軟禁生活から幾分日数が経過した。
恐らく、一週間辺りは経過しただろう。
その間、二人きりの時限りではあるが、友人関係となった学園長であるシャルロットとゲームしたり、悪戦苦闘しながら秘書のマイカによる一般教養の勉強(数学、物理、化学などの理系科目)をしていた。
「さあてと、やるか」
大和は、シャルロットの私室にて両腕を回しながらそう言う。
そして、いざ―――と思った時、扉が開かれた。
そこにいたのは、シャルロットだった。
「あれ、シャル、どうしたの?」
「どうしたも何も、ここは私の私室だ。私がどうしようと勝手だろう」
「まあ確かに」
彼女が訪れたのも大方仕事が終わったか、後はサボりか。サボりは時々……というかよく大和も見るようで、その度にマイカに叱責を受けている。
しかし、シャルロットは一日中遊んでいたり、毎日のように遊んでいるため、仕事をしているのか疑問に思っていた。だからかマイカに怒られるのも納得がいく。
その様子に慣れた大和は、もう何も言うまいと感じた。
「ところで、友こそ何をしようとしていた?
「え、修行」
「修行だと?」
彼がする事が修行と聞いて首を傾げるシャルロット。
「そ。これはここに来る前からずっとしてたんよ。で、最近やってなかったし久しぶりにやろうかなって」
シャルロットとのゲーム三昧も悪くなかったが、そればかりだと体が鈍るため、久しぶりに修行しようという事。
それに時折、監視役がマイカになる事もあるが、彼女は自分に気を遣わず自由にしていいと言われているのだ。
「ほう。殊勝だな。ドラゴンの一体を撃退したといえど、己の身を鍛えていたか」
「当たり前だよなぁ?」
「しかし、私の私室が男の臭いに染まるのは流石に寛容できんぞ」
「そこ、変な事言わない。それに汗だくになるまでの修行じゃないから安心して」
どうやらシャルロットは遠回しに修行で男の汗臭さには流石に抵抗があるようだが、大和はそんな事はないと言って気を利かせる。
分かったと頷いたシャルロットが彼から多少距離を取り、それを一瞥した大和は正面にある壁に顔を向ける。
「ようしまずは……剣の舞」
大和が両手を差し出すと、手元に青い剣が顕現し、それを幾度と回転させた後頭上で合わせる。
その場には金属音が鳴り響き、自身の体に力が高まっていくような感覚を覚える。
「ほう……」
その様子を一目見たシャルロットは、興味深そうに大和を見つめた。
どうやら彼女も、大和の力の上昇具合に気が付いたのだろう。
「次は……鉄壁」
青剣を消し、膝を曲げながら体に力を込めると、体中が引き締まったような感覚を覚える。試しに右胸辺りを握り拳で叩いてみると、カンカンという固い物同士を合わせたような音が鳴る。
そう、彼はポケモンでよく使われる技、所謂『積み技』を使って自身の体を鍛えているのだ。
そのため、彼の体はボディビルダーのようなマッチョ体系ではないが、それでも支給された制服越しからでも分かるぐらいに引き締まっているのが窺える。
そのお陰か、単純な力で人間の限界以上を突破したと言っても過言ではない。
他にも『殻を破る』、『悪巧み』、『ど忘れ』、『竜の舞』、更には伝説のポケモン『ゼルネアス』の専用技、『ジオコントロール』などと言った様々な技で自身の力を上げていた。
事実上、大和の単純な思考回路ではポケモンの技名を全て覚えきれないため、メタグロスのスーパーコンピュータ以上の頭脳をフル活用していた。
様々な積み技で力を上昇続けさせている一方で、彼はある事を試そうとしていた。
「よし、じゃあもう一つ」
ふうと軽く息を吐いた大和。そして握り拳を作り、力んだ表情を見せる。
(何だ……力が上がっている?)
シャルロットは不意に大和の力が上昇しているのを感じた。
それは徐々に上がってゆく。やがて、力んだ表情をしていた大和から“何か”が発せられた。
「はあっ!!」
瞬間。大和の体から一瞬強い風が吹き、小さな衝撃が響く。
そして、当の本人からは青白いオーラに発せられていると同時に、それに包まれていた。
「……そなた、それは何だ」
「これ? これはね、“波導”というものさ」
波導。それは全ての物質が持つ固有の振動であり、いわゆる気やオーラと呼ばれているもの。または、それを操る技術の事である。
その波導がどういうものかを伝える大和。だが、シャルロットは考える素振りを見せる。
ただ、別に真意を読み取る必要もなく、今は彼個人の修行なため、気にしなかった。
「でだ、この波導を体の一部分に込める事で身体能力を上げたり、攻撃とか防御を高めれんのさ」
(波導、か……)
更に要点を説明する大和だが、シャルロットは波導について考えていた。
実は、思い当たりがない訳でもない。しかし、確証がある訳でもない。彼を問いただそうとしたが、止めておく事にした。
「さらにさらに、波導を操ってこんな技を使える」
胸元に右手を掲げる大和。すると彼の手元に青白い渦が発生、掌に収まっていき、やがて一つの球体が完成していた。
これが―――『波導弾』。波導を用いて使用できる技である。
そして大和は、その青白い球体を浮かべている掌を、私室の壁に向ける。
「おい、まさかそなた―――」
「でえじょうぶだ慌てんな。別に壁壊すなんて思ってない。ただ、ちょっと試したい事があんだよ」
手を壁に、目線をシャルロットに向けていた大和だったが、目線を壁に戻す。
「はっ!!」
もう片方の手を握り拳にしながら衝撃と共に波導弾を発射した大和。凄まじい勢いで壁に着弾する―――。
かと思いきや、大和が何かを掠め取るかのように胸元に手を引き寄せると、球体が壁の手前で急にUターンする。
今度は、球体が彼の方向に向かってくる。その様子を見据える大和は空中に浮かび、波導を強めた。
「はあああああっ!!」
彼が声を上げると同時に球体が大和に直撃―――する事なく、波導のオーラにより阻まれていた。
オーラが抉れているかのように突き進もうとしているその奔流は拮抗していたが、やがて覆われている波導の力が勝ったのか、球体が弾けて消失した。
「ふー……」
大きく溜め息を吐きながらゆっくりと地に足を着く大和。
「結局、友は何をしたかったのだ?」
「なあに、波導の質を確かめようと思っただけだ。前に同じ方法でやった事あるけど、見事に押し負けちゃってな、吹っ飛んだよ」
あの時はマージでヤバかったなーとケラケラと笑う大和。その様子に、シャルロットが物申した。
「友よ、そなたがどのような修行をしようと、私は口出ししたりせん。だが……そなたはもっと体を大事にしろ。もちろん、友が強者である事は身をもって知っている。それでも、己の身は一つだ。自分を壊したら元も子もない事を心がけておけ」
「お、おう気をつける」
急に説教じみた事を言われ、たじろいだ大和。修行とはいえ、危険な事をやろうとしている事の注意だ。
彼の強さは既に証明済み。だからこそ、その強力な力で自爆するのは愚の骨頂。遠回しながらそう言いたいのだろう。
更に言うなら、三年前の二体の竜を圧倒したという出来事が本当なら、身体的にも精神的にも成長している彼は、その時よりもずっと強くなっているはずだ。
だからこそ、“D”以外にドラゴンを相対させる者としての存在が大きい。そんな者を亡くさせるのはとても惜しいとも思えた。
そんな彼女の心情を知らない大和は、言われた通りシャルロットの言葉を胸に留めておく事とした。
◇
―――そして時間は飛び、夜。
「おお^~よしよし、可愛いぞぉピカチュウ~^」
『ピカァ~♪(撫で撫で気持ちいぃ~♪)』
……一人と一匹が満面の笑顔で学園長の私室で何やら楽しんでいた。それも、ねずみポケモン“ピカチュウ”を抱えながら。
前世の彼は暇が出来ると、良くポケモンのゲームをしていた。その影響か、ポケモンを実際に出せるようになってからは、こうして共に時間を過ごすという事が度々あった。
現時点では、雌のピカチュウが大和の膝の上に座り、頭を片手で抱き締めながら撫でられている。優しく撫でている大和の加減が丁度良く、彼女は嬉々とした表情だ。最も、嬉しそうなのは彼も同じだが。
ポケモンの力を完全とまでではないものの、未熟であった大和が使いこなせるようになってからは、エスパータイプの応用により一部を除いた全てのポケモンと意思疎通が交わせるようになった。
そのためこうして、ピカチュウが鳴き声を上げながらも言葉も聞き取れている。
他にも、サーナイトやニンフィア、エルフーンなどのポケモンと戯れる機会があった。更に言うなれば、いずれもメスである。
「でもやっぱピカチュウだよなぁ。定番ていうか看板というか」
彼の中ではピカチュウが一番のお気に入りで、ミッドガルに転入してきた際にも、ピカチュウであった。
そうして、ピカチュウを人形の如く愛でている時だった。
―――突如として、サイレンが鳴り響いた。
『緊急警報! 緊急警報―――警戒レベルC、タイプ・ホワイト。繰り返す、警戒レベルC、タイプ・ホワイト!』
サイレンに続いて、アナウンスが警報の概要を説明した。その事に呆気に取られていた一人と一匹だったが、すぐさま我を取り戻す。
「びっくりしたな……。突然鳴り出すから何事かと思ったわ。まあ、緊急地震速報に比べたらまだマシな方か」
ただ、ポケモンと戯れていた時にいきなりドラゴンの接近の報告がされるとは思わずに、大和はドラゴンに対する恨みがましい心境となった。
一度奴と顔合わせでもして、叩いてやろうかとも思ったが、流石にそこまでする訳にもいかなかった。何故なら、行動を制限されているから。
「くっ、名残惜しいけど……戻れ、ピカチュウ」
このままピカチュウも出したままという訳にもいかず、ボールの中へと戻してポーチにしまう。
そして、執務室へと向かうために、学園長の私室から飛び出す。
「シャル―――じゃなかった、学園長!」
扉を勢いよく開けると同時に言い間違えを含めた叫びを上げる大和。
視線の先では、険しい顔つきのシャルロットとマイカの姿があった。
「ああ……そなたも気づいたであろう。“白”のリヴァイアサンがこの場所―――ミッドガルに接近している」
「クソッ……あん時倒しきれてなかったのか」
悔しそうに歯噛みする大和。以前倒したと思い込んでいたリヴァイアサンが、今度はミッドガルに来るとは思っていなかった。
完全に倒し切れていなかったツケが、ここで降り掛かってきた。
「という事は、竜紋変色した“D”が?」
「出た事になるな、この学園から」
予想もしなかった出来事が起こり、パニックになりそうになったが、感情ポケモン“エムリット”の能力を用いて、込み上げる感情を抑える事に成功、冷静になれた。
「いつかは竜が来るのではないかと私も予想していた。だが、想定よりも早かった」
「早かった?」
「ああ。そなたが来てから一週間で竜が来てしまった。これは由々しき事態だ。一瞬、そなたに復讐しに来襲した事も想定したが、竜紋変色者がいる時点でその可能性は低いと見た。つまり十中八九、奴はつがいを求めにきたのだろう」
「…………」
自身に復讐。それを聞いて多少ながら悪寒が走った気がしたが、その可能性が低いと聞いて安堵する。
それに、もし仮に自分に復讐しにきたのなら、返り討ちにしてやればいい。今度こそ、姿残さずに。
そんな彼の心情など知る訳もなく、シャルロットは話を続ける。
「勿論、この我がミッドガルに簡単に侵攻をさせるつもりはない。環状多重防衛機構を多数展開し、竜伐隊も派遣している。乙女達には悪いが、食い止めるようやってもらうしか他にない」
普段仕事そっちのけで遊んでいる時や、女に関する話題ではありのままに欲望を求めて涎を垂らす程だらしない表情を見せているシャルロットだが、今回ばかりは真面目に、ミッドガルを守るために行動を移している。
ふと、窓の外を見てみると、夜の海から巨大な四角い物体が多数浮上していた。更にそれは島を取り囲むように円形に展開していた。
あれが―――環状多重防衛機構。以前大和も見た事あり、防衛レーザーをものともせず突破したのはある意味いい思い出だが。
「あの環状多重防衛機構はこの場所だけではなく、ここから離れた沖合に第一次から第三次までの防衛ラインがある。そしてこの場所が……最終防衛ラインという訳だ」
視線に気付いたらしいシャルロットが補足説明を加える。
更に、既に向かったらしい竜伐隊がいると説明された。
「“D”達は……大丈夫なんですか?」
「無論だ。今回は様子見に近いもので、派遣されたのだ」
その事を聞いて、安堵する大和だが、ここで指を加えて黙って見てるのも不甲斐ないと思い、聞く。
「学園長、オレは何をしたらいい?」
「何を言っている。そなたは隔離されているのだぞ。つまりここに留まる以外ほかにない」
「けど、黙って見てる訳には……」
「堪えろ。私も乙女だけに立ち向かわせるのも心苦しい。だがな、“D”も生半可な力ではない事も心得ているだろう? 十分にドラゴンを打ち倒せる力を誇る。そんな者達がいても奴に及ばないと思うか?」
「それは―――」
「私は、乙女達に託すぞ。そなたは普段私室にいる時のように時計塔で過ごし、黙って指を加えてその様子を見ている他ない。その事を肝に銘じろ」
「……クソッ!」
彼はまだ何処か納得いかない表情を浮かべ、逃げるように執務室から去っていった。
「シャルロット様」
マイカがその様子を見て、心苦しそうにシャルロットを見やる。
「よい、マイカ。私も少々言いすぎたと思っている。だが、これは我々が解決すべき問題だ。客人ではないが、あの男に危険を及ぼしたくない。それを分かって欲しかったのだ」
シャルロットは、リヴァイアサンの件で間接的に関わっているとはいえ、大和に危険を被らせたくなかった。
その事を敢えて言わず、厳しさを含めた口調で大和に伝えた。しかしその事を言ってしまえば、だからどうしたと言わんばかりに行ってしまうと恐れたのだ。
シャルロットは罪悪感がありながらも、これが最良の選択だと思い、リヴァイアサンの今後の動向を探り始めた。
1巻の時点では原作主人公と大和との関わりが少ないので物語の進行ペースは早めです。その点をご了承ください。
そして相変わらず心理描写は一向に上手くならない一方で、修行回的な奴は筆が進むッ。……一人前になりたいと思っている今日この頃です。