深月が都をドラゴンにしてしまったという重い話の部分は要約しています。詳しく知りたい方は原作三巻にて!(オイ)
「兄さん、起きてください。兄さん」
翌朝、悠は深月に肩を揺らされて眠りから覚める。
昨日、大和がフィリルと話し合っていた同時刻、深月が悠の部屋に訪れていたのだった。その時に救急箱を持っていたので、傷の具合を確認しに来たのだろう。
悠はこの時に深月と寝る直前まで話し合った。ミッドガルに来てからの事―――彼女の親友の女の子について教えて欲しい、と。
深月はリーザとの会話を聞いていた事を見抜いており、正直話したくないと言っていたものの、兄である悠がお願いしているという点が強かったのもあり、彼女は全てを話した。
深月がミッドガルに来て二週間後に転入してきたようで、女子寮ではルームメイトだった。ライバルとしての関係であった深月にとって都はそれ程大事な親友だった事、“紫”のクラーケンが侵攻してきた事、その時に都自身がつがいに選ばれていた事。
そして―――都が■■■■に変わり果ててしまった事。
直後に深月が反物質弾を使えるようになったものの、その代償はあまりに大きなものになってしまった。
その話の後、深月はリーザに許しを求めた事はないと言い、悠はどうやったら許してもらえるかをリーザに聞いてこいとの命令に深月は渋々ながらも決意して、就寝した。
「ん……?」
目を擦りながら身を起こした悠の腕を、深月はぐいぐいと引っ張る。
「ほら、来てください。着きましたよ」
「着いたってどこに……」
寝ぼけている悠は、何故深月が部屋にいるかも、ここがどこなのかもすぐには思い出せなかった。
だが深月に窓の傍まで連れて来られ、ガラス窓の向こうに広がる景色を目にし、一気に眠気は吹き飛んだ。
「おお……」
昨日は海だけしかなかった風景の中に、島が出現していた。見たところだと火山島らしく、綺麗な三角形をした山の
船は現在、島の外周に沿って移動しているようだ。しばらくすると明らかな人の手が加えられた岸辺が見えてきた。
「作戦立案時に調査隊を送った際、簡易的な港を作ってあります。輸送船はバジリスクが接近するまで、そこに停泊する予定です」
船の行く手を見ながら説明する深月。
「ここでしばらく生活するんだな……島には降りられるのか?」
「上陸に関しては自由です。ただし火口付近を含め、立ち入り禁止の場所はあります。詳しいことは今日のミーティングでお話ししますね」
深月はそう言うと窓から離れ、ベッドに戻って自分の枕を手に取る。
「部屋に戻るのか?」
「はい。朝食まで時間はありますが、その前にシャワーを浴びておこうと。その……もし兄さんの匂いが残っていると、妙な勘ぐりをされてしまうかもしれないので」
少し恥ずかしそうに深月は目を逸らす。
「そ、そうか。じゃあ俺もシャワーを浴びた方がいいかな」
悠は深月に抱きしめられていた右腕の匂いが気になり、鼻を寄せようとする。
「……ちょっ、や、止めてください! セクハラですよ!」
深月は顔を真っ赤にして、慌てて彼を制止した。
「わ、悪い」
「そのままバスルームに直行してください! 匂いは嗅いじゃダメです。そんな事をする人は変態なんですから!」
「―――了解、すぐにシャワーを浴びるよ。約束する」
妹に変態扱いされたくはなかった悠は、即座に頷く。
「……絶対の絶対ですよ?」
頬を染めながら念を押す深月。
「ああ―――それより深月の方こそ、昨日の約束は憶えてるだろうな?」
リーザにどうすれば許してもらえるかを訊ねる―――その事を忘れていないかと、悠は深月に確認した。
「もちろんです。そんなに忘れっぽかったら、生徒会長なんて務まりません」
不機嫌そうな声で深月は答え、足早に部屋の出口へ向かう。だがドアノブに手を掛けたところで動きを止め、小さく呟いた。
「……ただ、きっとリーザさんは許してくれないと思いますけど」
「もしそうでも、リーザの気持ちを勝手に決めつけている状況からは前に進めるだろ」
「確かに―――そうですね」
深月は苦笑を浮かべると、静かに部屋を出て行く。
そして悠も深月との約束を守るべく、バスルームへ向かった、その時だった。
突然、悠の携帯端末から着信音が鳴り響いた。
「ん? 誰からだ……?」
ふと、携帯端末を眺めると、そこには思いもよらない人物からの電話だった。悠は携帯端末に表示されている応答ボタンを
「もしもし?」
『あー、悠? ちょっと話したい事があるんだけど―――』
◇
朝食後のミーティングでは、火山島マップや注意事項の記載された小冊子が配布された。
悠が何となく遠足のしおりみたいだと思いながら中を見てみると、妙に可愛らしいイラストを用いて島のスポットなどが紹介されていた。
「遠足かな?」
「ちょ、おま―――声に出して言うなって!」
大和が率直に言った事に対し、悠が多少変な口調になりながらもツッコむ。胸の内に秘めていたものを堂々と言うなと。
奥付を見ると編集したのは遥らしく、完璧の名にふさわしく絵心もあるようだが、悠にとって多少これまでのイメージが崩れた。意外とお茶目な人のようだと。
地図の所々に記されたドクロマークは有毒な火山ガスが出ている場所で、そこ付近には立ち入らないようにと注意書きがされていた。
やがて戦場となる島の
目玉スポットとして、温泉のことは別ページに特集が作られていた。成分・効能まで詳細に説明されている。太字で強調されているのは美肌効果という部分だ。病気や怪我などの回復にも効き目があるらしい。
―――作戦開始までに、一度ぐらいは行ってみるか。
悠がそんな事を考えながら視線を前に向ける。会議室のホワイトボード前で、深月が冊子の内容を口頭で説明していた。
深月に変わった様子はないが、彼の斜め前に座るリーザは、形容しがたい表情で深月を見つめてた。色々な感情がない交ぜになり、混乱しているという感じだ。
もしかしたら深月は、既にリーザと話をしたのかもしれない。やるべきことは後回しにしない性格の深月なら、有り得る話。
結果がどうなったのかは、二人を見ていても予想が付かなかった。
まあ、後で深月に訊ねてみればいいだろうと、悠はそう考えていたのだが、意外と早く答えを知る機会は訪れた。
会議が終わり、彼が部屋を出ようとしたところ、後ろからリーザに腕を掴まれた。
「待ちなさい、モノノベ・ユウ。少し話があります」
怒ったような表情でリーザは言い、会議室の扉を閉める。二人きりになった部屋の中、リーザは
「あなた、深月さんに何か余計な事を言いましたわね?」
「ん―――その様子だと、深月とはもう話したのか」
悠がそう呟くのを聞いたリーザは、さらに剣幕を強める。
「やはりあなたのせいだったんですのね! 深月さんがいきなり、どうしたら許してくれるかなんて聞いてくるはずありませんもの!」
「……俺は深月に、リーザの事も考えてやれって言っただけだよ」
彼は自分のしたことを正直に告白する。特に隠す理由はない。
「なっ……ど、どうしてそこで、わたくしの事が出てくるんですか?」
「いや、だってリーザは―――深月の事を全く恨んでないんだろ?」
「そ、それは―――な、何であなたにそんなことが分かるんですの?」
「俺には分からないよ。でも、信頼できる情報だと思ってる」
「……さては、フィリルさんですわね。あの子まで噛んでいるなんて―――」
リーザは苛立たしげに髪を掻き上げた。
「つまり、図星なんだな。リーザは深月自身が罰せられることを望んでいるから、許していない振りを続けてきた訳か」
「う……」
言葉に詰まるリーザ。彼の推測は当たっていたらしい。
「けど、それじゃリーザが辛いだろ。本当に大切に想っている深月のことを責め続けるなんて―――」
「あなたに心配される筋合いはありませんわ。わたくしは家族のために、必要な事をしているだけ。深月さんの罪悪感を和らげるためなら、わたくしは彼女にとっての“罰”で在り続けます」
腰に手を当て、きっぱりと言い切るリーザ。やはりリーザは凄いと思った。その優しさと、心意気には頭が下がる。けれど今回は、彼女の強さが裏目に出ているように感じた。
「―――そうだな、確かに最初は必要な事だったんだろう。リーザのお陰で、たぶん深月はかなり救われたんだと思うが、二年経った今でもそれを続けるのは、流石に過保護じゃないか?」
「か、過保護!?」
予想外の事を言われたという顔で、リーザは目を丸くする。
「ああ、深月はもう罪との向き合い方を決めている。ドラゴンと戦い続ける事が、自分の責任だと考えてるんだ。深月への“罰”は、今はそれ一つで十分だろ」
「で、ですが……」
リーザは迷うように言葉を濁らせる。本当にそれだけで大丈夫なのか、不安なのだろう。
「なあ―――リーザは深月の“どうしたら許してくれるのか”って質問に、何て答えたんだ?」
「……あまりに突然でしたが、まだ何にするか決めていませんので、深月さんには保留と言っておきました」
「なら、ちゃんと考えてみてくれ。深月の事が心配なら何か条件を出せばいい。きっとあいつは、どんな難題でもクリアしてみせるからさ」
「大した自信ですわね。妹
リーザは皮肉を込めて言う。
「妹の事を信じるのは、兄貴として当然だ」
「……ふんっ。でしたらとんでもなく難しい条件を出すつもりですわ。深月さんが困っても、あなたのせいですからね!」
リーザがそう言うと悠を突き離し、足早に会議室を出て行った。
「うーん、ちょっと焚き付け過ぎたか……?」
少し心配になりながら廊下に出る。すると近くにある柱の陰から、
「……物部くん、お疲れ様」
「悠、おつー」
フィリルと大和だった。
「どうしてフィリルがここに……それに大和も。もしかして俺達の話、聞いてたのか?」
悠は問いかけると、二人は頷く。
「……うん、聞き耳立ててた。それで、リーザが出て来たから隠れたの」
「左に同じ」
事情を知っているらしいフィリルはリーザと顔を合わせ辛かったのだろうと、悠は申し訳ない気持ちになる。
「あー、その……大和がアドバイスしてくれた事、リーザに悟られるような言い方をして悪かった」
大和は今朝伝えたい内容があり、悠に電話を入れた。そしてその内容が「リーザは深月の事を恨んでない」という事だ。
これを聞いた悠は息を呑んだが、昨日フィリルが偶々大和のところに訪れた際、彼が質問したらそう言っていたとの事。何よりの決定的な証拠であるため、悠にも伝える必要があったと思ったのだ。
結果的に一枚噛んでいたのはフィリルだけではなく、大和もだったという事になるが。
「それはいい。何よりフィリルが言ってた事だし、気にしなくておk」
大和がサムズアップをしながら言うが、その言葉に紡ぐが如く、フィリルが言う。
「……私としては十分な結果だったかな」
「え? でもまだ何も解決してないぞ?」
彼女の言葉に悠は驚く。リーザはまだ深月を許す条件を考えている段階。
「解決はまだでも、ちゃんと前に進み始めたから……それに、大河くんも助言してくれたし……そのうち、多分何とかなる。二人にはお礼しなきゃね」
「お礼って……別にいいって。俺は大した事してないし。お礼なら大和にしてくれ」
「……遠慮はいらない。物部くんと大河くんが喜ぶお礼、きちんと準備する。期待してて」
しかしフィリルは悠の言葉に構わず、そう宣言した。
「前にも言ったけど、お手柔らかに」
大和はもう諦め態勢なのか、受け入れているのかと困惑する悠。
悠は「……ふふふ」と意味ありげに笑うフィリルを見ながら、どうか厄介なことにならないようにと、胸の内で強く祈ったのだった―――。