時は遡り、時計塔作戦司令室に呼ばれた悠はイリスの手を取って廊下を走る。
とにかく状況をしなければと、悠の中で使命感ができる。
「モノノベ、ちゃんと説明してよ!」
「時間がない。いいから俺について来い!」
焦る悠が強く叫ぶ。
「……はい」
敬語で頷くイリス。
その際に何故か頬を赤くしていたイリスだったが、悠は気にしている余裕がなく、寧ろ急に物分かりが良くなったイリスを連れて、悠は時計塔に辿り着く。
何故真っ先に時計塔に向かったというと、今、この建物の役割が竜伐隊の司令部として機能していると悠が既に把握している。
司令室前のパネルに手を翳す。こういった場所に立ち入る権限ははないためか、自動で扉は開かない。だが代わりに遥の声が聞こえてきた。
『―――物部悠か』
「はい、呼ばれたので来ました」
『私が呼んだのは君だけだ。どうして彼女も連れてきた?』
どうやら、悠がイリスをシェルターから連れ出した事はもうバレていたらしい。
「イリスを一人で残すのは危険だと思ったので」
『…………』
沈黙が返ってくる。彼の感は当たっていた。
「―――話があります、篠宮先生。外へ出て来てもらえませんか?」
呼びかけてしばらく待つと、司令室の扉が開いて遥が現れた。寝ていないのか、目の下に隈ができている。
「時間がない。手短に頼む」
遥は腕組みをして、悠と、その隣にいるイリスを見た。
「イリス、ちょっとの間だけ耳を塞いでいてくれ」
「え、何で?」
きょとんとするイリスに、彼は真剣な表情で言う。
「多分、聞かない方がいい事だからだ」
「……分かった」
素直に両耳を手で押さえるイリス。それを確認して、悠は遥と視線を合わせた。
「率直にお訊ねします。篠宮先生は、ニブルからの要請を受け入れましたね?」
「……何の事だ?」
一拍間を置いて、遥は問い返してきた。
「大方、最悪の事態に備えて部隊を投入すると一方的に通告されたんでしょう。篠宮先生は止められないと判断し、余計な犠牲を出さないため俺をイリスから遠ざけようとした……違いますか?」
「―――どうやら、誤魔化しても無駄なようだな」
遥は厳しい顔つきで首を振り、言葉を続ける。
「確かに……私はニブルの行動を阻まない事にした。しかし要求を丸呑みしてはいない。最終防衛ラインを突破されるまでは手を出すなと、条件をつけた。完全に突っぱねれば、奴らは強硬手段に出る。そうなれば対人訓練をしていない我々に勝ち目はない。これがギリギリの妥協点だった」
硬い声で遥は事情を語った。
「いざという時は、ニブルに手を汚させるつもりなんですね」
「……誰かがやらねばならないなら、それも選択肢の一つだ。もう……物部深月に十字架を背負わせたくは―――」
眼差しを伏せ、翳りのある表情で頷く遥。その声音には、酷く重い何かが含まれていた。
そして、言葉を続けようとした時に、司令室の方から、声が響いた。
『篠宮先生、大変です!』
「―――ッ。済まない、物部悠、一旦席を外す。その場で待機していてくれ」
「……分かりました」
悠は何か急な用事あるいは、何か緊急の内容が入ったのだろうと思い、彼はその場で待つ事にした。
遥が司令室に趣き、僅かだか苛立ちを含めた声を上げる。
「一体どうした、急に呼び出して―――」
「つい先程ですが、ミッドガル最終防衛ラインから生命反応を確認して、それが今リヴァイアサンと交戦中の竜伐隊の場所へ向かっています!」
「何……!?」
遥はオペレーターの女性からそんな言葉を告げられ、驚愕の表情をする。
見ると、司令室の大きなモニターに映し出されている、扇状に広がる第一次から最終防衛ラインのマークと、リヴァイアサンと思われる三角のマークが表示されている。
その中に、崩壊した防衛ラインの間から一直線上に向かっていく小さく丸い点が窺えた。
「目標地点まで、残り約十秒もありません!」
「何だと……!?」
しかもその点は、れっきとした生命反応が検出され、船舶でも航空機でもない事が分かる。
それなのに、ただの生命体だけでは、あり得ない速度を出していた。
「映像は!?」
「駄目です! 速度が早すぎて捉えきれません!」
防衛ラインが破壊され、ニブルの要求に困っている際に、今度は生物が出すにはあり得ない速度で向かう物体。更に、映像で映すには不可能な速度だった。
しかしそこで、遥は思い当たる節を浮かべた。それは、悠がミッドガルに異動になった時と同時期。
遥はそこで、“D”ともドラゴンとも違う、第三勢力のような者達を窺えた。
もしかしたら、とその予想に耽っていると、オペレーターの女性が声を上げる。
「こちら作戦司令室、竜伐隊に緊急連絡! 交戦中のリヴァイアサンの場へ謎の飛行物体が高速で接近中!」
『え―――』
『それは、航空機じゃありませんの?』
「その物体は船舶でも航空機でもありません! 凄まじい速さです! もう間もなく第二次防衛ライン付近に到達します!」
オペレーターと竜伐隊とのやり取りをしているのを耳にし、我に返る。どうやら、不測の事態が連発して、上手く頭が回っていないようだったらしい。
何処か嘲笑するような笑みを浮かべた遥は、切り替えるように画面を注視した。
「目標反応、リヴァイアサンに到達! これは……!? その目標がリヴァイアサンに接触直後、リヴァイアサンを後退させました!?」
―――どうやら、思い当たる人物は、とことん驚きばかりを繰り出してくるらしい。
◇
そして時は戻り、今に至る……。
強烈な拳で斥力場ごとリヴァイアサンを吹き飛ばした後、その余波で海を割り、更にはリヴァイアサン後方数百メートル先まで、拳圧で海の水飛沫が飛んだ。
巨体の竜に物理攻撃を行うなど竜伐隊には存在しない。というか、そんな事をすれば何が起こるか分かったものではない。
繰り出した拳は赤みを帯び、煙が出ている。その一連の動作を行った人物とは―――。
深月は目の前の人物を存じている。あのボロボロの翼を生やしており、尚且つ先日、学園長の私室で面会した少年。
間違いない。あれは、二体のドラゴンを圧倒した記録を持つ、携帯召喚獣の使役者でありその能力者―――大河大和である。
「はぁあああ……」
溜め息を漏らす大和。最早その息は、獣が出すソレだ。
一方リヴァイアサンは斥力場の恩恵か、怯んだが大きなダメージとは至らなかった。
しかし、特性“型破り”を使用していなかったにも関わらず、超強力な『気合パンチ』で吹き飛ばし、且つダメージも与えるという時点で、人間の域を超えていた。
逸脱した人外級のパワーを大いに見せつけた大和。竜伐隊は彼の所業に目を丸くし呆然としていた。
『ウォォォォォォォォォォォン!!』
リヴァイアサンが先の攻撃の影響か怒りの咆哮を上げた。その甲高い声で、彼女達は我に返る。
「や、大和さん! どうしてこの場に!?」
同じく意識を戻した深月が彼にそんな言葉を述べる。
しかし、未だ平静を保てていなかったのか、焦ったような口調だ。
「―――あぁ?」
「ッ!?」
彼女の声で振り返る大和だが、その目は赤く染まっており、その目の奥から憤怒に染まったような威圧感もあった。
深月は戦慄し、震え上がる感覚を覚える。
「って、何だ深月殿か。オレが来た理由だぁ? ンなの決まってるダルルォ?」
空中を羽ばたいていた大和が、今一度リヴァイアサンに視線を向ける。
「奴をぶっ倒すためだよぉぉぉぉぉ!!」
そして、白の竜に向けて勢いよく向かっていった。
「ギガインパクト!!」
彼の体が白いオーラに纏わるが、ゆらゆらと揺れる先程のとは違い、守っているかの如く体全体を覆うエネルギーだった。
それがリヴァイアサンに直撃した瞬間、大型トラックが激突したような音を何倍も強くした鈍音が響き渡った。
次いで、衝撃の反動で再び海が水飛沫となって裂かれ、竜伐隊の場にもその衝撃が暴風となって届いた。
聞き難い音、強烈な衝撃、防風を巻き起こすなど、災害染みたそのタックルの名は『ギガインパクト』。
本来その技は、攻撃の反動で動けなくなる技だが、大和は三年間もの特訓をし、反動なしで動けるようになっていた。
ウォォォォォォォォォォン―――!?
流石に効いたのか、大きく仰け反ったリヴァイアサンは高い咆哮を上げる。その影響か、その間に斥力場が消え失せていた。
だが大和は反動なしで動ける。その隙を狙い、彼はリヴァイアサンに肉薄する。
「爆裂パンチ! あーんどメガトンパンチ!!」
右手に赤い渾身の力、左手に白い物凄い力を込めた両拳を放った。
突き放った両パンチは、体の内側に斥力場があってもものともせず、強烈な大打撃を与える。
強い衝撃が響き渡った。体が大きく凹み、確実にダメージを与えた一撃。
だがその瞬間、リヴァイアサンが大きく口を開ける。
「む?」
どうやら噛み砕くつもりだ。が、大和はそれを見上げるだけ。
そして―――瞬く間に喰われた。
『ッ!!』
竜伐隊は彼の攻撃に巻き込まれないよう、同時に此方の攻撃が当たらないよう無意識に配慮し、傍観に徹していたが、ガキンという鋭い刃物を合わせた音が響き渡り、驚愕。
体に触れられるあれだけの距離にいたのだ。無理もない。目障りで喰ってやろうかと思いだったためか、生物の本能的な行為か。
どちらにせよ、これで障害物は潰えた。竜伐隊が何処か悔しそうにしている中で、リヴァイアサンは咀嚼して飲み込もうとした―――。
―――が、口が動かない。というより、口の中に物体があるので、普通“食べ物”としての扱いのはずが、それを砕こうとしても歯が動かない。
まるで封じられているような―――そんな事をよぎる前に、今度はなんと徐々に口が開いていく。
これは自分の意思で開けている訳ではない。自分がしようとしていた事はその逆の事。
段々と開いていく口の中に、奴はいた。
「ブハッ! お前口ん中くっせぇなオイ! ちゃんと歯ぁ磨いてるか? いや無理か。それよか海で洗浄でもしないのかって思うわ」
竜の顎を片手で押さえながら、心底嫌そうにしていた大和が押しのけていた。
彼は淡々と嫌味を言っているが、大和以外の人物は唖然としていた。それもそのはずだ。喰われたのかと思っていれば平気そうにしていたり、何故か竜の口内が臭いって話をしていたりと。
仰天ばかりの行為にもう何でもありかと遠い目をする者もいた。
「デカいブ〇スケア噛んどけよって話だわ。それだと一生彼女できねぇわな。あ、今無理やり作ろうとしてるんか。うわーマジ引くわードン引きだわー。こりゃイタターですわ。ていうか全然彼女できないから今つがい求めんだっけ。アハハハ! あ ほ く さ。 そうでもしないと彼女作れないとか惨めだねー! すごーい! 君は能のないフレンズなんだね!」
上顎をもう片方の手で受け止めながら散々、罵詈雑言を言う大和。しかしリヴァイアサンが彼の言葉に反応したのか口に力を込めるが、動かない。
自分よりも遥かに小さい者なのに、力は竜よりも上だというのか。
「じゃあ、彼女に嫌われるために、もっとキモくしてやるねクハハ!」
そう考えるよりも先に、ゲスい事を言った大和が力を込めて顎を撥ね退け、口から脱出する。
「……その歯、いるかぁ?」
抜け出すと同時に、リヴァイアサンの方を向き、勢いよく拳を振るった。その瞬間、衝撃でリヴァイアサンに生えている大半の歯が欠片となって飛んだ。
ウォォォォォォォォォォン!!
悲痛の声らしき咆哮を上げるリヴァイアサン。だが大和は攻撃の手を休めず、上昇する。
リヴァイアサンの額らしき部分にある多少罅が入った角を通り過ぎ頭上へ行った大和は、そのまま腕を天に掲げる。その時、手が白く光り始め、腕も丸太の如く膨張する。
「アームハンマー!!」
そして、勢いよく落下し、リヴァイアサンに生えている角に向けて思い切りその白く光る腕を振り抜いた。
丁度ど真ん中にブチ当たった瞬間、鈍い音が響く。やがては角が大きく罅が広がっていき……
バキィという大きい音を立て、角が折れた。
『なっ!?』
竜伐隊の全員が驚く。“D”でもない人間が竜の角を折るなど、前代未聞の問題だ。
ましてや、ただの人間ではないのは分かるが、ここまでやってのけるとは思わなかったのだ。
皆が呆然としている中、角が折れて痛みに悶える竜と、欠片と共に落下していく角―――を大和が片手で掴んだ。
相当重いはずなのに片手で余裕そうにしていた。だが、その事を気にも留めず、竜の顔に向けて突っ込んでいく。
「その目、貰い受ける!」
角の先端をリヴァイアサンに向け、狙いを定めていく。対して、リヴァイアサンは何事かと目を開ける。
それが、仇となった―――。
「(即席の)
そして、角を両手で持ち添えると、リヴァイアサンの右目に向けて勢いよく突き刺した。
――――――ッ!!!!!
声にならない叫びを上げるリヴァイアサンだが、自身の体の一つだったモノを目にブッ刺すというあまりにエグいその光景に竜伐隊は目を背けた。
目から鮮血を迸り、激痛に耐え切れず暴れるリヴァイアサン。その行動を大和は空中で軽やかにダンスのように回って回避したが。
「うるせえ黙れ」
一々暴れているのが癪に障ったのか、特性“型破り”を発動し、そこから右手に青色の球体―――『波導弾』を打ち込む。
直撃し、爆発と共に怯んだ様子を見せると素早く突き進む。
「くだばっちまいなぁ!!」
そのまま目に突き刺さっていた角めがけて、腕を放った。瞬間ズブブという耳障りな音が響くが、角はさらに目の奥に入っていった。
グゥウォォォォォォォォォォン―――!!!
しかし、そこから更に波導弾を連射して追い打ちをかけている。
『…………』
竜伐隊は爆発を連続で引き起こさせている張本人とリヴァイアサンを交互に見ながらも絶句している。
見た通り、最早竜に対するいじめ以上の事をしている。あまりにも一方的な戦闘で、手を出そうにも出せない状況だった。
まさに鮮烈、苛烈、激烈さを含み、荒々しいながらも何処か猛々しい印象を持てるものもあった。
「コイツで終いだ……」
終始怯んだ様子を見せているリヴァイアサンに、大和は手を向ける。
その時大和の手に渦を巻きながら黒いエネルギーが収束していく。最初は掌に収まる程の大きさだったが、それで終わりではなく、やがては彼以上に大きい塊となっていく。
―――途方もない、威力だ。
留まる事を知らない絶大な力の奔流を、今まさに、放とうとしていた―――。
「破壊―――ん!?」
そこで大和が何かに気付いたのか、顔を上げる。
その時、折れたリヴァイアサンの角―――その周囲の景色がぐにゃりと歪む。
「やっべ……近すぎた」
巨大な口を開けるリヴァイアサン。大きく吼えると同時に周囲が衝撃に飲まれていく。
が、先程リヴァイアサンが斥力場を前方に放ったものとは違い、全範囲を砲弾として放ったのだ。前方に出せるのなら広範囲でも可能だろう。
その影響で、最終防衛ラインまで届いてはいないものの、海が裂け、第一次から第三次にあるレーザーユニットが“全て”吹き飛ばされた。
竜伐隊は先程放ったものと同様なため、防壁を展開していたので軽傷者のみで済むという、被害は最小限に留まった。
しかし、リヴァイアサンの目と鼻の先にいた大和がいない。
まさか―――と最悪の事態を想像するが、リヴァイアサンが侵攻を開始した事により戦闘に集中しなければならない。
先程まで有利に働いていた状況が、ひっくり返されてしまった。
深月は、最悪の場合に備えるため、最終防衛ラインに向かっていった。