先程まで鳴り響いていたサイレンが鳴る前、その日に悠は対バジリスク戦を想定した竜伐隊選考試験を執り行っていた。
その内容は、百メートル離れた場所に設置した直径十メートル程のダイヤモンドの塊への攻撃というもの。それに対する命中精度と破壊力が評価の対象となり、バジリスクは赤いダイヤモンドの鱗を纏っているため、如何にバジリスクにダメージを与えられるかが鍵だ。
それは彼だけではなく、ブリュンヒルデ教室にいる“D”の面々とも行った。
ミッドガルに転入し、彼は約一週間をかけて、同教室の銀髪の少女―――イリス・フレイアと猛特訓を行った。
その結果、二人以外の面々達は難なく合格したが、特訓の成果か、二人も合格した。
その後、合格祝いと言うには何だが、宿舎の外にある砂浜でイリスと時を過ごしていた。
しかし、二人で過ごしていた時に、サイレンとアナウンスが鳴り響くと同時に、
その際、イリスが腹痛を訴えていたのが気掛かりであったが。
その後、自室で待機しているとノート型の端末機から着信音が響き、怪訝そうにしながらもその応答ボタンを押すと、そこには彼の見知った人物が映像に映し出されていた。
『―――やあ、久し振りだな。物部少尉』
「ロキ、少佐……」
悠がニブルに在籍していた時の直属上司―――ロキ・ヨツンハイム少佐。ニブルに置いて暗部そのものと呼べる男が何故―――
『いやあ、本来ならばもう少し早く連絡を取るつもりでいたんだが、環状多重防衛機構の防壁は電子的にも堅牢でね。迎撃モードに移行している今でなければ、ミッドガル側に気付かれず通信する事は出来なかったんだ。遅れて済まなかった』
「……いえ。それで用件は……何ですか」
『ああ、そうだったな。いやね、私は君に頼み事をしたいんだよ』
ロキは表面上だけの笑顔を作り、悠に問い掛ける。
「頼み事?」
『物部少尉は“D”のドラゴン化については既に知っているな? ニブルでは機密事項だったが、ミッドガルでは生徒全員に周知されているはずだ』
「……はい。竜紋が変色した“D”がドラゴンと接触すると、同種のドラゴンになるという現象ですよね?」
『その通りだ。何とも恐ろしい話だね。あんな化け物共が増えると考えるだけでゾッとする。しかし、だ。肝心のミッドガルはその対応について最善を尽くしてはいない。竜紋の変色が確認された場合は地下深くのシェルターへ隔離し、他の“D”でドラゴンの迎撃に当たるという作戦を考えている』
「まさか、竜紋の変色を起こした“D”を処分しろとでも言うんですか? そんな事を俺がやれと言われても―――」
『やれ、ではない。やってくれないかと頼もうかと思っている』
悠の言葉を遮り、ロキは彼を見据える。
『君がミッドガルに異動になったのは全くの予想外だが、元々そちらに息の掛かった者を送り込む準備はしていた。その役割を君が担ってくれると助かる。まあ、今答えを出さなくても構わない。よく考えておいてくれ』
「……分かりました。それで、用件は終わりですか?」
『いや、実はもう一つある』
―――顔付きが、変わった? 先程まで冷え切った眼差しと表面上だけの笑顔で話していたロキが、突如として引き締めた表情に変わった。
『一つ聞きたいんだが物部少尉。君がミッドガルに異動した際、“D”ではない人間が“白”のリヴァイアサンと交戦し、撃退した人間がいると聞いたんだ』
「…………」
『君がその様子だという事は、やはりそのようだね』
真摯な面持ちで述べるロキだが、悠には心当たりがあり過ぎた。確かに彼の言う通り、事情は存じているものの、あまりにマイペースで単純な思考な彼の大和の様子が、脳裏に鮮明に浮かんだ。
本人からリヴァイアサンを撃退したと言っていた事は、悠がニブルに在籍していた際には聞かされていなかったために、ミッドガルの“D”と同じく半信半疑であったが、ロキがこう言っているからには本当なのであろう。
しかし……悠には一つ、彼に聞きたい事があった。
「ロキ少佐、一つお聞きしてもいいですか」
『ん? 何だい?』
「その……彼がニブルに来たと聞いているんですが……本当ですか?」
そう、悠が聞きたい事は異動してから、一糸纏わぬイリスと一触即発の空気になっていた際、大和が二人の間に割り込み、悠がニブルという単語を口にした時に硬直し“嫌な思い出しかない”と呟いていた事について。
そこで疑問に思った悠は少佐ならその真実を知っているのではないかと、こうして尋ねてみた。
『…………ああ、本当さ。その彼がニブルに来たのは紛れもない事実だ』
やはりか。こうしてロキ少佐が間を置き、事実と話しているなら大和の言っていた内容も偽りではないと確信出来る。
しかし、ニブルに訪れたという事は勝手なる不法侵入であるのではないか? と様々な思考に耽る悠だが、ロキの言葉によりその思考を中断させられた。
『三年前、君と同じぐらいの少年を見つけたんだ。本来であれば我が軍事組織ニブルへの勝手な不法侵入には厳しい処罰を下しているのだがね、その少年を目にした時には黒くボロボロの翼が生えていた。“赤”のバジリスクや今回の“白”のリヴァイアサンのようなドラゴンは何度も目にしてはいるが、人間に翼が生えている事例は今まで見た事がない』
「…………」
『君はニブルに所属したばかりだから知らないと思うがね、物部少尉が来てから間もなく起きた出来事だ。当然我々はその少年の確保に向かった。『人の姿を取ったドラゴン』か、
「……ただ?」
『その少年が気に食わなかったのか我々の言葉に承諾しなくてね。私が彼の体を調べさせてくれないかと申した以上、丁重に断りを入れられたのさ』
「それは……」
流石にどうかと。それにそのような突然の申請に反対するのは当然と言えば当然だろう。ただ単にロキが現時点で見た事もない事例に、僅かに戸惑っていたのだろう。
『仕方なく彼を武力で取り押さえようとした。数十人以上の軍隊とスレイプニルを引き連れてね』
「なっ……」
悠はその言葉に驚愕した。
―――スレイプニル。北欧神話に置ける八本の脚を持つ軍馬で、軍事組織ニブルが“D”との交戦に備えたロキ直轄の特殊部隊。更にはニブル直轄の軍隊まで。
それをドラゴンでも“D”でもない人間相手に使ったのだ。驚愕するのも無理もない。
もしも通常の人間であれば、手を上げて降参するか、無謀な抵抗で返り討ちに遭うのが普通だろう。そう、“普通の人間であれば”。
『だが、それでも目的は叶わなかった。物部少尉にありのままに起こった事を話そう。彼が口から息を吐いたと思えば、それが突風と化し十数の軍隊を吹き飛ばし、一斉に射撃をしたにも関わらず、手を翳して銃弾を手前で止め、更に彼から電撃が放たれて軍隊はほぼ全滅。最後には電気を帯びた青色の球体に包まれ、彼を中心とした周辺の地面を破壊しながら何処かへ飛び去って行った。……何を言っているのか分からなくなったな。私にも何をしたのかも分からなかったが』
ロキは苦渋の表情を浮かべるが、悠は言葉を失い絶句。
手荒で強引な手を使ったロキだが、大和はそれに動じずに技を繰り出したという単純明快な事に過ぎないが、あまりに人間離れした大和の超人ぶりに二人は驚かざるを得なかった。
「…………」
『おっと、話が逸れてしまったな。そういう事だ、物部少尉。彼の存在はドラゴンを匹敵にする程強大でありながらも、同時に危険な存在だ。今後は彼に警戒しながら監視してくれ』
「監視?」
『そうだ。君もそうだが、私は君だけでなく、彼にも固執してしまったのかもしれない。彼の存在がどうにも大きくてね。諦めきれていないのだ』
どうやら、先日の一件で何か彼に気になる箇所がある様だが、悠にはその事に関してはよく分からなかった。
『話は以上だ。それでは今の事も含め、先程の件についてよく考えておいてくれ。我がスレイプニル最強の“
プツンと通話が途切れ、画面が消える。
様々な物思いをする中、未だにサイレンは鳴り響いていた。
◇
「既にご存知の事であるかとは思いますが、昨夜午後七時四十一分―――警戒レベルCの事案が発生致しました。ミッドガルに接近したのは“白”のリヴァイアサンです。太平洋を決まったルートで周遊しているドラゴンですが、今回はそのルートから外れてミッドガルの警戒区域に侵入しました」
早朝の全校集会で深月が壇上に立ち、状況説明を行っている。
ドラゴンが接近したという警戒警報が昨夜に鳴り響き、三時間程度で解除された。
しかし接近している事は否めずに、三年前に大和が追い込んだであろうリヴァイアサンが現時点でミッドガルの警戒区域に侵入していると発覚。
悠は深月の演説を静聴し、情報を聞く。
「リヴァイアサンは警戒区域の中に三時間程留まりましたが、第一次防衛線には達する事なく、元の周遊コースへと戻りました。こういったイレギュラーなケースは稀にあるらしいです」
(確か、リヴァイアサンは大和が撃退したんだよな)
深月が壇上で現状説明をしている中、悠はそんな事を思っていた。
三年前、“青”のヘカトンケイルに次ぎ挑んだ竜、“白”のリヴァイアサンは大和との一戦によって撃退、海底に沈んでいった。
しかし、彼の力が未熟であったためか、完全撃破までとは行かずに撃退に留まり、三年の時を経て傷が癒えたのか復活していた事は言うまでも無く、現在侵攻している。
尤も、大和がリヴァイアサンの侵攻を一時的とは言え停止させ、竜災の率が格段に減ったのだが。
「もしもリヴァイアサンが侵攻してきたならば、かなり苦しい戦いになった事でしょう。リヴァイアサンは“黄”のフレスベルグの次に厄介なドラゴンだと言われています。
深月は身を乗り出し、ゆっくりと全校生徒を見回す。
「皆さんの誰かが見初められ、リヴァイアサンが侵攻してきたとしても、竜伐隊は臆する事なく戦います。決して見捨てはしません。ですから竜紋に変化を感じた方は躊躇せずに申し出て下さい。私は―――命を
強い想いを込めてはっきりと宣言する深月に、大きな拍手が沸き起こった。
しかし悠は、前方の席に座っているイリスが腹部に手を当て、俯いていた様子が未だに気掛かりであった。
余りに長い間投稿してなかったためか、今回は説明回で少し短めでした。済みません……。