「この……化け物がっ!」
迷彩服に防弾ベスト、ヘルメットにマスク姿と武装した男の一人が倒れていた。
男の視線の先には、対人兵装―――AT・ネルガルという
悠が時計塔の司令室に呼ばれてすぐ、イリスと向かい遥と話し合っていたところ、遥に急な呼び出しをくらい、五分程度で戻ってきた。
その表情は、何処か含みのある顔で、汗も滲んでいたのが気がかりで、内容も気になったが目的が最優先事項なので、割愛した。
そこから話は戻り、どうやら遥の話によるとニブルが竜紋変色したイリスの処分目的のために上陸したという事。
遥も決して最善の判断ではないとはいえ、悠は逆にこの状況を好機と見たのか、自分が片を付けると言わんばかりに行動に出た。
軍を追い払うという名目上、奴等を迎え討つ―――と言い、悠はイリスを連れた方が安全だと言い、軍の侵入経路に向かった。
リヴァイアサンの攻撃で、
熱帯植物が広がる開けた空間に出た悠は、ニブルが“D”との交戦を想定した特殊部隊―――スレイプニルと交戦。
しかし、悠が恐怖という感情を何らかの理由で失っており、故に相手が武装していようと怖くない、寧ろ戦場として考えられた。
そして、怪我すらもなかった悠は難なくスレイプニルを圧倒した。
そこから現在に至る―――という訳である。
うつ伏せに地面に倒れながらも、男は毒づく。
「おいおい、かつての隊長に向かって酷い言い草だな……って、ん? お前……誰だ?」
マスクで顔は隠れているため分からないが、悠がかつてスレイプニルの隊長だったためその声がスレイプニルの誰のものでもなかった。
「お、お前こそ一体何なんだ! 何が目的だ!」
その男は悠を知らないときた。よく考えればあまりに手応えがなかった。
改めて見ると、装備も違った。スレイプニル専用の銃が支給されているはずが、この者達の装備に見当たらなかった。
ロキ・ヨツンハイム少佐とは別口だったのか。他の誰かを俊したのだろうか。
何にせよ、悠が撃破できたのは彼の言葉を引き受けたのが功を制した。
「―――いいのか? 戦闘を続ければ、また部隊に負傷者が出るぞ? 今のところ行動不能にしたのは四人。無事なのも四人。仲間を連れて撤退するなら、今が限界のはずだ。それに、これ以上動けない者が出ると、誰かを置いていく事になる。生きていようが、死んでいようが、証拠は残る。ミッドガルはニブルの行動を邪魔しない事にしただけだ。正式に上陸を許可した訳じゃない。今回の件が表沙汰になってもいいのか?」
「くっ……」
男は悠を睨みながらも手で何か合図を送った。
ガサガサと薮が揺れ、現れた男達が仲間を抱える。他の場からも男が仲間を背負って現れた。
「―――撤退だ」
悠の前に立つ男は短く告げると、自分も仲間に手を貸して森の中へ消えていった。
気配が遠のくまで、彼は警戒を解かずに待つ。
波の音に混じって、微かなエンジン音が聞こえた。ボートか何かで脱出したのだろう。
「ふぅ……」
悠は息を吐き、体から力を抜いた。戦闘態勢を解き、束の間目覚めた“
「イリス。もう大丈夫だぞ!」
呼びかけると、地下通路の入口からぴょこんとイリスが顔を出した。
「よ、良かった……モノノベ、生きてた……」
目に涙を浮かべて、イリスは駆け寄ってくる。
「大丈夫だって言っただろ?」
「で、でも……バンバン銃声が鳴ってて……あたし怖くて顔を出せなくて……モノノベが撃たれてるんじゃないかって想像したら……あたし、あたし―――」
じわっと大粒の涙が目から零れる。
「モノノベ……死んじゃヤだよ? 絶対、ヤだよ?」
「あのなあ、今は自分の命を心配しろって。ニブルの横槍は防げたけど、リヴァイアサンを止められなかったら俺がイリスを殺すんだぞ?」
「うん……分かってる。それはいいの。不思議なんだけど……それは、怖くないの」
イリスはそう言って涙を拭く。
「モノノベ、後はリヴァイアサンとの戦いを見守ってればいいだけなんだよね? じゃあシェルターに戻ろうよ」
「―――いや、戻っても無駄だ」
「え、どうして?」
首を傾げるイリス。
「リヴァイアサンの能力を見ただろ? どれだけ地下深くに隠れていても、接近されれば上にある地面は簡単に押しのけられる。ほんの少しだけ最後の時間を延ばすだけだ。それよりは多少タイムリミットが短くなっても、やれるだけの事はやりたい」
悠はイリスの手を取り、広場から続く細い道に向かう。波の音が近くなり、すぐに視界が開けた。
そこは高い崖の上。空と海が見渡せる。水平線近くには環状多重防衛機構のレーザーユニットが並んでいるが、リヴァイアサンの一撃で大半が崩壊していた。
「また見えないけど、あの向こうにリヴァイアサンがいる。もし最終防衛ラインが越えられたら、俺達で迎え撃とう」
「ええっ!? あたし達だけで? そんなの無理だよ……」
「いや、今まで見た限り、リヴァイアサンに有効なのはイリスの攻撃だ」
「あたし……の?」
「そうだ。イリスは狙った場所に
相手の体内で爆発を起こせればもっと良いが、物質変換前の上位元素はとても不安定な代物で、生成者以外の物質に触れると消滅してしまう。
上位元素のままでは大気中の窒素や酸素ですら少しづつ削られていく程脆いためだ。
故に、体内に上位元素を送り込んでも攻撃は不可能といっても過言ではない。
「リヴァイアサンと……あたしが戦う……」
「ああ、思いっきりやってやればいい。俺も―――できる限りの事はする」
二人が意気込んでいた時だった。イリスの竜紋が再び強く輝き始めたのは。
「っ……!?」
「なっ……竜紋がまた!?」
悠が驚くと同時にイリスが脇腹を押さえる。
瞬間、防衛ラインの遠くから―――衝撃音が響いた。
それは、風となって彼らの元へ届く。
「っ!!」
悠が反射的にイリスを守る。一瞬強い風が吹き渡ったが、長い間でもなく、すぐに収まった。
「はあ……はぁ……」
「イリス大丈夫か?」
「う、うん大丈夫……」
悠はイリスの安否を確認する。安堵すると同時にイリスの竜紋も輝いていたが、先程よりも弱くなっていた。
「何だったんだ、今の?」
「さあ……?」
周囲が再び静寂に包まれる。しかし、そこへ空気を切り裂く音と共に何かが飛んできた。―――緑色の球体が。
だが、それが宙を舞っているうちに緑色の球体が解け、人の輪郭が現わになる。
そして、その者が二人の後方へと落下してきたのだった。
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