ファフニール? いいえポケモンです。   作:legends

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サブタイトルェ……


「よく分からない力でも使い方次第」by大和

「―――既にメディアを通じてご存じの方も多いかとは思いますが、バジリスクがついに海を渡り始めました」

 

 朝礼台に立って重々しく告げるのは、悠の妹でありミッドガル学園の生徒会長でもある物部深月。体は小柄だが頼りない雰囲気は一切なく、きりりと引き締められた表情からは威厳が感じられる。

 

「肉体構造的に泳ぐ事は困難だと考えられていたバジリスクは海を塩化させ、ユーラシア大陸を経由せずに最短距離でミッドガルへの進撃を続けています。インド洋を横断し、インドネシア諸島を抜け、この場所に到達するのはおよそ一ヶ月後になるでしょう」

 

 微かなざわめきが、深月の話を聞く生徒達の間から漏れる。

 

 突然授業予定が変更されたかと思えば、臨時の全校集会が開かれた。その場所はいつもの体育館ではなく、グラウンドである。

 

 先日、ヘカトンケイルによって時計塔が破壊された後、大和が体育館の屋根に激突した影響で大部分が崩壊し、それからしばらくは体育館は使用禁止になった。

 

 悠が視線を巡らせると、ぽっきりと途中で折れて斜めに(かし)いだ時計塔の下部が見える。

 

「ですがこうした事態も想定済みです。ミッドガルとニブルはそれぞれバジリスクに決定打を与えうる作戦を立案し、準備を整えてきました。十分に勝算はあります」

 

 深月は皆を鼓舞するためか、そうはっきりと言い切った。生徒たちの何人かは、決然とした表情で頷き返す。

 

 バジリスク戦を前提とした訓練は授業でも行っているので、ある程度の覚悟と自信を持っているようだ。リヴァイアサン侵攻時の、悲愴な雰囲気はない。

 

「詳細な説明は今作戦における竜伐隊の選考を行った後、対象者を集めて行う予定です。各自、心構えをしておくように」

 

 簡潔に、必要なことだけを述べ、深月は台から降りる。

 

 まだ午前中とはいえ、既に日差しは強い。熱帯気候のミッドガルにおいて、長々と屋外で話をするのは望ましくないと判断したのかもしれない。

 

 続いて登壇した教師がいくつか連絡事項を述べた後、全校集会は解散となる。

 

「ミツキちゃんが言うと、本当に大丈夫って気がしてくるね」

 

 イリスが悠と並んで歩きながら言う。

 

「ミツキはカッコいいの。流石ユウの妹なの」

 

 悠を挟んで反対側にいたティアも、そんな風に深月を褒める。

 

「……そうだな」

 

 悠は二人の言葉に頷くが、内心では不安を覚えていた。

 

 リヴァイアサン侵攻時にも感じた事だが、ドラゴンに立ち向かおうとする深月の姿勢は何処か危うい。

 

 先程皆に心構えを促していたが、深月の場合は心構えをし()()()()()ようにも思えた。

 

 言ってしまえば余裕がないような気もした。

 

 かつて、深月はドラゴンへと変貌してしまった親友を自らの手で討っている。

 

 彼女の名こそ、出席番号四番、篠宮都(しのみやみやこ)。ブリュンヒルデ教室担任の篠宮遥の妹であり、深月の親友。

 

 その罪を贖うために戦い続けているのだと、深月は言っていたという。

 

 故に悠は、その戦いを終わらせるために全てを懸けると誓った。例え深月自身が悠の助けを望んでいなくても、この誓いを(たが)える気はない。

 

(―――もし深月が何か無茶な事を言い出したら、俺が止めないと)

 

 そう考えながら彼らのクラス―――ブリュンヒルデ教室へと戻る。悠が座るのは3×3に並んだ席の一番後ろの、イリスと深月に挟まれた真ん中の席だ。

 

 尚、大和が座るのは三列の中央、その最前席で隣にはリーザとフィリルで挟まれた席である。

 

 また、彼の後ろにいるのがティアで、これまではずっと悠の膝を椅子代わりにしていた彼女は、悠の前の席に座った。

 

 その両隣に座るクラスメイト―――赤毛の天才少女レン・ミヤザワとボーイッシュな雰囲気の少女アリエラ・ルーと自然な感じで雑談を交えていた。

 

 悠がその様子を見てブリュンヒルデ教室の一員として馴染んでいて何よりだと安堵していた。

 

 悠が転入してくるまで、真ん中の席は全て空席だったのだが、大和とティアによりその()()が埋められていた。

 

 教室の扉が開き、遥と深月が一緒に入ってくる。

 

「―――皆さん、お静かに。まだホームルームの時間は残っていますから、少しお話をさせてください」

 

 教壇に立った深月は、彼らを見回して言う。皆、雑談を止めて深月に視線を向けた。

 

 遥は教壇の横にある椅子に腰掛け、手にした出席簿で顔を煽いでいる。

 

「今作戦の竜伐隊は、このブリュンヒルデ教室が中心になる予定です。恐らく、ほぼ全員が選抜されることでしょう。なので一足早く、作戦の概要を説明しておきます」

 

 悠はほぼ全員……? というワードが気にかかった。バジリスクに狙われているティアを除くという意味合いなのだろうかと。

 

 しかしそんな悠の心境とは裏腹に、深月は話を続ける。

 

「バジリスクは瞳から放つ赤い閃光で、()()()()対象を石や塵、塩へと変えてしまいます。射程は五千メートル近くあり、直接相対する事などできません。視線を遮るものが必要です。けれど海上で遮蔽物は皆無。なのでミッドガルはバジリスクを近海の無人島に誘導し、その島ごとバジリスクを吹き飛ばす作戦が有効と判断しました」

 

 そこまで聞いたところで、アリエラが手を挙げて質問する。

 

「バジリスクを誘導するって、どうやるんだい?」

 

「ティアさんをその島へ一時的に移送します。バジリスクはティアさんを狙っていますから、確実に向かってきてくれるでしょう。勿論バジリスクが到達する前に、ティアさんは退避させます」

 

「ふうん、それなら何とかなりそうだね」

 

 アリエラは納得した様子で手を下ろす。ある程度、答えを予想していた感じもあった。

 

 続いてフィリルが挙手し、深月に問いかけた。

 

「……島がバジリスクの視界に入った時点で、消し飛ばされる可能性はないの?」

 

「これまでのデータによると、バジリスクは進撃の邪魔になる木々を塵にする事はあっても、地形を変えたりはしていません。というより、赤い閃光を浴びても()()()()()()()()()()()()()と表現すべきかもしれませんが」

 

「……それは、不思議。バジリスクの赤い閃光って、単純な高火力の攻撃じゃないんだね」

 

 フィリルの言葉に深月は真面目な顔で頷く。

 

「はい。バジリスクの能力はこれまで諸説ありましたが、今回多くのデータが得られた事で大分方向性が絞れてきています。作戦実行までには、確度の高い仮説を提示できるはずです」

 

 どうやらバジリスクの能力はまだ完全には解明されてはいないらしい。出現してからの約二十年間、砂漠に引き(こも)っていたという話であるから、データが少ないのは仕方がないといえば仕方がないのだが。

 

 バジリスクはこれまで、近づかなければそれで済むというドラゴンだったらしく、勿論バジリスクのテリトリーとなった国は堪ったものではないのだが、対策として一定以上の距離を保つだけで良い。そうしておけば何も起こらない。ただ、何も起こらないからこそデータが集まらない。

 

 これまで行われてきたバジリスク戦の訓練も、砂漠から動かないバジリスクを想定したものだったと考えられる。

 

「―――他に、何か質問はありますか?」

 

 悠達を見回し、深月が問う。

 

「はい」

 

 手を挙げる者はいないようなので、悠は最初に気になった事を訊ねておく事にした。

 

「どうぞ、兄さん」

 

 右手を挙げた悠に、深月は視線を向ける。

 

「さっき深月はブリュンヒルデ教室のほぼ全員が竜伐隊に選抜されるって言ったけど、()()って事は誰か外れる奴がいるのか?」

 

 初めはティアが居残るのかと思っていたが、深月の話だと彼女は作戦の中核だ。絶対に外せない上で、他に外れる候補がいるという事になる。

 

「そうですね、まだ確定ではありませんが……兄さんにはミッドガルに残ってもらうつもりでいます」

 

「なっ……俺が? どうしてだ?」

 

 悠は驚いて問い返す。

 

「当然でしょう? 兄さんは軽傷とはいえ怪我人なんですから」

 

「いや、待ってくれ。バジリスクと戦うのはまだ一ヶ月近く先なんだろ? それまでには傷も治る。作戦に参加しても問題ないはずだ」

 

 悠が慌てて抗弁すると、深月は呆れた表情で溜息を吐いた。

 

「無理に参加してどうするんですか? 今作戦に必要とされるのは高い攻撃力です。兄さんには対竜兵装がありますけど、あれは足場が安定しない船上や空中では使えないと言っていましたよね?」

 

「それは……そうだが」

 

 痛い所を突かれて悠は言葉を濁す。

 

 悠が他者から上位元素(ダークマター)を借りて作り出す対竜兵装は、マルドゥークという遺失兵器(ロストウェポン)の一部分でしかない。故に機能が色々と不完全で、足場が悪い場所では上手く狙いを定められる自信がなかった。また、反動に足場が耐えられるかも分からない。

 

「島ごとバジリスクを吹き飛ばす時、攻撃発射地点は当然船上となります。兄さんの出る幕はありません。ティアさんの世話役も、リーザさんが十分に務めてくれます」 

 

「ぐ……」

 

 深月の意見に正論で悠は押し黙る。だが、悠は素直に受け入れる事ができなかった。もしも深月が無茶をした時、それを止めるには傍にいる必要がある。

 

 何か口実はないかと頭を働かせる。

 

 今回の作戦で、自分の果たせる役割はないだろうか。自分にしかできない事、代替の利かない何かを提案できればと。

 

 そこで悠は思い出す。遺失兵器の構築以外にも、現時点で悠だけができる事が一つあった。

 

「―――いや、深月。俺を連れて行く価値はあると思うぞ」

 

「え……?」 

 

「深月も見ただろう? 俺はヘカトンケイル戦で、反重力物質を生成した。この力はいざという時の切り札になるかもしれない」

 

 本人はどうしていきなり反重力物質を作れるようになったのかは分からなかった。“緑”のユグドラシルに促されるまで、自分にそんな事ができるとは思いもしなかった。

 

 理由の分からない特別性など不気味なだけだが、今はそれを利用する。

 

「だから深月、俺を竜伐隊に加えてくれ。作戦を修正する必要が出た時、選択肢は多い方がいいだろ?」

 

 悠はそう訴えるが、深月は険しい表情で眉を寄せる。

 

「言いたい事は分かります。けれど、よく分からない力を選択肢には含められません。あの反重力物質らしきものに関しては、あまりにデータ不足です。その力は当てにはできません」

 

 少しばかり頑なになっている様子の深月は、強い口調で言う。しかしそこで、大和が口を挟んだ。

 

「深月、別に悠を竜伐隊に入れてもいいんじゃない?」

 

「大和さん?」

 

 突然入ってきた第三者の意見に、深月は目を丸くする。

 

「自分で言うのもなんだけど、オレは“D”じゃないし上位元素だとか架空武装は作れない。その代わりに別の力が使える。それが強いのは確かだから、オレを竜伐隊に入れるのを考えたんだろ?」

 

「それは……そうですが」

 

「だったらさ、よく分からない力といっても使えるようにすればいい話だからそれで済むんじゃない? それにもし悠が反重力を使えるんだったら万が一の時に役に立つかもしれないから」

 

「大和……」

 

 彼が理屈を述べると、悠は代弁してくれた事に(ほころ)びた表情になる。

 

「ですが―――」

 

 それでもと反論する深月に、今度は遥が口を挟んだ。

 

「落ち着け、物部深月。大河大和の言う通り、使えるようにすればいい。データ不足なら、これからそれを得ればいいだけだろう。元々、物部悠の回復を待ち、検査を受けてもらうつもりだったのだしな」

 

「検査?」

 

 悠が疑問の声を上げると、遥は悠の方に顔を向ける。

 

「ああ、物部悠―――君が生成に成功したという反重力物質については上層部も興味を抱いている。だから是非詳しく、その新物質の調査と測定をさせて欲しい」

 

 遥の言葉をしばし吟味した後、悠は口を開く。

 

「検査の結果、反重力物質が有用だと分かれば……竜伐隊に加えてもらえますか?」

 

「我々とて勝率は一パーセントでも上げたい。使い道がありそうであれば、自然とそういう事になるだろう」

 

「篠宮先生!」

 

 その言葉を聞いた深月は、珍しく遥に非難の声を上げる。

 

「これは合理的な判断だ。私情で最善手を選択せずに失敗した時、後悔して苦しむのは君自身だぞ」

 

 遥は静かな口調で深月を諭す。

 

「…………………………分かりました」

 

 数秒の沈黙を挟み、深月は渋々と頷く。それから悠を無言で睨むが、その表情は怒っているというよりかは何かを恐れているようだった。


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