ファフニール? いいえポケモンです。   作:legends

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1ヶ月以上も間を開けてしまい申し訳ありません。大変お待たせしました。


“赤”との決戦

 翌朝、午前七時―――大和達は高度一万五千メートルの天空に集まっていた。

 

 地球が丸い事を理解できる高さ。雲を見下ろせる世界。

 

 足場にしているのは、巨大な銀色の兵器。対バジリスク用に開発された、ミスリル製の大型爆弾―――ミストルテイン。

 

 周囲には後発隊として合流した竜伐隊の少女達が、(せわ)しなく飛び交っている。

 

 彼女達は空気変換による風の制御でミストルテインを浮遊させ、さらに下部のミスリル装甲を厚くする作業を行っていた。

 

 この高度まではニブルの輸送機に牽引(けんいん)してもらったが、彼女らは“D”の役割を引き継いで撤退している。ミストルテインは既に輸送機では支えきれない重量になっているためだ。

 

 降下メンバーであるブリュンヒルデ教室の面々は、力を温存するためにミストルテイン上で待機し、準備が整うまで待っている。

 

 普通なら呼吸もままならない零下の高度ではあるが、辺りを包む風は温かく、十分な酸素も含んでいるため、息苦しさや寒さは感じない。

 

 風の生成役にはティアも加わっていた。少しでも力になりたいからと、半ば強引に付いてきたのだ。

 

 ただ、共に投下することはできない。バジリスクに接近すれば、それだけドラゴン化のリスクが高まる。たとえバジリスクを倒せても、ティアを守れなければ彼らの作戦は失敗に終わり、まさしくゲームオーバーになってしまう。

 

 故に、準備が終わればティアは他の竜伐隊と一緒に撤退する予定だ。

 

 翼の形をした架空武装を紅に輝かせ、空気を生成し続けるティアの姿を悠は見上げる。彼らの周囲がほぼ無風状態なのは、彼女が風を制御しているためだ。

 

「―――では、作戦の最終確認を行います」

 

 深月は彼らを見回して言う。額にずらしたゴーグルと、小型の通信機を身に着けた姿は、竜伐隊の隊長に相応しい貫禄があった。

 

「ミストルテインの降下制御は、私とフィリルさんで行います。“終末時間(カタストロフ)”の迎撃を受けた時点で、以降の軌道調整は難しくなるでしょう。観測機器から送られてきたデータに従い、常にバジリスクの直上を保たなければなりません」

 

 深月はフィリルに視線を向ける。フィリルも深月と同じゴーグルを身に着けている。これはリーザがバジリスクを狙撃しようとした時と同じく、視認することができない相手の位置を捕捉するためのものだ。

 

「……うん、大丈夫。細かな制御は得意だし」

 

 フィリルは力強く頷き、大きな胸の前でぐっと拳を握りしめる。

 

「作戦が順調に進んだ場合、バジリスクが回避行動に移る事を想定し、着弾直前までミストルテインの落下制御を行います。離脱は着弾五秒前。けれどこれは、爆発から逃れるにはかなり際どいタイミングです。ですからアリエラさんに、多重物理防壁の展開をお願いします」

 

「任せておいて。ボクは皆の盾だから」

 

 自分の胸を叩いて請け負うアリエラ。

 

「リーザさんとレンさんは、私とフィリルさんと共に全力で空気防壁を生成してください。これで確実に爆発は防げるでしょう。そしてお二人には、イレギュラーな事態への対処もお任せします」

 

 深月は真剣な眼差しをリーザとレンに向け、言葉を続ける。

 

「それは―――第三の眼(サードアイ)からの照射が()()()()()()()()です。継続して五秒をオーバーした場合はプランA、第二射を放たれたケースはプランBにて対応してください」

 

 これは全員の命運を左右する、最も重要な役割だ。対応を誤れば、全てが水泡に帰すだろう。

 

「ん」

 

 レンはこくんと頷き返す。

 

「―――了解ですわ。深月さんの作戦がわたくしの期待に応えるものであることを、願っています」

 

 リーザは深月の瞳を見つめ返し、どこか挑戦的に答えた。

 

「はい、私を信じてください」

 

 深月は気圧されることなく、強い意志が宿った声で応じる。その表情を見て、リーザは口元に笑みを浮かべた。

 

「そして、大和さんは最悪のケースを招かないよう万全の体制を整えたいので、皆さんのサポートをお願いします」

 

 要は、より作戦を成功へと導くため、大和が可能な限り彼女達のサポートをするという事。イレギュラーなケースはレンとリーザが担うものの、“D”とは言え彼女達も人間。全てを把握できる訳ではない。よって、その埋め合わせの如く大和がサポートに回るという事だ。

 

「おk、任された」

 

 大和は親指を立てながら応えた。

 

「最後に、兄さんとイリスさんですが―――お二人の役割は状況によって大きく変わります。全部のパターンをきちんと覚えていますか?」

 

「う、うんっ! たぶん、ばっちりだよ!」

 

 イリスは上擦った声で言うと、深月は不安そうな表情になる。

 

「たぶん、が付いた時点で、ばっちりではないと思いますが……」

 

「うっ……そ、それは……」

 

 焦るイリスを見て、悠は助け舟を出した。

 

「大丈夫だ。俺とイリスの役割はセットだしな。ちゃんと俺が相方をリードするよ」

 

「モノノベ……」

 

 感激の眼差しを悠に向けるイリス。

 

「……では兄さん、相方のイリスさんをよろしくお願いします」

 

 何となく、少し不機嫌そうな声で深月は言う。大和はこんな時にヤキモチだろうかとニヤニヤしていた。

 

 そこで深月の通信機に報告が入った。漏れ出た声が、微かに(大和は一語一句逃さず)耳へ届く。

 

『こちらA班。作業、全て完了しました』

 

『B班も終了です』

 

「―――ご苦労様です。では次の工程に進んでください」

 

 深月は指示を送り、大和達の顔を見回して告げた。

 

「ミストルテインの補強が完了しました。間もなく作戦開始となります」

 

 表情を引き締めて頷く大和達の元に、ティアがやってくる。補強作業を終えたメンバーに持ち場を変わってもらったのだろう。

 

「ユウ、みんな!」

 

 ティアはミストルテインの上に降り立つと、心配そうな表情で彼らを見上げた。

 

「それじゃあ、そろそろ行ってくるな」

 

 悠はティアの頭を撫でて言う。

 

「ユウ達……ちゃんと、帰ってくる?」

 

「ああ、約束する。絶対に全員で、生きて戻る」

 

 悠がそう答えると、リーザが言葉を付け足す。

 

「勿論バジリスクを倒した上で―――ですわ。安心して待っていなさい」

 

「……うん、分かった。ティア、応援してるの! すっごく、すっごく応援してるの! だから―――頑張ってっ!」

 

 瞳を潤ませながらティアは大きな声で叫ぶ。

 

 悠の胸の内に、熱い火が(とも)る。今なら何でもできそうな気がした。

 

 バジリスクはこの優しい少女を見初め、欲している。だが、決して渡しはしない。

 

「フッ、奴を倒した暁にはバジリスクタイムをキメてやる」

 

 悠が意気込む中、大和はキレッキレのダンスを踊っていた。倒した後とは言っている癖に戦う前から体を動かしていた。

 

 なお、レンがそれを見て笑いそうになっていたが堪えていた。

 

 相変わらず彼は平常運転だが、ふざけているように見えて実は万全の体制だったりする。

 

 特に緊張した面持ちではなくいつも通りの佇まいで、つまりそれは、“普段通り”にいけるという事。彼には何の迷いもなかったという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深月とフィリルにミストルテインの制御を引き継ぎ、降下作戦に加わらない竜伐隊のメンバーは空域を離脱していく。ティアもその中に混じり、悠達に手を振りながら遠ざかっていった。

 

 そして―――降下が始まる。一万五千メートル下にいるバジリスクへと。

 

 高層ビルのエレベーターに乗った時のような、内臓が浮き上がる浮遊感が襲ってくるが、深月達が作り出した空気が周囲を包み込んでいるので、気圧の変化による耳鳴りは感じない。そんな中大和は、自身で飛行できるので平然としていた。

 

「―――現在、一万四千メートル。バジリスクはティアさん達が退避したミッドガル方面へ移動中。ミストルテインの軌道を修正します」

 

 ゴーグルを掛けた深月は、架空武装の弓を手に現状を報告する。

 

 バジリスクの射程は通常時で五千メートル、を開くと一万メートルに達する。高度が一万メートルを切れば、いつ攻撃されてもおかしくない。

 

「……一万二千メートル地点を通過。バジリスク移動停止。ミストルテインの迎撃態勢に入った模様」

 

 フィリルも本の形をした架空武装を手に、ゴーグルへ転送されてくる情報を平坦な声で読み上げる。

 

 リーザとアリエラが架空武装を生成し、状況の変化に備える。レンはリーザの傍に寄り、イリスは無言で悠の手を握った。

 

 大和もギラティナの象徴であるボロボロの翼を()()()生やした後、いつでも動けるような体勢になり、動くべき時を待つ。

 

「間もなく高度一万メートル。ここからはもうバジリスクの射程圏内で―――」

 

 深月が台詞を言い終わる前に、事態は動いた。

 

 突然、落下速度が明らかに減衰し、ミストルテインの周囲から赤い粒子が立ち昇る。

 

「あの野郎、いきなり撃ってきやがったな!」

 

 大和が悪態をつく。波導で察知したのだろう。

 

「第三の眼からの攻撃です! ミストルテインから少し距離を取ります!」

 

 深月が早口で告げると同時に、体がふわりと浮き上がる。深月とフィリルの作り出す風が、皆を浮遊させた。

 

「わわっ!?」

 

 飛行技術を習得しているリーザ達や、自力飛行が可能な大和は平然としているが、イリスはバランスを崩して慌てている。悠も慣れない感覚に戸惑いながら、離れていくミストルテインを見下ろした。

 

 赤い閃光はミストルテインが盾になっているため、彼らのところへは届かない。

 

 だが、五秒以上照射が続けば話は別。深月が照射の時間をカウントしていく。

 

「……3、4、5―――」

 

 ほぼ五秒ジャストで、ミストルテインの周囲から(あふ)れていた赤い燐光(りんこう)は消失した。運動エネルギーのリセットがなくなった事で、落下速度はまた上がり始める。深月とフィリルは風で再びミストルテインの動きを掌握し、軌道の調整を行った。

 

「よかった……計算通りだったみたいだね」

 

 アリエラが安堵の息を吐く。

 

「いえ―――最初から第三の眼で迎撃されるのは、計算通りとは言えません。理想としては前回のように五千メートルを切ってから撃って欲しかったところです。リーザさん、第三の眼の二射目を警戒してください」

 

 深月が難しい顔で首を振った。

 

「了解ですわ。最初に第三の眼を使ったのは、二射目までのチャージ時間を稼ぐためかもしれませんものね。レンさん、プランB―――スタンバイですわ」

 

「ん」

 

 リーザが下方へ向けて構えた射抜く神槍(グングニル)に手を添えるレン。すると以前の作戦時と同様に、リーザの架空武装が巨大化する。

 

 その状態を維持しつつ、リーザは未だ健在なミストルテインを見据えた。

 

「もしもミストルテインが突破された時は、わたくし達が次の槍となりましょう!」

 

「んっ」

 

 リーザの言葉にレンは大きく頷く。

 

「もうすぐ五千メートル地点となります。バジリスクは両目から放つ通常の“終末時間(カタストロフ)”で迎撃してくるはずです!」

 

「―――むっ。来た!」

 

 深月が注意を促した後、大和が波導で感知したのか下を見ながら声を上げる。二人の言葉通り、ミストルテインの速度がまたガクンと落ちる。深月達は相対速度を合わせ、ミストルテインとの距離を取った。

 

 赤い光が微かに見えるが、それは先程に比べるとあまりに淡い。ミストルテインも十分に耐えている。

 

 このまま行けば、バジリスクに直撃するだろう。リヴァイアサンのように絶対的な防御力を持たないバジリスクならば、当たれば倒せるはずだ。

 

 しかし楽観できない要素がある。それは前回、バジリスクが見せた異常な察知能力。昨夜この作戦を皆に説明した時、深月はそれについてこう言った。

 

 あれは―――察知ではなく、予知ではないかと。

 

 バジリスクが用いているのは、時間に干渉する能力。視界にあるものを風化させるというのは、ある意味で()()()()()()()とも言える。

 

 未来視―――仮にこの予測が当たっていたとすれば、地雷などの罠が通じなかった事も頷けた。

 

 そして、大和が先の戦いで危惧していた能力が確定ではないとはいえ、当たってしまったのだ。「こちらの動きを見透かすような、時を飛ばす以外にも別の能力がある」事を。

 

 だがしかし、そんな反則的な力を有していたとしても、付け込む隙はある。

 

 未来は絶対的なものではない。()()によって容易く変質するものだ。バジリスク自身も行動によって危機を回避していた。

 

 それに前回の様子から見て、リーザや深月、大和の攻撃を察知したのは、()()()()()()()()()()()だ。

 

「高度二千メートル! バジリスクが回避行動を取る様子はなし! もしも未来を視た上での行動であれば、第三の眼から二射目が来ると考えられます! バジリスクは次撃で私達を消し飛ばせると予知している可能性が高いです!」

 

 深月が早口で告げる。大和も波導を使用すると、今にも放たんばかりに莫大な気を溜めていた。

 

 このミストルテインは、第三の眼による風化を九秒間耐えられる補強が()されているが、二射目はギリギリ耐えられない。しかしそれこそがバジリスクの罠だと、深月はこの状況も想定した上で作戦を立てたのだ。

 

「高度千メートル―――っ! 二射目来ました! アリエラさん、多重防壁を展開! リーザさん、プランBを開始!」

 

「了解!」

 

「分かりましたわ!」

 

 一気に膨れ上がった赤い光を見下ろし、アリエラとリーザが応じる。

 

「防壁、五重展開っ!」

 

 アリエラは手甲型の架空武装・牙の盾(アイギス)を振るい、ミストルテインと彼らの間に巨大な壁を五層、生成する。

 

「大和さんもサポート可能でしたらお願いします!」

 

「よし、分かった! オレもいく―――光の壁! 神秘の守り!」

 

 大和がミストルテインに向け手を(かざ)すと、アリエラの防壁に続くように黄色い光の壁が展開される。さらに、さながらウォーターボールの如く彼ら全員を透明な球体状の守りで包み込む。

 

 彼やポケモンが持つ技の二つの内、展開した不思議な壁―――『光の壁』は特殊攻撃(特攻)の技を弱め、半減させるという技。この技であれば、アリエラの防壁が突破された際に“終末時間”の到達の時間を僅かながらも遅らせる事ができる。

 

 そしてもう一つ、不思議な力に守られている『神秘の守り』は不思議な力に守られ、“眠り”や“毒”などといった状態異常にならなくなる技。万が一突破された“終末時間”の効果を少なくとも軽減できるはずだと考えた。

 

 計で六層と追加の防壁を展開させた上、彼らを赤い光の余波に巻き込まれないようにとサポートしたのだ。

 

 さらにもう一人、彼にはまだサポートできる相手がいる。

 

「成れ、聖銀の槍!!」

 

 リーザはレンの力を借り、巨大化した射抜く神槍(グングニル)の穂先をミスリルへと物質変換する。

 

「リーザ、それもサポートするぜ! 手助けッ!」

 

 大和が拍手の如く、手をパンパンと叩くと、リーザに力が沸き上がってくる感覚を覚える。

 

「力が沸き上がって……タイガ・ヤマト、感謝致しますわ」

 

 リーザが僅かながら笑みを大和に見せ、感謝の礼を述べる。

 

 この『手助け』という技は、仲間を助け、技の威力を強化するというもの。一時的なものだが、単純にリーザの力を強化させたのだ。

 

 この瞬間、恐らくだがバジリスクの視る未来は変わった。そして同時に、この時点で初めて、バジリスクは命の危機を察知したのだろう。

 

 相対距離は千メートルを切っており、いくら未来が視えようと、選択できる行動は限られている。

 

「―――ミストルテイン消滅! アリエラさんと大和さんの防壁も突破されます! リーザさん、耐えてください!」

 

「この程度、余裕ですわ!」

 

 ミスリルの穂先が赤い閃光を受け止める。そして宣言通り、残り一秒足らずの極大化した光線を(しの)ぎ切った時、深月は叫ぶ。

 

「第三の眼、沈黙! バジリスク、回避行動に移りました!」

 

 己が貫かれる未来を視たのか、バジリスクは“終末時間”による迎撃を止め、移動を始めたらしい。

 

「……今更、遅い。逃がさない」

 

 フィリルが強い口調で呟く。

 

「リーザさん、槍を放ってください! 軌道は私達で修正します!」

 

 深月の言葉にリーザは頷くと、柄までミスリルに変換した巨槍を投げ放った。

 

「―――貫きなさいっ!」

 

 加速しながら落ちていく槍を追いかけ、彼らは降下する。

 

「イリス、そろそろ出番だ。何をするかは分かってるか?」

 

 悠はイリスへ呼びかける。

 

「うん、大丈夫。分かってる!」

 

 そういってイリスは架空武装の杖を生成する。

 

 悠も右手にジークフリートを持ち、タイミングを計る。彼がしくじれば、全てが台無しになってしまうため、失敗は許されない。

 

「目標まで―――あと三秒――――――――――着弾っ!」

 

 深月の声と同時に巨大な銀の槍が塩化した白い海原に突き刺さる。

 

 大気を揺るがす轟音(ごうおん)が響き渡り、塩塵(えんじん)が高々と舞い上がる。ニブルのミストルテインとは違い、リーザの槍には爆薬が仕込まれていないので爆発はしなかった。

 

 だが、大和の『手助け』による恩恵か、先程の攻撃の余波か定かではないが、バジリスクを傷を負わせつつ後退―――否、吹き飛ばしていた。威力を高めた巨大な槍は無駄に終わっていなかった。

 

 それでも、赤き竜は未だ健在。直撃を免れたバジリスクは致命傷には至らなかった。未来視によって、ギリギリ(かわ)せる位置にいたのだろう。

 

 赤い光が輝く。両目から、彼らの時間を奪い尽くす輝きが放たれる。

 

 それを悠はバジリスクの生存を確認すると同時に、弾丸を放っていた。全ての生成量を込め、全力で空間を捻じ曲げる!

 

斥力弾(アンチ・グラビティ)!」

 

 白い輝きが局地的な斥力場を発生させ、赤い閃光の軌道を逸らす。

 

 ただし斥力弾の効果はほんの一瞬だ。最早防壁を作り続けてもジリ貧になる状況。

 

 しかし―――もうこれ以上、守る必要はない。

 

 ほんの一瞬で十分。イリスがバジリスクを視認する時間を稼げれば、悠の仕事は成功。

 

 バジリスクまでの距離は、およそ二百メートル。

 

 イリスが、()()()()()()()()()()()()()

 

「聖銀よ、弾けろっ!」

 

 双翼の杖(ケリュケイオン)を翳し、イリスは告げる。

 

 バジリスクの眼前で、銀色の爆発が巻き起こった。

 

 甲高い金属質な爆発音が耳を打ち、鼓膜に微かな痛みを感じる。

 

 零距離での爆発を避ける術はない。予知したところで、既に手遅れ。爆散したミスリルが、バジリスクの全身に突き刺さる。

 

 ギィィィィィィィィィィ―――!

 

 バジリスクの悲鳴だろうか。ざらついた耳障りな音が、辺りに響き渡った。

 

「聖銀よ―――弾けろっ! 弾けろっ! 弾けろっ!!」

 

 イリスは手を休めず、容赦のない追撃を行う。

 

 一撃目の段階で、既にバジリスクの眼球は全て破壊されていた。“終末時間”による攻撃はもうできない。

 

 さらに、追い打ちの如く大和がイリスにも『手助け』をしており、爆発の威力を底上げしていた。その高威力の攻撃が、第三の眼にも影響し、巨大な目がボロボロになり、鮮血を撒き散らしていた。

 

 バジリスクはアルマジロのように体を丸め、爆発に耐えようとしているが、強靭なミスリルの破片はダイヤモンドの鱗を突き破る。

 

 丸まったバジリスクの体がわずかに収縮し、体表から石柱状に突き出ていたダイヤモンドが四方八方に勢い良く飛び散る。

 

「っ―――まだこんな奥の手を!?」

 

 散弾のように襲い来る鋭利なダイヤモンド塊を見た深月は、驚きの声を上げる。

 

「大丈夫! ボクに任せて!」

 

 飛来したダイヤモンドは、アリエラが生成した防壁が弾き返す。だが重いダイヤモンドの外殻を捨てたバジリスクは、素早い動きで砂漠へと潜り始めた。

 

「残念、逃げられると思った? ダイヤストームッ!」

 

 物質変換の連続で息の上がったイリスに代わり、バジリスクに手を向けた大和が無数の巨大なダイヤの塊を発生させ―――弾丸の如く、撃ち放つ。

 

「閃光よ、貫けっ!」

 

 リーザがそれに続くように、巨大な槍の架空武装から光の奔流を放った。レンの上位元素も借りた、最大規模の陽電子砲。

 

雷球弾(プラズマ・ブリット)!」

 

 再びジークフリートを生成した悠も、リーザとほぼ同時に放つ。自身のモノにした物質変換で、プラズマ化した圧縮空気で攻撃する。

 

 悠の放ったプラズマ球は上空からバジリスクの頭を貫き、リーザの陽電子砲は体の中心に大穴を開け、大和の放った無数のダイヤはバジリスクを突き刺し、貫いていた。

 

 皮肉にも自ら脱ぎ捨てたダイヤが、まるで再び生えたように見える。最も、瞬く間に増えていく風穴と血を除けば、だが。

 

 大和はそれを見て、ダメージを喰らいながら重いダイヤを生やされてNDK?(ねえどんな気持ち) NDK?(ねえどんな気持ち)とイラっとする言葉を吐き捨てた。

 

 肉体的にも精神的にもダメージを受けすぎたバジリスクは、ぐらりとバランスを崩し、自らが掘って積み上げた塩の山へ倒れ込んだ。

 

 彼らはバジリスクから十分な距離を取りつつ、塩化した海面に降り立つ。

 

「接敵陣形! とどめを刺します!」

 

 深月の指示通りに、皆は作戦会議で決めた陣形の一つを取る。

 

 防御役のアリエラ、フィリル、リーザが周囲に展開し、その中央に悠と深月、そして攻撃側に回った大和が並ぶ。さらに悠の横にはイリスが、深月の隣にはレンがついた。

 

 これは相手の攻撃に備えながら、こちらの最大攻撃で殲滅するフォーメーション。

 

「よく頑張ったがとうとう終わりの時だぁ」

 

 大和が左の腕を掲げる。その手の甲には蒼くα(アルファ)の文字が刻まれていた。

 

「―――イリス」

 

「うんっ」

 

 悠が差し出した左手を、イリスは右手でぎゅっと握る。 

 

「対竜兵装マルドゥーク!」

 

 悠はイリスから借り受けた上位元素を用い、旧文明の兵器を構築した。

 

 ところどころ内側の機器が()き出しの巨大な砲身は、悠の意志通りに動いてバジリスクに照準を合わせる。塩化した海の上なら足場が揺らぐ事もない。

 

「レンさん、お願いします」

 

「ん」

 

 続いて深月もレンから上位元素を借りて、自らの架空武装を巨大化させた。

 

 バジリスクは頭と体を貫かれながらも、まだぎこちなく手足を動かし、もがき、塩の中へと逃れようとしていた。尋常ではない生命力だ。

 

 だからこそ、今ここで完全に打ち倒す。

 

「深月さん、あなたは今度こそ……全てを守り抜くんです!」

 

 リーザは前を向いたまま叫ぶ。

 

「―――はいっ」

 

 深月は力強く頷き、五閃の神弓(ブリューナグ)に、上位元素の矢を(つが)えた。

 

 そして大和達は、赤き暴竜へと最後の一撃を放つ。

 

根源(こんげん)波動(はどう)ッ!!」

 

「特殊火砲、境界を焼く蒼炎(メギド)―――発射(ファイア)っ!!」

 

(つい)の矢―――空へ落ちる星(ラスト・クオーク)っ!!」

 

 大和の周囲に無数に展開させていた青白く輝く光弾を放ち、悠の砲塔から撃ち出された蒼い光弾と、深月が射った反物質の矢が、バジリスクの体に突き刺さった。

 

 真っ青な閃光と、眩く白い対消滅の輝きが、世界の色を一時的に染め変える。

 

 バジリスクの巨体を光が呑み込み、無へと帰す。

 

 爆風が塩塵と共に押し寄せてくるが、リーザ達の張った空気防壁により、白い波は彼らを避けるようにして通り過ぎて行った。

 

 後に残ったのは―――塩の平原にぽっかり開いた大穴。だが、爆発は塩の層を貫通していたようで、次第に内側から海水が満ちてきて、綺麗な真円状の水たまりになる。

 

 しばらくは、誰も口を開かなかった。

 

 深月は海水で満たされた大穴をじっと見つめていたが、やがて静かに息を吐く。

 

「ふぅ……」

 

 架空武装の弓を手放し、澄んだ青空を見上げる深月。

 

 リーザがゆっくりと深月に歩み寄り、隣へ並んだ。

 

「綺麗さっぱり、跡形もないですわね」

 

「はい……」

 

 気の抜けた声で深月は相槌を打つ。

 

「それに、全員生き残っています。誰一人、欠けてはいません。これで―――条件はクリアですわ」

 

「……私は、許してもらえるんでしょうか?」

 

「もちろんです。わたくしに二言はありません」

 

 リーザは晴れ晴れとした顔で保証するが、深月は遠くを見ながら問い返す。

 

「そんな簡単に、割り切れるものですか? もし無理をしてるのなら―――」

 

「無理なんてしてませんわ。全く、深月さんは相変わらずですわね」

 

 腰に手を当てたリーザは、呆れた様子で溜息を吐く。

 

「でも……」

 

 しかし深月はまだ納得のいかない顔で目を伏せた。

 

「ああもう、まどろっこしいですわね……」

 

 リーザはもどかしそうに頭を掻き、深月を強引に抱き寄せる。

 

「むぐ」

 

 大きなリーザの胸に顔を押し付けられた深月は、苦しそうに呻いた。

 

「深月さんはもう十分以上に頑張りましたわ。わたくしは、そんなあなたを心から尊敬します。友人として誇りに思い、家族として……とても愛おしく感じています」

 

 ぎゅっと、強く深月の体を抱き締めるリーザ。

 

 深月は何かに気付いたのか、はっとした表情を浮かべた。

 

「―――この感触、ああ……そうだったんですね。あの時も、リーザさんが私を……」

 

 深月は為すがままになりながら、声を震わせて呟く。

 

 そして少し躊躇いながらも、リーザの背に腕を回した。

 

「ありがとうございます……リーザさん」

 

 深月が零した言葉の意味は分からなかったが、この瞬間―――二人のわだかまりが消え去ったのだった。

 

「あら^~」

 

 大和がニヤニヤ(( ̄∀ ̄))としながら見ていたが、声も漏れた事により、二人は我に帰ったのか頬を赤くしながらバッと体を離した。

 

「いや、いいんだよ? そのままくっつき合ってても。別にキマシタワーとかタマリマセンワーとか思った訳じゃないんだからね!」

 

「タイガ・ヤマト……」

 

「あなたって人は……」

 

 大和が二人の百合百合(ゆりゆり)を絶賛し、リーザと深月が同時に呆れた。

 

「まあまあイージャン。折角勝ったんだから、さ!」

 

 彼が二人の傍に歩み寄ると、深月とリーザの肩を掴みながら二人を再び抱き寄せた体勢に戻した。

 

「「きゃっ!?」」

 

「はっはっはー! 勝った! 勝った! 夕飯はドン勝だー!!」

 

 そう声を高らかに上げる大和。まるで勝利を分かち合っているようだが、一歩違えば深月が嫌っている不純異性交遊である。

 

 そして、その様子に触発された者もいた。

 

「……物部くん、私達も行こ」

 

 少し離れて大和達を見ていた悠の背中を、フィリルが押す。

 

「え? 行くってどこへ―――」

 

「てやー」

 

 悠の疑問を無視して、フィリルは悠を彼らの元へ勢いよく押していき、そのまま三人にぶつけた。

 

「きゃあっ!? も、モノノベ・ユウまで!?」

 

「兄さん!?」

 

「おっ、悠も祝ってくれるの?」

 

「いや、これはフィリルが無理矢理―――」

 

「……勝利は、皆で喜ぶもの」

 

 三人に抱き付くような形になった悠の後ろから、更にフィリルが飛び付いてきた。

 

「あ、待ってよモノノベ、フィリルちゃん!」

 

「―――レン、ボクらも行こうか」

 

「ん」

 

 イリス、アリエラ、レンまで加わり、おしくらまんじゅう状態となってしまった。

 

「た、タイガ・ヤマト! か、顔が近いですわよ!」

 

「兄さん! ど、どこを触ってるんですか!」

 

 リーザと深月が文句を言うが、離れられる隙間もない。

 

「……バジリスク討伐、おめでとー」

 

 フィリルが相変わらずのローテンションな声で勝鬨(かちどき)を上げた。

 

「おめでとーっ! やったね、勝ったねっ!」

 

 明るい声でイリスが応じる。

 

「やったぞーっ!」 

 

「おー」

 

 アリエラは腕を上げて叫び、レンも頬を紅潮させて珍しく大きな声を出していた。

 

「(こうなったらもう、開き直るか)大和、深月、リーザ、次は俺達の番だ」

 

「ようし、もっかい行くゾー」

 

 悠は深月の、大和はリーザの腕をそれぞれ掴み、天へと突き出す。

 

「よしっ! 勝ったぞぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

「ヒャッハァァァァァ!!」

 

 悠と大和は腹から声を絞り出し、全力で叫んだ。

 

 傍で大声を張り上げられた二人はポカンとした表情を浮かべていたが、やがて同時にくすりと微笑む。

 

「……リーザさん、私たちも叫んでおきますか?」

 

「そうですわね……せっかくですから」

 

 深月の問いかけにリーザは頷き、短く咳払いをする。

 

 そして二人は声を合わせ―――真っ青な空へと喜びの声を響かせたのだった。




手助け便利説。

前回、中途半端な区切りをしたせいで、長めになっています。
いやなげぇよ! と思った方は申し訳ございません……。

また今回、ミッドガルがバジリスク討伐に本腰を入れているため、少しだけ大和は(わりかし)控えめです。

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