ファフニール? いいえポケモンです。   作:legends

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血路

『―――君の方から私に連絡してくるとは思わなかったよ、物部少尉。もしや私の隊に戻りたくなったのかな?』

 

 艦橋のモニターに映し出された男が、切れ長の目を細めて言う。彼はニブル在籍時に悠の上官だったロキ・ヨツンハイム少佐。彼を最強の“人殺し”に仕立て上げようとした人物でもある。

 

「まさか。俺はミッドガルの生活に満足してますよ」

 

『ふむ、では何の用だね? 私も暇ではないのだが』

 

 視線で早くしろと促すロキ。 

 

「以前―――報酬をくれると約束してくれましたよね。いつの事だったかは、はっきりと思い出せませんが」

 

 悠は含みを持たせた言葉を投げる。ロキは微かに眉を動かした。

 

 あれは―――リヴァイアサンの一件が片付いた後の事だ。ロキは事態を上手く収めた悠を労い、好きな報酬を与えようと言ったのだ。

 

 もちろん思い出せないというのは嘘。けれど、この会話をした時の通信はミッドガルが関知しないものだったので、遥達がいる艦橋で口にするわけにはいかない。

 

『……そういえば、そんな約束をしていたな。何だ? ようやく欲しい物が決まったのか?』

 

 ロキの問いに悠は頷く。 

 

「はい―――俺に、ミストルテインをください」

 

『ほう? それは、バジリスク討伐用にニブルが開発した兵器の事か?』

 

「そうです。量産型の兵器ではないと思いますが、試作用のものは作られているはずです。それがまだ使える形で残っていたなら、俺に譲ってくれませんか?」 

 

『ミストルテインはバジリスクに通じなかったはずだが、そんなものを何故欲しがる?』

 

 ロキは画面の向こうから悠をじっと見つめ、問いかけてくる。

 

「俺はミストルテインの設計思想が間違っていたとは思いません。あれをこちらで運用すれば、活路が開けるかもしれないと考えています」

 

『何か考えがあるようだな。しかしあれが欲しいのならば、ミストルテイン作戦の責任者に直接話を持ちかけた方がいいのではないかね』

 

「その場合は、ミッドガル側がニブルに協力を依頼したという形になってしまいます。それはこちらへの過干渉を招く事態になりかねません。だから俺はロキ少佐へ、個人的に頼んでいるんです」

 

 彼はロキと視線を合わせ、そう告げる。

 

『はは―――用心深い事だ。まあ()()を考えれば分からなくもない。つまり私は、ニブル側からミストルテインをそちらへ提供するよう働きかければいいのだな?』

 

「はい、可能でしょうか?」

 

『報酬はどんなものでも用意すると言った以上、やれるだけの事はやってみよう。ただし上手くいくかは保証しない』

 

「それで十分です。ありがとうございます」

 

 悠は礼を言って、頭を下げた。

 

 そもそもミストルテインの試作品があるかどうかも分からないので、悠は過剰な期待はしていなかった。もし手に入れば多少は有利になるという程度。

 

『ずいぶんと必死だな、物部少尉。そんなにも守りたいものがあるのか?』

 

「…………」

 

 皮肉交じりの問いには、沈黙を返す。この質問に答えるのは、悠にとって何故だか非常に危険な気がしたのだ。

 

『―――まあいい、事が順調に運べば今日中にもニブルから反応があるだろう。動きがなかった場合は諦める事だ。これではな』

 

 ロキは最後に薄く笑い、通信が途切れる。

 

 傍でその話を聴いていた遥は、悠に怪訝な眼差しを向けた。

 

「物部悠、君はいったい———」

 

「勝手な事をしてしまい、済みません。篠宮先生、できれば皆を集めてくれませんか? そこで説明をしようと思います」

 

 悠は遥に謝りつつ、そう頼んだ。

 

 ミストルテインが手に入るかは分からないが、皆へ伝えておく事がある。

 

 バジリスクには恐らく“隙”かある、と。

 

 それは今回の失敗から見出した―――唯一の血路だった。

 

「……あと、()()()にも伝えないとな」

 

 そして―――今回の作戦にて一番悔しがってた人物にも伝えようと、携帯端末を取り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は―――ニブルの取った作戦が、最もバジリスクに有効だと考えている」

 

 遥から連絡を伝えられ、皆が会議室に集まった。彼女達に悠はそう切り出す。

 

 また、彼の傍には大和もいた。実は大和は、前の作戦で失敗に終わった事を悔やんでいた。碌な援護もできず、技も通用しなかった事に唸っていたらしい。

 

 そこで悠は、彼に自身が思いついた説明をしようと、彼女達より先に呼び出し、内容を伝えた際には「いいんじゃない?」と納得していた。

 

 会議は主に悠が説明するが、もしフォローが必要になる時かあるかもしれないと、半ば強引ながらも二人で説明する事が決まった。

 

「ミストルテインに足りなかったのは、“終末時間(カタストロフ)”に耐え切る量のミスリル防壁だ。逆に言えば、それさえ補えればバジリスクを倒しうる武器になる」

 

 悠が強い口調で言うと、リーザが口を挟む。

 

「待ちなさい、モノノベ・ユウ。確かに理屈はそうでしょうが、第三の眼(サードアイ)を開いたバジリスクはミスリルさえも一瞬で風化させますわ。どれだけミスリルがあっても足りないと判断したからこそ、ニブルも諦めたのではなくて?」

 

 リーザの言う通り、単にミスリルの量を増やせばいいだけならば、ニブルはミストルテインを量産し、連続投下する作戦へ移行したはず。それをしないという事は、必要とされるミスリルが現実的な量ではないという事。

 

「そうだな、バジリスクが第三の眼から閃光を放ち続けたら、どれだけ厚いミスリルの防壁を作っても簡単に消し飛ばされるだろう。だけど俺はバジリスクにも限界があると思っている」

 

「……どういう事ですの?」

 

 リーザが疑問に思っていると、大和が紡ぐが如く言葉を放つ。

 

「バジリスクはニブルの作戦も含めて、第三の眼からこれまで三回閃光を出していたのを確認したし、照射した時間は全部共通して五秒程度。前の作戦ではリーザの攻撃の失敗の後の時や、オレ達が逃げる時なんかは第三の眼の攻撃を二回放てばいい話なのに、共通して二回目は普通の“終末時間”だったし」

 

 彼の言葉を聞いた深月は、口元に手を当てて呟く。

 

「―――確かに、それは私も気になっていました。バジリスクには何か、第三の眼を出し惜しみする理由があるのでしょうか……」

 

「まあ、普通に考えるとリスクがあるからだろうな。リスクがないなら隠したりせず、普段から遠慮なく使えばいい」

 

「リスク……兄さんは、既に何か仮説があるようですね」

 

 深月は悠の表情を見て、話を促す。

 

「一応な。俺達が一度生成可能な上位元素(ダークマター)は、限りがある。それと同じように、バジリスクも一度に放てる赤い光の総量―――もしくは剥奪できる時間には、限度があるんじゃないだろうか」

 

「……可能性はありますね。そう考えると、連射できない理由は説明できます。照射時間が一定であるのは、加減ができないから……かもしれません」

 

「ああ、第三の眼はたぶん細かな調整が利かないんだろう。ありったけの量を放射して、五秒間でガス欠になる。そんな切り札なんじゃないかと俺は思う」

 

 そこまでの説明を聞き、イリスが悠に問いかけてくる。

 

「じゃあ第三の眼からの攻撃した後なら、バジリスクは無防備になるの? その時なら簡単に倒せちゃったりするのかな?」

 

「―――そうなれば楽なんだけどな。俺が言ったのはあくまで第三の眼だけの話だ。残り二つの眼から、バジリスクは普通に攻撃してくると考えた方がいい。実際、イリスが降らせたミスリル片の雨を、バジリスクは迎撃してただろ?」

 

「あ、そっか……じゃあ、どうするの?」

 

 首を傾げて訊ねてくるイリス。

 

「だからこそ、ミストルテインだ。皆も見た通り、あれは“終末時間”の通常照射には耐えられるよう設計されてる。そこに第三の眼からの照射を五秒間凌げるミスリル防壁を追加すれば、計算上はバジリスクに届くだろう」

 

 悠は自分の思い描いた可能性を説明する。

 

「……兄さんの言いたい事は大体分かりました。つまり足りないミスリルを“D”の物質変換で補う訳ですね」

 

 悠に確認するように深月が問いかける。

 

「そういう事だ。俺はこれが、一番現実的な作戦だと思う」

 

「現実的、というにはまだ詰めが甘いです。バジリスクが今回見せた異常な察知能力も考慮されていませんし。ただ、検討する価値は十分にあると思います」

 

 深月はそう言うと、遥へと視線を向ける。

 

「―――私も同意見だ。ニブルからミストルテインが譲渡されるかどうかで多少状況は変わるが、この方向で新たな作戦を考えてみよう」

 

 遥の言葉に深月は頷き、皆へと伝えた。

 

「では、一時解散します。作戦の通達があるまで、体を休めてください」

 

 そう言う深月だが、自身は休むつもりはないようで、遥と相談を始める。

 

 しかし、その表情は先ほどより明るくなっていた。見通しの立たない絶望より、困難でもやれる事があった方が楽なのだろう。

 

 ―――無理しすぎないといいけどな。

 

 悠は深月の横顔を見ながら心配する。しかし深月の危うさはもっと深刻なものであった事を、彼は数時間後に思い知るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古傷を額に刻んだ初老の男―――少将のディランが、画面の向こうから柔和な笑顔をティアに向ける。

 

『これはおじさんからのプレゼントだ。受け取ってくれたまえ』

 

 その日の夕方―――ミストルテインの譲渡は、意外な程あっさりと成立した。

 

 ディランが積極的に動いてくれたらしく、有難い事に高空まで運搬可能な輸送機付きという話だ。

 

「おじさん、ありがとうなの!」

 

 満面の笑みを浮かべて礼を言うティア。それを聞いたディランはさらにを崩すが、隣にいる悠の視線に気付いて咳払いをする。

 

『こほん―――ミストルテインにもう予備はない。これが最後の一発だ。上手く役立てて欲しい。ニブルの兵器がバジリスク討伐に貢献したとなれば、少しは我々の面目も立つからな』

 

 ディランは真面目な顔に戻って言い、通信は切れた。

 

 悠にとって、ロキがどんな風に働きかけたか分からず仕舞いだったが、ディランはこちらがミストルテインを欲しがっていると分かった上で、無条件に引き渡してくれたような気がする。

 

 多分それは、ティアのお陰なのだろう。

 

「助かったよ、ティア」

 

「え? ティアは何もしてないの」

 

 きょとんとするティアだが、頭を撫でると気持ちよさそうに目を細める。

 

 

 順調な滑り出しだ。このまま行けば―――と思ったが、問題はその後の作戦会議で起こった。

 

「今の言葉、本気ですの?」

 

 会議室に怒気を(はら)んだリーザの声が響く。様々なデータを表示したスクリーンの前には深月が立ち、リーザの視線を真正面から受け止める。

 

「はい、もちろんです。私が―――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは悠にとっても信じがたい言葉だった。他の皆も、呆然と深月を見つめている。

 

「どうしてそうなるんですの? 無茶苦茶ですわ!」

 

 バンッと机を叩いて立ち上がるリーザ。

 

「分からなかったのなら、もう一度説明しましょう。計算上、第三の眼からの閃光を五秒間耐える補強は可能でしたが、弾頭が巨大になり過ぎて、本来の落下制御システムが役に立たなくなります。ですから誰かがミストルテインと降下して、軌道修正を行う必要があるんです」

 

「わたくしが問題にしているのは、そこではありません! どうして深月さんが一人でそんな役目を担うのかと聞いているんです!」

 

「これは確証のない仮説に基づいた作戦です。こちらの予測が間違っている可能性は十分あります。そして失敗すれば、確実に命を落とすでしょう。そんな危険な任務を、他の誰かへ押し付ける訳にはいきません」

 

「っ……」

 

 リーザが奥歯を噛み締め、つかつかと深月へ早足で近づく。

 

 その瞬間パン―――と乾いた音が鳴った。深月の頬をリーザが叩いたのだ。 

 

「あなたはどうして、いつもいつも……わたくしは認めませんわよ!」

 

「……認めていただかなくても結構です。竜伐隊の隊長は私ですから」

 

 叩かれた頬を赤くしながらも、深月はリーザを正面から睨み返す。

 

「おい待てい」

 

 だがそこに、大和の声が割り込んだ。

 

「誰かがやらなきゃいけないなら、オレがやる」

 

「な―――だ、ダメです! これは私がすべき事です! 大和さんには任せられません!」

 

「ちょっと何言ってるか分かりませんねぇ。深月殿は生徒会長で竜伐隊の隊長という立派な役職なのに対して、オレはただの一般生徒で“D”でもない。それにもし失敗した時の事を考えればリスクが少ない。ほら、歴然の差があるでしょ?」

 

 大和はやれやれといった表情で、深月の言葉を否定する。

 

「そういう事なら―――ボクでも構わない訳だよね?」

 

 ゆっくりとアリエラも立ち上がり、深月に悪戯っぽい笑みを向けた。

 

「んっ!」

 

 自分もだと言うように、レンも席を立つ。

 

「……私もやる」

 

 フィリルも同様に起立し、皆の輪に混ざる。

 

「あ、あたしもっ!」

 

 そんなクラスメイト達を見回し、イリスまで慌ただしく起立した。

 

「空を飛べないイリスさんには、ミストルテインの制御なんてできないじゃないですか!」

 

 深月は慌てた様子で指摘するが、イリスは真剣な表情で言い返す。

 

「確かにそうだけど、誰かを一人で行かせる訳にはいかないよ! あたしは、誰が行く事になっても付いていくから。何か力になれることがあるかもしれないもん!」

 

 完全に前提条件を無視しているが、イリスの言葉はある意味で正しかった。

 

「俺もミストルテインの制御はできないが、降下メンバーに志願する。仮説に基づいた作戦だからこそ、あらゆる状況を想定して対処法を練るべきだ。俺とイリスは()()()()()()、役に立つぞ?」

 

 席を立ち、悠は深月に言う。

 

「それは……」

 

 言葉に詰まる深月。先の作戦では、悠とイリスの力もあって窮地を脱する事が出来た。故に否定の言葉を口にできなかったのだろう。

 

「たまには良い事を言いますのね、モノノベ・ユウ」

 

 一致団結と言わんばかりにブリュンヒルデ教室のメンバーが全員席を立ったのを見て、リーザが口元に笑みを浮かべた。

 

「深月さん、わたくし―――決めましたわ」

 

「決めたって……何をですか? 作戦の決定権は、リーザさんにはありませんよ?」

 

 警戒の眼差しを向ける深月に、リーザは苦笑を返す。

 

「違いますわよ。わたくしが決めたのは、二年前の罪をあなたが清算する方法です」

 

「な―――どうして今、そんな事を……」

 

 完全に予想外の言葉だったのだろう。深月は意表を突かれた様子でたじろいた。

 

「もちろん、今の状況に関係ある事だからですわ。わたくしは深月さんに要求します―――」

 

 びしっとリーザは深月の眼前に指を突き付け、鋭く告げる。

 

「わたくしを含め、今作戦に志願した全員の力を最大限に生かし、想定外の事態にも対応しうる完璧な作戦を考えなさい! そして、全員を生還させるのですわ! それを成し遂げれば、わたくしは深月さんを許しましょう」

 

「そんな……全員だなんてあまりにリスクが———」

 

「無理とは言わせません。新たな作戦が思いつかなければ、深月さん以外の誰かがミストルテインと降下することになりますわ。そうですわよね、篠宮先生?」

 

 遥はずっと難しい顔で腕を組んでいたが、リーザに問いかけられて重々しく頷く。

 

「……他に志願者が現れた以上、司令官としてはそう判断せざるを得ないな。隊長には他にもやるべき事がある。ただし、より優れた他案がなければ、複数人を降下させる事も許可できない」

 

 彼女の答えは至極真っ当なものだった。深月も反論する事はできないらしく、唇を噛んで目を伏せる。

 

「分かりましたか? 深月さん、仲間を一人きりで死地へ向かわせたくないのなら―――今度こそ家族を守り抜きたいのなら、死にものぐるいで考えなさい。皆で生きて帰れる……道筋を」

 

 リーザの要求はとても難しい。仲間の命を背負うぐらいなら、自分一人でバジリスクに立ち向かう方がずっと気楽なはずだ。

 

 とんでもなく難しい条件を考えると言っていたが、これほど深月にとってきつい要求もないだろう。

 

 だが、もう逃げ場はない。

 

 深月さんは拳を握りしめ、震える声で答える。

 

「……やってみます。少し、時間をください」

 

 そう言うと、深月は早足に会議室を出て行く。その華奢な後ろ姿を、リーザはじっと、祈るように見つめていた―――。




次回、決着。

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