その翌日、俺は若干気負いしながら教室に入った。
”岩沢さんがもう一度音楽を奏でたいって想いあったらそのギターを持って、学校に来てくれ”
今思うと、とんでもないことを言った気がする・・・。
しかし言ってしまったことは戻せない。こみ上げる気恥ずかしさを何とか押さえつけて席に座る。
「コウ君、コウ君~!」
朝っぱらからテンションの高い天然幼馴染みが寄ってきた。
「とりあえず入部届を出してきました!」
びしっと右腕を伸ばしてこちらに手のひらを見せてきた。・・・お、生命線長いな。
「確か・・・軽音楽部だっけ?」
「うん!何やるのかな~楽しみだな~」
様々な想像膨らませて有頂天になる幼馴染み・・・幸せそうで何よりです。
キーンコーンカーンコーン・・・
「ほら、チャイム鳴ったぞ唯、席に戻れ」
「は~い・・・」
唯が自分の席に着いたのを見届けた後、自分の前の席を見る。
・・・人の気配は無かった。
「あれ?・・・綾崎、岩沢さんは?」
音無が尋ねてきた。
「さぁ・・・?まだ、学校にも来てないみたいだし」
「ふーん・・・」
ガラガラガラ・・・
「みんなおはよう。それじゃあ、出席を取るわよ・・・綾崎君」
「はい」
「岩沢さん・・・・って、あら?岩沢さんは?」
結局朝のSHRまでに岩沢さんは姿を現さなかった。
岩沢さんが姿を現したのは三限と四限の間の休み時間だった。
この日の二・三限は美術だった。授業内容は水彩画。
三限終了間際片付けの時に天然ドジ幼馴染みがやらかした。
チューブを机から落とした時に誤ってそのチューブを踏みつけた。そこを丁度通りかかった俺に赤色の絵の具が直撃。
丁度四限は体育なので(乾かす時間があるから)俺はトイレでワイシャツを洗うことに。
そこで予想以上に時間が掛かったのが行けなかった。
俺が着替えを始めたのは休み時間終了の二分前、もちろんみんなはすでに校庭に出てしまっている。
そこで運悪く岩沢さんが現れてしまったわけだ。
ガラガラガラ・・・
「「あ・・・・」」
「す、済まない!」
ピシャ!
岩沢さんは大あわてで教室から出て行った。
俺も大急ぎで着替えをすませる。
「もう、いいよ。岩沢さん」
カラカラカラ・・・
「す、スマン・・・いきなり入ってきて・・・」
「いや、気にしてないから大丈夫。・・・なんで遅れてきたの?」
「あ、ああ・・・コイツのケースを買いに行ってたんだ」
そう言って担いでいたギターケースをおろした。チャックを開けると例のフォークギターがしまってあった。
「わざわざ買いに行ってきたのか?」
「ああ、店の開店時間が十時だったからちょっと遅れた」
・・・ちょっとの領域を超えてる気がするんだけど。まあ、良いか。
「岩沢さん、次の時間体育だけどどうする?」
「体育?・・・ああ、まだ怪我治ってないから見学かな」
「じゃあ、早いトコ行こう。もう授業始まるから」
「あ、ああ・・・」
俺と岩沢さんは急いで校庭に向かった。岩沢さんが来てくれた。それだけのことなのに、ただ嬉しかった。
キーンコーンカーンコーン・・・
放課後のチャイムが鳴った。・・・さて、と。
「じゃあ、岩沢さん帰ろうや」
「あ、・・・分かった」
「おーい、岩沢~帰ろうぜ~」
突然ひさ子が現れた。いつもより若干テンションが高めだ。
「昨日から暗かった岩沢の元気を取り戻すために、お姉さんちょっと張り切っちゃうぞぉ」
そんな張り切るひさ子を見て、岩沢さんは申し訳なさそうな表情を作る。
「ごめんひさ子・・・もう元気だ」
「は?・・・・ドユコト?」
「うん・・・その、悩みの種が解決したというか」
そう言って俺の方をちらっと見る。俺からも何か言えと言いたいらしい。
「実はな・・・」
俺は洗いざらい包み隠さず話した。刑事ドラマも拍子抜けするほど。
「綾崎・・・包み隠さずすぎだぞ」
岩沢さんも軽く呆れている。
「なんだそう言うことか。意外と言いヤツなんだな、綾崎」
意外と・・・ね、まあ、良いけど。
「じゃあ、私も行こうかなー」
ひさ子がニカっと意味ありげな表情を見せる。
「・・・別に構わないけど、おもしろい物は無いと思うぞ?」
いや、少しくらいはあるかな?・・・俺の名字が違うくらいだけど。
「よし、決まりだ!岩沢もそれで良いだろ?」
「あ、ああ・・・構わない」
ちょっと残念そうな顔をする岩沢さん・・・なんで?
「そうと決まれば早く行こうぜ!」
そう言ってひさ子は教室から飛び出していった。
「・・・・何かスマン、綾崎」
「いや、・・・うん・・・ダイジョウブ」
俺と岩沢さんは早足でひさ子を追いかけた。
~~~~~♪
昇降口を出てすぐ演奏が聞こえた。
ドラムと、キボードと、ベースの音が聞こえる。
「ひさ子、ジャズ研にキーボードってあったか?」
「ん?ああ、軽音部じゃないの?」
「ああ、軽音部か・・・」
「ひさ子、岩沢さん・・・軽音楽って、何?」
「知らないのか?うーん、要するにバンドだよバンド。って、知らなかったのか?」
「ああ、初めて知った」
つーことは唯のヤツとんでもない勘違いをしてるな・・・大丈夫なのか?
~~~~~♪
音楽準備室当たりからだろうか、”翼をください”の歌詞無しバージョンが聞こえる。
「何というか・・・あんまり上手くねーなー」
ひさ子が素直な意見を述べた。・・・まあ、否定はしない。
けど・・・。
「けど、楽しそうに演奏してるな。”翼をください”らしい”翼をくださいだ”」
うん、岩沢さんの言うとおり、音が弾んでいる。ちょっとドラムが走ったりするけどちゃんとベースがカバーしている。
これにギターが加わったら迫力がプラスして良い感じになるだろう。
「よし、こんなトコで突っ立ってねーで早く行こうぜ」
再びひさ子が早足で歩き出した。
「ひさ子・・・俺の家の場所知ってるのか?」
「あ・・・」
やれやれ・・・。
「へぇ・・・ここが綾崎の家か」
「UNISON・・・これがこのライブハウスの名前かい?」
岩沢さんもひさ子も興味津々な様子で店の周りを見渡す。
「とりあえず店の方に・・・」
カランカラン・・・
「こんちはー!」
「・・・って聞けよ!」
ひさ子は俺の言葉に耳を傾けることなく店の中へ・・・。
「おう、いらっしゃい・・・ほぉ珍しいな。桜校生がここに来るとは」
「ただいま・・・マスター」
「おう、お帰り。なんだ、なんだぁ?もう家に女を連れ込むようになったのか?」
そういう笑えない冗談は止めて欲しいんですけど・・・。
「・・・客ですよ、きゃーく」
「もしかして昨日のアレはこのためか?」
妙に鋭いトコを突いてきた。
「まあ、・・・はい」
「ま、俺は別にどうでも良いんだけどよ。嬢ちゃん達適当にくつろいでってくれ。・・・まあ、スタジオは有料だけどな」
「じゃあ、早速・・・ギターとスタジオ借りていいっすか?・・・あー出来ればジャズマス希望で!」
「あいよ」
ひさ子はギターを借りてさっさとスタジオに行ってしまった。
「じゃ、俺たちも始めるか」
「ああ・・・」
俺と岩沢さんは隣の修理小屋に行った。
「さて・・・まずはギター見せてくれる?」
「分かった」
岩沢さんはケースからあのボロボロのギターを取り出して俺に渡した。
・・・改めてみるとホントにボロボロだ。
コレは直すよりも作った方が早いかも知れない・・・。
けど、それをしたら意味はない。ちゃんと直さないといけないんだ。
「俺は奥の作業場に行くけど、岩沢さんはどうする?ひさ子と一緒にスタジオにいるか?」
岩沢さんは首を横に振って
「いや、ここにいる・・・少し、綾崎と話しがしたいから」
と答えた。
「分かった、じゃあ着いてきて」
二人で作業場に入った。
ギターを作業台において、錆び付いた弦を切っていく。
それからそのほかの金属類を外していく。
ここら辺は錆を落としただけで再利用できそうだ。
「・・・綾崎は、両親がいないのか?」
いきなり岩沢さんがそんなことを聞いてきた。
「ああ、母親は俺が生まれたのが原因で死んで、親父は・・・殺された」
「殺・・・された?」
「俺さ、元々この町に住んでたんだ。それで中学に入る前に親父とこの町を出て行ったんだ。ヤミ金から逃げるために」
「そうなんだ・・・」
「それからかな、俺は親父に毎日毎日殴られたり、蹴られたり・・・容赦なしに」
「・・・・」
「中二の時の俺の誕生日でもあり母親の命日でもある12月24日。俺は親父に殺されかけた。」
「・・・え?」
「拾ってきたバット・・・いや、新品だったから買ってきたんだろうな。それで何度も何度も殴られ続けた。気が付いたら全身包帯で、病院の中」
「・・・・」
「それが生きてた親父との最後の夜だったんだ」
「それって・・・」
「退院して親父のいるアパートに戻ったらさ、見知らぬ男達が部屋にいたんだ。親父って分からないくらいぐちゃぐちゃになった死体と一緒にね」
「・・・・!?」
「理由はこそこそとため込んでいた親父の生命保険狙い。後に残されたのは俺と大量の親父の血だけ」
その夜鉄臭い水たまりの中で眠ったのは一生忘れない。
「それで、どうやってこの町の戻ってきたんだ?」
「今の親父、マスターがさ桜校の特殊生ってのを教えてくれたんだ」
そのほかにもマスターには色々と面倒を見てもらった。・・・・感謝してもしきれない。
「・・・やっぱり、お前には音楽が必要だな綾崎」
「・・・なんで?」
「良くも悪くもお前の行動には全部音楽が絡んでいるだろ?」
・・・・確かにそうだ。現に今だって音楽が絡んでいる。
「そう、なのかもしれないな」
「そうだ。それに音楽のおかげで普通の生活を送れているんじゃないか?」
「音楽の・・・おかげ」
この町に戻れて、学校に登校できて、家族を得ることが出来て、幼馴染みに再会できて、岩沢さんに会えて、人助けが出来て・・・。
知らない間に音楽がこんなにも俺の生活に染みこんでいたんだ・・・。
「・・・ありがとう岩沢さん、なんだか楽になった」
「そうか・・・なら良かった」
岩沢さんは優しく笑っていた。
・・・彼女なりに気を遣ってくれたのかな?
そう考えると、少し顔が熱くなっている気がした。