触れるものを輝かすソンザイ   作:skav

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53話「リレーって二つあるんですか?」by梓

「先輩、おはようございます!」

「おはよう関根。朝から元気だな。」

朝の駅構内に関根の元気な声が響く。その後ろをまだ眠そうな顔の中野と入江がついてくる。

「しおりん、昨日の夜あんなに騒いだのになんでそんなに元気なの~?」

「昨日なにかあったのか?」

「はい…ずっと欲しがってたドラムセットがようやく手に入ったのですけど。」

なんとなく想像できるぞ、テンションの上がった関根が延々と入江に突き合わせる図が。

「てことはどっちかの家に防音室でもあるのか?」

「みたいですね…なぜか私も呼ばれたんですけど。」

小さく欠伸をする中野の頭に小さく寝癖が出ている。

「そりゃまた楽しそうだったな。関根の選曲じゃあ疲れただろ?」

「ツェッペリン…ヴァン・ヘイレン…クリーム…グリーン・デイ…あれはもうスポーツですよぉ…うぅ。」

おぉ…それは凄いな最初から最後までメインディッシュかよ。そりゃ疲れるわけだ。

「それなら無理しないで来なくても良かったんだぞ?」

「何を言ってるんですか~自分の学校の生徒が頑張ってるのに応援しないのはおかしいじゃないですかー。」

明らかに棒読みだったが、あえてスルーすることにした。どうせろくなこと考えてないだろうからな。

「お~い、葵~ちょっと手伝ってくれ~。」「紅騎君~。」

声のする方を見るとだれかの肩を担いで歩く人影が二組見えた。

朝から重労働を強いられているのはひさ子と憂。共通することはポニーテール。そして妹であるということだ。

そして担がれているのは朝が弱いコンビ、岩沢さんと唯だ。

「朝からご苦労様。おら、唯起きろ~。」

唯の頭を掴んでぐわんぐわんと揺さぶる。

「んあ~?あれ~…コウ君が三人いるよ~?」

目を回した唯がふらふらとこちらに寄ってきた。

「……。」

「あ、おい!岩沢?」

眠気眼をこすりながら岩沢さんも唯と並んでこちらに寄ってくる。

二人は二等辺三角形の上辺をなぞるような進路で歩いている。そしてその頂点上には俺がいる。

迷わず俺はその頂点から一歩引く。

寝ぼけた二人はそのままふらふらと歩き続け、ついに体が接触した。

「……。」「……。」

二人は互いに体重を預けるようにしてそのままヘナヘナと床に座り込んでしまった。

目を回す唯にたいして、岩沢さんは頭をキョロキョロさせた後こちらを見る。徐々に焦点が定まってきたことから、完全に覚醒したようだ。

「おはよう、岩沢さん。」

「…おはよう、綾崎。」

さて、こちらは大丈夫として。…問題はこいつをどうするか。

「よし、寝てるやつは放置してホームに上がるか。」

「あーん、コウ君ひどいよ~。」

先ほどの様子と打って変わって慌てた様子の唯が急ぎ足でついてきた。

ただ半覚醒状態で急いでいるので、危なっかしさが倍増だった。

「急ぐな急ぐな、まだ電車来てねーんだから。顔洗って目覚まして来い。」

「は~い。」

「綾崎、二番線で良いのか?」

自販機で買ったらしい水を持った岩沢さんが尋ねてきた。

「二番線であってるよ。唯待ってるから先行っててくれる?」

「ああ、分かった。」

小さくうなずいて、岩沢さんはホームへ向かう階段を昇って行った。

 

目を覚ました唯を連れて、みんなと合流し電車に乗る。

そこからおよそ40分電車に揺られ、次はバスに乗り込む。少し時間帯をずらしたので、バスの中はかなり空いていた。

選手や応援隊と時間が被ると30分立ったままになるから、そこは避けた方が良い。

バスを降りると、本日の会場となる陸上競技場が目の前に飛び込む。

県内最大級のこの競技場は、最近立て直されたようでとても綺麗だった。

 

サブトラックとメイントラックの間の通路を歩いていると、見覚えのある顔が二つあった。

「あ、お兄ちゃん。今着いたの?」

「先輩、昨日ぶりです!」

右腕をぶんぶん振りながら相川妹が走り寄ってきた。その額にはうっすらと汗が見えた。

「今から200か、調子はどうだ?」

「はい!絶好調です!」

土曜の相川妹の活躍は凄まじいの一言だった。400メートルはぶっちぎりで優勝し、リレーでも3走まで5位だったにもかかわらずアンカーの相川の追い上げを見せ2位でフィニッシュ。

見ていて気持ちがいいほどの快勝ぶりだった。

「それじゃあ俺たちはスタンドに行ってるからな。頑張れよ。」

二人を見送り、岩沢さんたちを連れて応援スタンドに上がった。

ドーム型のスタンドは、青いトラックを囲むように応援席が設置されていて、大型の電光掲示板には選手の名前が表示されていた。

「すげー、まるでオリンピックでも開くような大きさだな。」

「青いトラックって生で初めて見ました!」

ひさ子と関根はその大きさに興奮しているようで、中野や入江は呆気にとられて回りをきょろきょろしていた。

「まさみちゃん、一番前に行こうよ!」

「……そうだな。」

唯と岩沢さんはさっさと階段を下りて、最前列に陣取る。

「じゃあ、俺らもあそこでいいな。」

唯たちが陣取っていたのはゴール付近だった。スタート付近の緊迫感も良いが、やはりゴール地点の興奮は何物にも代えられない魅力がある。

『本日初めの競技は、女子200メートル競走の予選です。昨日のレースでは驚きの速さを見せた相川選手。本日はどのような走りを見せてくれるのか、楽しみなところです。』

その相川妹が、1組目から現れる。4レーンに入り、スターティング・ブロックをセットする。

スタート地点はここからだと一番遠くの位置にあるが、やはり彼女の走り方は群を抜いて無駄がなかった。

「へえ、あんな楽に足が前にいくもんなんだな。。」

「意外だなひさ子、分かるのか?」

「まあな。」

号砲が鳴り、一斉に走り出す。やはりと言うべきか、相川妹はどんどん加速しストレートに入る前にすでに差が開いていた。

「うわぁ~はやーい。同じ女の子とは思えないね~。」

「それをみゆきちさんが言いますか?」

そうだな、ドラムをたたく入江も普通の女の事はかけ離れてるからな。

「すごーい、全然テンポが変わらないよ!」

目の付け所はそこかい、入江さんや。

 

「むぅ~先輩がよそ見してた…。」

サブトラックにてストレッチをする私の横で、華菜が膨れっ面をしていた。

「まだまだ予選でしょ?お兄ちゃんだって華菜だったら余裕だって思ってたんだよ。信用よ、信用。」

「うーん…だったら良いけどさ。それより玲於奈の方こそ大丈夫?高跳びの後マイル決勝でしょ?」

今日は高跳びを6本跳んだ後に400メートルを走らなければならない。ただ順調にいけば高跳びの本数は減らすことができる。順調にいけばの話だけど、ね。

「華菜だって同じでしょ?むしろアンタのほうがきついはずだけど?」

昨日の時点で華菜は400を三回、100を2回走っていている。そして今日は200を三回、400を二回走らなければならない。

「私は大丈夫~3走の子がトップで渡すから私は落とさなければいいんだし?」

そう言って3走の私を見る。あーはいはい…そうですか~。

「まあ、足を引っ張らないように頑張るけどさ。」

「何を謙遜しちゃって、先輩より早いくせに~。」

「…アンタだって。」

そんな軽口を叩きあいながら、体の準備を進めていった。

 

「リレーって二つあるんですか?」

プログラムを見ていた中野が首をかしげる。まあ、世間一般じゃあ4×100リレーの方が知れ渡ってるからな。

「今日やるのはマイルリレーってやつで、4×400メートル走る。」

「ああ、だからマイルリレーなんですね。…400も走るんですか!?」

「およ?男子のところにわが校の名前がありますよ?」

驚く中野の横でプログラムを覗き込んでいた関根が、マイルリレーの組表を指さした。

「2年が3人、1年が一人か…あれ?確かこの一年は4月じゃ幅跳びやってたよな…。」

プログラムで幅跳びのところを見ても、佐倉剛(さくら つよし)の名前がない。代わりに100と400に名前が載っていた。

夏を超えるときに何かあったのだろうか?

 

トラックでは丁度男子のマイルリレーの予選1組目が行われようとしていた。我らが桜が丘高校は8レーンだった。気になる1年生はアンカーを走るらしい。

「1年にアンカーか…そこそこ速いってことか?」

「あ、あの四走の子知ってます!というか、同じクラスの人です。」

「あ、本当だ。」

関根と入江はあの一年生を知っているようだった。

「桜が丘高校にとって歴史的な1ページになるな。」

なにせ初めて男子リレーが走るのだから。佐倉以外の二年生は体格的に見て800か1500の選手、少なくとも短距離選手には見えなかった。

 

スターターの合図と同時にクラウチング・スタートの姿勢になり、号砲が鳴る。

全者一斉に走り出す。走り方からやはり中距離選手のようだ。安定したペースで中盤の順位をキープして2走、3走と危なげなくバトンをつないでいく。

そして、アンカーの佐倉にバトンが渡る。前を追いかけるように、ほぼ全力疾走と思われるペースで次々と順位を上げていく。

「ああ、そんなにペース上げたらマズイ…。」

第二曲走路を抜け、ホームストレートに入る。案の定顎が上がり、腕の振りがきつそうだった。ペースが落ち、順位を3位に落とす。あと一人抜かれたら決勝には残れない。

後ろからの追い上げに気が付いたのか、最後の気力を振り絞ってギリギリ順位をキープしてゴールした。

「…なるほど、夏の練習で先輩と走ったら400がそこそこ走れるようになったと。」

中距離練習に付き合えばそりゃ、スピード持久力が伸びるよ。…だけど、あの様子じゃ決勝は持たないかもしれないな。

「すごーい、決勝に残った!」

「やるねー佐倉くん。」

クラスメイトの思わぬ活躍で、入江と関根ははしゃいでいた。

そのあとの女子のマイルリレーは流石といっていいほどの盤石なレース展開で、一位通過を果たした。

 

「あ、そうそう。憂がお昼ご飯作ってくれたんだ~みんなで食べよ。」

唯が持っていたバスケットを開くと、サンドイッチやおにぎりが所狭しと詰め込まれていた。そしてどれも食欲をそそる美味しそうなものばかりだった。

「さすが平沢妹、しっかりしてる。」

「ほんとできた妹だよな~。」

岩沢さんとひさ子は卵サンドを手に取っていた。

それじゃあ俺はどれにしようかね…。バスケットの中身を眺めていると、何か大きな黒い物体が目に入った。

「駄目だろ唯、砲丸投げの玉持って来ちゃ。元の場所に返してきなさい。」

「違うもん。コウ君スペシャルおにぎりだもん。」

球状の黒いソレはNISHI製のアレではなく、とてもとても大きなおにぎりだった。少し型崩れをして、海苔の間から白米が見え隠れしている。

「これ、お前が作ったのか?」

「うん、そだよ~コウ君いっぱい食べるからサンドイッチじゃ足りないかなーと思って。具はから揚げだよ~。」

なるほど、から揚げが丸々一つ入ってるからこのサイズなのか。憂のから揚げはでかいからなぁ…。

「それじゃあ…頂ます。」

黒光りする砲丸おにぎりにかぶりつく。なんとか一口目でから揚げに到達する。絶妙な塩加減、海苔の風味が広がり最後にから揚げの肉汁がやってきた。

「……食えるぞ、この砲丸。」

「コウ君、美味しいなら素直に美味しいって言わなきゃダメだよ?」

「…美味い。」

見た目はアレだが、味は本当に美味しかった。ただ唯が作ったものと考えると、少しばかり悔しかった。

そんな俺の顔を見て唯は得意げな顔をして「ふんす」と胸を張っていた。腹が立ったのでその額を指で突いてやった。

 

昼食の後はいよいよレナの高跳びの時間だ。正直言って上位に入るのは確実だ。問題はインターハイに通用するには何が足りないのか、それをはっきりさせることができるかということだ。

他の選手がユニフォーム姿になり着々と準備をする中レナは一人、ジャージを着たままストレッチをしていた。

「へぇ、玲於奈ちゃんは案外肝が据わってんだな。一発決勝狙いか。」

ひさ子の言う通りレナはぎりぎりまで体力を温存する作戦のようだ。

少しずつバーの高さが上がり、ついに決勝進出の標準記録に達した。

ついにレナが動き出した。ゆっくりとジャージを脱ぎ、ユニフォーム姿になる。無駄な脂肪のない身体が日光に当たり白く輝いていた。

「こうしてみると綺麗だね~れおにゃ。うちに飾っておきたいくらい。」

「はぁ~…。」

旗が振られ、助走に入る。大きな大きな歩幅から流れるように跳躍体制に移る。踏切線ぴったりで跳躍。バーからおよそ10センチほど余裕を持たせお手本のような背面跳びでクリアした。

再びジャージを着たレナがこちらを見る。

 

―どうだった?

―半歩下げた方が良いな。それ以外は問題ない。思いっきり行ってこい。

―りょーかい。

 

互いに頷きあう。あの顔は大丈夫な顔だ。細い背中を見ながら、俺はそんな確信を得ていた。

 

決勝に入り、順調に一本目で決めていく。すでに関東大会出場は確定し、とりあえず第一関門は突破した。あとは自分との勝負。

場内にファンファーレが鳴り響く。

『女子200メートル競走の決勝です。』

もはや定位置となりつつある4レーンに華菜が軽くジャンプをしながら、今か今かと出番を待つ。

「On your marks」

一礼してスターティングブロックにつく。ゆっくりと足の位置を合わせ、軽く深呼吸をした後に手の位置を白線に合わせる。

「Get set」

腰が持ち上がり、止まる。この瞬間会場の空気がピンと張り詰める。

号砲…の後にもう一度破裂音。

5レーンの選手がフライングをしたようだ。一発失格となり、華菜の隣のレーンから人の姿がなくなる。

張り詰めた緊張が緩み、嫌な雰囲気が流れていた。

スターターの合図で再びスタートに姿勢を取る。

 

号砲。

 

華菜は抜群のスタートダッシュを決めて見せた。一度フライングがあったにも関わらず、だ。

出遅れた選手を置いていくようにどんどん加速していく。

ホームストレートに入り、華菜は既に流すように楽な走り方をしていた。加速もせず、減速もせず、そのままゴールを駆け抜ける。

軽く肩で息をしながら華菜はスタンドの方に向かって両手でガッツポーズをしながらぴょんぴょん跳ねる。

その視線の先にはお兄ちゃんがいた。

お兄ちゃんは困ったような表情を見せながらも、拍手をしていた。

拍手を送られた華菜は私の方を見て両手ガッツポーズを見せた。

「3番、葵選手準備。」

私の名前が呼ばれる。

さて、私も頑張りますか。

 

 

バーの高さが上がるにつれ、次々と脱落していく。その中でレナを含め二人が残る。バーの高さはレナの自己記録より2センチ高い。つまり、これを跳べば自己新記録となる。

もう一人はすでに三回失敗している。あとはレナが最後の一回を跳ぶことができれば優勝だ。

場内に再び緊張が走る。

イメージを固めるように何度も跳躍の姿勢を繰り返し、自分のマークに付く。

旗が振られ、60秒のタイマーが動き出す。レナはバーをまっすぐ見てから、ちらりとこちらを見た。視線が合う。

俺はまっすぐその目を見つめた。

 

レナが視線を外し、目を閉じる。

深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。

目を開け、軽く上体をそらす。タイマーが残り10秒を示したところで、助走に入る。

いつも通りの歩幅、いつも通りのリズムでいつも通りの場所に踏み切り足を運び―いつも通りの跳躍。

身体がバーに触れる。1度揺れ、2度揺れ………落ちない。バーは留まっていた。

「よし!」

 

触れる感触があり、駄目だったかと思いながらバーを見る。だけど、バーは落ちずにそのまま残ってくれていた。

良かった、とりあえず自己新記録だ。

嬉しさよりも安堵の方が大きかった。

ちらりとスタンドを見る。そこにはここ数年見ることがなかった満面の笑顔でガッツポーズをするお兄ちゃんがいた。

ふふふ、あんなにはしゃいじゃって。根っこのとこは全然変わってないんだから…。

なんだか昔のような懐かしい気持ちが広がる。

そう、あの笑い顔だ。あの顔を見るために私は頑張ってるんだ。

ふと、体が軽く感じた。

 

 

「それじゃあ二人の優勝を祝して、乾杯!」

「「かんぱーい!」」

大会が終わったその夜。相川妹を呼び、我が家でちょっとした祝賀会を開くことにした。

個人種目では相川妹が短距離制覇、レナが高跳び。4継が2位、マイルが1位だった。

「いやぁ、まさか玲於奈があんなに差をつけて戻ってくるとは思わなかったよ。」

いよ、マイルのヒーロー!とレナを囃し立てる。

そう、今日のマイルのヒーローは間違いなくレナだった。

1走、2走と集団のままバトンを繋いでいき、混戦の中3走のレナが残りの150メートルでペースを上げ集団を抜け出したのだ。

1位でバトンを受け取った相川妹は本当に楽に、気持ちよく流すだけでよかったのだった。

「男子は惜しかったな。やっぱり経験の差が出たな。」

男子のマイルリレーは案の定というか、佐倉が失速し7位でレースを終えたのだった。

「まあ、本当に直前になって決まりましたからね勝手がわからなかったのも仕方がなかったですよ。剛くんには個人で頑張ってもらいましょう。」

一応個人の400で5位に入ったので、関東大会には出ることができるようだった。

「それで先輩、頑張った後輩にご褒美は無いんですか~?ね、玲於奈~。」

「私は…先払いで貰ったからいいや。」

同意を求める相川妹に反して、レナはそういってオレンジジュースに口をつける。

「え?いつの間に…何貰ったの?キス?チュー?口づけ?接吻?」

「全部同じじゃないの…違うわよ。そんなのよりもーっと良いもの。華菜はマッサージでもしてもらったら?」

何かをした覚えはないのだが、レナは満足そうな顔をしていた。

「気になる…。ま、いいか。それより、マッサージは魅力的だな~。先輩、お願いして良いですか?」

「それぐらいならお安い御用。」

「やったー!」

 

 

「…とまあ、こんな感じだった。」

『華菜もレース運びを学び始めたようだね。良い兆候だよ。それで、華菜は今どうしてるんだい?』

「レナと一緒にぐっすり寝てるよ。」

相川妹のマッサージを終えてから、二日間の映像を瀬奈へ送った。すると間もなく瀬奈から電話が来たのだった。

夜のベランダは心地よい風が吹いていて、少しづつ秋が近づいていることを感じさせる。

『相変わらず自由気ままで…。すまないね、うちの妹が迷惑かけて。』

「迷惑だなんてとんでもない。妹が一人増えたみたいで楽しいよ。世話の焼ける妹がね。」

スピーカーの奥で瀬奈の笑い声が聞こえる。

『ああ、そうだ。良かったら学園祭に来ないかい?何なら招待状を送っても良い。』

「日程は?」

『三週間後に三連休があるだろう?土曜が最終準備で、日曜日に一般公開。スケジュール的には余裕があるだろう?』

まあ、日程的には問題ないが…宿泊地はどうしようか。

『ウチの部長さんたちは招待する気満々でね、アテがあるそうだよ。』

「部長と相談してみるよ。明日かけなおす。」

『分かった。それじゃあ、おやすみ紅騎。』

「おやすみ、瀬奈。」

通話を切り、しばらくぼーっとする。…なんだか無性にギターが弾きたくなってきた。良く分からない、衝動的な何かが体に働いていた。

ギターケースを片手に外に出る。行先はいつもの公園。唯一の照明がベンチを照らしている。

 

 

そんなベンチに先客がいた。

「こんな夜遅くになにしてるんだ?」

「そっちこそ。」

岩沢さんはフッと小さく笑ってから一人分スペースを開けてくれた。

空いたスペースに腰を下ろすと、ベンチがギシ…と鳴った。

「なんだかギターが弾きたくなってね。それでここに来てみた。」

「奇遇だな…私もだ。」

ケースからギターを出して、チューニングを済ませる。…さて、何を弾こうか。

公園の中を眺めると、ビニル袋をあさるカラスが見えた。

黒い鳥…か。

フレットを押さえ、弦をはじく。

曲が分かったらしく岩沢さんが鼻歌で合わせてきた。

「Black birdか、でもあれはカラスの歌じゃないだろ?」

「まあ、別に良いだろ。」

「ふふ、そうだな。」

やり取りが何となくおかしくなって小さく笑う。

「今日は楽しかったよ。私の知らないものを見せてくれて…。綾崎はあんな世界で戦ってたんだな。」

それを感じてくれれば今日誘ったかいがあったものだ。音楽の世界だけに浸り続けるのではなく、彼女にはいろいろなものを見せてあげたい。

「次は私たちの番…。あいつらに私たちの世界を見せてやろう。」

「…そうだな。」

本当にこの人には敵わない。そう思った。

 

 

 


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