触れるものを輝かすソンザイ   作:skav

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52話「かっ……辛い…!」by紅騎

中身の濃かった夏休みが終わり、再び学校生活が帰ってきた。

しかし、学園祭が近いということもあり教室はどことなく浮かれた雰囲気だった。

かくいう我がクラスも学園祭のクラス企画を決めているところだった。

去年はひたすら焼きそば焼いてただけだからな。…今年はどうなることやら。

「みんなの厳正なる投票の結果、今年はカフェテリアをすることにしました。」

喫茶店じゃなくて、カフェテリアか…ということは衣装も制服か。それは楽で良いな。

「ちなみに接客はメイド服と執事服を予定しているわ。」

…うちのクラス委員長はなかなか凝り性というか、目立ちたがり屋なのか?

「普通メイドとか執事は喫茶店じゃないのか?」

「俺もそう思う。まあ、文化祭だしそんな気にするのも野暮だろ。」

隣にいる音無も気にしている様子だった。まあ、英語か日本語かの違いだしな。

だけどなんとなく喫茶店は紅茶で、カフェテリアはコーヒーのイメージがある。なんとなくだけど。

「まあ、良いじゃん。女の子がいつもと違う格好をするのが良いんだし。」

まあ、日向の言うことは半分的を得ている。普段とは違うことをする。それが重要なのだ。そういえば去年の演奏はメイド服と執事服だったな。

演奏に集中してそこまで見ていたわけでも無かったし、これは良い機会かもしれない。

 

…誰のとは言わないが。

 

「へ~コウ君のところはカフェなんだ。私のクラスはね、喫茶店だよ~。」

見事に被ったな。いや、唯のところには琴吹がいるからメインは紅茶か。

「普通の喫茶店?」

「うん、紅茶とちょっとしたお菓子を出すんだ~。」

「それって普段の軽音楽部と変わらないんじゃ…。」

「そこは気にしちゃダメだよ。コウ君!」

今日の放課後は集まりが悪く、琴吹、唯、俺しか部室にいなかった。

「ちなみに紅茶は…。」

「うん、私が用意するの。いつもみんなに飲んでもらってる紅茶よ。」

部室で飲んでいるってことは…この紅茶か。いや、これ絶対高いだろ。高校の文化祭で出せるような代物じゃねーよ。

「ちなみに菓子類は…。」

「私たちが作るよ~。」

それは良かった。それなら何とかバランスが…取れるか?

「それはそうとこっちの方は大丈夫なのか?練習してるのか?」

「うん、昨日曲順が決まったよ~。コウ君のところは?」

「今はパート練習がメインでやってる。」

…まあ、練習過程は人それぞれだからな。

「へー、今年はどんな曲をやるの?」

「オリジナルが2曲とLayla、合宿で俺のグループがやった曲。」

「あーあの曲、かっこいいよね!ロックンロールで!」

いつの間にか用意をしたギターを持ち、Laylaのリフを一音違わず弾いて見せる。…相変わらずスゲーな。

「そこのチョーギングはもっと思い切りやっても大丈夫だぞ。」

「えっと…こう?」

「まだ足りない。…ちょっと見てろ。」

俺も自分のギターを用意して、Laylaのリフを弾いて見せた。

「おぉ…よし、そんな感じだね。」

5弦を先ほどよりもさらに歪ませる。

「そうそう、そんな感じ。」

…そういえば”ふわふわ時間”のソロでチョーギングを使うのも面白そうだな。なんとなくフレーズが頭に浮かび上がってきた。…よし。

「唯、ふわふわ時間のギターソロ練習するぞ。」

「…へ?いきなりどうしたの?」

「laylaでちょっとしたヒントを貰った。」

琴吹に楽譜を出してもらい、メトロノームを準備した。

「まずは弾いて見せるからよく聞いてるように。」

「は~い。」

従来のギターソロは唯が初心者ということもあってか、簡略化というか少ないコードで弾けるようになっている。どちらかと言えば歌詞の繋ぎという要素が強かった。

だけど唯の呑み込みの早さならば、そろそろちゃんとしたギターソロを弾かせてやってもいい時期かもしれない。

チョーギングと速弾きを組み合わせて文字通りふわっとした歌詞と正反対のギターソロを、あいつらをちょっと驚かせてやろう。

間奏の三小節前から初めて、そんなことを考えながらギターソロを弾いて見せた。

「おぉ~凄い!かっこいい!!」

「よし、次は唯の番。ゆっくりで良いから弾いてみ。」

「うん!」

メトロノームのテンポを下げる。

唯はそれに合わせて先ほどのギターソロを一音たがわず確実にコピーしていく。

たぶんこいつは口笛を吹く感覚でギターを弾いているのだろう。楽譜が読めなくても口笛ならば聞いた音を真似できるように。

「うーん、ゆっくりでいっぱいいっぱいだよ~。」

「最初はそんなもんだろ。まあ…がんばれ。」

「うん!折角コウ君が作ってくれたんだもん、弾けるようになる!」

唯は止めたメトロノームをもう一度動かして、練習に集中する。

じゃあ、俺はさっきのギターソロを楽譜にしますかね。五線譜とシャープペンを机に置くと、横から熱い視線を感じた。

「琴吹さーん、目が怖い。」

「私の事は気にせず。」

…すっごく気になるんですけど。

まあ、作曲を担当する人間からしたら気になるか。

出来上がった楽譜は目を輝かせる琴吹に任せることにした。なぜかとても喜ばれた。

 

 

そして文化祭になるとものすごく張りきる人間が一人、この軽音楽部にもいた。

山中さわ子。軽音楽部顧問。

「今年もギャラリーをあっと言わせる衣装を作るから楽しみにしてるといいわ!」

猫を被ることに疲れたのか、諦めたのか、この人は部室にいるときといない時でキャラが全く違う。

ちなみに今の山中教諭の状態は非常に面倒くさいモードで、逆らうといつのまにか着せ替え人形にさせられてしまう恐ろしいモードだ。

こんな時はとことんスルーするにかぎる。

「ひさ子、laylaのアレンジでちょっと相談がある。」

「ほい来た。」

近場のひさ子を巻き込んで山中教諭を回避すべく楽譜を広げる。

「さわちゃんさわちゃん、今年の衣装はどんなのー?」

「そーねー、学園祭…お祭り…やっぱり浴衣かしら?」

唯と山中教諭との会話に祭りと浴衣という単語が飛んできた。それだけで俺の脳裏にあの光景がフラッシュバックしてきた。陶磁器のような白くてそれはそれはとても綺麗な…。

必死に別の事を考えて振り払おうとするが、一度浮かんできたそれは全く消えようとはしなかった。

「ほぉ、浴衣か…良かったな葵。」

そんな俺を見逃すはずもなく、ひさ子はにやにやしながら俺を見てそう言った。

まあ、もう一度岩沢さんの浴衣を半合法的に見ることができるのは正直に嬉しい。…が、大勢の前であの姿を見せると考えると少々抵抗というか、嫌悪感が走る。

「…俺は反対だ。」

そう呟く俺を見て、ひさ子は驚いた顔を見せた後に腹を抱えて声を押し殺して笑い出した。

「なんだよ。」

「クックックッ…まさかな…ぷふふ、お前がそんな言葉を吐くとは。あーおもしれ~。」

どうやらひさ子は俺の考えていることを正確に読み取ったようだった。

「おーい山中先生~私たちは制服で出るからな~。その代わりと言っちゃあなんだが、葵クンがモデルをやるってよ。」

そんな勝手なことを山中教諭にひさ子は提案した。その瞬間目がきらりと光り、気が付いたら俺はブレザーとシャツを剝かれメジャーでしばりつけられていた。

「さあて、紅騎君は去年と比べてまた胸囲と身長が増えたから正確な数字が知りたかったのよね~。」

そしてまた別のメジャーを取り出し、じりじりと俺との距離を詰めていく。

「…くそ、やるならさっさとしてください。」

敵軍に捕まった捕虜のごとく、俺はこうべを垂れた。これも、俺の小さなわがままを通すためだ。耐えるんだ、葵紅騎!

 

 

「お、岩沢お疲れ。コーヒー豆選びだったっけ?」

「変にこだわるから時間がかかった。…綾崎は?」

「ああ、あいつは尊い犠牲になった。」

「……?」

 

 

採寸をするだけと言っていたのにも関わらず、あれを着ろこれを着ろとなぜか衣装を着せられ手直しをさせられ、気が付いたらすっかり日が落ちていた。

「今日はありがとう紅騎君、おかげで作業がはかどるわ。それじゃ!」

元凶は嬉々とした表情でさっさと車で帰ってしまった。

「…はあ、疲れた。」

今日家に帰ってもマスターもレナもいない。今日は自炊できるほど気力も残っていなかった。

「どっか食い行くか。」

とすると行く場所はすでに決まっているのだった。

 

「いらっしゃい!お、葵じゃねーか。ようやく解放されたのか?」

「……ユダ。」

「はっはっは、わりーわりー。」

裏切り者を示す単語を恨めしそうに吐くが、ひさ子は全く意に介していない様子だった。

「…今日は客が少ないんだな。」

「そりゃそうだ。定休日だし。」

本日二度目のとんでもない一言が発せられた。いや、確かに定休日って貼ってあった気がするけど明かりがついてて鍵が開いてりゃ気が付かないだろ。

「それで、定休日に何やってるんだよ。」

「岩沢のメニュー開発。今日のお題は麻婆豆腐だ。ウチの麻婆豆腐ってなぜか不人気なんだよ。」

バイトの身だというのになんとも熱心な二人だった。

「それじゃあ邪魔だったな。頑張れよ。」

踵を返し店を出ようとする俺の肩を誰かが掴んで引き留めた。

「家に帰っても誰もいないんだろ?だったら食べていけばいい。」

本日三度目のトンデモ発言。なんで岩沢さんが俺の家の台所事情を把握してるのだろうか。

「玲於奈から連絡があった。」

我が妹はいったい何を考えているのだろうか。まあ、いろいろ気を利かせてなんだろうと思うけど。…でも、岩沢さんの手料理か。

「ならお言葉に甘えて。…ごちそうになります。」

「ん、よろしい。」

「はい、4番カウンター1名様入りまーす!」

ひさ子からおしぼりとお冷を受け取って、厨房を眺める。

そこには岩沢さんが慣れた手つきで麻婆豆腐を作っていた。

「葵って結構食うだろ?私と岩沢じゃあ食いきれないから、お前が来て結構ありがたいと思ってるんだぜ。」

「…そんなに作るのか?」

「だから餃子の開発に時間がかかったんだよ。」

あー…なるほど。女の子二人が食べきれる量で試作してもその進歩は微々たるものだろうし。

そう思っていると目の前に麻婆豆腐が置かれた。至って普通の麻婆豆腐だ。

「まずは普通の奴から食べてみて。」

というわけなので、れんげで一口食べてみる。その瞬間カーッと体が熱くなった。

「かっ……辛い…!」

見た目は普通の麻婆豆腐なのに口に入れた瞬間舌をこれでもかと刺激してきた。そしてどことなく給食っぽいどろっとした感じ。…なるほど。不人気の理由が分かった気がする。

「どうだ、綾崎。率直な感想を言ってくれ。」

では、率直な感想を言わせてもらおう。

「辛い。それも辛いだけでちっとも美味しくない。これじゃあ売れないのも当然だ。」

「…やっぱりか。じゃあ、どうすれば良いと思う?」

これはもう根本的なところから変えるべきだろう。ちらりと厨房を見ると様々な香辛料が並んでいた。…なるほど、準備に抜かりはないってことか。

「ちなみにこの麻婆豆腐は何を手本に?」

「聞いて驚くなよ、なんと給食のものを手本にして辛くしたんだってよ。お孫さんが食べたいからってメニューにしたらしいんだけどさ、それは食卓で作れって最近言ったんだよ。」

ひさ子がやれやれと言った様子で首を横に振った。…なるほど、それでこの試食会か。

「そのお孫さんはかなり辛い物が好きなんだな。」

「その話は置いておいて、今度はちょっと違う香辛料を使ってみた。」

再び出された麻婆豆腐は先ほどよりも黒い色をしていた。一口食べてみると、口の中で程よく辛さが効いて豆腐やひき肉の味が広がった。

「これは…美味しい。なんだろう、高い中華料理屋で食べてる気分。」

「じゃあ、次はこれ。」

そういって今度は随分と赤い麻婆豆腐が出てきた。とにかく辛そうだった。

とりあえず一口。

「!?」

瞬間口の中が真っ赤に変色してしまったのかと思ったほどの辛さが襲ってきた。思わず水に手が伸びたが、その手をぴたりと止める。辛さの中にふわりと旨みを感じたからだ。

いやむしろ辛さという刺激によってその旨みがより引き立てられていく。

「これ…かなり癖になるな。」

「気に…入ったか?」

岩沢さんの問いに頷いて、赤い麻婆豆腐を完食した。

「なんだよー、結局岩沢が選んだ方かよ。」

「だから言っただろ?ただ美味いだけじゃ人気は出ないって。」

なるほど、そっちの黒いのはひさ子セレクトだったと。まあ、手堅くというか抜け目ない感じがそのまま出てたからそうだとは思ったけどさ。

「それで、結局どうするんだ?」

「赤い方を基本にして、あとはもう少し改善できるところもあるから。まだ店では出せないな。」

それならこちらは気長に待つとしよう。

「ちなみにまだ食えるか?」

「ああ、まだ満腹には程遠い。」

「そうか…それは頼もしいな。」

岩沢さんの口元がにやりと笑った。

 

 

カランカラン…

「あ、お兄ちゃんお帰り。どこかで食べてきたの?」

「お、おう…ちょっと中華料理を…ぐふ。」

張りきって食べすぎたのか、腹がいつもよりも張っている。…今日は銭湯は行かずにシャワーだけに留めよう。

「お兄ちゃんが食べすぎるなんて、そんなに岩沢さんの料理が美味しかったの?」

「否定は…しません。ああ、それと明日新人大会だっけ?」

インターハイが終わり、三年生はもう引退だ。今度からは二年生が中心になって代替わりとなる。それを象徴するのが新人大会なのだった。そして夏の練習の成果を試す場でもある。

「うん、朝早いので朝食はいりません。」

普段は朝に弱いくせに大会の日になるとしっかりと起きるのはまた不思議な体質だな。

「明日は…相川妹の400か。レナの高跳びは日曜だよな?」

「うん、それとね。…なんとマイルに出ます!」

4×400メートルリレー。通称マイルリレーは高校陸上の花形競技だ。4×100リレーとは違い、学校の総力戦。つまり出る選手は各学校代表というわけだ。

「すごいな、それは楽しみだ。」

「ふふふ、楽しみにしてなさーい。あ、岩沢さんたちも誘ったら?そしたらもっと頑張っちゃうよ?」

「なら頑張って誘うことにするよ。」

土日を潰させるのは忍びないから、日曜だけ誘おう。なにせ朝から夕方までみっちり競技が詰まっているのだ。一つ一つの競技は短いが、それが何組もあるのだから時間がかかって当然だ。

メールでそのことを軽音楽部全員に伝える。

結局見に行くと返信が来たのは我がバンドメンバー全員と唯、中野の6人だった。

 

 


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