入学から早二週間、葵家の養子となって一週間と五日。俺は若干の窮地に立たされている。
「う~ん・・・困った」
今俺の机の上には白い紙が一枚置かれている。その名も入部届だ。
この学校は文武両道が校訓の一つなので、生徒達は何かしらの部活動もしくは生徒会に入ることになっている。
それを知ったのは今日、しかしどうもこの用紙は二週間前に渡されたらしい。
つまりは、提出期限が明日な訳で・・・。
「部活動ね・・・」
ちなみに俺は生徒会に入る気は全くない。・・・理由は簡単。忙しいからだ。
「あれ?コウ君何してるの~?」
唯がふら~っと横からのぞき込んできた。
「入部届・・・あれ?コウ君も迷ってるの?」
「”も”ってことはお前もか?」
「うん・・・高校に入って何かしなきゃって思ってるんだけど。・・・なかなか見つからなくて」
「唯、紅騎。何してるの?」
和が俺たちに声を掛けてきた。ちなみに和はすでに生徒会に入っているらしい。
「ああ、部活動をどうするか迷っていてな」
「私も~」
「え・・・?まだ悩んでいたの?もう二週間も経ったのに?」
「いや、俺はさっきこの紙を発掘したわけで・・・」
「だって、私運動苦手だし・・・得意なこともないし・・・」
「はぁ・・・こうしてニートが増えていくのね」
「「部活が決まらないだけでニート!?」」
意外ときついこと言うんだな・・・和。
「まあ、明日までが期限だから何とかするよ」
「あら?紅騎は別に明日じゃなくても良いのよ?」
はい?アシタジャナクテモイイ?
「和、それってドユコト?」
「いい?特殊生は複雑な家庭環境で過ごしている生徒も少なくないの。詳しくは知らないけど紅騎もそうでしょ?」
まあ、確かに複雑な家庭環境ではあるな。・・・つい二週間くらい前に一応の安定はしたけど。
「・・・だから、部活動はしなくても良いと?」
「一応希望すれば入れるみたいだけど、おおむねその通りよ」
「そう・・・なんだ」
「え~コウ君部活やらないの?」
「・・・考える時間が延びただけだ」
「唯は明日までが期限だからね?」
「う~・・・分かったよ」
「紅騎も決めるなら早いウチが良いわよ。他の部員と早くなじんだ方が良いでしょ?」
ごもっともな意見で・・・。
「じゃあ、私は生徒会の仕事があるから。」
「うん、ばいば~い和ちゃん」
和は少し不安そうな表情をしてから教室を出て行った。
「さて、と・・・俺も帰るか」
「あ、だったら一緒に帰ろうよコウ君」
「・・・部活はどうするんだ?」
「帰ってから考えるよ~」
・・・不安だ。
玄関を出るとまだ少し部の勧誘をしていた。
「柔道部をよろしくお願いしま~す」
「空手部をよろしくお願いしま~す」
「合気道部をよろしくお願いしま~す」
「少林寺拳法部をよろしくお願いしま~す」
「剣道部をよろしくお願いしま~す」
・・・なんで、武道系ばっかなんだ?
「う~・・・運動部の勧誘ばっかり」
「勧誘は、だろ?ほら、掲示板でも見てみろよ。」
玄関脇の掲示板には隙間がないほど様々な部活の勧誘チラシが貼ってあった。
「文芸部、茶道部、ジャズ研、地歴部、地学部・・・」
本当に何でもあるんだな。つーか地学と、地歴ってどんな違いがあるんだ?
「唯、何か気になる部活でもあったか?」
「え?あ、うん。一応・・・。」
唯の視線の先には白い紙に黒文字で”軽音楽部”と書かれたものが貼ってあった。
「軽音楽・・・って、なんだか分かる?」
「いや、俺も知らない・・・」
そもそも部活動紹介で名前上がってたっけ?
「軽い音楽ってことは簡単な音楽しかやらないのかな~?・・・・口笛とか」
「だとしたらかなりやる気のない部活だな」
「あとは・・・カスタネットとか?」
唯+カスタネット・・・・・。
あー・・・うん、かなり似合ってる組み合わせだな。
「決めた!私軽音楽部に入る!」
「おいおい・・・そんな簡単に決めて良いのか?」
「私用紙に書いて先生に渡してくる!コウ君は先に帰ってて良いよ~」
そう言ってまた校舎内に入っていった。・・・・行動力だけは有るんだな。
「・・・帰るか」
校門の方へ歩こうとしたとき誰かとぶつかった。
ドン・・・。
ぶつかった相手がよろけて転びそうになる。俺はとっさに相手の手を握って姿勢を安定させた。
「ふー・・・危なかった。ごめん、ちゃんと見て無くて」
「・・・・綾・・・・崎?」
「ん?あぁ、岩沢さんか。ごめんぶつかって・・・・・!」
「・・・・・・・・・・」
俺は思わず息をのんでしまった。あまりにも岩沢さんの目に生気を感じないからだ。
「そ、そういえばいつも持ってるギターはどうしたんだ?」
今日はアコギの入ったギターケースを肩に掛けていない。
「そんなことお前に関係ないだろ!!」
突然岩沢さんは叫んだ。本当に突然に。
そして岩沢さんはそのまま小走りで校門を出て行った。
「・・・・え?」
岩沢さん・・・・泣いてた?
俺、何か悪いことでも言ったのか?
「分かんねぇ・・・」
ポツ・・・ポツ・・・。
少し雨粒が降りてきた。・・・予報じゃ降らないって行ってたのに。
「しゃーない・・・」
俺も小走りで自分の家に向かった。
「紅騎、今日はライブの予定は入ってないからもう終わりにしても良いぞ」
いつもよりも客足が少なく、今日のライブは早めに終わりそうだった。
本当なら、残念に思うところだろう。だけど、今日ばかりは少しばかり気が楽になった。
「あ、はい。じゃあ、お言葉に甘えて先に銭湯行ってきます」
「お兄ちゃん今日は何か疲れてるみたいだから、ゆっくり浸かったら?」
レナが心配そうな様子で、バスタオルを渡してくる。
「そうする・・・やっぱり分かる?」
「うん、お兄ちゃん結構分かりやすいから」
早速着替等を持って銭湯に向かった。
「いらっしゃ~い・・・あれ?今日は一人かい?」
「はい、二人はもう少ししてから来るみたいです」
「あら、それはギターかい?」
「あ、はい。気分転換に駅前の公園で弾こうかなと」
「脱衣所は湿気が多いからね、預かっておいてあげるよ」
「すみません、じゃあ、お願いします」
おばさんにギターを預けてお金を払い、脱衣所に入った。
「・・・一人もいないのか?」
脱衣所にも浴場にも人の気配は無い。まあ、丁度いいや、静かに入れるし。
身体を洗ってから湯船に入る。・・・・やっぱり良いな。大きな浴槽を独り占めってのは。
”お兄ちゃん今日は何か疲れてるみたいだから”
・・・そんなに顔に出てたかな?
”お前には関係ないだろ!!”
・・・やっぱり俺が悪いんだろうな。けど・・・何が悪かったんだろ?
そんなにギターのこと聞かれるのが嫌だったのか?
「分からねぇ・・・」
ぶくぶくぶくぶく・・・
銭湯を後にしても岩沢さんの言葉が頭から離れない。
現在時刻20:45。この時間帯の駅前は残業で疲れたサラリーマンくらいしかいない。
俺は屋台にたむろってる大人達を横目に公園に向かった。無論公園も誰もいなかった。
そのことに安堵してベンチに座った。
そしてギターを出して、チューニングをしてからアンプラグ(アンプとプラグが一緒になった物)をセットする。
ヘッドホンを差し、ボリュームレベルを調節して準備完了。
・・・さて、何を弾こうか。
適当にコードを弾きながら考える。
~~~~~♪
そうしているうちに何となくメロディーが浮かんできた。
・・・けどコレはバラードだな。アコギで弾いた方が合う気がする。
けど俺、アコギ持ってないし・・・。まあ、良いか。
ギシ・・・
誰かが俺の隣のベンチに座る気配を感じた。
横目で見てみて最初に目に入ったのはぼろぼろのフォークギター。
長い間雨さらしだったのか弦は錆び付いて、ネックもがたがただ。
ちょこっと視線を上に上げるとその持ち主が目に入った。
セミロングの赤い髪、桜校の制服・・・。
「・・・って、岩沢さん!?」
間違いない、俺の悩みの大本、岩沢さんだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
お互い気まずい沈黙が漂う。
どうする・・・?まずは謝った方が良いのか?
とりあえずヘッドホンを首に掛ける。
「え、えーと・・・岩沢さん?」
「・・・何?」
「あの時はごめん、・・・何か悪いこと言ったみたいで」
「・・・・あの時?」
きょとんとした顔をする岩沢さん。・・・いや、今日起こった出来事ですけど!
「ほら、放課後の玄関前でさ・・・」
「ああ、あの時か。・・・お前が謝る必要はない。アレは私が悪いから・・・。ごめん、いきなり怒鳴ったりして」
ぺこ・・・、と頭を下げた。
「・・・何かあったのか?」
「・・・・・」
岩沢さんは立て掛けてあるフォークギターを軽く撫でた。
「ギター・・・壊されたんだ」
「・・・・え?」
突然の言葉に俺は耳を疑った。
「昨日バイトから帰ってきたときにな。ネックが折れたギターが床に転がってたんだ・・・」
「誰が・・・そんなこと」
「ウチの父親だよ。酒に酔った勢いでポッキリ・・・。さすがに私も腹が立ったよ。・・・でも、女の私じゃ敵わなかった」
そう言って制服の袖を捲って見せた。真新しい痣が数カ所合った。・・・だから、昨日の体育見学してたのか。
「まあ、こんなの慣れっこなんだけどね。・・・さすがにギターは許せないけど」
岩沢さんは「へへへ・・・」と笑った。その笑顔がとても悲しそうで、辛そうで・・・。
「そのギターは?」
「ああ、これ?家に帰る途中で見つけたんだ。・・・ゴミ捨て場でね。まあ、気休めだよ。コイツはもうボロボロすぎる・・・」
三弦を軽く弾いて見せた。およそ音と形容しにくい音が弱々しく響いた。
「今の私はコイツと同じさ・・・ボロボロで錆び付いて、もう一度音色を奏でる願いすら叶わない」
岩沢さんは変な話しを聞かせたなと言って立ち上がった。
「・・・待てよ岩沢さん。音楽を諦めるのか?」
「だって仕方がないだろう!?私にはもう方法が無いんだ!音楽を続ける方法が!!」
岩沢さんはあの時のように叫んだ。彼女自身はかなり悩んでいるだろう。
でも、俺にとっては贅沢な悩みのように感じた。
「ふざけるなよ・・・たかが楽器を失ったくらいで音楽を止める?・・・甘えるなよ」
「たかが楽器・・・お前、それ本気で言ってるのか?」
「ああ、本気だ。・・・俺はな、親友を失ってるんだよ!大好きな音楽で!!」
岩沢さんが驚いた表情を見せる。・・・しまった、こんな話しないつもりだったのに・・・。
「本当・・・なのか?」
しかし、話してしまった以上は無かったことには出来ない。
「ああ、本当だ。このギターはその友達からもらった物なんだ」
「そう・・・か」
「俺の話はどうでも良いんだよ。・・・今は岩沢さんだ」
「・・・・・・」
「そのフォークギター、・・・俺が直す」
「・・・・え?」
マスターは昔、ライブハウスの隣の小屋でギターの修理もしていた。
今は右目の不調で、していない。
けど、俺なら直せる。・・・死んだ親友の家がギターを作る仕事をしていたから。
当然そいつもギターを作る・直すといった知識が豊富だった。
俺もその影響を受けて、ギターの修理は自分でやるようになった。
いわば、このギターと知識は形見といったところだ。
俺はそのことを岩沢さんに話した。
「無理にとは言わない。けど、岩沢さんがもう一度音楽を奏でたいって想いあったらそのギターを持って、学校に来てくれ」
「・・・・分かった」
俺と岩沢さんはその後一切言葉を交わさずに別れていった。
「・・・ただいま」
「おう、お帰り、紅騎」
俺が帰ってきたとき、丁度マスターがカウンターでコーヒーを飲んでいた。
「マスター・・・隣の修理小屋ってまだ使えます?」
「修理小屋ぁ?・・・バリバリ使えるが、俺はもう直せねーぞ?」
「俺が使います・・・」
「知識はあるのか?・・・・って、悪い。そこは触れて欲しくない所だったな」
マスターが済まなそうな顔をした。・・・まあ、気にしてないと言ったら嘘になるけど。
「そら、小屋の鍵だ。」
マスターが鍵を投げ渡してきた。レスポールのキーホルダーが着いた鍵だった。
「あの小屋は自由に使って良いぞ。それと、足りない物とか必要な物があったら言え。大体の物なら用意できる。」
「マスター・・・ありがとうございます」
「それじゃ、よろしく頼む。・・・俺は寝るわ」
マスターはマグカップを洗ってから、自分の部屋に戻った。
俺はとりあえず小屋に一回行ってみることに。
一回外に出てから小屋に行く。
横開きの扉の鍵を開けて、近くの電気を付けた。
パチ・・・。
玄関の類は無いので、土足で入る。
右側の壁には小さな冷蔵庫と、テレビ、ラジオ、本棚が置いてある。
左側の壁にはアンプやら、エフェクターやらがごろごろしている。
真ん中にはソファーが透明のテーブルを挟んで相向かいに置いてある。
作業をする部屋は奥にある。
俺はそっちの部屋にも行ってみた。
様々なギターの金具類が閉まってある棚。
必要な時木材からパーツを作り出すための電ノコ、木材。
その気になればギターをまるまる一本作れるほどの機材がそろっている。
「コレなら大丈夫そうだな・・・」
作業部屋を出た。
「・・・お兄ちゃん?何してるの?」
不意にレナの声が聞こえた。振り返ると、レナが不思議そうな顔でこちらを見つめていた。
「・・・・レナか、脅かすなよ」
「ごめん・・・で、何してるの?」
もう一度同じ質問をしてきた。
「何って、これから使う小屋のチェック・・・」
「ふ~ん・・・」
さほど興味なさそうにレナはうなずいた。
「そう言うレナは何でここにいるんだ?」
「え、えーとね・・・数学で分からないところがあったからお兄ちゃんに聞こうと思って」
・・・そう言えばレナは受験生だっけ。
「良いよ、じゃあ手早くすませて早く寝ようや」
「う、うん・・・」
そうして約一時間ほどレナに数学を教えてから寝床に着いた