「いいですか? あなたは隔離の身です。結果的に“白”のリヴァイアサンを討伐できましたが、身勝手な行動は困ります。行動を制限されている中でシャルロット様の意向を破る事も―――」
「……はい……」
場所は学園長室。リヴァイアサン討伐後、大和は深月に強制連行された。
それから待っていたのは、マイカの説教だった。大和は自分の行動に反省も後悔もしていなかったが、The☆土下座となると堪えるものがある。
何分か、何時間続いたのが分からないが、説教を長々と聴き続けている彼は、ただ「はい」としか言えなかった。
「全く。そなたは無茶ばかりするのう」
シャルロットからも呆れの声が飛んできた。
しかし、大和を説教していたマイカが今度はジト目でシャルロットに視線を向ける。
「シャルロット様もシャルロット様です。大河さんが学園長室から離脱してから、シャルロット様は呆れながらもあなたの行動を容認していましたから」
「え、そうなの?」
大和が『テレポート』で離脱したが、確かに止められる事なく行動できていた。
シャルロットが「うぐ……」と口に詰まる一方で、思わず大和は素で首を傾げながらシャルロットに訊ねる。
「……確かに私は、そなたの行動を止めなかった。それは事実だ。私も最初こそ止めようと考えた。だが、そなたは隔離されているとはいえ、全ての行動まで制限されている訳ではない」
それにとシャルロットは言葉を続ける。
「正直、竜伐隊だけではリヴァイアサンの侵攻を止められるか定かではなかった。今回、ニブルから異動したという男の“D”がいたであろう? 彼奴の協力もあって、奴を討伐できた」
行動が筒抜けだった事もあり、大和は唾を飲む。
「……オレ達の事を見ていたんすね」
「当然だ。そなたらの行く末を見ずに何が学園長か。……ただな、そなたよ。突然の話になるが、三年前にリヴァイアサンと交戦した事があるだろう?」
唐突ながらシャルロットが大和に問いかける。
「え? ああ、はい。そうだけど……」
戸惑いながらもそうだと答える大和。
「うむ。それで、三年前の奴と比べて、強さはどうだったのだ? 強かったか、弱かったか。それとも変わりないか」
それは、今回侵攻してきたリヴァイアサンが三年前と比べて、強さがどうなっていたかの質問だった。
「強かったと思う」
正直に述べる大和。撃退した三年前と比べて、攻撃力と防御力、体力も上がっていた。復讐鬼とでも言わんばかりに。
「そうか。私も確証がある訳ではないが、そなたが強かったと言うならやはりそうなのであろうな。奴は以前と比べてパワーアップしていた。もしそうなのだとすれば、ミッドガルが総力を上げても撃破するには至らなかったかもしれぬな」
「そう……なのかな」
「絶対ではないだろうが、その方が納得はできるな。そこで、そなたの活躍もあって、奴を撃破するのに貢献した。それは間違いあるまい」
何と、学園長であるシャルロットからのお誉めの言葉。彼の活躍もあってこそ勝利を掴む事ができたといっても過言ではない。
もし今までよりも強くなっていたリヴァイアサンとミッドガル側が相対した時に彼がいなかったのであれば……最悪の事態を招いていた可能性も否定できない。
「そ、そう?」
多少照れる大和に対し、シャルロットは「うむ」と肯定する。
「確かにそうですね。あなたの行動に目を瞑れば、最良な結果をもたらしたといえます」
マイカも同様に微笑みを浮かべながらそう告げた。
「全く、複雑なものよ。急にミッドガルに男が二人も来たと思えば、一人は唯一の男の“D”で、もう一人は自らの力のみで竜を打倒できる者とはな」
シャルロットが皮肉げに呆れながらも、笑みを浮かべていた。
「それで、だ。そなたの処遇についてだが……」
「う……」
突然ながら話が変わり、大和が今後どうなるかをシャルロットから言い伝えられた。
彼女の意向を破り、且つ自分勝手な行動をしたのだ。このまますんなり終わる訳がなく、大和は言葉に詰まってしまう。
「そなたは抜け出す前に『学園の平和を守りたい』と、言ったな」
シャルロットは真っ直ぐ大和を見据える。彼女の今伝えた言葉は、リヴァイアサンに攻撃を仕掛ける手前で、言い伝えたものだ。
「は、はい」
「それは、嘘ではないな?」
「はい、本当っす」
「それなら、今後も竜が侵攻してくるなど、似たような事態があれば対処する事は可能か?」
シャルロットが次々と大和に訊ねてくる意図が分からず仕舞いだったが、それでも心構えを整えた。
「はい。オレがちょっとでも力になれればと。この力をもって対処しようと思います」
「立派な心意気だな。よかろう」
納得の表情を浮かべたシャルロット。大和が何でそんな事を言ったのか訊ねようとしたが、すぐさま出たシャルロットの言葉にその考えは霧散された。
「では、そなたの処遇を言い渡す」
「!」
今のは面接だったのか? そんな考えが頭によぎる―――。
「罰として、このミッドガルに学生として留まる事だ」
「……………………え?」
言い渡された言葉に理解できず。大和は間抜けな声を漏らす。
ミッドガルに留まる? 学生として? どうして? なんで? くぁwせdrftgyふじこlp―――?
「もちろん拒否権はないぞ。これはそなたの処遇なのだからな」
「待って待って学園長待って」
混乱していた大和だったが、シャルロットの言葉で我に返った彼が慌てて声をかける。
「どうした?」
「どうしたも何も、オレ、学園長室に隔離されてるんすよね? そんなオレが一学生になっていいんすか?」
「勿論だ。これも学園側が決めた事。そなたの行い、働き、そして貢献した事を見て判断した事だ。いわば昇格と捉えても良い」
学園側で判断し、審議の結果で決定した事。それが大和の正式な学生としての立場になった。
「それに、強くなったであろう白の竜に自ら立ち向かい、攻撃し、ミッドガル側に手数をかけなかった。さらに言えば、今までの行いで此方に被害が出さなかった事が挙げられる」
要は、パワーが上がったリヴァイアサンをミッドガル側に対処させず、尻拭いのように彼自身が躍起になって戦った事。
彼がミッドガルにやってきた時から今まで、一切被害を出していなかった事。攻撃などで学園を巻き込まなかった事。
その事が評価されたのだ。まさか自分の行いが、良い方向に回ってくるとは考えもしなかったが。
「そなたは本当によくやってくれた。一人の“D”を同種の竜にさせなかった事を大いに評価している。ここまで私に言わしめた事はないぞ。そうだろう、マイカ?」
「はい」
シャルロットの絶賛にマイカもその事を承諾しており、頷いた。
「はあ……」
「それにそなたも学園生活を謳歌したいだろう?」
「まあ、それは……」
頷く大和。精神年齢はアレだが、学生として過ごすには楽しいのではという期待もあった。
「なら尚更良い。学生の身になったからには、敷地内とはいえ外出も可能だ。だが、ミッドガルを勝手に抜け出すのは許さぬぞ。そうなれば、隔離より酷い目に遭わせるからな」
「わ、分かりました」
「分かったのなら良い。そなたを一学生として認めよう。それで良いか?」
「はい! ありがとうございます!」
実際のところ、動けないのが苦であった大和。その事を解消されたのかシャルロットに大きく礼を言った。
「うむ、良い返事だ」
こうして、学園長直々の判断によって、大和は正式にミッドガルに居られるようになったのだった。
「だがなぁ……」
「? 他に何か?」
大和が入学されるに当たり、そこへシャルロットが苦渋の表情をする。
「友が学生になった以上、清らかな乙女達と共にいられる訳だろう? 私はそこが憎い! そうだ! 一層の事、私も一学生として乙女達とムフフな関係を築いて―――」
「シャルロット様はご自重下さい」
大和が学生になる以上、自分も学生になってやろうという暴挙をしようとしたシャルロットだが、マイカに頭を拳でグリグリされた。
「ぐああああ!! や、やめろマイカ! 私は友と行くのだ!」
じたばたするシャルロット。
「済みません大河さん。シャルロット様がいつもの調子で」
「たはは……」
最早いつもの光景。リヴァイアサン侵攻時以降から見せていた真剣な面持ちはどこ吹く風といったようで、大和ははしゃぐ子供を制しているという様子に見えていた。
「あっそうだ」
そこへ、大和が何かを思いついたように切り出す。同時にシャルロットはマイカにグーで頭を押さえつけられながらキョトンとした表情を見せる。
「む?」
「学生になるという事は、学園長室から離れなきゃなんないんすよね? なら、前みたく二人で遊ぶって事もできなくなるんじゃ……」
そう。以前よくシャルロットと遊んでいた大和は、その事を懸念していた。つまり遊ぶ機会がなくなると。
しかしその事を聞いたシャルロットはフッと笑う。
「何だ、その事か。そなたは私との仲ではないか。出入りも気軽にして良いのだぞ」
「ですが程々にして下さいね」
「そこはいいだろうマイカ! 乙女の話はあまり反りが合わなかったが、遊戯をしたのは有意義だった。友よ、またいつでも遊びに来て良いのだぞ」
「学園長室は仕事場ですがね」
何はともあれ、出入りが基本自由という訳ではないが、立ち入っても良いと聞いた大和は安堵する。
「二人は相変わらずなんですねぇ」
そして、思わずいつも通りの二人を見て笑う大和なのであった。
◇
「いーつつ……肩こリーです……」
『お疲れ様です、マスター』
大和は学園長の私室でベッドに座り、寛いでいた。
日にちはリヴァイアサンを倒した翌日となり、リヴァイアサンを討伐した次の日、大和は晴れてミッドガルに学生として過ごす事になった。
リヴァイアサンとの戦いに協力してくれた事、大切な仲間―――もとい、ブリュンヒルデ教室に所属するイリスの救出に尽力、助力してくれた事が高い評価となった。
それから、大和はミッドガルの一員として過ごすのは決定したのだが、マイカから書類の提出を求められ、何部書いた事か。
一般教養の科目勉強や、お堅い書類の記入が苦手である彼にとっては別の意味で精神的に参ってしまい、体中が悲鳴を上げそうになるような錯覚に陥る。
本来であれば“D”しかいられないミッドガルだが、この学園にちゃんと入学させてくれる辺りこれぐらい安いもんだと決めつけた。
そして、今は手続きが済むまで待っているという事である。最も、手続きはすぐに済むとは思われるが。
大方、昨日の話からシャルロットの自室からはこの日をもって最後になるのは決定していた。
「けど今回はホントに色々あったな。銀髪の子可哀想ってなったり、リヴァイアサン倒したり、悠の中にユグドラシルがいたと分かったり、後は―――」
―――“この力を知っている”。
「ッ……。なぁリム、オレが破壊光線ぶっぱしてた時、聞こえてきたのって……」
大和は今一度、リヴァイアサン討伐直前に頭の中に響いてきた声を、リムに問いかける。
『はい、マスターが思っている通り、リヴァイアサンの声になりますね』
「マジかよ……」
その答えを聞いた大和はがっくりと項垂れる。
だとしても何故? 漫画やラノベなら頭の中に声が聞こえて、相手の力を受け継ぐという……厨二臭いけど胸熱ものだと、大和は思った。
「何かの伏線……?」
『無いですね』
もしやと感じた大和だったが、ズバッとリムが切り捨てた。
「はっきり言うなし。そういう展開だったら燃えるだろ」
『そうだとしても、可能性や信憑性は薄いです。リヴァイアサンの特性、
結果論で述べるリムだが、大和はリムの最後の言葉を聞き逃さなかった。
「“今のところ”は、だろ? もしかしたら使えっかもしんないって」
『……とりあえず、現状では使えないって事を覚えておいて下さい』
「うーっす」
いつかはドラゴンの権能を使えるかもしれないと、大和は信じていたため、頭の中に留めておいた。
『それと、あの時マスターは“本気”と称してリヴァイアサンを倒しましたが、あれは本気ではありませんでしたよ』
「へ?」
あの時―――大和がギラティナの翼を生やして展開し、三つの赤い棘が横並びに生え、大和の眼が僅かながら赤く染まるという、これを大和は“本気”の形態だと称していた。
しかしその“本気”をリムは否定したとは、一体どういう事なのか。
『確かに力が上昇したのは分かりますが、あれは全くもって“本気”ではなく、普段の実力の半分程度……五十パーセントというところでしょうか』
「ファッ!?」
『それ程しか力が発揮されていないというのが見受けられました。仮にもマスターが、リヴァイアサンの声を頭で聞いた時に、それ以上の力を感じました』
「…………」
大和はそういえば何となく、そんな事があったような? と思考に耽る。
確かに無意識ながら、リヴァイアサンの声を頭の中で捉えた瞬間、不気味に思ったのか定かではないが、破壊光線の威力を強めた。
―――では本当に、自分は本気と言いながら本当の“本気”になっていなかったのか。
『ですが無理もないかと。普段出し慣れていない程強大な力を、抑えていた影響があったからかもしれません。下手をすれば都市は愚か、国以上を破壊出来る程の力をマスターは秘めているのですから』
「……なるほどね」
既に人間の力の範疇を超え、一人でドラゴンと同等以上の戦闘を出来る彼にとって、普段は力を抑えているが、ここ大一番で力を半分しか発揮出来なかった。
それも、自分が未熟である故だが、普通そう上手くは可能ではない。
それでもここまで可能にしたのは、メタグロスの四つのスーパーコンピュータ以上の知能のお陰というのもある。
それが無ければ、上手く抑えるのは不可能に等しい。
「むう、じゃああの時、無意識に力抑えてたって事か」
『そういう事になりますね』
「そーかい。あれでも力解放してたのになー。どげんかせんといかん」
『マスター、その事なのですが……』
若干ながら本気を出せてないと罪悪感を感じていた大和だったが、リムが提案を挙げる。
「何だぁ?」
『今後、マスターが実力の本気を出す時、私も助力します』
「助力?」
『はい。私も協力して、マスターのフルパワーを発揮させる手助けという事です』
要は、単に大和の“本気”の形態を百パーセント発揮させるという事である。
「なるほど! そりゃ良い案だ。だけどどうやってやんすか?」
『その事に関しては後々話します。マスターもお疲れでしょう』
「……確かに書類書いてたせいで疲れがまだ抜けてねぇ。また後で聞くわ。ありがとなリム」
『いえ。これも主人にお仕えするデバイスの務めですから』
「堅いねぇ」
大和はリムの言葉に素直に笑う。リムの素性は三年前から把握しているので、特に追求はしなかった。
◇
『―――ごくろうだったね、物部少尉。やはり君を信じて良かったよ。先走った者達を君が止めてくれたお陰で、中途半端に問題を先送りする事なく“白”のリヴァイアサンを倒す事ができた。本当にありがとう』
時は同じく、場所は深月の宿舎にある悠の私室。
ノート型端末の画面に映ったロキ・ヨツンハイム少佐が、爽やかな浮かべて言った。
昨日の戦いで悠の活躍が目立ったが、戦いで疲れていたのか、夕方まで寝ていてしまった。
それから深月との夕食後、のんびりしていたところに、突然ロキ少佐から通信が入ってきていた。
「はい……ありがとうございます」
彼にどの口が言うかという文句や、竜を止めたのは自分だけではないと思いながらも、悠はぐっと口を
ミッドガルにスレイプニルを派遣したニブルの幹部は、ロキ少佐と利害が対立する相手かも知れない。今回の件は表沙汰にならなかったが、責任を取らされて失脚した可能性もある。
悠が想像している通りなら、今回交戦したスレイプニルは本物の部隊が出てこなかったと確信を持てていた。
『私は結果が全てだと考えている。過程がどうであれ、結果が最善に近いものならば、君の取った行動は正しい。君が正しく居続ける限り、私は君を信じ、評価しよう。何か欲しいものがあるなら言いたまえ。どんなものでも用意するよ』
「いえ……今は特に。少し、考えておきます」
『そうか、何か思いついたら教えてくれ。だが間もなく
「…………」
ロキ少佐が言う竜に匹敵する少年。それは十中八九大和の事だ。彼とディアルガの奮闘は目に焼き付いており、三年前の彼とレックウザとの共闘がフラッシュバックした。
目の前の男は、どうも大和に固執しているらしく、悠が何処か危険な香りがしたと思ったのは気のせいだろうか。
『まあいい。その話はまたいずれにしよう。それでは今後ともよろしく頼むよ―――私の“
心をざわめかせる言葉と共に通話が切れる。
できれば二度と顔も見たくないが、そういう訳にもいかないのだろう。
悠は重い息を吐いてベッドに横たわろうとする。その時、端末の画面にメール着信のアイコンが表示された。
「…………」
内容を確認し、彼は立ち上がる。
外へ出ていかなければならなくなったが、門限は近い。深月に直接断ってから出かけようと思い、悠は部屋を出て二階への階段を上った。
普段悠が居住まいとなる深月個人の巨大な宿舎で、ここで悠と深月は食道で朝食と夕食を済ませている。
流石に不審な行動は許可されていないが、現状悠はそのような行動は取っていないので、深月は承知している。
深月が主に使っているという部屋の扉を開いた。
「深月、いるかー?」
「……鍵をかけていなかった私も無用心でしたが、兄さんも入るならノックぐらいしてください」
「いいじゃないか、別に。俺達は“兄妹”なんだから、そんな気を遣わなくてもいいだろ?」
「……え?」
酷く驚いた顔で、悠を見る深月。
「ん? 何か俺、おかしな事を言ったか?」
「いえ……別に。ただ、何となくいつもの兄さんらしくないような気がして……」
「そうか? ずっとこんなもんだったと思うけどな。ああ、深月―――俺、これから少し出かけてくるから」
「構いませんが、門限は八時ですからね?」
「わかってるよ」
深月が最後まで、何処か戸惑った表情をしていたが、悠が特に思い当たるところがなく、首を捻りながらも宿舎を出ていく。
悠が頭上を見上げると、満天の星が夜空に広がり、その光景に釘付けとなっていた。
と思っていた時、門の辺りで動く影が目に留まる。
「何だ……?」
眉を寄せて近づくと、言い争うような囁き声が聞こえてきた。
「……ちょ、ちょっと押さないでくださいませんか? ここにいるのがバレてしまいますわ!」
「……別に隠れる必要、ないと思う」
そっと門の外を覗き込むと、そこには押し合いへし合いしている悠のクラスメイト達の姿があった。
リーザ、フィリル、レン、アリエラの四人。本日の授業は全て休講なのだが、皆制服を着ている。
「もしかして、深月に何か用か?」
学園や生徒会関係の用件かと思い、悠は声を掛ける。
「ち、違います! た、単なる偶然ですわ! 皆さんとちょっと夜の散歩をしていて、近くを通りがかっただけです! それだけですからね!」
埃を払いながら立ったリーザはやけに慌てた様子で悠を睨む。
「……違う。私達、あなたの様子を見に来た。リーザが行こうって、皆を誘ったの」
フィリルが静かにリーザの言葉を訂正した。
「俺の……?」
驚いた悠は確認するようにリーザを見るが、彼女は顔を赤くしてそっぽを向いた。
「ん」
そんな様子に悠が苦笑いを浮かべていると、レンが悠の服を引っ張って、端末の画面を突き付ける。
『深月ちゃんから、お前がなかなか起きないと連絡があった』
「あ、ああ……昨日は疲れてたからな」
自分の生成量を超えるものを変換した疲労は相当なものだったのか、目覚めたのは結局夕食前。
だが今の話だと、深月はもっと前から悠を起こそうとしていたようだ。それでも目覚めないので、皆に相談したのだろう。
彼の返事を聞いたレンはもう一度端末に文字を打ち込み、悠に見せる。
『無駄に元気そう。お見舞いに来て損をした』
「……そんなに心配してくれてたのか。ありがとな」
ポンと、レンの頭に手を置いて礼を言う。
「ふぁっ!?」
だがレンは顔を真っ赤にして悠の手を振り払い、アリエラの後ろに隠れてしまった。
「―――やっぱりキミは軽薄だな。女の子の頭を軽々しく触っちゃいけない」
アリエラが溜息を吐いて言う。
「悪い。ちょうどいい高さにあったから、つい」
「つい、ね……まあレンも別に怒ってないようだから、今回は見逃してあげるよ」
「……怒ってないのか?」
アリエラの後ろで頬を膨らませてるレンを見ながら問い掛ける。
「これは恥ずかしがってるだけだ。怒った時は噛み付くよ。気を付ける事だね」
「……分かった。十分に注意する」
悠が神妙な顔で頷くと、リーザが口を挟んでくる。
「モノノベ・ユウ! 偶然会ったのだから、ついでに聞いておきたい事があります!」
「……まだ偶然って言い張るんだ」
フィリルがぼそりとツッコむが、リーザは構わず言葉を続けた。
「昨日、黒い光でリヴァイアサンの動きを止めて、二つの光線で貫いたのはあなたという噂があるのですが……それは本当ですの?」
「あー……うん。まあ、そうだけど。だが、それは俺だけじゃない。もう一人いる」
噂という言い方から考えると、悠と大和がした事が公表されてはいないのだろう。
だから本当の事を言うのは不味いと思った悠だが、リーザの問いに嘘を吐くのは躊躇われた。
「もう一人、ですか?」
「ああ。ミッドガルに隔離された人間がいるって話聞いているか?」
悠は正直に述べていくと、今度はアリエラが納得したように言った。
「ああ。“D”でも何でもないのに“白”のリヴァイアサンを一人で圧倒したっていう人間がいるじゃないか」
「……うん。実際、私も昨日見たものは見た事がない強い力を感じた」
「ん」
フィリルとレンも同じ考えだったらしく、頷き合う。
「そうでしたのね……。ですが隔離されているのでしたら何故あの場に?」
「え? そ、それは……何だろうな」
学園長室を強行突破で飛び出してきたのは、深月には伝わっているが悠はそうではなかった。
「まあいいですわ。どちらにせよ噂は本当でしたのね……ならば、仕方ありませんわ」
腕を組み、深々と嘆息するリーザ。
「仕方ない?」
「ええ、わたくし達の家族を救った功績は、きちんと評価しなくてはいけません。なので今からあなたを、“クラスメイト見習い”に格上げしますわ!」
リーザは悠に向けて指差し、そんな事を宣言した。
「格上げって……待て、今までは何だったんだ?」
「それは勿論、ただの部外者ですわ」
当然だという顔で、言い切られ、悠は肩を落とす。
「まあ……それよりはマシだけど、まだクラスメイトにはなれないんだな」
「当然ですわ。そう簡単になれると思ったら大間違いです。せいぜい努力してくださいな。……そうでしたわ、それともう一つ」
そう言ったリーザだが、何かを思いついた表情になる。
「何だ?」
「これも噂ですが、その一人で竜を圧倒したという人間が、わたくし達のクラスに来るという話ですわ」
「なっ……」
悠は絶句する。自分達のクラスに大和が来ると?
「噂に過ぎませんが……わたくしは、その方がどなたかは知りませんし、ましてや“D”でもない人間。そんな男性が紛れているなどわたくしは認めません」
リーザは腕を組みながら否定的な意見を淡々と述べる。
「ですが、そんな彼もあなたと同じく、わたくし達の家族を救った事に違いはありません。もし、本当にクラスに来た時は、多少ながら歓迎ぐらいは……してあげない事もないですわ」
「……素直じゃない」
言葉に詰まりながら言うリーザに、フィリルが呟いた。
「つまり、反対はしてない、って事だな?」
「ええ、不本意ながら」
「ボクもどっちかと言われれば賛成の方だな。その力を是非見てみたいし」
「……私も」
「ん」
リーザが嘆息しながら言うと、それに乗るかのようにアリエラ、フィリルも言い、レンも頷いた。
言いたい事は以上のようで、リーザはフィリル達の方へ顔を向ける。
「さあ皆さん、もう帰りますわよ。早く戻らないと寮長さんに怒られてしまいますわ」
「うん……それじゃあ、また明日」
ぺこりと頭を下げるフィリル。
レンはぷいと顔を背け、アリエラは小さく手を振って歩き去った。
認められるというのは、悪い気分ではない。彼は自然と心が軽くなっているのを感じた。
四人の後ろ姿を見送った後、悠は彼女達とは逆方向に足を動かしたのだった。
向かったのは砂浜。初めて“彼女”と出会った場所でもある。
悠を呼び出した銀髪の少女は、波打ち際で足を海水に浸していた。
防波堤から少女のところまで、ずっと足跡が続いている。
「―――イリス」
「モノノベ……呼び出してごめんね。でも、来てくれてありがとっ」
悠は少女―――イリスよりも大きな歩幅で砂浜を歩き、声をかけたのだった。
やっと一巻が終わる!