ファフニール? いいえポケモンです。   作:legends

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お待たせ致しました。


たーのしービーチ

 悠とティアは一旦教室に戻り、制服に着替えてから、鞄を持って学園を出た。

 

 他の皆はまだ演習場の後始末に追われているのか、教室に姿は見えなかった。

 

 午後の実習も演習場の破損で中止になったため、今日の授業はもうない。悠とティアは昨日と同じように宿舎への道を歩き、砂浜へと降りて靴を脱ぐ。

 

「わぁー、昨日より海の中がよく見える気がするの!」

 

 波打ち際でティアは海を覗き込み、笑みを浮かべてはしゃぐ。昨日訪れたのは夕方だったので、昼の海とはまた印象が違うのだろう。

 

 白い飛沫を上げて寄せるさざ波が、彼らの足首を撫でていく。

 

 足の裏で波を叩くティアを見ながら、悠は静かに問いかけた。

 

「なあ、ティア。昨日よりも、リーザたちの事は好きになれたか?」

 

「う……うん、いい人達だっていうのは、分かったかも」

 

 少し照れ臭そうに答えるティア。フィリルの漫画がきっかになり、皆と言葉を交わした事で、昨日まであった警戒心は多少薄れているようだ。

 

「でもな、さっきティアは……リーザに怪我をさせてしまうところだったんだぞ?」

 

「……え?」

 

 ティアは目を丸くし、驚きの表情を浮かべた。

 

「架空武装を作ろうとしたティアは、ドラゴンの姿になって暴れ回ったんだ。暴風と雷撃で演習場は滅茶苦茶になった」

 

「そ、そんな……ティア、そんな事―――」

 

 震える声で首を横に振るティア。

 

「わざとじゃないのは分かってる。あの時のティアは、正気を失くしていた。でも、リーザたちを危ない目に遭わせた事実は変わらない。だからティアには皆に謝って、もう二度と同じ事はしないと約束して欲しいんだ」

 

 悠は身を屈め、ティアと視線を合わせて言う。

 

「わ、分かった! ティア、謝るの! 早くみんなのところに行こっ!」

 

 焦った様子で、ティアは彼の腕を引っ張る。先程、保健室で会った穂乃花と同じように、ティアは失敗を悔やんでいるようだった。

 

「……やっぱり、ティアは良い子だな。でも、今のままだとティアはその約束を守れない。たぶん同じ失敗をまた繰り返す。自分を―――ドラゴンだと思い込んでいる限り」

 

「え……思い込むって、何? ティアは、本当にドラゴンなの。ユウ達も、ドラゴンなんだよ?」

 

 ティアがきょとんとした顔で問い返すが、その瞳はわずかに揺れていた。

 

「いや、俺達は人間だ」

 

「どうして……ユウまでそんな意地悪を言うの? ティア達はドラゴンなの! こんな力を持っているのが、証拠なのっ!」

 

 ティアの周囲に上位元素が生成され、電気へと変換される。バチッと目の前で火花が散った。しかし悠は怯まず、ティアの瞳を正面から見つめる。

 

「確かに、そういう見方もあるかもしれない。だったら言い方を変えよう。少なくともミッドガルで暮らす“D”達は皆、人間として生きているんだ」

 

「人間……として?」

 

「ああ、だからティアが“ドラゴン”として生きる限り、共存はできない」

 

 ティアの目が大きく見開かれる。

 

「それって……一緒に、いられないって事?」

 

「そうだ。だから俺はティアに……人間になって欲しい」

 

 悠がティアがブリュンヒルデ教室の家族となるために必要な、唯一の条件を口にする。

 

「無理なの……だってティア、ドラゴンなの……こんな角だって、あるんだもん。絶対に、もう、人間じゃないの……」

 

 赤い角に手をやり、彼の言葉を拒絶するティア。

 

「角があっても関係ない。俺にとって、ティアは可愛い女の子だ。たぶんリーザ達にとっても、同じだと思うぞ」

 

「でも、でもっ……」

 

 優しく語りかけるが、ティアは何度もかぶりを振る。

 

「ティアはどうしてそんなに、ドラゴンでいたいんだ? あの戦場で別れてから、何があったのか教えてくれ。一緒にいた両親はどこへ行ったんだ?」

 

「パパとママは、いないの。あの人達は……偽物だったの」 

 

 ティアは表情を固くして俯く。

 

「だったら、偽物のパパとママのことを聞かせて欲しい」

 

 悠はティアの頬に手を当て、ゆっくりと上を向かせた。至近距離で視線が交わる。

 

 しばらく沈黙が続き、波の音だけが規則的に響く。

 

 ティアの赤い瞳が潤み、頬に朱が差す。

 

「……ユウは、そんなにティアの事、知りたいの?」

 

「ああ、これからも一緒にいたいから、知りたいんだ」

 

 悠がそう答えると、ティアはごくりと唾を呑み込み、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「……ユウに助けられた後、ティアはあの人達と一緒に、別の国で暮らしてたの」

 

 あの人達というのは、両親のことなのだろう。決してパパ、ママとか父母とは呼ばずに、ティアは瞳に涙を浮かべながら言葉を続ける。

 

「あの人達は前より優しくなって、ティアが力を使わなくても笑ってくれるようになったの。外で畑仕事をするのはしんどかったけど、ちょっとだけ楽しかった。だけど全部……家も、畑も、あの人達も……ある日突然、燃えて消えちゃったの」

 

「燃えてって……火事に遭ったのか?」

 

「ううん、違うの。ティアが会ったのは―――キーリ」

 

「……っ」

 

 その名を聞いて表情が強張る。

 

 ―――ここでも、キーリの名を聞くなんて。

 

 確かティアは“ムスペルの子ら”に囚われていて、組織のリーダーであるキーリと接点があってもおかしくはない。悠はまさかティアから家と両親を奪った相手だったとは思わなかった。

 

「キーリは、ティアに言ったの。あの人達は本物じゃない。だからティアは何も失くしてないんだって。ティアはドラゴンで、本当のママ―――“黒”のヴリトラがいて、世界中にたくさんの“D”が……姉妹がいるんだって教えてくれたの」

 

 それを聞き、やっと悠はティアが“何から逃げているのか”を理解した。

 

 ティアは両親の死から目を背けるため、キーリの言葉に縋ってしまったのだろう。

 

 自分を人間だと認めれば、両親を失った現実を受け入れなければならない。しかもまだ子供で、そんな状況のティアに、普通の説得が通じるはずがない。理屈で諭せるわけもない。もしかしたら最初から自分はドラゴンだと疑問に思っていたのかもしれない。

 

「―――聞かせてくれてありがとう、ティア」

 

悠は礼を言って、ティアの頭を撫でる。

 

「ユウはティアの事……分かってくれた?」

 

「ああ……よく分かったよ。ティアの考えが間違っているとは、もう言わない」

 

「良かったの……」

 

 ほっとした顔をするティアだが、悠は更に言葉を続けた。

 

「でも、キーリが口にした言葉は訂正させてくれ。ティアがドラゴンとして生きる限り、人間として生きる“D”とは姉妹になれない。俺やリーザ達と家族にはなれないんだ」

 

「え―――?」

 

 涙を拭ごうとしていたティアの表情が一瞬で凍りつく。

 

「ズルい言い方かもしれないけど、今のままじゃ手に入らないものがある事を、分かってくれ。俺は、ティアに人間であることを選んで欲しいんだよ」

 

 ティアの考えを否定する事はできない。無理に現実を突き付けても、受け入れる覚悟がなければ心は壊れてしまう。だから得る物、失う物を提示した上でティア自身に選んでもらうしかなかった。

 

「選ぶ……? ユウの言っている事……よく、分からないの」

 

「……そうだな、確かに言葉だけじゃ上手く伝えられないな。だったら、見せてやる。ティアが人間になれる事で、手に入れるものを」

 

 悠はそう言うと、鞄から個人端末を取り出す。

 

「何するの?」

 

 不安そうに問いかけてくるティアに、彼は笑みを返した。 

 

「まだ日も高いからな。もう授業もないし、これから皆で遊ぼう。多分ティアのためだって言えば、クラスメイト全員集まってくれるだろ」 

 

「どうして……?ティア、みんなにひどいことしたんじゃないの?リーザ、怒ってないの?」

 

「たとえ怒っていたとしても、来てくれるさ。皆、ティアと家族になりたがってるからな」

 

 悠の返事を聞いたティアは、微かに目を見開いき、しばらく呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~♪」 

 

 大和は自室にて鼻歌を歌っていた。

 

 悠がイリスや深月、それから大和にもメールをして他の皆に言伝を頼んだ後、悠達は宿舎へ戻り、水着に着替えた。

 

 実は、今まで何をしていたのかといえば、保健室で休んでいるティアと介抱している悠を除く皆で演習場修理の手伝いをしていた。主に、ティアが暴走した影響で破壊した残骸の後始末である。

 

 大和も片付けの手伝いと、彼女達のサポートをしていた。彼女達だけでもできない事はないが、彼もクラスメイトの一員という事もあり、何より彼女達だけが苦労するのは気が引けるというのもあったのだ。

 

 そのため大和だけではなく、ポケモンの“カイリキー”や“ゴーリキー”を出し、共に働いた。

 

 そして滞りなく演習場の修復が終わった時、悠から連絡があった。その際、大和が―――海で遊ぶと聞いて! と聞き、内心でウッキウキな気分に浸っていた。

 

『マスター、少々よろしいでしょうか?』

 

 着替えていると、メガリング(腕輪)形態のリムが大和に申していた。

 

「ん? どーした、ルビー、じゃなくてサファイア……でもなくて……何だっけ?」

 

『私はプリズマ魔法少女のステッキですか。名はリムです』

 

「おおそうだったそうだった。114514日ぶりの登場だ。それで、久しくこの小説に出てなかったリムが何用?」

 

『メタい事を言わないでください。これから海に行くんでしょう?』

 

 ボケとツッコミを交えながらも、リムが言う。

 

「そうだけど、なした(どうした)?」

 

『マスターは女性の水着姿は苦手ではありませんでしたか?』

 

「あっ……(察し)。そういやそうでしたわ」

 

 大和は一瞬硬直した後、しまった忘れてたとばかりに呆れた表情になる。

 

 そう、大和は女性の素肌に非常に過敏なのだ。特に普段見慣れない部分を見てしまうだけで、鼻血や目眩、吐血等を引き起こす程。まるでアレルギーの如く。

 

 酷い時は水着姿でもダメな時がある。それは下手をすれば海水浴行けないレベルである。

 

「くっそ……女の子のあられもない姿で鼻血はまだしも、吐血とか目眩とかスレンダー病かっつーの」

 

 海外の都市伝説を思い出した大和は自嘲する。

 

 最近は前より徐々に克服しつつあるが、未だ完全には慣れておらず、失敗するケースがあった。

 

 だが、と大和は拳を握り締める。

 

「ここ十数年全然泳いでないんだ。だったら気合いで乗り切るしかねえ! うおおおー! 煩悩退散ー!!」

 

 何故か熱くなる大和。傍から見れば完全にシリアスどころか張り切る場面ではないのだが、本人は至って大真面目である。

 

『マスター、その事でしたらエムリットの能力を使用するのは如何でしょうか』

 

「おぉぉおおぉぉぉ…………ん? エムリット――――――ああー! その手があったわ!」

 

 気合い溜め(技に非ず)しているところから一変、リムの助言によりあからさまに明るい顔になる。

 

 伝説のポケモンである、“エムリット”。正確に言うなら“準”伝説でもあるのだが、ポケモン神話で人々に感情を与えたとされる感情の神だ。

 

 外見は小型の妖精のようで、頭からは四本の房状のものが垂れ下がっているポケモン。

 

 その他、仲間とされる意志の神“アグノム”。知識の神“ユクシー”。そしてエムリットの三体を総称して『三湖』と呼ばれている。

 

 その感情を司るエムリットの能力を使用すれば、高ぶる感情や緊張するといった感情を抑える事も可能だ。

 

「よっし……打開策見つかった事だし、そろそろ行くか!」

 

 大和は自室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿舎に物置部屋に海水浴用アイテム一式があると聞き、悠とティアは手分けしてビーチパラソルやシートを運び出す。

 

「ティア、皆に迷惑かけちゃったみたいだし、頑張るの」

 

 スクール水着姿のティアは、丸めた大きめのシートをふらつきながらも一生懸命に運んでいた。

 

 一通り準備が終わり、浅瀬でティアに軽く泳ぎを教えていると、早速一人目のクラスメイトが―――。

 

「……んん?」

 

 悠は訝しげに目を細める。まるで漫画の如く砂塵を巻き上げながら走ってくる者の姿が窺えた。

 

 悠がその人物を目視で確認できる頃には、彼の目の前にいた。

 

 そして一瞬にしてアームロックをキメた。

 

「がああああ!! 大和、何する―――!」

 

「うっさい。こないだの仕返し」

 

 目の前にいる人物、水着姿の大和。ギギギと関節技を見事なまでにキメていると、ティアから声が掛かった。

 

「や、ヤマト! それ以上いけないの!」

 

 何故かこう言わなきゃならないという宇宙の電波を感じ取ったティア。

 

「ティアに言われたから仕方ない。ジュース五本で許す」

 

 そこら辺の不良よりも割とタチが悪い事を言った大和は、痛みに悶えている悠を解放した。

 

「どう考えても許してないだろ……。ていうか、こないだのって何だよ?」

 

 苦痛の表情で腕を抑えている悠が、やりきったとばかりに清々しい顔の大和に訊ねる。

 

「いーんや? 悠がティアの看病するからってぇ、演習場の後始末に参加しなかった事を恨んでるとかそういう事ではないですよ?」

 

「絶対それだろ……てか、あれはティアの面倒を見るために仕方なく―――」

 

「仕方なくぅ? 様子ぐらい見に来て、どうぞ。何かムカつくから今度は腕ひしぎ十字固めとかキメてやろうかぁ?」

 

 両腕を上げ、目をギラつかせながらコハァァとと化け物染みた溜め息を吐きながら今にも悠に襲いかかろうとする大和。その拍子にティアが彼の足にしがみつき、「やーめーるーのー!」と色々とカオスな雰囲気になっていた時だった。

 

「モノノベ……あの、大丈夫?」

 

 大和に気圧され、イリスが近付いていたのに気がつかなかった。尻餅を付いていた悠は、イリス、グッジョブだとか思ってしまった。

 

 彼女は白いビキニを身につけており、形のいい胸が一歩ごとに揺れている。

 

「おお……」

 

 紐で留めてある水着が外れてしまわないか、ハラハラする。

 

 イリスは彼らの前までやってきて、くるんと一回転してみせた。長い銀髪が翻る。太陽の光を浴びた白い肌が、とても眩しい。

 

「どう? 前のは失くしちゃったから、新しく買ったんだっ」

 

「……すごく似合ってる。そういえばイリスと初めて会った時、水着を流されたって言ってたな」

 

 イリスとの出会いを思い出しながら言う。そのお陰―――ではなくて、そのせいで彼はイリスの裸を見て攻撃される一歩手前になったのだ。大和の乱入で、お互い事なきを得たが。

 

「うん、結局見つからなくて―――って、あ、あの時のことはあんまり思い出さないでよ。恥ずかしい……」

 

 頬を染め、腕で胸を隠すイリス。だが、そんなポーズをされると余計に意識してしまう。悠は白い水着姿のイリスにしばし見惚れ、ぽつりと呟く。

 

「―――やっぱりイリスは、本当に綺麗だな」

 

 あの時も今も、そんなことを自然に言えてしまうぐらい、イリスは美しかった。

 

「な……なななななっ……い、いきなりそんな事言われたら、あたし……」

 

 首筋まで赤くして、イリスはぺたりと砂浜に座り込んだ。

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

心配して手を伸ばすが、それを阻むようにティアが悠の前へと回り込んでくる。

 

「ユウ、ティアは? ティアはどう?」

 

「ん? ああ、ティアは可愛いよ」 

 

 悠は正直に答えるが、何故かティアは頬を膨らませ、悔しげな表情でイリスを睨む。

 

「やっと……分かったの。あなたは―――イリスは、ティアのライバルなのっ!」

 

 びしっと指を突きつけられたイリスは、きょとんと首を傾げた。 

 

「ライバル? あたしとティアちゃんが?」

 

「そうなの、ティア……あなただけには負けないの!」

 

「よく分からないけど、ティアちゃんは何か勝負がしたいの? じゃあ……そうだ、棒倒ししよっか?」

 

 イリスは笑顔になると、砂を集めて小さな山を作り始める。

 

「棒倒し?」

 

「うん、こうやって砂で山を作って……上に棒を刺して、順番に山を崩していくんだ。それで先に棒を倒しちゃった方が負けってゲーム」

 

 波打ち際に落ちていた小枝を砂山の天辺に突き刺し、イリスはルールを説明する。 

 

「わ、分かったの。この決闘……受けて立つの」 

 

 真剣な表情で頷き、イリスと棒倒しを始めるティア。

 

 何となく根本的なところで話がズレているように思えたが、悠は口を挟まず二人のゲームを見守る。

 

「やーい悠のヘンターイ、女たらしー、ロリコンー」

 

「お前なぁ!?」

 

 完全に馬鹿にしている大和に、流石に腹が立った悠は声を荒げる。

 

 まるで子供かとギャーギャーと騒ぐ二人のところに、複数の影が近づいてきた。

 

「何ですか、騒々しいですわよ」

 

 リーザ、フィリル、アリエラ、レンの四人だ。リーザに声をかけられた二人は視線をそちらに向く。

 

「あなた方に水着姿を見せるのは不本意ですが、来てあげましたわ」

 

 大人っぽい黒い水着を来たリーザは、金色の髪をかき上げて二人に言う。

 

「……それにしては、気合いを入れて水着を選んでたような気がするけど」

 

 そんなリーザにフィリルがぼそっとツッコむ。彼女は青いセパレートタイプの水着を身に着けている。

 

「ひ、日焼け対策が面倒であまり海には行きませんから、どの水着を着るか迷っていただけですわ! 別にモノノベ・ユウとタイガ・ヤマトの目を気にしていた訳ではないですわよ?」

 

リーザは慌ててフィリルに詰め寄る。

 

 二人共イリス以上に胸が豊かで、双丘の谷間が水着から覗いている。普段は制服の下に隠されている圧倒的な質量が、悠の脳髄をぐらぐらと揺らす。

 

「はは―――相変わらずリーザは素直じゃないね。男性の目があるんだから、誰だって多少は意識するものだと思うよ」 

 

 苦笑しながら言うのは、トロピカルな柄の水着を着たアリエラだ。その後ろにはフリル付きのワンピース水着を着たレンが隠れている。

 

「……ん」

 

 まるで小動物のように二人へ警戒の眼差しを向けるレン。悠はここまで意識されると、流石に居心地が悪かった。

 

「えっと……皆、水着似合ってると思うぞ」

 

「そう↑だよ↓(便乗)」

 

 微妙に緊張した空気を緩めるため、悠は感想を述べる。大和も便乗する。

 

 悠が言った事は嘘ではない。ブリュンヒルデ教室の女子生徒達は、客観的に見てとても魅力的で、目のやり場に困る程だ。

 

「と、当然ですわ! そんな事、あなた方に言われなくても分かっています」

 

 リーザは顔をツンと逸らして答える。

 

「……ありがとう」

 

 フィリルは表情を変えぬまま礼を言う。

 

「ぼ、ボクにはその……お世辞はいらないよ」

 

 普段は冷静で論理的なのに、褒められると余裕を失くすアリエラは、そわそわと視線を彷徨わせる。

 

「…………んぅ」

 

 恥ずかしがり屋のレンは、顔を赤くして完全にアリエラの後ろへ姿を隠してしまった。

 

「―――兄さん、今のはセクハラぎりぎりですよ」

 

 リーザ達の方から姿を現した深月が、悠をジト目で睨む。

 

 一度宿舎に戻っていたらしく、手には膨らませたビーチボールを持っていた。

 

「なっ!? 今のがセクハラになるのか? 感想を言っただけだぞ? それに大和だって……」

 

「場合によりけりです。レンさんがこんなに恥ずかしがっているのですから、セクハラと言われても文句は言えません。大和さんについては具体的には言ってませんので」

 

 何だか嫉妬のこもった視線を向けられる。逆恨みのような気もするが。

 

「じゃあ……深月の水着については、何も触れない方がいいんだな?」

 

 悠は、妹の水着を眺め回しながら言う。ワンピースタイプではあるが、背中部分が大胆に開いていて、後ろから見ると結構際どかった。

 

「…………いえ、私は別に兄さんの言葉で羞恥心を覚えたりはしませんし、お好きにしてもらって構いませんよ」

 

 深月は不自然な間を置いてから、ぶっきら棒に答える。

 

「そうか? だったら言うけど―――よく似合ってる。あと、背中がちょっとエロいな」

 

「…………」

 

 深月は眼差しを鋭くする。

 

「はい、MTK(深月)

 

「ありがとうございます、大和さん」

 

「え、ちょっと?」

 

 今の流れはこうだ。

 

 大和が悠の体を片手で掴んで渡す→深月が笑顔で応じる→困惑する悠

 

 色々とツッコみたい部分があるが、よく考えれば分かる事だった。大和は規格外のパワーを持ってるし、深月もその事は知っている。そしてセクハラも受けたから、今だけ悠に少し雑に扱っても構わない―――という意図を大和は汲み取った。

 

 深月は無言で、大和に渡された悠の耳を引っ張った。

 

「ちょっ……痛い! 痛いぞ!」

 

「……兄さん、たとえ妹相手でも、もう少し言葉を選ぶべきだったと思います」

 

「いやでも、好きにしていいって言ったのは深月だろ!?」

 

 悠は文句を言うが、赤い顔で深月は言い返す。

 

「それは最低限のマナーを守った上での話です!」

 

 そんな風に言い争っていた時、突然ティアの大声が響いた。

 

 

「ああーっ! た、倒れちゃダメなの!」

 

 

 驚いてティア達の方へと目をやると、不安定な形になった砂山が棒と共に崩れていくのが見えた。

 

「ふふんっ、あたしの勝ちっ!」

 

 ガッツポーズをするイリス。ティアががっくり肩を落とすが、すぐに顔を上げて再挑戦を申し込む。

 

「もう一回! もう一回なの!」

 

「いいよ、何度だって挑戦は受けてあげる。でも皆も来たから、今度は別の遊びで勝負しようよ」

 

 そう言ってイリスはリーザ達を視線で示す。

 

「あ……」

 

 そこで初めてティアは皆が集まっていたことに気付いたようだった。

 

 膝に付いた砂を払って立ち上がり、緊張した面持ちでリーザの表情を窺うティア。

 

「どうしましたの? わたくしの顔に、何か付いていますか?」

 

 リーザは不思議そうに問いかける。ティアに対する怒りなど全く感じられない。

 

 それを見たティアは目尻に涙を浮かべ、勢いよく頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさいなの! ティア……リーザに、酷い事したってユウから聞いて……だ、だから……ごめんなさい!!」

 

「ああ、先程の事を気にしていたんですのね」

 

 特心がいった様子でリーザは頷き、ティアに歩み寄る。

 

「……リーザ?」

 

 ティアは少し怯えた表情を浮かべ、リーザの顔を見上げた。

 

「分かりましたわ。では、お仕置きしてさしあげます」

 

 そう言うとリーザはおもむろに腕を持ち上げ、ティアの頭をコツンと叩いた。 

 

「はうっ」

 

 頭を押さえて(うずくま)るティア。

 

「お、おいリーザ、何もそこまで……実は怒っていたのか?」

 

 悠が慌てて声を掛けると、リーザは首を横に振る。

 

「いいえ、全く怒ってなどいませんわ。ですが……償いを求めている方には罰が必要なのです。罪の意識に潰されてしまう前に、清算してあげなければ」

 

 リーザは何故か深月に一瞬だけ視線を向け、落ち着いた声音で答える。

 

「痛いの……」

 

 ティアは拳骨を落とされた場所を手でさすりながら、涙目でリーザを見上げた。

 

「当然ですわね、罰は痛いものです。けれど、これでティアさんは罪を償いました。もう先ほどのことを気に病む必要はありませんわ。わたくしも、皆も、気にしません。そうですわよね?」

 

 皆にリーザが同意すると、全員が頷く。

 

「……と、いう訳です」

 

 リーザは優しく微笑んで、ティアを胸元へ抱き寄せる。

 

「むぎゅっ……」 

 

「加減したつもりだったのですが、まだ痛みますか? 少し強すぎたかもしれませんわね」

 

 ティアの頭を撫でて、心配するリーザ。

 

「……ううん。もう、大丈夫なの。リーザ……ありがと」

 

 豊かな双丘に顔を埋めたティアは、小声で礼を言った。

 

「それじゃ、仲直りも終わったみたいだし、皆でビーチバレーしようよ!」

 

 状況が一段落したのを見て、イリスが元気よく声をあげる。

 

「別に喧嘩をしていたわけではないのですが……まあ、いいですわ」 

 

 リーザは溜息を吐きながらも頷き、抱きしめていたティアを解放した。

 

「……何だか、ママみたいだったの」 

 

 どこかぼうっとした顔でティアは呟く。

 

「それでは輪になってトスを上げましょうか。あ、兄さんだけは自分の名前が呼ばれたら、どんなところにボールが上がっても取りに行ってくださいね。落としたら罰ゲームです」

 

 ビーチボールを持っている深月が、さらっととんでもないルールを付け足す。

 

「お、おい、どうして俺だけそんな縛りがあるんだよ!」

 

「兄さんはニブルで厳しい訓練を積んでいますから。これぐらいのハンデがないと緊張感が出ないでしょう?」

 

 恐らくまだ、悠が言った水着の感想を根に持っているのだろう。深月は尖った口調で言う。

 

「別に緊張感とかいらないんだけどな……分かったよ、それでやってやる」

 

 正直言うと自信はあったので、あえて挑発に乗り、そのルールを受け入れる。

 

「悠ーガンバエーー」

 

 大和は棒読みで悠の事を応援する。

 

「くっ……大和お前、覚えてろよ」

 

 それが悠にとっては煽りに聞こえたので、復讐を誓う。

 

 ちなみに、枠がないとの事からか、大和は審判役を勤めていた。

 

 そして、その見込みが甘かった事を、悠はすぐに思い知るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……一番星だ」

 

 頬が赤く腫れ上がっている悠は砂に埋まりながら、赤く染まる空を見上げる。太陽は西の水平線に近づき、東の空は夜の紺色が広がり始めていた。

 

 体が酷く重い。

 

 ビーチバレーでは皆が面白がって悠を散々走り回らせたので、流石に体力が限界だった。その上、リーザやフィリルの胸がボール以上に弾むものだから、中々集中もできず、結局最後の最後でボールを取り落としてしまった。

 

 おまけに、審判役としてその事を詳細に見ていたであろう大和が「悠がリーザとフィリルのおっぱい見てるー変態ー」とまたも棒読みで言われ、その罰ゲームとして悠が砂に埋められるだけに飽き足らず、埋まって身動きできない悠がボコられた(主にリーザと深月に)。

 

「そうそう、上手いですわ。随分泳げるようになりましたわね」

 

「ホント? ティア、泳げてる?」

 

 皆の声を遠くに聞いている悠の耳に、リーザとティアの会話が届く。あの二人は随分と仲良くなったようだ。

 

「あれっ!? あたしの水着……水着どこっ!?」

 

 またもや水着を失くしたのか、イリスの慌てた声が聞こえてくる。しかし体を起こせないので、その様子は見られない。

 

「……イリスさん、しっかりしてください。これですよね?」

 

 深月の呆れた声が聞こえた。どうやらイリスの水着は深月が見つけたらしい。

 

 近くからパラパラとページをめくる音が響く。

 

 フィリルがパラソルの下で本を読んでいるのだ。

 

「―――それじゃあ、次はレンの番だね」

 

「ん」

 

 そしてアリエラとレンは、悠の上に作った砂山で棒倒しをしていた。 

 

 徐々に砂が軽くなっていくのは、助かるが、何となく間接的に体を撫でられているようでムズムズしてしまう。

 

 大和はというと―――。

 

「ヒャッッッハ―――! すごーい! たーのしー!!」

 

 IQ値が下がってでもいるのか、子供みたくはしゃぎながら遠くの海の方で波乗りをしていた。否、よく見れば“小さい鮫”に乗っていた。

 

 実際の鮫と比べて、尾ビレがない寸詰まりの体型。どちらかと言われれば鮫というよりマンボウにも見える。

 

 体色が背中側は紺色、腹部は白色で、額には黄色の星型の模様があり、特徴的な大きな口。

 

「いいゾ~サメハダー! GOGOGOー!」

 

 ハイテンションになっている大和。彼が告げたポケモンの名は“サメハダー”。「海のギャング」として恐れられ、折れてもすぐ生え変わる牙は鉄板も噛み千切る事ができ、大型タンカーをも一匹でバラバラにする程の力を持つ凶暴なポケモンである。

 

 また、水の抵抗を減らす特殊な肌を持ち、尻の穴から海水を噴射する事で、水の中を最高速度、時速百二十キロのスピードで泳ぐ事が可能な程。

 

 その列車並みのスピードで大和はサメハダーの上に“立ちながら”波乗りをしていたのだ。ただし持久力がないので、長距離、長時間泳ぐ事はできない。

 

 行ったり来たりだとか、急速転換だとか、ジグザグに曲がりくねようと大和はほとんど動じず、波乗りを楽しんでいた。

 

 そうして平和で穏やかな時間が過ぎ、空が星で一杯になった頃―――悠は三人分の足音が近付いてくる事に気が付いた。ニブルにいた頃の癖で、足音から相手の体格を推測する。

 

 ―――大人が二人、子供が一人……何か重い荷物を持ってるな。

 

 顔だけを動かし、足音の主が視界に入るのを待つ。

 

 現れたのは、三人とも知っている人物だった。一人は遥で、あと二人は、学園長であるシャルロット・B・ロードと秘書のマイカ・スチュアートだった。

 

 子供だと思ったのはシャルロットの足音だったらしい。白いワンピース姿のシャルロットは、ミッドガルの生徒だと言われても全く違和感がない年齢不詳ぶりだった。

 

「ずいぶん楽しそうな事をしているではないか。私も混ぜろ」

 

 悠の傍までやってきたシャルロットは、砂に埋まった彼を見下ろして言う。恐らく深月は、ここへ来る前に遥へ事情を説明していたのだろう。それがシャルロット達の耳にも入ってもおかしくはない。

 

「……学園長も、埋まりたいんですか?」

 

「違うわっ! 私も水着姿の清らかな乙女達と、キャッキャッウフフしたいのだ」

 

「何だかその表現に、年代の差を感じます」

 

 思った事をそのまま述べると、シャルロットはサンダルを脱いで悠の頭をつま先でぐりぐりする。

 

「黙れ、踏むぞ」

 

「もう踏んでますって!」

 

 悠はシャルロットの素足から逃れるように顔を動かしながら叫ぶ。

 

 そんな彼らのやり取りを、近くにいたレンとアリエラは呆然と眺めていた。

 

 突然学園長が現れて戸惑っているのだろう。

 

「おーおーやる事が派手ですねぇ、学園長」

 

 そこへ、大和達も聞き付けたのか彼女らの元へ来ていた。

 

「む、大河大和。そなたもいたのか」

 

「そりゃ折角のビーチだし、当たり前だよなぁ? それよりも学園長、砂に埋まって動けない悠を裸足で踏み付けるとか……ご褒美じゃないっすかぁ! やりますねぇ!」

 

「これご褒美じゃねぇよ!?」

 

 大和が我々の業界では(ryという事を悠にするのを褒めたら、悠に反論された。

 

「ふっ。何、男がこうすれば喜ぶというのを見てな、試しがてら彼奴(きやつ)にやってみたが……そうでない奴もいたようだ」

 

「それMかドMだけが喜ぶモンですからねぇ」

 

 髪をかき揚げるような動作をするシャルロット。その事を何処で知ったのか定かではないが、彼も詳しい内容を知っているため、大和も補足説明を加えた。

 

「それはさておいて、だ。タダで混ぜろとは言わん。土産なら持ってきた。マイカ、ハルカ、準備を始めろ」

 

「はい、分かりました」

 

 相変わらずメイド服姿のマイカは、手早く両腕に抱えていたものを組み立て始める。

 

「……私は、あなたの召し使いではないんですがね」

 

 遥も溜息を吐きながら持っていた袋をシートの上に置き、中から肉や野菜を取り出した。

 

「学園長……一体何を?」 

 

 悠が問いかけると、シャルロットはにやりと笑う。

 

「見て分からぬか? 夜の海と言えば、バーベキューに決まっておろう!」

 

「バーベキュー!? やったーっ!!」

 

 イリスが歓声を上げる。

 

 日が沈んだのでそろそろお開きかと思っていたのだが、宴はまだまだこれからのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやらようやく砂の(いまし)めから解放された悠は、皆と網を囲む。

 

「ぐふふ……」

 

 シャルロットは肉だけを運びながら、水着姿の少女達を邪な眼差しで眺めていた。 

 

「おーいシャル、目がヤバい事になってっぞ」

 

 二人―――ではなく三人きりになり、大和がタメ口で注意する。

 

「おっと、いかんいかん。私とした事が」

 

 そうは言うがシャルロットは再び嫌らしい目つきで深月達を見ていた。

 

「まさか学園長は、本当に皆の水着を見るのが目的だったんですか?」

 

 悠は呆れながら問いかける。

 

「もちろんそうだが、何か問題でも?」

 

「いや問題アリアリなんですがそれは」

 

 堂々と頷くシャルロットを見て、大和はツッこむ。

 

「ふん、まあ一番の目的は水着鑑賞なのは確かだが……あれの様子を見るためという理由もあるさ」

 

 シャルロットは網を挟んで向かいにいるティアに視線を向け、小声で言った。

 

「ティアの事? Really(本当に)? 魔剤?」

 

「そうだ。魔剤……というのはよく分からんが、大マジだ」

 

「ティアは……多分、大丈夫です。きっと、人間である事を選んでくれるはずです」

 

 大和の言っている事はともかく、悠が囁くように答える。

 

「ちょっとティアさん、野菜も食べないといけませんわよ?」

 

「あーっ、ピーマン載せちゃダメなの!」

 

 リーザにピーマンを取り皿へ載せられて、慌てふためくティア。その様子を見ていると、大丈夫だと思えてくる。

 

「選ぶ……か。そうだな、あれがたとえ本物のドラゴンでも、人間として生きるのなら人間になれよう。生き方とは……在り様よりも尊いものだと、私は信じている」

 

 シャルロットは目を細め、まるで祈るように呟いた。

 

「……学園長?」 

 

「ふふ、柄にもない事を口にしてしまったな。それより、例の傷はどうなった?」

 

「傷? あ、左手のやつですか……いや、もう治ってはいるんですが、まだ痕が消えなくて……」 

 

 以前、悠は傷口を舐められた光景が脳裏を過ぎり、少し緊張しながら答える。

 

 左手の甲にできたみみず腫れは痕が残り、まるで竜紋が一画増えたような感じになってしまっていた。

 

「なるほど……やはりそうなったか」

 

 納得した顔で頷くシャルロット。そういえばこの傷を見せた時に、それは消えないとかどうとか言われた気がする。

 

「傷を見ただけで、痕が残るっていうのは分かるものなんですか?」

 

「まあ、きちんと検査すればな」 

 

 シャルロットはそう言うと、唇の周りに付いた肉の脂を舌で舐め取る。それが妙に艶めかしくて、悠はごくりと唾を呑んだ。

 

「―――シャルロット様、あまり生徒さんをからかってはいけませんよ」

 

 するとそこにマイカが現れ、箸で持っていたピーマンをシャルロットの口へ押し込んだ。

 

「も、もごっ、や、やめんかマイカ!わ、私もピーマンは苦手なのだ!」

 

「生徒さんの前で好き嫌いをしてはいけません。学園長がそんな事では、示しが付かないですから」

 

 ずっと肉ばかりを食べてきたツケと言わんばかりに、野菜を強引に食べさせられるシャルロット。

 

「ほれほれ、学園長、野菜だけの串もありますよぉ?」

 

「と、友よ! 裏切りおったな!?」

 

 大和も悪ノリとばかりに、野菜だけが刺さった串をシャルロットにチラつかせる。

 

 その様子を見て、皆が笑う。 

 

「あははははっ!!」

 

 ティアも、とても楽しそうに笑い声を上げていた。

 

 その声を聞きながら、悠は視線を防波堤の方へ向ける。

 

 実はバーベキューを始めると聞いた時に、穂乃花へ誘いのメールを送ってみたのだ。

 

 ブリュンヒルデ教室の面々しかいない場にいきなり来るのは、穂乃花も気後れするだろう。だが、シャルロット達も混じった今ならハードルは低い。

 

 ―――もし来てくれたら、皆に紹介しようと思っていたんだけどな。

 

 そう悠は思っていたが、穂乃花が現れる様子はない。

 

 実習中に起こしたという事故の事で忙しいのだろうか。もしくは、クラスメイトに怪我をさせた後で、賑やかな場に出るのは抵抗があるのかもしれない。 

 

 ―――変に困らせていたら悪いし、後でもう一度メールしておこう。

 

 悠は胸の内でそう決めた後、笑い声が満ちる輪の中に意識を戻したのだった―――。

 

 

 

 

 

―――おまけ―――

 

 

「ところで大和、お前、女性の水着姿ってダメなんじゃなかったのか?」

 

「何っ!?」

 

「んあ?」

 

 悠がふと訊ねる。それは前に大和が告白した事だ。シャルロットは驚愕し、大和は食べ物を口に頬張りながら悠の方へと見据える。

 

「友よ……そなたは人生の半分を損しているぞ! 何だ、水着姿がダメだとか! 初心(うぶ)にも程があるぞ!」

 

「ちょ、ちょっと学園長……」

 

 シャルロットが勿体無いとばかりに物申すと、熱くなりすぎだと悠が制止をかける。

 

 大和は食べ物を飲み込むと鼻で笑う。

 

「ふっ、その事か。それは万事解決。あるポケモンの力で、ただ水着姿を見ただけじゃどうって事はない!」

 

「ほう。では、ポロリはどうなのだ?」

 

「あっ……それはNGの方向で」

 

「ふむ……」

 

 シャルロットが何やら考え込む表情をすると、ふと立ち上がり、大和の背後へと移動する。

 

 そして―――ギュッ。

 

「ぶっほぅおぉぉぉ!?」

 

「学園長!? 大和ぉぉぉ!?」

 

 何と、後ろから抱き着いてきたのだ。大和は吐血し、悠は一気に驚愕。

 

「どうだ? この超絶美少女で完璧なスタイルの私に抱き締められて」

 

「シャ、シャル……卑怯だよ」

 

「卑怯? 卑怯も何もあるものか。そなたが動じぬというのなら、こうしてからかってやったのだが……まだまだだな」

 

 からかってこんな事をしたシャルロット。悠は恐るべしと感じた。

 

「そんな事では、誰とも付き合えぬぞ? それとも、そなたはホモなのか?」

 

「ホモじゃ、ないです」

 

「怪しいのお。どれ、少しばかり私に付き合え。そなたを矯正してやる」

 

「きょ、矯正?」

 

 シャルロットからの言葉に、何やら嫌な予感がすると大和は不安しかない感覚だった。

 

「私の秘蔵コレクションを見せてやる。どうだ? 悪くない提案だろう?」

 

「秘蔵、コレクション……?」

 

 今度は悠が困惑する。

 

「乙女のあーんな姿やこーんな姿が載っているものが沢山あるのだぞ? 彼奴にはそれを見てもらう必要があるのだからな」

 

「いや、ないです」

 

「そう遠慮するな。さあ大河大和。共に行くぞ、桃源郷へ!」

 

 そして、シャルロットは大和の手を引き、強制的に学園長室へと向かおうとする。

 

「ちょ、シャル、何言って」

 

「友はこれから同志になるのだ。互いに秘密を知りあった仲なのだからなぁ!」

 

「聞いて!?」

 

「今夜は寝かせぬぞ?」

 

「ファッ!? やめえええええ!!」

 

 その後、不意に現れたマイカによって、シャルロットの凶行は止められたとか何とか。

 




大和、元は北海道人説。
理由:北海道弁等を使っているから。

さて、次回はいよいよバトル回に移ります。どうぞ、お付き合い頂ければ幸いです!

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