「どうだ……?」
悠は巨大な爆煙が舞う空を見つめ、周囲を見渡し、様子を窺う。
彼とレックウザ、そして大和の攻撃により二重の爆発が発生。あまりに形容しがたい威力によるものか、まるでキノコ雲の形状の煙が海上に舞っていた。
しばらく経つと、夜の世界に闇が戻ってきた。先程まで空を覆っていた巨人の姿は完全に消え失せている。
ヘカトンケイルは不死の怪物。悠は気を抜かずに空を注視していたが、三年前と同じように、いくら待っても青い巨人は再び現れる事はなかった。
静まった夜の森から、次第に虫の声が響き始めてくる。その際、ティアが悠を見上げて問いかけた。
「ヘカトンケイル……やっつけたの?」
「そうだな……やった、みたいだな」
躊躇いがちに悠が言うと、深月も頷く。
「通常であれば、とうに復活している時間が経ちました。三年前の例を考えると、倒し切れた可能性は低いですが、とりあえずミッドガルからの撃退には成功したようです」
「やったーっ! あたし達、勝ったんだ!」
歓声を上げるイリス。そこでようやく張り詰めていた空気が緩んだ。
「全く……手こずらせてくれましたわね」
リーザもやれやれとした口調で言うが、何処か嬉しそうに頬を緩ませている。
と、そこへ―――。
キリュリリュリシィィ―――――!
何処からか、遠吠えの如く声が響き渡る。イリスやリーザは何の声かと訝しげな表情だったが、悠と深月には聞き覚えがある、この声。
見れば、目視で確認できる距離までレックウザが此方に向かってきている様子が窺えた。
更に―――。
「おーい」
レックウザの頭の上で座っている大和が手を振っていた。よく見ると、レックウザはメガシンカの前の状態に戻っており、大和もキュレムの状態からいつも学園で見る、普段通りの姿に戻っていた。
体をしならせながらレックウザは徐々に距離を縮めていき、程なくして彼らの元へ辿り着く。
「よっと」
それを確認した大和が地面に軽快に降り立つと、彼は彼らに向けて言う。
「おまた~」
呑気そうに声を上げる大和だが、先程まで戦闘狂の如く喜々と嗤いながら戦っていた大和と打って変わり、悠は今の方がいつもの大和だと実感していた。
「大和さん、ご無事で何よりです」
深月が改めて彼の安否を確認できて安堵していた。
「ああ。まぁ今の爆発はちょっと危なかったけど、オレがフリーズボルトって技撃った瞬間に、レックウザのとこにテレポートして一緒に離れたから巻き込まれないで済んだのが幸いかな」
大和もハハハと頭を掻きながら笑っていた。
「……一体どういう原理なんですか」
「だが、大和がいなかったらもっと
深月が呆れるが、悠は今回の事件に関わりをもってくれた事に感謝の意を示す。
「……そうですわね。今回は彼のお陰で大事に至りませんでしたし、それに怪我を治してくれたんですよね? だからその……感謝していますわ」
リーザもキーリ戦の時に負っていた傷を癒しの波動で治してくれたというのもあり、且つ彼らを守るように戦ってくれた事に頬を赤らめながらそう言うが、お礼のところは照れ臭かったのか小声で言った。
「なぁぁぁぁにぃぃぃ~~~? 聞こえんなぁ~~~???」
「なっ!? からかっているんですかあなた!? わたくしに何か恨みでもあるんですの!?」
本当は聞こえていたが、わざと煽るように言った大和に対し、更に顔を赤くしながらツッコミの声を上げるリーザ。
「あははっ!」
ティアは二人のやり取りを見て笑っていた。
「……じー……」
『うおっ銀髪美少女! クッソかーわいぃぃー!』
「えっ、握手してくれるの?」
『キリュリリシッ!』
「ありがとっ! えへへっ、この子、怖い顔してるけど、優しいねっ!」
イリスはレックウザに興味津々になっており、その様子を見たレックウザが手を差し出すと彼女は嬉々として両手で握り返す。内心では下心満載だったが、レックウザも仲良さそうに笑い返していた。
皆、本調子に戻ってきた。深月は、彼らが無事だという事を確認した後、通信機で何処かへ呼びかける。
「―――第二司令室、応答願います。誰かいませんか? 応答を―――あ―――篠宮先生、ご無事だったんですね。良かった……」
遥が無事だという事を聞き、深月は安堵する。確かに、時計塔が破壊されたので、無事かどうか安否が不明だったのだ。
しかし遥が無事でも、時計塔の上部にある学園長室がヘカトンケイルに薙ぎ払われて何処かへ飛んで行ってしまった。もしあの場所にシャルロットやマイカがいたのだったら―――。
悠が胸に暗い気持ちを抱くが、その時、近くの茂みがガサガサと揺れ、ぴょこんと金色の頭が覗いた。
「くそっ、酷い目に遭ったわ! ああ……私の、私の部屋が……秘蔵のコレクション達が……許さぬ、許さぬぞ、あの青い木偶め!」
腹立たしげな口調で呟きながら現れたのは、年齢不詳の学園長ことシャルロット。全身泥だらけで服はボロボロになっていたが、何処も怪我をしている様子はない。
「シャルロット様が、わざわざあんな場所に私室を作るからですよ。何やらと煙は高いところが好きとは、よく言ったものですね」
シャルロットの後ろから、さらにメイド服の女性―――マイカが姿を見せた。こちらも服はあちこち破けているが、ぴんぴんしている。
そんな二人が彼らに気付くと、此方へ歩いてきた。
「おお、そなたら無事であったか。良かった、心配したぞ」
「いや、それはこっちの台詞なんですが……よく無事でしたね? 学園長室にはいなかったんですか?」
悠は呆気に取られながら問いかける。
「ふん、私があの程度で―――ぬおっ!?」
胸を張って頷くシャルロットだったが、彼女の頭をレックウザが噛み付く。
「な、何をするー!」
「そうです。丁度シャルロット様と二人で、夜の散歩に出かけようとしていたところだったんですよ。本当に、危機一髪でした」
レックウザがじゃれているつもりなのか、それとも何か恨みがあるのか抵抗するシャルロットに噛み付いたままだが、反対に平然とした様子でにこやかに微笑んで答えるマイカ。
「は、はあ……そうだったんですか。良かったです」
先程学園とは反対方向の茂みから出て来た気がしたが、悠はマイカの迫力に圧されて頷く。
吹き飛ばされていたのなら無事でいられるわけがない。恐らく森の中へ逃げ込んで道に迷ってしまったのだろうと、悠は考えた。
「ええい、いい加減は・な・さ・ぬ・かー!! おい大河大和! こやつを何とかしろー!」
歯が食い込んでだらだらと流血し、流石に煩わしくなってきたので
「はいはい」
彼はやれやれという表情で仲介役に入ったのだった。
◇
ミッドガルから数十キロ離れた空の上で、キーリ・スルト・ムスペルヘイムは彼方に瞬く閃光と爆煙を目にした。
「何だ―――やられちゃったのね、お母様」
キーリは口元に手を当て、おかしそうに笑う。
「あの炎は、またしても境界を越えた……三年前の事は、やはり奇跡ではなかったんだわ。お母様はきっと、
気分が高揚したのか、夜空をくるくると舞い、キーリは笑い声を響かせた。
「勝手に横槍を入れるからこうなるのよ。余計な事をしなければ、私が隙を見てティアを連れ出したのに……よほど焦っているのかしら」
軽やかに空を飛びながら呟くキーリ。もう水平線の向こうに沈んで見えなくなってしまったミッドガルの方を振り返り、目を細める。
「けれど―――これで私もお母様も、手詰まり。彼らとバジリスク、どちらが勝っても当初の計画は破綻する。そうなったらもう、流石に隠れ続けてはいられないわよね? そろそろ彼らも、ヘカトンケイルの
結っていた髪を解いて風に晒し、キーリは誰かに語りかけるように言葉を紡ぐ。
「……結果がどうあれ、多分お母様は大きな損失だと嘆くでしょう。でも私は、彼が勝てば
キーリはそう言いながら、自分の腹部に手を当てた。
「大河大和……始めて会った時はティアを連れて行くのに必死だったけど、ああ見ると噂以上の強さだったわね。ドラゴンを倒したのも頷けるし、私じゃ歯が立たない訳ね」
「けど、ミッドガルにいるという事が分かったのは
思わせぶりな口調でキーリが言う。
「そうと考えれば、もっと詳しく彼の事を調べる必要があるわね。何でも三年前の事と関わりがあるみたいだし。ふふ……楽しみになってきたわ、大和」
今回は(いつもに比べて)短めでした。
そして、また目を付けられる主人公w
あと一、二話で二巻終了です。