ファフニール? いいえポケモンです。   作:legends

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MHWIBのラスボス強かったぁ……今作、簡悔精神ありまくりなんじゃないんですかねぇカプンコさん。


贖罪

 悠の反重力物質の検査は放課後、地下の特別演習場で行われた。

 

 簡略だが、結論としては反重力物質への物質変換が可能だった。

 

 何回もの試行回数を繰り返してはいるが、物質変換を失敗した事は一度もなく、あまりにも簡単に悠の手のものにできた。

 

 内容としては、悠が作り出した銃の架空武装―――ジークフリートによる上位元素(ダークマター)の銃弾を反重力物質へと変換し、周囲にある十センチ程の赤いブロックを浮き上がらせるという事だった。撃ち出した弾丸は白い光に変わり、浮遊するようになった。

 

 弾丸一発分で斥力場を発生させる範囲は半径約三十メートル。時間はおよそ十秒。全力を出せば半径百メートルで三十秒だと遥は計測した。密度を上げると更に強力な斥力場が発生するものの、範囲と持続時間が先程の十分の一程になるという。

 

 そこで検査は終わり、データ分析が済み次第、竜伐隊の有無が分かる事になった。遥個人の意見としては、悠を連れて行っても損はないと考えてはいるが、深月は曖昧な理由で怪我人である悠を連れて行きたくないという心配があったのだ。

 

 そして、検査が終わった悠が上位元素の変換をし、且つ反重力物質を作り続けたせいで疲れ果て、壁に背を預けて座り込んでいた。

 

 上位元素の変換は脳に負担が掛かるので、肉体も疲労する。

 

「なあ深月、どうして俺は反重力物質を作れるようになったんだろうな」

 

 ふと、演習場で深月と二人きりになった悠はそう訊ねる。尚、検査の際に同行していた遥はモニター室に足を運んでいたので、今はいない。

 

「さあ? 兄さんに分からないなら、私に分かるはずないじゃないですか。ただ……最初は驚きましたが、もしかすると私の時と同じなのかもしれませんね」

 

「深月の時と?」

 

 どういう事か分からず、悠は問う。

 

 だがそこへ、別の声が割って入った。

 

「―――ドラゴンの能力を模倣したのは、そなたが初めてではないという事だ」

 

 見れば、学園長のシャルロット・B・ロードと、彼女の秘書であるマイカ・スチュアートの姿があった。

 

 シャルロットは金色の髪を(なび)かせながら歩いてくると、へたり込んでいる悠の横で立ち止まる。悠にとっては相変わらず一見して十代の少女にしか見えなかったが、彼女はれっきとしたミッドガルの最高責任者でもある。

 

 マイカはいつも通りメイド服を着ているが、シャルロットは普段着の上に白衣を羽織っていた。

 

「……学園長も俺の検査を見ていたんですか?」

 

 悠が問いかけると、シャルロットは首肯する。

 

「ああ、モニター室でな。というかいつまで寝転んでおる。そんなに私の下着が見たいのか?」

 

「え? い、いえ、すみません……」

 

 悠は慌てて立ち上がる。シャルロットが羽織っている白衣の裾は長いが、その下に穿いているスカートはやけに短く、彼の位置からだと下着が見えそうになっていた。

 

「兄が失礼を致しました」

 

 深月はそんな悠を半眼で睨み、丁寧にシャルロットへ頭を下げる。

 

「良い、気にするな。女子の下着に心惹かれる気持ちは、私もよーく分かるからの」

 

「……は?」

 

 深月の呆気に取られた顔を見て、シャルロットはわざとらしく咳をした。

 

「こほん、何でもない。少し本音が漏れただけだ」

 

「……学園長、次はありませんよ」

 

 マイカがやたらイイ笑顔をシャルロットに向ける。彼女は額から冷や汗を流しながら、悠に視線を向けた。

 

「は、話を戻すぞ。先程の様子だと、そなたは“D”がミスリルや反物質を作れるようになったきっかけも知らぬようだな」

 

「きっかけ……ですか? 確かに聞いた事はないですけど」

 

 悠が知っているのは、その二つの物質が最も強力な盾と矛として扱われている事ぐらいだった。

 

「そもそもミスリルや反物質も、最初は誰一人作り出す事はできなかったのだ。けれどその二つの物質を操るドラゴン―――“紫”のクラーケンと交戦した“D”の中に、クラーケンの反物質弾を()()()()()()()がいた」

 

「それって……」

 

 悠は深月を見る。

 

「ああ、そこにいるそなたの妹の事だ。そしてクラーケン討伐後、今度はミスリルの変換に成功した“D”が次々と現れ始めた」

 

「深月、本当なのか?」

 

 クラーケン戦の事が話題に出たせいか、少し暗い表情をしている深月に確認する。

 

「はい、事実です。私はクラーケンの反物質弾を()()()()で真似る事ができてしまいました」

 

 それ以外説明のしようがないという感じで、深月は言う。

 

 悠はやっと先程の“同じ”という意味が分かった。それは反重力物質を突然作れるようになった彼と一緒の状況。

 

 シャルロットは驚く悠を見て、話を続ける。

 

「つまりそなたが反重力物質を作れるようになったのも、リヴァイアサンとの交戦か、もしくは彼奴(きやつ)を退治した事がトリガーとなった可能性は高い。まあ、どうしてそんな事になるのかという根本の理由は、全く分からんがな」

 

 苦笑を浮かべ、シャルロットは小さく肩を竦めた。

 

「いや、そこが肝心なんじゃ……」

 

「そう言うな。前例があるというだけで多少は安心できよう。特別であると(おご)る事も、異端である怯える事も、せずに済む」

 

「まあ、確かに」

 

 悠は曖昧に頷く。

 

「今はいないが、寧ろ大河大和は本当によくやっていると思わんか? 奴は“D”と違い、異端で異能だ。その上で上手くやれている。その事に比べたら大した事なかろう?」

 

「そ、そうですね」

 

 訝しげな様子で話すシャルロットに圧され、悠はつい首肯の返事をする。

 

 確かにそうだ。大和は自分達と違って、“D”ではない。ポケモンという異能の力と能力を多彩に扱い、且つ対ドラゴン戦等でもクラスメイトや他の“D”達とも上手く連携を取れている。

 

 あまりにかけ離れた存在なので、大和を悠や深月が権能が使えるか否かでの比較対象にするのは大袈裟なのかもしれないが、それに比べれば自分達はまだマシなのかなと、悠は心の内に仕舞っておく事にした。

 

「と、話が少し逸れたな。仰々しい検査はしたが、今後そなたがモルモット扱いされる事もない。ただ、そなたの妹がそうであるように、多少役割が増えるかも知れぬがな」

 

 意地悪げに微笑み、シャルロットは青い瞳で悠を見つめる。

 

「それで深月や、困っている仲間を助けられるのなら、寧ろ望むところです」

 

「……良い心がけだ。ならば精一杯働いてこい」

 

 シャルロットは満足そうな声で頷き、くるりと背を向けた。

 

「では、戻るぞマイカ」

 

「はい」

 

 二人はそのままエレベーターのある方へ歩き始めるが、シャルロットは途中でふと足を止めて振り向いた。

 

「ああ―――今思い至ったが、そもそも“D”全員がヴリトラの能力を盗み取った人間だとも言えるではないか。くくっ、ドラゴン共にしてみれば、人間は自分達の“特権”を次々と取り上げる、恐るべき略奪者なのかもしれんな」

 

 シャルロットは愉快そうに笑う。

 

「遠慮せず、バジリスクからも何か奪えるものがあれば奪ってくるがいい。そなた達はドラゴンの獲物ではなく、()()()の者なのだから」

 

 そんな風に彼らを鼓舞し、今度こそシャルロット達は去っていく。小柄な体には似合わぬ迫力だった。やはりミッドガルの最高責任者というのは、お飾りではない事を改めて感じた。

 

「……あの人、一体何者なんだろうな。深月は何か知ってるか?」

 

 シャルロットの背中を見送りながら、悠は深月に訊ねる。

 

「いえ、詳しい事は何も。ただ……ミッドガルが自治教育機関として独立し、急速に世界への影響力を広げられたのは、あの方の存在があったからだという噂は耳にしました」

 

「ますます謎が深まるな……年齢も分からないし」

 

「これも噂ですが、ミッドガル設立当初からこの島にいたという話も……」

 

 深月の言葉に悠は頬を引きつらせる。

 

「う、嘘だろ? だってそれじゃあ―――」

 

 悠はうっかり推測年齢を口にしかけて、慌てて言葉を呑み込む。

 

 背筋に言い知れぬ悪寒が走ったのだ。それは戦場で命の危険を感じた時の感覚に似ていた。この会話がシャルロット自体に聞こえているはずがないのに、本能はそれを否と訴える。

 

「……いや、余計な詮索は止めておこう」

 

 わざとらしく声に出して呟く。それが得策だと言い聞かせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠が検査を受けた二日後、正式に対バジリスク戦に参加するメンバーが発表された。

 

 総数は二十―名。その内の九人はブリュンヒルデ教室の生徒で、幸いその中には悠の名前があった。

 

 また、大和の名前もあった。前々から深月が大和を竜伐隊に入れるかどうかを検討していたので、今作戦の参加はほぼ決定していたようだが。

 

 作戦の規模を考えると、人数は比較的少ない。恐らく最悪の事態に備え、リスクをできるだけ減らした結果なのだろう。

 

 発表された日の内に正式なブリーフィングが行われ、今後の予定が伝えられた。

 

 バジリスクを誘導するため、ブリュンヒルデ教室のメンバーは、先行して無人島へと向かうらしい。

 

 そして慌ただしく準備を済ませた翌日―――大和達は船上にいた。 

 

「さーすがに豪華客船じゃないか」

 

 大和は甲板を歩き回り、そんな事を口走る。

 

「まっ、それだったら事故とか付き物だし多少はね?」

 

 ―――映画の見過ぎだ。

 

 ちなみに、悠とイリスは船上におり、彼女の弾んだ声が聞こえてきた。

 

 周りを見渡せば広がるのは海と空。その狭間に点の如くぽつんと浮かんでいるのが彼らが先程までいたミッドガルだ。

 

 ブリュンヒルデ教室の生徒達は、本日正午に船へ乗り込み、バジリスクを誘導する無人島へと出航した。この船はミッドガルが物資の運搬などに使っている輸送船で、武装は特にない。

 

「それに、輸送船ってもこれはこれで臨場感あるな」

 

 甲板を歩きながら大和は言う。

 

 ―――だから映画の(以下略)。

 

 それはそれとして輸送船の甲板はとても広く、コンテナ等を運ぶためのクレーンが六つも設置されていた。

 

 クレーンの近くで作業を行っている女性の船員が見える。恐らくミッドガルの職員同様、この船を動かす船員も女性で統一しているのだろう。

 

「あっ、ヤマトなのー!」

 

「おっす、ティア」

 

 と、甲板を走り回っていたティアと挨拶がてらすれ違った後、甲板から船内に入る。彼女は輸送船に乗り込んだ時から興奮していたので、走り回っていたのだと大和は確信する。

 

 船内に入り、廊下を道なりに進むと広いラウンジに出た。乗組員用の休憩スペースのようで、壁際には自動販売機が並んでいる。今は閉まっているが、セルフサービス形式の食堂もあるようだ。

 

「輸送船とか言いながら、充実すぎやしませんかねぇ。下手したら病院並みじゃ―――ん?」

 

 大和が感嘆しているとそのラウンジの隅に、机に突っ伏しているクラスメイト達の姿があった。

 

「フィリルと……レンパイセン?」

 

 彼の言う通り、フィリルとレンだった。何故、レンの事をパイセン呼びなのかは謎だが。

 

 フィリルは文庫本を片手にぐったりとしており、レンはノートパソコンに手を伸ばした格好で体を震わせていた。

 

 大和が彼女達の元へ歩み寄り、声を掛ける。

 

「どうしたの二人共」

 

 その言葉にぴくりと反応したフィリルが、青白い顔を此方に向ける。

 

「……気持ち悪い」

 

 そして一言、苦しげに現状を述べる。

 

「……ん」

 

 レンもふらふらと頭を上げ、こくんと一度だけ首肯し、再び机に突っ伏した。

 

「あれ、でも二人って船に乗る前は大丈夫じゃなかったっけ」

 

 フィリルとレンは、再度血の気のない顔を大和に向ける。

 

「……そう。でも本を読んでたら、何だか目の前がクラクラしてきて……」

 

「んぅ……」

 

 フィリルは手に持った文庫本を、レンはノートパソコンを指し示す。

 

 これらの事から、大和は容易に解釈できた。

 

「うん船酔いだね」

 

 そう一言だけ呟いた。船は陸地と違って常時揺れている。人によっては気持ちが悪くなるのはしょうがないもの。

 

「まー船に慣れてないっぽいし、それで本とかノーパソ使うと船酔いしちゃうわな」

 

 半ば呆れ様子で大和は言う。船に乗ってからそんな時間が経っていないのにも関わらず。

 

「でも……読みたい。後もうちょっとで事件の犯人が……」

 

 フィリルが読んでいるのは推理小説らしく、顔を真っ青にしながらも、続きを読もうとしていた。

 

「うーんあんましオヌヌメしないな。酔いが酷くなって、下手したらリバースしちゃうかもよ?」

 

「……それ、でも」

 

「いや強情すぎやしませんかね。しゃあない。どれ、ちょっと拝借―――」

 

【大和の泥棒!】

 

「……あれ? 本が……」

 

 フィリルは青い顔とはいえ、突然本が無くなった事に気付く。

 

 さっきまで自分が持っていたはずなのに何故? と疑問に思っていたが、顔を上げるとすぐに理由が分かった。

 

 何故なら、大和がフィリルの文庫本をヒラヒラと揺らしていたからだ。

 

「あっ!? い、いつの間に……!?」

 

「済まんな。心が痛む(大嘘)が心を鬼にして、本を没収させてもらいました」

 

 大和がフィリルが持つ文庫本を一瞬の早技で、掠め(奪い)取ったに過ぎなかった。

 

「か、返して……!」

 

「ダーメ。船酔いが治まってからな。少々強引だけど、こうでもしないと、頑なに言う事聞かないと思ってね」

 

「うぅ……あなたは、そういう人だったんだね……」

 

「果てさて、何の事やら」

 

 恨めしげに睨まれる。本人はどこ吹く風といったようだが、彼とて悪魔ではない。言った事は守るので、治ったら本当に返すつもりでいる。

 

「そんでもって……」

 

 今度はレンに視線を向ける。その様子を見ていたレンはノートパソコンを自分の体の下に隠し、大和に警戒の眼差しを向けていた。

 

「んっ!」

 

 何処かへ行けと手で示すレン。だがやはりフィリルと同じく、顔面蒼白だ。

 

「オレがノーパソも取り上げるだろうって? 嘘だよ(真実)」

 

 真実ってなんだよ(正論)。

 

「オレも似たような事あったからね。ちょっとやる事あって持ち込んでたパソコン使ったらガチで吐きそうになったから気持ちは分かる」

 

 どうやら、大和も同様の経験をしていたらしく、彼女の気持ちに共感していた。

 

「まあ、寝る間も惜しんで使う必要があるのはまだしも、特に急いでない時に使うのは非推奨。軽くでも休んでくれるなら、取り上げたりしないから」

 

「……ん」

 

 それを聞いたレンは、安堵した様子で何度も首肯する。

 

「誰かさんと違って分かってくれたのなら、嬉しいよ。いい子いい子」

 

 大和は微笑みながらレンの頭をポンポンと優しい力で叩いた。

 

「ん……」

 

 子供じゃないと言わんばかりに不満そうにレンは頬を膨らませるが、大和はそれ以上何をする事なく、立ち去っていく。

 

「ちゃんと休めよー」

 

 そう手をヒラヒラしながらその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、大和の後に続く形で、悠、イリス、ティアが船内を探検していた。

 

 ティアは甲板を一周したようで、その後船上にいた悠とイリスに合流した。その際、悠とイリスが危ない雰囲気になっていたのは割愛。

 

 途中、不機嫌そうなフィリルと寝息を立てているレンがいたが、休んでいると悠の目には映っていたらしく、そっとしてあげようと彼女達には特に関わらなかった。

 

 船内探検を再開し、適当に角を曲がりながら奥へ進むと、階段に突き当たった。

 

 一階下は居住用の船室が並ぶフロアだ。乗船して荷物を運び込んだ際に、一度降りている。VIPが乗船する事も考慮されているのか、客船でないにも(かかわ)らず、悠達へあてがわれた部屋は立派なものだった。女子の部屋は船首側、悠と大和の部屋は船尾側の端で、同じフロアでありながらかなりの距離がある。

 

 更に下層へ降りれば、貨物室や機関室もある。

 

 上の方へはまだ行っていないが、恐らく階段を上って行けば艦橋に辿り着くはず。

 

「どっちへ行く?」

 

 悠がそう訊ねると、ティアはしばらく考えた後、上の方を指差した。

 

「上がいいの」

 

「了解」

 

 艦橋まで立ち入る事はできないかもしれないが、行けるところまでティアの冒険に付き合おうとした。

 

 悠とティアが白く塗装された鉄製の階段を上っていくと、上方から微かな声が聞こえてきた。段を上る度に、その声は大きくなる。

 

 内容は聞き取れないが、声の調子からして何かを言い争っている様子。しかもその声は悠にとって聞き覚えのあるものだった。

 

「……リーザと、ミツキの声なの」

 

 ティアが足を速め、彼の手を強く引っ張る。一体何事かと、悠も足早に階段を上った。

 

 二つ階を上ると、声がはっきり聞こえるようになる。踊り場の壁に設置されたプレートによると、ここは会議室などがあるフロアのようだ。

 

「―――そんな事だから、わたくしはいつまで経っても、あなたを許せないんです!」

 

「許さなくて構いません。私は、それだけの事をしたんですから!」

 

 リーザと深月の声が角の向こうから耳に届く。そして角には廊下の様子を覗き見ているアリエラと大和の姿があった。

 

 二人は悠達に気付くと、困ったような表情を浮かべる。

 

「あー、キミ達か。えっと、今は聞いての通り、取り込み中だ。ミツキ達に用事なら、後にした方がいい」

 

「リーザとミツキ、喧嘩してるの? 止めないの?」 

 

 ティアが少し責めるような口調でアリエラに言う。

 

「オレはさっき来たばっかりだけど、アリエラに聞いたらどうやらオレ達じゃ口出しできない状況らしい。止めたいのは山々だけどね」

 

 彼女の代わりに、大和が肩を竦めながら答える。アリエラも彼の言葉に首肯しながらも溜め息を吐く。

 

 悠とティアはどういう事か分からず、喧嘩の声に耳を澄ませた。

 

「―――深月さんはあくまで、都さんを手に掛けた罪も、その贖いも、自分だけのものだと言い張るつもりなんですか?」

 

「もちろんそのつもりです。自分の責任を他人に押し付ける気はありません!」

 

「ふん、言葉だけは立派ですわね。けれど、()()()()()()()()()()()限り、誰もあなたを理解できないし、ついて行く事もできません。もう少し、色々なものに向き合ったらどうですの?」

 

「わ、私はちゃんと向き合って―――」

 

「わたくしに許されようとも思っていない癖に、軽々しくそのような事を言わないでください!」

 

「っ」

 

 リーザの一喝に、深月は続く言葉を呑み込んだ。

 

 そっと角から様子を見てみる。リーザが腕を組んで仁王立ちし、深月はその前で俯き、肩を震わせていた。

 

「リーザ……すっごく怒ってるの」

 

 悠の下から同じく顔を出したティアが、小声で呟く。

 

 ティアの言う通り、リーザはこれまで見た事もないほどの怒気を放っていた。悠もリーザには何度も怒られた事はあるが、今はその比ではない。

 

 喧嘩の原因は、篠宮都の事らしい。アリエラや大和が口を挟まなかった事も分かる。事情をよく知らない者が出て行っても、話をややこしくなるだけだ。

 

 悠が知っていることも少ない。

 

 深月はドラゴン化した親友の都をその手で討った。そしてリーザはその事を今でも許していない。仕方のない事だったとは分かっているが、納得はできないのだと、以前リーザは言っていた。

 

「深月さん、何とか言ったらどうですの?」

 

 黙ってしまった深月に、リーザは声を掛ける。

 

「…………っ!」

 

 だが、深月は何も言い返さず、逃げるように踵を返す。

 

 此方側へ向かってくる深月を見て、悠達は慌てて壁に背を付けた。

 

 幸い深月は悠達に気づかず、廊下の奥へと走っていった。その目からは涙が零れていたように見えて、悠は後を追うべきか迷ってしまう。

 

「そこ、いつまで隠れているつもりですか?」

 

 しかし悠が逡巡している間に、リーザは此方へ呼びかけてきた。

 

「ごめん、盗み聞きをするつもりはなかったんだけど……」

 

「喧嘩に割り込む余地なかったからな。だけど済まん」

 

 アリエラと大和が申し訳なさそうに歩み出て、悠達も後に続く。

 

「悪い、声が聞こえたから」

 

「怒った声が聞こえて、心配になったの……」

 

 悠とティアが謝ると、リーザは溜め息を吐く。

 

「はぁ、これまたぞろぞろと……まあ、別に構いませんけど。廊下の真ん中で話していたのは、わたくし達ですからね。盗み聞きを咎められる立場ではありませんわ」

 

 疲れた声でそう言うと、リーザは深月の走り去った方を眺める。

 

「……ただ、できれば聞かなかった事にしてもらえると助かります。深月さんの事なら心配ありません。夕方のミーティングには、けろりとした顔で現れますから。いつもみたいに……ね」

 

 苦々しい口調で告げるリーザに、悠は疑問を投げる。

 

「いつもって……こんな喧嘩をよくしてるのか?」

 

「時々、ですわ。前にやり合ったのはリヴァイアサンが接近してきた時でしたわね。迎撃作戦の事で揉めて、結局先程のような喧嘩になりました。今回も、今後の予定について話し合っていただけでしたのに……」

 

 リーザは「どうしてこうなるのでしょう」と小さく呟く。深々と嘆息しながら、悠達の横を通り過ぎて階段を上っていった。

 

 悠は結局何も言えぬまま、リーザの背中を見送る。

 

 アリエラはリーザが見えなくなると、肩から力を抜いて呟いた。

 

「いきなり前途多難な感じだね。あの二人の事だから、やるべき事はきちんとやってくれるんだろうけど……何となくすっきりしないな」

 

 ティアも表情を曇らせて頷く。

 

「うん……喧嘩したままは良くないの。仲直りして欲しいの」

 

「……そうだな」

 

 悠はティアに同意しつつも、それが容易い事ではないと理解していた。この問題はとても根が深い。深月とリーザの喧嘩は、都が死んだ二年前からずっと続いていると言えるのだから。

 

「贖罪のつもりなんだろうか、深月氏は」

 

 贖罪。言い換えれば罪滅ぼし。リーザは深月一人で罪滅ぼしの責任をして欲しくないと、あのように強い口調で話していた。

 

 そう考えれば悠は大和の言い分にも納得できる部分はあったが、深月一人で責任を取って欲しくはなかった。

 

 ―――何とかしたいな。

 

 悠は、何か取っ掛かりのようなものを探してみようと決めたのだった。

 




少しでも物語を進めたかったので、今回は長めでした()

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