う!
「対竜兵装が効かない……!?」
「クソッ! オレの破壊光線も効かねぇ!」
だが、彼らの攻撃が通用しなかった。フルスベルグの能力で、彼らの攻撃を無効化したらしい。
さらに、彼らの目の前で“魂を喰らう魔鳥”としての風格を現し、大和達を絶望へと陥れる。
そんな最中、フィリルは大和にある言葉を告げる。
「私を……守ってくれる?」
まさしくその言葉は、王子様に向ける言葉そのものだった―――。
スピリット・ハウリング
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という訳で、三巻の終了と同時に次回予告を作ってみました。かなりチープですが、今後は巻の終わりに次回予告が付きます。
原作では悠は、ティアと深月の絡み合いがある一方、何故大和との絡み合いがフィリル? と思った方もいらっしゃると思いますが、これは4巻の伏線的な役割を持っています。