触れるものを輝かすソンザイ   作:skav

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51話「うぅ~どうしよう~…。」by唯

「そろそろ学園祭でやる曲を決めようか。」

夏休みも後半に入り、もう少しで二学期が始まる。二学期は学園祭、体育祭と二台行事が待っている。

「そろそろって、ジャズ研や吹奏楽部は夏休みが始まる前から練習してますよ?」

「まあ、それが俺たち軽音楽部の緩さだな。まあ、あいつらは二学期に入ってからでもあまり練習はしないだろうが。」

学園祭は10月の頭に開催される。クラス企画の準備もあるから練習できる時間はおそらくそう多くはないはずだ。

「ま、私たちは私たちで練習しとくか。それで曲決めだよな。またコピー2曲、オリジナル一曲で良いんじゃないか?岩沢のHot mealがあるだろ。」

「いえ、crow songもやりたいです。私たち、あの演奏で軽音楽部に入ることを決めたんです。」

珍しく入江が張りきった様子で意見を主張した。

「俺も入江に賛成だ。あの時の演奏は仮のメンバーだったからな。」

「今度は正式なメンバーで、か。それもそうだな、岩沢はどう思う?」

「ああ、それで良い。crow songも少しだけ変えたから、丁度いい。」

よし、これで2曲は決まった。

「じゃあ、3曲目だが。入江、悪いけどDire straitsは無しだからな。最初の”掴み”でやるにはちょっとマイナーすぎる。」

「はい…分かりました。残念ですけど。」

俺もどうせならやってみたいが、3曲の枠に入れるには少しだけためらわれる。せめてもっと枠があれば演奏しても良いのだが。

「折角だから合宿で演奏した奴を弾いてみるか。LaylaとBurnどっちが良い?」

多数決を取ってみると、全員一致でLaylaだった。

「今度は岩沢さんと綾崎先輩のカラミが聞いてみたいです。ひさ子さんだけだと年齢制限がかかりそうなので。」

「おい関根、どういう意味だコラ。」

確かにひさ子と演奏していると妙に疲れる節がある。俺としても岩沢さんがいてほしいと思っていた。

「3曲目はLaylaで決定ってことで。それじゃあ、そっちの編曲も始めるか。」

「よし、ならコーヒーでも用意しよう。」

カウンターに入りアイスコーヒーの準備をする。場所が違えどやってることはあまり大差ないな。まあ、お菓子は出ないけど。

「お兄ちゃん、コーヒー淹れるの?じゃあ、冷蔵庫にチーズケーキあるよ。」

…訂正。今この瞬間ここは軽音楽部部室へと変貌した。まあ、あまり根を詰めるのも良くないしな。

「綾崎妹のチーズケーキか、じゃあ少し休憩しよう。あれは味わって食べたい。」

「岩沢さん食べたことあるんですか?」

「ああ、今までで一番美味かった。」

「ほ、褒めすぎですよ岩沢さん…。」

俺の家で活動することが多いこともあり、玲於奈も少しずつ打ち解けてきた。最初はさっさと二階にこもるか外出していたが、今は一緒にコーヒーを飲むくらいにはなっていた。

相川妹も似たようなことやってたな…そういえば。

「れおにゃって良いお嫁さんだよねー、よし、私がもらってあげよう!」

「しおりにはもうみゆきというお嫁さんがいるでしょ?」

「え、知らないの?女の子はお嫁さんは何人いてもいいんだよ?」

「その理屈で言うと男性は…いや、何でもない。」

「せんぱーい、れおにゃは男同士のチョメチョメに興味があるそうですよ~。」

「な、何でもないって言ったでしょ!」

見事に関根の誘導に引っかかったレナは顔を真っ赤にしていた。

「ちっちっち、甘いな関根。玲於奈ちゃんはもう私たちの世界に踏み込んでいるのさ。」

「なるほど、ツンデレですか。」

「わーれおなちゃん可愛いー。(棒読み)」

「うわーん、助けて。お兄ちゃん、岩沢さん~。」

「「悪い、いまちょっと手が離せない。」」

このやり取りもまた定番となりつつあった。

 

「れおにゃっていつから陸上はじめたの?」

コーヒーが出来上がるのを待つ間に関根はレナにそんなことを聞いた。…また不思議なニックネームを付けたな。的を得ているけど。

「えっと…確か小2からだったかな?」

「そうだな俺と同時に陸上始めたんだから、小2であってる。」

小学生対象の陸上教室に行こうとしたら、レナも行きたいと駄々をこねたんだっけ。その時はどこでも着いてきたっけな。

「なるほど、きっかけは先輩でしたか。じゃあ、先輩はなんで陸上を?」

「チームプレーが苦手だったんだよ。」

自分のミスはチームのミス、チームのミスは自分のミス。それがどうも性に合わなかった。それに比べ陸上は努力した分だけ記録が伸びるし、自分のミスは自分だけで完結するから楽だ。

そんな後ろ向きな理由で始めた陸上だが、やってみて分かったことは陸上もチームスポーツだということだ。

本番は確かに一人だが、練習は全員でやるもので辛い練習も全員で乗り切り、全員で競争して切磋琢磨するものだ。そんな当たり前のことに気が付かせてくれた。

「そんな陸上をやめて後ろめたさというか、心残りはなかったんですか?」

「まあ、なかったと言えば嘘になるな。少し寂しいよ。だけど、今はレナを応援する方が楽しいからな。」

本当に勝手な言い分だけど、レナには俺の分まで頑張って欲しいと思っている。だから俺は全力でサポートする。

「まあ、いつもお世話になってるよ。栄養とか相談にも乗ってくれたりするし、技術面でもアドバイス貰ってるし。記録残さないと悪いって言うか、申し訳が立たないというか。……って、なんでみなさん笑ってるんですか!?」

「みゆきち、これがツンデレってやつだよ。やっぱり本物は違うね~。」

「そうだね~。」

「だーかーらー、茶化さないでってば!」

顔を赤くしながらも、レナは楽しそうに会話をしていて、最初のような堅さは感じられなかった。

交友関係を広げるのも今後のレナの生活に良い影響が出るはずだ。そんなことを思いつつ、コーヒーフィルターにお湯を注いでいた。

 

「ごちそうさま。チーズケーキもコーヒーも美味かったぜ~。」

ひさ子が空になったコーヒーカップを置く。テーブルの上にある皿とカップは全て空になっている。

それらをまとめて洗い場へと運ぶ。蛇口をひねったところで、すっと横から手が伸びてきた。

「手伝う。」

「ありがと。じゃあ、皿頼んだ。」

岩沢さんに皿を任せてコーヒーカップを洗う。手分けをすれば、ものの数分で洗い物は終わってしまった。

テーブルを布巾で拭いて再び楽譜やらを準備した。確か岩沢さんはさっきまでLaylaの楽譜を見ていたはずだから、それも出しておく。

よし、準備完了。

大体の準備を終えたあたりからなぜか岩沢さんを除く全員から妙な視線を感じた。

「ひさ子先輩、あれは間違いなく夫婦ですよ。絶対そうです。」

「なんだか日を追うごとに精度が上がってきてるな」

「あんなに息ぴったりでしかもそれを感じさせないほどさりげないなんて…。」

「お兄ちゃん…いつの間に。」

四人に言われて初めて岩沢さんがまるで黒子のように俺の手伝いを完璧にこなしていたことに気が付いた。

「私岩沢先輩と葵先輩の演奏がぴったり合う理由が何となくわかった気がします。」

いいえ、入江さんやそれは気のせいです。

「岩沢さん!そこまでやって頂かなくて大丈夫ですから!」

「…すまない。」

レナが慌てて水回りの掃除を始めた岩沢さんを止めていた。

……まあ、この人が我が家に馴染み始めてきたのも事実なのだが。うれしさ半分気恥ずかしさ半分戸惑い半分といったところだった。

いや、これじゃあ3分の1ずつか。あーなんか混乱してきた。

「よし、そんじゃあ練習再開すっか。関根ー入江ー行くぞ。葵と岩沢は曲の方頼んだぞ~。」

「ひ、ひさ子先輩。私も、私も曲のお手伝いというかせめて見るだけでも…。」

「ああ、分かった。それじゃあ入江Hot for teacherをシングルペダルでコピーできるようにするぞ。」

スラリとものすごい難題を入江に吹っかけてきた。いやいや、さすがに無理だろ。

「はい!」

そしてそれを何の疑問を抱かずに元気よく返事をする入江だった。…さすがバンド随一のキチコンビ。

まあ、良い。俺たちは俺たちでやることをやろう。

「実は合宿のおかげでLaylaのアレンジは大体イメージできてるんだ。あの演奏をベースにしたい。綾崎のアレンジも取り入れたいし。良いか?」

「分かった。となるとだ…問題は後半のインストパートか。あの時は琴吹がいたから良かったけど。」

キーボードがいないとどうしてもあの独特な雰囲気は表現しにくいんじゃないだろうか…。

「なに、心配するな。ギターにはギターの、キーボードにはキーボードにしか出せない音があるから。」

俺の心配をよそに岩沢さんは確固たる意志を持った瞳で俺に笑いかけてきた。そんな目をされてしまっては、期待せざるを得なかった。

「よし、早速取り掛かるか。」

 

 

「紅茶の用意ができたよ~。」

所変わって軽音楽部部室は、いつも通りの光景が広がっていた。

「ん~やっぱりムギちゃんのケーキは美味しいね~。」

「って、なごんでる場合かー!!」

いつも通り紬の用意したケーキと紅茶をおいしそうに楽しむ唯を、律が叱る。

「どしたのりっちゃん?」

「唯、花火祭りは楽しかったか?」

「うん、まさみちゃんとコウ君と一緒にね。すっごく楽しかったよ~。」

「楽しんでる場合かー!!」

澪に質問に答えた唯を再び律が叱る。

「だからどうしたのりっちゃん。大きな声出して。」

まったく気が付くそぶりを見せる様子のない彼女を見て律は頭をうがーっと頭を抱えた。

「唯、単刀直入に聞く。紅騎のこと好きだろう?」

「うん、もちろん好きだよ。」

「しかーし、今その唯ちゃんにピンチが訪れていることを自覚してないのかね!?」

ビシッと律が唯に指をさす。

「唯センパイもお祭りに行ってたんですか?」

「うん、あずにゃんは?」

「しおりとみゆきと一緒に。あと花火は律センパイたちと一緒に見ました。」

「丁度河原で三人に会ったから折角だからみんなで見ようって言ったんだ。」

律たちは河原に行って唯たちを探そうとしたところで、その三人を見つけそのまま5人で見ることにしたのだった。

「私たちは橋の方で見ましたけど、唯センパイたちはどこにいたんですか?」

「それならみんなとは反対側にいたよ。凄かったよね~今年は大きな花火がいっぱい上がって。」

「だーかーらー!そんな呑気にしてたら紅騎が取られるぞ、それでもいいのか!?」

「それは…いや、かも。」

律の直球な質問に唯は目を伏せて答える。が、すぐに顔を上げた。

「でもね、最近コウ君が笑うようになったんだよ。昔みたいに。なんだかそれ見てるとそれだけで幸せな気持ちになってね…それで。」

嬉しそうに話し始めたが、徐々にその声が小さくなりついには机に突っ伏してしまった。

「うぅ~どうしよう~…。」

正直危機感を感じていないわけでは無かった。誰にでもある他人との間に作る壁のようなものが、あの二人の場合ここ数日で確実に薄くなりつつあるのを感じていた。

徐々に深まる二人の関係に唯は幸福感と不安という相反する感情に悩まされていた。

「唯センパイ!私は先輩を応援してます!」

「ありがと~あずにゃん~。」

「だからくっつかないで下さい!…熱いんですから。」

「よし、じゃあ唯が無事紅騎とくっつけるように作戦を練るぞー!」

律がホワイトボードに何やら書き始める。

「いや練習しろよ…。」

そんな幼馴染の背中にぼそりと澪は呟いた。

 

 

 

「みなさん良かったら夕ご飯を食べていってください。」

日が傾き蜩が鳴きはじめたころ、スタジオで練習をしている俺たちにレナがそう言った。

「それは嬉しいけどさ。よるは大丈夫なのか?ライブの予定が入って忙しいとか。」

「今日はライブの予定がないからな。忙しくはないよ。」

「それじゃあお言葉に甘えるわ。三人はどうする?」

「じゃあ、私も頂きます。れおにゃんの手料理も食べたいし!」

「わ、私もそれじゃあ…。」

ひさ子、関根、入江は食べていくらしい。

「岩沢さんは?」

「…悪いな綾崎。これからバイトあるんだ。」

「ああ、そっか今日は岩沢だけシフトが入ってるんだっけ。」

たまにはウチの冷やし中華も食いに来いよと言って、岩沢さんはバイト先のラーメン屋に向かった。

というわけで三人だけ食べていくことになった。楽器を置いてリビングへ行くと、すでに夕食の準備が終わっていた。…そこまで集中してたのか。

「えっと…今日の夕食は冷やし中華です。うぅ…なんで岩沢さんは分かったんだろ?」

「そりゃあれだけ熱心に岩沢さんに作り方教わってたら分かるだろ。」

岩沢さんとひさ子が働いているラーメン屋はラーメン以外のメニューもあり、それもまた美味いのだ。そこの厨房を担当している彼女もまた中華料理の腕前はかなりものだ。

「だって負けられないもん!」

葵家の台所を任されている身としてはやはりプライドが許さないのだろう。それに元来レナは相当の負けず嫌いだ。

「れおにゃんもいい感じに姑だね~。「まさみさん、こんな塩分の濃いお味噌汁なんて作って私を高血圧で殺すつもりかしら?」」

「いや、まさみさんのお味噌汁はむしろ塩分控えめでそれなのにしっかり出汁が出て美味しいんだよ?」

からかったつもりで言ったのだろうが、関根の言葉にレナは心底落ち込んでしまった。それほどまでに岩沢さんの味噌汁は完璧と言わざるを得なかった。

「あ、あれ?私なんか地雷ふんじゃった…?」

「うぅ~…悔しくないもん、悔しくなんかないもん!」

「みゆきち!一緒にれおにゃんを慰めて!」

「まあまあ、れおなちゃん。」

長身のレナが小柄な二人に慰められるというなかなか見ない光景を眺めていると、横にいるひさ子に脇腹を突かれた。

「なあ、今度味噌汁の出汁の取り方教えてくれよ。」

「…岩沢さんほど上手くないぞ?」

「ああ。構わねーよ。なんか最近姉貴が作れ作れうるさくてよ。お前に浴衣貸してから。」

…それは何かあらぬ誤解を受けてはいないだろうか?

「まあ、料理できるに越したことは無いからな。ハンバーグしか作れませんじゃ寂しいし。」

「そういうこった。頼んだぜ、葵先生!」

「はいはい、承りましたよ…さて、三人ともそれくらいにしてそろそろ食べようか。」

全員が席に着いたことを確認して手を合わせた。

レナの冷やし中華は昆布やカツオをベースとしたスープで仕上げられていて、夏場にうれしいさっぱりとした味だった。

この辺りは和食の得意なレナらしい味だった。

…でも確かにだしの取り方は岩沢さんの方が一枚上手かもしれない。また落ち込むので口にはしないけど。

「そういや葵、お前祭りの時随分岩沢とくっついてなかったか?」

ひさ子が唐突にそんなことを聞いてきた。

「…そうだったか?あまり自覚は無いんだけど。」

「いや、だってお前ら手繋いでただろ?」

……。

「…誰と?」

「岩沢と。」

「誰が?」

「お前が。」

「何をつないでたって?」

「手。…まさか自覚がなかったのか?」

全然気が付かなかった。いや、確かにずっと左手に温かい感触はあったけど。

「ひさ子先輩、詳しく!その話詳しく聞かせてください!」

案の定関根が食いついてきた。

「詳しくって言われてもなぁ。ただ手繋いでただけだし、当の本人が無自覚じゃあ確認しようがないし。ああ、岩沢は終始視線が落ち着いてなかったぞ。」

…それは見たかったかもしれない。

いや、それより本当に俺は手をつないでたのか…。

確かに岩沢さんの浴衣姿を見た時どこかへ消えてしまいそうな感覚を覚えたけど。…まさか行動に移していたとは。

本当に今更ながら体が熱くなるのを感じた。今ここに岩沢さんがいなくて良かった。

「お兄ちゃん、耳赤くなってる。」

「…知ってる。」

後輩の前で照れるという失態を犯してしまった俺はしばらく関根にからかわれた。

よし、後で懲らしめよう。


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