ファフニール? いいえポケモンです。   作:legends

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お待たせしました。


対決―――そして敗走へ

 ニブルの作戦が失敗に終わった日から、バカンス気分は綺麗さっぱり消え去った。

 

 刻一刻と迫るのは、ティアを守る命懸けの戦い。

 

 ディラン少将からの情報を元に新たな作戦が立案され、その予行演習が毎日行われた。もはや通常授業はほとんどない。

 

 更新されたバジリスクのデータは、中々絶望的だった。

 

 背中の眼を開いた時の射程は、およそ一万メートル。照射された数秒だけで億年単位の時間が飛んだらしい。

 

 そんな状況で遥と深月が考え出したのは、至極単純な作戦だった。

 

バジリスクの射程外かつ死角から、反応できない速度で、ダイヤモンドの鱗を貫く威力の攻撃を加える―――それが、新たな作戦の内容。

 

 ニブルの有する光学兵器では火力が足りないが、ミッドガルには条件を満たす“D”がいる。

 

 港から十分程歩いたところにある広い荒地で、今日も彼女達は練習を繰り返していた。

 

「ではレンさん、行きますわよ!」

 

「ん」 

 

 リーザが作り出した架空武装、射抜く神槍(グングニル)にレンが手を添えた。

 

 すると彼女の架空武装は凄まじい速度で巨大化し、長さが何十メートルもありそうな巨槍になる、もはや抱えることすらできない大きさだが、リーザ達は触れるだけて架空武装を支えていた。

 

 架空武装は上位元素(ダークマター)が形態を変えたものなので、イメージでの操作が可能だ。そしてもう一つ、上位元素は他の“D”に受け渡せるという特性を持つ。

 

 今、リーザはレンの上位元素を借りて、自身の架空武装を巨大化させたのだ。

 

 しかし―――。

 

「あっ!?」

 

 リーザが慌てた声を上げた。

 

 突如として槍の輪郭が歪み、宙に溶けるが如く架空武装は消失する。

 

 借りた上位元素は、あくまで他人のものなので制御が難しい。だから少し気を抜くと、すぐに崩壊してしまう。故に二人以上から上位元素を借りるのは不可能だと言われていた。

 

 悠も対竜兵装を作る時に深月やイリスから借りていたが、変換の際に使うのは自分のイメージではなくユグドラシル経由で頭の中にダウンロードした設計図にて行っていた。だから他人の上位元素が持っている癖は気にしなくて構わない。

 

 けれどリーザ達の場合は、繊細なコントロールが要求される。

 

「もう一度、行きますわよ!」

 

「んっ」

 

 リーザの声に頷くレン。再び巨大な架空武装の槍が形成された。

 

 上位元素の受け渡しに関する訓練は、学園のカリキュラムに組み込まれている。だが日常的に訓練していても、決して安定はしない技法だ。悠のような例外を除いて、実戦で使われることはまずない。

 

 しかし今回の作戦で必要とされる攻撃を行うには、どうしてもこの技法に頼るしかないという。

 

 ―――俺も頑張らないとな。

 

 悠は彼女達から視線を外し、自分の練習に戻る。

 

 今回の作戦において、悠は明確な役割を与えられていない。例え島から対竜兵装で攻撃するとしても、射出型武器の“境界を焼く蒼炎(メギド)”は着弾前に迎撃されてしまい、超重力の空間断層を生み出す“天を閉ざす塔(バベル)”ではバジリスクの射程外から撃っても届かないだろうと推測。

 

 なので悠は、いざという時のために、行動の選択肢を増やす事を主体に反重力物質の制御訓練を行っていた。

 

 装飾銃の形をした架空武装、ジークフリートを構え、三段階に調整した反重力物質弾を撃ち分けていた。

 

 その中で最もコツを掴めてきたものが、「斥力弾(アンチ・グラビティ)」という弾丸。以前のヘカトンケイル戦にてほぼ不可抗力に似た状態で発動したのだが、“悪竜(ファフニール)”のお陰かそれを使いこなしていた。

 

 しかし、元々“悪竜”は“人殺し”のために存在する怪物で、ドラゴン相手だと反応が鈍いと思っている。

 

 だからこそ、反重力物質を通常時でも使いこなせるようにならなければ意味がない。

 

 三発の弾丸を撃ってジークフリートが消失したので、悠は一旦息を吐いて周囲を見回す。十分な距離を取って、他の皆もそれぞれの訓練を行っていた。

 

 その中に大和、深月、フィリル、アリエラは、初撃を担当しているリーザとレンが作戦を失敗した場合のサポート役だ。二人を守り、尚且つ第二次攻撃へ移る練習を続けている。

 

 大和に至っては、強力な攻撃を放てる上、サポート役にも回れるという万能型であるためか、第二次攻撃以降でほぼ確実に選出されるといっても過言ではないだろう。

 

 そしてイリスは一人、断崖となって荒地の端に立ち、双翼の杖(ケリュケイオン)を海に構えていた。

 

 海には赤い旗付きのブイがいくつか浮いており、その延長線上には大きな岩が海面から突き出していた。

 

「―――聖銀(せいぎん)よ、弾けろっ!」

 

 イリスは銀色の爆発を起こし、ブイを破壊していく。彼女が行っているのは狙撃の訓練らしい。ミスリルのゼロ距離爆破は、恐らくバジリスクに通じるであろう攻撃。

 

 もしもバジリスクが射程外から狙うことがあれば、致命打を与える可能性が高い。

 

 とは言え、狙いを付けるには、どうしても目標を視認する必要がある。それはバジリスクの視界にも入るということだ。たとえ射程外であっても、そんなリスクのある作戦は許可されない。

 

 だからかイリスも、悠と同じく今は何の役割もない立ち位置。それでも自分にできるのはこれしかないからと、ああやって技術を磨いている。

 

 その中で悠は気にかかる事があった。

 

 彼女は何を作っても爆発させてしまう。その性質を攻撃に向ける事で、イリスは他にはない強みを手にした。

 

 例えば正常な機械が壊れた時、原因は不適切な使い方にあることが多い。だからイリスの能力も、不適切な使い方をしているからエラーが起きて爆発するのではないかと推測している。

 

 もし、()()()使()()()をすれば、とんでもないものを生み出してしまうかもしれないと。

 

 これは、根拠のない妄想。ただ、何となく頑張るイリスの姿を見ていると感じるのだ。

 

「みんなーっ! もうすぐお昼ご飯なのーっ!」 

 

 するとそこに、架空武装の翼を生やしたティアが空を飛んで現れた。空気への変換を巧みに制御して地面に降り立ち、悠の方に駆け寄ってくるティア。

 

「ユウ、今日のお昼ご飯はティアも手伝ったの」

 

「そりゃ楽しみだ。期待してる」

 

「うんっ!」

 

 嬉しそうにティアは頷く。

 

 悠達が練習を行っている間、ティアは別の時間割で座学の授業を受け、時には乗組員の手伝いを行っていた。

 

 バジリスクに狙われているティアは前線には立てないため、今できる事を頑張っている。

 

 ブリュンヒルデ教室のメンバー達は誰一人として時間を無駄に使ってはいない。

 

 バジリスク討伐に向け、着実に力を付けていく―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、とうとう決戦の時がやってきた。

 

 バジリスクが火山島から二千キロの地点に迫った時点で、早ければ三日後に接敵するため、役割のない悠とイリス、ティア以外で作戦参加メンバーは召集を掛けられた。

 

 それから作戦予定通り、時刻は午前十一時二十分。空の高い場所まで昇った太陽が、容赦のない日差しで辺りを照らしていた。

 

 既に全員、持ち場についている。輸送船は火山島がギリギリ水平線上に見える位置まで後退し、悠とイリス、ティアは遥の指揮を艦橋から見守っていた。

 

 ティアが船に残ったのは当初の予定と異なる。だが、自分がいればバジリスクは船への攻撃を躊躇うかもしれない―――というティアの主張で、作戦は変更となった。

 

 リーザとレンは火山島で攻撃準備中。大和、深月、フィリル、アリエラは、火山島と輸送船の間でそれぞれ一定距離を保って待機している。これはリーザ達に何かがあった場合、即座にサポートするための布陣だ。

 

 ミッドガルの後発隊もやってきていたが、彼女らは火山島から数十キロ離れた場所で待機している。作戦の性質上、大人数で前線に立つのはリスクを無駄に高めるだけだと、遥達が判断したそうだ。

 

 バジリスクは現在、火山島から十二キロメートルの地点にいる。火山の上部なら、もう見えていてもおかしくない距離だ。

 

 知っての通り、地球は丸い。ゆえにある程度距離を取ると、地上にあるものは水平線の下に隠れて見えなくなってしまう。人間が海岸に立った場合の視界は約五キロメートル。バジリスクの大きさだと、十キロメートルといったところだ。火山の山頂付近からなら、二、三十キロ沖まで見通せる。

 

 つまりこちらが利用する天然の障壁は、火山島と水平線の二つという事になる。

 

 周辺の海には、多数の観測機器がばら()かれており、その映像が船にあるモニターに映し出されている。バジリスクは進路上の海を塩化させてしまうが、赤い閃光の直撃を免れた観測機器は生き残っており、データを送信し続けている。

 

「竜紋が、熱いの……」

 

 モニターに映るバジリスクの姿を見て、ティアが呟く。彼女はぎゅっとスカートの上から太ももを押さえていた。その位置にティアの竜紋はある。

 

 現在、バジリスク背面にある第三の眼(サードアイ)は開いていない。恐らくは追い詰められる程の危機じゃない限りは使わないであろう切り札。つまり射程はまだ五十メートル。

 

「大丈夫だ、ティア。これならバジリスクを十分に引き付けてから攻撃できる。リーザなら、きっと外さない」

 

 悠はティアの頭に手を置いて、言う。

 

 リーザ達がやろうとしているのは、火山を目隠しにしての超長距離狙撃。

 

 レンの力を借りた高出力の陽電子砲で()()()()、バジリスクを攻撃するという方法。

 

 リーザは、観測機器からのデータで照準計算を行うゴーグルを身に着けることにより、山を挟んでいても狙撃が可能だ。直前までバジリスクには見えないはずなので、迎撃は間に合わないと考えられている。

 

 ただそれでも万一ということがあるため、狙撃はバジリスクの射程外から行うことになっていた。第三の眼が開いていた場合は一万メートル以上、閉じていた場合は五千メートル以上の距離が必要だ。当然遠くなるほどに難易度は上がるため、第三の眼が開いていないことはこちらの有利に働く。

 

「B1、B6、作戦はプランAにて実行。対象が距離六千に達すると同時に攻撃を開始せよ」

 

 通信機を通してリーザとレンに指令を送る遥。

 

『了解ですわ』 

 

『ん』

 

 二人は遥に返事を返す。

 

 大和は待機中だが嫌な予感がしていた。何となく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――。そんな予感。

 

 しかし、まさかドラゴンにそんな能力を持っているとは思っていない。時を飛ばす能力だけでも超常的なのに、流石にそんな能力は―――。

 

(待てよ、時を飛ばすって事は……)

 

 大和はそこで“時を司る神(ディアルガ)”の存在を思い出す。実際に時の流れを操り、未来へも過去へも自由に行き来する事が出来るという、神の存在だからこそ成し得る能力。

 

 だからこそ、バジリスクの能力も時間を操れる程じゃないにしろ、時を飛ばす事以外に別の能力があっても不思議じゃないと感じ取った。

 

 ―――しかし、あくまでそれは可能性の話。これからバジリスクを討つというのに考察している場合じゃないのだ。

 

 大和が気を引き締め直すと同時に、その時が訪れた。

 

「目標、六千メートル地点に到達!」 

 

 オペレーターを務めるクルーがそう報告した。

 

「作戦開始!」

 

 遥は間髪容れずに通信機を通して告げる。

 

 リーザとレンは何度も練習していた通りに、協力して巨大な架空武装の槍を作り上げた。

 

 その穂先が眩い光を放ち始める。現代兵器を凌駕(りょうが)する陽電子の光槍(こうそう)が生み出されようとする。

 

『!? バジリスクの気が高まっていく……!』

 

 大和が驚愕の声を漏らすと、直後にオペレーターも叫び声を上げる。

 

「バジリスク移動停止! 背面部開口! 第三の眼が()り出していきます!」

 

 ―――気付かれたとでも言うのか。

 

 バジリスクの視界にリーザ達の姿は入っていないはずなのにと、悠は驚く。大きなエネルギーの発生を察知したのだろうか。第三の眼が出現してしまえば、もう火山島は射程圏内だ。

 

 竜の背中から現れた巨大な眼球は、筋肉繊維に支えられながら体の外へズルリと抜け出た。そして前方に、その赤い瞳を向ける。

 

「まずい―――攻撃中止!」

 

 焦った声で叫ぶ遥。

 

 しかし、発射直前のリーザ達の攻撃はすぐには止まらない。巨大な架空武装の穂先から、陽電子砲が放たれる。

 

 眩い金色の光が火山に正面にある山を突き刺した。しかし同時に、バジリスクの第三の眼からも終末時間(カタストロフ)が放たれる。

 

 火山を挟んでぶつかる金と赤の輝き。だが如何せん、威力が段違い。このままでは、山を貫通した瞬間に陽電子砲は掻き消され、リーザ達が赤い光に呑まれてしまう。

 

「二人とも至急回避行動に移れ! 作戦はプランBに移行!」

 

 遥が早口で告げる。

 

 その直後―――第三の眼から放たれた攻撃により、火山の上部が塵と化し、赤色の光が空を駆け抜けた。山であろうと、莫大な年月の経過には逆らえないようだ。

 

 光は艦橋から肉眼で捉える事もできた。火山島の向こうから放たれた光は空の彼方へと抜け、途中にあった雲を薙ぎ払った。

 

 数秒後、光が途切れた後に残ったのは、不自然な形に抉れた雲と、上半分が消失した火山の姿。

 

 火山は鋭利な断面を(のぞ)かせていたが、しばらくすると溶岩が吹き出し、噴煙が空へと上がる。

 

「リーザとレンは!?」

 

 悠が声を上げると、その声を拾ったのか、通信機から返事があった。

 

『無事ですわ。ギリギリで回避しました。もうすぐ深月さんと合流します』

 

 リーザが無事だと返事に答え、イリスとティアも安堵の表情だ。

 

 けれど遥は気を緩める事なく、指示を飛ばした。

 

「全員、速やかに船へ帰還せよ。高度は可能な限り低く保て!」

 

 

 空気変換による飛行法は、編隊を組む事でより速い移動が可能となる。大和はリーザ達と合流して、高度を下げながら戻ろうとした。

 

「申し訳ありません。まさか反撃してくるとは思わなくて……」

 

「んぅ……」

 

 リーザとレンは本当に申し訳なさそうにして謝る。

 

「いえ、リーザさん達が気に病む必要はありません。まだ作戦は失敗していませんし」

 

 深月が(なだ)める。

 

「そうそう。次はオレと深月だからさ、リーザ達の分までやってやるよ」

 

 大和もニカッと笑いながら作戦を果たそうと意気込む。

 

「でも、どうして分かったんだろう?」

 

 アリエラが疑問を抱いていた。そう、バジリスクのあの異常な感知能力。何故、リーザ達が撃つよりも先に気付いたのか。

 

「……分からない」

 

 フィリルも分からず仕舞いだったようだ。

 

 全員で考察を考えている仲、大和はバジリスクから波導で力を感じた。が、それは自分達竜伐隊に向けてのものではなく、火山に向けてのもの。

 

 島手前で上半分が抉れている火山を両目の赤い閃光で吹き飛ばす。すると煙は一瞬で消え去り、マグマは吹き上がった形のままで石化した。

 

(あれ? 今の、第三の眼じゃなくね?)

 

 大和は違和感を抱く。波導で見たものは第三の眼の攻撃よりも小さい攻撃だった。恐らくだが、通常の終末時間を撃ってきたようだ。

 

 だが、末だに第三の眼は開いたままだ。もう一度第三の眼からの攻撃をするのかと思ったら、普通の赤い閃光だった。

 

 となると―――もう一度第三の眼からの攻撃を放つには、恐らく()()()()()が必要になってくるのではと大和は予想する。『破壊光線』や『時の咆哮』みたいに。

 

 そう考えているうちに船が見えてきた。船は島から遠ざかるように移動しており、船尾側の甲板に悠とイリスの姿もあった。

 

「おかえり!」 

 

 イリスが手を振って彼らを出迎えた。とりあえず全員無事だった事が嬉しかったのだろうか。

 

「気持ちよく、ただいまと言えればよかったんですけどね。すみません、失敗してしまいましたわ」

 

 リーザは悔しそうに呟き、レンも「ん……」と顔を伏せた。

 

「バジリスクの感知能力が想定以上だっただけです。リーザさんたちの責任ではありません。次は―――私と大和さんの番です」

 

 落ち込む二人を深月は励まし、火山島の方を鋭く見据える。

 

 辛うじて固まった溶岩の一部が見えているだけで、島自体は水平線の向こうに隠れてしまっている。

 

「水平線に身を隠しつつ、特大の反物質弾を撃ち込みます。私の矢は放物線軌道を取りますから、他の皆さんより低い高度からの攻撃が可能です。レンさん……今度は私に力を貸してください」

 

「んっ」

 

 レンはこくんと頷き、深月の傍に寄る。

 

「大和さんも全力の攻撃をお願いします」

 

「おうよ!」

 

 大和は握り拳を作りながら張り切った返事をすると同時に、特性“ターボブレイズ”を発動する。すると、大和の体がまるで炎の如くオーラが滲み出る。

 

【大和は燃え盛るオーラを放っている!】

 

 “レシラム”と“ホワイトキュレム”のみが持つ特性、ターボブレイズ。相手の特性の影響を無視して攻撃できるというもの。

 

 大和はその特性を維持したまま、空中へと浮かび上がる。

 

 さしずめ、今の気分は「カ」から始まって「ナ」で終わる人物が宝具を放つ手前だと本人談。

 

五閃の神弓(ブリューナグ)

 

 それはさて置き、深月は弓型の架空武装を生み出し、空気変換を行い、レンと共に宙へと浮かび上がった。

 

 ある程度の高さまで上昇した彼らは狙いを付け、島の向こう側にいるバジリスクが、ギリギリ水平線下に収まる位置で攻撃を行う。

 

「ん」

 

 レンが五閃の神弓に手を触れると、リーザの時と同様に架空武装は一気に巨大化した。

 

 身長の数十倍もある虹色に輝く大弓を構える深月。そして弓の大きさにふさわしい、長大な上位元素の矢を(つが)えられる。

 

「ナイス制御だ」

 

 他人から移譲された上位元素は制御が難しいが、上手く制御できていた事に感嘆の息を吐く大和。そんな彼も、燃え盛るオーラを保ちながら天に手を掲げる。すると手のひらの上には本人を容易に押し潰し兼ねない程の炎の球体を発生させた。

 

 それは、“真実の英雄(レシラム)”が持つ、大気を動かし、ありとあらゆるものを焼き尽くす大技―――。

 

「クロス―――フレイムッ!」

 

 そして深月も矢を引き絞り、告げる。

 

(つい)の矢―――空へ落ちる星(ラスト・クォーク)!」

 

 放たれる反物質の矢と特大の火球。それはまるで、天球を横断する流れ星と隕石。

 

 だが―――その二つを、逆巻く赤い光の奔流が呑み込んだ。

 

「……なんですと」

 

 呆気に取られる大和。

 

 光の規模、射程から考えて、間違いなく第三の眼による迎撃。

 

 またしても、こちらの攻撃が察知された。

 

 バジリスクがいるのは火山の向こう側。上部が吹き飛ばされたとは言え、山は末だにバジリスクの視界を制限しているはず。飛来する反物質弾と火球を視覚で捉えたとは考えにくい。

 

 赤い閃光は彼らの頭上を通り過ぎ、彼方へと抜けていく。しかし、彼らに(ほう)けている暇はなかった。

 

 光が、落ちてくる。

 

 雲を貫いていた閃光が、今度は彼らの頭上へと迫る。

 

 それはまるで、巨大な赤い剣が天から地へと振り下ろされたかのようだった。

 

 空を縦一文字に裂いて迫る赤い閃光は、一旦は水平線にぶつかって食い止められる。

 

 これは地球の丸さを利用した天然の障壁。丸い地球上では、直線的な攻撃で狙える距離には限りがある。深月達はそれを利用して、いざという時もバジリスクの反撃を受けない高度を保っていたのだ。

 

 青い海が膨大な時間経過により、あっという間に真っ白な塩と化す。

 

 だが―――そこで“風化”は終わらない。第三の眼による時間の剥奪は続き、塩の平原はより細かな粒子となって削られていく。

 

 地球の湾曲が矯正され、強引に射程範囲が広げられていく。盾にしていた水平線が見る見るうちに摩耗していった。

 

「まずいか……!」

 

 冷や汗を掻きながら大和は言う。

 

 ―――奴は()()()()()()()()程だと。

 

「チィッ……!」

 

 舌打ちをしながらも大和は、急速で深月とレンのを守るかのように、呆然としている二人の頭上に上昇する。

 

 そして胸に“Y”の紋章が刻まれると同時に―――撃ち放つ。

 

「デスウィングッ!!」

 

 両腕を突き出しながら、全身から巨大な真紅の光線を大和は放った。水平線を抉り取る赤い光の剣に対して迎え撃つ!

 

 破壊ポケモン“イベルタル”の専用技、『デスウィング』。それは植物を枯らし、動物を石化させてしまう破壊の衝動。

 

 だが、宝石ポケモンである“ディアンシー”が生み出したダイヤでこの技を防いでいた。ミスリルと同様に時間の影響を受けにくいダイヤで防いでいたのであれば、この技でも終末時間にかき消されずに受け止められるはず!

 

 そうして、二つの光線は共にぶつかり合った。

 

「よし……!」

 

 彼の予想は的中し、光線がかき消される事なく赤い閃光を受け止めたのだった。

 

 二つの閃光が着弾した瞬間、巨大な衝撃が発生し、近くにいた深月とレンを発生した暴風で下方へ吹き飛ばしていく。

 

 しかし、大和が赤い閃光を一瞬受け止めたものの、先程リーザとレンが放った陽電子砲を破ったが如く、桁が違いすぎた。

 

 いくら大和が凄まじい力量でも、人間の大きさではドラゴンが放つ質量の大きさに勝てず、赤い剣が速度を落としつつも落下してくる。

 

 このままでは、大和が呑み込まれてしまう。

 

斥力弾(アンチ・グラビティ)!」

 

 その声が聞こえた瞬間、赤い閃光の手前に純白の光が生まれる。その瞬間、大和を深月達と同じように下方へと吹き飛ばし、空間に(ひずみ)が生まれる。

 

 そして、赤い閃光の軌跡を捻じ曲げ、真上へと伸びていく閃光が消失した。

 

 どうやら悠が、高密度の反重力物質に変換された弾丸を終末時間に撃ち放ったようだ。

 

 落ちてきた大和が体勢を立て直し、勢いを強引に止めながら看板に三点着地した。

 

「大丈夫か大和!?」

 

 悠が心配して彼の元に駆け寄り、同じく深月たち竜伐隊組も彼の傍へ向かう。

 

「なんとか……ね」

 

 苦笑いで返す大和。命に関わるような行為をしたのに、辛さを押し殺して笑みを浮かべていた。

 

「―――大和さん……本当に申し訳ありません。兄さんも、ありがとう……ございます。危うく……皆さんを巻き添えにしてしまうところでした」

 

 歯を噛み締め、悔しげな表情を見せる深月。

 

「後悔するのは後ですわ! 次はどうするんですの!? 今の攻撃を続けられたら、逃げ切れることもできなくなりますわよ!」

 

 リーザが切羽詰まった声で、深月の判断を求める。

 

「……イリスさん、お願いがあります」

 

 数秒沈黙した後、深月はイリスの名を呼ぶ。

 

「な、何? 何でも言って!」

 

「島の上空辺りで爆発を起こし、ミスリルの雨を降らせてください。狙いは適当で構いません。恐らく全て迎撃されるでしょうが、時間稼ぎにはなるはずです」

 

「わ、分かったよ―――双翼の杖(ケリュケイオン)!」

 

 イリスは架空武装を手に、船尾の端に立つ。

 

「聖銀よ、降れっ!!」

 

 白銀の杖を(かざ)し、イリスさんは叫ぶ。彼方の空で銀色の爆発が起こり、数えきれないミスリルの破片が地上へと降り注ぐ。

 

 その範囲内にはバジリスクもいたようで、赤く細い閃光が複雑に空を駆け巡った。深月の言う通り、たぶん一つ残らず撃ち落とされているのだろう。こういう飽和攻撃が有効であるならば、ニブルもそれを選択していただろう。

 

 イリスは繰り返し爆発を起こし、その間に船はバジリスクから遠ざかる。白く塩化した歪な水平線も、次第に見えなくなっていく。

 

 だがこれは―――敗走だ。

 

 彼らの作戦は全て失敗に終わり、敵に背を向けて逃げるしかない。

 

「っ……」

 

 深月は唇を噛み、拳を強く握り、小さく肩を震わせていた。

 

 悔しいのだろう。力が及ばず、仲間を危険に晒した自分が許せないのだと思われる。

 

 リーザはそんな深月を、歯がゆそうな面持ちで眺めている。

 

 連続で大規模な爆発を起こし続けたイリスは、疲れ果てた様子で甲板に座り込んでいた。そんな彼女に大和は介抱していた。

 

 重い空気から満ちていて、誰も口を開かない。

 

 悠は何も言わず、静かにその場を離れた。

 

(深月のあんな顔を見ていられるか。俺は―――やるべき事をやるだけ)

 

 息が詰まる雰囲気に耐えられなかったからではない。やるべき事を―――自分にしかできない事を思いついたからだ。

 

 一人で戻った艦橋には、やはり暗いムードが漂っていた。

 

「あ、ユウ……」

 

 こちらに気付いたティアが声を上げたが、彼は真っ直ぐ遥の元へ向かう。

 

「篠宮先生」

 

「ん……物部悠か。先程は大河大和と共にいい機転を利かせてくれた。よくやったな」

 

 遥は珍しく大和と悠の功績を褒めてくれるが、その声にはいつもより覇気がない。次の策を練るので頭が一杯なのだろう。

 

「ありがとうございます。でも今はそれより、篠宮先生に頼みたい事があるんです」

 

「頼みだと?」

 

 眉を寄せる遥に悠は用件を告げる。

 

「はい―――ニブルのロキ少佐と、通信を繋いで頂けないでしょうか」

 


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