ファフニール? いいえポケモンです。   作:legends

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だからサブタイトルェ……


お約束? の温泉

 火山島での生活は、始まってみればミッドガルでの日常とさほど変わらなかった。

 

 朝起きて朝食を食べ、ミーティングがある日は会議室へ行き、ない日は座学の授業を受ける。昼食後は島に降りての実習かバジリスク戦に関する現状報告。その後は日課となっている筋トレ(積み技)を積んだり、夕食を食べて寝る毎日。

 

 また、これまでと違うところと言えば、女子達と生活の距離が近い事だろうか。同じ船の中の生活なので、食事は一緒に()るのが普通になっている。勿論、悠(とお付のティア)とのお食事もない訳ではないが。

 

 ―――そんな日常が五日程続いた頃。

 

「バジリスク戦の前に、何とかリーザと深月仲直りしてくれればいいけど」

 

 昼休みの食事の後、大和は一人トイレの中で呟く。なお大きい方で。

 

 深月とリーザの件はまだ解決していない。それでも表面上は二人共いつも通りの様子に戻っていた。

 

 彼も間接的に関わったため、無関係な立場ではなくなった。とはいえ、深月の立場が危ういので本腰を入れるのは兄である悠だ。その深月も今では頻繁に悠の部屋を覗きに来ているという。何故かあまり関わりたくないと思ったので、身を引いたのだが。

 

「ふ~スッキリした」

 

 そんなこんな考えている内に色々と済ませた大和はトイレから出る。

 

 この後は実習かーと思っているとそこに見慣れたショートカットの少女が視界に入る。

 

「―――フィリル?」

 

「……あっ、大河くん」

 

 彼の声に気付いたフィリルはこちらに顔を向け、たたたっと小走りで向かってくる。

 

「大河くん、お礼の準備、できたよ」

 

「……なる、そーっすか。して、そのお礼というのは?」

 

 大和は特に臆する事なく、フィリルに訊ねる。ある程度は覚悟していたので、半ば受け入れ態勢万全だった。

 

「はい、これ」

 

「ん? これは?」

 

 フィリルが差し出した小さな紙切れを見て、大和は眉を寄せる。それはノートを切り取ったものらしく、薄い罫線(けいせん)の上に手書きで文字が記されていた。

 

「一日温泉チケット? それに有効期限は本日限りだって?」

 

 大和が書いてある文字を読み上げると、フィリルはこくんと頷く。

 

「……うん、この島に温泉があるのは知ってる?」

 

「まあ、冊子見たから多少はね」

 

 事前に配られた冊子を見て、有毒ガスを持つ火山に行って自分がどれだけ耐えられるかという計画を立てていたのは割愛。

 

「私はもう行ったけど、凄くいいところ。でも多分大河くんと物部くんは、まだ行けてないよね?」

 

「まあね、悠もそうだと思うけど。この船でオレと悠以外は皆女性だし、上手く時間をズらすとかしないと鉢合わせ(エンカ)しちゃうかもしれんし」

 

 温泉が女子に人気なのは知っている。恐らく悠も同じ心境だろうが、しばらく彼ら二人が行くのは無理そうだと諦めていた。ましてや、大和にとっては刺激が強すぎるかもしれない。だがフィリルは薄く微笑んで、手書きのチケットを翳す。

 

「そう……だからこその、一日チケット。今日は、遠慮なく温泉に行ったらいいよ」

 

「それって、貸切って事?」

 

「……まあ、そういう感じ。今日の温泉は、大河くんと物部くんのためにある」

 

 微妙な間があったが、フィリルはそう言うと大和の手にチケットを握らせた。

 

「楽しんできて」

 

「おう、ありがと。いいお礼をしてくれて」

 

 ここまで気の利いたお礼を貰えるとは思わなかったので、素直に感動する。チケットの手書きの文字に思いやりの温かさを感じた。

 

「……ふふ、お礼を言うのは、ちゃんと温泉を堪能してからでいいよ」

 

 フィリルは口元に手を当て、おかしそうに笑った。

 

「……何か企んでない?」

 

「―――特に何も」

 

 どこか含みのある言い方で返すフィリル。よく考えれば“手書きの文字”というのが少し引っかかる。しかもどこか小悪魔っぽい雰囲気を感じる。

 

 しかし、その事に深く考えるよりも先に、フィリルが訊ねてくる。

 

「それより、物部くんを見かけなかった?」

 

「ああ、あいつならもう実習に行ったんじゃない? 割と張り切ってたし」

 

 どうやら悠には今のチケットが渡っていないらしく、彼女は自分達二人を探していたようだ。

 

「分かった。彼にも渡してくる」

 

「お~」

 

 それを聞いたフィリルはその場から離れていくと、大和は気の抜けた一言を返す。先に実習に悠は行っているから上手く渡せるかどうか不明だが、何かしらの方法で渡すだろうと思った。

 

 とりあえず、実習が終わったら温泉を堪能しよう。そう期待に胸を膨らませていた。彼女の真意を未だに見抜けないまま―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕食後、大和は早速タオルを持って部屋を出た。

 

 船のタラップを降りて火山島に上陸すると、ほんの少しだけ足元がぐらつく。ずっと微かに揺れる船上で生活しているため、動かない地面がむしろ不安定に感じてしまうのだろう。

 

 しかしそんな平衡感覚の狂いはすぐに収まる。大和は固い岩を踏み締め、温泉に向けて歩き出した。

 

「そういえば悠見かけなかったけど、どこ行ったんだろ?」

 

 歩いている途中、大和が言う。悠は朝食や授業の時、また昼食や実習、夕食の時でも顔を見たが、夕食の後にどこかへ行ってしまったのだ。

 

「まあ今気にしてもしゃあないし、たまにはぼっちでもいいか。温泉温泉ー♪」

 

 彼にとって温泉というのは他人と入るのが中々な楽しみ方なのだが、今悠がいないし、ましてや女子と入るなんてもっての他。

 

 なので、たまにはと一人旅ならぬ一人温泉を楽しむ事に決めた。

 

 夜の火山島は暗く、星空を背景に円錐形(えんすいけい)の山影が黒々と(そび)えて見える。けれど港の周辺と、温泉までのルートには照明が設置されていた。恐らく、夜に温泉へ入ろうとする人が多いからだろう。明かりに従って歩けば、地図も必要ない。

 

 港から温泉までは、五分足らずだ。等間隔に並ぶ照明を追って進んで行くと、岩場に囲まれた岸辺へ辿(たど)りつく。

 

 冊子の説明によると、温泉は入り江の奥から湧き出ているらしい。入り江は海と繋がっているので外周付近は海水だが、奥は岩によって区切られており、塩気はないのだと書かれていた。

 

 近くと硫黄が混じったような、温泉特有の香りが鼻を衝く。お湯は乳白色に濁っていて底は見えないが、そんなに深くはないはずだろう。

 

 念のため、大和は周囲を確認する。しかし、彼の他に誰かがいる様子はない。

 

 温泉の傍には簡易な脱衣所まで設置されていた。大和は慎重にその中を窺うが、やはり誰の姿もない。脱衣所にあるのは服を入れる籠と、湯浴み用の桶だけ。

 

「ほっ。よし、折角の温泉だしポケモンの能力とかは抜きにしよっと」

 

 大和は安堵の息を吐くと、脱衣所にて服を脱ぎながらそう呟く。こういう場に来てまでポケモンの能力を使用する事はないと、今この時だけは一人の“人間”として楽しむ事にした。

 

 フィリルが言った通り本当に貸切温泉みたいだし、と。

 

 ―――(のち)にそれが仇となる事を知らずに。

 

 大和は手早く服を脱いだ後、タオルと桶を手に温泉へ赴く。桶でお湯を(すく)い、温度を確かめる。軽く汗を流してお湯に浸かる。水深は膝よりも少し上という程度だ。

 

「おぉ~気持ちいい~……」

 

 思わず息が漏れる。体の芯から温まってくるようで、表情も緩んでいる。

 

「いーい湯だな~」

 

 アハハンとついオヤジの如く呟きそうになるが、いつの時代だよと言葉を飲み込む。

 

 入江の外―――岩場の向こうには、()いだ海原が広がっている。雲ひとつもなく空には無数の星が瞬き、夜の世界を彩っていた。申し分のない景色だ。

 

 久方ぶりに温泉に浸かったが、ここまでいい光景を見ながらの湯を楽しむ事は滅多にない。

 

「―――フィリル様に圧倒的感謝」

 

 大げさに合掌しながらも、肩まで浸かり、惜しみなく幸せな気分をのぼせるまで堪能しようとする。

 

 けれどその時、大和はこちらに近づいてくる複数の声に気が付いた。

 

「へ……?」

 

 何で? とばかりの表情に声の方向に意識を向ける。

 

「皆でお風呂に入るって、何かいいよね!」

 

 今のはイリスの声だ。

 

「わたくしは正直、ちょっと恥ずかしいですが……」

 

「ボクも最初は抵抗あったけど、慣れると楽しいよ。こういうの、裸の付き合いって言うんだっけ?」

 

 リーザとアリエラの声まで聞こえてくる。

 

「はい、日本ではそう言いますね」

 

「ん」 

 

 同意するのは深月とレン。

 

「ティアはユウも一緒がよかったの」

 

 更にティアの声まで聞こえてくる。

 

「……ふふ、物部くんと大河くんもいたら全員集合だったのにね」

 

(ってぇ、フィリルもいるんかい!)

 

 大和が内心で叫ぶ。一体これはどういう事なのと。

 

 軽く混乱して動けないでいる間に、女子勢は脱衣所へと入ってしまう。

 

 声を掛けるタイミングを逸した大和は焦るが、よく考えれば脱衣所には彼の脱いだ服がある。それを見つければ、皆は彼の存在に気付くだろうと安心する。男物を着ているのは大和だけなのだから。

 

 だがしかし、脱衣所からは楽しげな声が響いてくるだけで、大和の服を見つけた驚き等は伝わってこない。

 

 ―――馬鹿な、そんなはずは……。

 

 大和が考えに耽るが、直後に女の子の声が聞こえてきた。

 

「一番乗りーっ!」

 

 素っ裸で脱衣所から出てきたイリスが、ざぶんと温泉に飛び込んだ。

 

「ッ!?」

 

 つい生まれたままの姿を直視しそうになるが、白い肌が見えた段階で慌てて近くの岩陰に身を隠す。幸いにも天然の温泉なだけあって、死角となる場所は多い。

 

「イリスさん、飛び込むなんて行儀が悪いですわよ」 

 

 続いてリーザまで現れたらしい。呆れた声でイリスに注意をしている。

 

 こうなってはもう、身動きが取れない。この状況で出て行けば、裸のイリス達と鉢合わせになってしまう。

 

 ―――誰だ、ポケモンの能力を抜きにしようと言った奴は!

 

 あっオレだ。と自分自身でツッコむ余裕があったが、内心ではバックバクだった。

 

「他に誰もいないんだし、固い事はなしにしようよ。実はボクも、一度飛び込んでみたかったんだ」

 

 アリエラの声と大きな水音が響く。

 

「んっ!」

 

 更にざぶんという音が続いた。どうやらレンも飛び込んだらしい。

 

「珍しくレンさんがはしゃいでますね」

 

「ティアはオトナだから、普通に入るの」

 

 どうやら深月とティアも温泉に入ったようだ。

 

「……あえて私は、まだ子供だと主張して飛び込んでみる」

 

 最後にバシャンと激しい音を立てて入浴したのはフィリルだろう。これで全員。当たり前だが悠はいない。

 

(……前言撤回。フィリルには失望したよ)

 

 そう心の中で思うが、全く失望した訳ではない。それはさておき皆が温泉に入っている隙に、何とか離脱できないものか。

 

 大和がそこでポケモンの力は使わないと言ったが、非常事態(笑)だし使わない訳にはいかなかった。

 

 まず波導を使えば鮮明ではないが、皆の裸を見てしまい血の海になってしまう。却下。ならばディアルガやパルキアといった神の力はとも思ったが、あれを使うと全身が輝いてしまい、姿がバレてしまう。

 

 ならば技である「溶ける」は? それもダメだ。不自然に体が浮かんでしまい、お湯から出た後で閉まっている脱衣所の扉を開ける必要がある。

 

 その他の技も考えたが、どれも使ってしまうとお湯がはねたりしてバレる可能性やリスクが大きい。

 

 潜って海の方へ行く手もあるが、そうなれば確実に誰かの目に留まるので却下。

 

「わぁー! リーザちゃん、胸おっきいね! お湯にぷかぷか浮いてる!」

 

「い、イリスさん、指で突っつかないでください! んっ……やっ―――い、いい加減にしないと反撃しますわよ!」

 

「きゃうっ!? く、くすぐったいよリーザちゃん!」

 

 イリスとリーザのあられもない会話が聞こえて来る。想像をすると鼻血を出してしまいかねない程。

 

「んー」

 

「レンさん、気持ちは分かりますがお風呂で泳ぐのはちょっと……」

 

 続いて耳に届くのは、深月がレンを注意している声。

 

 バシャバシャとレンが泳いでいるらしき水音が聞こえて来た。

 

「あっ、ティアも泳ぐ!」

 

「も、もう、ティアさんは大人だと言っていたじゃないですか」

 

「これだけ広いんだから、別にいいんじゃない? ボクも参加させてもらおうかな」

 

「アリエラさんまで!?」

 

 ティアとアリエラも泳ぎ始めたらしく、深月が途方に暮れている。

 

 賑やかで、皆楽しそうだ。こっちはそれどころではないのだが。

 

 ただ、考えている内に無()ポケモン“ラティアス”ならば、光を屈折させて姿を隠す能力が使える―――事を思い付く。この状態で宙を浮かべば、リスクを格段に減らせる。

 

 その後は、何かしらの方法で脱衣所の中に入れば良い。しかしその行動を起こすよりも先に―――。

 

「―――あ、こんなところにいた」

 

「ッ!?」

 

 大和が隠れていた岩の向こうから、いきなりフィリルが顔を覗かせた。危うく大声を上げそうになったが、堪えて飲み込む。

 

「……大河くん、楽しんでる?」

 

 フィリルは岩陰に入ってくると、彼の顔を下から覗き込む。当然ながらフィリルは裸。白く大きな双丘がお湯に浮かんでいる。温泉が乳白色なので水面より下は見えないが、あまりに十分以上で刺激的過ぎる光景だった。

 

 それでも大和は咄嗟にエムリットの能力で感情を制御し、何とかその場に血の海を作る事はなかった。

 

 エムリット様々だと大和が感謝するが、それよりも先に詰問(きつもん)する事があった。

 

「フィリル殿、こここれはどど、どういう事なんですかね。皆がいるって聞いてない。オレの貸切じゃないの?」

 

 完全に抑制できている訳ではなく、出来る限り声を抑えながら震え声で答える大和。

 

「……そうだよ。今日は大河くんと物部くんと私達の貸切。あなたのために、私が用意した時間。物部くんは来られなかったけど」

 

「用意って、もしかして他の皆もオレがいるって事を知ってるの?」

 

「ううん、皆は知らない。脱衣所の服も、気付かれる前に私の服で隠したから大丈夫」

 

 大丈夫じゃない、問題だ。尚更タチが悪いと大和は思う。

 

「これでこっそり、女の子の裸が見られるよ。嬉しい?」

 

 小首を傾げ、問いかけてくるフィリル。たわわな胸の谷間にお湯が溜まっているのが、妙に扇情的だ。

 

「う、嬉しい訳ないよ。寧ろ困るだけっていうか」

 

「……ホント? 男の子は、女の子の裸を見ると嬉しくなるんじゃないの?」

 

「どこソースだよ、それ」

 

 大和は天然気質のフィリルにツッコみを入れる。

 

「でもほら、今もドキドキしてる」

 

 フィリルは大和の左胸に手を当てながら言う。

 

「それはもう、ね。見つかったらタダじゃ済まないし、いっその事、ここから抜け出そうと思うぐらいだし」

 

 一番の理由はフィリルの全裸姿なのだが、流石にそれは割愛した。

 

「……そうなの? 私、間違ってた? そんなに、迷惑?」

 

 するとフィリルは表情を翳らせ、しょんぼりとした様子でお湯に深く体を沈めた。

 

「…………」

 

 何だか申し訳ない事をした気持ちになる大和。これはフィリルなりに、もしかしたら一生懸命彼を喜ばせようとしてくれたのかもしれない。

 

 そう考えると、彼女がしてくれた“お礼”も決して無駄ではない―――のかもしれない。

 

「いや、迷惑だとかウンザリしてる訳じゃないよ。皆の裸姿、人によっては眼福だろうし。ただオレは訳あってそれが苦手なだけなんだ」

 

「……そう、なの?」

 

「ああ。予めフィリルに言っとくけど―――」

 

 この際だから、もう言ってしまおうと大和はフィリルに伝える事にする。自分は女性の事は苦手ではないが、大胆な格好や生まれたままの姿等が苦手という事を端的に伝えた。

 

「……そうなんだ。何か意外」

 

「そうかな?」

 

「うん。そこまで苦手だと思ってなかった。じゃあ裸は全く見れないの?」

 

「全く見れない訳じゃないが……まあ、直視したら間違いなく鼻血ブーだわ」

 

 フィリルの姿も枠に入る訳だから、直視したら色々と不味い訳で、と大和は胸の内で思う。

 

「鼻血? ……どうして鼻血を流すの?」

 

「そこは知らないんかい。男ってのは、裸に興奮して鼻血が垂れたりするものなんだよ」

 

 フィリルの天然さ故か、知識も偏りがあるし、まだまだ知らない事もあったようだ。

 

「そうなの?」

 

「ソーナノ」

 

 それはポケモン(確信)。

 

「……じゃあ、こういう事でも興奮したりする?」

 

 フィリルはそう呟き、大和の後ろに回り込む。

 

「え……ちょっと?」

 

「……えい」

 

 何をする気かと身構えた彼の背中に、ふにゅんとフィリルの大きな胸が押し付けられる。

 

「ファッ!?」

 

 変な声が大和から漏れる。それは有り得ないほど柔らかく、蠱惑的(こわくてき)な感触に、頭の中が真っ白になった。

 

「……いーち、にーい、さーん、はい———おしまい」

 

 フィリルは三秒を数えると、彼から体を離す。少しのぼせたのか、フィリルの顔は赤くなっていた。 

 

「……私の心臓、すごくドキドキしてる。好きじゃなくてもこうなるって、知っててよかった」

 

 自分の左胸を押さえ、ほぅと熱い吐息を漏らすフィリル。顔が赤いのはそのせいのようだ。

 

「そうじゃないと私、勘違いしてたかも」

 

 上気した顔でフィリルは呟き、大和に問いかける。

 

「……大河くん、嬉しかった?」

 

「いや、それは……まあ、嬉しくないと言えば嘘になるけど……」

 

 しどろもどろになりながら頷くと、フィリルは安堵した様子で微笑んだ。

 

「……よかった」

 

 フィリルのその表情に見惚れる大和。そんな悪くない雰囲気の中―――お湯の中から突然、何かが飛び出した。

 

「ぷはっ!」

 

 大きく息を吸い、体を振るって水滴を跳ね飛ばすのは、全裸のティア。

 

「ぶふっ!?」

 

 驚きのあまり、吹いてしまう大和。

 

 パチパチ瞬きをするティアと視線が交わった。どうやらお湯の中を潜って遊んでいたらしい。

 

「あ、ヤマトとフィリルだー。あれ? でもどうしてここにヤマトがいるの?」

 

 自分の体を隠そうとせず、不思議そうに訊ねてくるティア。例えそれが悠じゃなく大和でも。目が瑞々(みずみず)しい白い肌に惹き付けられる。

 

 まだ幼い肢体は起伏に乏しいが、微かに膨らんだ胸は女性としての萌芽(ほうが)を感じさせ、不覚にも心拍数が上昇してしまう。

 

「……静かに。他の皆に気付かれたら、大河くんが凄く困る事になる」

 

 絶句している大和に代わり、フィリルがティアの口をそっと押さえた。

 

「そうなの? 分かったの。ティアはいい子だから、ヤマトを困らせないの」

 

 ティアは声を潜めて答える。

 

「ティアさん? そこにいるんですか?」

 

 岩の向こうから深月の声が響く。どうやら先程のティアが飛ばした水飛沫で気付いたのだろう。

 

 その声にティアと何故か大和までもが同時にびくりと肩を震わせた。

 

「あら、いつの間にかフィリルさんもいませんわね」

 

 リーザもフィリルの不在に気付き、声を上げる。

 

「……しーっ」

 

(おk)

 

 フィリルは口元に指を当て、ジェスチャーで静かにしろと合図を伝える。それに対し大和がサムズアップで返した後、岩陰からゆっくりと出て行った。

 

「私なら、ここ。ティアさんと少し話してた」

 

「うん、ティアもいるの!」

 

 ティアも同調するかの如く、岩の向こうにいる深月に顔を見せる。

 

「そうですか……何となく大和さんの声も聞こえた気がしたんですけど」

 

 深月の言葉に大和は肝を冷やした。

 

「……大河くんの声? 空耳じゃない?」

 

 フィリルが惚けてみせるが、それが余計に深月の疑いを深めたらしい。

 

「何だか怪しいですね。念のため確かめてみましょうか」

 

 バシャバシャと音を立てて近づいてくる深月の気配。

 

(不味いなぁ)

 

 冷や汗を流す大和。このままでは確実に見つかる。

 

 近づいてくる水音に何とかして回避策を講じようとしたその時だった。

 

 ―――プルルルルルルルルと脱衣所の方から電子音が聞こえてきて、深月の足音は止まった。

 

「緊急の呼び出しみたいですね」

 

 深月はそう呟くと、脱衣所へと向かっていく。

 

「た、助かったぁ……」

 

 ついそんな一言を漏らす。安堵の息を吐きながら肩の力がどっと抜けた。

 

 しかし一体何の連絡だったのだろう。それが気になって聞き耳を立てていると、脱衣所から深月が戻ってくる気配を感じた。

 

「―――皆さん、重要なお知らせです」

 

 深月はそう前置きして、言葉を続ける。

 

「ニブルが明朝、独自に準備を進めてきた作戦を決行するようです。その詳細はまだ分かりませんが、ニブルの示した成功予測確率は約九十パーセント。ほぼ確実に―――バジリスクを仕留められるとの事でした」




補足として、原作では悠はフィリルに詰め寄られた事で、深月の監視が厳しくなりましたが今回はある程度緩和しています。
また、悠が混浴紛いな目に遭わなかったのは、夕食の後、直前にイリスの部屋に行って“話の続き”をしていたため。まあその直後に恥ずかしくなって逃げ出しましたが。なお、温泉の時のイリスはある程度吹っ切れています。

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